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    マイナス金利は適切だ 急激な円高とデフレを阻止する最善策

     [中島厚志が読み解く「激動の経済」]中島厚志 (経済産業研究所理事長) 1月29日、日本銀行がマイナス金利導入を決定した。それは、日銀当座預金を3段階に分け、民間金融機関が日銀当座預金に追加的に資金を預けた場合、その金利をマイナス0.1%として民間金融機関が金利0.1%を日本銀行に支払うとするものである。 マイナス金利政策は、長らく採りえない金融政策と見られてきた。仮にマイナス金利となれば、金利分だけ資金の出し手が損をし、借手が得をすることとなり、いままでの金融通念が崩れるからである。そんな政策をとった日銀を、筆者は大いに評価したい。"Safe haven"とまで言われるYen その大きな理由は、最近の急激な円高が、経済実態とかけ離れた投機の域に達し、物価と景気に大きな悪影響を与えかねなかったことにある。iStock リスクが少ない金融商品は安全資産と言われ、英語ではSafe Assetsである。しかし、近年の円は Safe Haven Assets Currencyと言われるようになっている。本来の「安全資産」という意味を超えて、そこに逃げ込めば損をしないタックス・ヘイブンのようなニュアンスが含まれるほど、投機筋が円買いのストーリーを共有するようになっていたと言える。 この点を少し敷衍しよう。年初から原油価格は一段と下落し、市場は冷え込んで急激な円高が起こりかねない局面にあった。そもそも、ドルは原油価格と逆相関的で、今回の大幅な原油安では急激なドル高が同時に生じている(図表1)。ところが、主要通貨の中で円だけドル以上に切り上がっている(図表2)。もちろん、急激な円高となれば、輸出や企業の海外売上にも悪影響を与えて景気が強く下押されるのみならず、大幅な原油安と相まってデフレも再度深刻化しかねない。 従来から、市場ではリスクが高まると円が買われて円高になることが繰り返されてきた。その度ごとに円が「安全資産」であると言われてきたが、ここ1年あまり「安全資産」の意味合いがかつてと異なってきたのである。 「安全資産」とは、本来的には破綻や価値変動のリスクが少ない国債、現金や金を指す用語である。それが、サブプライム問題とリーマンショックがあった2008年以降、経済ショックが欧米諸国よりも小さいと見られた日本経済の円を「安全資産」と称するようになり、近年のユーロ債務危機やウクライナ情勢緊迫化時にも地政学的リスクが少ないと目された日本の円が「安全資産」として買われた。投機筋の目論見と日銀の狙い投機筋の目論見と日銀の狙い ところが、2014年半ば以降は、株安やドル安等市場が荒れたときのリスク回避時に安心して買える「安全資産」として円が定着してしまった。この「安全資産」に本来の安全な資産としての意味が乏しいのは、日本の深刻な財政赤字や少子高齢化を見れば明らかである。直近の「安全資産」円は、市場混乱時に投機資金が最も利益を得やすく、かつ乗じやすい通貨が円であることを言い換えているに過ぎなくなっている。 日銀は物価の安定を図るのが本旨であり、円相場に直接関与する立場にはない。しかし、市場混乱時に円が投機筋に最も旨みのある資産であることは、日本の物価と景気にとって有害以外の何物でもない。特に、投機筋の理不尽な「安全資産」としての円買いに対しては、実需ではない円資金の国内預金滞留にマイナス金利をかけて利益を削ぐのが最も効果的な対策であると言える。 今回の決定は、低調な世界経済と年初来の内外市場動揺で、安定した物価上昇と景気拡大が脅かされかねない切迫な状況を鑑みれば適時適切だった。物価がふたたび下落しかねず、景気も低迷しかねない懸念が高まった年初来の経済金融情勢にあって、日銀は円高阻止を通じて物価と景気を支える即効性ある最善策を打ったと言える。

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    日銀のマイナス金利が世界金融市場にとどめを刺した

    小幡績(慶應義塾大学ビジネススクール准教授) いよいよ終わりの始まりが始まった。それは日銀のマイナス金利で始まったのである。 もちろん、日銀のマイナス金利は象徴に過ぎない。最後のとどめを刺しただけで、一つのきっかけに過ぎない。根本には世界的に異常な過剰金融緩和がある。中でも量的緩和は、金融市場の礎石を破壊することにより、根底から金融市場を崩壊させた。 現在の金融市場混乱の原因は、銀行システム不安である。昨年8月から9月の暴落、今年年初からの暴落の要因は原油暴落であり、リスク資産市場の一部の問題だった。今度は、原油から銀行に移った。リスク資産市場のバブル崩壊、値付けの誤り訂正という些末なものから、銀行萎縮による実体経済の不況、経済全体の地味な危機に移ったのである。世界経済の減速懸念で東京金融市場は円高株安が急速に進んだ=2月12日午後、東京都港区の外為どっとコム 原油の暴落は深刻だが部分的である。一時的な不安は広がるが、経済全体を壊すことにはならない。なぜなら、原油価格下落の影響は一義的にはプラスマイナスゼロで、産油国、資源輸出国にはマイナスだが、輸入国にはプラスであり、米国、日本の二大経済圏を始め多くの経済が恩恵を受ける。ただ、相対的に強い米国、日本が得をして、資源国という基盤の脆弱な国々が打撃を受ければ、間接効果を含めれば、世界全体ではマイナスになる。なぜなら、弱いモノは打撃で壊れてしまい、壊れることによるコストは大きいからだ。しかも、企業間競争により劣った企業が淘汰されるべき、という競争原理とは異なり、それぞれの経済が存在する社会が不安定になるだけだ。世界はより不安定になるから社会的にも大きなマイナスになり、地政学リスクも高まるのだ。 さらに資源国や資源開発プロジェクトを行っている国や企業が打撃を受けることは経済に大きな影響を与え、原油安によるプラスの恩恵を大きく上回るマイナスとなる理由は、彼らが借り入れでプロジェクトを行っているからだ。いわば実力以上の投資を行っており、その無理を支えているのが投資家で、輸入国のプラス1と輸出国のマイナス1に加え、輸出国のマイナス1は借り入れというレバレッジによりマイナス2にも3にも被害は膨らむからだ。 この資金供給を担っているのは金融市場と銀行であり、金融市場と銀行がダメージを受ければ、危機は資源・原油と関係のないセクターにも広がる。経済全体の危機となる。銀行融資が焦げ付けば、その分資本を補うために、他へのリスクのある融資を減らすことになる。この結果、健全でまっとうなビジネスを行っている企業、とりわけ中小企業が影響を受け、経済は縮小均衡に陥り、不況になる。新興企業も同様で、こちらは銀行ではなく金融市場の収縮により、真のリスクを取る資金が縮小し、例えば上場が難しくなり、ファンドの出資も得られにくくなる。実体経済のリスクをとった実物投資が行われなくなり、縮小均衡へ経済は陥る。危機に陥った銀行がさらに追い込まれる すなわち今回の危機が終わりの始まりであり、世界経済の真の危機となり得るのは、銀行が危機の中心にあるからだ。 原油の暴落により、銀行や金融市場は少し傷んだ。しかし、それは部分的であり、間接的だった。しかし、今度は銀行自身が直接危機に陥っている。その根底にはリーマンショックの深い後遺症がある。 リーマンショック前の世界金融バブルの反省から、英米当局は銀行規制を強化し、リスクを取りにくくした。彼らはトレーディングも投機的な投資も出来なくなり、収益は縮小していった。さらに、リスクに対処するため、資本基盤の強化を求められ、無理をして資本調達を行い、これが資本性の高い債券というもので行われ、ドイツ銀行が返済危機に陥っていると噂されてダメージを受けているように、この債券は、金融市場の現在の不安で持続不可能な資本調達方法となり、今後、銀行はさらに追い込まれる可能性がある。 しかし、銀行を本質的に弱体化させたのはマイナス金利および量的緩和による中央銀行の国債買い上げである。マイナス金利により、中央銀行に現金を預けることによる安定収益は失われたが、それよりも遙かに深刻なのは、国債で資金運用をして安定収益を得ていた銀行から、この収益基盤を奪った量的緩和による異常な世界的国債利回りの低下である。世界的な低金利、いまやマイナス金利は、銀行のコアの収益を失わせ、銀行はリスクを取った貸出を抑制せざるを得ない。まさに、量的緩和やマイナス金利は、株式投機家を短期的に喜ばせただけで、長期の真の資金提供者、銀行や機関投資家を苦しめてきたのであり、そのとどめがマイナス金利であり、そのイメージの象徴が日銀によるサプライズのマイナス金利導入であった。この結果、日銀のマイナス金利を合図に、世界リスク資産市場は銀行株を中心に大暴落を開始したのである。 そして、これが世界金融市場、金融システムの崩壊の始まりとなったのは、世界の中央銀行の異常な量的緩和であった。そして、それをもっともドラマティックに演出したのが日銀であった。日銀の異次元緩和以来、日本国債市場は完全に壊れてしまった。乱高下が続き、そこは大きな価格変動と期待の乱高下を利用した短期投機家の狩猟場となったからである。日銀がサプライズで異常に買い上げたために、国債市場は投機場となった。 現在の円高、長期国債までもがマイナス金利に陥っているのは、質への逃避ではなく、ただの値上がり期待、キャピタルゲイン狙いの短期筋の投機の殺到に過ぎない。さらにマイナス金利が拡大する、さらに日銀がどんな高い値段でも買い上げてくれる、その期待で投機家の買いが集まっているだけなのである。これにより、10年物国債までもが、マイナス金利へとオーバーシュートし、その後、乱高下している。これが金融市場の崩壊である。なぜなら、国債市場とは安全資産の市場であり、本来は資金の逃避場、安心して資金を貯めておける場所なのだ。この安住の地がなければ、すべての資金はリスク資産市場を浮遊するしかない。米国国債市場まで、その気配が出てきた。こうなると、世界の金融市場は安定するはずがない。国債市場というアンカー、錨を失ってしまったからである。 いよいよ金融市場の浮遊、いや遭難が始まったのであり、崩壊の始まりの危険性が出てきたのである。

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    高橋洋一氏 マイナス金利の真意は「銀行はやることをやれ」

     日本銀行の「マイナス金利」導入には収益が下がる銀行業界などが反対していた。実際に、導入を決めた政策決定会合では金融業界出身の委員が反対した。マイナス金利導入の真意とは何か、高橋洋一氏(元内閣参事官)と長谷川幸洋氏(東京新聞論説副主幹)の2人が読み解いた。高橋:マイナス金利導入は、日銀が銀行に、お前たちもっと仕事しろということ。日銀が買いオペで国債を取り上げたら銀行は当座預金に回したので、今度は当座預金から利息を取り上げて、逆に手数料を払わせてカネを外に出させることにした。 ところが銀行は自分で投資先なんて考えたくないから、リスクだリスクだと言うんです。手は3つある。1つは貸し出し、2つは株式投資、3つめは海外投資。つまり、銀行がやるべき当たり前のことをやれって話ですね。長谷川:家計にとっても、悪い話ではなく、国債が下がって住宅ローン金利が下がる。これはうれしい話。高橋:日銀と銀行の間でマイナス金利はできるが、銀行と我々の間ではできない。そんなことをしたら、我々は銀行に預けなくなるから。マイナス金利は対庶民にはできない。銀行だけが大変になるから、彼らは怒っているんですね(笑い)。 あと、マイナス金利をしても銀行は貸し出しには向かわず、株ばかりに行くという人がいるけど、それでもいいんです。株が上がれば、株の時価発行増資などで企業は銀行を通さず資金調達できるわけだし。長谷川:だいたい民主党とか野党は「株価だけ上がるのは問題」と言うけど、株価が上がって何が悪いのか。高橋:株価が上がると遅れて就業者数が上がるという相関関係について、私は論文を何本も書いている。それは、株価は景気を先取りするから。ある政策をすると株価が上がる。また、良い政策をすると景気が良くなって、就業者数が上がる。だから株価と就業者数に関係があるように見える。長谷川:経済政策は何のためにやるのかといえば、失業と倒産を防ぐため。その意味では、アベノミクスは大成功しています。実質賃金が下がっているという問題はあるが、これはもう少し時間が掛かるでしょう。ただし、就業者数は直近で28万人も増えていますからね(2015年12月労働力調査)。高橋:でも、黒田(東彦・日銀総裁)さんもまだ甘いですね。マイナス金利は当座預金のうち新規分についてだけで、これまでの250兆円の残高のほとんどには依然として0.1%が付く。長谷川:本来なら、いまある残高の0.1%をなくすべきです。高橋:次にやるでしょう、近いうちに。長谷川:5月に1~3月のGDP速報が出るし、7月には参院選。4月27・28日に金融政策決定会合があるから、そのあたりでやる可能性があります。高橋:次のほうが銀行はキャンキャンいうでしょう。長谷川:もう一つ私が注目しているのは、マイナス金利と一緒に発表された展望リポートで、消費者物価上昇率2%の達成目標を来年9月まで先送りしたこと。これは昨年4月、10月に続いて3回目です。 つまり、日銀は自らが設定した目標を達成できていないと言っているわけです。そうなると、ますます消費増税ができない。日銀がデフレ脱却の時期を2017年9月に先送りしたのに、2017年4月の増税なんてできるわけない。そういうメッセージだと読んでいます。  高橋:消費増税は延期せざるを得ないだろうけど、でも黒田さんは、デフレ脱却に消費増税の影響なんて絶対言えない。というのも、黒田さんは安倍(首相)さんに、消費増税は影響がないと自分で言っちゃったからです。だからそれは、間違っていたことを“分かってください”という意味なんですね。  長谷川:消費増税が延期となると、それを争点にした衆参ダブル選の可能性がますます高まってくることも付け加えておきましょう。関連記事■ 日銀のマイナス金利導入 円安誘導し物価上昇で国民に負担も■ マイナス金利政策の落とし穴 欧州で珍事続発■ マイナス金利でメガバンク株価急落 貸し渋る銀行の自業自得■ 規模が大きい日本のマイナス金利 世界へのインパクト大■ マイナス金利反対派は「銀行や証券会社の紐付き多い」の指摘

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    住宅ローン 「マイナス金利」で下がっても新築リスクあり

     住宅ローン金利が史上空前の低水準となっている。これは日銀の「マイナス金利政策」を受けて長期金利が下降線を辿っているため、それに連動する各金融機関の住宅ローン金利も下がり続けているという背景がある。 すでに、三菱東京UFJ銀行や三井住友銀行、りそな銀行などの10年固定型金利は、2月に1.10%から1.05%に引き下げられ、メガバンクとしては過去最低水準になっている。 また、民間の金融機関と連携する住宅金融支援機構の長期固定住宅ローン「フラット35」の金利(35年返済)も、1月の1.54%から1.48%に。この状態が続けば、過去最低だった2015年2月の1.37%を更新する最低金利になる可能性も出てきた。 ここまで金利が下がってきたことで、「マイホーム購入も夢ではなくなる」と、年明けから物件選びを始めている人も多いだろう。住宅ジャーナリストの山下和之氏は、「いまの金利水準はローン負担を大幅に軽減してくれる」と話し、こうソロバンを弾く。「借入額3000万円、35年元利均等・ボーナス返済なしのローンを組んだ場合、毎月返済額は金利3%なら11万5455円ですが、2%だと9万9378円、1%なら8万4685円までダウンします。現状の金利水準ならマイホームも格段に買いやすいですし、年収の低い若者にとってはチャンスが広がっているといえます」 だが、超低金利がこのまま続く保証はどこにもない。いまの水準ばかりに目を奪われ、高嶺の花だった新築マンションに飛びつけば失敗する恐れもある。「住宅ローン金利が適用されるのは物件の販売開始時ではなく引き渡し時なので、そのときに金利が上がっていれば返済計画も見直さなければなりません。 特に大規模な新築マンションともなると、販売開始から入居まで2、3年かかることはざらにあります。例えば、今年4月から販売がスタートする総戸数361戸の『ブリリアタワー上野池之端』も、引き渡しは2019年6月と3年以上も先になります。 その時の金利がどうなっているかは分かりませんが、現在の超低金利が最低水準であるということは、今後は一段の低下は期待しにくく、むしろ上がる可能性が高い。逆にいえば、超低金利時に契約するということは、その後の金利上昇によるリスクが極めて大きくなることを意味します」(前出・山下氏) ローン借り入れ後の金利上昇による返済リスクは、固定型より変動型のほうが深刻だが、フラットでもマイホーム購入までのわずか数年で資金計画の見直しを迫られるほど上昇した過去はある。「首都圏でミニバブルと呼ばれた2005年、フラット35の金利は2.15%でしたが、2007年7月に2.961%、2008年6月には3.05%まで上がりました。金利が1%近く上がったことで、予定していた金額の借り入れができなくなり、減額を迫られたり購入を見送らざるを得なくなったりした人もいました」(山下氏) では今後、2005年と同じ状況が起こったらどうなるのか。山下氏に必要年収も加えた返済シミュレーションをしてもらった。●金利1.48%の場合/毎月返済額12万2082円/総返済額5127万4440円/必要年収419万円●金利2.48%の場合/毎月返済額14万2569円/総返済額5987万8980円/必要年収489万円●金利3.48の場合/毎月返済額16万4853円/総返済額6923万8260円/必要年収566万円【設定条件:借入額4000万円、35年元利均等・ボーナス返済なし】 金利が1%上昇すると、毎月の返済額こそ約2万円アップで頑張れば支払えそうな額だが、総返済額でみると、なんと860万円以上の負担増になる。一気に2%上がろうものなら、総返済額は1800万円、年収も150万円程度多く稼がないと支払いが厳しくなる。 山下氏は「超低金利だからこそ、そうしたリスクを想定しながら、できるだけ余裕のある資金計画を考えておく必要がある」とアドバイスする。 予想外の金利上昇に自分の懐がどこまで耐えられるのか――。マイホームの購入動機や将来の生活設計も描きながら、“買い時”は慎重に検討したい。関連記事■ 住宅ローンの借り換えは今がラストチャンス 900万円削減の例も■ 住宅ローン空前の低金利 固定・変動の最新シミュレーション■ 安倍政権の金融緩和 住宅ローン金利上昇で痛手くらうことも■ 住宅ローン 安倍政権のインタゲ導入で変動金利は大幅負担増■ 3年固定の低金利商品より魅力? 預金連動型住宅ローンとは

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    中国崩壊を恐れるのは誰だ!

