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    信長に何を学ぶか 光秀の子孫が恩讐を超えて解明した真実

    明智憲三郎(作家、歴史研究家) 戦国武将は日々死と直面していました。いつ、自分が敗者の悲惨な立場に立つかわからない。勝ち抜かなければ一族滅亡だ。だから、勝ち抜くためには何をすればよいかを考え、必死に生き残ろうとしたのです。そして、歴史に学び、生存合理に徹するための「知識・論理」を身につけていきました。織田信長はこうして自己の「信長脳」を形成していきました。明智光秀像 その中身には孫呉の兵法や良平の謀略、そして韓非子的なものが詰まっていたことが確認されました。信長脳を駆使して生き残りを図った結果が尾張統一、上洛、中日本統一、天下統一の戦いへと拡大していきました。その結果、さらに中国大陸まで戦いを広げねばならなかった。これが織田信長だったのです。その信長に何を学んだらよいのでしょうか。 信長だけでなく戦国武将は日本の歴史に学び、中国の兵法書や歴史書を通じて中国の歴史にも学んでいました。その知識は諸子百家の思想・兵法から中国史にも広がる実に深遠であり膨大なものです。そのほんの一端を本書で垣間見ていただきましたが、それは微々たるものであって針の穴から天を覗いたようなものに過ぎません。それに比べると現代人の戦国武将や戦国史についての知識は実に浅薄であり貧弱であると感じます。加えて、戦国時代とつながっているという意識も希薄です。戦国史とはテレビ画面に映し出される娯楽としての英雄譚に過ぎないものになっているのではないでしょうか。これでは戦国の歴史に学ぶことはできません。 「歴史に学ぶ」とはその当時の人々の立場に立って考えることから始まるとも言われますが、知識の上でも意識の上でも当時の人々は遠い存在でしかありません。自分の先祖の一人でも欠けていたら、今の自分がこの世に存在していなかったという事実を考えてみたら、あの厳しい時代を生き抜いて命を自分までつないでくれた先祖たちのことをもっと近しいものに感じられるのではないでしょうか。 本当は戦国時代はとても近い過去であり、現代とつながっているのです。大江健三郎氏が『万延元年のフットボール』の中で子供時代の記憶を書いています。自分が反抗すると祖母が「チョウソカベが森からやってくる!」と言って威嚇したそうです。戦国時代に土佐から侵略してきた長曽我部軍の恐怖が伊予の人々の記憶として語り継がれてきているのです。同じように蒲生氏郷の侵攻を受けた北伊勢では子供を叱るときに「ガモジが来るぞ!」と言うそうです。 「鼠壁を忘る壁鼠を忘れず(壁をかじったネズミはその壁を忘れるが、かじられた壁はそのネズミを忘れない)」という諺があります。歴史の被害者側はその歴史をいつまでも記憶しているものなのです。ですから、彼らは歴史に学ぶでしょう。逆に加害者側はすっかり歴史を忘れてしまって歴史に学ばないことになるのでしょう。信長と秀吉の失敗を教訓にした家康 天下統一を目指した信長、そしてその後を追って天下統一を果たした秀吉。二人は天下統一後の自己の政権の維持策を唐入りに求めて失敗しました。二人の失敗に学んだ家康は国内で土地を回す仕組みである改易(大名の取り潰し)や参勤交代などの制度によって政権の安定・継続を実現しました。拡大から安定へと天下人の理念の転換が行われたのです。 家康は漢の高祖(劉邦)を手本にしたのでしょう。二人には共通点があります。政権をとると高祖は韓信らの有力武将を粛清し、家康は豊臣家を滅亡させました。極めて韓非子的な処置です。一方、統治の思想としては儒家を採用しました。果てしなく利益を追求する韓非子的思想を否定して、仁・義・礼・智・信を善としたのです。これによって、国内の軍事エネルギーを文化エネルギーへと転換し、漢も徳川幕府も平和な世を継続維持し、文化高揚の時代を築いたのです。 日本は二百六十年にわたる平和な江戸時代を覆した明治維新以降、秀吉の失敗に学ばずに天下の枠を東アジア圏へと拡大し、東アジア圏における戦国を再現してしまいました。安定から拡大へと再転換が起きたのです。家康によって廃絶されていた秀吉を祀る豊国神社は明治政府によって再建され、国家の英雄として秀吉が侵略戦争を鼓舞する象徴として担ぎ出されました。それによって歴史学もゆがめられました。残念ながらゆがめられた歴史学は未だに正されていないようです。そのことを三鬼清一郎氏は『豊臣政権の法と朝鮮出兵』の中で次のように書いています。 このような(秀吉の朝鮮出兵が「国威の発揚」として高い評価が与えられた)兆候は明治末年から現れている。日露戦争の最中に刊行された『弘安文禄征戦偉績』は、その前年に東京帝国大学史料編纂掛が行った展示会をもとにしたもので、戦地の部隊や傷病兵を収容する病院に寄贈し、また国内の学校で修身や歴史の講話に役立てる目的をもっていた。秀吉の朝鮮出兵は、国民あげての戦意高揚に利用されていったのである。このような流れの先陣をきったのが官学アカデミズム史学であることは、記憶にとどめておくべきあろう。(中略)朝鮮出兵で活躍する塙団右衛門を描いた史料 敗戦後の歴史学(仮に現代史学と呼ぶが)は、これの全面否定から出発した筈であるが、戦前期の「負の遺産」についての断片的な批判にとどまっているのが現状であろう。それをトータルに批判する視点を確立することが、新たな段階にすすむための前提になるように思われる。 秀吉が『惟任退治記』で作った本能寺の変神話が未だに清算されていないのも「負の遺産」の影響なのでしょうか。『惟任退治記』の校注本を五十年前に出版した研究者も現代語訳を昨年出版した研究者も、この本が神話のもとになっている事実にはまったく触れていません。この書を読めば怨恨説も野望説も秀吉が本能寺の変のわずか四ヵ月後にこの書によって世の中に知らしめたことがわかるはずにもかかわらずです。最後は滅びた歴史に学ぶべき さて、戦国時代は生存合理性が支配しましたが、現代は経済合理性が支配しています。経済合理性を追求した果てがハゲタカと呼ばれるアメリカ企業に象徴される新自由主義でしょう。経済的に勝ち抜く力のある者だけが勝ち残るという徹底した市場主義は正に『韓非子』です。「累進課税はがんばる人のやる気をなくす」という新自由主義者の主張は「富裕な者から徴収して貧しい者に与えるのは、努力・倹約した者から奪って奢侈・怠惰な者に与えることになる」という『韓非子』の言葉と見事に合致しています。 人間も生物である以上、生き残らねばならず、そのためには強者となって勝ち残ることが求められるのは確かです。しかし、その法則は原始的な生物と何ら変わることがありません。何らかの規制がなければ止めどなく欲望が拡大していくことになります。 この規制となるものが倫理であり、宗教であり、儒家の「仁・義・礼・智・信」などでしょう。経済利益を追求する企業活動にもコンプライアンス(法令順守)や経営理念が規制をかけています。「韓非子的なもの」に徹した信長が勝ち残りながらも、しかし最後は滅びた歴史に学ぶ必要がないでしょうか。生き残るために韓非子的な才覚は必要でしょうが、長続きする平和な世を作るためには韓非子的なものをよく理解した上で、別の考え方が必要だと思わざるを得ません。それは自己の利益を最上位に掲げる韓非子とは正反対に他者の利益を最上位に掲げる仏教の利他の精神なのかもしれません。そうであれば我々日本人には昔から馴染みの深いものでしょう。 戦国時代は中国では紀元前のもの、日本では四百年前のものですが、世界の規模でみれば現代は各地で戦争が行われている戦国時代ともいえます。平和な社会の論理の通じない苛酷・残虐な時代なのです。現代人は信長の残虐行為を異常なことと感じますが、その異常なことが今現在の世界で起きています。世界は歴史に学んでいないようです。 昨今の世界情勢を見るにつけ、歴史の真実を知って「歴史に学ぶ」ことの大切さをあらためて強く思わざるを得ません。あけち・けんざぶろう 1947年生まれ。72年慶応義塾大学大学院工学研究科修士課程修了後、大手電機メーカーに入社。一貫して情報システム分野で活躍する。長年の情報畑の経験を活かした「歴史捜査」を展開し、本能寺の変の真相を科学的・論理的に解明。精力的に執筆、講演活動を行ない、2013年出版の『本能寺の変 431年目の真実』(文芸社文庫)は30万部を超えるベストセラーとなっている。日本歴史学会会員。情報システム学会会員。明智一族伝承の会事務局。一般社団法人織田木瓜紋会理事。関連記事■ 連載(1)プロローグ 信長脳を歴史捜査せよ!■ 連載(2)なぜ信長は大うつけを演じたか■ 年末年始 連載(5)「本能寺の変」神話の正体 

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    グローバル人材に「日本史」は必要なのか?

    若松千枝加(留学ジャーナリスト)日本史の知識なんかなくたって海外での仕事は困らない 日本人は、母国についての知識が乏しいとよく言われる。歴史を知らず、政治を語れず、文化を理解していない日本人を海外へ出しては恥ずかしいという論調である。本稿では、文化や政治にまで話が及ぶと広くなりすぎるので、ニュースとなっている「日本史」に焦点をあてて論議したい。 結論から言えば、日本史の知識はグローバル人材にとってプラスではあるが、知らなくても困らないというのが現実だろう。日本発グローバル人材のなかには海外で暮らした経験が長く日本でほとんど教育を受けていない人も多いし、日本語能力に難ある人だって少なくないが、彼らが日本史を知らなくて困ったことなどないはずだ。画像はイメージです その意味で、この日本史必須化論には、違和感を感じてはいる。なぜグローバル人材に日本史知識が必要なのかがあいまいなのだ。政府の方針として教育にまで落とし込むからには、日本史が苦手かつ苦痛で仕方がない一部の高校生にも必須科目として習得を強いる以上は「必要」と断じる根拠を示すべきだろう。 私は「必要」だとは思っていない。だが、日本史を学ぶ「意義」はあると言いたい。これから仕事人としてデビューし、望む・望まないに関わらず海外と交流を持つことになる若い人たちにとって、日本史という教養がプラスになるということを知ってもらいたい。私自身は、日本史選択で大学を受験し、山川出版社の教科書を隅から隅まで暗記したクチである上、少し前の言葉で言うなら「レキジョ」の類に入る日本史好きである。だからというわけではないが、これからの日本史授業が、若い世代にとって得になるようなものに変身してほしいのだ。歴史とは「知識」というより「教養」だ 日本史を知らなくたってなんとかなる、と先述したが、知っていることで国際間のコミュニケーションが豊かになることがある。一度、海外クライアントとの会食で「あなたが思う“武士道”とは何か」といきなり聞かれ、どぎまぎしながら葉隠についての講釈をたれた。当該クライアントは葉隠のスピリットをとても美しいと称し、西欧騎士との違いについて興奮して語った。 むろん、このとき私が武士道について語れなかったとしても、仕事に差しさわりはなかった。会話が盛り上がらなかったとしても、契約解除だとか交渉不成立などの事態にはならなかった。しかし、私はこの経験から、外国人から日本についての話題を持ちかけられたとき、楽しく知的に応じられるキャリアパーソンでいたい、と思うようになった。ビジネスとは、ときに会食や接待が伴う場合があるから、そんな機会に「あの日本人はインテリジェントだ」と一目置いてもらいたいし、金勘定以上のビジネスパートナーにもなりたい。さらには、目の前のビジネスが終わった後も「私には日本に教養深くすばらしい友人がいる」と言ってもらいたい、そんな感じの欲求だ。 ちなみに、このときの質問主は別段日本びいきというわけではなく、幅広い見識を持つバース大学出身の英国紳士である。“ブシドウ”についてのドキュメンタリーをテレビで見て大いに興味を持ったそうだ。彼が母国・英国の歴史に明るいかどうかは不明である。高校での日本史、必須化よりその中身を見直しては高校での日本史、必須化よりその中身を見直しては 個人的には、日本がよりよきダイバーシティ社会を目指すために、高校教育は必須科目を減らして多様な選択科目を増やしたほうが良いと思っている。日本史が必要だ(好きだ)と思う高校生にとっては積極的にどんどん学べる機会を提供すべきだが、国策として日本史に興味を持つ人を増やしたいなら、高校以前の義務教育課程で取り組みを強化すべきだろう。 むしろ高校では、必須化による日本史授業の「数」を増やすより、選択科目としてその「質」に着目したほうが良い。日本史は、知れば知るほど面白く、人生に、仕事に深みを持たせてくれるものだ。その面白みを教えることこそ、義務教育を終えた高校教育に課せられた使命だ。 そもそも、日本の歴史は長く、深い。どこまで知らなければならないかというのは難題だ。例えば、アジアや中東とビジネスをするにあたって、宗教と連動した政治史・文化史を知ることは意義がある。また、中国や韓国との歴史認識をめぐる論議が外交や経済に及ぼす影響を考えれば、古代にさかのぼったアジア史を理解する必要がある。こうなってくると世界史の教養も無視できない。日本史と世界史の連動も、日本史授業の「質」に求められてくるのかもしれない。 また、縄文時代から始まって近現代まで時系列に授業が行われていると、多くの高校で近現代に突入できないという問題もある。第二次大戦前から戦後史、そして現代に至る過程の理解は現代グローバルビジネスを担う人にとって極めて重要と思われるが、タイムリミットに迫られ、駆け足で終わってしまうという現状がある。 一方で、経営者のなかには、戦国武将の生きざまを自身の理念としている人が多いことにも着目したい。人心掌握術、少数突破戦略、リーダーシップ論など、戦国武将の誰かをメンターとする人が多いのは偶然ではなかろう。だが、「武将の○○に夢中になったきっかけは高校の日本史の授業でした」という経営者はあまりいないのではないだろうか。 先述した宗教観についても触れたい。宗教観というのは国際的素養として持っておくと良いものだ。えてして日本人は、宗教が生活に根差している国の人たちと交流するにあたって、宗教観に対するデリケートさに欠けている。口に出してはいけないもの、配慮しなければならないもの、そのようなエチケット感は、一字一句教わるものではない。宗教を日常で感じることの少ない私たち日本人にとっては、ここの肌感覚が備わっていないのだろう。恐らく、歴史的教養をつけていく過程で、理屈としての宗教観を育てていくしかないだろう。 以上のような授業の「質」に対する要求は、公立高校ではムリがあるかもしれない。だが、私立高校においてはぜひ「もっと日本を知ろう」という関心の糸口になりうる日本史授業をしてもらいたい。ユニークで、先生の創意工夫が詰まった授業だ。高校で日本史のすべてを網羅することはできない。しかし、高校時代のある1時間がきっかけで大経営者が生まれたり、外交手腕に長けた政治家が生まれるかもしれない。そんな希望を持てる日本史授業の出現を心から期待している。(シェアーズカフェ・オンライン 2014年1月7日分を転載)《参考記事》 ■中学・高校の英語教師に期待するレベルはどこ?~グローバル教育の加熱に悩む英語の先生たち 若松千枝加 ■日本人留学生が、世界で歓迎され始めた理由 若松千枝加 ■大学入試での「人物評価」で日本人の劣化が進む 岡田ひろみ■じじばばのすねをかじって将来を担う大人になれ OECD国際成人力調査(PIAAC:ピアック)を受けて 藤尾智之 ■勉強だけではないアメリカの入試選考基準 - 岡田ひろみ

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    深刻なデフレから脱却させた「暴れん坊将軍」の貨幣流通策

    久保田博幸(金融アナリスト) 六代将軍となった徳川家宣は、新井白石からの建議を受け綱吉時代の財政金融政策を見直し、事態の立て直しを図りった。これが「正徳の治」である。金銀貨の質を徳川家康が作らせた慶長と同様なものに戻し、これによって小判貨幣量を減少させるために金銀貨の品位・量目の引き上げを行った。 1714年に金貨の品位を慶長金貨(84~87%)にまで引き上げる改鋳が行われ、元禄・宝永小判二両に相当する品位84%の正徳小判を発行した。しかし、正徳小判の品位は慶長小判に劣るとの風評が立ち、翌年にはさらに品位を若干高める改鋳を行い、後期の慶長小判と同品位の享保小判(品位87%)を発行したのである。小判50枚が包まれている「金包」 新井白石は長崎貿易についても統制令を出して貿易総額を規制し、また、銅の輸出にも歯止めをかけようとした。加えてこれまでの必需品としての輸入商品であった綿布、生糸、砂糖などの国産化を推進した。 元禄文化に象徴される華美・贅沢な風潮を改め、幕府も徹底的な倹約に努めた。しかし、幕府による財政支出の減少や武士層の消費が大きく減退し、現在で言うところの公共投資と個人消費が減少した。さらに金銀貨の流通量の減少傾向が強まり、物価は大きく下落し、日本経済は再び深刻なデフレ経済に陥ったのである。特に幕藩体制を支えていた米価の下落は農民や武士の生活に深刻な影響を及ぼした。経済の安定のためには物価をコントロールする必要性があるものの、その難しさというものも荻原重秀と新井白石の政策の影響から伺えよう。 宗家紀州徳川家から八代将軍に就任した徳川吉宗は、新井白石を解任するなど人事の一新を図る。そして享保の改革を通じて、危機的状況にあった幕府財政の建て直しのため、倹約による財政緊縮を重視しデフレ政策を実施した。これにより物価はさらに下落し、特に米の価格下落が激しくなる。このため、吉宗は米価対策を打ち出したものの、商人による米の買い上げなどの政策も功を奏さず、その結果、インフレ策として金銀貨の改鋳による通貨供給量の拡大を計ることとなった。 ただし、改鋳に当たってこれまでのように出目といわれる改鋳による差益獲得の狙いはせず、新貨幣の流通を主眼に置いた。すなわち、元文小判の金の含有量は享保小判に比べて半分程度に引き下げられたが、新旧貨幣の交換に際しては旧小判1両=新小判1.65両というかたちで増歩交換を行った。しかも新古金銀は1対1の等価通用としたことで、この結果新金貨に交換したほうが有利となり、新金貨との交換が急速に進み、貨幣流通量は改鋳前との比較において 約40%増大した。貨幣供給量の増加により物価は大きく上昇し、深刻なデフレ経済から脱却し適度のインフレ効果を生み出したのである。

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    信長、家康、秀吉、謙信、信玄 計り知れぬ英傑の財産

     平安から明治に至るまでの政治や経済など様々な分野で活躍した歴史上の偉人たち。彼らの年収を当時の税収や給与などから現在の価値に換算し、高い順にランキングを作成した。 作成にあたり、『日本人の給与明細 古典で読み解く物価事情』(角川ソフィア文庫)の著者である山口博・富山大学名誉教授、そして歴史研究家で文教大学付属高等学校教諭の河合敦氏の協力を仰いだ。岐阜市制120周年を記念し平成21年に建てられた黄金の織田信長像=岐阜市 堂々の1位は織田信長だ。1568年に足利義昭を擁して上洛した時点での直轄領は尾張と美濃のみで、石高は約110万石だった。しかし室町幕府を滅ぼした後は破竹の勢いで領地を広げ、直轄領の石高を約700万石にまで拡大したことが1位となった要因だ。 今回、ランキングをつけた年収のうち、信長ら大名のものは石高に特別な計算を行なって算出した。「大名は総石高のうち半分を農民に与え、もう半分を税として徴収したとして計算(五公五民)。そのうち3分の2を臣下に与えるので、大名の年収は総石高の6分の1となる。信長でいえば、年収は117万石になります」(山口氏) ランキングに戻る。2位は徳川家康。1600年、東軍の総大将として関ヶ原の戦いで勝利し、江戸幕府を開いた。「当時の全国総石高は1851万石ですが、その中には大名の所領や家臣へ与える知行地(※注)も含まれます。徳川幕府の財政基盤は400万石の直轄領(天領)でした。そのため家康自身の年収は67万石となります」(山口氏)【※注/下級武士が手柄をたてると褒美として与えられた領地】 3位は豊臣秀吉。全国の大名を臣従させ、初の天下統一を成し遂げたが、直轄領はそれほど多くなく、222万石。自身の年収となると37万石である。 彼らの年収を現在の金額に換算すると、信長は1750億円、家康は1000億円、秀吉は555億円(米1石=1000合=150kgで、当時の米の価値から15万円と換算)。三英傑と呼ばれるだけあって、ケタ外れの数字だ。だがこれだけではなく、実は石高には現われない莫大な副収入もあったという。前出の山口氏はこう話す。「秀吉は直轄領の石高だけでいえば信長や家康に比べて低い。しかし金山や銀山からの収入が莫大でした。下越地方の越後金山を掌握していたことで、当時全国の金の産出量の3割を手中におさめていたといわれています」 家康も同様だ。家康が没した後、駿府城内の金蔵にはおよそ200万両(約2000億円/※注)が蓄えられていたとの文献が残されている。英傑の財産は計り知れない。【※注/江戸初期の1両は現在の10万円として計算】 4位、5位は川中島の決戦で相見えた上杉謙信(24万石=335億円)と武田信玄(22万石=362億円)だ。やはり広い領地を支配した戦国武将が年収も高い。信玄はそれ以外にも甲州金で知られる黒川金山の収入があった。謙信のほうは、その当時まだ佐渡金山が発見されていなかった。関連記事■ 偉人の年収ランキング 1位信長1750億円 坂本龍馬60万円■ 武田に攻められた徳川家康 信長脅して援軍出させた■ 古舘伊知郎、加藤浩次、羽鳥慎一 帯番組MCは安定生活可能■ 理想のリーダーに徳川家康、大石内蔵助、島津義弘らが挙がる■ ゆるキャラさみっと 最高得票数は120万4255票で最低は8票

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    貨幣流通で絶大な経済力と権力を手に入れた平清盛

    久保田博幸(金融アナリスト) 日銀の森本審議委員は兵庫県で講演したが、その際に神戸にゆかりのある平清盛について下記のように触れている。 「平清盛は、幕末の神戸開港に先駆けること約700年前に、大輪田泊(神戸市兵庫区)を修築して宋との貿易を活発化させました。また、物価安定には苦労したようですが、大量に輸入した宋銭を流通させ、現在へとつながるわが国の貨幣経済発展の道筋をつけるなど、中世の日本経済で大きな役割を果たしたと言われています」 平清盛像(六波羅蜜寺蔵) 平安時代の中期に皇朝十二銭は鋳造が取りやめとなり、それまでの貨幣は粗悪で使われなくなったことで貨幣は交換手段として利用されなかった。その後、価値基準として使われたのが米や絹であった。しかし、平安時代の末期から農業生産力が向上し、商品流通の拡大などを背景として貨幣に対する需要が高まった。また、中国との貿易などにより大量の銅銭が輸入されるようになり、「渡来銭」と呼ばれた銅銭が貨幣として使われるようになった。  この中国からの銅銭の購入に使われたのは奥州などで産出された「金」であった。当時の日本は東アジア地域有数の金の産出国であり、大量の金が中国向けに輸出され、それがマルコ・ポーロの「東方見聞録」における 黄金の国「ジパング」伝説に繋がったのである。  渡来銭はその後、室町時代中期あたりまで国内に流入し、江戸時代前期まで国内貨幣として広く流通することになるが、ここには平清盛が大きな役割を果たすこととなる。平清盛は南宋との貿易で大量の銅銭を輸入し、朝廷に働きかけて銅銭の流通の許しを得て渡来銭を決済手段とし、これにより絶大な経済力と権力を手中にした。大量の銭が流通することにより貨幣経済も急速に進んだのである。  百練抄という歴史書には、「銭の病」という記述があるとか。1179年6月に流行したお多福風邪らしき疫病が「銭の病」と呼ばれたとされているそうである。しかし、この「銭の病」の正体は、インフレであるという学説もある。また、平安時代の末から大量の渡来銭が輸入されて貨幣経済の発達とともに、富裕な僧侶などが延暦寺など有力寺社の保護のもと、銭を貸して高利の利息をとる専門の金融業者が現れた。 つまり多額の債務者が発生したことで、銭の病と呼ばれたとの見方もある。貨幣経済の発展の初期段階でインフレやデフレ、さらに債務問題等がすでに発生していたとみられ、なかなか興味深い。このあたり興味のある方は、「経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書(山田真哉著)」なども参考になるのではなかろうか。  平家が壇ノ浦で滅亡し、源頼朝が開いた鎌倉幕府は中国からの銭の輸入を行わなかった。その後一時的に銅銭の流通を認めたものの、貨幣経済が混乱するとの理由から、再び銅銭の流通を否定した。 しかし、貨幣経済の進展により、1226年に鎌倉幕府も渡来銭の利用を公式に認めるようになったのである。海外からの輸入に頼り、国内での貨幣の鋳造が行われなかったのは、当時の政府には地方で産出される銅から貨幣を生産するほどの力が存在していなかったことも要因として指摘されている。(久保田博幸公式ブログ2012年3月27日分を転載)

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    アベノミクスを「特効薬」のように煽った安倍政権とメディアの罪

    渡邉哲也(経済評論家) 印象論で語られることが多いアベノミクスであるが、そもそも論として、アベノミクスとは何なのだろうか? アベノミクスとは、「デフレ脱却」を目的に 1.量的緩和(金融政策) 2.財政出動(財政政策) 3.成長戦略(経済政策)という3種類の政策を主軸とし、「適宜適切な対応を行ってゆく」という安倍政権の総合政策の名称である。何かの特効薬のように捉えられがちであるが、まともな政府であれば当たり前の政策であり、国民を豊かにするために必要なことを行うという話でしかない。 いつも言っていることだが、問題を解決したければ、印象で語ることは絶対的な間違いであり、問題を分解し、整理したうえで、問題を見つけ対処する必要がある。アベノミクスは政策をミックスした総合政策であるため、特にこれを行う必要があるわけなのだ。これが適切に出来ていないことに関しては、メディアとともに印象論で煽ってしまった安倍政権にも責任があるのだと思う。記者会見する安倍晋三首相=6月1日、首相官邸 また、グローバル化が進む現在、国内の経済情勢を国内事情だけで語るのは絶対的に間違いである。現在発生している株価の低迷も、英国の欧州離脱の国民投票結果による市場の混乱や中国のバブル崩壊などが主要因であり、これは直接的に日本政府が左右できる問題ではないのである。 まずは目標である「デフレからの脱却とは何か」ということについて、考えてみたい。デフレとは、物の価格が低下し続ける現象のことを言う。つまり、今日よりも明日、明日よりも明後日というように、徐々に物が安くなる現象をいうわけだ。これは一見すると良いことのように思われがちである。消費者からすれば、同じ金額で買える物の量が増えるわけであり、得をした気分にさせられるのである。 例えば、100円のものが95円で買えるならば5円得した気分になる。しかし、これを1万人が買っていたとすれば、100万円の売上が95万円の売上になることを意味する。つまり、経済の全体的な縮小が起きてしまうのである。100円のものを95円で売るためには、利益の圧縮も必要となり、これが企業の利益の低下と人件費の圧縮やリストラ原因にななり、先安観から購入を控える動きも起きやすい。そして、商品の購入サイクルの長期化は消費をさらに冷え込ませる。 これがバブル崩壊以降、数十年に渡り続いていたのが日本の現状であり、デフレスパイラルと呼ばれる経済の縮小の再生産を起こしていたわけだ。これから脱却するというのがアベノミクスの目標だったわけである。そして、デフレからの脱却とは政治が意図的にインフレに持ち込むというものである。値上げにヒステリックになるメディア インフレとはデフレとは逆であり、徐々に物の値段が上がる状況であり、経済の拡大に持ち込むには必須の経済環境であるといえる。しかし、長いデフレに慣れてしまっていた日本人の多くはこれにアレルギーを持っている人が多いのも事実である。企業などが少しでも値上げすると、ヒステリックに騒ぐ人やメディアが存在するのも事実であり、これこそが日本の景気が改善しない最大の理由でもある。日本ではこの点に関しての理解が少ないのだと思われる。 また、デフレからインフレへの転換には、時間的な大きな問題もある。デフレの恩恵は物価の下落という形で先に受けられるのに対して、デフレの影響による賃金下落は後から生じる。それに対して、インフレの影響は、物価の上昇が先に生じ、賃金の上昇は企業利益が出てからになる。日本の場合、定期昇給などの賃上げは年1回の企業が多く、恩恵を受けるまで1年以上のタイムラグが生じてしまうのである。 この問題に対処するため、安倍政権では政府と労働者と使用者の三者で政労使会議を作り、政府が使用者(企業)に対して、積極的賃上げを求めたのであった。安倍政権ではこれを「好循環社会の実現」と言っていたわけであるが、一定の効果はあったものの国民の理解を得るところまで認知されたかといえば、疑問符が残る部分も大きい。政府がすべきは、このような経済の基本的な部分の啓蒙であり、国民の理解を深める事にあるのだと思う。この点に関しては、反省すべき点も大きいのだと思われる。政労使会議であいさつする安倍晋三首相(左から2人目)=2014年12月、首相官邸 デフレからの脱却を困難にした最大の理由に、消費税増税もあったのだと思う。消費税増税は、消費に税金をかけるという基本構造から、消費の押し下げ効果が大きい。デフレ脱却が出来ていない状況で、消費税増税を行ったため、改善を始めていた消費が大きく減退し、それが景気改善を妨げてしまったのである。そして、再びデフレに戻ってしまった。この問題に関する反省は、総理がこだわり強硬に進めた今回の消費税増税延期に反映されたのだと思う。 現在の状況であるが、1の量的緩和による対応は、国債のマイナス金利化を見てもわかるように限界に近いものがあり、これ以上の金融緩和を行ったところでそれが国内消費に向かう可能性は低い。アベノミクス初期の超円高への対応としては正しかったが、これ以上の効果はなかなか見込めない。 2の財政出動であるが、地震対策などやるべき問題は山積みであるが、建設労働者の不足など予算だけで対処できる問題でもなく、増やすにも限界があるのだと思われる。そして、3の成長戦略であるが、日本は資本主義の自由経済の国であり、そもそも論として、国に出来ることは産業助成や減税などに限られるのである。 また、助成金や補助金に依存する国内経済構造を作ることは、中長期的に望ましくない。インフラや産業インフラ、海外事業支援など、国でなければ出来ない。または、国の支援が必要な部分に限定すべきだと私は考える。その意味では、価値観外交による国と企業が一体となったインフラ輸出の拡大は成功例であるといえる。逆に、国内向けの支援策には具体的な成功例が見受けられない。この点に関しては、もう一度考えなおす必要があるように思われる。 今回の参院選であるが、与党野党ともに印象論ばかりでろくな争点が見受けられない様に思う。本来、選挙で問うべきは、国家の未来像とその実現のための具体的な政策でなくてはならない。そのためにも、政府は積極的な経済に対する啓蒙活動を行うべきだと思う。国民に正しい知識を与え、判断の基軸を作ることこそが政府に求められている。そして、正しい知識を得れば、それが正しい判断とデフレからの脱却につながるのだと思う。

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    アベノミクスは「失敗」だったのか

    「アベノミクスの宴は終わった」。民進党の岡田克也代表が政権批判をしきりに繰り返している。確かに、ここ最近は円高が進んで株価も下がり、日本経済の先行きが怪しくなった感は否めないが、本当のところはどうなのか? まだ道半ばとはいえ、アベノミクスを一度評価してみる。

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    インフレ期待はまがい物 日銀は日本人の価値観を理解していない