    年明けの上海株暴落に象徴される中国経済の崩壊ぶりは、まさに底なしの様相をみせている。この事態を日本は悲観すべきなのか。振り返ってみれば、日本をはじめとする東アジアの安全保障環境を著しく悪化させてきた元凶が、有り余る「チャイナ・マネー」であったことは論を待たない。

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    もはや「中国崩壊」を恐れる理由はどこにもない

    田村秀男(産経新聞特別記者) 上海株バブルの崩壊、人民元切り下げをきっかけに、中国経済は自壊プロセスに入った。習近平総書記・国家主席の体制延命策は経済・軍事両面での対外膨張であり、決め手は国際金融の総本山、国際通貨基金(IMF、本部ワシントン)に元を国際通貨として認定させ、自前でふんだんに刷れる元を世界中で使えるようにすることだ。安倍晋三政権は北京に甘い財務官僚に任せず、IMFとオバマ政権に対し、元の変動相場制移行と徹底的な金融市場自由化を認可条件として北京に呑ませるよう説得すべきだ。ワシントンはこれまで、元の変動相場制移行が中国市場混乱の引き金になるとみて、北京の小出しの変動幅拡大策を容認してきた。その結末こそが高まる一方のチャイナリスクだ。もはや「中国崩壊」を恐れる理由はどこにもない。中国膨張の最大の協力者はワシントンだ 体制崩壊を恐れてきたのは、当の中国共産党指導者たちばかりではない。金融資本主義の本家、ニューヨーク・ウォール街とその利害代表者が牛耳るワシントンは以前からそうだ。エピソードを紹介しよう。 2001年1月に発足したブッシュ共和党政権はクリントン前民主党政権の露骨なばかりの親中国路線を撤回し、発足当時は対決姿勢をあらわにした。同年4月1日、海南島沖合の南シナ海で偵察活動をしていた米軍機と中国軍戦闘機が空中衝突する事故が発生した直後、国家主席の江沢民がホワイトハウスに電話したが、ブッシュは電話に出ない。6月までに2度目、3度目の電話がかかったが、やはりとらなかった。 この対決路線には当然、国内の産業界やウォール街から修正を求める声が出る。そこで、まず北京に飛んだのはオニール財務長官(当時)である。同年9月初旬、いわゆる「9・11」同時中枢テロの前日、10日にオニール長官は人民大会堂で江沢民国家主席、項懐誠財政部長と会談した(いずれも当時)。 オニール長官の回想録“The PRICE of LOYALTY”(「忠誠の代償」)によれば以下のようなやりとりが交わされた。ドルに固定されている人民元制度の改革を求めるオニール長官に対し、項財政相は「人民元はいずれ変動が許されるようになるでしょうが、ちょっとだけ、大幅になり過ぎないほどにと考えている」と打ち明けた。すると、オニール氏は「しょせん中国はまだ統制経済だ。市場資本主義の力にまかせると中国は分裂してしまう」と内心思った。そこで、オニールと江沢民は口をそろえて言った。「忍耐強くしましょう、そして一緒にやりましょう」 人民元は1997年末以来1ドル=8・27元以下の小数点でしか「変動」しない。米国はその後もことあるごとに人民元改革を求めてきたが、その肝はあくまでも漸進主義による制度改革であり、時間をかけながら「変動を柔軟にする」というわけで、円やユーロなど先進国通貨のような自由変動相場を要求しない。ブッシュ政権2期目には閣僚級の「米中戦略経済対話」が年に1、2度の割合で開かれ、オバマ民主党政権の「米中戦略・経済対話」(年1回)に引き継がれた。人民元問題は絶えず主要テーマになるものの、変動相場制移行を急がない「オニール・江沢民合意」では一貫している。1月13日、中国海南省海口市の証券会社で、頭を抱える個人投資家(共同) 変動相場制がなぜ、中国分裂につながるのか。小平が打ち出した「社会主義市場経済」は党による指令で成り立ち、毛沢東以来の「5カ年計画」をベースにしている。党中央委員会が決める5カ年計画の目標達成に向け、毎年秋に開かれる党中央全体会合で翌年の経済成長率を決議し、翌年3月の全国人民代表大会(党主導の国会)での承認を経て行政府(国務院)が成長率達成に向けて経済政策を実行する、という仕組みだ。この場合、元相場はできる限りドルに対して固定、または一定の水準で安定させる必要がある。変動相場制で元相場が大きく振れるようだと、中長期の経済計画の作成は困難で、毎年大幅修正を迫られる。 変動相場制になれば、市場の需給関係に相場形成がゆだねられるので、カネの自由な流れが前提になる。つまり株式市場を含む金融市場全体の自由化が変動相場とセットになる。すると党が中央銀行の中国人民銀行や国有商業銀行に指令し、金融市場を支配することは無意味になる。カネの創出と流れを決めることができなくなり、党指令型経済は消滅する。独裁政党がその権力を裏付けるカネの支配権を失えば、政治的影響力を喪失する。権力を握ろうとする複数のグループが政党を結成して競争し、複数政党制へと変革されていくが、「流沙の民」と孫文が嘆いた国である。多様な考え方、民族、地域、階層を一つにまとめる民主主義に収斂する可能性は少なく、大陸は分裂して大混乱に陥るとは、西側の専門家でも多数を占める見方だ。 民間資本にとってみても、米国に次ぐ巨大な市場である中国の分裂や混乱はまずい。米企業の場合、自動車のビッグ3からアップル、マイクロソフト、デルなど情報技術産業にいたるまで、中国市場にどっぷり依存している。ゴールドマン・サックス、シティ・グループなど金融資本は北京から与えられる証券発行の幹事や米国債ディーリングなどの巨大特権を享受してきた。政情不安はもとより、党指令による市場経済だからこそ獲得できる権益が金融自由化で失われることを恐れる。前述したオニール氏の見方が共産党指導者たちと共有されるはずである。 北京は現行の人民元制度を「管理変動相場制」と呼んでいる。オニール会談のあともしばらくドル相場に固定する「ペッグ(釘付け)」を続けたあと、管理変動相場制に移行した。基本的なやり方は、外為市場を操作してドルに対してごく小さな幅の中で変動、安定させるわけで、2005年7月に2%余り切り上げた後、人民銀行が前日終値を翌日の基準レートとし、その上下各0・3%までの変動幅を許容するようにした。以来、小刻みに切り上げ、元相場が安すぎるという米議会の不満や柔軟な制度を求める米政府の要求をかわし続けてきた。2008年9月のリーマンショック後はいったんペッグ制に戻したあと、10年6月に再び管理変動制に戻し、変動許容幅を上下1%にした。14年3月にはさらに幅を同2%に広げ、15年8月11日に元切り下げに踏み切ったが、小幅に変動をとどめるやり方を堅持している。 ワシントンもIMFも是認してきた管理変動相場制は中国の高度成長の主軸となってきた。ドルに対して安定し、しかも小幅に上昇する元は中国市場に進出する外資にとって魅力的で、先端技術を携えた外資による直接投資が活発に続く。中国企業は香港に別会社を設立し、さらに帳簿上だけの法人をカリブ海などのタックスヘイブン(租税回避地)に設立し、今度は外資を装って本土に投資して優遇措置を受ける。東南アジアなどの華僑系資本、日本や米欧、韓国、台湾の企業も香港を経由して大陸に向かう。大軍拡と海洋覇権もなだれ込んだドルが支える大軍拡と海洋覇権もなだれ込んだドルが支える 安定した元の威力が最も発揮されたのはリーマン後である。グラフ1を見て欲しい。米連邦準備制度理事会(FRB)は昨年秋まで3度にわたってドル資金を大量発行する量的緩和政策に踏み切った。すると、人民銀行による元資金供給量もドルに連動する形で急上昇している。米国からあふれ出たドルが中国市場になだれ込んでくる。人民銀行はそれを外為市場で買い上げて外貨準備とし、その相当額の元を金融機関に供給する。国有商業銀行などはそこで元資金を企業や地方政府の不動産開発事業向けに融資する。不動産開発投資を中心とする固定資産投資は中国の国内総生産(GDP)の5割を占め、経済成長率をたちまちの間に押し上げる。もとはと言えば元を党の手で安定させる管理変動相場制あってこその離れ業だが、中国は世界でいち早くリーマン後の世界不況から立ち直ったばかりか、2ケタ成長まで取り戻した。GDPの規模は2010年に日本を抜き、世界第2位の経済超大国として国際的地位を高め、アジアにおける影響力を飛躍させた。 人民銀行はリーマン後のドル資金増加量にぴったり合わせて元資金を発行してきた。元は言わばドルの裏付けを持つわけで、中国内外での信用が高まり、貿易面を中心に元の国際決済が広がる。アセアン、韓国、台湾に限らず日本の企業も金融機関も元資金を持たないとビジネスにならない。日本政府はともかく、各国政府が北京にすり寄る背景である。グラフ1 グラフ1で注目して欲しいのは、中国の軍事予算規模である。それは元の資金供給量の増勢によって引き上げられ、ドル資金供給の増加と連動している。中国の資金力の膨張は軍事予算を支え、豊富な外貨で空母を含む強力な兵器の調達を支えてきた。南シナ海や東シナ海での中国軍の増長、高度な海外の土木技術を必要とする南沙諸島の埋め立てを支えるのはマネーである。膨張システムは破綻外貨準備は実質カラだ膨張システムは破綻外貨準備は実質カラだ 中国膨張の方程式が狂ったきっかけは2012年から13年に起きた不動産バブル崩壊である。不動産開発投資は低調になり、成長の減速が始まった。すると、それまで流入を続けていた資金の流出が始まる。12年秋の党大会で党総書記に就任した習近平の政権は元を小刻みに上げて、国内からの資本逃避を防ぐとともに、海外からの資本流入を促そうと試みる。もとより、対中投資の大半は香港経由であり、そのうちかなりは外資を装った中国の投資家で、ほとんどが党幹部に直結している。建前上は厳しい資本流出入規制を実施している中国で、特権を駆使する党幹部だけがその網の目をくぐれる。言い換えると、中国は党支配体制だからこそ資本逃避が慢性化する構造になっている。総書記就任前の12年前半にわずかずつ人民元を低めに誘導すると、資本逃避が起きた。あわてて元を高め誘導したらデフレ圧力が高くなったので、14年前半には再び元安方向に修正したら、やはり資本逃避が再発する。 景気の方は14年初めから停滞感が強くなる一方である。中国当局発表では14年は7%台半ば、15年も7%の実質成長を続けているが、モノの動きを忠実に反映する鉄道貨物輸送量は前年同期を下回り、以来マイナス幅は拡大するばかりである。その場合、金利を下げ、元安にするのが景気対策というものだが、すると資本逃避で国内資金が不足する。 窮余の一策が株価引き上げである。14年後半、習政権は党・政府総ぐるみで株価引き上げキャンペーンに乗り出した。人民銀行は利下げし、幹部自ら株式投資を勧める。証券業界に資金を流して、個人投資家の信用取引を奨励する。党機関誌、人民日報は株式ブームをあおり立てる。株価上昇で外からの資金流入を促そうとして、11月には香港証券取引所経由による外国人の上海株投資を上限付きで解禁した。株価は急上昇起動に乗ったが、実体景気は鉄道貨物輸送量が示すように事実上はマイナス成長であり、株価とのかい離が広がる。典型的なバブルである。そして6月中旬、香港経由の上海株売りが口火を切って、株価暴落が始まった。習政権は政府・党・国有企業・金融機関総ぐるみで株価押し上げを図り、公安当局まで動員して市場統制を強める。株価は小康状態を取り戻したかのように見えたが、8月11日に人民銀行が元の基準レート切り下げに踏み切ると、資本逃避が一挙に加速し、人民銀行はあわてて元の買い支えに追われる始末である。人民銀行はさらに景気刺激と株価てこ入れのために追加利下げすると、資本逃避にはずみがついた。 人民銀行は元を買い支えるために外貨を売って元資金を吸収する。資金の対外流出額はことし6月時点経常収支黒字と外貨準備の増減からみて、年間で6000億ドル近い。外準は8月には昨年6月から4300億ドル以上減少した。 外貨準備はそれでもまだ3兆5000億ドル以上あり、日本の3倍以上になるとの見方もあるが、対外債務は5兆ドルを超えている。いわば、外から借金して外準を維持しているわけで、外国の投資家や金融機関が一斉に資金を引き揚げると、外準は底を突く恐れがある。北京の「強気」に騙されるな北京の「強気」に騙されるな それでも、中国当局は強気一辺倒である。9月5~6日、トルコ・アンカラで開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で、人民銀行の周小川総裁は株式バブルを認めたうえで、「市場の調整はほぼ終わった」と大見えを切った。「安定」とは、当局が株式市場への介入や統制を全廃したあとの市場動向をみて、初めて判定できる。乱高下は収まっていない。つまり調整局面がほぼ終わったとは真っ赤な嘘である。 中国は8月下旬に預金金利を追加利下げしたが、短期金融市場では銀行間融通金利上昇が止まらず、翌日返済融通金利は預金金利より高くなった。資本逃避が加速したためで、金融緩和が収縮を招いている。 9月13日に北京は大型国有企業への党支配を強化する形での再編成方針を発表した。産業部門の過剰生産能力を党主導で温存するつもりだ。鉄鋼は余剰能力が日本の年産規模1億1000万トンの4倍以上、自動車産業の総生産能力はことしの販売予想の2倍以上、年間4000万台を超える。それでも党内の実力者たちが利権拡張動機で、影響下に置く国有企業各社を保護するだろう。 輸出を大幅に伸ばそうとして、人民銀行がもう一段の元安に踏み出そうとすれば資本逃避はさらに加速する。中国は通貨安競争で世界を混乱させる前に自滅しよう。グラフ2 グラフ2(P101)は国際商品市況と中国の鉄道貨物輸送量の推移である。同輸送量は「北京当局のファンタジー」とまで多くの専門家から評される国内総生産(GDP)に比べ、信頼度がかなり高い経済指標である。中国景気は昨年はじめから下降局面に入り、連動する形で鉄鉱石、天然ゴム相場が下がり、後を追うように原油相場が急落した。 国際商品市況の低迷は世界景気不安につながるとの見方がメディアでよく報じられるが、変な話である。確かにロシア、中東など資源輸出国にとってみればマイナスだろうが、世界景気を引っ張るのは日米欧など消費国にとってみればチャンスである。日本の実質成長率は、消費税増税による後遺症から抜けきれず、前年度に続きこの4~6月期もマイナスが続いている。輸入コストの下落は内需振興に向けた財政・金融をフル稼働させるゆとりをもたらしたのだから、この機をいかせばよいだけだ。インドなど新興国も対応策を急いでいる。安倍政権は円資金を活用して東南アジアやインドなどとさらに緊密に協力するチャンスだ。あの独裁政権を破綻させたワシントンコンセンサスの出番あの独裁政権を破綻させたワシントンコンセンサスの出番 残るは、中国自壊に対する国際金融社会の出方だ。習近平の体制延命策に手を貸すのは最悪である。では、どうすべきか。鍵を握るのは「ワシントンコンセンサス」である。 それは、世界的に構造改革と金融市場自由化を促す見えざる連合体のことで、ワシントンに本部を持つ国際通貨基金(IMF)とニューヨーク・ウォール街出身者が牛耳る米財務省・米連邦準備制度理事会(FRB)が1990年代初旬に確立した。いかなる国であろうと市場原理を浸透させてグローバル金融市場に組み込む狙いがある。現在のワシントンコンセンサスの相手は北京である。 東南アジア各国と韓国は90年代、ワシントンに誘導されるまま金融市場の自由化に踏み切ったが、投機資金の流入で不動産や金融市場がバブル化し、資金の逃避とともにバブル崩壊した。となるとIMFの出番だ。救済融資を受けるため、各国はIMFが突きつける急激な緊縮財政・金融引き締めおよび市場統制撤廃など自由化策の受け入れを余儀なくされる。 98年1月、IMFのカムドシュ専務理事(当時)が見下ろす中で緊縮策に署名させられたスハルト大統領(同)の独裁政権はその後まもなく崩壊した。インドネシアの混乱を防ごうと奔走した日本政府や日本輸出入銀行(現在の国際協力銀行)はIMFに批判的だった。その輸銀幹部に対し、フィッシャーIMF副専務理事(当時、現在のFRB副議長)は「処方が間違ってもいいじゃないか。政治が変わったんだ」とうそぶいたと聞いた。新自由主義がもたらすショック療法は、金融グローバル化についていけない政治の無力化を白日の下にさらし、政治制度の変革につなげられるという一種のドクトリンであり、市場原理という名の破壊装置だ。今回は、共産党指令経済の中国にまで適用するかどうかが今後の焦点になる。 中国は人民元をIMFの特別引き出し権(SDR)構成通貨にしようと、IMFと米財務省に強く働き掛けている。これに対し、ワシントンは、金融市場の門戸開放など自由化と人民元改革を認定条件としてほのめかしているが、どこまで本気かは定かではない。 習近平政権の厳しい市場統制や元相場の管理強化など、もはや元は「自由利用可能な通貨」というSDRの条件に合わないはずだが、IMFはソフトムードだ。スタッフレベルでは、今年末までに北京が金融市場自由化や元の実質的な変動相場制移行の計画を示せば、元を来年9月からSDR通貨に認定してもよい、というシグナルを送っている。実際には、今後の北京とワシントンの間のトップレベルでの駆け引きで決着するだろう。 大幅な金融自由化に踏み切ると、中国の株式や通貨市場はヘッジファンドに翻弄されて、98年のインドネシアの二の舞いになるかもしれないという警戒心は北京にある。だが、年内設立予定のアジアインフラ投資銀行(AIIB)で「国際通貨元」を利用したい。習近平政権としては、できる限り小出しの自由化・改革でIMFから妥協を引き出し、SDR構成通貨に元を組み込ませたいところだろう。 IMFのラガルド専務理事は北京に前のめりで知られ、「元のSDR通貨化は時間の問題」という持論である。IMFがここで生半可な変動幅拡大でよしとするようだと、習近平政権は現行路線を変えず、「国際通貨・元」を武器に政治経済、軍事両面で増長し、チャイナリスクをますます世界にまき散らすだろう。 北京に弱腰と評判のオバマ政権も中国の粗暴極まる海洋侵攻と度重なるサイバー攻撃に直面し、対中強硬路線に転じつつある。ウォール街のほうは、上海株暴落を機に金融市場自由化と元の変動相場制移行に伴う利益機会に着目し始めた。安倍政権はこの際、これまでの中国への米国の金融・人民元制度容認路線こそが中国脅威を醸成してきたという観点をオバマ大統領に提起し、かつてインドネシア・スハルト政権にとったような改革・自由化路線=ワシントンコンセンサスで、IMFが対中政策を一貫させるよう迫るべきだ。何よりも、中国の崩壊・分裂よりも、党体制温存こそが世界の脅威なのであるという認識の共有が重要だ。たむら・ひでお 昭和21(1946)年生まれ。早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社に入社し、ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、香港支局長などを歴任。平成18年に産経新聞社に移籍し、編集委員、論説委員を兼務する。著書に『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)、『人民元の正体』(マガジンランド)など多数。

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    人民元「国際通貨化」の脅威に立ち向かえ

    田村秀男(産経新聞特別記者)異形の党支配経済、延命は決定的!? 国際通貨基金(IMF)は11月末の理事会で、中国の人民元を来年秋から特別引き出し権(SDR)の構成通貨(現在はドル、ユーロ、円、ポンド)への追加を決める。元は国際通貨としてのお墨付きを得ることになるが、単なる経済事案ではない。通貨とは基軸通貨ドルが示すように、国家そのものであり、経済のみならず政治・外交・軍事すべてを根底から支え、運営を誤れば揺るがす。 中国の場合、元は共産党通貨であり、それを世界で通用させることは、破綻しかけた共産党指令経済を延命させることはもとより、対外的な膨張を助長させる。日本にとっては脅威の増大を意味する。 共産党中央が指令する中国経済は事実上マイナス成長に落ち込んでいる。習近平党総書記・国家主席の中国は手負いの巨大怪物も同然だが、愚かではない。習氏は米英が仕切る国際金融市場の総元締め、国際通貨基金(IMF、本部ワシントン)に元を国際準備通貨として認定させる道を付けた。 現在の代表的な国際通貨はドル、ユーロ、円、ポンドであり、IMFの国際準備通貨単位である特別引き出し権(SDR)を構成している。SDRは帳簿上で記載されるだけで、流通するわけではないが、各国中央銀行は通常、SDR構成通貨建ての金融資産を準備通貨として保有するので、民間はSDRを構成する通貨での支払いや決済に安心して応じる。 これまでの人民元は、韓国のウォンや東南アジア各国の通貨同様、ローカル通貨であり、これらの各国は外貨準備を積み上げながら、外貨の流出を防ぐと同時に、外資が流入するように金融、財政政策を調整しなければならない。 元の国際通貨化が党支配経済存続の鍵になるという切実な事情は2つある。現在の中国は、外貨の流入が細り、資本の流出に加速がかかり、外貨準備が急速に減少している。もう一つ、元資金を使った対外融資や投資を増やす対外戦略上の必要性である。中国は固定資産投資主導による高成長路線が限界に来ており、このままでは経済崩壊してしまいかねない。それを打開するためには、国有企業の再編成など合理化・競争力強化策が必要だが、党幹部の既得権益調整に手間取るので短期間では実現不可能だ。手っ取り早いのは、対外投資を増やして、輸出を増強することで成長率を引き上げる方法だ。その決め手とするのが、中国とユーラシア大陸及び東南アジア、インド、中近東・アフリカを結ぶ陸と海の「一帯一路」のインフラ・ネットワーク整備構想である。 習近平政権はその投融資を行うための基金や国際開発金融機関を相次いで発足させようとしている。代表例が、年内設立をめざす多国間のアジアインフラ投資銀行(AIIB、本部北京)である。AIIBは国際金融市場でドルなど外貨を調達してインフラ資金とする計画で、英独仏など欧州や韓国、東南アジア、ロシアなどが参加したが、世界最大の債権国日本と国際金融シェアが最大の米国が参加しないこともあって、AIIBの信用力は弱い。このために、国際金融市場での長期で低利が必要となるインフラ資金の調達は困難だ。それを打開するためには、中国が元資金を提供するしかない。しかし、元がローカル通貨である以上、元による決済は限られる。翻って、元が国際通貨になれば、その障害は少なくなる。 元が国際通貨になるためには、ドル、ユーロ、円、ポンドと同様、SDR構成通貨への組み込みをIMF理事会が認定することが前提となる。IMF理事会審議の鍵を握るのは英国など欧州と、IMFの唯一の拒否権保有国米国である。厳密に言うと、SDR認定事項は最重要案件とはみなされず、議決権シェアで7割以上の賛成があれば、米国の拒否権を無効にできるが、SDRの新規発行は米国の賛同が必要だ。したがって米国の同意がないと、元が加わった後のSDRの追加配分に支障が出る。習氏は米欧各国に対し、実利を提示することで、抱き込みを図ってきた。日本は対米追随なので、対日工作の必要はなかった。足元をみられた欧州 詭弁にやられる米国の甘さ足元をみられた欧州 詭弁にやられる米国の甘さ 10月下旬の習氏の訪英は大成功だった。キャメロン首相の発表によると、習主席訪英中に決まった中国の対英投資案件の総額は約400億ポンド(約7兆4000億円)。さらに、習氏は、ロンドンに人民元建ての国際決済センターの特権を提供し、元建て国債の発行を表明した。これに応えて、キャメロン政権は「国際通貨元」支持を表明した。ドイツ、フランスなど残る欧州主要国も自国市場に元の国際決済業務の拡大を期待して、なだれを打つように元のSDR組み込みへの支持を表明した。 米国はどうか。ルー米財務長官は3月時点では元のSDR認可には反対表明したが、習氏の訪米後の10月6日には、「IMFの条件が満たされれば、支持する」と表明した。6月の上海株暴落後の中国当局による市場統制や8月の元切り下げは金融市場自由化原則に逆行する。ところが、オバマ政権は態度を軟化させた。上海株式市場の統制は緊急措置であり、元切り下げについて「元の市場実勢に沿う改革の一環」とする北京の説明を大筋で受け入れたのだ。 習政権は6月の上海株暴落以降、党・政府指令による経済支配を強化している。これだと、だれが見ても国際的に自由利用可能であるというSDR通貨認定条件に反するはずだが、IMFはそう見ない。フランス出身のラガルド専務理事は3月下旬の訪中時に、「元のSDR通貨承認は時間の問題だ」と習氏に約束している。IMFは8月、上海市場の統制を当面は容認すると同時に、元をより大きく市場実勢を反映させる改革案を示せば、元を来年9月からSDR通貨に認定してもよい、というシグナルを送った。市場原理とはおよそ無縁な小出しの自由化でよしとする、対中国だけのワシントンの二重基準である。 習氏は9月訪米時、ワシントンの甘さにつけ入った。「中国は輸出刺激のための切り下げはしない。元を市場原理により大きく委ねていく改革の方向性は変わらない」「中国政府は市場安定策を講じて市場のパニックを抑制した。今や中国の株式市場は自律回復と自律調整の段階に達した」「外貨準備は潤沢であり、国際的な基準では依然として高水準にある」「人民元国際化に伴って、外貨準備が増減することは極めて正常であり、これに過剰反応する必要はない」 中国伝統の白を黒と言いくるめてみせるレトリックである。8月11日の元切り下げは過剰設備の重圧にあえぐ国有企業が背後にあるが、4%台半ばの元安にとどめざるをえなかったのは、資本逃避が加速したためだ。元相場を市場実勢に反映させると言うなら、外国為替市場への介入を抑制すべきなのだが、実際には元買い介入によって元の暴落を食い止めるのに躍起となっている。株式市場は自律的に回復しているというが、当局が市場取引を制限しているために、上海株の売買代金は6月のピーク時の4分の1まで雌伏したままだ。 外準減少が正常、というのも詭弁である。資金流出は加速し、元買い介入のために外準を大幅に取り崩す。国内の資金不足を背景に対外債務は膨張を続け、「高水準の外準」を大きく上回る。外準を支える対中投資の大半は香港経由であり、そのうちかなりは外資を装った中国の投資家で、ほとんどが党幹部に直結している。建前上は厳しい資本流出入規制を実施している中国で、特権を駆使する党幹部だけがその網の目をくぐれる。言い換えると、中国は党支配体制だからこそ資本逃避が慢性化する構造になっている。習氏が党総書記就任前の12年前半にわずかずつ人民元を低めに誘導すると、資本逃避が起きた。あわてて元を高目誘導したらデフレ圧力が高くなったので、14年前半には再び元安方向に修正したら、やはり資本逃避が再発する。 景気の方は14年初めから停滞感が強くなる一方である。中国当局発表では14年は7%台半ば、15年も7%弱の実質成長を続けているが、モノの動きを忠実に反映する鉄道貨物輸送量は前年同期を下回り、以来マイナス幅は拡大するばかりである。その場合、金利を下げ、元安にするのが景気対策というものだが、すると資本逃避で国内資金が不足する。元のSDR通貨認定は、北京にとってまさに焦眉の急である。人民元帝国誕生で軍拡も加速人民元帝国誕生で軍拡も加速 米英の国際金融資本にとって中国はグローバル金融市場の中の巨大なフロンティアである。小出しでも中国の金融市場の対外開放や自由化は、米金融界にとって中国市場でのシェア拡大を有利に進められる。北京は特定の米金融大手を一本釣りにして特権を与えるからだ。ゴールドマン・サックス、シティグループなどは江沢民政権時代以来、とっくに党中央と気脈が通じあっている。ニューヨーク・ウォール街代表者が政権中枢を担うオバマ政権では、グローバル金融市場に中国の元金融を取り込むことが国益とみなされるだろうし、元そのものが脅威となる日本と利害が微妙に異なる。日中財務対話のフォトセッションを終え、握手を交わす中国の楼継偉財政相(中央左)と麻生財務相=2015年6月6日、北京の釣魚台迎賓館(共同) 中国の対外貿易規模は日本のそれの3倍以上であり、すでにアジアでの元建て貿易は円建てを超えている。中国は「国際通貨」元を振りかざしながら、アジア全域を元経済圏に塗り替えるだろう。日本の銀行や企業は元金融や元建て決済を認可してもらうために、北京の顔色をうかがうしかない。それは、日本外交の手足を縛る。すでに金融界は浮き足立ち、「中国嫌い」で評判の麻生太郎財務相ですら、中国側に東京に元決済センター設置を要望する始末だ。中国との通貨スワップに頼る韓国はますます北京に頭が上がらなくなる。 国際通貨ともなれば、中国は刷った元で戦略物資やハイテク兵器を入手できるようになり、軍拡は一層進む。これでは日本は立ち上がれぬ 危機意識なき財務官僚たち 日本としての今後とるべき策は、何が何でも元の完全自由変動相場制移行と資本市場の全面自由化を早期に実行させることだ。国境を越える資本移動の自由化は、外国資本や金融機関による対中証券投資や融資の制限の撤廃、さらに中国市場からの引き上げを自由にすることを意味する。元の自由変動相場制は、元の対ドルや対円相場の変動を自由にし、中国当局による市場介入や管理を取り払う。 中国が元を乱発すれば、元相場は暴落不安が起き、中国からの資本逃避が起きる恐れがある。SDR通貨として認定されても、通貨の国際的な信認は国内の政策次第で失われる。そんな懸念から、北京は金融や財政政策で自制せざるをえなくなる。つまり、市場のチェック機能を持たせることで、元の暴走にブレーキをかけられる。党による市場統制力は次第に弱まるだろう。 考えてみれば、これまでの中国の人民元管理変動相場制は中国のとめどない膨張を支えてきた。管理変動相場制のもとでは、自由変動相場制とは全く異なって、対ドル相場は人為的に安定させられる。 元の安定を背景に、中国にはこれまで順調に外資が流入し、その外資の量に応じて中国人民銀行は元を刷り増しし、国有商業銀行、国有企業、地方政府に資金を流し込んで、不動産開発を進めて、投資主導による高度成長を達成した。国有企業は増産しては輸出を増やしてきた。ところが、不動産投資も国有企業の増産投資も過剰となり、景気は急降下し、地方政府や国有企業の債務は膨張を続けている。鉄鋼などの過剰生産は、安値での輸出攻勢を引き起こす。半面で、鉄鉱石など一次産品の国際商品市況は急落し、産出国経済を直撃している。市場需給を無視した党主導による金融は世界経済不安の元凶になっているのだ。 来年は米大統領選挙だ。日本としては米国のまともな勢力と組み、元の変動相場制移行と金融自由化の早期実行を北京に迫るしかない。仮に北京が為替や金融の自由化を約束したところで、実行するはずはない。 何しろ中国の国際ルール無視ぶりは目に余る。中国は2001年末、難交渉のうえに世界貿易機関(WTO)に加盟したが、ダンピング輸出、知的財産権無視などが横行している。国内総生産(GDP)統計は偽装の産物だというのが国際常識だ。外交・軍事では南シナ海の砂地埋め立てと軍事拠点化、絶え間のない外国に対するサイバー攻撃と、あげればきりがない。人権の尊重、言論・表現の自由は、自由で公正な金融市場ルールの下地のはずだが、党中央にはその意識のかけらもない。 米国とはそれでも、日本の危機意識を共有できる余地はある。正式候補に決まるとは限らないが、民主党のヒラリー氏はウォール街に批判的で対中警戒派だし、共和党のトランプ氏は「大統領になれば、中国を為替操作国として罰する」と息巻いている。日本として、元のSDR化で習近平政権は軍事を含む対外膨張路線をひた走るだろう、と伝えるべきだ。 問題は通貨・金融を自省の専管事項とする財務官僚だ。IMFにおいて中国のSDR通貨工作のなすがままにした。そればかりか、IMFで精を出しているのは、消費税増税をIMFに対日勧告させて安倍晋三政権を予定通りの増税に追い込む根回しだ。語るに落ちる裏切りぶりである。たむら・ひでお 昭和21(1946)年生まれ。早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社に入社し、ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、香港支局長などを歴任。平成18年に産経新聞社に移籍し、編集委員、論説委員を兼務する。著書に『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)、『人民元の正体』(マガジンランド)など多数。