    中原圭介(経済アナリスト) 私はこれまで3年以上、黒田日銀の金融政策は間違いなく失敗するだろうと様々な媒体で申し上げてきました。その主な理由としては、以下の4点にまとめることができるでしょう。(1)円安により企業収益が増えたとしても、実質賃金が下がるため国内の消費は増えない(2)円安が進んだ割には、企業は輸出単価を引き下げないので、Jカーブ効果は期待できない(3)中小企業の労働分配率はすでに高水準にあるので、トリクルダウンなどという現象は起きようがない(4)世界経済は2005年~2007年当時と比べると、2013年の時点で欧州や新興国を中心に低迷している そもそも「インフレ期待」の失敗の底流には、以上の理由は別にして、その理論そのものが日本人の価値観と相いれない特徴を持っているということがあります。その点については、『経済はこう動く〔2016年版〕』の204~205ページの文章を引用したうえで、補足を加えさせていただきたいと思います。 私から言わせれば、とりわけ日本人に「インフレ期待」を求めるのは、そもそも大きな間違いであると思われます。米欧社会の価値観では、「インフレになるのであれば、預金していると目減りしてしまう。だから株式を買おう。お金を使ってしまおう」という考え方が、100歩譲ったとして、21世紀型のインフレ経済でまったく成り立つ可能性がないとはいいません。 しかし、それはイソップ童話の「アリとキリギリス」でいうところの、キリギリス的な発想です。平均的な日本人の価値観では、決してそう考えることはありません。日本人は「インフレになるのであれば、今から節約して生活防衛を心掛けよう」と考えるからです。いわば、アリ型の国民なのです。「インフレ期待」どころか、「インフレ失望」が働きやすいお国柄なわけです。 今では、アベノミクスの実質的な失敗により、インフレ期待がまがい物だったことが一般の人々にも理解できるようになってきています。おまけに、日本社会の高齢化が進み、貯蓄を取り崩す年金生活者が増えている中、穏やかなデフレのほうが暮らしやすいと考える人々が増え続けてきています。 そんなわけで、原油安によってデフレになるのは、国民経済にとって好ましい状況であるというのは、新しい経済の捉え方として常識になっていくでしょう。「原油安が誤算だった」と説明する日銀の目指すインフレには、いったい何の意味があるのか、私にはまったく理解しようがありません。日銀の黒田総裁は意固地にならずに、いい加減に日本人の価値観を理解する必要があるのではないでしょうか。『経済はこう動く〔2016年版〕』よりG20財務相・中央銀行総裁会議が閉幕し、記者会見に臨む日銀の黒田東彦総裁 =4月15日、米ワシントン 企業がグローバル化に成功するための秘訣は、進出した先での徹底した現地化にあります。徹底した現地化においては、進出先の国の歴史、宗教、哲学、文化、価値観、ライフスタイル・・・そういったものすべてをそのまま、ありのままに受け入れるということが前提となります。たとえ自分の価値観とは相いれないものがあったとしても、すべてをありのままに受け入れる努力こそが、今のグローバル競争には欠かせないわけなのです。 実体経済を動かしているビジネスの現場では、こういったことが当たり前であるのに対して、経済学の理論では、すべての国々の人々が同じように行動するはずだという幻想が未だに信じられているようです。クルーグマンは自分の誤りを認め、「金融政策ではほとんど効果が認められない」と襟を正しましたが、クルーグマンの持論を最大の根拠にしたリフレ派の学者たちは意固地になりすぎて、軌道修正をできないままでいます。 日銀の金融政策は破綻に向けて、一歩一歩近づいているといえるでしょう。マイナス金利は経済全体で見れば副作用のほうが多く、愚策以外の何物でもありません。現代の経済システムでは、金利は必ずプラスになるという前提で構築されています。マイナス金利はまったく想定されていないため、これから数々の副作用が経済を脆弱な状態へと貶めてしまうリスクが高いのではないでしょうか。(2016年05月18日『中原圭介の『経済を読む』より転載)

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    「財政的幼児虐待」を知っているか? 安倍決断は諸刃の剣だ

    小黒一正(法政大経済学部教授) アベノミクスの評価や今後の日本経済を展望する場合、最も重要な視点は、消費増税の再延期の影響や妥当性を含め、財政の持続可能性や各世代への影響をどう評価するかであろう。増税が不可避な理由は、社会保障を中心とする歳出削減も重要だが、それも一定の限界があり、日本の政府債務(対GDP)が終戦直前の200%を超え、先進国中で最悪の水準であるためである。 政府債務(対GDP)が200%を超えても、利払い費が急増しないのは、日銀による量的・質的金融緩和(異次元緩和)で長期金利が低下しているためである。だが、それも限界がある。2015年時点での国債発行残高約800兆円のうち、既に日銀は約300兆円の国債を保有しており、毎年80兆円の国債買いオペレーションや約30兆円の保有国債償還分を考慮しても、単純な計算で約10年間[(800-300)兆円÷(80-30)兆円]で日銀は全ての国債を保有し、国債市場が干上がってしまう。厳密には、銀行や保険・年金基金等は資金運用のために一定の国債を保有する必要があるため、2017-18年頃に異次元緩和が限界に達する可能性があるとの指摘も多い。このため、財政再建を図る観点から、消費増税や社会保障の抜本改革は、もはや先送りできない喫緊の課題であることは明らかである。 また、増税や歳出削減といった正攻法で財政再建を行う場合、日本財政に残された時間は15年程度の可能性が高い。米アトランタ連銀のアントン・ブラウン氏らの研究では、日本財政の持続可能性を分析している。具体的には、「実施シナリオ」(社会保障費の膨張を抑制せず、消費税率10%を維持するシナリオ)や「先送りシナリオ」(同様に、消費税率5%を維持するシナリオ)という前提の下、「政府債務残高(対GDP)を発散させないために、消費税率を100%に上げざるを得なくなる期限を何年まで先延ばし可能か」という分析を行っている。 この分析に基づく場合、「実施シナリオ」では2032年まで持続可能であるが、「先送りシナリオ」では2028年まで持続可能であるとの推計結果を導いている。 ここで注意が必要なのは、財政を安定化させるため、消費税率を100%に引き上げることは政治的に明らかに不可能であるということである。また、例えば消費税率を30%に引き上げて、残りの消費税率70%分に相当する歳出削減を行うのも政治的に不可能だろう。 もっとも、現在の消費税率は8%である。このため、ブラウン氏らの研究を利用すると、追加の改革を行わない限り、2028年と32年の中間である「2030年頃」を過ぎると、もはや財政は持続不可能に陥る可能性を示唆する。上記の分析が妥当な場合、日本財政に残された時間は15年程度ということになる。つまり、「国家百年の計」でなく、「国家15年の計」が必要な状況である。経済財政諮問会議であいさつする安倍晋三首相=首相官邸 このような状況の中、政府は昨年6月末、新たな財政再建計画を盛り込んだ「経済財政運営と改革の基本方針2015」(骨太方針2015)を閣議決定し、骨太方針2015では、2020年度までに国と地方を合わせた基礎的財政収支(PB)を黒字化する従来の目標のほか、2018年度のPBの赤字幅を対GDPで1%程度にする目安を盛り込んでいる。 また、内閣府は2016年1月の経済財政諮問会議において、「中長期の経済財政に関する試算」(いわゆる中長期試算)の改訂版を公表している。同試算によると、楽観的な高成長(実質GDP成長率が2%程度で推移)の「経済再生ケース」でも、政府が目標する2020年度のPB黒字化は達成できず、約6.5兆円の赤字となることが明らかになっている。 しかも、この「経済再生ケース」は、2017年4月に消費税率を10%に引き上げていることが前提となっている。だが、今年の6月1日に安倍首相は消費増税率10%への引き上げを2019年10月まで2年半延期する方針を表明した。2019年10月の増税は政治的に可能か では、2019年10月の増税は政治的に可能であろうか。最も大きなハードルは、選挙等の政治日程である。次の増税時期は、2018年9月までの自民党総裁任期を超えるが、2019年夏の参院選が直前に控えている。2019年度の税収見積もりを前提とする2019年度予算の執行を考える場合、その予算編成が終了する2018年12月頃には増税判断を行う必要があるが、それは2019年夏の参院選前に増税するか否かを明らかにするという政治的な要因も、次の増税判断には影響しよう。なお、もし2017年4月に増税を行うのであれば、増税判断は2017年度の予算編成が終了する2016年12月頃でも十分間に合い、それは今回の参院選が終了した後でよかった。国会議事堂 その際、2019年10月に増税を実施できれば、「経済再生ケース」で、2020年度のPB赤字は約7兆円と見込まれるが、もし2019年10月の増税も再々延期すれば、2020年度のPB赤字幅は約12兆円に拡大し、2020年度のPB黒字化のハードルは一層上昇するため、財政再建計画が破綻してしまう可能性も否定できない。 このような状況を踏まえつつ、世代会計でみると、増税再延期の影響はどう見えるだろうか。「世代会計」は、「国民が生涯を通じて、政府に対してどれだけの負担をし、政府からどれだけの受益を得るか」を推計する手法をいい、具体的には、「20代」とか「30代」とか「50代」といった世代ごとに、その生涯の受益(年金、医療・介護といった政府の公共サービスから得られるもの)と負担(公共サービスを供給するのに必要な税金・保険料といったもの)を推計して、純受益(=受益-負担)を試算する。 内閣府「2005年度版・年次経済財政報告」の付注を参考に、筆者が試算した結果によると、60歳以上の世代と将来世代との世代間格差は約1億2千万円にも達し、これは普通のサラリーマンの生涯賃金を2億円とすると、約5割にも達する格差である。このような実態を、世代会計の提唱者であるボストン大学のコトリコフ教授は「財政的幼児虐待」と呼び、その改善を訴えている。図表:世代会計の試算結果(単位:万円) もし消費増税の再延期をせずに2017年4月に増税を行った場合、将来世代(0-19歳を含む)は8221万円の損(負担超過)、60歳以上の世代は3982万円の得(受益超過)であったが、2019年10月に増税を行った場合、将来世代の負担超過は8265万円に拡大、60歳以上の世代の受益超過は3990万円に拡大する。すなわち、今回の増税再延期で、将来世代は一人当たり約44万円も損が拡大する可能性を意味する。なお、増税を恒久的に延期すれば、将来世代は一人当たり約780万円も損が拡大する可能性がある。 現在のところ、安倍首相は、次回は増税の再々延期はせず、2019年10月に消費税率を確実に10%に引き上げる旨の発言をしているが、これ以上の延期は、将来世代にさらにツケを先送りするだけである。2020年度までに国と地方を合わせたPBを黒字化するという従来の財政再建目標を堅持する姿勢は言うまでもないが、将来世代の利益も視野に、しっかり財政再建の道筋をつける必要があろう。 なお、そもそも増税判断は「増税実施か延期か」の二者択一ではない。財政再建目標を堅持しつつ、イギリスのEU離脱に伴う世界経済の不透明性や影響も顕在化する中、景気循環の先行きにも配慮するならば、消費税率を2017年4月、18年4月で1%ずつ引き上げることも検討する余地があり、段階的な増税も早急に検討するべきである。

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    円高の主因はデフレ圧力だ 日銀は毅然としてマイナス金利を進めよ

    田村秀男(産経新聞編集委員) 英国の欧州連合(EU)からの離脱が国民投票で確実になったのを受けて円高が加速しているが、主因は日米の実質金利差の縮小にある。 グラフは2013年1月以降の日米金利差と円の対ドル相場の推移である。金利は償還期間10年国債の利回りで、実質金利とはその利回りから消費者物価上昇率を差し引いた。金利差は米国から日本を差し引き、名目と実質の2通りを挙げている。10年国債は、主要国の標準的な金融資産であり、その国の通貨価値を反映する。 一目瞭然、円の対ドル相場は日米の実質金利差が拡大する局面では下落し、縮小傾向に転じると円高になる。昨年4月以降、実質金利差は下がり始め、それより6カ月前後遅れて円高傾向に転じた。 実質金利差に比べて、名目金利差のほうは13年9月以降、ほぼ安定した水準で推移している。 日銀は同年4月に異次元金融緩和に踏み切り、国債を金融機関から大量に買い上げることで、国債利回りを下げてきた。しかし、米国との名目金利差はあまり動かなかった。円高傾向が続く中で、日銀は今年2月にはマイナス金利政策を導入し、国債利回りはマイナスに転じたが、それでも円高は止まらない。 日本の消費者物価上昇率は、14年4月の消費税率8%への引き上げによる上乗せ分がなくなった翌年4月以降、ゼロ・コンマ台で推移し、今年3、4月にはマイナスに陥った。対照的に、米国の物価は今年に入って以降、上昇基調にある。こうして実質金利差は大きく縮小し、消費税増税前の14年2月の2・5%から今年4月には0・46%まで下がった。 英国のEU離脱問題が円高に作用したのは、世論調査で離脱支持派が多数を占めた6月初旬時以降である。今後の円相場を左右する鍵はやはり、日米の名目金利、インフレ率の動向になるだろう。 米国のほうは、景気回復の足取りは鈍く、米連邦準備制度理事会(FRB)は利上げに慎重で、実質金利は当面、上昇しそうにない。 日本では、消費税増税後に落ち込んだ家計消費が底ばい状態である。内需低迷に円高が重なり、デフレ圧力は高まっている。日本の実質金利は高くなり、米国との実質金利はさらに縮小する気配である。仮に、英国がEU残留となり、市場で円が売られても、一過性の「巻き戻し」に終わっただろう。 日銀が円高傾向に歯止めをかけるためには、量と金利の両面で追加緩和に踏み切る必要がある。「量」の追加緩和は、国債の購入額を現在の年間80兆円から100兆円に引き上げる案が有力だが、逆に円高要因になりうるので、威力に疑問符がつく。日本国債が品薄になると相場はさらに上昇すると見込まれ、海外からの投機買いを招き寄せる。その結果も円高だ。膨張一途のチャイナリスク 世界では市場リスクが渦巻いている。中でも、チャイナリスクは膨張の一途である。 中国の銀行不良債権は今年3月時点で、国内総生産(GDP)比で2割を超えると国際通貨基金(IMF)はみている。日本の場合、1990年代のバブル崩壊後の不良債権比率はピーク時で12%程度だった。習近平政権は国有商業銀行を通じた融資を急増させて、ゾンビ企業を生き長らえさせている。不良債権処理は先延ばしされ、さらに巨大化する。衆院本会議で内閣不信任決議案の投票後、自民党の稲田朋美政調会長(右手前)と話す安倍晋三首相(左)ら=5月31日午後、国会(斎藤良雄撮影) チャイナリスクが再浮上すれば、さらに円高が加速しかねない。日本国債は世界では、ドイツ、スイスの国債と並んで最も安全な金融資産としてみられているからだ。 円高に歯止めをかけるための、残る機動的かつ弾力的な手段はマイナス金利政策の強化しかない。 日銀は新規に金融機関が日銀の当座預金口座で積み増す資金について0・1%の金利を徴収しているが、その対象を広げると同時に、マイナス金利幅をさらに拡大する余地がある。すると国債利回りは即座に下がり、米国との実質金利差を広げられるはずだが、日銀は慎重だ。 銀行界トップの三菱東京UFJ銀行が強く反対しているからだ。三菱UFJは新規発行国債の入札特権を財務省に返上し、マイナス金利国債の入札には応じるとはかぎらないとの姿勢をあらわにした。 このまま、日銀が手をこまねいていると、円高が進行する結果、デフレ不況に舞い戻りかねない。株価も低迷し、アベノミクスへの逆風が強まるだろう。チャイナリスクが爆発してからでは、遅すぎる。日銀は毅然(きぜん)としてマイナス金利政策を展開すべきではないか。

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    見くびられた日本経済の実力 アベノミクス「再起動」は今しかない!

    飯田泰之(明治大学政治経済学部准教授) 7月10日投開票の参議院選挙が間近に迫ってきた。2010年代の国政選挙の特徴は、有権者の経済問題(社会保障、雇用、景気)への関心の高さである。今回の参議院選挙も例外ではない。年代、地域を問わず、投票先を選択する際にもっとも注視する項目のトップ3には経済問題が並ぶ。これをうけて、各党の公約・主張においても経済問題への言及が目立つ。与党は3年半にわたるアベノミクスの成果と実績を訴え、野党は生活実感の悪化を非難するというのが基本的な展開である。 選挙の時期が固定されている参議院選挙には、現政権の政策を採点するという中間選挙的な役割があるのは確かだ。株価・為替・雇用・GDPが2012年以降どのように変化したか、直近の動向だけではなくやや長い、といっても5年程度の話だが、視点をもって各自検討されたい。その一方で、選挙によって決まるのは「過去の実績」ではなく「これからの政策」であることも忘れてはならない。安倍首相が強調するアベノミクスのエンジンをふかし、脱出速度を最大限に上げるために必要な政策は何か。民進党が指摘するふつうの人から豊かになる経済政策とは何か。ここでは、アベノミクスの今後(またはポスト・アベノミクス)のために必要な経済政策を考える基本について説明したい。 マクロの経済環境、例えば雇用や平均所得などは一国経済における需要(総需要)と供給能力の小さい方から決まる。誰も買わないものを作る企業はなく、みんなが欲しがるものでも作る能力がなければ供給はできないと考えれば当然のことだろう。需要と供給のいずれが経済の足かせになっているかによって、必要な経済政策は大きく異なる。結論に先回りすると、日本経済は未だ総需要不足、それも深刻な需要不足状態にあると考えられる。トヨタ自動車の元町工場=愛知県豊田市 2012年時点では、日本経済の需要不足状態は2年からせいぜい3年程度で解消されると考えられていた。人口減少社会に突入した日本において、労働者の供給には限りがあり、ある程度の需要改善があれば経済は「供給能力の天井」にぶつかる。需要が供給能力を上回るようになると、ディマンド・プル・インフレーションが発生する。さらに労働市場は本格的な人手不足に陥るため、賃金上昇率は高くなる。これが2012年当時想定されていたデフレからの脱却であり、そのために提示されたのがアベノミクス第一・第二の矢(大胆な金融政策・機動的な財政出動)である。そして、需要が供給を上回った後には供給能力の増強が経済成長の源泉となる。そのためには第三の矢(成長戦略)が必要となる。これがアベノミクス始動当初の政策パッケージである。日本経済の実力は事前の想定よりも高かった しかし、ここには大きな誤算があった。一国経済の供給能力とは、言い換えればその「経済の実力」と言い換えても良い。多くの専門家も官邸も、この日本経済の実力を過小評価していたきらいがある。金融政策によって極端な円高が是正され、雇用情勢が改善すると、これまで職に就くことをあきらめていた女性、高齢者が想定外の規模で労働市場に参入してきたのである。数年で頭打ちになると考えられていた雇用者数は2012年平均に比べ157万人(うち正社員37万人)の増加を経てなお増え続けている。「職に就くことをあきらめていた人」が働き出してみると、日本経済の供給能力、いわば日本経済の実力は事前の想定よりも高いということがわかってきた。 実力を過小評価していた――ということ自体は悪いニュースではない。その一方で、政策スケジュールは変更を迫られることになる。事前の想定よりも供給能力と需要の差が大きかったわけであるから、そのギャップを埋めるにはより長い期間とより強力な需要政策が必要とされることになる。 このように、今後のアベノミクスに必要とされる政策の姿が見えてくる。需要不足経済では、「需要を足してやる」ことで経済全体の成長を導くことが出来るからだ。そのために必要となるのが、アベノミクス第一の矢(金融政策)と第二の矢(財政政策)の再起動であり、両者の連動性を高めるための工夫である。 金融政策にはまだまだ出来ることが多い。なかでも重視すべきは、継続性への信頼を高める方法である。金融緩和がより長期にわたって継続されること、金融引締(量的緩和の縮小や利上げ)ははるかに先の話であることを市場に信用させなければならない。そのためには、政府が経済に関する明確な数値目標を設定し、その達成までは現在の金融緩和が強化されることはあっても縮小されることはないこと――それを政府・日銀が共同宣言として発表するべきだろう。目標としては、「(食料・エネルギーを除く指数で)2%のインフレが1年以上継続し、かつ名目GDPが600兆円を超えるまで」といったものや、雇用情勢とリンクさせたものが考えられる。大幅下落した日経平均株価の終値などを表示するボード さらに、政府の財政政策もこのような政府・日銀共同宣言と整合的なものに改めるべきであろう。2014年の消費増税、さらに2015年以降の公的支出の停滞をみても、第二の矢は継続性・一貫性を欠いている。自民党の公約集でも触れられている財政出動について、有効性の高い分野を見極めた上で、財政支出をためらわないことが求められる。 このような政策パッケージは与党の専売特許というわけではない。野党側にとっても合理的な方針となり得る。多くの論者が指摘するように、アベノミクスの政策パッケージは海外ではむしろリベラル政党に典型的な政策方針である。例えば、中道左派政権の首班であるカナダのトルドー首相は大胆な低金利のチャンスを逃さずに財政支出を拡大すべきだと主張している。民進党であれば金融緩和をさらに拡大し、低金利を生かした国債発行や財投債発行によって資金を調達し、自民党案よりも生活支援や低所得世帯対策に予算を優先的に配分することで消費の拡大を目指すといった提案も可能だろう(ちなみに英労働党はこのような方針を「人民のための量的緩和」と呼んでいる)。 アベノミクスの三年半によって、日本経済は大きな変化の時期を迎えている。改善されたことも多い。その一方で、まだまだ満足のいくパフォーマンスではないのも確かだろう。選挙戦も残り少なくなってきたが、次の一手の経済政策について、各党の活発な論戦を期待したい。

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    結局成功したのか アベノミクス景気は謎だらけ

    塚崎公義(久留米大学商学部教授)     アベノミクス開始から3年以上経過しましたが、景気は良いのか悪いのか、はっきりしない状態が続いています。それより何より、従来の常識からは説明が難しいような事が数多く起きています。どんな事が起きているのか、見てみましょう。金融緩和の偽薬効果で景気が回復 経済学者のなかには、「金融緩和をすれば世の中にお金が出回って、それがデフレを終わらせ、景気を回復させる」と考えていた人がいました。「リフレ派」と呼ばれる人々で、黒田日銀総裁もその1人です。しかし、実際には世の中にお金が出回ったわけではないので、彼等は間違っていたことになります。  一方で反対派は、「ゼロ金利の時に金融を緩和しても景気は回復しない」と主張していました。しかし、実際には金融緩和により株価やドルが値上がりし、それが景気を回復させたので、彼等も間違っていたわけです。 「金融が緩和されれば世の中に資金が出回ってドルや株が値上がりする」と考えた投資家がドルや株を買ったわけで、それが景気を回復させたのですが、これは「偽薬効果」とでも呼ぶべきものでしょう。 医者が患者に「良い薬だ」と言って小麦粉を飲ませると、「病は気から」なので治ってしまうことがある、というのと同じです。本来は金融緩和をしても世の中にお金が出回らないのだから、株やドルが高くなるわけでも景気がよくなるわけではないけれども、人々が株やドルが高くなると信じたことで、目指した成果の一部が実現したわけです。東京外国為替市場で円が上昇し、1ドル=104円台と高値をつけた =6月16日、東京都中央区円安でも輸出入数量は変化せず 1ドルが80円から120円に変化したのに、輸出入数量は、ほとんど変化しませんでした。円安になった当初は「企業が円高期に工場を海外に移転したから」という説明がなされていましたが、さすがに円安が始まって3年も経つと、この説明では不自然でしょう。円安なのですから、海外の工場で生産している数量を減らして国内工場の生産量を増やせば良いからです。 実際には、日本企業が「再び円高に戻るリスクがあるので、生産を国内に戻す決断が出来ない」といった要因が強いのかもしれません。そうだとすると、円安傾向が持続し、企業経営者が円高に戻る可能性は小さいと考え始めるまで、本格的な輸出の回復は見込めないのかも知れません。 もしかすると昨今の円高ドル安で日本企業が、再び円高に戻るかも知れないという恐怖心を思い出してしまい、ますます生産を国内に戻す動きが遅れることになったかも知れませんね。 人口が減少する日本ではなく、成長しそうな海外で生産する方が良いと考えている企業も多そうです。そうなると、生産の国内回帰は一層難しいかもしれませんね。 一方で輸入は、消費者が「国産品の方が安いから輸入品は買わない」と思えば減るので、輸出数量増よりも輸入数量減の方が先に生じるかも知れません。もっとも、日本企業が国内生産を高付加価値品だけに限定しているとすれば、輸入数量もあまり変化しないかもしれません。 たとえば日本企業が普段着は国内では生産せず、ドレスだけを国内で生産しているとしましょう。その場合、消費者が「円安だから中国製の普段着を買わずに同品質の日本製の普段着を買おう」と思っても、売っていないから、仕方なく値上がりした中国製の普段着を買い続けるのかも知れませんね。ゼロ成長なのに雇用も企業収益も好調ゼロ成長なのに雇用も企業収益も好調 アベノミクスで景気が回復したと言われていますが、成長率を見ると、過去3年間を平均してわずかな成長にとどまっており、「概ねゼロ成長」と言えるレベルです。 にもかかわらず、雇用情勢は絶好調で、有効求人倍率は高く、各種アンケートでも人手不足感が強くなっています。脱デフレで値下げ競争からサービス競争に移行している事が一因かもしれませんが、それだけでは到底説明し切れるものではありません。 企業収益も好調です。ゼロ成長で企業収益が好調となれば、労働者にしわ寄せが行っているのかと言えば、そんな事もありません。原油価格下落は一因でしょうが、それだけでは到底説明し切れるものではないでしょう。 筆者は、GDP統計に若干の疑問を感じていますが、仮にGDP統計が上方修正されたとしても、雇用と企業収益の絶好調を説明できるようなものにはならないでしょう。 おそらく、高齢化によって医療や介護といった労働集約的な仕事が増えていることが人手不足の一因なのでしょうが、それだけでは説明しきれないでしょう。今後とも、この違和感の解明は筆者の課題です。画像はイメージです結局アベノミクスは成功したのか 経済政策の目標が、「インフレも失業も無い世の中を作ること」だとすれば、今の日本経済ほど理想的な状況は考えられません。一方、多くの庶民は景気回復の実感が得られずに消費税率の引き上げ分だけ生活が苦しくなったと感じています。 結局、アベノミクスの恩恵が、株を持っている富裕層と失業を免れた最下層に集中していて、一部はワーキング・プア等の非正規労働者にも待遇改善という形で及んでいるものの、サラリーマン等の一般庶民には及んでいないため、景況感がバラバラになっているのでしょう。 しかし、兎にも角にもアベノミクスにより株とドルが値上がりし、株高で高級品が売れるようになり、円安で外国人観光客が増加した事、就業者が大幅に増えた事、などを考えると、アベノミクスが景気を回復させたと考えて良いでしょう。 景気の回復速度は充分ではありませんが、安倍政権発足前と比べれば、明らかに景気は改善しています。消費税率の引き上げ(これはアベノミクスと無関係)が無ければ、景気は更に良くなっていた筈ですから、アベノミクスの景気回復効果は決して小さくなかったと考える事も可能でしょう。 今後については、「景気は自分では方向を変えない」ので、引き続き緩やかな回復が続くと考えて良いでしょう。海外の景気が急激に悪化したりすれば別ですが、そうした可能性も高くはなさそうです。 筆者が期待しているのは、労働力不足によって企業が省力化投資を活発化させることです。バブル崩壊後の日本経済は、失業が問題でしたから、企業は安いコストでいくらでも労働力を集めることが出来、それによって省力化投資をせずに来ることが出来ました。 したがって、今の日本経済は「労働生産性の向上余地(少しだけ省力化投資をすれば労働者一人当たりの生産量が大きく増える余地)」が大きいのです。そこに企業が目をつけるはずだ、と考えているわけです。そうなれば、景気の回復が続き、少しずつ拡がりを持ったものになっていくと期待しているのです。【関連記事】■英国のEU離脱でも世界経済は大丈夫 (塚崎公義 大学教授)■アリとキリギリスで読み解く日本経済 (塚崎公義 大学教授)■経済情報の捉え方 (塚崎公義 大学教授)■株価は景気の先行指標だが、景気は改善しそうな理由 (塚崎公義 大学教授)■大学教授が教える、本当に役に立つ就活テクニック (塚崎公義 大学教授)

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    安倍首相 野党呼びかけの党首討論に応じず上手に争点隠す

     7月10日に投開票される参議院選挙について、朝日、毎日、産経をはじめ新聞・テレビは全国の選挙情勢調査をもとに、〈改憲勢力 3分の2うかがう〉(毎日、産経)〈「改憲勢力」3分の2に迫る勢い〉(TBS) などとほとんど同じ見出しで「安倍自民圧勝」の見通しを報じている。安倍首相は党首討論に応じず 本誌が入手したある大手メディアの情勢調査のデータでは、自民党59(選挙区38、比例21)、公明党13(選挙区6、比例7)、おおさか維新5(選挙区2、比例3)と改憲支持の3党で77議席を獲得すると予測されていた。非改選組の改憲支持派(88議席)を合わせると165議席で参院の3分の2(162議席)を上回る。衆院では与党だけで3分の2以上の勢力を持っているから、参院選後、いよいよ憲法改正発議が現実味を帯びる。 ところが、有権者には選挙戦が盛り上がっている実感はまるでない。にもかかわらず、投票率が低ければ自民党が議席を上積みし、安倍首相は木に登る。「無党派層がそのまま寝てしまってくれればいい」 かつて森喜朗首相はそう発言して有権者の怒りを買い、総選挙(2000年)に敗北した。安倍首相はもっと上手い手を使った。メディアを眠らせたのだ。 まず、テレビの党首討論を減らした。首相は公示日前後に民放4局の党首討論に順番に出演した後、野党側が開催を要求しても一切受けない。民放キー局の報道スタッフが語る。「安倍政権はアベノミクスと連呼しているが、本音は憲法改正。前回の総選挙でもアベノミクスを争点にしながら、選挙後は安保法制を強行した。それと一緒で、一番の争点を隠そうとしている。政治部の記者はそれをわかっているが、ニュースでは言えない。政権からクレームが来るからだ。仮に、党首討論をやれば野党が憲法改正を議論するから報じることができるのだが、自民党は党首討論に応じない。 放送局の方も、どうせニュースやワイドショーで参院選を取り上げても数字(視聴率)が取れない。視聴率が取れないのに政権に睨まれるリスクをおかして党首討論をゴリ押しすることもないと考えている。視聴率が高かった舛添スキャンダルがなつかしい」 このままでは与党の望み通り、「過去最低の投票率で3分の2の大勝」ということになる。関連記事■ 民主党 TPP参加を選挙公約にすれば小選挙区議席40との予測■ 菅首相 党首討論に「×詰問 ○真摯に」などのカンペを持参■ 安倍首相 集団的自衛権の是非問う解散総選挙を仕掛ける説も■ 安倍首相 選挙棄権した1000万人超の大衆が動き出すこと恐れる■ 夏の参院選 愛知は河村たかし・名古屋市長の動向が鍵を握る

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    【ユーザー投稿】消費増税で増える貧困層 最低でも凍結、できれば減税を

    著者 中村竜也 消費税の増税を巡り、与野党問わず日々様々な情報が飛び交っている。一つ気になるのが、今回の増税に関する「選択肢」だ。消費税の変更では通常、「増税」「延期」「凍結」「減税」の4通りのパターンが考慮されなくてはならないはずだ。 ところが、政治家達の言い分を聞くと「増税」「延期」の2パターンしか議論されていない。恐らく、大多数の国民も同様なのではないか。 経済財政諮問会議、産業競争力会議の合同会議であいさつする安倍晋三首相(右側中央)。右から2人目が麻生太郎財務相=6月2日、首相官邸 そもそも現在の日本は「延期」の最中なのだ。本来であれば今頃日本は消費税10%になっていたはずなのだが、経済成長を考慮し「延期」された。にも関わらず、日本経済は引き続きデフレだ。理由はもちろん国内GDPの60%を占める個人消費が落ち込んでいるからだ。 個人消費が落ち込めば、平均賃金が下がる。平均賃金が下がれば使えるお金が減る。そこに「いずれ増税するのだから」というデフレマインドが重なれば誰でも将来を不安に思い貯蓄に勤しむのは当たり前の話だ。 つまり、今の政府の議論のままではいずれにせよ、デフレからの脱却は見込めない。消費税増税を延期しても結局は現在の同じことの繰り返しになる。日本国の個人消費を伸ばし、実質賃金を増やすためには少なくとも凍結、もしくは減税が必要だ。 そもそも消費税とは富裕層にとってはさほど大きな痛みではないが、中間層・低所得層に関しては大きな痛みを伴う出費だ。その一方で増税の度に法人税は下がり続けている。結果として富裕層と低所得層の格差は更に拡大しているのが現状なのだ。(にも関わらず1億何たら社会とやらを掲げているが)それが証拠に野村総合研究所が過去に発表した国内富裕層の推移を見て欲しい。 ご覧のように国内の俗に言う富裕層の数は右肩上がりで伸び続けている。日本国内がデフレでGDPが伸びないにも関わらずだ。念のため、補足しておくがGDPとは国内で生産された付加価値の合計だ。それはすなわち購入する側にとっては消費、売る側にとっては所得となる。この三つは必ず=になる。これはGDP三面等価の法則といい誰にも変えられない普遍の法則なのだ。 そしてこちらが、国民の平均賃金の推移だ(名目賃金であり物価を反映した実質でないことに注意) つまり、GDPが下落している=国民の所得が減っているにも関わらず、なぜ富裕層が増えているのか?という問いの答えがこれだ。中間層以下が更に貧しくなり、その分の所得が富裕層に移転しているのだ。そこに前述の消費税増税という更なる負荷が控えてるとあって一体誰が消費を増やすだろうか。 政府の役人(主に財務省関係者)は「少子高齢化に伴う医療福祉のため」などと寝言を言っているが、であればなぜ消費税増税時に必ず法人税が減税されるのか説明する必要があるだろう。挙げ句の果てに国民の平均賃金が下落を続けている現状にも関わらず、規制撤廃、グローバル化、民間資本の投入、外国人労働者の緩和など、「国民を貧しくする政策」を延々と進めているのが安倍政権なのだ。 断っておくが、筆者は決して「延期派」などではない。経済は安倍首相が言う通り生き物であり、その都度の状況で何が正しいかは変わってくる。もし、今の日本がインフレで物価の上昇が凄まじいのであれば(要するに国民の需要が供給を上回れば)筆者は迷うことなく増税が必要だと答えるだろう。増税により国内の消費を抑制し過度なインフレを防ぐのは国家の役目だからだ。  しかし、現実のところ、日本はデフレだ。賃金が下がり消費が増えない現状でインフレ対策である増税に意味はない。そして、現状維持となる延期も同じことの繰り返しだ。まずは国内のデフレマインドを払拭するために最低でも凍結、できれば減税が求められる。そこで個人消費が上がった段階で初めて増税について議論が必要になるのである。 安倍政権を始め、政府の人間は今一度、考えるべきだろう。政府は何のために存在するのかを。筆者としては政府の役割とは国民を豊かにし国家の安全保障を守ること、極論としてこの2点に集約されると信じている。