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    中国バブル崩壊を招いた「共・共内戦」の実態とは…

    河添恵子(ノンフィクション作家)反習近平派の金融クーデターか? 9月3日に北京で行われた「抗日戦争勝利70周年」の式典と軍事パレードは、歴史捏造と軍備拡大と「皇帝・習近平」を内外に誇示しただけの退屈なショーだった。経済損失などお構いなしで中山服姿の本人一人、さぞかし自己陶酔できたのだろうが、中国はいよいよ「伏魔殿国家」の様相を呈している。 胡錦濤前国家主席の元側近中の側近で、巨額収賄などの容疑で党籍剥奪と公職追放の処分が下った令計画(前党統一戦線工作部長)の弟、令完成らに中国機密資料2700余りが米国へ持ち出されたとされる亡命事件、上海A株市場の大暴落となりふり構わぬ株価維持対策、天津で起きた大爆発、中国人民銀行(中央銀行)による人民元の切り下げなど-世界に異様な姿を晒し続けている。 人口13億の巨大国家を牛耳る「チャイナセブン(中国共産党政治局常務委員の7人)」は共産主義青年団(団派)、太子党、江沢民派(上海閥)といった派閥だけでは語れない七人七党の総称である。地方の高級幹部なども含め、この瞬間も各自の野望が蠢き、陰謀を企て牽制し合う関係にあると私は考えている。中国共産党の第18期中央委員会第5回総会で挙手する習近平国家主席(中央)ら=北京(新華社=共同) 鄧小平が掲げた改革開放政策以降、中国共産党幹部は各々、一族を手足に「紅い財閥」として醜く肥大を続け、人脈&金脈&利権を国内外に構築してきた。「紅二代(太子党やその子女)」や「官二代(党・政府等の高級幹部の子女)」が国内外で少なからず台頭・暗躍している現実に鑑みても、政権内部の派閥闘争という単純かつ矮小化した見方では、中国の権力構造の実体を表現しきれない。 歴史的にもそうだったように、それぞれが、米英の国際金融資本家、欧州経済を牽引するドイツ、ロシアといった大国、さらにはアジアの超大物華人財閥と密接なつながりをもっている。そしてそれは諸刃の剣であり、中国の支配体制そのものを破壊する力にもなり得る。 習政権にとって目下、凶器となりつつあるのが紅・官二代を中心に米国ウォールストリートや香港のシティを主舞台にノウハウを培ってきた金融という“時限爆弾”である。七月に起きた中国A株市場の大暴落について、国内外のメディアや有識者からは、「このような操作が可能なのは、内部の政治状況や中国特有の金融事情に精通している国内の専門家集団」「権力闘争の一環。反習近平派である江沢民・曾慶紅一派の陰謀」などの声が上がっている。 中国A株市場は、いわば共産党が胴元の「博打場」だ。中国はこの1年余り、「人民日報」をはじめ官製メディアを通じて「AIIB(アジアインフラ投資銀行)、一帯一路プロジェクトなどは株価上昇の材料」と株式市場ブームを煽り立てていた。過熱する不動産市場の抑制策を次々と導入する中での株式市場へのマネーシフトと言われてきたが、ジリ貧の人民の不満の鉾先が習政権へ向かわないようにする思惑もあったはずだ。景気減速下で所得や貯蓄が伸び悩む中、銀行融資は前年比で15%近く増加しており、闇金融も貸しまくり、知識も経験もない十代の個人投資家(股民)すら激増し、個人投資家の大多数が信用取引(借金)でマネーゲームをやっていた。 挙げ句、億単位の“無知で裸の個人投資家”を巻き込み、「株価と地下が逆連動」という不可解な動きとなり、昨年7月から6月中旬までの1年間で260%まで高騰した上海総合指数は、その後の3週間ほどで40%前後も乱高下した。焦った習政権が公安まで動かし、「悪意ある空売り」を禁じ取締まる体制を整えたことからも「株価暴落は陰謀」説は絵空事と言い切れまい。 中国へのマネー流入を支えてきたのは香港で、2008年のリーマンショック以降、その傾向は強まっており、「2014年には全体の流入額の7割強を占める」とのデータもある。習主席の政敵、江沢民派の拠点の一つが香港で「江沢民派は2011年から準備を進めてきた。動かせる資金は数兆元に上る」との情報もある。「ハエも虎も叩く」「狐狩り(海外逃亡者を連れ戻す)」と宣戦布告された反習近平勢力が、「中国経済をコントロールできるのはオレたちだ」とその力を誇示すべく反撃に出たのがこのたびの株価暴落だ、との見方だ。あるいは、9月に迫っていたIMF(国際通貨基金)の「特別引き出し権(SDR)」の構成通貨に人民元が採用されること(人民元の国際通貨化)を絶対に阻止したい米国などの国際金融資本の一部が、紅・官二代と結託して仕掛けた「金融クーデター」だったのかもしれない。 五年前のSDR構成通貨の見直しでは、上海の外国為替市場で事実上の為替管理を続けていることなどが問題視され、辛酸を舐めた経緯がある。ただ、IMFのラガルド専務理事は、この数年、「加えるかどうかの問題ではなく、いつ加えるかの問題だ」と人民元のSDR入りに肯定的な発言を繰り返してきた。ラガルド体制で副専務理事に昇格していた“ミスター元”の異名を持つ朱民(中国人民銀行の周小川頭取と並ぶ中国金融界のエリート)の陰が見え隠れするが、主要7カ国(G7)の欧州メンバー(英独仏伊)も中国依存症に陥りSDR入りに前向きだった。 確かに近年、アジア周辺国は人民元経済圏として膨張を続けており、香港やシンガポールのみならず欧州やカナダなどでも人民元オフショア・センターが設立され、昨年には英独仏などで人民元決済の銀行も決定している。国際銀行間通信協会によると、2014年12月の世界の資金決済比率で、人民元はカナダドルも豪ドルも抜き、日本円に次ぐ5位に急浮上していた。しかしながら、8月4日に公表されたIMFスタッフ報告は、「現在のSDR構成通貨を2016年9月30日まで維持すべき」との見解で、人民元が早々に採用される可能性はほぼ消えた。 昨年11月からは上海と香港の両証券取引所による株式越境取引制度も始まり、中国の個人投資家が人民元で本土以外の株式を売買できるようになり、金融規制緩和のステップを具体的に踏んでいるかに「見せて」きた中国だったが、土壇場で再び墓穴を掘ったのだ。「紅二代」は金融覇権を目指す「紅二代」は金融覇権を目指す 江沢民派の超大物、周永康(前政治局常務委員・序列9位)が、収賄と職権乱用、機密漏洩などの罪で無期懲役と政治的権利の終身剥奪、個人財産の没収を宣告されたことは記憶に新しい。江沢民自身は軍事パレードに出席し健在ぶりを示したものの、かなりの高齢である。そういった中でここ数年、急浮上してきたのが江沢民の長男で還暦を過ぎた江綿恒、ではなくその彼の息子で江沢民の直系の孫に当たる1986年生まれの江志成だ。 ハーバード大学を卒業後、ゴールドマン・サックスに入社し投資手腕を磨いたとされる江志成は、2010年に博裕投資顧問(Boyu Capital)を創設した。投資者にはシンガポール政府系投資会社テマセク・ホールディングス、フォーブス誌の長者番付の常連(2015年度は世界17位・アジア1位)である長江実業グループの総帥・李嘉誠などの名前も並ぶ。博裕は創業翌年、北京や上海の国際空港にある免税店を運営する日上免税行の経営支配権を取得し、「祖父の七光り」を見せつけた。 一躍、彼の名を世界に知らしめたのは昨年、アリババ・グループ・ホールディングス(阿里巴巴集団/馬雲会長/浙江省杭州の電子商取引企業/1999年創立)の新規株式公開(IPO)に関わり、NY証券取引所に上場した際に莫大な富を得たと報じられた時だ。ニューヨーク・タイムズ紙(2014年7月21日)は、「アリババの背後にある、多くの紅二代株主が米国上場の真の勝者」との論評を掲載した。 複数の香港メディアも江志成の他、劉雲山政治局常務委員(序列5位)の息子・劉楽飛らがアリババに投資したことを報じている。「アリババの馬雲会長と江沢民の孫や劉雲山の息子などの紅二代らは、尋常でない政治的野心を持っている」「江沢民の孫ら一部の紅二代の同盟は単純なものではなく、北京当局が警戒している」などの記述も散見する。 それにしても中国A株の大暴落が「金融クーデター」だったとして、いかなる方法で仕掛けたのか? 専門用語でダークプール(代替執行市場とも呼ばれる)だと考えられる。証券取引所を通さず、投資家の注文を証券会社の社内で付け合せて取引を成立させる取引所外取引の一種で、一般的に機関投資家やヘッジファンドが参加者となる匿名証券取引である。 このダークプールについて、「市場の透明性を阻害している」との批判もあるが、米英そして香港の機関投資家の間で盛んだ。中国のA株市場も、借金してまで株に群がる裸の個人投資家以外、このダークプールに似た構造で動いているはずだ。つまり紅・官二代の一部は、庶民には数えきれないほどの「0(ゼロ)」が並ぶ巨額な資金を、匿名性も担保しつつ数字上で瞬時に動かす“新型兵器”を所持している。江沢民の長男の別称は「中国一の汚職王」江沢民の長男の別称は「中国一の汚職王」 博裕の創業者・江志成が20代でひのき舞台に躍り出た背景として、その父であり、江沢民の長男である江綿恒の国内外での「働き」は無視できない。1991年に米ドレクセル大学で博士学位(超電導を専攻)を取得し、ヒューレット・パッカードで勤務していた時代に米国の永住権(グリーンカード)を手にしたとされる江綿恒は、帰国後、親の七光りで冶金研究所の所長、中国科学院の副院長などを務めた他、通信関係を牛耳り「電子大王」の異名を持つ存在になった。 胡錦濤国家主席の時代も、江沢民は院政を敷きながら息子の政治局常務委員入りを画策してきたが、共産主義青年団(団派)はもとより、太子党の多くにすら忌み嫌われ果たせなかった経緯がある。なぜなら江綿恒の別称は「中国第一貪(中国一の汚職王)」。銀行融資は、「パパの鶴の一声」で無尽蔵に与えられていたためだ。中国海南島にある東山(海抜184メートル)の中腹に家族と共に姿を見せた江沢民元国家主席のようすを伝えた2015年1月4日付の香港紙「明報」の記事(河崎真澄撮影) 拙著『豹変した中国人がアメリカをボロボロにした』(産経新聞出版・2011年刊)でも詳説したが、江沢民の息子や孫に限らず、中国共産党幹部の子孫たちは、この十数年、華麗な「紅色貴族」の人生を歩んできた。多くは北米や英国の名門大学へ留学して修士や博士号を取得し、クリスチャンネームを持ち、北米や豪州の永住権もしくは市民権(帰化)を取得し、国内外に豪邸と超高級車を幾つも保有し、妻子に加え二桁の愛人まで囲いと、グローバルかつ金満で奔放な生活を送っている。 たとえ相当に出来が悪く素行すら悪かろうと、親の威光を背中に米国ウォールストリートのJPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックス、モーガン・スタンレー、クレディ・スイス銀行、ドイツ銀行、シティ・グループといった世界的な銀行や証券会社に身を置き、中国の経済発展を追い風に、政企不分(政治と企業が分かれていない)の特性も最大限に悪用しながら桁違いなカネを扱う方法を覚えてきた。元来博打好きで覇権主義のDNAも包含する紅・官二代は、ハイリスク&ハイリターンを追求する金融という魔力に取りつかれたのだろう。 ウォールストリート・ジャーナル紙をはじめ、国内外のメディアがこの数年、紅・官二代のウォールストリートへの灰色就職について、ウィリアム・デーリー(1997年1月~2000年7月、クリントン政権で商務長官を務め、2011年1月よりオバマ政権で大統領首席補佐官に任命された)の関与などを報じており、米ホワイトハウスの一部と中国共産党の一部勢力との癒着は否めない。 また、中国の外貨準備を多元的に投資する目的で、2007年9月に2000億ドルで創設した中国投資有限責任公司(CIC)が最初の投資先に選んだのは、ニューヨークに拠点を置くプライベートエクイティファンド(未公開株、PE)大手のブラックストーン・グループだった。CICから30億ドルの投資を受けたブラックストーンは、同年に上場。リーマン・ブラザーズを退職した金融のプロが1985年に設立し、今や世界最大規模の投資運用会社とされるブラックストーンの主要株主には、今日もCICが名を連ねる。 そして「ブラックストーンのような評価の高い会社に、最初の投資が行えることは大変に喜ばしい」と語ったCICの初代董事長・楼継偉は、習政権で財務部長(大臣)を務めている。米中金融機関の「灰色」な癒着米中金融機関の「灰色」な癒着 近年、共産党幹部による汚職問題が日常的に報じられるようになったが、中国の金融業界は20年以上前から問題山積だった。1993年11月、朱鎔基首相(当時)は自ら中国人民銀行の総裁に就任し金融改革を宣言したが、人事刷新するため任命した上層部も、次々と犯罪に手を染め失脚している。温家宝が首相に就任した2003年3月、早々から力を注いだのは金融システムの整備により国際金融市場に適応する金融体制を構築することだった。だが、同年8月に関係当局が国務院に提出した報告書には、「全国金融業界の不良債権を審査したが、正確な数字の提示が困難」「各金融機関の会計が大変に不透明であり、資金の不正流出が継続している」「政府機関の裏口座の残高が上昇している」などと記されていた。 2005年10月には、失笑事件も起きた。「中国四大銀行の支店長・副支店長ら42人が香港経由で海外に集団逃亡。不正に持ち出された資金は、最低740億元と22・3億ドルに上る」と報じられたのだ。香港金融機関の視察や研修を理由に、支店長らが各々のグループで香港に渡り、その後、国慶節の休暇と偽り海外に出国してそのままトンズラ。逃亡先は豪州やニュージーランド、北米などで、逃亡者の家族の大半は現地で待機しており、金融官僚らによる組織的かつ計画的犯行とされた。100億円近く横領してカナダへ逃げ込んだ中国銀行哈爾浜支店の元支店長の身柄の引き渡しを巡り2国間の政治問題へと発展したが、カナダ市民の間でも侃侃諤諤となった。 十数年前からすでに「工商銀行、建設銀行、農業銀行、中国銀行の四大国有商業銀行の累計不良債権額は天文学的数字」とされ、金融エリートはごっそり持ち逃げ。日本の常識からすれば「経済犯罪者集団」「腐敗者集団」でしかないが、4大商業銀行の株式上場を目指していた中国は、米国の銀行に主幹事の担当を依頼するなど、「手取り足取り指南」してもらうことで株式公開にこぎつけている。一体全体、どんなウルトラCを使ったのか?  しかもそれ以来、銀行株の時価総額番付の上位の常連となった。2006年5月にゴールドマン・サックスから26億ドルの出資を受け、その他アメリカン・エキスプレス他から出資を受けて同年に上場した中国工商銀行は、ランキング1、2位が定位置である。今年7月に『フォーチュン』が発表した世界企業番付「フォーチュン・グローバル500」でも、「利益ベース」で中国工商銀行(447億ドル)がトップだった。2位アップル社(395億ドル)に、中国建設銀行、米エクソン・モービル、中国農業銀行、中国銀行と続き、上位6社のうち4社を「中国四大商業銀行」が占めた。 現在進行形で膨らんでいるはずの巨額の不良債権はどこに? 人民元は中国に「管理」された通貨である。とすれば、少なくとも米中の金融業界は「灰色の癒着」をしている。歴史は繰り返す歴史は繰り返す 昭和16年の『神戸新聞』(4月26日付)に、興味深い記事を見つけた。表題は「ユダヤ財閥頻に暗躍 南方資源の買占めに狂奔 サッスーン、香港で反日策動」。その内容を一部抜粋する。 --(前略)ユダヤ財閥の暗躍は熾烈を極め東亜におけるユダヤ財閥の巨頭フリーメーソン東洋部長サッスーンは我が大東亜共栄圏建設妨害の一行為としてこのほど仏印における米の買占めに成功したといわれているが、上海よりの情報によれば5月中頃香港において開催される重慶支持の南洋、蘭印、仏印、印度華僑の代表者会議はサッスーンと蒋介石政府との談合により我が南方政策の先手を打って物資の買占めをせんとするものであり、これが資金は一切サッスーン財閥によって支弁される、これはサッスーン財閥がアメリカユダヤ財閥と緊密なる連絡の下にかく反日行動に出たもので、ユダヤ研究者間の定説でありまたサッスーンと蒋介石、仏印当局との深き関係等々、陰に敢行されていた聖戦妨害行為は漸く表面化し、各方面の憤激の焦点になりつつあり、このサッスーン財閥の動向は聖戦貫徹の上から重視されている- 昭和12年からの支那事変(日中戦争)は約8年に及んだが、国民党・蒋介石軍の戦費の大部分はユダヤ財閥サッスーン(当時、英ロスチャイルド家の東アジア代理人で、アヘン密売で莫大な富を築いたとされる一族)が援助してきたこと、孫文や蒋介石の妻となった宋家(浙江財閥)がユダヤ資本と入魂の関係にあったことは周知の事実だ。 20世紀初頭に「魔都」「東洋のニューヨーク」などと呼ばれたサッスーン家の富の象徴、上海の外灘(バンド)の摩天楼は、1世紀を経た今日まで中国の繁栄を象徴する顔だ。鄧小平復活とワンセットで1979年に創設されたのは国策投資金融会社、中国国際信託投資公司(現・中国中信集団公司CITIC Group)で、「紅い資本主義」路線で外資導入による経済発展への道のりを歩んできた中、国際金融資本との緊密な関係により「紅い財閥」が群雄割拠する時代となっている。 ちなみに江沢民の実父(江世俊)は汪兆銘政権の官僚、つまり戦時中に日本に協力した「漢奸(売国奴)」であり、国民党特務機関の一員だったことも暴露されている。共産党の「皮」を被っただけの一部勢力の「成果」が汚職による巨万の富の蓄財と、国内外を震撼させかねない「金融爆弾」のノウハウだとすれば、「ハエも虎もキツネも退治」の大号令で、粛清に躍起になる習政権を支持する海外勢力が存在していてもおかしくはない。 大胆かつ大雑把に言えば、中国共産党内の熾烈なバトルは、米国VS英独仏国などとの代理戦争の意味合いが大きいと考えている。国共内戦ならぬ「共・共内戦」だ。江一族は米国の国際金融資本と少なからず近い関係にあり、周永康を手足に長年培ってきた石油利権を通じてロックフェラー財閥との繋がりも強い。ASEAN諸国を主軸に大中華経済圏を形成していくためにも、欧州列強との経済関係の強化に邁進してきた団派を含めた習近平一派と、英王室チャールズ皇太子による「おぞましい、古びた蝋人形」との酷評に激怒したとされる江沢民を主軸とする米国利権派という構造だ。 中国は紛れもなく、進みつつある国際秩序の大転換の主役(悪役)である。一方で中国は、国共内戦時代どころか清朝末期に先祖帰りしているようだ。「抗日戦争勝利70周年」の式典でも、習主席は天安門広場でなく故宮の太和殿の中庭に赤絨毯を敷いて、各国の来賓を迎えていた(清朝までの皇帝スタイル。時代劇にも良くあるシーン)。 9月末、習主席は初の米国公式訪問に臨み、年内には「江沢民の天敵」英国を公式訪問してエリザベス女王にも謁見する予定だ。習政権の存続は現状、五分五分だろう。だが国共内戦に敗れた国民党・蒋介石軍が台湾へ逃げ込み、今日に至るまでまがりなりにも政権与党であり続けてきたように、「共・共内戦」に敗れた中国共産党幹部も、どこかで延命していくはずだ。危惧するのは、中国国内が混乱を極め国防動員法が発令され、日系企業とその資産が事実上、接収されるなどの経済的な大ダメージを受けること。そして、かつての国民党軍のように中国共産党幹部や野蛮な人民解放軍が「沖縄」になだれ込むことだ。その可能性はゼロではない。かわそえ・けいこ 昭和38(1963)年、千葉県生まれ。名古屋市立女子短期大学を卒業。86年より北京外国語学院、翌87年から遼寧師範大学へ留学。主に中国、台湾問題をテーマに取材、執筆活動を続ける。『中国人の世界乗っ取り計画』『豹変した中国人がアメリカをボロボロにした』『だから中国は日本の農地を買いにやって来る』(いずれも産経新聞出版)、『国防女子が行く』(共著、ビジネス社)など著書多数。

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    石炭産業の破綻 中国経済崩壊の導火線に火がつくか

    児玉克哉(社会貢献推進機構理事長) 中国が世界の工場となり得た一つの要因は豊富な石炭にありました。安価な石炭は経済的にモノづくりをするのに適しており、巨額の資金が石炭産業に注ぎ込まれ、またそれはその産業自体にも大きな利益をもたらしましたし、他の産業にも相乗的な効果を与えました。2000年から2012~3年までは原油価格は急激に上がりました。 WTIでの1バレルあたりの価格をみてみましょう。1998年の原油価格は14.42ドルだったのが、2013年には97.93ドルにまで上がっています。実に7倍近くにまで跳ね上がったのです。これが資源国の経済を引き上げたことも確かです。日本などは高くなった原油価格にも足を引っ張られました。原油価格の高騰に伴って石炭価格も上がりました。1999年に1トンあたり25.89ドルだったのが、2009年には136.18ドル、2011年には130.12ドルとなっています。5倍を超える値上がりです。 中国は自国で石炭が取れますから、石炭開発に取り組みます。石炭は環境破壊をしやすいエネルギーですが、環境よりも経済の論理が勝ち、石炭大国となったのです。 2014年の石炭生産量の順位を見てみましょう。単位は1000トンです。1.中国 3,874,0002.アメリカ 906,8683.インド 643,9764.オーストラリア 491,4795.インドネシア 458,000…32.日本 1,308   中国は2位のアメリカの4倍以上の生産量なのです。日本と比較すると実に3000倍ですね。比べ物にならない状態です。 中国は原油価格の高騰のもとに起こった石炭価格の高騰で、一種の石炭バブル繁栄を得たのです。安い労働力、安いエネルギー、安い資源をもとに、海外からの豊富な資金が入り、世界の工場となりました。 しかし、アメリカのシェールガス革命などもあり、原油価格が落ち込みます。それにつられて、石炭価格も下落。石炭はおいしい産業ではなくなってきています。1.石炭価格の下落 原油価格は、2016年1月16日現在、29.70ドルです。2013年の97.93ドルから比較すると3分の1以下です。驚く程の低価格となりました。015年12月現在で、石炭は1トン56.04ドルです。2009年の136.18ドルからすると、約4割の価格になっています。消費量も落ちていますから、石炭産業はかなりの痛手を受けています。これからさらに価格は低下すると予想されます。2.環境問題による石炭離れ 環境問題も石炭には逆風です。地球温暖化などにおいても石炭は槍玉に挙げられるエネルギー源です。それとともに、中国ではPM2.5問題が顕在化しています。北京をはじめ大都市ではスモッグが社会問題にもなっています。この主要な原因としてあげられるのが石炭です。これから中国でも世界でも石炭の活用は控える方向に進みます。原油価格の低迷で石炭価格も下がる中、消費量も減るということになります。売上は大きく下がることになり、石炭関連企業の倒産などが起きつつあります。大投資をして石炭の生産能力はあがりました。これが過剰生産を引き起こし、身動きができない状態なのです。3.大量失業の可能性 石炭産業は、かなり労働集約的な産業です。かなりの数の雇用があります。この産業の衰退は、地域によっては決定的な意味を持ちます。特定の地域で大きな失業が生まれたとき、治安などの問題もでてきます。地域の崩壊にもつながるものです。これは日本でも炭鉱の町が衰退した時に経験したものです。中国はさらに大規模にこれが起こる可能性が高いのです。4.シャドーバンキングの問題 中国の石炭産業では国の資金も大量に投じられましたが、民間での事業も多く、シャドーバンキングに頼ったものも少なくありません。相当に高い利率をうたい、資金を集め、その資金で運用していました。石炭産業は好調でしたから問題もわからなかったのですが、産業自体が不調になると、一気に問題が顕在化します。シャドーバンキングシステムが崩壊する可能性があるのです。その引き金は石炭産業と見られています。5.腐敗 石炭産業が大きな利益を得ていたので、賄賂も相当に行われていたようです。中国山西省呂梁市の張中生・元副市長は、当局の調査を受けて収賄事件として逮捕されました。6億元(約112億円)を超える賄賂を受け取っていたといわれます。山西省は有数の石炭産地です。張元副市長は呂梁市の石炭事業を担当しており、石炭の業者から多額の賄賂を受けていたとされます。おそらくこれは氷山の一角でしょう。状況が一変した今、こうした腐敗が顕在化しつつあります。 このまま行けば、中国の石炭は、中国経済の崩壊の火薬にもなりかねない状態です。10年~20年先を見越した新たな産業政策が必要なのでしょう。石炭産業の行方をみることは、中国経済の今後を占う上でも重要です。(「児玉克哉のブログ『希望開発』」より2016年1月16日分を転載)

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    国際金融界が予測 2016年中に65兆円の資金が中国から流出する

    小笠原誠治(経済コラムニスト) 国際金融協会(IIF)が、中国からの資金流出が2016年には5520億ドル(約65兆円)になるとの予測をとりまとめました。 もっとも、この流出規模は、過去最大だった2015年に次ぐ高水準だとありますから、既に起こっている資金流出が2016年もほぼ勢いを弱めることなく継続するという風に理解する必要があります。 いずれにしても、そうなると、今後も人民元には下げ圧力がかかり、また株価も弱含みで推移することが容易に想像されるのです。 案の定というべきか、本日もまた上海総合指数は下げ続けています。米国や日本のマーケット反は発しているにも拘わらず、です。 ところで、この予測をとりまとめた国際金融協会とは何ぞやと言えば… The Institute of International Finance, Inc. (IIF) is a global association or trade group of financial institutions. It was created by 38 banks of leading industrialized countries in 1983 in response to the international debt crisis of the early 1980s. 1980年代の累積債務問題に対応するために、1983年に先進国の38の銀行によって創設された組織である(Wikipedia)、と。 2015年7月現在、79の国と地域から商業銀行・投資銀行・証券会社・保険会社・投資顧問会社など459社が参加している、とも(デジタル大辞泉) ということで、その構成メンバーの層の厚さからして、今回の予測は単なる一機関の予測というよりも、国際金融界の最大公約数的な予想であると言うべきでしょう。 つまり、国際金融に携わる多くの人々がそのような予想をしている、と。言ってみれば、中国からの資金流出は今や常識である、と。 ただ、予想は予想であり、必ずしもそうなるという保証はない訳ですが、しかし、中国に流入していた資金の主な出所は先進国側であって、その先進国側の金融機関が主なメンバーであるIIFがそのような予想をする訳ですから、その予想の意味は大変に重いと言わざるを得ません。 如何でしょうか? 要するに、少なくてもこの先1年は、中国からの資金流出が継続し、株価も弱含みで推移するという可能性が高いということなのです。 では、そうした動きが続く中、日本の経済や日本の株価にはどのような影響を与えると考えられるでしょうか? 少なくても日本の実体経済にプラスの影響を与えることはないでしょう。否、相当な影響を与えると覚悟しておいた方がいいかもしれません。 では、株価に対してはどうでしょうか? ここ暫く、中国の株価に引っ張られっぱなしの感のある日本の株価ですが…例えば、米国経済が、中国経済の減速にも拘わらず力強く回復しだせば、そして、株価も再び回復するようなことになれば、日本の株価もむしろ米国の株価に追随する可能性の方が大であるのではないでしょうか。 その意味では、日本の株価は必ずしも中国の株価に引っ張られる運命ではない、と。 いずれにしても、国際金融協会が、今年も中国から大量の資金流出が続くと断言した訳ですから、基調としては人民元と上海株は軟調であると考えていた方がいいと思います。(オフィシャルブログ「経済ニュースゼミ」より2016年1月27日分を転載)

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    中国の混乱が日本に退潮もたらすという悲観論はあてはまらず

     年明け早々、中国市場では7%超の株価下落で取引を強制停止する「サーキットブレーカー」が4日間で2度にわたって作動し、市場は大混乱に陥った。制度運用を一時停止する安定化策が取られたが、それも束の間、1月11日も5%を超える下落が起き、今年から導入されたばかりのサーキットブレーカーは早くも廃止された。 そしてこの中国株ショックは世界の市場に波及し、東証の6日続落の主要因となった。昨年末に始まった米国の利上げも人民元安を招き、中国の混乱に拍車をかけている。 しかし、中国株の暴落は、中国経済の実態を反映しているのか。三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部研究員の野田麻里子氏は、中国の株式市場の特異性を指摘する。「中国株式市場は取引の8割以上を個人投資家が占めるため、感情で動きやすい投機相場の色合いが濃い。年明けからの急落も、サーキットブレーカー制度が設けられたことで“売り遅れたら損が膨らむ”という焦りから売りが殺到し、下げ幅が拡大した結果です」 中国経済の減速は事実だが、株価が示すほど悪化しているわけではなく、逆にプラスの材料もある。 「中国は内需拡大によって過度の投資依存型経済から脱却するという構造転換の真っ只中にあり、今の経済減速はその必然的な帰結です。最新の主要経済指標を見ると、2015年1~9月期の実質GDPは6.9%成長を遂げ、消費も前年比10%以上のプラスが続いている。サービス業など順調な伸びを確認できる指標も少なくありません」(野田氏) 日本の主要エコノミストによる将来予想をまとめたESPフォーキャスト調査でも、中国景気に対して楽観的な見方が示された。三井住友アセットマネジメント理事・チーフエコノミストの宅森昭吉氏がいう。 「昨年12月に実施した特別調査では、エコノミストの6割以上が、代表的な指標である製造業PMIが今年第3四半期以降は上昇すると回答しました。中国経済はゆるやかに回復し、年後半に行くほど持ち直すというのが専門家のコンセンサス。私も年央には回復すると見ています」 それでも一部では、中国経済の失速は深刻になるとの見方もある。武者リサーチ代表の武者陵司氏の話。「株安、通貨安、資本流出の悪循環に歯止めがかからず、むしろ加速している。放置しておけば1997年のアジア通貨危機の再現になるが、それでは支配体制そのものが危うくなる。中国政府はマーケットを事実上封鎖し、市場経済から統制経済に回帰するところまで追い込まれるのではないか。1997年のマレーシアがそうだった」 ただし、武者氏は中国がそんな事態に陥っても、世界経済、あるいは日本市場の好況には影響を与えないと指摘する。「株式と人民元売り投機の道が断たれるため、世界金融市場の不安の連鎖が遮断され、世界全体の株式は底入れに向かう。当然、中国経済は弱体化するが、どの国がそのポジションに取って代わるかの問題。長期的に見れば中国の統制経済化で世界経済は悪材料を払拭する形になり、日本の株価をより一段と上昇させる要因になる」(同前) 中国市場の混乱が日本市場の退潮をもたらすという悲観論はあてはまらない──それが識者の共通見解なのだ。関連記事■ 中国不動産バブル崩壊の影響はドバイ・ショックの1000倍説■ 中国株暴落で同時株安 堅い日本株は絶好の仕込み場と専門家■ 今後10年間、経済大国中国が握る「米国を黙らせるカード」■ 中国東北部で企業の倒産が相次ぎヨーロッパ目指す移民が増加■ 最近の韓国の異常な中国依存 経済的に不可避だが隷属への道