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    消費税5%に引き下げできる財源を内閣府資料は示唆していた

     安倍晋三・首相は6月1日の消費税再延期会見で、今年秋にも「大型景気対策」を打ち出す方針を表明した。だが、もっとシンプルな景気対策がある。「この際、税率5%に戻すのが正論です」と指摘するのは長谷川幸洋・東京新聞論説副主幹だ。というのも、2013年度からアベノミクス効果で日本の景気が良くなっていたにもかかわらず、突然失速したのは2014年の消費税8%への増税がきっかけだからだ。だからこそ5%に戻せば個人の所得は増え、株価上昇も間違いなく、日本経済は瞬く間に回復するだろう。にもかかわらずなぜ引き下げをしないのだろうか。 単純な疑問がある。公共事業の景気対策を組む財源があるなら、消費税率を下げられるのではないか。前出・長谷川氏の説明はわかりやすい。「消費減税をすれば社会保障の財源がなくなる、というのは官僚が与野党の政治家と結託して国民に減税をあきらめさせるための理屈です。国の一般会計の社会保障予算は32兆円、それに対して消費税収は17兆円。今も足りない分は別の税収等でまかなっている。消費税収が減っても、他の収入を回せば社会保障予算を削らないで済む。一時1ドル=100円台の円相場を示すモニター =7月6日午前、東京・東新橋の外為どっとコム しかも、政府・与党は経済対策の補正予算を検討しているが、特定の業界にカネを落とす公共事業などより、国民に広くメリットが行き渡る消費減税の方が景気刺激効果ははるかに高い。消費減税で景気が回復して所得税や法人税収が増えれば、社会保障の財源は十分まかなえます」 社会保障財源については、民進党は「赤字国債」の発行を主張し、「法人税減税をやめればいい」(経済アナリストの森永卓郎氏)といった意見もある。 実は、どちらも必要がない。内閣府が作成した興味深い資料がある。「アベノミクスの3年間の成果」という表題で、倒産件数、失業率、財政など安倍政権前と現在の経済指標を比較・分析した資料だ。今年1月の経済財政諮問会議に提出されたものである。この中に、ズバリの数字が書かれている。 国と地方の税収は、安倍内閣発足前の2012年度は78.8兆円だったが、2016年度は99.5兆円に大きく増えた。資料には、〈消費税率引き上げ分を除いても約13兆円の増収〉とある。 消費税率を8%から5%に戻すために必要な財源(税収減)は年間約8兆円であり、13兆円の税収の純増分をあてれば、他に増税しなくても、当面は5%に戻せることを物語っている。やればできるのである。 会期末会見で安倍首相は、「アベノミクスのエンジンを最大限にふかす」と語った。その言葉どおりなら、「8%据え置き」ではなく「5%に戻す」が筋だろう。あとは安倍首相が政治的な面子を捨て、国民と日本経済のための決断を下せるかどうかなのだ。関連記事■ 消費税率を5%に下げない理由を首相ブレーンが解説■ 消費増税 安倍・海江田の「談合質疑」は国民をバカにしている■ 安倍首相 消費増税の一方で法人税減税は明確な企業優先政治■ 赤字国債発行停止には消費税率16%引き上げが必要と専門家■ 安倍政権の増税論は「少子化対策」の失敗を自ら予測している

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    デフレと戦うアベノミクス 大東亜戦争との意外な類似点

    日沖健(経営コンサルタント)  7月10日投票の参院選では、安倍政権がデフレ脱却を目指して黒田日銀と二人三脚で進めてきたアベノミクスの継続か否かが争点になっている。デフレ脱却を目指して世界でも類のない空前の金融緩和に踏み切ってすでに3年以上が経っている。進むか退くかを考えても良い時期だろう。  ところで、デフレと戦うアベノミクスを戦争と捉えると、あの大東亜戦争と類似点が多いように思う。以下、類似点を紹介しよう。  (1)  追い詰められて逆切れ開戦。大東亜戦争は、ABCD包囲網に追い詰められて、「やるなら戦力が残っている内に」と開戦した。アベノミクスも、デフレ・円高・国際競争力の低下・財政悪化といった問題に直面し、破れかぶれで金融緩和に打って出た。  (2)  効果がなかった戦略をさらに拡大して実施。日本軍は、中国侵攻が行き詰まりを見せる中、東アジアなどに侵攻した。黒田総裁は、前任の白川総裁の金融緩和が効果を発揮していないのを「中途半端だったからだ」として、規模を拡大して実施した。  (3)  コンティンジェンシープランや停戦・終戦のプランなし。大東亜戦争では、真珠湾攻撃の後にどう終戦に持ち込むか、うまく行かなかったらどうするか、というプランがなかった。黒田総裁も、出口戦略の明示を求める市場の声に対し、3年が経っても「デフレ脱却が見えない内に出口戦略を検討するのは時期尚早」としている。 参院選公示を前に開かれた討論会で党の主張を記したパネルを掲げる安倍晋三総裁 =6月21日、東京・内幸町の日本記者クラブ (4)  短期決戦のはずがいつの間にか長期戦に。日本軍は、真珠湾攻撃でアメリカの戦意を喪失させ、短期で講和する予定だったが、ずるずると3年半以上も戦った。アベノミクスも、「2年でデフレ脱却」と高らかに宣言したが、2013年の異次元の金融緩和からかれこれ3年が過ぎている。  (5)  身の丈を超えた戦線拡大。大東亜戦争では、国債濫発で戦費を賄い、中国に始まり東アジア・南洋・インドまで戦線を広げた。アベノミクスも、先進国最悪の財政状態を無視して、世界最大級の金融緩和を展開している。  (6)  戦術的なサプライズを重視。戦力に劣る日本軍は、真珠湾攻撃・インパール作戦・アウトレンジ戦法など敵の裏をかくことを重視した。黒田日銀も、直前まで「検討していない」としていたマイナス金利をこの1月に導入するなど、奇策を市場関係者が予想しないタイミングで打ち出し、サプライズを与え続けている。 (7)  戦力を逐次投入。大東亜戦争で連合艦隊は、真珠湾の基地に打撃を与えるだけでなく米太平洋艦隊を殲滅させるべきだったが、中途半端な戦力投入で最大の勝機を失った。黒田総裁は、当初「戦力の逐次投入はしない」と明言したが、2度に渡って追加緩和を実施している。 大東亜戦争と同じような悲劇を繰り返すな (8)  全体主義的傾向。大東亜戦争では、「一億火の玉」を合言葉に、国家総動員法で全国民を動員して戦った。安倍政権が提唱する「一億総活躍社会」は、早期リタイヤや専業主婦を否定しており、多様な考え方を抑圧する傾向が見られる。 (9)  針小棒大の戦果発表。大本営は、大局的な戦況は悪化しているのに、「ミンダナオ島沖で米軍機を5機撃墜」といった局地戦の戦果を過大に発表した。安倍首相も、“経済の通知表”であるGDPは悪化しているのに、非正規社員が増えたに過ぎない雇用改善を取り上げて「アベノミクスは順調」と発表している。  もちろん、類似しない点もあるのだが、これだけ類似点が多いと、アベノミクスを続けて良いのか、日本の将来は大丈夫なのか、と不安になる。最終的にデフレ脱却・経済成長・財政再建が実現すれば良いのだが、原爆投下でようやく幕を引いた大東亜戦争と同じような悲劇が繰り返されないことを切に祈る。画像はイメージです ところで、たまに「日沖さんは安倍政権を支持していないんですね」「(アベノミクスの失敗を喧伝する)民進党の支持者ですか」と聞かれるが、これは難しい質問だ。アベノミクスは効果が出ていないという以前に金融緩和でデフレを解消できるというロジックが間違っており、安倍政権の経済政策はまったく支持できない。ただし、民進党の分配を重視する社会主義的な政策よりはかなりマシという気がする。  しかも、経済政策はともかく、安倍政権の外交政策は高く評価できる。安倍政権はアメリカとの同盟関係を強化し、問題児の中国や北朝鮮にも冷静・的確に対応している。激動する世界情勢の中、見事なかじ取りだ。当初、安倍政権は経済再生への期待が大きく、対中強硬派として外交が懸念されていたが、まったく逆になっている。  安倍首相は参院選を「アベノミクスへの信認を問う選挙」と位置づけている。むしろサミットを含めた外交の成果で政権の信任を受け、選挙後に経済政策を一新してほしいものである。 (日沖コンサルティング事務所『経営の視点』より転載)

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    リーマンよりも恐ろしいEU崩壊ショック

    世界が固唾を飲んで見守った英国のEU離脱の是非を問う国民投票は、離脱派が勝利した。28カ国からなるEUの加盟国が脱退するのは初めてで、欧州統合は大きな転換期を迎えた。世界経済にも波及した英国のEU離脱。リーマンショックをも上回る世界恐慌の足音が徐々に忍び寄る。

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    英EU離脱、金融パニックでも安倍叩き!「アベノセイダーズ」の正体

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) EU離脱か否かを問う国民投票がイギリスで行われ、賛成派がわずかに上回ったことで、同国のEUからの離脱が決定的になった。これから数年かけてイギリスはEUから離脱する手続きを進めていくことになるだろう。英紙『エコノミスト』を中心にして、様々な経済研究機関はイギリスのEU離脱は同国の経済成長率を押し下げ、しかもそれが長期間に及ぶと予測している。 筆者が見たところでも、2016年の直近で公表された経済成長予測ではマイナス成長は当たり前で、深刻なケースではマイナス5%以上にもなるとの試算がある。この数字はリーマンショック時をはるかに上回る。また出ていくイギリスだけではなく、EUにとっても経済的衝撃は深刻だろう。エコノミストの安達誠司氏は、むしろイギリスよりもEU側の損失の方が大きいだろうと指摘している(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48985)。 あるイギリスのジャーナリストは、「もう連合王国とはいえない」とTwitterに書いていた。これはイギリスでの投票結果をみると、EU残留はスコットランド、北アイルランドが圧倒的で、またEU離脱はイングランド、ウェールズに圧倒的(ただしロンドン市のシティなどは抜かす)であることを示唆している。実際にスコットランド、北アイルランドともに連合王国からの離脱が、今後加速化していくことは避けられない情勢だろう。 この「イギリスの終焉のはじまり」とでもいうべき状況は、つい先日までのEU残留の可能性の高まりをうけて、株価が上昇傾向にあった各国市場を直撃した。もっとも深刻だったのが、開票の時間帯にオープンしていた東京株式市場であり、日経平均株価は1286円33銭安の1万4952円2銭に下落した。下落幅、下落率ともに史上最大級に属するものだった。また為替レートの変動幅は7円以上をしめし、その乱高下幅はかってない大きいものであった。一時は1ドル99円台をつける円高になったが、現在でも円高域の中で不安定な動きを続けている。今後、米国やヨーロッパ市場にも同様の経済不安定化の波が押し寄せていくだろう。5月5日、ロンドンで英国のキャメロン首相(左)と会談した安倍晋三首相(AP) EU離脱が経済に深刻なリスクをもたらす可能性を、安倍首相は伊勢志摩サミット前のイギリス訪問時に、キャメロン首相にその旨を伝えていた。また同様のEU離脱による深刻な経済リスクを(おそらく安倍首相の要求で)サミットの各国首脳宣言に明記することにもなった。だが、アベノミクスに批判的なマスコミや政党はこれを冷笑とともに受け取ったのは記憶に新しい。筆者はそのような「サミットやアベノミクスの失敗」を事実とは違う形で扇動する人たちを、本連載でも厳しく批判した。そのような政治的なスタンスに過度に立脚した扇動は、単純な事実や明瞭な論理を不透明にしてしまい、我々の経済や社会問題に対する判断を曇らせてしまうからだ。イギリスのEU離脱は安倍首相のせい? 例えば、なにか経済的問題や社会問題が発生すると、安倍首相の責任にする珍妙な現象を目にすることがある。通常は単なるネットでの奇怪な現象にしかすぎない。冗談もふくめて、そういうなんでもかんでも安倍政権のせいにする人たちのことを「アベノセイダーズ」と呼ぶ風潮もある。 アベノセイダーズだけではなく、EU離脱問題を契機にしたアベノミクス批判は盛んである。安倍首相がイギリス訪問時に「キャメロン首相にEU残留を熱心に説いたのがイギリス国民の気質に逆らって、むしろEU離脱を促すことにもなりかねない」仮説を説いた著名経済学者もいた。安倍首相もイギリス世論を動かすほどの存在だとは驚きである。 また今回の株価の下落と円高によって、「アベノミクスの“化けの皮”がはがれた」などと非科学的な発言をいう人たちも多い。問題はイギリスのEU離脱という海外発の衝撃であり、アベノミクスがどうこうという問題ではないだろう。仮にアベノミクス以外の政策スタンスをとっていても今回の出来事は、株価下落や急激な円高をもたらしただろう。仮に安倍政権発足前の株価水準と為替レートの水準だったとしたら、日経平均は1万円台、ドル円は85円。株価は9千円台を割りかねず、また為替レートは1ドル70円台にまでになるだろう。「化けの皮」がはがれるどころか、日本経済の危機的状況はさらに深まったに違いない。 さて、不毛な議論に付き合うのはこれぐらいにして、今後の対策はどうすべきだろうか? まず日本だけに限って言えば、株価も為替レートもともに落ち着きを多少とも取り戻すと考えるのが無難だろう。もちろん今後、イギリスの経済情勢は不安定化し、また連合王国の分断が進んだり、他のEU諸国にも追随する動きがでればさらに世界経済の不安定化は増していく。そうなってくると今回のイギリスのEU離脱は、長期的な世界経済の押し下げ要因になっていくだろう。また中国、ロシアなどの新興国経済の低迷、米国経済の性急な利上げショックなど、世界経済の不確実性が急速に高まってしまう。 率直にいえば、日本は消費増税などにかかずらっている場合ではないのだ。政策的にできるベストの選択を行い、海外の経済リスクに備えるべきだ。例えば、消費増税は二年半の先送りではなく、事実上の「凍結」を目指すべきだ。またベストは5%への消費税減税である。 これに加えて、日本銀行は追加緩和を行うべきである。マイナス金利はマネーの量的な拡大とともになら明瞭な政策効果を発揮するだろう(マイナス金利だけの効果は限定的)。また最低賃金の引き上げを継続していき、労使ともにベアの引き上げを行うように政府も率先して調整することも必要だろう。もてる政策資源をフルに活用すべきだ。 もしアベノミクス以前(あるいは以下)の政策に戻ることを国民や政治家たちが選ぶとしたら、それは日本社会を分断していく深刻なショックをもたらすだろう。イギリスの問題は、日本の将来の問題にもなりかねない。

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    英EU離脱でもリーマン級の経済危機が起こり得ないホントの理由

    小笠原誠治(経済コラムニスト)リーマン級ショックが起こる? 英国のEU離脱を巡る国民投票の結果が明らかになった。大方の予想に反して「離脱」が過半数を上回ったのだ。接戦になるであろうという予想はそのとおりであったが、結果は逆になった。何故だろうか? それは希望的観測に基づいた予想が多かったから、つまりバイアスのかかった目でみていたということである。英国がEU離脱を決断すれば、先行きの不透明感が強まり、リスクオフの様相が強まる。そして、リスクオフの様相が強まれば当然のことながら円高が進むだろうから日本としては迷惑なことだ、と考える人が多いのは分かる。英BBC放送の「EU離脱が確実」の報道後、円高が進み日経平均株価も1万5000円を割り込んだ=6月24日午後、東京都港区の外為どっとコム (山崎冬紘撮影) でも、仮にそうだとしても、そもそもリスクオフで円高が進むのは、日本がマイナス金利まで導入して普段円キャリートレードを煽っているからでもある。つまり、リスクオフで円キャリートレードの巻戻しが起こり、円買い需要が発生するので円高になる。いずれにしても、こうして結果が出たからには、今後の関心事は、この決定が英国経済のみならず世界経済にどのような影響を与えるか、ということに移る。そのことに関して、リーマンショック級の危機が起こるという声も聞こえてきている。果たしてそうなのであろうか? 私は、今回の決断が世界経済に与える影響は限定的だと考える。ただし、英国経済自身に与える影響は軽微なものでは済まないであろう。というのも、英国の輸出の約4割はEU加盟国向けであるからであり、それらの輸出に対し新たに年間50億ポンド(約80億ドル)の輸出関税が圧し掛かるからである。また、英国の輸入に対しても年間90億ポンド(約132億ドル)の輸入関税がかかるとみられ、それが家計の負担として重くのしかかるのである。要するに、輸出業界にとっても家計部門にとっても大きな痛手となるのである。世界経済に与える影響世界経済に与える影響 ただ、その程度のことで英国経済が壊滅的な影響を受けることはあり得ない。何故ならば、変動相場制の下ではその程度の製品価格の変動はしばしば起きるからである。そのことは、我が国においてアベノミクスをスタートさせた後、円安が急速に進み、そして、今年に入ったからは逆に急速に円高が進んでいるものの、輸出数量にはさほどの影響を与えていないことからも明らかである。  英国のEU離脱は世界経済に深刻な影響を与えるとか、リーマンショック級の危機が起こり得るという声も聞こえる。なぜ、そのようなことが懸念されるかと言えば、英国を倣ってEUを離脱する国が現れるとEUの崩壊にもつながりかねないからと言うのである。確かに、世界的に国粋主義的な動きが強まるなかEU諸国のなかにはEUから離脱すべきだという声が大きくなっている国もあると言う。しかし、だからと言って、英国のように実際に国民の総意としてEU離脱を選択する国がどれだけあるかと言えば甚だ疑問だと言わざるを得ない。夜明けを迎えたウェストミンスターの国会議事堂。イギリスはどこへ行く=24日、ロンドン(ロイター) なぜ英国以外の国では実際にEU離脱にまでは到らないと考えられるかと言えば、EUに留まるメリットの方が離脱するメリットより遥かに大きいからである。事実上財政破綻し世界に大きな衝撃を与えたギリシャの国民でさえ、EUに留まることを望んだのである。つまり、ユーロ圏諸国は、ユーロを使用することで多大なメリットを享受することができるのだ。 その一方で、英国はEUの加盟国ではあっても、ポンドという独自の通貨を放棄してはいない。つまり、そもそも英国の立場は、EUには加盟していても中途半端というか、いいとこ取りをしてきただけと言うこともできる。逆に言えば、既に独自通貨を放棄してユーロ圏にどっぷりつかっている国が、再び独自通貨を使用するような事態になることはなかなか想像できないということである。日本に与える影響日本に与える影響 日本は英国に多額の直接投資をしている。つまり、そうした日系の企業が、先ほど述べたような理由で輸出が不振になるというデメリットを被ることが考えられる。さらに、既に顕在化しているように、英国のEU離脱決定により先行きの不透明さが増すなかでリスクオフの様相が強まっているので、一気に円高、株安が進んでいる。では、これから先、リスクオフの様相はますます強まり、ますます円高が進むのであろうか?国民投票を控えてロンドンの中心部の広場にはイギリスの国旗と欧州連合(EU)の旗を持った人が集まった(ロイター) 私は、そのように考える必要はないと思う。なぜなら、確かに今後、どのようなことが起きるか予断を許さない面はあるものの、時間の経過とともに少しずつ英国の進むべき道が明らかになるからである。既に述べたように、確かに新たな関税負担と言う重石がかかるであろうが、仮に主な影響がその程度のものであると分かれば、むしろ不透明性は一挙に払しょくされると考えた方がいい。実際、日本などは、EUのような地域経済圏に属していなくても、それほど不自由さを感じずに経済運営をしているのであるのだから、英国についても必要以上に心配することはない。 今回のEU離脱決定を契機に英国と中国との関係が一層強まる可能性がある。別に、英国が意図してEU諸国との関係を弱め、その一方で中国との関係を重視するという訳ではないが、英国がEUから離脱すれば、それ以外の国や地域との関係が強まるのは自然の流れであるからだ。つまり、英国はEU向けの輸出が減少するのを中国向けの輸出を増やすことによってカバーしようとするのではないだろうか。また、中国としても、そうした英国の微妙な立ち位置の変化を見抜き、英国により接近することが予想される。 英国の人口は6400万人ほどである。その国の経済成長率が一時期マイナスに落ち込むことがあっても、世界経済に与える影響は微々たるものに留まるであろう。また、既に述べたように、英国に倣ってEUを離脱する国が続出するとはとても思えない。そうこうするうちに、英国のEU離脱の影響が軽微なものであることが現実に理解され始めると、リスクオフの雰囲気は一気になくなるとも予想され、円高圧力を長い期間かけ続けることも現実的ではないだろう。

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    英国がEU離脱したらどうなる?

    [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 EU離脱について、英国の世論は二分され、閣僚にも多数の離脱支持者が出るなど、英国のEU離脱が現実味を帯びてきたが、もしそうなれば、英国のみならず、EUも西側も深刻な打撃を受けるだろう、と2月27日-3月4日号の英エコノミスト誌が警告しています。要旨は以下の通りです。EU離脱で英国が被る打撃 EU離脱は、英国経済に打撃を与え、テロやロシアなどの脅威が高まる中、英国の安全保障も危うくするだろう。 離脱派は、EUという足枷から解放されれば、英国はEUや世界と貿易を続け、経済的に大躍進するかもしれないと言う。しかし、現実の展開はそうならないだろう。最低限、EUはEUのルール遵守をEU市場へのアクセスの条件にするだろう。また、非加盟のノルウェーやスイスの例からすると、EUは人の自由な往来やEUへの相当な財政的貢献も要求するだろう。 それに、EUには他の加盟国の離脱を予防すべく、英国の離脱に厳しい条件を課すインセンティブがある。英国がEUを必要とするよりも、EUが英国を必要としているという主張も非現実的だ。英国の輸出の半分はEU向けだが、EUの輸入に占める英国の割合は10%に満たない。しかも英国の貿易赤字の大半はドイツとスペインがらみだが、新たな貿易協定を結ぶには、他の25カ国の同意も必要になる。 一部のEU懐疑派は、主権が回復するのなら、これらの困難も価値があると言うが、こうして得た主権は錯覚に近い。英国も、主権を一部明け渡す代わりに、NATO、IMF、その他多くの機関への加入を通して影響力を得ている。EUを離脱した英国は、主権を回復するどころか、大きく影響力を失うだろう。 例外は移民で、EUを離脱すれば英国はEU諸国から来る移民を拒否できる。ただ、その場合、英国は間違いなくEU市場へのアクセスを失うだろう。また、英国のビジネスやサービスはフランス人の銀行員、ブルガリア人の建設業者、イタリア人の医師等に依存しているが、これにも支障が出よう。 さらに、離脱は英国自体の分裂を招く可能性がある。親EUのスコットランドは、英国のEU離脱が決まれば、再度国民投票を行い、今度こそ独立しかねない。北アイルランドも、アイルランドと英国が共にEU加盟国であることが和平の礎であっただけに、不安定化する可能性がある。なぜ英国はEU離脱にこだわるのか英国の離脱はEU弱体化をもたらす 欧州の指導者たちも、英国が離脱すれば、難民問題やユーロ危機で既に窮地にあるEUは弱体化するとわかっている。世界第5位の経済大国を失えば、EUは、①より貧しくなり、②ドイツの支配力が強まり、③リベラル色が薄まり、④保護主義が強まり、⑤内向きになるだろう。欧州と米国の関係も希薄になる。何よりも、英国の軍事力と外交力を失ったEUは著しく立場が弱まる。 今やEUは西側の外交・安全保障政策の重要な担い手だが、英国抜きでは、イスラム・テロについても、対露制裁についても、十分に役目を果たせない。プーチンが離脱に強く期待し、オバマが危機感を抱くのも当然だ。 このように国民投票に向けて現在進行中のレースには多くのことがかかっている。EU懐疑派は、英国の離脱は欧州や西側をも弱体化させてしまうことを認識しなければならない。この重大な賭けにキャメロンが負けるようなことになれば、損失は広範囲になろう。出 典:Economist ‘‘The real danger of Brexit’ (February 27-March 4, 2016)http://www.economist.com/news/leaders/21693584-leaving-eu-would-hurt-britainand-would-also-deal-terrible-blow-west-real-danger*   *   * 上記の社説は、英国がEUを離脱した際の問題点を網羅的にまとめて論じています。 EU離脱は、経済面、安全保障面で英国にとってマイナスであり、またスコットランドの独立を招きかねない、と言っています。 特に重要なのは、離脱論への反論です。離脱派は、離脱すればEUとより自由に貿易を続けられると言うが、EUは、EUのルール遵守をEU市場へのアクセスの条件とするだろう。主権が回復するというが、それは錯覚で、英国は主権を回復するどころか、大きく影響力を失う。移民については、英国がEU移民を厳しく対処すれば、EU市場へのアクセスを失うであろうと言っています。なぜ英国はEU離脱にこだわるのか これらはいずれも正論で、核心をついた議論と思われます。EU離脱が英国の利益にならないことは明らかです。しかし、離脱派は説得されません。離脱を支持する6名の閣僚や、ジョンソン・ロンドン市長などはこのような議論に耳を貸しません。 英国にとってEUは、英国は大陸欧州とは違うという歴史に根差したアイデンティティの問題であり、離脱派の議論、心情には、このアイデンティティが深くかかわっています。それが、英国のEU離脱(あるいは残留)問題の難しいところです。 英国は、この問題を巡り、指導層、世論とも真っ二つに割れています。国民投票の行方は全く予断を許しません。英国、欧州、そして世界は、英国のEU離脱という激震が起こりうることに、心の準備をしておかなければなりません。

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    英EU離脱が招く世界恐慌ドミノ 「無策」は日本経済を崩壊させる!

    高橋洋一(嘉悦大学教授) 英国民投票の結果はEU離脱だった。残留派国会議員の死があり、直前の世論調査では残留派が盛り返していたと報道されていた。投票率の低い若い世代は残留派が多く、その人たちが投票率を上げるかどうかがポイントされていたので、国民投票の投票率が7割を超えたことも、直前の情勢では残留派が有利とされていた。ところが、ふたを開けてみたら、予想以上に離脱派の票が伸びた。 英国はもともと欧州大陸から離れており、自らを「欧州市民」と考える国民の割合は他の欧州諸国と比較して低いが、特にEUに属していなかった時代の経験を持つ高齢者の間には「英国は欧州でない」という意識が強い。そうしたオールドパワーが、低所得者層と結び付いて、ヤングと高所得者層を破った結果だった。 離脱すると英国は、貿易自由化や資本取引自由化の恩恵を受けられなくなる。英国は世界で最も開かれたグローバル金融市場の中心地として、シティの地位は重要である。さらに、英国がEU離脱すれば、スコットランドに英国からの独立とEU加盟を誘発する。それだけでも、英国の経済と安全保障の大問題だ。 英国は、EUに加盟しながら自由貿易の恩恵を受けつつも、ユーロに加盟しないで、独自の金融政策を行い、雇用を確保できるという「いいとこ取り」の国だ。 だからこそ、EU離脱が英国に短期的な経済苦境をもたらすのは確実ながら、移民流入を認めたくない国民の支持を得た。ロンドンの証券会社のモニターに映し出された、辞意表明するキャメロン英首相=6月24日(ロイター=共同) いずれにしても、英国のEU離脱によって短期的にはポンド安、通貨不安になるのは避けられない。実際、国民投票の当日は離脱回避の楽観論から1ポンド1.50ドル台であったが、一時1.33ドル台まで急落した。また、欧州大陸への輸出に関税などのコストが発生する可能性もある。英国のシティでは、金融機関はEU単一パスポート(免許)が有効でなくなり、欧州大陸で新たにEU単一パスポートが必要となり、シティの金融機能の一部が欧州大陸に移るかも知れない。 さらに、欧州各国で根強いEU統合懐疑派のスペインなどで離脱運動を勢いづかせるだろう。 英財務省によると、EU離脱後の英国は景気後退に陥り、2年後の経済成長率は残留の場合を3.6~6.0ポイント下回るという。すると、金融業界をはじめとして産業競争力がなくなって雇用が激減し、英経済は壊滅的になる。離脱の場合、経済成長の落ち込みに対応する失業率は1.3~2.2ポイントも増加する。 国際通貨基金(IMF)も17日、国民投票が「今の英国を取り巻く最も不確実なリスクだ」と指摘した。英国が離脱した場合、2018年の経済成長率は1.3~5.2ポイント減少し、失業率は0.3~1.2ポイントも増加するという。 これらの試算は、離脱を警告する意味があり、ちょっとオーバーかもしれないが、EU離脱という未知の世界では的外れともいえず、あり得る範囲だ。「離脱」影響度はリーマン・ショック級 世界経済はどうなるのだろうか。英経済では、離脱した場合、シティにある金融部門が大きく影響を受ける。ここで思い起こされるのが、2008年9月15日の大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破たんに端を発した、いわゆる「リーマン・ショック」である。金融機関の経営不安や一部金融市場の機能不全によって、信用収縮等を通じて大きな下押し圧力となり、実体経済にも負の影響を及ぼし、金融危機と実体経済悪化の悪循環が生じた。 英経済とアメリカ経済は、シンクロ度が高い。シティで起こった話はアメリカのウオール街に波及して、米英の実体経済に悪影響することもありえる。それは過去の英国、アメリカ、日本、世界経済の成長率の推移をみると、よく分かる。 上記のIMFの試算では、2018~19年の世界の経済成長率が英国のEU離脱でどうなるかが書かれている。それによれば、EU諸国で0.2~0.5ポイント低下、その他の国で0.2ポイント以内の低下となっている。 ただし、筆者はもっと厳しいのではないかと思っている。EU離脱というかつてないことが英国で行われるわけで、今後2年間程度といわれるEU離脱交渉の中で予想外のことが起こるたびに、ポンドや株が売られ、円高が進みかねない。その過程の中で、EUの緊縮財政に反対するスペイン、イタリア、ギリシャなどのさらなるEU離脱を誘発しかねない。そうなれば、欧州の金融混乱は繰り返して起こることとなる。 かつて、リーマン・ショックの際に『ハチに刺された程度』と対策を怠り、深刻な円高不況を招いた過去を忘れてはいけない。 英国のEU離脱は、連鎖反応を起こし、アメリカ経済、日本経済、世界経済を悪くする可能性がある。その二の舞を避けるためには、その影響度はリーマン・ショック級とみておくほうがいい。 むろん、世界経済は密接につながっている以上、日本も影響を被るということだ。世界の成長率推移をみると、1998年に日本だけが情けなく景気減速していることが一目瞭然だが、それは前年の消費増税の影響である。英国のEU離脱問題はリーマン・ショック級になる可能性がある以上、2017年度からの消費増税の見送りは日本にとっては正解だった。その判断の前提であった安倍首相の「ひょっとしたらリーマン・ショック級のことが世界に起こりうるリスクがある」という懸念は、その時はさんざん非難されたものの、結果として慧眼の判断であったといえよう。もし消費増税を決断した後で、英国がEU離脱になったら目も当てられないことになっていたはずだ。 日本としては、内需振興策、金融緩和、為替介入、さらにヘリコプターマネーを含めて政策総動員すべきだ。世界経済への大変動に備えるための経済政策である。繰り返すが、リーマン・ショック後の「経済無策」の二の舞だけは避けなければいけない。

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    他の加盟国でも国民投票は起きる? 英EU離脱の疑問点をまとめてみた