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    甘利氏だけじゃない TPPにも逆風が吹き荒れている

    岡本裕明(Blue Tree Management 株式会社 代表取締役) TPPの署名式が2月4日にニュージーランドで執り行われることになりました。渦中の甘利大臣がニュージーランド行きの切符を手にすることが出来るのかも含め、注目に値するイベントとなりそうです。 この署名式はTPPの12の協定参加国が集まり、協議、合意した内容について署名するものです。大きなベンチマークとなります。プロセスとしてはこの署名された合意文書を各国が自国に持ち帰り、内容を検討し、それぞれの国が批准することになります。日本は政権が安定し、可決批准するハードルが最も低い国の一つとされ、日本のリーダーシップがまずはポイントとなります。 通常、各国の議員はTPPの内容を精査するため、数か月程度の時間をあてがわれ、その後、審議に入ります。この審議が曲者で必ず反対派は存在し、関連産業、業界ではロビー活動も活発に行われています。よって様々な議論が想定されるわけですが、この署名された内容は修正が出来ず、take or leave it(無条件で飲むか拒否するか)しか選択肢がありません。 批准は書名から2年以内を目標としていますから上手くいっても発効そのものは2018年ごろになる見込みです。 さて、その中で一番注目されるのはアメリカの動きでしょう。オバマ大統領は氏がまだ大統領でいるうちに批准させたいと考えているようですが実態は厳しいように見えます。これは民主、共和ともに反対派が存在し、クリントン候補も「現時点では賛成しがたい」と発言している意味を慎重に考える必要があります。オバマ氏の描く批准に対して議会を相当紛糾させることで時間稼ぎをし、オバマ大統領のレガシーにはさせない勢力が勝るようです。TPP交渉が閣僚会合で大筋合意し、共同記者会見に出席した甘利明TPP担当相(左)とフロマン米通商代表部(USTR)代表=2015年10月6日、米アトランタ(共同) では、クリントン氏が「現時点では」と述べる理由の裏は何でしょうか?多分、選挙を考慮しているものと思われます。今、TPP賛成の旗を振ることは大統領候補としては不利な立場に追いやられるとみていないでしょうか?とすれば、それは議会の思った以上に強い抵抗勢力とも受け止められ、新大統領が決まった際にちゃぶ台返しがないとは言い切れない気がします。それぐらい今のアメリカは一枚岩ではなく、微妙なバランスを維持している感があります。 アメリカが批准しなければどうなるのか、ですが、結論から言うとTPPは流れます。 TPPは発効の前提として参加国全てが批准するのが前提です。原則一カ国も脱落が許されません。仮に2年以内に全ての国で批准できなければ「国内総生産(GDP)で全体の85%以上を占める6カ国以上の批准」が条件となっています。このGDP 85%を満たすにはアメリカ(60%)と日本(17%)が批准しないと絶対にパスできない為、アメリカの不参加はTPPの不成立を意味するのです。 以前にも申し上げました通りTPPの関門は貿易、関税だけではなく人の往来を緩和するところもポイントです。ところがテロが頻繁に起きている現代に於いて国家はその門戸をなるべく細目にする傾向が強まります。欧州を自由に行き来できるシェンゲン協定の行方が注目されています。テロリストが自国に自由に入り込めるからで協定参加国の中で国境管理が甘いところがあればそこからなだれ込む図式が懸念されているのです。 とすれば、TPPが内包する人の往来の緩和はシェンゲン協定とは違うものの当然、各国としては言葉通りに受け止められない事象となるでしょう。ところが冒頭に申し上げたようにこのTPPの草案は修正不可であります。よってそれを受け入れたくない派閥は批准遅延策に出るしか対抗手段がなく、結果として時間切れすら想定できることになります。 先日駐日カナダ大使の講演においてTPPについてちらっと触れていたのですが、正直、全く前向きな感じがしませんでした。「我々はアメリカにフォローする」というスタンスだったのですが、これは裏を返せばカナダとして国内でTPPを批准するにはアメリカというドライバーが必要で、さもなければ国内の反対派を押し切れないと聞こえます。 マスコミはアメリカの批准の可能性は5分5分(つまりTPPの成立の確率も5割という意です)と見ていますが、私はもう少し分が悪い気がします。あとは今後2年間の経済状況、テロ問題、中国の動きが展開のカギを握るかと思います。 甘利大臣はそこまで持つか分かりません。今回の報道が週刊文春に書かれている通りだとし、賄賂を渡した証拠があるとすれば大臣職を全うするのは厳しくなります。それは国内批准の責任者すら全うできなくなる意でもあります。 TPPには相当の逆風が吹き荒れているという感がいたします。(ブログ『外から見る日本、見られる日本人』より2016年1月25日分を転載)

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    中国経済崩壊で「韓国のデフレ不況突入は確実」と三橋貴明氏

     不動産バブルに加えて、株式バブルも崩壊した中国経済。GDP世界2位の大国が揺れている。習近平政権はなりふり構わぬ株価維持政策に出たが、それも再び暴落するのは時間の問題だ。その時には経済だけでなく社会も大混乱に陥るのは必至だろう。 起死回生を狙ったアジアインフラ銀行(AIIB)も、実は中国が抱える悩みを解決するためだけに作られたもの。資金提供したヨーロッパ諸国は痛い思いをすることになる羽目となる。中国経済崩壊により、世界はどうなってしまうのか。日本はどうすればいいのか。このほど中国での現地取材と詳細なデータを読み解いた『中国崩壊後の世界』(小学館新書)を上梓した気鋭のエコノミスト・三橋貴明氏に話を聞いた。* * *──世界中が注目する中国の現状はどうなのか。三橋:2015年の9月に中国に向かい、大連、オルドス、北京と周り、様々な人々に取材した。特に驚いたのはやはりオルドス。高速道路や高層ビルなど見た目のインフラは異様なほど充実している。空気も中国とは思えないほどきれい。ところが、人間がいない。現地に住む中国人に聞いたところ、10万人程度が住めるマンション群に暮らしているのは100人程度とか。しかも、住んでいるというよりも、オルドス市が補助金を出して、薄給の清掃員やタクシー運転手などに「住んでもらっている」状態とのことだ。 ゴーストタウンというと廃墟をイメージするが、オルドスはインフラが整っているだけに逆に不気味な感じを受けた。2010年までオルドスは中国で1人当たり国民総生産が中国全土で1位だったのに、主要産業だった石炭価格の暴落に加え、習近平の“大気汚染政策”が追い打ちをかけて、この有り様だ。5年後、この街はとんでもないことになっているだろう。さらに、詳しくは『中国崩壊後の世界』を読んでいただきたいが、オルドスには驚くべき地区が存在するのだ。これはまさに中国の歪みの象徴といえるだろう。──それでも中国が発表する経済成長率は7%近くと高いままだ。三橋:そもそも、中国が発表する数字そのものが嘘だらけ。何といっても、地方政府が発表するGDPを全部足すと、中国国家統計局による全国GDPを日本円にして54兆円も超えてしまう。地方政府はGDPを上げなければ共産党における出世の道が閉ざされるから、そんなことを平気でする。直近の鉄道貨物輸送量が10%以上落ち込んでいるのに、経済成長率はびくともせずに7%などあり得ない。はじめから、7%という数字ありきなのだ。──中国の産業構造に問題がある。三橋:中国は過剰投資しすぎた。鉄鋼を例にとれば、中国の粗鋼生産量は年間8億トンにも関わらず、生産能力は12億5000万トン。設備稼働率は65.8%。明らかに供給過剰だ。日本の鉄鋼の生産規模は1億1000万トン。中国は余剰供給能力だけで日本の生産規模の4倍にも達している。中国国内の鉄鋼需要は50~60%が建設や不動産、インフラ部門が占めていた。不動産バブルが継続するという前提だ。しかし、不動産バブルは崩壊している。 鉄鋼の供給過剰を国内で吸収することができない、ということを考えれば、AIIBの設立に躍起になるのも説明がつく。逆にいえば、AIIBを強引に設立し、世界中から資金調達した上で、アジア各地にインフラ投資を実施していく以外に、国内の鉄鋼等の供給過剰を昇華する道は残されていないというわけだ。供給過剰問題は鉄鋼だけでなく、自動車産業にも当てはまる。100社以上がある2015年の各自動車メーカーの稼働率は5割前後だ。すでに日米をはじめとした主要国の投資は大幅に激減している状態だ。──中国が供給過剰状態となると、中国に資源を輸出していた資源国はたまったものではない。三橋:現に、豪州やブラジルといった鉄鉱石を輸出してきた国々は深刻な状況に追い込まれている。ブラジルなど政治的要因も重なって、国債の格付けは下がる一方だ。石油輸出国であるロシアや中東諸国も大きな打撃を受けている。──影響を受けるのは資源国だけではない。三橋:最悪なのは韓国だ。韓国のインフレ率は約50年ぶりの低水準0.7%と1999年のアジア通貨危機の時よりも悪い。内需が低迷し、インフレ率が上がらない状況で、外需まで失速する。まさに内憂外患の状況だ。しかも、韓国の場合、「製品輸出国」といて中国に依存してきた。その中国にしても同じような仕組みで発展してきた。つまり、補完関係ではなくライバル関係なのだ。 中国企業は急速に韓国企業にキャッチアップしてきている。すでにサムスンに代表されるスマホなど6分野ですでに中国企業に追い抜かれてしまっている。このままだと韓国は深刻なデフレ不況に突入するのは確実だ。通貨危機の再来の可能性もゼロではない。──日本はどうなるのか。三橋:もちろん、中国経済崩壊によって、まったくダメージがないわけではない。中国に多額の投資をしてきた企業は頭を抱えているし、爆買いも終われば旅行産業や小売業界も打撃は受けるだろう。しかし、日本の対中輸出対GDP比率は2.5%に過ぎない。仮に中国への輸出がゼロになったとしても、日本のGDPは2.5%マイナスになるに過ぎない。 しかも、中国の日本からの輸入は「資本財」が中心だ。日本から資本財を輸入しない場合、中国は自らも生産が不可能になってしまう。そんなことは、中国共産党が崩壊するなど革命的かつ歴史的大事件が起きない限り、絶対にあり得ない。関連記事中国のネットで「南鳥島も古来より中国領土」との意見出る中国不動産バブル崩壊の影響はドバイ・ショックの1000倍説投資家に愛された中国経済 “思春期”過ぎて深刻な“老化”進むバブル崩壊で中国政府がさらに反日工作の可能性と大前氏指摘【中国人のジョーク】尖閣でTwitterやFB開かなければ中国領

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    中国発「世界恐慌」の兆しが見えた

    中国が世界の株式市場に暗い影を落としている。7日の上海市場は前日比7%安と急落し、相場の急変時に取引を停止する「サーキットブレーカー」が4日に続き2度目の発動となり、取引開始からわずか30分で売買が全面停止する事態となった。チャイナリスクが「世界恐慌」の悪夢の引き金となる日は来るのか。

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    公式統計では分からない中国経済の実態が分かる「ザーサイ指数」

     中国メディアで最近、よく出てくる言葉として「ザーサイ指数」というのがある。中国を代表する漬け物、ザーサイ(搾菜)の各地の消費量から、その地域の出稼ぎ労働者を推測し、景気状況を判断するときの指標である。背景には、中国各地政府が発表する経済数値にはねつ造されたものが多く、公式データだけでは正しい経済状況を判断できない事情がある。 いまの中国には計2億6000万人の農民工と呼ばれる出稼ぎ労働者がおり、そのほとんどは建設業か製造業に従事しているといわれている。仕事があれば同じ地域に出稼ぎ労働者が一気に集中するが、仕事が減ればすぐに別の場所に移る。単身赴任の男性が多い農民工が最も好む食べ物の一つがザーサイだ。 各地のスーパーで70グラムの袋入りのザーサイは約1元(約19円)で売られている。一袋があれば、昼と夜の2回のご飯のおかずにもなるので、収入の少ない農民工にとって有り難い存在となっている。ある都市でのザーサイの消費量が急増すれば、その地域に農民工が殺到し、景気が良くなっていることを意味する。 直接選挙のない中国では、各地域の経済成長が同地域の指導者の能力を評価する重要な指標になるため、景気が減速すれば、指導者は数字を水増しして報告することが一般的とされ、中央政府は報告された数字が正しいかどうかはなかなか判断できない。 しかし、各漬け物メーカーが発表している各地のザーサイの売り上げと一緒にみれば、その地域の本当の景気がみえてくるという。数字を大きく発表すると税金が高くなるので漬け物メーカーは数字を水増しして発表することは考えにくいからだ。重慶市にある大手漬け物メーカーの数字では、2011年の広東省のザーサイの売り上げが劇減し、湖南省で大幅に伸びたため、農民工たちは沿海部から内陸部に移動しているという景気動向を判断できるというわけだ。 中国メディアによれば、中国共産党の指導者も「ザーサイ指数」を重要な参考指標にしているという。実は地方政府だけではなく、中国の中央政府も同じように統計数字がねつ造している。具体例としてよく挙げられるのは失業率の統計だ。 胡錦濤政権がスタートした2002年は4・0%だったが、それ以降10年以上にわたり、4・0%から4・3%の間で極めて狭い幅のなかで上下している。国内の経済学者の間で、「永久不滅な4%前半」と揶揄されている。この間、中国ではSARS(新型肝炎)の危機があったほか、北京五輪前の好景気と米国発金融危機後の製造業倒産ラッシュを経験している。上海証券取引所のA株(国内株)の指数は約1000点(2005年12月)から6100点以上(2008年1月)に暴騰したあと、また2200点前後(2013年9月)に戻るなど乱高下している。 失業率を適正に統計していたら、株価と同じように激しく上下する結果が出るのが自然だが、そうならなかった。中国の政府関係者は「失業率の高い数字が社会不安につながり、低い数字は地方に『景気が良い』という誤ったメッセージを与えてしまうため、4%前半にしている」と説明し、数字を人為的にいじっていることを認めた。 中国で経済指標のねつ造は毛沢東時代に遡ることができる。1950年代末から60年代初めにかけて最も顕著である。元新華社記者、楊継縄氏の著書『毛沢東 大躍進秘録』(文芸春秋)によれば、河南省のある県の生産大隊は、農地1ムー(中国の土地面積の単位。6・667アール)当たりの作物が1000キロあると報告した途端、翌日に隣の大隊は1700キロと報告し、さらにその翌日、別の大隊は3600キロだと報告した。数字がロケットのように吊り上げられ、その年の中国全国の農村の生産業を合計すると、世界の全農業生産量まで超えてしまったという事態になった。 周恩来首相(当時)も、各地から報告された数字を信用していなかった。独自の方法でチェックしていたという。当時の北京には水洗トイレがなく、市内のすべてのトイレから回収され糞尿は、馬車やトラックで肥料として農村部に運び出される。周首相は毎日、必ず市外に出る糞尿の量をチェックし、その数字から北京市民が十分に食えているかどうかを判断していたという。 ザーサイ指数が重要視されているいまの中国は、50年前とあまり進歩していないようだ。