    小林恭子(在英ジャーナリスト) 23日に英国で行われた欧州連合(EU)を離脱するか、残留かについての国民投票で、離脱派が約1740万票(51.9%)を集めて勝利した。残留派は約1600万票(48.9%)だった。 自分自身は残留を望んでいたので、残念だし、信じられない思いもする。これほど英国人はEU嫌いだったのかと愕然とする。 離脱派と残留派で英国は大きく2つに割れた。残留派を率いたキャメロン首相は10月の保守党・党大会をめどに辞任することを表明している。改めて、現状とこれまでの経緯をまとめてみた(23日付けの筆者の「まとめ」記事に追加しました。)―結果は予想されていたか? 今回の国民投票の結果ほど「予想がつかない」と言われた選挙はないといってよい。 複数の世論調査では離脱派と残留派の意見が拮抗した上に、これまでのような総選挙と違い、過去の結果と比較しながらの判断ができなかったからだ。―なぜ離脱派が支持されたのか? 巨大になったEUの官僚体制への不満、ユーロ圏経済の混迷にみる先行き不透明感、難民問題に対処できずおろおろするEUといった、EU自体への不満に加え、国民に強い危惧感をもたらせたのが、移民流入問題だ。国民投票を控えてロンドンの中心部の広場にはイギリスの国旗と欧州連合(EU)の旗を持った人が集まった=6月19日―EUはなぜ生まれた? EUはもともと、第2次大戦後、欧州内で2度と大きな戦争が起きないようにと言う思いから生まれた共同体だ。当初は経済が主体だったが、欧州連合(EU)と言う形になってからは政治統合の道を進んでゆく。単一市場に加入するという経済的目的を主としてEC(後にEUとして発展)に英国が加盟したのは1973年。当時は加盟国は英国を含めて9カ国。人口は約2億5000万人。現在は28カ国、5億人だ。当初は西欧の経済状態が似通った国が加盟国だったが、今は加盟国内での所得格差、失業率の差が大きい。 英国では2015年、純移民の数が33万人となった。英国から出て行った人と入ってきた人の差だ。そのうちの半分がEU市民だ。英国は多くの人が使う国際語・英語が母語だし、失業率も低い。EU他国から働き手がどんどん入ってくるのも無理はない。人、モノ、サービスの自由化を原則とするEUにいるかぎり、市民がやってくることを止めることはできないのだ。―なぜ今、国民投票が行われたのか? 底流として長い間存在してきたのが、反欧州、あるいは欧州(=EU)への懐疑感情だ。大英帝国としての過去があるし、「一人でもやっていける」という感覚がある。社会の中の周辺部分、つまり、英国には階級社会の名残があるが、労働者階級の一部、および中・上流階級の一部に特にそんな感情が強い。 社会全体では、「他人にあれこれ言われたくない」「自分のことは自分で決めたい」という感情が非常に強い。だから常に、政府でも地方自治体でもいいが、いわゆる統治者・管理者が何かを上から押さえつけようとすると、「反対!」と叫ぶために抗議デモが起きる。 EUが拡大して、EU合衆国になる・・・というのはまっぴらごめんと言う感覚がある。英国の司法、ビジネス、生活に及ぼすEUのさまざまな細かい規定を「干渉」と見なす人も多い。今回の国民投票の話以前に、もろもろのこうした底流が存在していた。「頭がおかしい人が支持する政党」だった英国独立党―政治的な動き 底流での流れが政治的な動きにつながってゆくきっかけは、2004年の旧東欧諸国のEU加盟と2007-8年からの世界金融危機。04年、10か国の新規加盟に対し、各国は人やモノの受け入れのための準備・猶予期間を数年間、導入した。しかし、英国は制限を付けなかった。そこで、最初から自由に人が出入りできるようになった。 ポーランド人の大工、水道工やハンガリー人のウェイターが目につくようになり、東欧食品の専門店があちこちにできてゆく。若く、仕事熱心な新・移民たちは評判も上々だった。 しかし、金融危機以降に成立した2010年の保守党・自由民主党新政権は厳しい財政緊縮策を敷いた。公共費が大幅削減され、地方自治体が提供するサービスの一部もカットされた。EU市民については制限を付けない移民策の結果、病院、役所、学校のサービスを受けにくくなった。 政府統計によれば、人口約6000万人の英国で、2014年時点、300万人のEU市民が在住。その中の200万人が2004年以降にやってきた人である。特に英国南部、そしてロンドンが最も多い。「無制限にやってくるEU市民をどうにかしてほしい」-生活上の不便さから、そんなことを言う人が英国各地で増えてきた。 しかし、人、モノ、サービスの自由な移動を原則とするEUに入っている限り、域内の市民の移動を阻止できない。また、一種の人種差別的発言とも受け取られるから、政治的に絶対にといっていいほど、認められない。 だから、既存の政党はこんな市民の声をくみ上げられずに何年もが過ぎた。ずばり、「EUを脱退するべきだ」と主張してきたのが英国独立党(UKIP)。数年前までは「頭がおかしい人が支持する政党」だった。「離脱」優勢の報に接し、浮かない表情のEU残留派の人々=6月24日、ロンドン―潮目が変わった しかし、2014年、潮目が変わった。 この年の欧州議会選挙で、英国に割り当てられた73の議席の中で、UKIPが21議席を取って第1党に躍り出たのである。市民の声が政治を動かした。 どんなに恰好の悪い本音でも、本音は本音である。 UKIPは与党・保守党を大きく揺り動かす。もともと、EU懐疑派が多い保守党。この懐疑派が40代半ばにして党首となったキャメロンの足を引っ張る。保守党議員がUKIPに移動する事態が発生し、キャメロンは懐疑派=超右派を黙らせるため、また党の存続のため、EUについて何かをしなければならなくなった。 「制限がないEUからの移民流入が不都合をきたしている」-そんな思いをくみ取れなかったのは最大野党の労働党も同じ。 「EUは大切だ」という姿勢を崩さなかった労働党に加え、2015年4月まで連立政権の一部だった自民党も大のEU推進派だ。 「今度こそ、単一政権を実現させたい」-2015年5月の総選挙で、そう思ったキャメロン首相は「保守党が単一政権になったら、EUの離脱・残留について国民投票を2017年までに行う」と約束して、選挙戦に臨んだ。 ふたを開けてみると、労働党惨敗で、保守党は単一政権を打ち立てることができた。 その後、UKIPを中心として国民投票実現へのプレッシャーが高まる。 キャメロン首相はとうとう、今年6月23日の実施を宣言せざるを得なくなった。誰が残留をあるいは離脱を支持したか―誰が残留をあるいは離脱を支持したか 残留はキャメロン首相、大部分の内閣、下院議員、労働党、自民党。エコノミストたち。OECD、IMF、イングランド中央銀行。カーン現ロンドン市長、オバマ大統領、ベッカム選手、ハリーポッターシリーズのJKローリングや俳優のベネディクト・カンバーバッチ、キーラ・ナイトレーなど。中・上流階級(日本の中流よりは少し上の知識層)、国際的ビジネスに従事する人、若者層。 離脱はジョンソン元ロンドン市長、ゴーブ司法大臣、ダンカンスミス元年金・福祉大臣、ダイソン社社長、労働者・中低所得者の一部、英連邦出身者の一部、中・上流階級の一部・保守右派で「大英帝国」信奉者、高齢者の一部。-2つに割れた、英国民。また仲良くやっていける? しばらくは溝を埋める時間が必要と言う見方があるが、英国はもともと、階級制の名残がある国だから、「自分は人違う」ことを当たり前としてきた。したがって、このまま、溝は溝のまま、続いていくのではないかと筆者はみる。 ただ、「残留派=高い教育を受けた人、グローバル化の恩恵を受ける人、国際的な経験が豊富な人、一定の収入がある人、若者層」であり、一方は「離脱派=労働者階級の一部、それほど教育程度の高くない人、グローバル化の恩恵を受けない人、一部の高齢者」という形に割れたことから、まさに階級の差がくっきりと出た。―残留派のキャメロン首相は辞任する? 今回の結果が出る直前まで、首相は辞めないことを明言しており、昨晩、開票が始まった時点でも内閣や保守党幹部が「キャメロン首相の続投」を支持する書簡が公表された。 しかし、残留派のキャメロン氏が離脱に向けての動きを主導できるかと言うと疑問符が付く。自らが辞任を表明する可能性が高い。―手続きはどうなる? 離脱の場合、下院でこの問題を議論する見込み。離脱交渉を開始するために、リスボン協定の第50条を発動させると、2年以内に交渉を終了する必要があるという。しかし、キャメロン首相がいつこの条項を発動させるのかは不明。事前にEU他国との交渉をしてから、発動させるという見方もある。―EUと英国の関係はどのように変わる? 離脱後、英国が単一市場にこれまで通りに加盟できるのか、一切シャットアウトされるのかなどは、EUがどのように意思決定をするかで変わってくる。 EU域内に住む英国人、そして英国に住むEU市民の処遇も明確には決まっていない。追い出されることはないとは思うがー。―経済はどうなる? 24日早朝時点ではポンド安。今後、株価市場の下落も含め、相当の大波が来る可能性がある。 しかし、英イングランド銀行(中央銀行)が市場介入などを行うことでショックが緩和されることもありそうだ。 いずれにせよ、初期の負の影響は避けられない。―スコットランドは? 残留派が多いと言われるスコットランド。2014年に住民投票をし、僅差で英国から離脱しないという結果が出たばかり。英国がEUから離脱のすれば、スコットランドで再度住民投票が行われる可能性は否定できない。ただし、これもEUがどう出るかで状況は変わってくるだろう。―ほかのEUでも国民投票が起きる? ほかのEU諸国で、国民投票を望む国民が多いと言われているのが、フランス、イタリア、オランダなど。右派政党が中心になって、実施に向けた運動が始まりそうだ。 ドイツのショイブレ財務大臣は、これまでのような深化・拡大路線を見直す必要があるのではないか、と発言(21日)している。―日本企業への影響は? 英政府によれば在英の日本企業は1000社を超え、約14万人の雇用を支えているという。 離脱となれば、まずはポンドが下がる可能性があり、円高と言うことになれば一般的に日本の輸出企業は打撃を受けるだろう。これが長く続かどうかは分からない。 在英の日本企業が欧州他国とビジネス上の手続きをいちいちやり直す必要があるとすればこれも煩雑だ。ただ、これで英国から日本企業が出ていくかどうかは疑問だ。(Yahoo!個人 2016年6月24日分を転載)

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    英国首相にEU残留説得する力なし 欧州はテロと犯罪の巣窟に

     移民を受け入れ、事実上の国境をなくし、事実上の大きな国家となっていたEUが崩壊の危機を迎えている。いきなり大挙してやってきた難民の受け入れに苦慮し、テロに振り回され、いったんなくした国境を復活させつつある。なぜ、このような事態に陥ったのか、ジャーナリストの落合信彦氏が解説する。* * * 総人口5億人超の“一つの国”が音を立てて崩れようとしている。この6月、イギリスで「EUに留まるか、離脱するか」を問う国民投票が行われる。首相のキャメロンは国民に対して「EU残留」を呼びかけてきたが、それに対し、一気に逆風が吹き始めている。英国民投票の結果を受け、首相官邸前で辞意を表明するキャメロン首相。右はサマンサ夫人=6月24日、ロンドン(ゲッティ=共同)“税金逃れ”のための取引が多数記された「パナマ文書」に、キャメロンの亡き父の名前が出てきたからだ。キャメロンは父親が設立したファンドに自らも投資し、利益をあげていたことを認めた。 キャメロンはこれまで合法の租税回避も批判してきた。それなのに、自分だけ懐を温め、国民には緊縮財政を強いてきたのだから、怒りの声が渦巻くのも当然だ。もはやキャメロンには、イギリス国民にEU残留のメリットを説得するだけの力はない。離脱派の声が大きくなるだろう。 それどころか、イギリス国民はわずか30kmほどのドーバー海峡を隔てた、ヨーロッパ大陸で起きている現実に慄然としているのではないか。 EUは、イギリスの国民投票を待たずして、その存続が問われる危機的状況に陥っている。ベルギーの首都・ブリュッセルで3月22日に起きた爆弾テロは、30名以上の死者を出し、日本人を含む300人以上が重軽傷を負った。 ベルギーは人口1100万人。国土はわずか3万1000キロ平方メートル足らずと、九州より狭い小国だ。その首都ブリュッセルにEUの政策執行機関である欧州委員会やEU理事会事務局、さらにはNATO(北大西洋条約機構)の本部が置かれたのは、まだテロリズムの暗い影がヨーロッパを覆っていない頃のことだった。 しかしその後、ヨーロッパにはアフリカや中東などから多くの移民が流れ込み、テロの土壌が生まれた。昨年11月にフランス・パリで発生し130人が犠牲になった同時多発テロの犯人グループにも、モロッコ系移民の2世が含まれていた。 そして今、新たに「難民」という形で大量のテロリストがヨーロッパに浸透しつつある。 ヨーロッパでは、移民・難民をこれ以上受け入れるべきではないという声が高まっている。 昨年の大晦日には、ドイツのケルンにある広場で北アフリカやシリアから来た難民を中心とする1000人以上がその場にいたドイツ人女性に対し性的暴行を加えたりバッグを盗んだりする事件が起きた。この「ケルン事件」では500人以上の被害者が出たが、同じような事件は、ハンブルク、シュトゥットガルトなどドイツのあちこちで起きている。 これらの事件で、移民に対するドイツ人の国民感情は極めて悪化したが、首相のメルケルは何ら有効な対策を打てていないのが現実だ。ケルン事件に対する捜査もまともに進まず、いまだに難民には甘い顔をしている。 ヨーロッパでは、パリやブリュッセルに続く第3の大規模テロが起きてもおかしくない。そして、直近1年で110万人も入った難民が治安を悪化させているのも事実である。いまやヨーロッパは、テロと犯罪の巣窟になってしまったのだ。関連記事■ 【キャラビズム】コンピュータ腕時計に続き健康診断腕時計?■ 【キャラビズム】残念ながら、テロは日本の玄関に来ている!■ 【キャラビズム】中国人の買い物で昔の日本人を思い出す!■ 生きにくい現代社会において「哲学」を使うことをすすめる本■ 【キャラビズム】歯医者の待ち時間が長すぎて歯の痛み忘れる

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    日本市場に海外リスク 英のEU離脱やヒラリー氏&トランプ氏

     本誌が21人の経済専門家に今後の日本経済の行方を緊急取材したところ、一部の専門家からは年末までに日経平均2万円回復など楽観的な見方が出た。しかしその一方で、目先の値動きを警戒する見方も出ている。戸松信博氏(グローバルリンクアドバイザーズ代表)が語る。「6月に米国が利上げに踏み切れば新興国からの資金引き揚げが一段と進み、新興国の経済不安から一時的な株安に見舞われるでしょう。しかし日欧をはじめ世界的な金融緩和が続いている以上、その後も株価上昇が見込めるため、下がった時が買いのチャンスと見ています」一時1万5000円を割った日経平均株価を示す大型モニターが設置されたディーリングルームで、端末の画面に向き合うディーラーたち=6月24日午後、東京・丸の内の大和証券 経済アナリストの豊島逸夫氏は、海外のリスク要因を挙げる。「一つはイギリスで6月に予定されている国民投票の結果次第でEU離脱の可能性があること。本当に離脱すれば、ポンドが暴落し、安全通貨の円が買われて円高が進行します。もう一つのリスクは中国経済です。中国人民銀行の緩和政策で株式市場は何とか持ちこたえていますが、年の後半に1度は中国株の暴落が起こることを考えなければなりません」 日本株反転のきっかけとなる「円安」も望みにくい状況が横たわるとの指摘もある。一般的には日米の金利差拡大に伴ってドル買い・円売りが進むが、今年は特殊事情がある。11月の米大統領選だ。「大統領選に向けて景気を良くしておきたい米国はドル安路線を堅持しようとする。円安に戻るのはその後になる可能性が高い」(エフピーアイ代表の藤ノ井俊樹氏) さらに米大統領選後もネガティブな見方がある。「有力候補であるヒラリー(民主党)、トランプ(共和党)のどちらに転んでも、日本株にはマイナス材料。いずれも反TPP(環太平洋経済連携協定)で、日本の為替政策に批判的なためです。先日、米財務省が為替政策の監視リストに日本を初めて指定し、日本は為替介入に踏み切りにくくなった。円安は夢のまた夢となりそうです」(フィスコ株式・為替アナリストの田代昌之氏)関連記事■ 支持率低いオバマ大統領が再選なら株価にマイナス材料なるか■ 日経平均 年内は様子見ムード続き8000~9500円で推移の予測■ 激ヤセのクリントン氏 1回数千万円の講演料で年収10億以上■ 米大統領選 ロムニー氏の公約は“健康保険制度廃止”だった■ 【ジョーク】イラン大統領「オバマ無能」への対立候補の反応

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    勢いを増す離脱派に見え隠れする欧州の「トランプ現象」

    岡部伸(産経新聞ロンドン支局長) 黄昏の老大国、英国の「Brexit(ブレキジット)」の決断に世界から注目が集まっている。Britain(英国)とExit(出る)を組み合わせた欧州連合(EU)離脱問題で、急増する移民など社会の現状に不満を募らせた白人の中間層や低所得層の怒りを汲み取った離脱派のボルテージは最後まで勢いを失わなかった。6月23日の国民投票で離脱が決まれば、EUが弱体化し欧州統合の流れに逆行するばかりか、英国はもとより世界経済にも多くの影響が出る。そこには戦後欧州がめざした多文化を受け入れる寛容の精神は消え、不健全な大衆迎合的(ポピュリズム)で内向きのイングランドナショナリズムが見え隠れする。それはあたかも、米国の大統領選で中間層の怒りに便乗して吹き荒れる「トランプ旋風」の英国版のようだ。そしてスコットランドではEU加盟存続を求めて再度独立をめざすナショナリズムが台頭、連合王国はアイデンティティの危機に立たされることは不可避の情勢だ。「EUはヒトラーと同じ」「EUが英国の離脱を阻もうとするのは、欧州制覇を試みて悲劇的な結果に終わったナチスのヒトラーと同じだ」 離脱派の有力指導者、ボリス・ジョンソン前ロンドン市長が5月15日付『デーリー・テレグラフ』紙に、EUを第三帝国の独裁者、ヒトラーと同一視する独特の歴史認識を語った。ジョンソン氏は、「ナポレオンにせよヒトラーにせよ、権力の下で超大国をめざしたが悲劇に終わった。EUも別の方法でこれを試みている」と持論を展開。こうした目標は「途方もない民主主義の欠如を招く」と指摘し、ヒトラーと戦ったチャーチル首相に倣って、国民投票で離脱に投票してEUを救うことで英国民は「欧州の英雄」となると訴えかけた。5月26日、英南部ウィンチェスターで、EU離脱、残留両派に囲まれながら演説するジョンソン前ロンドン市長(共同) 首都のロンドンでイスラム教徒のサディック・カーン市長が誕生するなど、多民族国家の英国でジョンソン氏の発言は、第2次大戦に勝利しながら落日を迎えた大英帝国に郷愁を抱く白人の中高年層のEUに対する不満に寄り添うもので、彼らの怒りに便乗した大衆迎合ともいうべき内容だった。外国首脳の側面支援を批判 同じ『デーリー・テレグラフ』紙に、訪英した安倍晋三首相に対する辛辣な批判が載ったのは5月6日のことだった。「日本経済は大失敗した。それなのになぜ、英国はEU離脱について安倍首相に耳を傾ける必要があるのか」 安倍首相が同5日にダウニング10(首相官邸)で、「英国はEUに残留することが望ましい」「世界にとって強いEUに英国がいるほうがよい」とキャメロン首相が掲げる残留支持を表明したことに、保守派の読者が多い同紙が過剰反応した報道だった。その背景には、EU離脱問題についてG7(主要国)首脳会議開催国である日本の安倍首相から残留を諭されたことが容認できない離脱派のいらだちがあった。 Brexitをめぐって、外国首脳のキャメロン首相への側面支援に離脱派が反発するのは初めてではない。エリザベス女王の90歳誕生祝いに訪英したオバマ米大統領が4月22日、キャメロン首相に残留支持を表明し、離脱なら、米国との貿易協定の交渉の優先度で「英国は列の後ろに並ぶ」と警告すると、ジョンソン氏は「内政干渉だ」と批判。オバマ大統領の実父が英国の旧植民地のケニア出身だったことから、「ケニア人の血を引く大統領の家系が英国に敵意を抱いている」と反発。またEU離脱を主張する英国独立党(UKIP)のファラージ党首は「これまでで最も反英の米大統領だ」と批判した。移民急増に強い憤り移民急増に強い憤り なにゆえ、欧州の大国である英国でEU離脱論が高まるのだろうか。それは3年前の2013年に遡る。欧州債務危機を契機に、独仏中心のユーロ圏は、危険な債券を売って利益を上げた金融機関の規制強化を始めた。金融街シティが経済の柱である英国にとっては死活問題になりかねず、反EU感情が強まり、UKIPが保守党から支持者を奪い始めた。与党保守党内でもEU主導政治に批判的な見方が強まり、焦ったキャメロン首相が15年の総選挙で勝つことを条件に17年末までに国民投票を実施すると約束したのだった。 実際に15年の総選挙で保守党が過半数を得て投票の流れができるのだが、発端は保守党内の内部分裂だったことは忘れてはならない事実だろう。伊勢志摩サミットで複製された壁画の説明を受けるキャメロン英首相(左)とオバマ米大統領=5月26日午後、三重県志摩市(代表撮影) 英国は世界で最も開かれたグローバル金融市場を運営している国であり、EUに所属していることのメリットは計り知れない。それをよく承知するキャメロン首相は、EU残留を主張し続けている。だから保守党内でジョンソン氏らの離脱派が勢いを増して激しい論争が展開されたのは、「保守党内の権力闘争」と見ても間違いではない。 離脱派が台頭する最も大きな要因が、EU内とりわけ東欧から押し寄せる移民の急増だ。ドイツと並んで欧州の大国である英国は経済運営も順調で、ドイツと同様、移民が大量に流入している。旧来のインドやアフリカなど旧植民地のほかに、ブレア元政権時代の2000年以降、EU新規加盟国から移民を積極的に受け入れてきた。安価で質の良い労働力の流入は経済的に活況をもたらした。ところが08年以降の金融危機以来、白人の労働者階級を中心に「仕事を取られた」「社会福祉制度の重荷になっている」との不満が広がった。彼らがBrexitを支持する中心となった。 15年度の移民の純増数は33万人強で過去最高となり、英国内の一部からは制限すべきとの声が上がったが、EUのルールとの関係で政策を自由に決められない。英国は欧州の大半を国境検査なしで移動できる「シェンゲン協定」には加盟していないが、より基本的な措置としてEU離脱を求める動きが出てきた。 ジョンソン氏ら離脱派は、「離脱後に純流入数を減らして国民の仕事を守り、福祉制度への『ただ乗り』を防ぐ」と主張。EUから抜けなければ、急増する移民を制限できないと説く。さらに、長期化するシリア内戦で増加が続く中東や北アフリカから流入する難民問題で対策が遅れていることも離脱派の反EU機運を後押ししている。 またフランスやベルギーで移民やその子弟によるテロが続発したことも、「移動の自由は英国の安全を脅かす。EU離脱でより厳格に国境管理すべき」(ファラージUKIP党首)とEU懐疑論に拍車がかかった。経済的不利益より主権回復が国益?経済的不利益より主権回復が国益? もう一つが根深いEUの官僚体質への反発だ。EUは基本的に国家統合をめざすもので、EU内で決められたルールは例外なく域内に適用しなければならない。 EUは巨大な公務員組織を抱え、その規模や複雑さは、公務員天国と呼ばれる日本をはるかに凌駕する。洋の東西を問わず公務員は高圧的で杓子定規のため、英国内では「主権が干渉されている」との風潮に対する不満が絶えない。 歴史的に自由競争を通じた活力を重要視する英国と、政府による民間への介入を是とする大陸欧州では、規制に対する溝は少なくない。多くの英国民は、労働時間規制や製品の安全基準などEUのルールは厳格すぎると受け止めている。金融街のシティでも銀行員の報酬制限や金融取引税導入などに対する抵抗は大きい。 そもそもEUは加盟国には緊縮財政を強いるのに、支出は過去10年で4割強増えた。財源は各国分担だから英国はドイツ、フランスとともに配分される予算よりも分担金が多くなり、2014年度で43億ユーロ(約5400億円)もの「赤字」となる。またEU予算の半分以上が農業や域内の低所得国への補助に使用される。このため、英国民にはEU官僚が権限と組織を肥大化させていると映る。 そこで離脱派は「英国が欧州の自由貿易圏の一部であり続けることは可能だ」として「英国は毎週3億5000万ポンドをEUに払っている」のに、規制でがんじがらめだと指摘、その分を崩壊寸前の国民保健サービス(NHS)など社会保障や医療に回すべきだと説いた。「規制を緩和して、EUよりも中国やインドなどの新興国と独自に自由貿易協定(FTA)を結んだほうが英国の競争力を増す」と訴えている。 実際に離脱すれば、英政府はEUなどと貿易などに関する取り決めを新たに結ぶ必要性が生じてくる。交渉には最長10年の期間が必要とされ、その間不透明感が強くなる。産業界の投資は延期され、金融センターであるシティの地位が低下し、グローバル企業が欧州の統括拠点を英国から欧州大陸に移して、経済が空洞化していく可能性もある。英国の経済に重大な影響を与えることは間違いない。ポンドは急落し、英財務省は国内総生産(GDP)が2030年までに6%落ち込み、英産業連盟(CBI)は95万人が失業すると試算する。悪影響は英国に留まらず、世界的なリスクは避けられない。 経済的には輸出入の半分以上を依存する欧州大陸と断絶しては存立しないことを理解しながら、離脱派はEUから離れて英国の議会だけで物事が決められるようになることは主権回復を意味すると考える。そこでジョンソン氏らは、「経済での目先の不利益は主権回復に必要なコストで、長期的には離脱が国益にかなうはずだ」と問いかけた。 こうした主張が移民急増で生活を脅かされかねない中間層やブルーカラーの心を捉えた。ロンドン大学経済政治学院のサイモン・ヒックス教授(政治学)の分析では、離脱を支持する有権者は、白人で保守党を支持する低学歴の中高年層で、「移民問題」に最も関心を示す中間層という。経済停滞でEUと社会の現状に憎悪と不信を深める彼らの怒りを汲み取った点でジョンソン氏ら離脱派はポピュリストであり、米大統領選で中間層の不満に便乗して共和党候補となったトランプ氏と酷似している。 そこには、欧州よりも英国を優先する身勝手で排他的なイングランドナショナリズムが見え隠れする。こうした現象はイスラム移民排斥が強まるフランスや、シリア難民を拒否する東欧諸国、スペインからの分離独立を唱えるカタローニャ地方など昨今の欧州に共通する。名誉ある孤立名誉ある孤立 なぜ、そこまで英国は「主権」回復にこだわるのか。 ドーバー海峡に霧が立ち込めた際、高級紙『タイムズ』が「海峡から濃霧 大陸から孤立」と報じたように、濃霧によって大陸(欧州)から切り離されるイメージが英国人を安らかにする。「欧州と一緒にはなりたくない」民族感情があるのだ。EU懐疑論の背景には、名誉ある孤立を尊び、EUを憎悪する誇り高い反欧州感情がある。 15世紀の100年戦争以来、フランスとは19世紀に3度戦い、20世紀前半は2度ドイツとの大戦を経た。 世界に君臨した大英帝国時代から育まれた「英国と大陸欧州は違う」との自負心から、大英帝国を知る世代を中心に「自国だけでやっていける」との思いが強い。このため、EUの前身、欧州共同体(EC)に加入した1973年から単一通貨ユーロ圏や「シェンゲン協定」に参加せず、「独自の立ち位置」を続けてきた。英国人は、英米法という欧州大陸とは異なるきわめて民主的な法体系をもつ。政治統合を避けてビジネスでの統合に留まり、国境撤廃や共通通貨導入など国家の根本で統合に背を向け、一定の距離を保ってきた。 そもそも「統一ヨーロッパ」を構想したのは英国のチャーチル元首相だった。ところがソ連が崩壊し、旧東欧諸国がこぞって加盟して28カ国体制となったEUの主導権を握っているのはライバルの独仏だ。キングスカレッジ・ロンドンのアナン・メノン教授は、「離脱派の背景には、失われた大英帝国を懐かしむノスタルジーもあり、大国主義の名残が見え隠れする」と指摘。対照的にEUの中の英国として育った若い世代が残留を支持している。EU憎悪と帝国への郷愁という理屈を超えた感情がイングランドナショナリズムと結び付き、「中間層の不満を離脱派が内向きのポピュリズムで取り込んだ」(メノン教授)との見方が有力だ。「アングロスフィア」連合 大英帝国の遺産の一つに「アングロスフィア」連合(英語圏諸国連合)がある。同様の文化や言語、価値観をもつ米、英、カナダ、豪州、ニュージーランドのアングロサクソン諸国5カ国から成る米英同盟で、離脱派は、大陸欧州に代わって「アングロスフィア」連合なるものを再興して英国がリーダーとなり新時代の役割を担うべきと主張する。 現在、アングロサクソン諸国5カ国は、エシュロンと呼ばれる米国の国家安全保障局(NSA)を中心に構築された軍事目的の通信傍受(シギント)システムで協力、情報共有しており、このインテリジェンスでの連携を経済や政治に発展させようという構想だ。 しかし、国家連合で最も影響力のあるメンバーになるはずのオバマ米大統領が4月下旬に英国のEU残留を強く訴えたことで現実味を失っている。英語圏に郷愁を抱く離脱派には、米国が戦略的に貿易で最も優先するのは英国でもEUでもなくアジアであることを理解できない。オバマ大統領が個別貿易協定の締結を求めるなら、英国は「列の後ろに並ぶ」と発言したことで、「英仏海峡の代わりに大西洋」という選択肢はないことをEU離脱派は渋々認めた。しかし、この旧植民地ネットワークである英語圏連合構想は、国民投票で残留が決まっても、英国内でくすぶり続ける可能性がある。首相の信認揺らぐ?「パナマ文書」首相の信認揺らぐ?「パナマ文書」 離脱派を勢いづかせたのが、タックスヘイブン(租税回避地)の法人に各国首脳やその親族らが関わっている実態を暴露した「パナマ文書」だった。亡父が租税回避地に設立・運営した投資ファンドによって利益を得ていたことをキャメロン首相が認め、首相官邸前で退陣要求デモが起こるなど2010年の政権発足以来の最大の危機を迎えた。首相は財政健全化を掲げて国民に厳しい緊縮を強制させ、主要国首脳会議などで国際的な課税逃れ対策の必要性を主張してきただけに、首相自身が富裕層相手のタックスヘイブンで利益を得ていたことへの国民の怒りと不信が高まり、支持率と求心力は一気に低下した。 EU残留を訴える首相が国民の信認を失えば、投票の行方に大きく影響を与える。このためキャメロン首相は、この問題で指導力を発揮せざるをえない立場に置かれ、訪英した安倍晋三首相に、伊勢志摩サミットで課税逃れ対策を議論するよう伝達。5月12日、ロンドンで世界の汚職や腐敗根絶を話し合う「腐敗防止サミット」を開催して、タックスヘイブンの透明性向上策とペーパー会社の規制強化策を表明するなど信頼回復に躍起となった。スコットランド独立スコットランド民族党のスタージョン党首(ロイター=共同) 一方、親EU的なスコットランドでは、連合王国からの離脱を主張してEUへの加盟存続を求めるナショナリズムが台頭している。スコットランド民族党(SNP)党首でもあるスタージョン首相は、英国の国民投票でスコットランドの意に反してEUからの離脱が決まれば、独立の是非を問う住民投票を再度行なう方針を表明。5月のスコットランド議会選挙の公約に盛り込んだため、英国が離脱を選べば、EU残留を求め分離独立運動が再燃することは必至だ。独自通貨をもたないスコットランドは独立した場合、EUの統一通貨ユーロを想定。独立すれば、EUに残留する意向だ。スコットランド分離独立の動きが投票行動に影響を与える可能性がある。スコットランド独立を回避するためEUに残る選択もありうるからだ。 英世論調査会社「ユーガブ」の5月の調査によると、残留支持が42%、離脱は40%で拮抗している。英国はイングランドとスコットランドの2つのナショナリズムにさいなまれ、連合王国はナショナル・アイデンティティの危機に直面している。 与党保守党内で、8人の閣僚を含む保守党議員の約半数、一般党員の約70%が離脱を支持して多くの“反乱”者を出したキャメロン首相の求心力低下は避けられず、僅差で残留を果たしたとしても早期に党首交代を余儀なくされる可能性もある。党内支持を固め、首相を続けてEU加盟国の信頼を回復するには国民投票で「完勝」するしかない。国際社会が注視するなか、茨の路に立たされたキャメロン首相の前途に暗雲が垂れ込めている。おかべ・のぶる 産経新聞ロンドン支局長。1959年生まれ。81年、産経新聞社に入社。モスクワ支局長、社会部次長、社会部編集委員、編集局編集委員を歴任。2015年12月より、ロンドン支局長。著書に、『消えたヤルタ密約緊急電』(新潮選書/第22回山本七平賞)、『「諜報の神様」と呼ばれた男』(PHP研究所)がある。関連記事■ メルケル独首相、強力なリーダーシップの源泉とは?■ ついに21万社のリストが公開、「パナマ文書」で始まる金融覇権戦争■ 地域主義化する世界、1930年代の教訓

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    「英国vs独仏」が世界を襲う

    離脱か、残留か。6月23日に行われる英国のEU離脱の是非を問う国民投票を前に、残留派の英労働党女性議員が銃撃され死亡する悲劇が起きた。かつては「名誉ある孤立」を掲げた英国だが、離脱すれば世界の金融市場は大混乱に陥る。いま欧州で何が起こっているのか。

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    テロリストも利用した巨大難民の波とEUの満身創痍

    川口マーン惠美(作家)EUの国境はスカスカだ! 普段はサッカーなど見ないのに、めずらしく独仏親善試合の中継を見ていたら、突然、ドカーンとものすごい爆発音がした。アナウンサーが「何でしょうね……」と訝しがったが、まさかそのとき、フランスの戦後史上最大のテロがパリを襲い始めているとは誰も思わなかっただろう。 このとき、スタジアムのVIP席には、フランスのオランド大統領とドイツのシュタインマイアー外相が仲良く並んで座っていた。しかし爆発音の後まもなく、SPからの報せでオランド大統領は退席、裏で非常事態についての対策を協議し、そのあいだドイツの外相は、観客がパニックに陥らぬよう、何食わぬ顔で観戦を続けるように頼まれたという。そして、彼は本当に律儀に最後まで座っていた。 実はこの日の午前中、ドイツのナショナルチームの泊まっていたホテルに爆弾を仕掛けたという電話があり、選手たちは取るものも取りあえず避難を余儀なくされた。数時間後に警戒は解除となったが、予定されていたミーティングはできず、気味の悪さも残った。そのせいだけでもないだろうが、その夜の試合は2対0でドイツの負け。試合後は、パリの治安が不安定だったため、ドイツチームは大事をとって朝までスタジアムに留まった。しかも彼らが標的にならないよう、すでにスタジアムを去ったという偽の情報を流したというから、まさにスパイ大作戦のような緊張の一夜だったに違いない。2015年11月15日、襲撃があったパリ・バタクラン劇場前の道路は閉鎖され、バリケード前には犠牲者を悼む多くの花がたむけられていた (大西正純撮影) このテロの衝撃は甚大だった。エリゼ宮やド・ゴール空港ではなくコンサートホールやカフェが、そして、政府高官ではなく一般の若者たちが犠牲になった。しかも、週末の夜、皆が、ごく普通に楽しんでいるところをやられたのだ。13日の金曜日。すべてが象徴的だ。これからのテロは、用心したくてもできないと、おそらく皆がそう思い知った。とくにドイツ人は、独仏のサッカーの試合が狙われたことを気に病み、次はベルリンかと戦慄した。 翌日オランド首相は決然たる面持ちで、このテロを受けて立つ構えを見せ、国民の勇気と団結を求めた。「フランスは強い。この国は傷ついても、また立ち上がる。誰も我々を消し去ることはできない!」。この感情的な言葉を聞いていると、ひと昔前なら、氏はこの場で即刻、宣戦布告をしただろうと思われた。 ちなみに、オランド首相が決然たる面持ちで奮い立ったのはこれが初めてではない。大統領になって8カ月後に旧植民地マリに出兵したときも、14年9月にイラク領内のIS施設の空爆を宣言したときもそうだった。だが、この丸顔の大統領が勇ましいことを言うと、ろくなことが起こらない。フランスは、ISの敵国リストの二番目にランクがアップした。トップがアメリカで、ドイツは6番目だったと言われている。当たり前のようにあったカラシニコフ 今回の事件の後、世界の多くの首脳が、テロ批判とフランスへの弔意を表明した。しかし、シリアのアサド大統領だけは、この事態を招いた責任の一端はフランスの行動にあると言った。ドイツメディアはそれを的外れであると非難したが、すでに一年前、ドミニク―ドヴィルパン仏元首相は、「(イラク空爆は)世界各地に散らばるテロリストを我が国に呼び込むことになる」と警告していた。ドイツメディアはそれを思い出すべきではなかったか。 いずれにせよフランスは、1月のシャルリ・エブド事件以後、厳戒態勢でテロに備えていると言われていた。なのにパリに、当たり前のようにカラシニコフが何丁も存在したということが、フランス人のみならず、EU市民にショックを与えた。これではEUの国境などスカスカではないか。治安は保たれていないのだ。 しかもテロ事件直後にドイツ警察が、実は11月5日、ドイツ南部のバイエルン州のアウトバーンで、車に巧妙な細工をしてカラシニコフ8丁、拳銃2丁、手榴弾2個を隠し持っていた男性を拘束していたと発表した。拘束されたのはモンテネグロ人で、車のナビの行き先はパリに設定されていた。 車で見つかったカラシニコフが8丁で、今回のテロの犯人が8人。しかし、この銃がなくてもテロは成功した。ということは、パリで計画されているテロは他にもあるのか? パリにはあとどれだけの武器が隠されているのだろう。 報道によれば、武器は、多くがモンテネグロ経由で密輸されるそうだ。旧ユーゴは麻薬や武器を扱う犯罪組織が暗躍していることで有名だが、まさにそのバルカン半島を通って、多くの難民がやってくる。EU市民にとってこれ以上の脅威はない。 11月18日の時点で、今回のテロ事件で死亡した犯人のうち、身元が判明しているのは5人らしいが、詳細は発表されていない。何人かはフランスなどEU国籍を持っていた。大量難民への世論の行方に注目大量難民への世論の行方に注目 ISに合流するのは、EUの国籍を持った者にとっては実に簡単だ。当局は過激派の出入りを監視しているとはいえ、自国民の帰国を拒否するわけにはいかないし、自国民を国外追放にもできない。検挙は可能だが、それには確たる容疑が必要だ。結局、EU国籍の過激派は、自由に出たり入ったりしている。 フランスには、EU国籍のイスラム過激派が3000人もいるという。フランスは、シャルリ・エブド後、法律を変え、疑わしき人物に関しては電話盗聴もメール閲覧もできるようになったが、結局3000人もの人間を、24時間監視することは不可能で、今回の事件では警察の限界が露呈したともいえる。ちなみに、ドイツでEU国籍を持つイスラム過激派は約2000人だそうだ。 なお、テロリストのもう1人はシリアのパスポートを所持しており、10月にトルコ、ギリシャ経由で難民としてEUに入ったことがわかっている。前々から、怒涛のごとく流れ込んでくる難民の中にイスラムのテロリストが紛れ込んでいる可能性は指摘されていたが、その心配が現実になった。ドイツの憲法擁護庁はすぐに、国内にいる難民で過激派と特定された者は1人もいないと発表したが、それで安心する国民がたくさんいるとは思えない。ポーランドは、これ以上難民は受け入れないと発表した。他にもポーランドに続く国は多そうだ。EUは満身創痍である。 17日の夜は、ドイツのハノーヴァーでドイツとオランダのサッカーの親善試合が行われることになっていた。「勝ち負けではなく、我々の団結を示すために試合は行う!」というのがドイツ国民の強い意思で、試合前の国歌斉唱は、フランスへの友情を示すため、ラ・マルセイエーズに切り替えられることになった。メルケル首相、ガブリエル副首相、デ・メジエール内相、マース法相が観戦することも決まり、試合はテロとの対決の象徴になるはずだった。試合開始は8時半。 ところが、7時15分、試合は突然中止された。臨時ニュースが、スタジアムを囲んだものすごい数のパトカーと、重装備の警官を映していた。スピーカーから流れる「観客は一刻も早くスタジアムを離れるように」というアナウンスが、暗い夜空に響いた。テロリストの目的が、人々を不安に陥れることだったとしたなら、それはこの夜、完全に成功したと言えるだろう。「難民は被害者だ」と人道主義をアピールするドイツ政府 ドイツ政府の恐れているのは、このテロを機に、国民感情が難民排斥に傾くことだ。今年だけでドイツには100万人の難民が入ると見込まれている。しかもメルケル首相は頑として、シリア難民の受け入れに制限は設けないと言っている。だから、シリアのパスポートさえ持っていれば、テロリストが難民としてドイツに入ることは難しくない。そして、シリアのパスポートを調達することなど、ISにとっては、やはり簡単なことだろう。 今、EUでは、やみくもな移民・難民受け入れ政策に批判的な、いわゆる「極右」政党がめきめきと力をつけている。イギリスもフランスもそうだし、10月のウィーン市の市議会選挙では、「極右」政党の得票が3割を超え、過去最高となった。世界人道サミットで演説するドイツのメルケル首相=5月23日、トルコ・イスタンブール(アナトリア通信提供・共同) 皮肉にもパリのテロの前日、今まで寛大な難民政策でEUの鑑のように言われてきたスウェーデンが、国境での入国審査を導入し、これまでの難民政策を大きく転換した。スウェーデンは、すでに昨年の総選挙で「極右」が議席を倍増している。左派の現政権も、その力を無視できなくなったということだろう。 一方ドイツでも、移民排斥を声高に叫ぶ暴力グループが伸張し、今年になって、難民宿舎への放火事件が、すでに360件も起きている。ドイツにいる難民は拘束されているわけではなく、審査待ちのあいだ普通に生活している。一般の国民は暴力グループには与しないが、不安は徐々に膨らんでおり、将来、この不安票が「極右」政党に流れることを、メルケル首相はひどく警戒している。 そんなわけで、今、ドイツ政府は「難民は加害者ではない。被害者だ」というわかりやすいレトリックで、自らの人道主義コースをアピールしている。それどころか、難民こそドイツのチャンスという主張だ。 ドイツは労働力が足りない。技術者も熟練工も介護士も不足している。難民がその穴を埋めてくれる。また、少子化のドイツに若い難民がたくさん入ることによって、人口動勢も改善される。働き手が増えれば、社会保障費の収支も長期的には好転するというような有難い話だ。 また短期的に見ても、難民は景気向上の助けになる。まず、あちこちで住宅の建設が始まり、それに関連した需要が発生する。政府発表によれば、来年は難民関係の予算が61億ユーロになる。これが公共投資の代わりになり、難民景気を生む。しかも増税はしない。いくつかのリサーチは、来年、再来年は、難民のおかげで経済成長が見込めると保証している。 パリのテロは間違いなく、ドイツ人の不安をかき立てた。ドイツ政府の宣伝する“正しい難民の見方”を、いったいどれだけの人が信じているだろうか。かわぐち・まーん・えみ 日本大学芸術学部卒業。昭和60年、旧西独のシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ学終了。以後ドイツで作家活動。著書に『なぜ日本人は、一瞬でおつりの計算ができるのか』(PHP研究所)など多数。

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    英国の国民投票で加盟国に拡大するEU離脱論

    遠藤乾(北海道大大学院教授) 6月23日、イギリスのEU残留・離脱が国民投票で決せられる。ここでは、その帰結がまだわからない段階で、EUへの影響を占う。前もって結論を煎じ詰めれば、どちらの結果になろうと、EUの危機は続くということになろう。なお、ここでは、イギリス自身へのインパクトや、スコットランドや政党政治を含めた国内政治への影響は射程から除外し、政治的な影響に焦点を絞る。 ‘Poll of polls’という世論調査の平均値を示す数字(6月11日現在)によれば、イギリスの国民は真っ二つに割れている。5月末に発表された移民統計で、去年一年で33万もの移民がイギリスに入国したことが明らかになり、10万人に抑えるとしたキャメロン政権への批判が強まり、「自ら移民を制御せよ」というEU離脱派が勢いづく形となっている。 もちろん、離脱ということになれば、ことは重大である。EU史上初めて、一加盟国、しかも域内で第2位の経済体であり、フランスと並んで最大の外交・軍事的なプレゼンスを誇る国がEUを離れるわけで、ダメージは避けられない。記者会見後に握手するオランド大統領(右)とキャメロン首相=2016年3月(ロイター) EUというのは、一面で、多くの国が集まることで規模を実現し、共同で影響力をかさ上げする権力装置である。比重の大きいイギリスの離脱によってその一角が崩れることで、EUの影響力の縮小は、国際政治・経済双方で目に見えるものとなろう。それは、EU共通外交安全保障政策の効果から、G7、IMF、世銀などの世界経済上のフォーラムにおける存在感にいたるまで、さまざまな場面で感じられるはずである。 ただし、それは、可視的なEUへの影響にとどまらない。多国間協力のもっとも濃密な形態であり、組織化の進んだEUが、イギリスのように古くからデモクラシーの伝統を紡いできた国の国民から「否」を突きつけられたとなれば、世界的に多国間主義が揺らぐことになろう。 EUに話を戻せば、この数年続いてきた危機に次ぐ危機により、すでにそれはダメージをうけていたわけで、イギリスの離脱はそれに輪をかけることになる。 何とか離脱を逃れたとしても、もしそれが僅差でなされるということになれば、離脱時ほどでないにしても、それに近い影響が想定しうる。つまり、半数に近いイギリス国民がEUを否定することで、EUという存在に疑義が付されるということになろう。 イギリスの離脱(あるいは僅差での残留)に対して、仮にイギリス以外のEU諸国、とりわけ独仏をはじめとした原6加盟国が結束して、イギリスなしででも、さらなる統合への意思を明確にし、具体的なプログラムを提示しなおすということになれば、EUへのダメージはいくばくか修復されるかもしれない。国民投票の乱立によって拡散する欧州懐疑主義 しかし、イギリス離脱の際に、それらの中核国が思い描いていることはばらばらである。フランスは、離脱するイギリスに対して懲罰的な態度で臨みたいと考えており、ドイツはその逆であると伝えられる。国民投票直後に開かれる欧州理事会(6月28~29日)で提出予定の「EU外交安全保障グローバル戦略」構想に基づき、独仏が反転攻勢をかけたいと協調できたとしても、オランダの財務相ダイセルブルームが述べたように、統合に「否」を突き付けられた局面で、さらなる統合を「解」として提示するのに、政治的に意味があるとはにわかには信じがたい。ジャンクロード・ユンケル欧州委員会委員長(左)とドナルド・トゥスク欧州理事会議長=2016年5月、三重県志摩市(AP) 反転攻勢どころではなく、大陸のEU諸国においても、欧州懐疑勢力が勢いづく可能性が高い。すでに、フランス国民戦線のマリーン・ル・ペン党首は、フランスにおいても同様の国民投票を実施すべきと主張している。スウェーデン国民の多数派も、イギリス離脱の場合には自身が離脱することを望んでいる。そうした懐疑主義の広がりに、利用しうる豊かな政治的資源を見出す勢力が、あちこちで国民投票を提唱するということにもなりかねない。そうなったとき、EUは立ち往生するだろう。 危機のなかにいるEUは、単一通貨ユーロであれ、人の自由移動をつかさどるシェンゲン体制であれ、それらの機能不全に対して、集権化(つまり統合)の必要に迫られてもいる。銀行同盟の完遂や内務警察協力の深化、あるいは域外国境警備の整備などがそれに当たる。けれども、そうした欧州懐疑主義の拡散や国民投票の乱立によって、必要な措置が取れないままとなる可能性もある。そうなった場合、機能不全のままのユーロやシェンゲンへの疑念がふつふつと生起するに違いない。 仮に大差で残留ということになれば、しばらくはそうした事態を避けられるかもしれない。けれども、イギリス国内の政治的な勢力配置図はがらりと変わり、残留でもUK独立党は勢いづき、保守党は党内の内戦の傷が深いまま政権が弱体化する。そうしたイギリスが加盟したままで、EUが上記の必要な集権化に向かえるのかどうか、疑問である。 こうして、EUはいずれにしても、内外に機能不全と信用不安に陥り、しばらくは停滞が避けられない。それが反転するさまを今から描くことは不可能だが、逆に「EUの崩壊」言説にそう簡単に乗れもしない。欧州懐疑勢力が独仏などの中枢国を本格的にむしばみ、その支援なしには政権や予算が組めないという事態に至らないかぎり、EUが当面生き残るだろう。そのあいだに、EUが信頼を回復し、必要な機能的集権化を図れるかどうか、まだまだ注視が必要である。

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    イギリスの知られざる戦略「国際防衛関与戦略」とは?

    廣瀬泰輔(国会議員秘書)(THE PAGEより転載) 冷戦後、自衛隊は海外でも活動するようになりました。国連平和維持活動(PKO)や海賊対処はその典型です。しかし、日本には、自衛隊の海外活動のあり方を分野横断的に整理した戦略が未だにありません。一方、英国には、外交・経済・軍事など複数の分野を踏まえて作られた、「国際防衛関与戦略」(以下、関与戦略)があります。関与戦略の柱になっているのが、防衛分野の人材や装備品などを外交の観点からも活用する「防衛外交」という考え方です。関与戦略には、途上国の軍隊を支援する「能力構築」や、産業振興の観点も踏まえた「武器輸出」などの取り組みも含まれています。「安全保障」「繁栄」「自由」を国益に掲げる英国は、諸外国に関与することで危機の発生を予防し、自国の安全保障と、経済活動に必要な地域の安定を確保しようとしています。 英国は、防衛分野の人材、ノウハウ、装備品などを外交の観点からも活用しています。これが、「防衛外交」(defence diplomacy)と呼ばれる考え方です。防衛外交は、2013年に英国防省が打ち出した『国際防衛関与戦略』(International Defence Engagement Strategy)の柱として位置付けられています。防衛外交に該当する活動としては、諸外国の軍隊との人的交流、国内外で行う他国軍に対する教育や訓練、情報交換や調整業務を行う連絡官の他国への派遣などがあります。例えば、英海軍は海上自衛隊に連絡官を派遣しています。連絡官を派遣することで、日英の防衛実務者同士が日常的に情報を交換できるようになり、日英関係を補完することになります。 「繁栄」を国益の一つに掲げている英国は、その基礎となる地域の安定に寄与するために、諸外国の軍関係者などに対して英国の国内外で教育や訓練を行っています。その中でも、途上国の軍人の技能や軍隊の能力などを高めようとする取り組みは、「能力構築」(capacity building)と呼ばれています。例えば、英国は、イスラム過激派組織の脅威に対応するために、ナイジェリアへ軍事顧問団を派遣し、ナイジェリア軍に対して訓練を行っています。ちなみに、英国防省の文書でも触れられているように、英国は教育や訓練を通じて国造りに関与することで、相手国における英国の影響力を維持しようとしています。何故なら、英国の『国家安全保障戦略』の中でも言及されているとおり、英国は影響力こそ国力の源泉だと考えているからです。日本と新型ミサイルの共同研究 10万人の雇用を抱える航空宇宙産業が主要産業となっている英国は、戦闘機などの装備品や関連する防衛技術を、経済・外交両面においても活用しています。英国政府は、主力産業の一翼を担う戦闘機などの装備品の輸出を促進するために、世界最大級となる武器の展示会の開催を支援しています。また、相手国との関係を強化しつつ、自国にない技術を取り入れ、より良い装備品を開発するために、防衛技術に関する協力も諸外国と行っています。例えば、英国は日本と新型ミサイルの共同研究を行っています。装備品や防衛技術に関する協力を進めることで、日英間には防衛当局者が集まる定期協議の場などが設置され、従来なかった結びつきが生まれています。こうした新たな繋がりが、日英関係をより深いものにしています。対外政策に軍の有用性を活かす英国 英国は、防衛分野の人材などを外交の観点からも活用する「防衛外交」という考え方を柱とした、分野横断的な『国際防衛関与戦略』をつくり、能力構築や武器輸出を通じて諸外国に関与することで、国益を確保しようとしています。一方、初めて自衛隊を海外での任務に派遣してから四半世紀が経つ日本には、自衛隊の海外活動に関する展望を、複合的観点から示した戦略はありません。確かに、防衛省には、諸外国の防衛当局との交流のあり方について示した「基本方針」はあります。しかし、それは、政府全体ではなく、防衛省としての一体性と整合性を確保しようとしたものに過ぎません。冷戦終結から25年。中国の海洋進出や北朝鮮の核開発など、日本を取り巻く安全保障環境は大きく変わりました。今後は、英国のように、防衛分野の人材などがもつ有用性に着目し、外交や経済など様々な観点から自衛隊の活用方法を考えてみると、日本の外交・安全保障政策にも幅と深みが出るのかも知れません。廣瀬泰輔(ひろせ・たいすけ)。元米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員。日本財団国際フェローシップ(2期)。EU短期招聘訪問プログラム(EUVP、2015年派遣)。防衛大学校卒。松下政経塾卒。予備自衛官。

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    中国に接近する英国 アジアとは違う対中目線

    宇城健弘(ライター)(THE PAGEより転載)キャメロン英首相(左)に迎えられ、手を振る習近平中国国家主席=2015年10月21日、ロンドン 欧米主要国であり、かつての覇権国家だったイギリスが、中国の提唱する「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」に参加を決めたことは、日本でも衝撃を持って伝えられました。10月の中国・習近平国家主席の訪英時にも、イギリスは国を挙げた歓待を行い、ロンドン市場で元建て短期国債が発行されました。中国は人民元の国際化を目指しており、このロンドン市場での短期国債発行やSDR採用によって、その実現に近づいています。イギリスと中国が結びつきを強める背景には、どのような思惑があるのでしょうか。【図】「アジアインフラ投資銀行」創設メンバー57か国 国際通貨基金(IMF)は先月末、特別引き出し権(SDR=Special Drawing Rights)の構成通貨として中国の人民元も採用することを決めました。SDRとは、全世界共通の通貨単位を表し、構成通貨はこれまで米ドルとユーロ、英ポンド、日本円の4通貨でした。今回の決定で5通貨目の採用となります。 来年10月以降、5通貨のSDR構成比は、米ドル41.73%、ユーロ30.93%、人民元10.92%、円が8.33%、英ポンドは8.09%となります。人民元がドル、ユーロに次ぐ第3位。これで人民元は通貨取引において、一定の割合で使用できることになりました。 実際に、人民元の通貨シェアは国際銀行間通信協会(SWIFT)によると2015年8月次が2.79%で、はじめて日本円(2.76%)を上回り、第4位となりました。シェア1位は米ドル(44.82%)で、ユーロ(27.20%)、ポンド(8.45%)です。流通量でいえば、国際間取引に使えないというほうが不便という現実のあるわけです。SDRへの採用決定は、流通量という実績に国際的な信用というお墨付けが与えられたというわけです。 また、そのひと月前に行われた10月21日の習近平・中国国家主席の訪英と英国キャメロン首相との会談の際には、ロンドン市場で中国国外初の元建て短期債が発行されました。中国は「人民元の国際化」を目標としていましたが、SDRへの採用にとって、名実ともに達成されたといえるでしょう。英国が中国と結びつきを強めるワケ英国が中国と結びつきを強めるワケ 人民元国際化の第一歩は、このロンドン市場での元建て短期国債の発行といえます。英国といえば、米国と歴史的な関係が深いかつての覇権国家です。 その米国が、AIIBへの参加見送りの要請をしたのに英国は参加。習近平国家主席の訪米では歓迎ムードもそこそこだったのに、訪英では王室と会食するなど、国を挙げた歓迎をしています。 英国の中国戦略が米国とは真逆ベクトルにあるとさえ感じられるほどです。その理由には、アジアや日米では、中国の経済プレゼンスの高まりを警戒する視点が強いですが、「欧州は中国との間で地政学的な問題を抱えていない、中国の経済力を冷静に見れば、それに乗らないという選択肢はない」(ニッセイ基礎研究所 伊藤さゆり氏)からという見方があります。 米国経済のかげり。国際会議のパワーがG7からG20へと移行されたことで、米英のつながりが希薄化したこと。シリア制裁の足並みの乱れなどオバマ政権以降、英米関係のぎくしゃくは続いています。「英国にとってもはや米国との関係は特別という状況ではなくなっています。また英連邦のつながりも希薄化しているし、EU内でもユーロを導入していない、17年末までに実施される国民投票の結果次第でEU離脱の可能性もあるなど、英国の外交関係が変わりつつあります。その状況では、国際関係をテコに自国の利益を拡大させるためには、経済大国となった中国との関係を深めるのが必要不可欠だったのだと思います」 しかしその期待したい中国の成長も日本では、失速するなどネガティブな報道が多く見られています。言い換えれば、落ち目の中国とこれから結びつきを強める意味はどこにあるのかということにもなるでしょう。英伝統のパブでビールを楽しむ習近平国家主席(左)とキャメロン英首相。急速な中国傾斜には疑問の声が出ている=2015年10月22日、イギリスアジアからでは「気づかない」視点「中国がいろいろな問題を抱えているのは英国も承知しています。しかし、急失速するという認識ではないでしょう。これまでのような高成長はなくても、それでも欧州よりも高い成長力が持続すると見ていると思います。そしてなにより、日本は中国を“世界の工場”、つまり安価かつ豊富な労働力を利用した輸出拠点としてみてきたので、その勢いの衰えを感じていますが、英国やドイツにとっては、輸出拠点としての意味合いは薄く、むしろ膨大な人口を背景に、輸出先――消費地としての将来性に期待をしているのです」 昨年3月に習近平国家主席が訪独し、今年の6月には李克強首相がフランスを訪れていますが、欧州各国は中国の成長市場を取り入れたいし、中国は欧州とのつながりを強化して、人民元の国際化、米国との連携にくさびに打ち込むなどの思惑があるといえるでしょう。「人権問題や民主化という欧州が従来重視してきた価値観をいったん棚上げするような形で、経済大国となり、構造転換を目指す中国の成長を取り込もうという欧州の戦略が、狙い通りの効果を挙げることができるのか、今の段階では判断できません。とはいえ、欧州が、中国の経済力と今後の成長性を高く評価し、積極的に関係を深めようとしている現実を認識しておくことは大切だと思います」 欧州と同じように中国の利益“だけ”に上手に乗ることは、アジア圏ではなかなか難しいでしょう。しかし、アジアとは違う視点で中国を見ている欧州という地域があるという理解があれば、世界情勢を複眼的に見ることができるではないでしょうか。

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    20年後か30年後に欧州は難民に乗っ取られるとの予測

     ヨーロッパの国のほとんどが、今ではEU(欧州連合)に加盟し、多くの国で通貨も統一されている。国境でのパスポート確認すらされない。しかしながらフランスやベルギーでは移民に紛れたテロリストがテロを起こすなどの事態にも発展した。これは、本当にヨーロッパが望んだ平和な未来をもたらすのか。ジャーナリストの落合信彦氏が、EUに待ち構える未来について解説する。* * * そもそもEU(欧州連合)は、1958年に発足した欧州経済共同体(EEC)と欧州原子力共同体(EURATOM)が前身だ。その後、ヨーロッパ共同体(EC)となりEUに至った。 当初の参加国はフランス、ドイツ、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクなどだ。これらは比較的裕福な国だったから、それだけであれば今のような問題は起こらなかっただろう。ところが、ギリシャのような貧しくて汚職が蔓延しているような国々が資金融通を目当てに次々に加盟してから、綻びが見え始めた。 EUは「来る者拒まず」で拡大を急いだために、将来どんな悲劇をもたらすかをまったく考えなかった。それが今、自滅の危機を招いているのだ。かつてイギリスの首相を11年務めたマーガレット・サッチャーをインタビューしたとき、彼女はこう語っていた。「ヨーロッパは歴史的に戦争が多い大陸でした。1951年にウィンストン・チャーチルが2度目の首相に就いたとき、彼は『ヨーロッパでの戦争はこれで終わりにしたい』と語っていました。そのためにはヨーロッパが一つになることが重要だったのは事実です。 1955年に彼が老齢で引退した後、3年後にできたのが欧州経済共同体と欧州原子力共同体でした。私は、これはおかしいと思いました。なぜなら、1949年にNATOができており、それによってヨーロッパの平和は保障されます。その上になぜ経済共同体が必要なのか。 さらに、通貨がユーロになってしまいました。これはまったく余計なことです。貧しい国々と裕福な国々が手をつないで繁栄するなど、絶対に無理なのです」 サッチャーは議会でEUへの加盟を迫られたとき、「ノーノーノーノーノー!」と5回もノーを繰り返した。それでも議会はEU加盟を選んだ。ギリシャ北部イドメニの難民キャンプで、テントに食料品を並べて売るシリア難民の家族=4月(共同) 現在のEUは加盟国を自由に行き来できるシェンゲン協定により、テロの危険に晒されている。 ヨーロッパは難民のごく一部を送還しはじめているが、ヨーロッパの未来を考えるならば、移民や難民を受け入れる法律を破棄し、シェンゲン協定も停止することが必要だ。そういうと「難民の人権はどうなるのか」という“人権派”から批判の矢が飛んできそうだが、もはやヨーロッパは自国民の生命と安全を守れないほどの状況に陥ってしまったのだ。 自業自得と言えばそれまでだが、このまま進めば20年後か30年後にはヨーロッパは難民に乗っ取られてしまうだろう。そしてヨーロッパ人の多くは今度はアメリカへの難民となり、世界滅亡に拍車をかけるかもしれない。 先を見通し、「難民受け入れ拒否」「シェンゲン協定停止」といったような英断をできるサッチャーのような政治家は、残念ながら見当たらない。関連記事■ 日本は欧州の一員としてユーロ維持を意思表明せよと大前研一■ 難民の受け入れに非積極的な日本が果たすべき役割■ 【キャラビズム】コンピュータ腕時計に続き健康診断腕時計?■ サッチャー女史 「EUは失敗します」と落合信彦氏に予言した■ 生きにくい現代社会において「哲学」を使うことをすすめる本

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    英国の国民投票で揺らぐ世界金融市場 留意すべきポイントと考え方

     [マネーの知識]青懸巣 (金融アドバイザー)リスクを織り込み始めた金融市場 欧州連合(EU)離脱の是非を問う今月23日の英国・国民投票を目前に控え、各種世論調査によると離脱派がここ数日勢力を徐々に増し、残留派を上回る状況も散見される。 金融市場では警戒感からリスクオフの流れが強まっている。ポンドは対米ドルで既に約7年半振りの安値(1ポンド=1.38米ドル)に近い水準(1ポンド=1.41米ドル)となり、英国FTSE100株価指数は昨日(16日)微かに自律反発したものの、6月9日以降5日間続落。当然ユーロも弱いが、資金逃避先とされる円や金は上昇し、各国で株安・債券高が進行中だ。 英国がEU離脱となった場合、短期に円高・株安が加速する可能性が高く、今年2月や2014年10月に付けた安値(東証株価指数1200前後)を底抜けする事態にもなりかねないので注意が必要だ。 日銀によるマイナス金利の好影響を待つ立場にありながらも、伊勢志摩サミットでは首相が「リーマン危機前夜」と警鐘を鳴らし、後日、消費税増税延期へ食指を伸ばしている。米労働省が発表した5月の雇用統計は非農業部門雇用者数が予想を大幅に下回り、今後の米連邦準備理事会(FRB)の利上げに困難をもたらしている。 ちなみに、日銀は今年3.3兆円相当のETF買い入れを予定しているが、6月14日時点でそのうち約54%は既に消化済み。意味のあるPKOができる状況にもない。マイナス金利付き量的・質的金融緩和についても、もう政策の柱ではなく、EU離脱のような一大事でもないとマイナス金利のさらなる深堀り(単なる追加緩和ではなく大きな拡大)は考えにくい。 日米の景気が全く予断を許さない中で、グローバル金融市場はEU経済圏に新たな爆弾を抱えている。英国がEU離脱した場合の中期的な問題英国がEU離脱した場合の中期的な問題 国民投票は6月23日の現地時間7:00-22:00に実施されるが、その後、結果は地域毎に順次発表される。最終結果は24日の「(英国)朝食時間頃」とされているが、現地時間の午前5:00頃、つまり日本の24日午後1時頃にはある程度の予想ができるはずだ。 離脱が多数となった場合には、欧州連合条約第50条(連合からの脱退)に従い、キャメロン首相がEU理事会に脱退の通告を行うことになるだろう。基本条約はこの通告から2年で効力を失うため、それまでに英国はEUや複数国との間で個別国家間交渉に基づいた社会・経済条約や協定を新たに築いていかなくてはいけない。 ただし、EU28カ国中、英国同様に経済的スポンサーとなっているドイツ、フランス、オランダ等では、同じような(EU離脱)世論が盛り上がるリスクを避けるためにも、離脱決定後の英国へは冷淡な外交姿勢が予想される。 英国財務省はあらかじめEU離脱をした場合の経済インパクトについて、2種類の試算を発表している。離脱後、EU単一市場にアクセスできるケースと、そうでないものだが、いずれもGDPはマイナス成長、インフレ、失業増加、そして賃金低下等、明るい話は全くない。ジョージ・オズボーン財務大臣は、支出縮小と税徴収の拡大で対応するしかない、と明言している。 また、英国国内のEU離脱に関する世論調査を見ても、そもそも50歳前後の年齢層を境目に、若い世代は「残留」、上の世代は「離脱」と二分している。仮に離脱となると、労働生産性が相対的に高い若い世代のモチベーションはどう経済に影響を及ぼすであろうか。 英国でもEU圏内でも、政治・経済の両面から中期的に好ましくない状況が続く。ドラマチックな展開、投票の延期?ドラマチックな展開、投票の延期? 前述の通り、政治・経済的な中期的困難が明白ではあるのに、足元の調査では離脱派が優位になりつつある。米国大統領選に酷似しているが、どうも投票者の社会・経済的環境や、人生計画の長さが二分化されてしまっているようだ。 足元では労働党(野党)のジェレミー・コービン党首が支持者に対して「EU残留」に投票するように呼びかけている。ただ、その甲斐なく、このまま離脱派が勢力を拡大し、圧倒的優位な世論となったらどうだろうか? 非常事態の中、キャメロン首相が労働党(野党)と協議をし、国民投票を延期する可能性はどうだろう? 差し迫った状況で、時間さえあれば(離脱派の英国国民にとっての)EU側から何等かの譲歩を獲得することはできるのではないか。私にはそれだけの価値のある「残留」に見える。リスクオフ 今回のイベントは、展開によっては世界の政治・経済に幅広く影響を与えかねないイベントで、極めて予測も難しい。リスクオフの姿勢で挑み、投資期間に合致した事態の収束を狙う投資が好ましい。 投票翌日にはユーロ圏各国中銀総裁による電話会議の開催も予定されており、(離脱の場合には)欧州中央銀行(ECB)やイングランド銀行(英中銀)が連携して流動性支援を打ち出す、との見方もある。ただ、金融市場の落胆はその程度では誤魔化されないだろう。そもそもECBは既に各国金利と調達コストの差を埋める意味もあり、今までも今後も量的緩和策を止めることはできない。 仮に「離脱」となると、短期トレードとしては自律反発を狙うこともあり得るが、前述の通りその悪影響は長い時間を掛けて、段階的に他国・他資産へと飛び火し続ける可能性がある。 急激なリスクオフ時に、流動性の問題から価格が大きく下振れて魅力的な買い場が来る可能性があるのはREITだ。マイナス金利で相対的な魅力が高まっているが、同じ理由からは高配当銘柄の急落も注目だ。