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    中東の断裂が中国の希望を砕く

     [チャイナ・ウォッチャーの視点]小原凡司(東京財団研究員・元駐中国防衛駐在官) 2016年は物騒なニュースとともに明けた。1月3日、「サウジアラビアのジュベイル外相が、イランとの外交関係を断絶すると表明した」と、サウジ国営通信が伝えたのだ。日本にも衝撃が走ったのは、サウジとイランの国交断絶が、第5次中東戦争の危険さえ孕んでいるからだ。 イスラム教スンニ派が国民の85%を占めるサウジアラビアとイスラム教シーア派が91%を占めるイスラム大国イランの間の対話のチャンネルが切れたということは、スンニ派とシーア派の間の問題解決の手段は戦争しか残されていないという意味でもある。 サウジアラビアに続いて、サウジアラビアと同じスンニ派の王族が支配しているバーレーンと、スンニ派が国民の多数派を占めるスーダンも、イランとの外交関係を断絶すると発表した。まさに、中東で、スンニ派とシーア派の断裂が起こっているのだ。サウジの影響力低下は織り込み済みの米国海軍を増強してきた中国だが……(Getty Images) 中東の断裂は、米国や欧州各国が心配する事態であるが、サウジアラビアに対する米国のグリップが効かなくなっていることを示すものでもある。欧米及びロシアは、核兵器開発に関してイランと合意に至っているが、米国のイランに対する融和的姿勢はサウジアラビアにとって許容できないものだ。イランの核問題を解決に向かわせる代わりに、米国はサウジアラビアに対する影響力を失ったのだと言える。 サウジアラビアに対する影響力の低下は、米国にとっては織り込み済みだという分析もある。米国は、イランの核兵器開発の中止を優先させたのだ。一方で、米国のメディアは、オバマ政権は、同盟国であるサウジアラビアとの関係を再構築しなければならないという圧力に晒されていると報じている。 米ロ両国は、サウジアラビア及びイラン双方に自制を求めている。すでに、ケリー米国務長官が事態の緊張緩和に向けて動いている。ロシアも、「イランとサウジアラビア間の関係改善のため仲裁する用意がある」としている。米ロともに、中東での大規模な衝突を避ける努力を見せるのは、中東で、スンニ派とシーア派が衝突すれば、米ロも巻き込まれる可能性があるからだ。 中東で大きな影響力を持つ、サウジアラビアとイランの対立は、中東を二分した軍事衝突に発展しかねない。現に、バーレーンもスーダンもサウジアラビアに追随している。シーア派の盟主の地位を回復したいイランは、イラク及びシリアとの連携を深め、いわゆる「シーア派ベルト」を構築しようとするだろう。米国は、同盟国たるサウジアラビアが戦闘状態になれば、無視することはできない。シリアを支援し、イランとも良好な関係を持つロシアも、黙っていられなくなる。中国は中東情勢をどう見ているのか? 米ロが、軍事衝突を避けるようにサウジアラビア及びイラン双方に自制を求めているのに対して、中東や地中海沿岸国に影響力を強めつつある中国は、情勢をどのように見ているのだろうか。米国や国際社会の関心が中東に向かえば、南シナ海における中国の自由度が高まると考えられることから、現在の状況を歓迎しているのか。いや、問題はそのように単純なものではない。 中国にとって、中東の断裂は、「中華民族の偉大な復興」という中国の夢を砕く可能性を持つ深刻な事態である。そもそも、中国が南シナ海をコントロールしたいのは、米国の対中武力行使を抑止しつつ、インド洋から地中海にかけての米海軍のプレゼンスを少しでも低下させるために、南シナ海を航行する米海軍艦隊にコストを強要したいからだ。 米国海軍のプレゼンスを低下させることができれば、地中海等における中国海軍のプレゼンスも活きてくる。そのために、中国は空母や大型駆逐艦を建造し、海軍を増強しているのだ。地域に対して、中国の影響力を行使できることが重要なのである。影響力を行使して中国が実現したいのは、「一帯一路」イニシアティブによる、中国が主導する巨大経済圏の創出である。 「一帯一路」が中央で破壊される「一帯一路」が中央で破壊される 中国の「一帯一路」の終点は、地中海沿岸国であり大西洋東岸である、とされる。もし、中東の断裂が深刻になり、軍事衝突を起こすことになれば、中国の「一帯一路」は、その中央から破壊されることになる。さらに、「21世紀の海上シルクロード」構築の重要な目的の一つであるエネルギー資源の海上輸送の出発地が衝突のただ中に置かれ、海上シルクロードの意義さえ失ってしまう。 中国にとって、「一帯一路」は、米国のアジア回帰によって生じる米中対立を避け、西へ向かうものである。そして、中国の継続的な発展をかけた経済活動の海外への展開でもある。もし、中国の経済発展が停滞したら、国内の経済格差は解消できず、社会は安定を失う。共産党の統治が危うくなるという意味だ。 中東の断裂は、中国の経済発展戦略を根底から覆すかもしれないのである。中国は、米国やロシアと異なり、イランかサウジアラビアのいずれかの側に立つことなく、双方とも良好な関係を築こうとしてきた。海外にニュースを発信する中国メディアは、「サウジとイランの断交は、中国に大きな難題をもたらした」と報じている。 中国は「黙って見ている訳にはいかない」としつつも、その立場は複雑である。今さら、サウジアラビアかイランかの、どちらかの側に立つことができないからだ。中国は、イランにもサウジアラビアにも、巨額の投資をし、安全保障面での協力も強化している。 中国国内の報道は、事実を伝えるに止まっている。現段階では、それ以上に踏み込むことが難しいのだ。中国は中立の立場を崩していない。中国が見ているのは、サウジアラビアとイランだけではない。米国とロシアの動きが問題である。 中国は、中東等の地域において、米国と影響力行使の競争をするために、海軍の増強に努めてきた。しかし、中国にとってみれば、中東の断裂は、早く起こり過ぎた。現在の中国の軍事力では、米国とのプレゼンス競争に勝てないばかりか、地域に影響力を行使することも難しい。中国は、サウジアラビア及びイランに対する自らの影響力が十分でない以上、米ロがプレイする大国のゲームの中で行動せざるを得ない。中東の情勢を安定させるにも、米ロの影響力次第ということである。 中国は、サウジアラビアとイランの緊張を緩和するための、米国とロシアの取り組みに、どのように関わるかを模索している。サウジアラビアとイランのバランスをとり、緊張を緩和するためには、中国は米国とも協調的な姿勢をとるだろう。海軍力増強の必要性を思い知る中国 しかし、問題は、サウジアラビアとイランの間で軍事衝突が起こってしまった場合である。中国は、中東において、米国の影響力が強くなりすぎることを警戒している。米国がサウジアラビアを強力に支援して、地域のパワーバランスが崩れそうになったと認識したら、中国は、南シナ海において、米海軍に対する圧力を高めるかもしれない。中東に展開する米海軍艦艇の航行を妨害するのである。 中東で軍事衝突が生起すれば、中国は石油の輸入にも窮することになる。せっかく、ロシアからの天然ガスの購入等によって、ウクライナ危機で経済的窮地に陥ったロシアを助ける形になっているものが、今度は中国がロシアに助けてもらうことになりかねない。これも中国にとっては避けたい状況である。いずれにしても、中東における軍事衝突は、中国にさらに難しい問題を突きつけることになるのだ。 しかし、中東の断裂という状況は、中国に軍事力、特に海軍力増強の必要性を思い知らせるものになっただろう。中国人民解放軍の改革は始まったばかりであるが、中国が改革を加速し、空母打撃群を、早期に、インド洋から地中海に展開しようとすることは間違いない。中国は、大国として地域情勢に影響を与えてこそ、自らが生き残れると考えているのだ。

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    中国経済はどこへ向かうのか? 発展と貧困併存

    [チャイナ・ウォッチャーの視点]富坂 聰(ジャーナリスト) 2015年の幕が閉じようとする中国社会では、二つの相反するニュースが人々の話題をさらった。上海市長寧区の貧困地区。古くからの個人店が立ち並ぶ(iStock)格差社会の相反する現実に揺れる中国 1つ目は12月上旬のことだ。四川省欅枝花市の25歳のタクシー運転手が借金を苦に川に身を投げるという事件が起きた。こうした事件は中国では決して珍しくないが、このニュースが全国区となるきっかけがあったからだ。それは、水死体となった息子の遺体が見つかったものの、貧しい農民である両親がそれを引き上げる費用をねん出することができず、ずっと遺体を放置したまま岸部で泣き続けるという問題が起きたからだった。 当初、付近の漁民たちが提示した金額は1万8000元(約36万円)だったが、事情をかんがみ交渉の末に8000元にまで値は下げられたというが、それでも両親は払うことができなかったという話だ。 地元の『華西都市報』などが大きく伝え、貧困の現実に多くの中国人が震えた。 そして2つ目は12月14日、『経済参考報』が伝えた記事で、タイトルは〈(著名な経済学者)林毅夫が予測 2020年には中国人1人当たりのGDPは1万2615ドルに達する〉だった。 高速成長の時代を過ぎ経済の停滞期を迎えたとされる中国だが、“中所得国の罠(1人当たりのGDPで3000ドルから1万ドルの間の国が急速に落ち込むことを指す)”を脱し、先進国の仲間入りをするとの予測を紹介した記事である。予測したのは北京大学国家発展研究院の教授である。中国の現在(2014年)の1人当たりのGDPが8280ドルであるから、単純に5年後に1・5倍となる計算だ。 前者の視点で材料を集めれば、明日にでも中国が崩壊に向かうという記事を書くことは簡単であり、その逆もまた真なりである。その意味では来年もまた無責任な崩壊論と礼賛論が中国の周りではかまびすしくなることだけは確かなようだ。 そうした雑音はさておき、2つのニュースが示しているように2つの相反する事実に中国が揺れていることは間違いない。そして大きな難題を抱えた習近平指導部が、いったいどのように問題と向き合おうとしているのかをみることは、中国の未来を占う上での基本的な態度ということになるのだろう。危機感強まる指導部危機感強まる指導部 打ち出した経済の方向性とは 私自身、胡錦濤指導部の時代には、中国が抱える問題の大きさに対して指導部の示した危機感が薄すぎると中国の未来を悲観していたが、習近平の時代になり1日500人以上というペースで党員を処分する取り組みなどに接すると、いまの指導部が強い危機感を抱いていることが理解できた。またそれは国民にも伝わり、社会の空気を変える作用もある程度は果たしている。 指導部の危機感は、秋に行われた中国共産党中央委員会第5回全体会議(5中全会)で発表された「13次5か年計画(=13・5)」にもくっきりと刻まれている。 今後5年間の中国経済の方向を決めた「13・5」の特徴は、以下の5つのキーワードで理解することができるとされる。 ①創新(イノベーション) ②緑色(エコ・環境) ③協調 ④開放 ⑤「共享」(利益の平等分配) なかでも焦点は⑤の「共享」とされるが、そのターゲットは貧困である。より具体的には中国になお残る7000万人ともいわれる極貧層(1日1ドル以下で暮らしている人々)があるとされるが、これを5年後に撲滅するというものだ。 実は、習近平は「13・5」の前から脱貧困については積極的に言及してきていた。現状、貧困の実態に関するニュースがメディアに多く見られるのは、それが一つのトレンドになっているからなのだ。 目下のところ指導部の意図がどこにあるのか――「貧困層のかさ上げによって新たな発展の余地としようとしているのか」、それとも「社会の安定のためには避けられない優先事項」と考えられたのか――判然とはしない。しかし、少なくとも分配を見直すという方向には向かうことが予測されるのだ。 この「13・5」を受けて、12月14日に召集された党中央政治局会議では、より具体的に2016年の経済運営のための“10大任務”が確定された(新華社)という。 ここでそのすべてを記すことはできないので要約を並べて見たいが、特徴は①に個々人のイノベーションを推進し新たな発展につなげることを掲げ、②に企業の淘汰を促しつつ、③社会保障や税金、電力といったコストを低減してゆくとしている。また、④として不動産に関しては在庫処理に注力しながら出稼ぎ労働者の都市への定着を推進し不動産の取得を促すことを打ち出し、金融では⑤として効率の良い資金供給のためのインターネットの活用を掲げ、同時に不良債権処理でのハードランディングを避ける⑥としている。さらに、⑦で国有企業改革、⑧で国民生活、⑨で一帯一路構想の推進、⑩で外資との協力と知的財産権の保護を打ち出しているのだ。 これらが中国が今後取り組む優先課題だということだ。逆から見れば、中国がいまどんな問題を抱えているのかが良く伝わってくる内容でもある。上海のパノラマ(iStock)米国との摩擦の懸念 1点だけ、このなかに挙げられていないが重要だと思われるのが高付加価値化に向かわざるを得ない中国の道標である。かつて太陽光発電を次の成長エンジンの一つにしようと目標を掲げたときのようにITを重視するかと思われたが、それはどうなったのだろうか。 実は、この点において懸念されるのは次の発展の場所を中国がITと定めたとき、どうしてもアメリカとの間で深刻な摩擦が起きてしまうとされていることだ。これは太陽光パネルをめぐって、いまは蜜月の欧州との間で深刻な摩擦が発生したことにもつながる問題だ。 一説には、このところ急速にアメリカ国内で中国警戒論が広がった背景には、シリコンバレーが本気で中国を警戒し始めたことと無関係ではないとも言われる。 そういった意味で中国は、アメリカとの調整が本格化する1年だということができるのではないだろうか。国際社会における中国の立場を考えてもアメリカとの関係は重要だ。しかもアメリカは大統領選挙の年である。毎回、中国に対する攻撃が最も強まる1年でもある。つまり2016年を位置づけるのであれば、米中関係の調整から目が離せない1年ということが言えるのではないだろうか。

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    先進国が恩恵受ける2016年経済 イノベーションは起こりえるのか

     [中島厚志が読み解く「激動の経済」]中島厚志(経済産業研究所理事長) 2015年の世界経済は、中国経済減速や資源安での新興国経済停滞などがあり、元気のない中で終わろうとしている。アメリカ経済だけが一人勝ちの構図だが、雇用改善で消費堅調といったプラス要因に混じってドル高といったマイナス要因もあり、さらに成長率を高めるようには見えない。2016年の世界経済も、現在と同じような要因が続いて方向感に乏しい展開となろう。iStock だが、2016年の内外経済を見るに当たっては、背景にある世界経済の潮流変化を見逃すことはできない。シェール革命下のアメリカ経済と構造調整で減速する中国経済が原油安資源安とドル高をもたらしていることで、世界経済は今までの高成長する中国、原油高資源高と新興国経済の隆盛とは違った局面に入っている。 この新たな局面は、いままで恩恵を受けてきた国々と恩恵が乏しかった国々が入れ替わる局面とも言える。それは、恩恵を享受できなくなった新興国や資源国から、新たに恩恵を受ける非資源国とりわけ先進国への主役交代でもある。 今後の世界経済では、けん引役としての期待が先進国に一層強くかかることとなろう。その上で、少子高齢化が進み、潜在成長率が落ちている先進国が真に世界経済を牽引するには、大きなイノベーションの可能性を増すことしかない。入れ替わった世界経済のけん引役 世界経済の大きな変化は、所得水準別に国々の一人当たり経済成長率を見ると分かる(図表1)。かつて、世界経済は先進国が名実ともにけん引していた。そして、1980年代まで、中低所得国では人口増に成長が十分には追い付かず、一人当たりの経済成長率が先進国以下の時代が続いた。 しかし、90年代になると、アジア諸国などが高成長を実現し、中所得国が大きな成長を遂げる時代に入る。2000年以降は、中国経済の高成長や原油・資源高などにけん引されて、低所得国が大きな成長を果たす番となった。 現在は、これら中低所得国経済が大きな転機を迎えている。中国経済の減速や原油・資源安で今後恩恵が乏しくなる国々は多くの中低所得国が属する資源国であり、新興国である。 一方、現在新たに恩恵を受けている国は原油・資源安とドル高がプラスに効く非資源国であり、とりわけ輸出力を持つ先進国などである。また、日米欧諸国での低金利も景気回復を支える。アメリカや日本では、それに加えて労働需給ひっ迫が賃金上昇圧力となって消費を支えることにもなる。恩恵を受ける先進国も成長率高まらず もっとも、恩恵を受けているからと言って、先進国の経済成長率が大きく高まるとは見込みにくい。原油安が進む現状では、世界最大の産油国アメリカの経済けん引力も限定的である。また、ドル高は家計の購買力を高めて消費を支えるが、原油安との組み合わせでのドル高ではアメリカ企業の収益はなかなか伸びず(図表2)、経済成長が高まることにもなりにくい。 ユーロ圏経済では、財政健全化が制約要因となる。とりわけ、中核をなすドイツ経済が健全財政を堅持しており、大きな経常黒字や家計の消費余力があっても域内経済回復の機関車役を果たしそうにない(図表3)。 日本経済も底堅く回復するも、ほどほどの成長しか期待できそうにない。原油安、通貨安、低金利のトリプル安の恩恵等があるものの、少子高齢化で国内市場は大きくならず、国内生産の停滞と海外現地生産の拡大も止まらない。 新興国経済の成長率が落ちる一方で先進国経済の成長率が大して高まらなければ、世界経済の成長率は高まらない。なにより、恩恵を受ける国々が入れ替わる世界経済の下では、新興国・資源途上国隆盛で縮小方向にあった世界の人々の経済格差が再び拡大に転じかねない。打開策はイノベーションの加速 しかし、時間はかかるものの、打開策はある。それは、久々のトリプル安の恩恵を生かして先進国が大きなイノベーションを生み出し、世界経済を活性化させることである。 日本経済も同じ立場にある。トリプル安に支えられても、現在の日本経済には元気がない。大きな背景は少子高齢化にあるが、史上最高の収益を挙げながらも企業に投資や雇用賃金を増やす動機を乏しくしている不透明な経済動向も要因として挙げられる。企業のイノベーション力が高まれば、企業の先行きへの不透明感も減じることとなる。 もちろん、いくらイノベーションが生まれればと言っても、大きなイノベーションは容易には生まれないし、産業革命クラスのイノベーションとなれば起きるか起きないかすら分からない。 ただし、イノベーションの可能性を高める手はある。一つは財・サービスの差別化を徹底し、生産性を引き上げる投資を増やすことである。日本の平均設備年齢はかつてないほど高齢化老朽化しているが、潤沢な手元資金でその更新を図るだけでも生産性は大いに向上する。 グローバル化も世界中のヒト、モノ、カネを活用する余地を広げてイノベーション力を高めるし、女性・高齢者・高学歴者・外国人を含めた多様な人材の活用も大いに効果がある。そして、内外でのM&Aは多様な人材やノウハウの融合を早める有力手段である。 2016年の内外経済は動きに乏しいものとなる可能性が強い。しかし、世界経済での潮流変化に身を任せるだけでは、中長期的にも低調な世界経済が続き、せっかく縮小してきた世界経済の格差が再度拡大することになりかねない。 ここは、トリプル安を追い風とした先進国の出番であり、イノベーションを加速させることが世界経済に新たな飛躍をもたらすことになる。2016年世界経済の課題と期待はイノベーションの進展であり、それはイノベーションの前提となるヒト、モノ、カネの活用に欧米以上の大きな余地が残っている日本経済にも強く当てはまる。