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    欧州における反EUと右傾化は何を意味するのか

    小野昌弘(英国在住免疫学者、医師) 欧州各国で既存の主要政党への支持が軒並み崩れてきているという(英紙ザ・ガーディアン記事)。これはいったい何を意味しているのか。EU不信 極右が伸びている国が多いのは確かだが、右傾化といったキーワードだけでこの変化を捉えるのは難しい。起こっている事柄は間違いなく現在の政治エリートへの不信であるが、これは必ずしもいまに今に始まったことではない。理解の鍵になるのは、これと同時進行しているのが欧州連合=EU=に対する不信(Eurosceptic)さらには反EU(anti-EU)であろう。EUという制度で恩恵を被っている人は一体誰なのか、そしてそこから疎外された人々は誰なのか。 EUが好景気を享受していたときには、社会の隅々までEUの恩恵はゆきわたっていたのだろう、こうした不信は表には見えなかった。しかし、いま欧州各国で反EUを掲げる政党が支持を伸ばし、英国もまたEU離脱をめぐる国民投票に突き進んでいる。EUの恩恵 ロンドンという大都市・大学というアカデミアの世界にいると反EUの気分はわかりにくいのだが、どうやらこれらは、EUの制度のおかげで国境を移動して仕事をしている人々・そうしたEUからの移民を雇用して経済活動を行っている人々が集まっている世界であるからのようだ。(私自身も含めてのことであるが)このような環境にいる人々は、英国がEUから出ることを選択してしまうと、実際的に経済活動に支障が出て雇用問題でも困難に直面する。 またこれらの世界ではEU各国同士の国際結婚も進み、すでに家族レベルでEU各国間の絆は深まっている。これはひとつには1987年にはじまったエラスムス計画(Erasmus)により、大学生が在学中に容易にEU圏内で留学できるようになり、これが結婚に結びついた例が相当に多いことのおかげであるようである。少なくともEUの存在はこうした人々に個人レベルで恩恵となっている。亀裂 ところがそうした世界の外に出てみると様相は違う。統計的にも英国の地方都市・田舎にいけば、反EUの気分は広がっている。彼らはEUにより直接の恩恵を被っていない層・社会集団であると考えるのが妥当であろう。ここでは反EUキャンペーンのもと、EUは雇用を奪う移民を自由通過させてしまう欠陥制度と認識されるようになっている。これらの地域は反EU・右翼ポピュリストの英国独立党(UKIP)支持とも重なり、またこれらはロンドン以外はもともと労働党の支持基盤とも重なる。5月22日、ウィーンで、支持者にあいさつするオーストリア自由党の大統領候補ホーファー氏(中央)(ゲッティ=共同) この傾向は、フランスにおいて反EUを掲げる国民戦線(Front National)がかつての社会党支持基盤から支持を奪って党勢を拡大したことに重なって見える(注ー堀茂樹氏によると、「国民戦線」の党勢拡大が顕著なのは、かつての社会党ではなく共産党の支持基盤においてである」とのこと)。 EUの恩恵から疎外された人々がそこにいるとすると、その人たちの不満・不信はどこに向かっているのだろうか。根底にある中産階級への不信堕落 結論からいうと、EUの恩恵から疎外された多くの人々の根底には、中産階級(特に上部中産階級=upper middle class)への不信があるのではないか。中産階級の彼らは大企業や銀行の要職についていたり、弁護士・医師といった専門職をもち、あるいは終身雇用の安定した生活を享受して、国境を越えて活動しEUの恩恵を最も享受している。 経済的活動だけではない。右翼・左翼をとわず政治の運営をになっている政治家の多くがこうした一部の社会階層出身である。そしてリーマンショック後の経済悪化によっても、舵取りを失敗した当の本人たちが政治経済の場から交代することなく同じように安定した立場を独占している。 一方でこうした経済的余裕のある人々が、その社会的立場にみあう社会への責務(ノブレス・オブリージュ)があることをすっかり忘れ、自分たちの財産を増やすための投資や子供達への教育といった自分の個人的な経済問題で頭がいっぱいなようだ。この堕落が人々の不信につながっているのではないか。そして主流派の政治家とEU関係者がこういう人ばかりになり、広い庶民の意見を代弁する政党がなくなっているということが、既存の主要政党への支持が崩れていることの背景にあろう。だから、これは政党の問題というより、社会的な問題である。表現型 こうした社会の変化の結果としての表現型は国によって様々である。ハンガリーは極右が圧倒的に勢力を伸ばした典型的な国であり、ロンドン在住のピアニスト、アンドラシュ・シフは匿名の極右の人々にネットで脅迫されているため自国ハンガリーに帰国することを避けているという。 オーストリアでは最近の大統領選では極右候補ノルベルト・ホーファが勝利に近づいたもののごく0.6%の僅差で敗退した。 翻って見て日本において同様の問題は存在するだろうか。 欧州でEUに恩恵を被っているような中産階級は、日本でいえば安定した正規雇用にあり、しばしば海外出張を行うような人々がほぼ相当するであろうか。こうした人々の生きざまと、いまの日本社会を広く覆う病巣とのあいだになんらかの関係はないだろうか。自分自身のことは意外に理解しにくいものであるが、同時代の欧州の困難から学べることがあるかもしれない。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年5月29日分を転載)

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    欧州はもはや共同の価値観を見失った

    長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) 欧州連合(EU)は創設以来、紆余曲折を経ながら拡大してきた。創設当初6カ国時代から現在28カ国に拡大した。加盟を希望する候補国もブリュッセルのEU本部前で列をなしている。 EU拡大のハイライトは旧ソ連。東欧諸国が冷戦終了後、次々と加盟したことだろう。東西に分裂していた冷戦が幕を閉じることで、EUは欧州大陸で唯一の政治・経済機構となった。その潮流は欧州全土に留まらず、中東のトルコまでEU加盟国の称号を得ようと躍起となってきた。ここまでは良かったが、昨年からその潮流は逆流する兆しが見えだしたのだ。 EUに昨年、北アフリカ・中東諸国から100万人を超える難民・移民が殺到してきた。彼らは個人レベルだが、EU国民となることを目指して来た人々だ。問題は難民・移民の数が余りにも多く、収容問題でEU加盟国内で対立が表面化してきたことだ。 ブリュッセルで昨年開催された内相理事会で16万人の難民の分担が決定され、各加盟国が一定の難民を引き受けることになった時、チェコやスロバキアは早速、抗議し、スロバキアは、「わが国はイスラム教徒の難民は引き受けられない」とはっきりと拒否。ポーランドもそれに続いた。 ブリュッセルのEU本部が最も警戒している政治家、ハンガリーのオルバン首相は、「EUは経済機構に留まるべきだ。それ以外は主権国家の政府と議会が決定すべきだ」と提案している。それだけではない。「EUは共同の価値観の集団でもなく、政治機構でもない」と言い出したのだ。ハンガリーのオルバン首相 共同の価値観まで削除し、単なる経済機構となれば、EUの歴史が逆流したことを意味する、EU創設当初はあくまで経済的共同体だった、それが冷戦時代を経て、民主主義、自由、平等と法の支配を擁護する、といった共同価値観が強調されてきた。すなわち、金だけの集団ではなく、明確な価値観、世界観に裏付けられた機構と自負してきた。 財政危機、難民危機などを体験したEU加盟国には現在、ブリュッセル主導のEU運営に強い不満の声が出てきた。表面上はキャメロン英首相のEU機構改革と同列だが、ハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキアなど東欧加盟国からは「EU支配から脱皮して主権国家へ回帰」現象が見えだしたのだ。 右派政党「法と正義」(PiS)が主導するポーランドのシドゥウォ新政権は憲法裁判所改革、メディア法の改正など実行し、政権への権力集中を目指している。オルバン首相はポーランドの右派政権と連携を図り、チェコ、スロバキアなどを加えた東EUの創設を夢みてきている。経済機構としてのEUの利点は享受するが、それ以外は主権国家の権限で政策を決定していくという一見、利己的な改革案だ。 冷戦時代の東西分裂から大統合を目指してきたEUが現在、再び「分裂」に直面しているわけだ。このプロセスは一見、欧州が最初の振出点に戻ってきたように考えるかもしれないが、最初の「西欧と東欧」の時代は民主主義陣営と共産主義陣営といった明確な価値観を掲げていた。現在表面化した「西欧と東欧」の分裂はその共同価値観すら排除された純粋な経済共同体の発足を目指しているのだ。 共同の価値観を失った統合はいつでも分裂する危険性を内包している。その分裂のプロセスで欧州が再び戦場に戻る危険性も完全には排除できなくなる。ひょっとしたら、EUの東西分裂はロシアのプーチン大統領のユーラシア連合構想に現実味を与えることになるかもしれない。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2016年1月14日分を転載)

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    デフレを続け地方を食いものにする民間議員を名乗る一般人

    う。 日本はデフレ脱却の名目で地方の財政をさらに貧困化させているが、お隣の自称共産国はどうだろうか。<中国、北東部の経済再生に向け金融支援拡大へ> 中国は、北東部の経済再生を促すため、今後5年間に追加金融支援を行う方針。国家発展改革委員会(NDRC)で北東部の再生を担当する周建平司長が10日、明らかにした。 同司長によると、政府は今後3年間に同地域で130以上のインフラ事業の立ち上げを計画している。 また、「資源が枯渇した」多くの都市が経営破綻やレイオフに対処し、多額の環境浄化費用を負担するのを支援するため、金融支援を拡大するという。 具体的な金額には言及せず、最終的な額はニーズに左右されるとした。 中国北東部は鉱業や重工業の中心地としてかつて栄えたが、近年は資源枯渇と景気低迷にあえいでいる。(2016年5月11日、ロイターから引用) デフレにも関わらず地方の経済力をより奪い続けてる日本と、明確な投資での支援を行う中国。どちらが正しい経済政策か一目瞭然だろう(中国は中国で供給過多に悩まされているが)。中国の場合、いくら嘘で塗り固めようとも国民の貧困はごまかせない。ただでさえとてつもない格差が存在する中国で(この時点で共産国家ではないが)これ以上貧富の差が拡大しようものなら、天安門事件並みの暴動が起きかねないため、政府はやらざるを得ない事情もあるが、少なくともデフレ脱却のためには正しい政策を行っていることになるわけだ。 こうなると、いったい誰が日本の経済を長いデフレに浸からせたままにしているのか誰の目にも明らかだ。しかも信じられないことに、重要政策に関する会議は一般に公開されず内容も議事録を通してしか伝わらない。これが民主主義なのだろうか。 昨今、多くの老若男女が安保や原発で国会前でデモをしているが、彼らは考えるべきだろう。いったい誰が今得をしているのかを。

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    国債政策のレジーム大転換こそが「失われた20年」脱却のカギになる

    著者 daponte(東京都) 某月某日、大学(経済学部)卒業以来久方ぶりにゼミの同窓会があった。卒業以来約30年の月日が経っていた。会が予定より早く終わったので、L君がP君を誘ってもう一軒寄って行こうということになった。まあ二人とも期待していた成り行きであった。 L君はMという上場会社の管理部門の部長である。一方P君はQ大学の経済学の先生である。二人は昔からの友人であり、また議論仲間でもあった。今日も早速始まった。画像はイメージです景気がいまいちだ(L)元気のようで、なによりだね。ところで、自民党の第2次安倍政権が発足して早や3年が過ぎてしまったが、景気が今一つで困っているよ。会社の売上も横ばいが続いていて、利益もさっぱりだ。アベノミクスは失敗だったのではないだろうか。(P)まあ、結果から言うと、成功しているとは言えない。でもいくつか成果もあるので、失敗というのはちょっと酷のようにも思っているよ。ただ今のままでよいかというとそうではなく、早急に打開策を実行して行かねばならない。GDPは1997年度の521兆円(名目)をピークとして、2015年度は500兆円くらいであったとみられる。したがってこの間成長していないどころか20兆円も少なくなっている。これでは山積する諸問題は解決できない。どうしてもパイをある程度大きくしないと各方面の難しい問題に対処できない。(L)いろいろな問題があるが、身近な例から考えてみたいと思う。 わが国の自殺者数は減ってきているが、まだ年間2万人もある。国際的にみても決して少ない方ではない。このうち経済的な理由で自殺した人は4,000人位とみられている。すべてが不況のため自殺に追い込まれたとは言えないだろうが、この不況がもっと早く終わっていれば、多くの人命が救われていたと思われる。先日も乗っていた電車に飛び込みがあり痛ましい結果になってしまった。胸が痛む。 3月10日の産経新聞の「朝の詩」という投稿覧にこんな詩が掲載されていた。  オレのヨイトマケの唄            盛岡市 小笠原 敏夫(83)村一番の貧乏で粥に水足して食っていた三度の飯もままならず体の弱い母ちゃんが暑い日照りの工事場で必死にひいてたヨイトマケオレは見ていた母ちゃんを握った拳ふるわせて母ちゃん哭くな今オレは白米の米を食っている三度の飯も食っている きっと大東亜戦争直後の大変な時代の一場面だったと思われる。しかし、読むのも辛い詩だなぁ。作者は本当に悔しくて悔しくて拳をふるわせて泣いていたに違いない。でもこの作者は今では白米の飯を三度食べている。ところが、現在わが国では6人に1人の子供が満足に食事を与えられていないという信じられないような事態が起きている。P君、どうかね。GDP世界第3位の国でこんな馬鹿なことがあってもいいものだろうか。 この国のデフレが20年も続いているのは偶然でも何でもない。われわれ国民一人ひとりが関わって起きていることだ。とくに政治家を始めとして官僚・中央銀行幹部などの為政者、さらには経済界の重鎮・幹部、経済学者、エコノミストなどの責任は重い。(P)まったく同感だ。経済の話をしているとついつい現実を忘れていることがある。君の言うとおり、経済は「生きる」という人間のもっとも根源的なことを支えていることをいつも頭に置いていることが大切だ。関係するそれぞれの人や組織が知恵を絞って対策を練り、実行していかなければならない。どんな事情があるにせよ毎日の食事に不自由する子供がこんなに沢山いるのは絶対放置できない。こんなことは一日も早く終わらせなければならない。 このように不況のために何十万、何百万の人々が悩み、苦しんでいる現実は関係者の無知および属している組織の利益擁護・追求からくる無策あるいは施策の誤りの結果だという見方もできる。もちろんわれわれ学者も関係者の例外ではない。「失われた20年」の脱却は不可能なのか(P)マクロで言うと、この20年にわたるデフレ・不況でわが国経済が被った損失額はざっと1,000兆円にもなる。過去のGDPのピークは1997年度の521兆円だった。この521兆円という水準は90年代のバブルの影響が残っている水準なので、スタートを500兆円として試算する。それから年率1%(金額で5兆円)の成長を続けたと仮定すると、20年後の2016年度には600兆円になる。1997年度以降のGDPの実績はならしてみると、ほぼ年500兆円前後である。したがってこの実績値合計と1%成長による推定値合計との累計差額は、なんと1,000兆円にもなる。GDPの2年分だ。国民一人当たりに換算すると、8百万円、総額では国債の現在残高に匹敵する。この失われた20年がいかに大きいものだったかが実感できる。 もちろんこの推計は大変ラフな計算によるものではあるが、政策に大きなミステイクなかりせば、1%成長は十分達成可能な水準である。国際的にみても高すぎることはない。なんとしてもこの不況から一日も早く脱出し適正な成長軌道に戻すことが強く要請されている。画像はイメージです(L)よく「失われた20年」という言い方をするが、どういうことかな?(P)1990年からバブルの崩壊が始まり地価や株価が急落した。これが契機となって経済全般が低迷を続け、失われた10年と言われた。しかし失われた10年はいつの間にか20年になり、25年に及ぼうとしている。名目GDP(国内総生産)の最高が1997年であることが何よりもそれを物語っている。国際通貨基金(IMF)によれば、わが国は2009年には中国に抜かれて世界第2の経済大国の地位をゆずり、2014年には名目GDPで中国の半分になってしまった。 また一人当たり名目GDPでみると、1988年から2001年までは日本が世界のベスト5から落ちることはなかったが、2010年に世界17位、2014年では27位にまで落ちてしまった。こうした状況のなかで、このところ成長悲観論、脱成長論あるいは反成長論が経済論壇やメディアで盛んに取り上げられている。(L)日本人は悲観論が好きだから分からないではないが、この国はまだまだ発展の余地がある。またインフラの整備や老齢化の進展への対応、貧困の拡大への対処、教育・人材の育成、防衛力整備など、取り組むべき課題に事欠かない。脱成長論・反成長論などには到底与し得ない。「豊かさを享受」などしてはいられない(P)先日も財務省OBの榊原英資氏が「先進国はゼロ成長時代を迎えた」という所論を書いていた(2016年4月6日 産経新聞 正論欄)。 この記事によると「人類発展の歴史上必然の結果として、21世紀に入ると、欧米や日本などの先進諸国は成熟局面に入り、低成長、低インフレへの時代へ移っていくことになる」とし、「先進諸国の1人あたりGDPは4~5万ドルに達し、それぞれ豊かさを享受している。2010年から14年の平均成長率は日本が1.61%、アメリカが2.16%、イギリスが1.60%、ドイツが2.02%、フランスが1.01%と、1%~2%前後に収斂した」としている。 また「近代資本主義の発展はより遠くへより速く進展することで展開してきたが、もはやフロンティアは消滅した。また産業面においてもフロンティアは開発し尽くされ、新たな分野はなくなり、利潤率は低下し、利子率を大きく減少させることになった」と述べている。そして「『豊かなゼロ成長の時代』とでもいうのだろうか。人々の関心は『モノ』から、次第に環境や安全、そして健康へと移ってきている」と結論づけている。 しかし前述したように、わが日本はこの20数年の間に一人当たりGDPで大幅に順位を落としていて、とても成熟した豊かな国などと言っていられない。榊原氏は2010年と2014年のGDPを比較しているが、この期間の設定に疑問がある。実は2000年と2014年とで比較してみると、日本が0.97倍、アメリカ1.68倍、イギリス1.90倍、ドイツ1.98倍、フランス2.06倍となっている。わが国の低迷ぶりが突出している。しかもこの間に中国のGNPは1,205(十億ドル)から10,356(十億ドル)へと8.59倍の高度成長を遂げた。加えて購買力平価によるGDP(2014年)では、中国が18,088(十億ドル)、アメリカが17,348(十億ドル)となっている。今や中国が世界1位のランクを誇っている。これではわが国が「豊かなゼロ成長の時代」を是とし「豊かさを享受」などしてはいられないのは自明であろう。(L)榊原氏は本気でこうした低成長容認論を書いているのだろうか。(P)そういえば先日私の同僚の某教授いわく「榊原氏はこれからは低成長が続くのは当然であると主張することによって、財務省の財政均衡論・財政緊縮論を支持すると同時に、日本銀行によるインフレ率2%公約の達成は不要であると間接的に主張したいのではなかろうか」と言っていた。ちょっと穿ちすぎかと思うが、そうとも受け取れるね。デフレ・低成長の原因と背景(L)率直なところ、この20年間の不況対策は失敗の連続だったようにみえる。失敗という言葉が言い過ぎならば、政策・対策がtoo late, too little であった。そしてそのもっとも重大で致命的な原因は、政府とくに財務省と日本銀行の 考え方のなかにあると思う。端的に言えば、財務省は財政健全化という名分のために適切な財政政策の遂行を怠った。そしてそれは今でも変わっていない。一方日本銀行はインフレ忌避に関して戦後ずっと続いてきた伝統から逃れられず、事実上デフレを容認してきた。2013年以降黒田体制になって大きな変化を遂げたが、当初予定した結果が得られていない。昨今の情勢から判断すると、そもそも金融政策には限界があること、すなわち財政政策と金融政策とが一体となって運用されることが不可欠であるという当然のことがはっきりしてきているようにみえる。君の意見はどうかな?(P)ずばり言ってしまえば貴君の言うようなことかもしれないが、財務省も日本銀行もそれぞれ懸命に努力してきていると考えている。ただ前にデフレの長期化は「関係者の無知および属している組織の利益擁護・追求からくる 無策あるいは施策の誤りの結果」だという見方を申しあげたが、残念ながらそのとおりだ。ただ大きな組織のなかである個人が現在認められている政策と異なった考え方を抱き、それを主張・実現していこうとすることはきわめて困難だし、いずれ組織からはじき出されることになる。想像を絶する困難さだと思う。日本銀行の白川前総裁もそうした苦渋を舐めさせられた一人であったとみている。 なお政策に関してもっとも重大かつ最終的な責任は政権与党にあることを看過してはいけないのではないか。この20年間の実績から言うと、自民党、民主党とも経済政策に関して必ずしも及第点を取ってきたとは言えない。政策の内容・方向が間違っていたり、内容・方向は妥当であってもその実行についてなにかと問題を残したことがある。画像はイメージです(L)君の言うとおりかも知れないが、それでは、不況脱出は不可能ということになってしまわないか。政党も役所も中央銀行も職場放棄みたいな話だ。現在のようなデフレ状態をいつまでも放置して置くわけにはいかない。この国は何しろ20年もこうしたことを続けているわけだからね。この罠から抜け出すためには、この際どんなに困難でも腹を決めて対策を打ち抜かなければならないと思う。安倍政権は頑張っていると思うが、さらなる健闘を期待したい。これからどうすべきかについて、かねて具体的に考えていることがあるので、君の意見を聞かせてほしいな。 その第一は、思い切った額による財政政策の出動を継続的に行なうこと。その第二は、その実行を可能とするために国債政策のレジーム(regime)を大転換すべしという2点である。思い切って実行することによって不況からの脱出が確実になるし、また財務省の悲願である財政健全化への道が開けてくる。第二について言えば国債発行の累積はなんら危険ではないし、避けるべき事柄でもない。またこうした考え方は現在では次第に少数意見ではなくなってきている。(P)そのことについては私も関心がある。君の考えをぜひ詳しく聞かせてほしいな。リフレ策は賞味期限切れ(L)まず財政政策なかんずく公共投資を大いに復活させるべきである。その財源は国債増発である。曲折を経てリフレ派による金融政策が日本銀行を通じて進められてきた。当初株価・為替に好影響を与えたように見受けられたが、ここへきてその効果が疑問視されるに至っている。企業業績も上向きであるが、賃金にはほとんど反映していない。もともとtrickle効果などを期待するのが甘い。その結果消費は依然として低迷を続けており、デフレ圧力は減少していない。日銀による物価の公約も到底果たせそうにもない。民間企業はお金を貯め込むばかりで投資には向かわない。投資をしても売上も増えないし利益も稼げないことが 分かっているからである。リフレ策は賞味期限切れである。アベノミクスは立ち往生している。本来第2の矢である財政政策がもっと活躍すべきであったが、財務省の策略か、第1の矢にほとんどすべての期待が寄せられてきた。画像はイメージです 18年前にリフレ策をわが国に最初に勧めたかのクルーグマン先生も2015年10月のニューヨーク・タイムズ紙で「Rethinking Japan」と題して今の日本経済ではリフレ策に限界があることを認めざるをえなかった。そして確実にインフレを起こす唯一の方法は爆発的な財政刺激を加えることだと述べている。ここでクルーグマン先生は「重力圏を脱する速度(escape velocity)」が必要との表現を使っている。中途半端な速度では不況からの脱出は不可能であると主張したいのだろう。その額はGNP比6%(30兆円)だとしているようだが、こうした拡張策は財政赤字をますます大きくするので実務的な政策になるのは絶望的だとも言っている。無責任な話だ。 小野盛司氏によれば、日経紙の日本経済モデルNEEDSで試算したところ、日本経済復活のためには少なくとも30兆円規模の対策を数年間続ける必要があることが分かったと述べている。計量経済モデルはなにかと問題があるが、他のデフレギャップの試算等から推してもこの程度の額が必要と想定されよう。財源の捻出については次に述べるが、必要とされる額の財政投資を実行する以外に他に道はないのではなかろうか。それとも座して死を待つのか。(P)L君、忙しいのによく勉強しているね。リフレ派に関しては同感するところも多々ある。ただ30兆円の公共投資を数年続けるのは大変なことだよ。国債政策のレジーム大転換が必要(L)そうなんだ。大変なことだと思うよ。財務省が猛烈に抵抗するだろう。だからこそ国債政策のレジームの大転換が必要だと考えているのさ。 まず表を見てほしい。この表は国債の発行から償還までの流れを中央政府 (財務省MOF)、中央銀行(日本銀行BOJ)、市中銀行、家計(個人)の4部門に分けて示したものである。取引が行われるとそれぞれの部門の貸借対照表上で資産と負債に仕分けされ記帳される。表はその動きを示している。金額単位は別に必要ないが、億円でも百万円でもよい。 StageⅠでは、家計が通貨(現金)を100(億円)所有しているとする。これがスタートである。この通貨はBOJでは負債として記帳される。言うまでもなく通貨はBOJ以外では資産として記帳される。 StageⅡでは、家計がこの通貨を市中銀行に預金として預入したとする。市中銀行は資産に通貨を、負債に預金を記帳する。家計は資産に預金として記帳する。 StageⅢでは、市中銀行が通貨をBOJに対して預金として預入する。その結果BOJの通貨勘定に発行と還流とが同時に発生するので両者は相殺される。 StageⅣでは、MOFが国債を発行して市中銀行がそれを引受ける(購入)。その代金はBOJにあるMOFの勘定の預金として記帳される。発行された国債はMOFの負債勘定に記帳される。 StageⅤでは、BOJが買いオペレ-ションを実施し、国債はBOJの資産勘定に記帳される。 StageⅥでは、MOF(実務上は国土交通省)が国債発行で得た通貨によって公共投資を行なう(道路で60、橋で40)。支払われた通貨は民間企業(建設会社等)の資産勘定に記帳される(この表には表示されていないが)。 StageⅦは、StageⅥと同じ内容であるが、整理して表記したものである。 ここで注目されることは、BOJの負債勘定から右にある市中銀行、家計までの勘定がStageⅢと同じになっている点である。一方、国債発行、買オペ、公共投資が行われた後のMOF、BOJの資産・負債が示されている。すなわち結果として市中銀行と家計にまったく影響を与えないで(徴税などによって民間から資金調達をせずに)、MOFは公共投資を実施したことが示されている。民間企業(建設会社等)は100の仕事を得て、100の所得(収入)を得たのである。その分GDPは増加する。これが不況期(供給力に余裕がある場合)における  景気対策の内容を財務諸表のうえで具体的に示したものである。 次に将来国債の満期が到来した時にはMOFは同額の別の国債を発行(借換債の発行)すれば同じ資産・負債を保持することができる。民間から税金を徴収して償還する必要はない。この点が重要なポイントである。 またStageⅦに示したようにMOFの負債勘定とBOJの資産勘定を相殺することも可能である(MOFはBOJの株式の55%を所有している。すなわちBOJはMOFの子会社であり、財務諸表を連結することができる)。黒田総裁の最大の功績(L)日本銀行による既発国債の買いオペレーション(StageⅤ)については、従来日本銀行は消極的であると言われてきた。大東亜戦争時における日本銀行の国債引き受けが激しいインフレを招来した歴史があるためである。しかし2013年以降、新体制となった日本銀行は異次元金融緩和政策の一環として、市中の金融機関等からの買いオペレーションにより大量の国債を保有するに至った。2015年12月末の国債発行残高1,036兆円のうち日本銀行の保有額は331兆円(32.0%)である。数年前までは考えられなかったことが起きている。これはリフレ派が日本銀行の中枢に席を得た必然の結果である。白川氏の辞任を受けて日本銀行総裁に就任した黒田氏およびその同調者の最大の功績は国債の買いオペレーションを日常化させた点にあると言っても過言ではない。記者会見する麻生財務相(左)と黒田日銀総裁=5月3日、フランクフルト(共同) 現在日本銀行は新発国債を政府から直接引き受けることはできないことになっているが、上記の事実は若干のラグを経て直接引受けを可能にしたことと同義である。そしてさらに重要なことは、この結果政府(財務省)は日本銀行が保有する国債残高に関しては、事実上償還義務から開放されたと解することが可能になったことである。すなわち現在の国債残高を700兆円と観念することができる。 ここで想起されることは、シニョリッジ(seigniorage 通貨発行益)である。現在わが国では政府が直接通貨を発行することはできないことになっているが、かりにそれが可能であれば、シニョリッジによって財源を得ることができる訳である。そして日本銀行の買いオペレ-ションの実行は事実上同じ効果を生んでいる。 その他に、買いオペの価格(金利)と経理処理の仕方、金利高騰時におけるオペについての問題点、市場や外国からの国債の売り浴びせへの対応、国債残高の対GDP比率の捉え方(アメリカの格付け機関への対応)等々の問題が考えられるが、それぞれ十分に解決あるいは対応可能である。ただしここでは省略する。 通貨や国債の信用は一体何に立脚しているかを考えてみると、実務的には政府の徴税権の存在である。徴税権が確保されていなければ、通貨や国債は唯の紙切れになりかねない。そして徴税権の実行を可能にするのは、課税の対象である民間企業と家計(個人)の存在であり、究極的にはその経済力の強さと大きさの存在である。そう考えるとわが国の通貨・国債の強靭さが納得できよう。ギリシャとはまったく異なる。 これらのことから断言できることは、国債の累積によってなんら困難な問題を引き起こすことはないということである。以上について政府中枢、財務省、日本銀行が理解・納得すれば、従来の財政均衡主義とは異なったスタンスで、新規国債発行によるデフレ対策を強力に 推進することが可能になると考えられる。もちろん現時点においてすでに理解・納得している関係者も若干はあると思われるが、それが大勢を占めている訳でもなく、またこうした考えが公式見解になっている訳でもない。しかし今こそ大胆かつ異次元の財政政策の出動が待たれている。広く理解が得られる日が一日も早く到来することを切望したい。(P)なるほど、一応君の考えていることは分かった。ただどうも直感的には納得できにくい内容だ。学者仲間にはそういう主張をする人は見当たらない。 物理学(力学)の世界の話だが、ピサの斜塔からの自由落下実験にしても最初はだれも認めなかったと言われている(重い物ほど早く落下するとしたアリストテレスの公理を否定したガリレオ・ガリレイによる実験)。別途ゆっくり考えてみることとしたい。

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    庶民よ、声を上げよ! タックスヘイブンで私腹を肥す強欲なセレブども

    荻原博子(経済ジャーナリスト) 税金を払わなくてもよくするために、タックスヘイブン(租税回避地)に世界の24万の企業が法人を設立してきたことを示す「パナマ文書」が、経済界に激震を与えています。 タックスヘイブン(租税回避地)に関するパナマ文書  これは、パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した、利用者の企業や個人の情報が書かれた密文書。「パナマ文書」と呼ばれ、ここにはロシアのプーチン大統領の友人やイギリス、パキスタンの首相、中国の習近平の親戚やアイスランドの首相本人の名前も挙がっていたことで、世界中に衝撃が走りました。 日本でも、財界の要人をはじめとして約400の個人や企業が、このリストに載っているといわれ、ケイマン諸島と並ぶタックスヘイブンのメッカであるカリブの英領バージン諸島には関連会社を持つ日本企業などにも疑いの目が向けられています。 実態については、今後の解明が急がれるところですが、ただ、世界の金融資産半分以上がこうしたタックスヘイブンの国に流れていると言われていて、これは見逃せない大問題です。 タックスヘイブンといえば、代表的なのがジャマイカから北西約30㎞に位置するケイマン諸島。人口6万人に満たない日本の佐渡島の3分の1程度の面積のこの島々に、なんと6万社以上の法人があります。これだけでも、いかに幽霊法人が多いかがわかりますが、この小さな島に、日本からだけで55兆円とも63兆円とも言われるお金が流れているといわれています。 世界ぐるみの税金逃れの地で、あまりにもスケールが大きすぎてなんだか庶民には関係ない雲の上の話のような気がしますが、実は、そうではありません。実は、このタックスヘイブンが、私たちの暮らしにも脅威をもたらすのです。富の再配分を根底から崩すタックスヘイブン 日本国憲法の30条では、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ」という納税の義務が定められています。なぜ、憲法で納税の義務を定めているのかと言えば、国に当然納めるべき税を納めない人がいると、税金を払う人と払わない人の間に不公平が生まれ、税の公平性が保てなくなるからです。 同じ領土内に住んでいる人の中には、富める人も入れば貧しい人もいます。富める人はその分を負担をして、貧しい人を助ける富の再配分をしているのが国です。ですから、日本の税の三原則は、公平・中立・簡素。公平とは、みんなが同額の税金を払うことではなく、応能の原則といって貧しい人がほとんど税金を払えなくても、経済力のある人がその能力に応じてより多くの税金を支払うことをいいます。こうした集められた税金は、公共サービスに使われ、多くの人の暮らしを支えます。租税を回避する魔法の杖 この税金の使い道を決めるのが政治で、政治は、みんなから集めた税金でより多くの人が幸せに暮らせるような予算をつくり、税金を再び配分していきます。 ですから税制は、公平性と同時に応能負担の原則を守る必要があります。応能負担の原則については、憲法13条、14条、25条、29条にもあって、日本の所得税の考え方は、高額所得者からは高い税率の所得税を徴収し、低所得者には低い負担を課しています。 ところが、タックスヘイブンを利用して税金逃れをするということは、お金を稼いでもそれに応じた税金を支払わず、本来なら負うべき社会保障の負担を負わないということです。けれど納税しない人たちでも、日本に住んでいる限りは治安の安定や社会保障など、国からの恩恵だけは受けられます。けれど、これはあまれに理不尽です。なぜなら、治安の安定や社会保障を支えるために、タックスヘイブンなどとは無縁な一般の額に汗して働く人たちが重税を課せられなくてはならなくなるからです。富の再配分によって弱者を支えるという民主主義が成り立つ基盤が、根底から崩れることにもなりかねません。 租税回避の魔法の杖  いま新自由主義が世界を席巻し、グローバルなことがすべて良いような風潮が生まれています。ただ、世界がグローバル化する中で問題となってくるのが、税金です。 現在、日本の海外現地法人は2万3000社、売上げ242兆円となっています。これらの企業が2014年時点で7・5兆円の純利益を上げていますが、そのほとんどは現地企業に内部留保されたり設備投資にまわされて日本には戻ってきません。しかも、親会社の収入として日本に戻ってくるライセンス料や配当金は4兆円前後ありますが、外国子会社配当益不算入という税制があるので、ほとんど課税されないことになっています。画像はイメージです たとえばトヨタの場合には、利益が2兆円を超えた日本最大の企業であるにもかかわらず、2009年から2013年まで5年間も、国内では一銭も法人税を支払っていません。確かに、リーマンショック後の2010年、2011年は赤字でしたが、それ以外は立派な黒字企業でした。このトヨタが税金を払っていなかった最大の要因が外国子会社配当益不算入という税制にありました。トヨタが外国の子会社から配当を受け取った場合、その95%が課税対象からはずされるというものです。 ちなみに、国内事業者は消費税を払わなくてはなりませんが、トヨタのような輸出企業は消費税を払わないどころか、下請けが払ってきた消費税を国から還付されます。この還付金は、トヨタだけでも年間2000億円以上あるといわれています。トヨタのような日本の稼ぎ頭の企業が、税金を納めないだけでなく私たちが払った税金を国からもらうというのは、どう考えてもおかしな話でしょう。 実は、こうした仕組みの中にタックスヘイブンをからませると、海外進出している企業などはほとんど日本国内で税金を払わなくてもよくなってしまいます。 そのいっぽうで、国内に住む私たちの消費税は、税率が徐々に引き上げられつつあります。消費税は、収入が少ない人でも同じ税率で徴収されるために、貧しい人ほど税負担が増えて税の応能負担の原則に反しているといわれています。しかも、高額所得者の所得税や儲かっている企業の法人税はいっぽうで下がっていますから、税負担はますます収入が少ない人の肩にかかってきました。 そんな中で、庶民生活に追い討ちをかけるように、「パナマ文書」で、儲かっている人たちの税金逃れが発覚しました。黒い金はマフィアの武器やテロ資金に 今の時代、企業のグローバル化はもはや止められない状況にあるのかもしれません。けれど、法整備をするなり、法の網の目をくぐっても納税しないことに社会的制裁を加えるなりしないと、税金を払わない企業がどんどん増えて、結局はそのツケを、海外に法人をつくるどころか海外旅行さえままならない一般の国民が重税に喘ぐということになりかねません。  タックスヘイブンに集まるお金は、企業が稼いだ儲けやM&A、投資などの資金だけではありません。麻薬販売の代金や各種の賄賂といった公にできない黒い金もこの中にかなり含まれています。 こうした金は、そのままタックスヘイブンの金庫の中に眠っているわけではなく、マネーロンダリングされ、マフィアの武器やテロ資金に姿を変え、巨額な投機マネーとなって世界中に流れ出していきます。そして、戦争を引き起こし、人々を不幸な紛争に巻き込み、大量の難民を生み出し、経済を破壊して穏やかな日常生活を踏みにじります。その金がバブルを引き起こした後始末をするのは、投資もしたことがない人たちです。不況というダメージだけを与えられ、路頭に迷いながらそこから抜け出せなくなる人も多くいます。 暴力的な金が世界を闊歩するようになり、その最大の被害者となっているのは、タックスヘイブンとはまったく無関係で政府にいわれるがままに税金を払い続けてきた善良な人たちということです。そうした人たちが、テロの恐怖に怯え、薬物中毒の被害者となり、バブルがはじけて生活を破壊されていく。こんな理不尽な話はないでしょう。 それなのに、日本政府は、その深刻さを充分には理解していないように思います。 もちろん、熊本の地震などがあったのでそこまで手が回らないということもあるでしょうが、どうすれば納めるべき税金をしっかり取れるのかということにもっと本腰を入れて欲しいものです。 政府は「課税上の問題があると認められる場合には税務調査を行うなど適切な対応に努めていく」といいますが、日本国憲法30条で定められた納税の義務を回避しているような企業は、徹底して取り調べるべきです。法的な処罰は免れても、社会的な倫理観は問われてしかるべきです。 タックスヘイブンをどうするかは、日本一国の努力では難しい面があります。だとしたら、伊勢志摩サミットという各国が集まる公の場で、どうすれば相互の連携を強めながらタックスヘイブンを消滅に向かわせることができるのかを真剣に話し合うべきでしょう。

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    「パナマ文書」が晒した強欲セレブを許すな

    世界を震撼させた「パナマ文書」が、ついに日本の富裕層にも飛び火した。中米パナマの法律事務所から流出した内部告発は、世界各国の首脳や富裕層らを巻き込み、波紋は今も広がるばかりだ。特権を利用して課税を逃れ、蓄財に励む強欲なセレブどもよ、庶民の怒りを知れ!

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    アメリカの「陰謀」なのか 世界中を疑心暗鬼に陥れるパナマ文書

    仲野博文(ジャーナリスト) 今から1年以上前、ドイツのミュンヘンにある南ドイツ新聞に匿名の内部告発者が接触。この人物はパナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」の内部資料を暗号化したデータファイルで南ドイツ新聞に送り、「この法律事務所が行ってきた犯罪行為を世に知らしめてほしい」と、ファイルの公表を要求。そこから数か月の間に、追加資料がデータファイルで送られ、南ドイツ新聞が受け取ったファイルの合計は2.6テラバイトに達した。このファイルはのちにパナマ文書という名で世界を震撼させることになるが、「アメリカが主導した」という陰謀論も囁かれている。全体像がまだ見えない中で、パナマ文書公開の意図を考えてみる。パナマ市の法律事務所「モサック・フォンセカ」の建物の外で警備する警官=4月12日  日本時間の10日午前3時に一部情報が公開されたパナマ文書。6日にはのちにパナマ文書と呼ばれる2.6テラバイトのデータを南ドイツ新聞に送った匿名の情報提供者が、「革命はデジタル化される」と題した声明を発表し、南ドイツ新聞や国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)がウェブに声明を掲載した。情報提供者は「John Doe」という身元不明男性に使われる俗称を使い、収入格差を是正したいという思いが情報提供のきっかけになったことを明かしている。これまでの情報提供者が、結果的には逮捕・拘留されてきた事例を挙げ、免責を確約してくれた場合には各国政府に協力する姿勢も打ち出している。  この匿名の情報提供者は声明の中で、これまでに政府や諜報機関に一度も勤務したことはないと断言。特定の国の利益のために情報をリークしたのではないと主張している。また、映画「戦場のメリークリスマス」のロケ地としても知られ、近年はタックスヘイブンとしても知られるクック諸島(もともとはニュージーランドの属領)に対して何の対応もしてこなかったニュージーランドのジョン・キー首相が名指しで批判されている。キー首相と共に名指しで批判されたもう一人の人物は、先月26日に米財務省傘下の金融犯罪取締ネットワークの局長を辞任すると発表したジェニファー・カルベリー氏で、彼女はパナマ文書でも名前が頻繁に出てくるHSBC(香港上海銀行)に重役待遇で迎えられると一部で報じられている。金融犯罪の取り締まりを指揮していた人物が、パナマ文書でその存在が大きく取りざたされた金融機関に転職することへの問題提起も声明では見られた。なぜこの二人が名指しで批判されたのかは不明だ。 パナマ文書の内容の一部は4月3日に公表され、世界各国の現職のリーダーがオフショア取引を行っていた実態が明らかになり、アイスランドではグンロイグソン首相が辞任する騒動にまで発展した。また、ロシアのプーチン大統領が総額2000億円以上の隠し資産を保有し、10代の頃からの友人でチェロ奏者のセルゲイ・ラドゥーギン氏が所有する複数のオフショア法人を中心に送金が行われたとする記録も発表されている。パナマ文書のリークはアメリカが裏で糸を引いている?  プーチン氏の他にも、シリアのバジャール・アサド大統領の2人のいとこや、キャメロン英首相の父親(2010年に他界)、米軍侵攻後に樹立されたイラク暫定政権で首相を務めたアラウィ氏、ウクライナのポロシェンコ大統領の名前などが判明している。「クリーンな政治」をスローガンに、昨年アルゼンチン大統領に就任したマウリシオ・マクリ氏も、モサック・フォンセカ経由でバハマにオフショア企業を設立し、取締役に就任していたことが判明。その時期、マクリ氏はブエノスアイレス市長を務めていたが、個人の収支報告にバハマに関する記載を行っていなかった。おもちゃのお札を銀行の前でばらまいて抗議する人々=4月6日、ウィーン  4月3日の発表ではアメリカ人の名前がほとんど出てこなかったため、「パナマ文書のリークはアメリカが裏で糸を引いている」という陰謀論をめぐって、ネット上では現在も議論が続いている。陰謀論の存在が注目されたのは、4月5日にウィキリークスが公式ツイッターで「パナマ文書によるプーチンへの攻撃は、ロシアと旧ソ連諸国を標的にしているOCCRP(組織犯罪・腐敗報道プロジェクト)が考え出したもので、この団体はUSAID(米国際開発局)とジョージ・ソロスに資金援助を受けている」とツイートしたことで、アメリカ政府による何らかの関与が囁かれるようになったのだ。 ICIJとOCCRPはパートナー関係にあり、OCCRPのウェブサイトではスポンサーとしてUSAIDとソロス氏が運営するオープン・ソサエティ財団のバナーも確認できるが、これらの団体がICIJにも資金提供を行っているのかは不明だ。しかし、ICIJは1989年に設立された調査報道を行う非営利団体「CPI(センター・フォー・パブリック・インテグリティ)」のプロジェクトの1つであり、CPI本体にはソロス氏の財団から巨額の資金が提供されている。オープン・ソサエティ財団は1993年の設立時から2014年までの間に、約16億ドル(約1700億円)をロシアや東欧諸国における民主化の促進に使っている。USAIDやオープン・ソサエティ財団の存在もあり、「ロシアが標的にされている」という陰謀論が湧き上がり、ロシアの一部メディアもこの陰謀論を取り上げて、プーチンを擁護する姿勢を見せている。  モサック・フォンセカ経由で海外のオフショア法人を利用するアメリカ人やアメリカ企業が少ないのには理由がある。デラウェア州やネバダ州など、アメリカ国内にタックスヘイブンを提供する州があるため、わざわざ海外にオフショア法人を設立する必要がないのだ。デラウェア州は人口90万人ほどの小さな州だが、2014年の時点で州内に設立された法人の数は110万を超える。英ガーディアン紙は先月25日、デラウェア州ウィルミントンにあるコーポレーション・トラスト・センターについて報じており、それほど大きくない2階建ての建物に28万5000社以上が登記している実態が判明した。この建物にはアップルやアメリカン航空といった大企業も法人登記を行っており、米大統領選で民主・共和それぞれの党からの指名が確実なヒラリー・クリントン氏とドナルド・トランプ氏も法人を設立していたことが明らかになっている。大統領選で格差拡大が争点の米国にとって大きな爆弾  デラウェア州では数日もあれば法人設立が可能で、役員や株主の権利は州法によって保護される。そのため、デラウェア州での法人格取得は現在も非常に人気があり、毎年10億ドル以上が州政府に流れ込む。法人設立で財源を確保しているため、デラウェア州では消費税が存在しない。しかし、税金を「取り損なった」他の州からは絶えず不満が噴出しているのも事実だ。ニューヨークタイムズ紙は2012年、デラウェア以外の州で過去10年の間に徴収できなかった税金が総額で1000億円近くに達していたと報じている。  パナマ文書で公開されていない情報がまだ多く存在するため、ネット上で議論されている陰謀論の存在について断言するのには無理がある。しかし、これまでにない規模でタックスヘイブンを巡る状況が世界で大きなニュースとなったことで、アメリカを含む各国が租税回避への対応に本腰を入れざるを得なくなったのも事実だろう。むしろ、パナマ文書によってアメリカも国内外のタックスヘイブンとどう向き合うのかを示さなければならない流れになったことを考えれば、パナマ文書は格差拡大が大統領選挙でも大きな争点となっているアメリカに大きな爆弾を落としたようにも思える。 世界中のタックスヘイブンが実際にどのくらいの規模なのか、はっきりとした数字は出ていない。秘匿性なども存在するため、細かいデータ収集や分析を行うのが非常に困難なためだ。カリフォルニア大学バークレー校のガブリエル・ザックマン准教授(経済学)は、昨年上梓した『国家の隠された資産』の中で、世界中のタックスヘイブンで扱われている資産の総額は約7兆6000億ドルに達すると指摘。この数字が正しければ、世界に存在する純資産の約8パーセントに達することになる。 フランスの経済学者トマ・ピケティは著書『21世紀の資本』で、格差社会を生み出す一因がタックスヘイブンにあるとして、金融市場の透明化を訴えている。ピケティの理論に対して現実的ではないと批判する声も存在するが、まるで歴史をプレイバックするかのような昨今の格差拡大への対応策として、「目に見えないカネ」の可視化とその運用はもっと議論されるべきではないだろうか。

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    パナマ文書で名指しの商社幹部「脱税のレッテルでいい迷惑」

     タックスヘイブン(租税回避地)の金融取引に関する大量の秘密ファイル「パナマ文書」が流出したことに頭を抱えているのは外国の要人だけではない。日本の大企業や個人の大富豪も、その名がいつ表に出るのかと戦々恐々としているはずだ。 事の発端は、欧州有力紙『南ドイツ新聞』への匿名人物による情報提供だった。パナマの法律事務所モサック・フォンセカの内部文書が流出すると、各国メディアはその内容を一斉に報じた。 報道によると、10か国の現旧指導者12人を含む公職者140人、国家の現旧指導者の親族61人の関係する法人などがタックスヘイブンを利用した金融取引に関わっていたことが文書から明らかになった。 その中には、ロシアのプーチン大統領の友人、中国の習近平国家主席の義兄、アイスランドの首相、英国のキャメロン首相の亡父、さらにはサッカー選手のリオネル・メッシ、俳優のジャッキー・チェンなど、名だたる大物たちの名前があり、世界中に波紋を広げている。 すでに、疑惑を指摘されたアイスランドの首相は辞任に追い込まれ、亡父が設立した投資ファンドから利益を得ていたことを認めたキャメロン首相も、イギリス国内で辞任を求める声が上がり、窮地に立たされている。 日本ではセコム創業者の飯田亮氏の名前が報じられたほか、日本企業の名前が記された真偽不明のリストまでネット上で拡散している。 その中には、航空、商社、小売り、金融業界のリーディングカンパニーなど、錚々たる大企業が名を連ねている。名指しされた商社の幹部は困惑を隠さない。「いまの状況で名前が挙がるだけで“脱税企業”のようなレッテルを貼られてしまう。株価への悪影響も考えられるし、本当にいい迷惑ですよ」関連記事■ 新生児の名前で人気上位の「結愛」「大翔」 読み方が多すぎる■ 日本の社長の名前調査 「いかにも長男」の名前が少ない理由■ 塩崎厚労相「地元の老人ホーム事業に口利き」証拠メール報道■ 膨大なパナマ文書 解析終了は5月上旬、企業・個人名発表か■ 米の就活 マイナーな名前は書類送っても面接に呼ばれにくい

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    パナマ文書をリークした不正調査ツール 国家間での情報戦争でも活用

     [WEDGE REPORT] Nuix Investigator Labの正体に迫る!ゴン川野 (フリーランスライター) 世界を震撼させたパナマ文書は、データ量の観点から見ても桁違いだった。容量2.6TB、480万点のメール、300万点のデータベース、100万点の画像、210万点のPDFファイル、32万点のテキストファイルが流出したのだ。ドイツの新聞社に持ち込まれたデータはICIJ(国際調査報道ジャーナル連合)の手に渡り、Webサイトに見やすく整理された情報がアップされている。現在も76カ国に点在する370人以上のジャーナリストが協力してその全貌の解明を続けている。これらのビッグデータはどのように解析され公開に至ったのだろうか。2.6TBを2日間でインデックス化 ICIJに持ち込まれたデータの解析に協力したのがオーストラリアNuix社である。聞き慣れない名前の会社だが、同社の開発した「Nuix Investigator Lab」は政府を含む世界の一流調査機関に欠かすことの出来ないフォレンジツール、すなわち不正調査ツールだという。 デジタルフォレンジックとは膨大なデータを解析して名前、会社、預金などの個人情報を抜き出し、相互参照をおこない、隠れていた関連性を浮かび上がらせる作業で、国際カルテル調査などに欠かせない。 それでは実際のパナマ文書はどう解析されたのか。専門の調査機関に持ち込まれたと仮定して推測してみよう。まずHDDなどのハードウエアで持ち込まれた2.6TBのデータは、HDDデュプリケータと呼ばれるマシンを使って完全複製されオリジナルを保全。次に複製されたデータが改ざんできないように書き込みを禁止するライトブロッカーと呼ばれる装置に収められる。 次にフォレンジツールが解析できないPDFファイルと書類をスキャンした画像データのテキスト化が待っている。OCRを使うのだが、おそらく最も時間のかかるパートに違いない。この作業にはクラウドコンピュータを使い数カ月を有したと言われる。次にデータ自身に付けられたメタデータを全文検索エンジンなどを使って切り出している。メタデータとはファイルタイプやタイムスタンプ、画像データであればExifやGPS情報などで、これらを利用してデータを分類することが可能になる。 メタデータを利用してNuixはインデックスを作成。処理速度は1時間で85GBと超高速である。パナマ文書も2日あれば余裕で解析できる計算だ。インデックスを元に人物、会社、メールなどの相関関係を明らかにするためのダイヤグラムが自動生成される。このようなネットワーク構造を示すダイヤグラムはグラフと呼ばれる。グラフは中心になるノードとそこから伸びるエッジで形成されている。 Nuixは400種類以上のファイルタイプをサポート。クラウドにあるメールアーカイブからもデータを収集可能である。また、画像分析機能もあり肌の色調から画像を抽出できる。地図上に位置を確定するためGPS情報やIPアドレスを利用。通信記録の解析、レジストリ分析、削除ファイルの復元、破損ファイル抽出など高度な機能を搭載。これらの機能を使ってNuixは名前、社名、金額、メールアドレス、IPアドレス、クレジットカード番号からなるグラフデータを構築する。可視化されたグラフによって、ターゲットの会社の中心人物が誰なのか、その人物が最も多くメールでやりとりしている人物は誰か、またその人物は誰とつながっているかなどの相関関係が一目で分かるようになるのだ。 今回はおよそ100万ノードのグラフが完成、これを元にグラフデータベースが構築されたようだ。データベースが人工知能で自動解析できれば、話は早いのだが、そこまで技術は進んでいない。最終的には世界中にいるジャーナリストが協力してデータベースにアクセス、解析作業を進めているのだ。 Nuixを日本で販売する会社を直撃Nuixを日本で販売する会社を直撃 世界各国の政府機関、法律事務所、日本でも証券取引等監視委員会をはじめ主要な政府機関や大企業でも使われているというNuixを日本で販売、操作のための専任スタッフの教育も手掛けているのがAOSリーガルテック。Nuixは1000万円以上もするソフトウエアで、その操作にも専門知識が要求されるため日本でも数社しか扱っていないという。佐々木隆仁氏(左)と、Nuix Japan事業部シニアシステムコンサルタント戸叶徹氏©Naonori Kohira 同社の代表取締役・佐々木隆仁氏はこう語る。 「パナマ文書がリークされる以前から、すでに国家間での情報戦争は始まっていました。ビックデータを収集、分析するのに最も秀でているのは国家機関ですからね。そこで必要になったのがフォレンジツールです」 膨大なデータを収集、分類、分析するには膨大な人員を抱える必要がある。しかし、世界中を飛び交うデータの量は年々、加速度的な勢いで増えていく。 「例えばガラケーからスマホに変わったことで個人が扱えるデータ量は100倍以上も増えました。国家機関は以前から仮想敵国の通話を盗聴していましたが、音声データの分析には非常に時間が掛かるため成果を上げるのは困難でした。現在はEメールのデータを収集してフォレンジツールに分析させています。これで人員とコスト、時間も短縮されました」 確かにパナマ文書のリークによって一国の首相が失脚するという事態が発生している。ビッグデータは情報戦争の有力な武器なのである。佐々木氏はこう続ける。 「情報戦争で最も遅れているのが日本です。アメリカの裁判にはe-Discovery(電子情報開示制度)があり、訴状が提出された120日以内にESI(電子的保存情報)を提出しなければなりません。このために企業もNuix Investigatorを所有、それを使いこなせる社員もいます。日本は特許訴訟をおこされるとあわてて対応して、見せなくてもいい資料まで提出。裁判はボロ負けで莫大な損害賠償を支払うはめになります」 ここで実際にNuix Investigatorのデモを見せてもらったのだが、メニューは日本語化されており、一見メーラーのようなインターフェイスだ。検索したい単語を入力するとメール一覧が表示され、本文中で見つかった単語がマーカーを引いたように色付きで表示される。ここにあるメールは全てメタデータによってインデックスされており、1通のメールをクリックするとメールをやりとりした人物のグラフが表示される。このグラフをマウスで動かし、つながりのある人物をクリックするとさらなるグラフが展開する。人と人、人と企業などの関連性、相互作用が直感的に理解できるのだ。プレディクティブ・コーディングが勝負の鍵を握るプレディクティブ・コーディングが勝負の鍵を握る Nuixを目の当たりにして改めて凄いソフトであることを実感したが、さらなる進化を遂げるための研究が進んでいるという。「それがプレディクティブ・コーディングですね。すなわち人間とコンピュータが協力してデータ分析をする技術です。まず、教師データと呼ばれるものを作成します。調査データの10〜20%をエキスパートによってピックアップして調査対象として重要なものかどうかを判断させます。これをAI(人工知能)にパターン認識させて残りのデータを自動的に抽出させるんです。プレディクティブ・コーディングを使えば、人間の負担を軽減させ、コンピュータの計算量を減らし、抽出精度を高めることができます」と佐々木氏は語る。特許訴訟のESI作成を法律事務所に依頼すると120万ドルかかると言われたが、これがプレディクティブ・コーディングを使うことで36万ドルに抑えられたという話もある。 プレディクティブ・コーディングの次の段階がAIによる完全自動分析である。佐々木氏はこう締めくくる。「シンギュラリティ(技術的特異点)が訪れるのは2045年と言われていますが、私は2030年頃だと予測します。これはAIが人間を超えるという意味で使われますが、AIが自分自身でシステムを改良し続けることができるようになるという意味です。つまり無限に進化するAIですね」。それは人間の職業がAIに奪われるという事になるのだろうか。「行政の仕事は大幅に人手が減らせますね。しかし、公務員は解雇できませんから、事務職で不要になった人員を人を相手にするようなサービスに回せば、行政サービス全体は充実すると思います。そう考えれば、人は人にしかできない仕事に就ける時代が訪れるのではないでしょうか」オフショア・リークスで名前、会社、住所まで分かる こうして分析されたパナマ文書の一部と言われているデータがICIJのオフショア・リークスというサイトでも見ることができる。このサイトは誰でも検索できるようになっている。実際に試してみよう。最初の検索窓でJpapnを選択すると国籍日本に関するデータが表示される。検索結果は3つのリストに分類され、左から社名、これをクリックすると関係者または仲介した人物の名前、会社、オフショアのダイアグラムが表示される。中央はタックスヘブンに住所を移転した事業所の名称が表示される。右は個人でタックスヘブンを利用しているクライアントの住所、クリックでダイヤグラム表示される。 公開されたデータは、まだほんの一部であり、グラフも限られた項目だけしか表示されていないようだ。5月上旬には全ての個人及び企業リストが公開される予定なので、無関係を決め込んでいる日本政府も何らかのリアクションを起こすに違いない。

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    パナマ文書騒動、納税の透明性は確保できるのか

    やまもといちろう(ブロガー・投資家) 今朝、ちょうどパナマペーパーの番組をやるということでNHKの「週刊ニュース深読み」に出演したところ、午後になって一部の外資系証券経由で「本件問題は、米国主導のスキャンダルリークだったのではないか」というような情報が出回って、週末でみんな暇なんだろうと思いつつ、そういう合理的な疑いがあってもおかしくないよね、とは思います。10日に予告されている内容は、おそらく言われているほど(日本やアメリカにとっては)たいした内容にはならないのかもしれませんが、そもそも二重課税や為替予約の仕組みをオフショアで使うことと、租税回避の仕組みを構築することとは本来異なるはずです。“税金逃れ”に世界が怒り! パナマ文書って何?http://www.nhk.or.jp/fukayomi/maru/2016/160507.html租税回避地の利用が指摘されたアイスランドのグンロイグソン首相に抗議するデモ参加者ら=4月5日、レイキャビク また、保険商品を組み合わせたり、なんとか特区などの国や地域別の産業振興策を組み合わせる仕組みは、別に秘匿性が高くなくても「必要だから使う」「余分に税金を払わなくてすむのであれば、いま払っている税金が減らせる分の何割かを手数料で払っても構わない」という合理的な判断が成立するなら普通に活用されるものです。適法だから使って何が悪いという話ではなく、企業が税金を余分に払おうとしても、株主がそれを納得しないのが通常である以上は、そこの地域でビジネスを行う上でのCSRとしての現地納税みたいな話になるわけですね。 番組の冒頭で、森信茂樹せんせがいきなり「世界中どこにいても、日本在住者は日本の税金がかかる」と仰ったので、海外の日系現地法人が価格移転税制の枠内で現地で経常利益を出し現地で税金を払う、グループ決算をしたり、為替予約を機動的にやるためにオフショア口座を使うといった話にはいたらずじまいでした。どこの国でも徴税担当者は同じ発想ですから、企業やファンドの責任者は当局対応として「聞かれたことだけを喋る」という話になってしまうのもむべなるかな、といったところでしょうか。オフショア、タックスヘイブンが駄目だとなると… なお、オフショアがいけない、タックスヘイブンが駄目だとなると、現在主流となっている海外の直接投資や、香港市場などでの上場のためにケイマン諸島やヴァージン諸島などにホールディングカンパニーを立てるといった定番の租税回避策はできなくなります。もちろん、そういう手当てを日本がすれば、そのようなお金はなくなるわけですが、それは日本人が海外に投資をする際に一方的に不利になるだけでなく、海外から日本に投資するときそのような規制があるなら必要最低限の資金しか日本に置かないという話になります。まあ、対日投資を呼び込みたくないというなら話は別ですが、これから日本の国債消化余力が乏しくなりそうなところで海外からの商人を寄せ付けないというのは結果として日本が海外で資金調達をしたいとなったときに90年代のような余計なプレミアムを払わないと金が借りられないという本末転倒な事態に陥るので、うまい具合にやってよね、と思う次第でございます。画像はイメージです したがって、透明性を確保して、納得できる税体系にしましょう、という本筋は誰も反対しないのですが、実際には透明性を確保するための申告制度を義務付けたら、外からカネが日本に入らなくなるうえ、日本企業が海外で何か展開するときに不利を起こす可能性があります。東電、海外に210億円蓄財 公的支援1兆円 裏で税逃れhttp://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2014010102100006.html たとえば、一昨年東京電力が海外子会社を通じて事業を行い、別の海外事業者との取引で得た利益をプールしてたら、東京新聞から謎の叱責を食らうという「事件」がありました。現地で稼いだ現地のお金を現地に置いて現地で納税することは別に公的サービスだろうがファンドだろうが問題にはならないはずが、公的支援を得ていたからそれが駄目だ、税逃れだという話になるのであれば大変なことです。  語るべきことはさまざまあるのですが、企業は利益を追求することが求められているけれども、同時に市民社会の一員としての責任も果たさなければならないので、適切な納税を公平感のある形で行わなければなりません。一方で、制度として透明性を強めようとしたときに起きる諸問題については、企業と国民の間で決定的に利害が対立するものでもあります。投資家は概ねにおいて両方の立場ですので、放送を通じてもう少し「何が対立軸なんだっけ」というのは語ったほうが良かったかなと思いつつ、語ったところで言葉足らずだと誤解も広がるんだろうなーと感じて、ぜんぜん違うことを喋っておりました。 どうせICIJが次の公表をするので、取り急ぎはそれを正座して待ちたいと思います。はい。 (やまもといちろうオフィシャルブログ 2016年5月7日分を転載)

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    「パナマ文書」多くが合法なのが問題 プーチンから習近平まで疑惑数々

     [WEDGE REPORT]佐々木伸 (星槎大学客員教授) タックスヘイブン(租税回避地)を使って各国首脳や有力者、著名人、富裕層らが税金逃れや不当蓄財、マネーロンダリング(資金洗浄)など闇の“悪行”を重ねていた実態が「パナマ文書」によって次々に暴露されている。格差社会にあえぐ国際社会に権力者や金持ちだけがいい目を見ているという怨嗟が広がっている。スノーデン文書を超える衝撃 「パナマ文書」はタックスヘイブン法人の設立支援をてがける中米パナマの法律事務所「モッサク・フォンセカ」の内部文書。ドイツの有力紙南ドイツ新聞が入手し、「国際調査報道ジャーナリスト連合」(JCIJ)が分析・調査をしている。iStock これまで判明したところでは、文書の法人情報の中には、10カ国の現旧指導者12人、これら指導者の親族ら61人、それ以外の政治家、政府幹部128人が含まれている。また世界のサッカー界のスター、バルセロナ所属のメッシ選手、香港の俳優ジャッキー・チェンさんら著名人、日本の警備大手会社の創業者らによる法人設立も分かった。 各国の指導者で、自身や親族、友人らが会社設立などで関与していたとされるのは、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、キャメロン英首相らをはじめ、シリアのアサド大統領、ウクライナのポロシェンコ大統領、韓国の盧泰愚元大統領らだ。 アイスランドのグンロイグソン首相は妻と共同で英領バージン諸島の会社を購入し、数百万ドルの投資を行っていた。同国は2008年の金融危機で国家経済が破綻状態になって以降、国民生活はどん底にあえいでいる。このため同首相が権限を利用して“うまい汁”を吸っているのではないかとの批判が高まり、首相は辞意表明に追い込まれた。 中国では、習近平国家主席の義兄や、中国共産党序列5位の劉雲山・政治局常務委員、同7位の張高麗・筆頭副首相の親族の名前も含まれており、タックスヘイブンにある企業を利用して金融取引を行っていたのではないか、との疑惑が浮上している。 習指導部は反腐敗運動を推進し、「虎もハエもたたく」と綱紀粛正を看板にしてきただけに今回の疑惑暴露により、政権に批判が強まるのは避けられない。中国では報道規制が敷かれ、この問題について7日からインターネットの検索ができなくなっており、都合の悪いモノにはフタをするという全体主義特有の強権姿勢が出ている。 プーチン氏については、友人のチェロ奏者ロルドギン氏らがキプロスのロシア商業銀行から融資を引き出し、この資金がバージン諸島に設立した企業を経由するなど金融取引が行われ、その総額は約20億ドル(2100億円)にも達している。 ロシア大統領報道官は「でたらめだ」と否定し、同銀行もロルドギン氏への便宜供与などを否定したが、一連の「パナマ文書」による衝撃は米国の情報活動や国防政策の秘密を暴露したあの「スノーデン文書」よりも大きい、との指摘もある。国際的に広がる格差社会の一端を明るみに出すものだからだ。捜査と規制の動き急捜査と規制の動き急 大きな問題はこうした数々の疑惑に違法性があると単純に決め付けることができない点だ。タックスヘイブンで資産や企業を保有し、金融取引を行うこと自体は違法ではない。「多くの取引が合法で、それがむしろ問題だ」とオバマ米大統領が指摘している通りだ。 問題は情報が公開されない闇の中で取引などが行われているため、脱税、粉飾、資金洗浄、非合法活動・テロ支援など不正活動の温床になっているということだろう。 北朝鮮への不正送金に関わったとされる複数の企業や、米国がテロ組織に指定しているレバノンの武装組織ヒズボラやメキシコ、グアテマラの麻薬密売グループに関わる企業の関与も浮き彫りになっている。「どのパナマ?」と書かれたプーチン露大統領の疑惑をパロディー化したポスターを調べる警察官(ロイター) 「パナマ文書」に関する当局の捜査の動きも急速に進み始めている。パナマ検察当局が違法行為の有無などについて捜査をすると発表、情報流出先の法律事務所を捜査する方針だ。米司法省も米国の法律に違反している事実がないかどうかの捜査を開始した。FIFAにも飛び火 スイスの捜査当局は6日、この文書に関連して欧州サッカー連盟(UEFA)の本部を家宅捜索した。文書をめぐっては、国際サッカー連盟(FIFA)のインファンティノ会長がUEFAの法務責任者時代、FIFA汚職事件の被告2人が経営する会社と放映権の契約を結んだと伝えられている。 タックスヘイブンの影響で世界各国が被っている税金逃れの損失は数兆ドルにも達するといわれており、米国を中心に税金逃れを規制する動きが加速しつつある。日本も含め欧米各国でタックスヘイブンへの移転企業に何らかの形の「出国税」が掛けられる仕組みも導入されている。 オバマ政権は近く、米国内で銀行口座を開設するペーパーカンパニーに対して実質的な会社の所有者らを特定することを銀行に義務付ける法律の制定を目指す考えとされ、規制と法の抜け道利用との“イタチごっこ”が今後も続くのは間違いない。

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    日本が取りっぱぐれた税金 ケイマン諸島だけで消費税7%分

     タックスヘイブン(租税回避地)の金融取引に関する大量の秘密ファイル「パナマ文書」が流出した。タックスヘイブンとは、バミューダやケイマン諸島、パナマなど、課税率が著しく低い、もしくはまったくない国や地域のこと。ここに子会社を設立して、その子会社との取引で所得・資産を移転させ、課税逃れ、資産隠しを行なっている企業は、世界的に少なくない。 会社員時代にパナマにペーパーカンパニーを設立した経験を持つジャーナリストの若林亜紀氏はこういう。 「パナマの法律事務所の代理店が日本にあり、パナマに行かずとも、事務手続きはその代理店が全部やってくれました。資本金もなしで簡単に会社が作れるのです」 なお、流出元となったパナマの法律事務所モサック・フォンセカは、タックスヘイブンの法律事務所としては世界4位の規模。つまり、パナマ文書が明かすのは、課税逃れの実態のごく一部でしかない。公認会計士で『〈税金逃れ〉の衝撃』の著書もある深見浩一郎氏はこう解説する。 「こうした税金逃れの手法はあくまで合法なので、アメリカの企業ではやって当たり前、やらないのは経営者の職務怠慢だという状況になっています。そのため、アメリカでは法人税収入が落ちており、オバマ大統領が『大きな問題』と指摘するなど、合法的にタックスヘイブンを利用できる現行制度の見直しを求める声も上がっています」 日本も例外ではない。それどころか、アメリカに次いで世界第2位といわれるほど、課税逃れは膨大な額に及ぶという。 実際、日銀が公表している国際収支統計によると、日本が取りっぱぐれてきた税金額はケイマン諸島に隠匿された分だけで、約14兆円に上るという。消費税1%分の税収が約2兆円といわれるから、これは実に7%分に相当する。当然、パナマなど他のタックスヘイブンを合わせた額はさらに大きく膨らむ。これらを納税させれば、消費増税の先送りどころか、減税が十分可能となる額となる。 「とはいえ、合法ではあるので、文書の中に記載された企業名が明らかになったとしても、それだけですぐに悪いことをしていると批判することは難しい。ただし、本来入るべき税金が国に入らないわけで、結局、そのしわ寄せは国民にくる。パナマ文書は、実は身近な問題なのです」(深見氏) パナマ文書の分析を行なっているのは、米ワシントンに本拠を置くNPO法人「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)だ。日本からは朝日新聞と共同通信が参加している。 「文書の数は1150万件と膨大で、76か国の400人近い記者が分担して精査している。朝日と共同は、日本の法人および個人に関わる部分を解析していますが、専門的な文書のため解読に時間がかかっています。 いまのところ、日本関係では個人名はある程度判明していますが、個人投資家などが多く、政治家や大物経営者といった名前はまだ出てきていないようです。ただ、今後解明が進んでいけば、大物の名前が出てくるかもしれません」(共同通信記者) ICIJは5月上旬にもネット上で、文書にある21万余の法人やその役員、株主名などを公開する予定だ。その公開に戦々恐々としている日本企業の経営陣の心中やいかに。関連記事■ 膨大なパナマ文書 解析終了は5月上旬、企業・個人名発表か■ パナマ文書で名指しの商社幹部「脱税のレッテルでいい迷惑」■ 中国軍元制服組トップの収賄額 約272億円で史上最高か■ 日本の鉄道車両がケイマン諸島で資産になっていた過去■ 西欧で爆発的に増殖中のオオナマズ 少女が足首噛まれた例も

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    パナマ文書で注目される 「オフショア取引」と「タックスヘイブン」とは?

    (THE PAGEより転載) 78か国で活動する370人のジャーナリストがデータの分析や調査に参加し、全容が解明されるまでには数年を要するとも言われている「パナマ文書」問題。その衝撃は今月6日の記事でも紹介しましたが、アイスランドではすでに首相の辞任にまで発展。他の国でも現役の大統領や首相、国際的な企業に対する風当たりが強まっています。通常は税率が20%以下の地域がオフショア パナマ文書で大きく取り上げられた「オフショア取引」と「タックスヘイブン(租税回避地)」の存在。 所得税や法人税が極めて低い国や地域に法人を設立することを、自国から離れた「沖合」を意味するオフショア取引といいます。ネガティブなイメージが先行するオフショア取引ですが、海外には国内情勢の不安定さが原因で資産を安全に管理することができない国もあり、財産の保全や投資の分散化でもオフショア法人が利用されます。 今回は、それらがどういったもので、具体的に何が行われているのか、専門家へのインタビューを中心に紹介します。海外の投資ファンドでの勤務が長く、現在は東京を拠点にする金融関係者にお話を伺いました。画像はイメージです――オフショア取引とタックスヘイブン、この二つの違いや定義を理解するのも大変だが、タックスヘイブンは租税回避地で、オフショア取引の行われている場所の多くがタックスヘイブンという認識でいいか?「本国以外の場所で行われている取引を、総じてオフショアと呼びます。タックスヘイブンは、通常は税率が20パーセント以下の地域を総じてそう呼びます。例えば、観光業などが盛んで、税率をそこまでアップさせなくても問題のない国がタックスヘイブンになる傾向がありましたが、タックスヘイブンそのものが収益の多くを占め、タックスヘイブンやオフショア取引に依存する国も存在します。イギリスも間もなく法人税が20パーセント以下に引き下げられ、これまで使われてきたタックスヘイブンの定義も少し変わるような気もしますが、基本的には税率が20パーセント以下、もしくはゼロに近い国々を指します。カリブ海だけではなく、アジアではシンガポールや香港も有名ですね。本国以外の場所で行うオフショア取引に、租税回避地のタックスヘイブンが使われることは珍しくありません」――海外でのオフショア取引といえば、どうしても富裕層や、巨大企業のイメージが先行するが、一般人でもオフショア取引を行うことは可能なのか?いくらくらいの資産を持っていたら、オフショア取引のメリットがあるのか?「英領ヴァージン諸島やケイマン諸島といった、典型的なタックスヘイブンに、法人もしくは個人名義で口座を開設し、お金を預けている人は結構いると思います。その際に用いられるのがノミニー制度で(補足:法人の役員や株主を第三者名義で登録できる制度)、表向きはオフショア取引を行っている現地の人間が会社の代表になっていたりするものの、社会的に名前の通った人物が実際のオーナーで、経済的利益を手にしているというケースは少なくないと思います。ただ、ノミニーに支払うお金が年に100~200万円はかかると思いますので、それらを差し引いても、メリットを享受できる個人や法人になってくるのではないでしょうか?」パナマにオフショアを出すことは珍しい?パナマにオフショアを出すことは珍しい?――世界中のタックスヘイブンをみても、地域や国によって、銀行や信託など、得意分野があることが分かった。これはカリブ海諸国に限った話ではないのか?「得意分野という表現が適切なのかはわかりませんが、プライベート・エクイティ・ファンド(補足:投資家から集めた資金を事業会社や金融機関に投資し、投資先の経営にも参加し、企業価値を高めて最終的には売却後の内部収益率を獲得することを目的としたファンド)では、ヴァージン諸島やケイマン諸島はよく利用していますね。ヘッジファンドはイギリスのマン島を利用したりするイメージはあります。オフショア法人設立でパナマを用いることは、私の周囲ではほとんど聞いたことがなく(補足:モサック・フォンセカはパナマの法律事務所だが、ほとんどのオフショア法人設立には英領ヴァージン諸島やケイマン諸島が使われていた)、今回のニュースでパナマにもオフショア法人を出す人がいたことを知って驚いたくらいです。パナマでオフショア法人を出すメリットはあまりないような気がします」世界屈指の租税回避地である英領ケイマン諸島。首都ジョージタウンの中心街、グランドケイマン――タックスヘイブンやオフショア法人の設立で有名な国では、それらのビジネスによって、現地の経済や雇用は潤うのか?「法人登記だけではなく、ノミニーの採用でもかなりのお金がタックスヘイブンには落ちていて、これが現地の経済を支えていることは間違いないでしょう。ノミニーの中にはアメリカのロースクールなどを卒業したものの、アメリカでうまい具合に仕事が見つからずに母国に帰ってきた人もいます。そういった人たちの受け皿になり、さらに現地の経済を回す原動力にもなっているのです。ノミニー制度に加えて、決算書を出す必要がなかったり、機密保持を売りにしている地域もあり、そういった場所にオフショア法人を設立しようとする企業や富裕層は多いです。しかし、各国間の租税条約が今後厳しくなる見通しで、オフショア法人を持つ企業は自国で銀行などから情報公開を求められる可能性が高くなりそうで、タックスヘイブンの今後にも不透明な部分はあります」各国が連携してオフショア取引対策の流れ――パナマ文書のリークは、中長期的に見て、世界経済に何らかの影響をあたえるのか?「あると思います。オフショア取引、とりわけ租税逃れ的なスキームというのはこれから減っていくと思われます。オフショア取引そのものがなくなるとは思えませんが、取引数がだんだん減ってくるのではないでしょうか。また、各国が厳しい財政状況に直面しているなか、(パナマ文書の公開が引き金となって)各国が租税条約の見直しを連携して行うようになり、租税逃れと思われるオフショア取引がターゲットになりやすくなると思います」 誤解を与えないために言及しておくと、タックスヘイブンやオフショア取引そのものが全て脱税絡みというわけではなく、法的には問題のない節税対策などで用いられるケースがほとんどです。しかし、脱税に加えて、犯罪組織やテロ組織がマネーロンダリングに用いるケースも報告されており、問題がゼロというわけではないのです。 世界中のタックスヘイブンが実際にどのくらいの規模なのか、はっきりとした数字は出ていません。 秘匿性なども存在するため、細かいデータ収集や分析を行うのが非常に困難なためです。カリフォルニア大学バークレー校のガブリエル・ザックマン准教授(経済学)は、昨年上梓した『国家の隠された資産』の中で、世界中のタックスヘイブンで扱われている資産の総額は約7兆6000億ドルに達すると指摘。この数字が正しければ、世界に存在する純資産の約8パーセントに達します。パナマ文書によって、これまで知りえなかった情報がどこまで白日の下にさらされるのでしょうか? 「解読」にはまだ時間がかかりそうです。(ジャーナリスト・仲野博文)

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    なぜ黒田総裁はマイナス金利という「変化球」を投入したのか

    榊原英資(青山学院大学教授) 日本銀行は1月29日、新たな金融緩和策として「マイナス金利」導入に踏み切った。2月8日に発表された「主な意見」の公表によれば、賛成は黒田東彦総裁ら執行部3人と原田泰審議委員、布野幸利審議委員の5人。白井さゆり審議委員ら4人は反対に回った。原田、布野両委員は黒田総裁の任命であり、黒田総裁に近いとされている。反対した4人は、いずれも白川方明前総裁の任命だった。 欧州ではマイナス金利が定着しており、ECB(欧州中央銀行)、スイス、デンマーク、スウェーデンが政策金利でマイナス金利を導入している。このマイナス金利とECBの国債買い入れにより、ドイツの7年債やフランスの5年債までマイナス領域に突入している。7年債はまだプラスだが、ドイツ10年国債の利回りは0.217%とゼロに近づいてきている。ちなみに、日本の10年債利回りも2月18日にはマイナス0.029%まで低下した。会見する日銀の黒田東彦総裁=1月29日、東京都中央区(荻窪佳撮影) 日銀は2%の物価目標を掲げているが、2015年の消費者物価指数上昇率は0.73%(2015年10月のIMFによる推計)にとどまっている。また、長期のインフレ期待も1%前後と2%目標にはまだまだ届く気配がない。このところの石油価格をはじめとする天然資源価格の急激な下落は、さらにインフレ期待を下げる可能性がある。日本だけではなく、世界の先進国は低成長、低インフレ局面に入ったのである。 2011年から15年の経済成長率の平均は、アメリカが2.06%、イギリスが1.90%、ドイツが1.57%、フランスが0.85%、イタリアがマイナス0.70%。一方、インフレ率の平均は、アメリカが1.68%、イギリスが2.28%、ドイツが1.43%、フランスが1.25%、イタリアが1.58%となっている。  ちなみに、日本の平均成長率は0.67%、平均インフレ率は0.70%である。成長率はほぼマイナス1~プラス2%の範囲、インフレ率もほぼ1%~2%の枠に収まっている。つまり、先進国はおしなべて低成長、低インフレの局面に入っているのである。 こうした状況では、金融緩和によるインフレリスクはかつてより大きく減少している。それを踏まえ、まずアメリカが2009年から3度にわたる金融緩和を行い、日本も2013年から「異次元」金融緩和に踏み切っている。ECBも2015年には量的緩和を行い、2016年に追加緩和を行うかどうかが話題になっている。2017年の消費税増税を念頭に置いている おそらく日銀も2017年の消費増税を念頭に、16年末にかけてさらなる量的・質的緩和策を取ってくるだろう。今回のマイナス金利は、それを念頭に置いての「変化球」だったのではないだろうか。 世界経済は今、中長期の景気後退局面(Secular Stagnation)に入った気配がある。日本も欧州もそれを意識した金融緩和を継続している訳だ。アメリカは好調な経済を背景に昨年12月に利上げに踏み切ったが、景況感指数は悪化し始めており、2016年も引き続き利上げを行っていけるかどうかは不透明な情勢にある。 一方、日本の設備投資は、一連の金融引き締め策などを受けて2015年度は前年実績比13.9%の増加となったが、2016年もこれが続くのかどうかは不透明だ。世界経済の減速が続く中で、政府が望むように設備投資の増加や賃上げがスムーズに進むとは考えにくい。今後も天然資源価格が暴落し、世界経済の構造が大きく変わる中で、政府も日銀も日本経済の「景気腰折れ」のリスクに備えておくべきだろう。しばらくは、インフレ率2%の達成は「夢のまた夢」ということなのではないだろうか。 むろん、金融緩和政策は中長期的に継続されることになる。インフレ懸念がほとんどない中で緩和が金融政策の基本パターンになっているのだが、「出口」は本当にあるのか。いや、いつになるのだろうか。アメリカは一応「出口」にさしかかっているが、前述したように利上げをどこまで続けられるかは不透明である。 こうしてみると、「物価目標2%」あるいは「成長戦略」といった政策目標は、過去の遺物なのではないだろうか。成熟段階に達した先進国、特に日本は「豊かなゼロ成長」の時代の果実を享受すべき局面に入っている。美しい自然と安全な国土、そして健康な国民。それを維持していくことこそが「成熟国家」日本の目標となるべきだと思うのだが…。

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    マイナス金利がもたらす最悪のシナリオ

    日銀は16日、金融機関が任意で日銀に預けるお金につける利子をマイナスにする「マイナス金利」を発動する。政策決定後の東京市場は円高株安が進み、アベノミクスはいま最大の試練を迎える。市場に出回るお金の量を極端に増やす「黒田バズーカ」。3度目の奇策は吉と出るか、凶と出るか。

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    日本経済は五右衛門風呂 マイナス金利はデフレ脱却への決意表明だ

    伊藤元重(東京大学大学院教授) 20年以上続いた経済停滞から日本経済を再生させるのは容易なことではない。国民も企業もいまだにデフレマインドにどっぷりと漬かり、本格的に回復する兆しを見せない。国民の多くはまだデフレ脱却に懐疑的である。消費を増やすよりは、老後に備えて貯蓄に回す人が多い。企業はアベノミクスのおかげで手元に潤沢な資金を蓄積してきた。市場から資金を調達しようとすれば、かつてないほどの低金利で調達できる。それでも国内への投資は増えていかない。五右衛門風呂状態の日本経済 人口減を考えると、5年後、10年後の日本経済の市場規模が拡大するとは思われない。そう考えている経営者も少なくないようだ。このように冷え切った消費や投資を拡大させていくことは容易ではない。しかし、消費や投資が増えていかない限り、経済が拡大していくこともないのだ。 アベノミクスの効果がなかったわけではない。この3年の成果をみると、為替レートは円高修正を果たし、株価や企業収益も大幅に改善している。政府の税収も3割以上増大し、雇用にいたっては過去23年で有効求人倍率が最高の水準になるまで改善を続けている。 これだけの数字を並べれば、アベノミクスの効果がなかったとは言えないはずだ。ただ、それでも肝心な消費や投資が増えていかないので、景気が回復したという実感が持てないのだ。 日本経済は例えて言えば、五右衛門風呂状態にあるようだ。金属でできた風呂釜は下から温めて熱くなっている。しかし、中に入っている肝心の水はなかなか温まっていないのだ。風呂釜は株価や企業収益や雇用の数字であり、中の冷え切った水は消費や投資を意味している。風呂釜を熱くすることには成功したが、中の水を温めるのは簡単ではないということだ。バブル崩壊後の失われた20年の影響はそれほど大きい。また、少子高齢化と人口減少という構造的要因の影響も非常に大きい。企業が動くことが重要だ アベノミクスのデフレ脱却は第2ステージに入っている。風呂釜を温めるのが第1ステージであれば、中の水を温めるのが第2ステージだ。その鍵を握るのは、政府の議論の中でもしばしば出てくるように、賃金と投資なのである。 賃金が上昇していくことは、持続的な物価上昇につながるだけでなく、消費を拡大させる要因ともなる。企業が投資を拡大させていくことは、需要面から重要であるだけでなく、持続的な成長を支える生産性向上やイノベーションという供給面からも重要となる。 企業の手元の資金がないのであれば仕方ないが、潤沢な資金があっても国内投資を控えているということは、日本経済全体にとって大きな損失となっている。難しいのは、賃上げも投資も、その決定権は政府ではなく、企業にあるということだ。企業が自ら動かないかぎりは、何も変わらない。強い決意示した「マイナス金利」 政府は賃上げや投資拡大を促すようにいろいろな対応を続けている。こうした努力を続けることは重要ではあるが、最終的には企業が動かないかぎりは意味がない。 ここで注目したいのは、経済の自律的な動きだ。風呂釜が熱ければ、中の水にも熱が伝わるはずだ。それが何であるのか考えてみる必要がある。 私は労働市場の動きに注目している。アベノミクスの成果のひとつが雇用の改善だ。少子高齢化ということも、労働市場をさらにタイトにする要因となるだろう。多くの学生が集まった2016年春卒業予定学生向けの合同企業説明会=2015年3月1日、東京ビッグサイト(撮影・古厩正樹) ここまで労働市場がタイトになれば、賃金が上昇しないはずはない。賃金上昇が本格的に起これば、賃金コストに見合っただけの労働生産性を上げられない企業は存続できないことになる。要するに、タイトになった労働市場が産業の構造調整を促すのだ。強い決意示した「マイナス金利」 日本の生産性が伸びていかない大きな理由は、デフレ時代に日本の企業が人的資源への投資を怠ってきたという指摘もある。労働力が希少になるほど、労働者のスキルを引き上げるような投資が求められる。そうした人的投資が進むことも期待したい。投資の対象は設備だけではないのだ。 私がもう一つ注目しているのは、物価の動きだ。インフレ率が今後上昇していくなら、実質金利はマイナス圏に突入する。名目金利が0に近い水準でインフレ率が1%であるとき、実質金利はマイナス1%であるという。実質金利が大幅なマイナスとなれば投資は刺激されるだろう。そもそも、デフレ脱却で穏やかなインフレにもっていく理由の一つは、実質金利を大幅に下げることであった。原油価格の下落などの外的要因によってこうした動きが遅れている。 先日の日本銀行によるマイナス金利の導入は、日本の物価を引き上げるという強い決意を市場に知らせる結果となった。原油価格由来以外の部分では、日本の物価は着実に上昇を続けている。今後の経済回復の重要な注目点は、物価が本格的に動きはじめ、実質金利が十分にマイナス圏で下がっていくかどうかだ。いとう・もとしげ 東京大学大学院教授。昭和26年、静岡県生まれ。東京大学経済学部卒。米ロチェスター大学大学院経済学部博士課程修了。東京大学経済学部長、同大学院経済学研究科長を歴任。専門は国際経済学。著書に「経済を見る3つの目」など。

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    世界を翻弄する株安・円高の嵐より大きな時代の変化に目を向けよう

    大西宏(ビジネスラボ代表取締役) もう理屈ではありません。まるでグーグルの自動運転車のようにアルゴリズムで超高速に動く相場は、金融市場のルールを変え、世界の経済を翻弄しはじめています。なにせ金融政策や実体経済とはスピードが違いすぎます。吉と占うのか、凶と占うのかではなく、市場の判断が少しでも凶に傾いた瞬間に、高速取引のアクセルが踏まれ、凶に賭札を貼り続け、実際に凶にしてしまうカジノという感じでしょうか。 金融政策に頼る国ほど、また為替相場に頼る企業ほど、その影響を大きく受けます。アベノミクスは、大きな声ではいえない円安政策の切り札以上でも以下でもなく、それが効を奏して為替は円安に振れ、大企業の決算を好転させ、株高を誘導しました。12日、東京外為市場で対ドル、対ユーロで円高を示す為替ボード(AP) アベノミクスは世の中のマインドを好転させたものの、実態経済にはほとんど影響がないままに、ついにそのメカニズムが逆回転しはじめています。もう黒田バズーカも効きません。円安効果を生むはずだと放ったマイナス金利政策もあざ笑うように円高に動ききました。 いよいよアベノミクスどころか安倍内閣も詰みという感じになってきました。野党民主党の混迷とボタンのかけ違いで救われているだけに見えます。 安倍内閣には「経済が、結果を出す」 それにしても年金機構の運用は大丈夫でしょうか。F1カーがせめぎあう市場を農耕機で勝負しているようなものなので、相場が揺れ動き始めても、対応しようがなく、嵐の去るのを待つしかないのでしょう。 中国経済の成長鈍化、原油価格の暴落の余波で、市場がまるでハンドルが効かないアイスバーンのように変わり、滑るにまかせるしかない状況に世界の経済が陥ってしまったように見えます。 しかし、それはあくまで金融経済のお話です。もう金融経済と実体経済はとっくの昔に分離してしまっています。一部の人を除けば、この間の金融緩和の恩恵がなかったことは身に沁みていらっしゃると思いますが、それぞれで景色は違って見えてきます。 為替の変動で大企業の決算が大きく変わるとしても、それで企業の本質的な競争力は変わらないので、高い付加価値を生み出す事業でも持っていなければ、為替相場の変動で、決算が天国に行ったり、地獄に落ちたりを繰り返すだけです。事業に、高い成長力がなければ、利益がでても投資も進まず、内部留保として積みあがるだけでしょう。 そうでない普通の企業や家計にとっては、原材料費やエネルギーコストの上昇の北風が吹いていましたが、原油価格の暴落でガソリン価格や灯油価格もずいぶん落ち、一息というところでしょうか。円安の恩恵は外国からの旅行者のインバウンド消費ぐらいで、国内経済、そしてそれを支えるサービス産業や中小企業にとっては、ほとんど関係がありません。 世の中は、景気後退に向かうのでしょうが、日本はまだ耐性があるほうかもしれません。長い間経済の停滞のなかで生きてきたのですから。 金融の信用不安でも起こさないかぎり、実体経済に根ざしているのなら、金融経済の変動よりも、時代の大きなトレンド変化にどう対応するのか、より付加価値の高いビジネスをどう実現するのかのほうがはるかに重要ではないでしょうか。ここはお互い、金融経済を覆う嵐に目が釘付けになることだけは避けたいところです。 短期的なリスクはいろいろあるのでしょうが、最大のリスクは抽象的ですが「動かない」ことかもしれません。動かなければ、家の外はどんな向きに、どんな強さで風が吹いているのかがわかりません。 しかも大きな変化がこようとしています。株安や円高よりも、もっと衝撃が大きいと思うのは、デジタル革命の変化速度が一段と加速しはじめてきていることです。高速運転の取引で目まぐるしく変わる金融経済も、デジタル革命の申し子みたいなものです。 IOT(もののインターネット)も、液晶画面をドアに貼り付けた冷蔵庫などのようなIOT家電なら、笑って済ませることもできますが、ビジネスの常識、あるいはビジネスの仕組みも大きく変え、これまでのビジネスを飲み込んでしまいかねないのです。 システムの提供を生業にしていると、開発高速化の流れやICT環境の変化の凄まじさは、恐ろしいほど身に沁みて感じさせられます。それについていくのも大変ですが、これも積極的にチャレンジしていないとわからないことです。 おそらくそういった時代の変化を商機と受け止め、試行錯誤を繰り返すなかで、その正体を見極めようとするマインドを失ってはいけないと自らを叱咤激励する毎日です。(「大西宏のマーケティング・エッセンス」より2016年2月12日分を転載)

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    マイナス金利の本質は一種の「銀行課税」である

    小黒一正(法政大学経済学部教授) 1月29日、日本銀行は日本の歴史上初となるマイナス金利を導入し、2月16日からの適用を決めた。デンマークのマイナス金利は▲0.65%、ECBは▲0.3%、スイスは▲0.75%、スウェーデンは▲1.1%であるが、日銀が今回決定したマイナス金利は▲0.1%である。 日銀が導入を決定した背景には、未曽有のマネタリーベースの拡大にもかかわらず、2%のインフレ目標を達成する見込みが立たず、量的・質的金融緩和の限界が明らかになりつつあったことがあると考えられる。 日銀が今回導入したマイナス金利の仕組みは、既に導入済みの欧州(スイスやデンマーク等)と同様の階層方式で、民間金融機関が日銀に預ける預金(以下「日銀当座預金」といい、2015年12月末で約250兆円)を3層構造に分割し、各々にプラス金利(0.1%)、ゼロ金利、マイナス金利(▲0.1%)を適用する方式である。 通常、金利はお金の借り手が貸し手に支払うが、お金の貸し手が借り手に金利を支払う異常な状況が「マイナス金利」である。このため、マイナス金利が▲0.1%、日銀当座預金のうちマイナス金利が適用される範囲が10兆円であれば、日銀に預金を預ける民間金融機関は100億円(=10兆円×0.1%)の金利を日銀に支払う。つまり、日銀は100億円の得をする一方、民間金融機関は100億円の損をするが、日銀が得た最終的な利益は国民の財産として国庫に納付される(日本銀行法第53条)。これを日銀納付金といい、この納付金は国の一般会計の歳入となる。コストを預金者に転嫁できるのか このため、一般政府と日銀を統合した政府では、マイナス金利は民間金融機関に対する一種の課税と同等となる。その際、日銀当座預金残高の約9割は銀行(都市銀行・地方銀行・第二地銀・外国銀行・信託銀行等)であるため、マイナス金利は主に「銀行課税」となる。 このようにマイナス金利の本質を主に「銀行課税」と見なすと、標準的な課税理論の枠組みで、より深く理解できる。例えば、取引がある財・サービスに物品税を導入する場合、市場が独占的で買い手よりも売り手の方が有利な場合、その税負担は販売価格の引き上げという形で買い手に転嫁される割合が大きい。逆に、市場が競争的で売り手よりも買い手の方が有利な場合、その税負担は売り手に転嫁される割合が大きいが、この売り手に立場の弱い下請業者がいる場合は、この税負担は仕入価格の引き下げという形で下請業者に転嫁できよう。 マイナス金利の場合も同様で、伝統的な銀行のビジネスモデルは、できる限り低い預金金利で預金を集め、その預金を原資に、できる限り高い貸出金利で融資を行うことである。銀行のケースでは、「買い手=融資先、販売価格=貸出金利」「下請業者=預金者、仕入価格=預金金利」となる。 その際、3メガバンクが定期預金の一部で預金金利の引き下げを行ったように、預金金利の引き下げや預金の口座維持手数料・ATM手数料の引き上げ等によって預金者に負担の一部を転嫁できても、預金金利をマイナスにすることで預金者に負担を転嫁することは難しい。預金者が預金を引き出し、現金をタンス預金にする可能性があるためである。最悪のケースでは、預金の取り付け騒ぎを誘発し、金融システム不安に発展するリスクもある。このため、既にマイナス金利を実施中の欧州でも、個人向け預金の金利はマイナスになっていない。負担を外部に押し付ける方法負担を外部に押し付ける方法 では、融資先に対する負担転嫁はできるのか。日本では、マイナス金利の導入で住宅ローンの金利もマイナスになることを期待するマスコミ報道もあるが、それは甘い見通しである。例えば、スイスの住宅ローン市場は寡占的である影響もあるが、マイナス金利の導入に伴うコストをモーゲージ金利に転嫁し始めている。 もっとも「オーバー・バンク」とも言われるように、日本では民間銀行間の競争が激しい。また、日銀による量的・質的緩和でマネタリーベースが2倍以上に増加したにもかかわらず、人口減少や国内需要の低迷で貸出は期待どおりに増えてない。このため、貸出を伸ばすことや貸出金利を引き上げることで、マイナス金利導入に伴う負担を外部に転嫁するのは容易でなく、収益源の乏しい地方銀行を中心として、そのコストは銀行セクターが引き受けるしかない。 ただ、上記以外にも、マイナス金利の負担を外部に押し付ける方法がある。それは、マネタリーベースを拡大するため、日銀が「国債の買いオペレーション」を実施するときに、銀行等が保有する国債をより高い価格で日銀に売却し、マイナス金利の負担を日銀に転嫁する方法である。例えば、残存期間10年の国債を売却し、マイナス金利で合計5億円損失が予測される場合、これまで100億円で日銀に売却していた国債を105億円で売却する方法である。 これは「(マイナス金利の負担を含む)日銀当座預金」と「国債」の等価交換であり、このような負担の転嫁ができれば、銀行等はマイナス金利の負担を免れる可能性があるが、今回のマイナス金利政策は裁量的で、抜き打ちでルール変更を行う不確実性がある。 もし日銀に対する市場参加者の信頼が揺らぎ始めれば、日銀による国債の買いオペレーションは札割れを起こし、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」は早晩行き詰るリスクを抱えている。