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    阿鼻叫喚の中国株式市場「サーキットブレーカー」発動の裏側

    渡邉哲也(経済評論家) 新年1月4日、中国の株式市場は日本の国家予算規模である70兆円もの資金が失われる大混乱となった。上海証券取引所と深セン証券取引所で構成されるA株(人民元建て)上位300銘柄で構成されるCSI300指数が大暴落し、サーキットブレーカー(緊急取引停止措置)が発動され、全銘柄の売買が終日停止される事態になったのだ。サーキットブレーカーとは、株価が一時的に急落した際などに発動される仕組みであり、語源は電源回路のブレーカーである。つまり、急激な変化が起きた時に、電気(売買)を遮断することで電気回路(株式市場)を守る仕組みである。中国では今年1月から導入されたわけであるが、開始早々発動することになったわけである。中国の場合、5%下落した場合で15分間、7%下落した場合は終日取引が停止されることになっている。  これは市場参加者の動揺などによる狼狽売りや投げ売りを抑制するとともに、プログラム売買などの暴走を防ぐためにある仕組みなのだ。実は現在、市場に参加しているのは人間だけではない。コンピューターも市場参加者であり、これが大暴落の大きな要因になっている。上海株価の値動きを示す北京の証券会社の電光掲示板。株価下落を示す黄緑色の表示が並んだ=1月7日(共同) 代表格が高頻度取引と言われるものであり、人間とコンピューターの反応時間の差を利用して、売買を繰り返す仕組みである。人間の場合、目で数字を認識しそれを判断し売買を行うのに早くても数秒はかかる。これをコンピューターに即時に判断させ、時間差を利用して数円単位で利益を確定させてゆく仕組みである。しかし、これは市場の大変動時に暴走することが多く、大量の売り注文の発生で株式市場を不安定化させてしまうわけである。サーキットブレーカーはこのような問題への対処として生まれた側面が強い。 では、1月4日の中国株の場合、どうだったのかということになるわけだが、コンピューターの暴走が主要因ではなく、市場に対する失望売りが暴落を促進した側面が強いといえる。その最大の要因といえるのが、大株主や役員などに対する売買停止処置が切れることに対する対応であったと言われている。昨年7月8日、中国当局は株価の暴落を受けて、5%以上保有する大株主と会社役員などに対して、半年間の売買禁止処置を決めた。この期限が来るのが1月8日であり、期限到来を待って売られるという予測で他の投資家が一気に株を売りに出したためと考えられている。 市場原理というのは単純であり、売りが増えれば価格は下落し、買いが増えれば価格は上昇する。そして、市場は売りと買いが自由にできることで適正な価格が導き出される仕組みなのだが、中国の場合、株価を維持するために「売り」を強く規制してきたわけである。このため、大きく歪んだ市場が形成されていたのである。今回の暴落はこの反動の側面が強い。 また、政治的リスクも暴落を後押ししたと言われている。1月2日、中国は南シナ海の人工島への試験飛行を開始した。それに対して、周辺国や米国は猛反発しており、これが戦争リスクを高く引き上げたのであった。ご存知のように米国は昨年10月27日から航行の自由作戦を開始し、中国とは軍事的対立下にある。このような情況で中国が軍事拡大を続けたことで、周辺国との衝突や金融制裁などのリスクが高まったのだ。特に外国人や在外投資家はこのようなリスクに敏感であり、中国市場からの離脱が進んだ側面もあるのだろう。不安定化する中国の為替市場 これを立証する一つのデータとして、中国の為替市場の不安定化が存在する。人民元の市場にはオフショア(外国人が自由に参加できる海外)とオンショア(主に国内)が存在する。実は昨年から、オフショアとオンショアの価格差の拡大が進んでおり、人民元の下落が進んでいたわけである。これは外国人や在外投資家による継続するキャピタルフライトが原因と言われている。外国人や在外投資家が中国の国内資産を売却した場合、その資金を人民元からドルに替え持ち帰ることになる。今年1月4日は、株だけでなく為替も暴落しており、キャピタルフライトが一段階進んだものと考えられるわけである。取引が全面停止され、北京の証券会社で仮眠を取る個人投資家=1月7日(共同) そして、1月5日、中国当局はこれに対処するため、政府系資金を株式市場に投入し、為替市場に対しても大規模な介入を行った。また、大株主に対する売買停止処置を半年間伸ばす事を発表し、売り圧力を弱める方策を採ったわけである。また、為替に関しても、外資系銀行に対して為替業務停止を命じ、外国投資家が売りにくい環境を作ったのであった。 しかし、このような方策をとっても現状維持が限界であり、市場の売り圧力に勝てない情況が続いていた。そして、このような情況を見た外国人投資家は、さらにキャピタルフライトを進めていたものと思われる。そして、今日1月7日、市場開始直後からの売り圧力に耐えられなくなり再びサーキットブレーカーが発動され、終日の売買停止が決定したわけである。 人民元や市場の自由化を進めるとしてきた中国であるが、実際にはその言動とは裏腹の政策を採り、規制や介入により数字をごまかしてきたのが現実である。そして、それは歪みを生み出すだけで解決手段には成り得ないものである。そして、その歪みの反動が今中国に訪れているのだろう。 中国当局が規制を強めれば強めるほど、リスクを嫌う外国人投資家や在外投資家は中国からの資金の引き上げを進め、公的資金などで株価を維持しようと必死になればなるほど、それを利用して高値で売り抜ける。結果的に国内の資産とドルが失われてゆくことになるのだろう。そして、ドルが失われれば国家と通貨の信用も一気に低下することになるのである。

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    「宗主国なき植民地経済」の米中 世界同時株安は没落の契機となる

    増田悦佐(評論家)「万里の長城」ならぬ「万里の長落」 7月下旬から本格化し、8月24日に最初の谷底に到達した世界同時株安を心の底から歓迎する。もちろん、わざわざ最初の谷底と表現したのは、今後まだまだ本格的な下落局面は続くと確信しているからだ。 株安を歓迎する理由は、長年にわたって「日本一国にしても、世界経済にしてもこんなにでたらめな運営が持続するはずはない」と主張しつづけてきた自分の議論の正しさが証明されたというようなケチな料簡からではない。今回の同時株安によって、世界で最大の経済と第2位の経済を擁する2カ国が、どちらも古今東西もっとも無責任に自国民、そして世界中の民衆を食いものにして利権集団がやりたい放題に富を蓄積しつづけるという構図が崩壊する道筋が明らかになってきたからだ。 まずは、次のグラフをご覧いただきたい(図1)。世界中に多大な悪影響を及ぼした株価暴落の震源地である中国の株式市場の存在感を如実に示しているといえないだろうか。 左側は、上海・深せん株式取引所上場銘柄のなかから、とくに流動性の高い大型株300種を選りすぐったCSI300の値動きを、今年の年初から8月24日までにわたって描いたグラフだ。8月初旬から24日までの下げもきつかったが、じつは6月中旬に天井を打ってから7月初旬までの下げのほうが、もっときつかった。そして、この中国株の下げに触発されて、8月初めから24日にかけての世界同時株安が勃発したわけだ。 さらに、右側のグラフは、世界の株価大暴落のワースト7を年代順に列挙したものだ。さらっと眺め渡しただけでも、金融市場の大混乱に米中両国が及ぼす影響力の大きさがわかる。「第2の」あるいは「21世紀のブラックマンデー」と呼ばれる8月24日に至る株安には、もう「万里の長城」ならぬ「万里の長落」という魅力的なあだ名がついている。株価の実勢としていえばいまはまだ中間集計の段階なのだが、それでも42〜43%の暴落となっている。 世界同時株安を招いた事例のなかで、今回の中国発大暴落を上回る下落率を記録したのは、大恐慌から大不況へと転落していった1929〜33年のニューヨーク市場の82〜83%と、第1次オイルショックが勃発した1973〜74年のロンドン市場の63〜64%、そして、国際金融危機に見舞われた2008年のニューヨーク市場の57〜58%だけなのだ。 妙な国威発揚意識、あるいは自虐史観から「1989〜2003年までの14年間で80%強の大暴落となった日本の株価・不動産バブル同時崩壊が収録されていないのはけしからん」と息巻く向きもおありかもしれない。だが、14年もの長期にわたる山あり谷ありの展開を通算して80%安というのは、投資家にとって逃げたり隠れたりする場所のある下げ方だった。それ以上に重要なのは、当時の日本株大暴落は国際的にはまったく無視できるほどの孤立した現象であって、世界中の株式市場で日本株に連れ安した市場は皆無といえるほど少なかったことだ。 ここでもまた、あれほど急騰していた日本株を世界に売り歩いたり、逆に日本株のカラ売りというアイデアを世界に売り歩いたりする企業家精神あふれる金融業者の不在をお嘆きの向きもあるかもしれない。だが、世界中があまりにも極端な拝金主義の誤りに冒されているときに、そんな時流に乗りきれず孤立していたのは、日本の醇風美俗の表れとしてむしろ高く評価すべきことではないだろうか。それは、世界中の金融市場に及ぼす影響がとくに顕著な米中2カ国の共通点は何かと考えたとき、はっきりしてくる。米中は「宗主国なき植民地経済」米中は「宗主国なき植民地経済」 表面的には、米中2カ国は水と油といえるほど、かけ離れた思想信条・価値観をもった国々に見える。だが、その根底には両国とも「宗主国なき植民地経済」を経営しているという大きな共通点があるのだ。ホワイトハウスで開いた共同記者会見後、握手するオバマ大統領(右)と中国の習近平国家主席=2015年9月25日(UPI=共同) もともとその土地に住みついていた人たちのあいだでの売り買い交渉の積み重ねのなかで成長してきた経済は、基本的に売り手も買い手も多少なりとも妥協しながら、お互いに極端な不満の残らないところで妥協する市場経済を体現している。当然、国家、政府、官僚がこの自由な交渉を統制し、操作しようとすることには自然な反発が生ずる。 ところが、植民地経済はまったく違う。そもそもの始まりからして、宗主国の王侯貴族や、官僚や、軍人や、本国ではうだつの上がらない一旗組や、本国での長い収監生活よりは、年季奉公以後の自由の獲得を夢見た重罪人が、本国ではとうてい得られないような収入を確保するために設計された統制経済として出発したのが、植民地経済なのだ。「大英帝国の王冠のどまん中に光り輝くダイヤモンド」と称賛されたインドに赴任した下級貴族、下級官僚は任地では本国で稼げる収入の10〜20倍の年収があったという。 つまり、植民地はもともと特定の利権集団が思う存分荒稼ぎをするために設計された社会なのだ。ふつうの国民経済は市場参加者が平和に「棲み分ける経済」であるのに対して、植民地経済は利権集団が住民たちを「棲ませ分ける経済」だと表現してもいいだろう。この点の認識が、長い歴史のなかでただの1度も植民地として宗主国に徹底的に富をしぼり取られる運命を甘受させられたことのなかった日本人には、とくに欠如している。 ただ、特定の宗主国が植民地を支配していることが明白な状態では、植民地にやってきた宗主国の貴族、官僚、一旗組としてもあまりでたらめなことはできない。統治責任を負っているからだ。しかし、たまたま早めに宗主国は追い払ったが、利権集団が甘い汁を吸いやすい社会構造を温存してしまった国や、植民地支配の構造そのものが隠微だった国では、建前としては統治権を国民全体が共有しているが、実態としては小さな利権集団がやりたい放題という最悪の事態が生ずる。 アメリカは前者の典型だろう。大英帝国という宗主国は早々と撤退に追いこんだが、南部の大綿花プランテーション農園主や、北部産業資本家の切り取り勝手の企業の合併・吸収による価格支配力奪取を野放しにしていた。そのため、宗主国の撤退がつくり出した真空状態に、非常に早くから形成されていた大統領府と連邦議会の政治家・官僚、産業資本家、金融資本家、大農園主の利権集団が居座ってしまった。 それ以来、南北戦争で農園主が追放されたり、産業資本家より金融資本家のほうが強くなったり、いつのまにか経済学者や弁護士やロビイストが忍びこんだりといった紆余曲折はあった。だが、ひとにぎりの利権集団が統治責任を取らない影の宗主国として君臨する構造は一貫して続いている。 植民地経済という構造が隠蔽されている典型が中国だろう。いまだに政治の中心都市は北京だ。北京は大元帝国時代にはモンゴル族という少数民族が、そして大清帝国時代には満洲族という少数民族が、圧倒的に人口の大きな漢民族を支配するために設置した人工都市だ。また、現代中国の経済中心地は上海だが、これは田舎の小さな城塞都市のそのまた郊外の小さな村が、フランスの租借地となってから急激に発展した都市だった。「中国共産党が宗主国として君臨しているじゃないか」との反論もあるだろう。だが、13億人の人口に対して約8600万人いる中国共産党員の99・98%は、「善良で健全な思想の持ち主である」というお墨付きをいただくために毎年党費を払っているだけの存在なのだ。労働組合や前衛党の用語でいう専従、つまり共産党活動で飯を食っている人たちはわずか3000人にすぎない。13億人の人口に対するわずか3000人という党専従者の人数は、たしかに特権はすさまじいものがあるだろうが、とうてい階級や階層を形成しているといえる規模ではない。砂上の楼閣のように危うい権力構造なのだ。アメリカが頭脳労働、中国が肉体労働を担うアメリカが頭脳労働、中国が肉体労働を担う さて、しかしながらというべきか、だからこそというべきか、宗主国なき植民地経済では、どんなに悪辣な手段を弄しても巨額報酬を獲得した人間こそ立派な人物だという評価、つまりは臆面もない拝金主義がまかり通る。アメリカと中国は、表面的な思想信条を見ているかぎりほぼ両極端の国々だ。にもかかわらず、アメリカが頭脳労働を担い、中国が肉体労働を担うというかたちでの製造業の国際分業をあれほど親密にやっていけるのも、この拝金主義という裏の思想信条においてはぴったり息が合っているからだ。 しかし、その結果はどうだろうか。アメリカにおける製造業就業人口の慢性的な減少と生活水準の低下であり、中国では工場やオフィスビルの周辺に文字どおりの物理的なセーフティネットを張り巡らさないと飛び込み自殺が絶えないという悲惨な労働環境の両立なのだ。 ここでアメリカの名誉のために、独立直後からほぼ一貫してひとにぎりの利権集団だけがボロ儲けをするが、庶民は悲惨な暮らしに甘んずる国でなかったことだけは、はっきりさせておく必要があるだろう。下のグラフをご覧いただきたい(図2)。 さて、1940〜60年代は庶民の所得ばかりが増え、大富豪の所得が伸びない時期であり、1980年代以降は大富豪の所得ばかりが伸びる時代になってしまった最大の理由は何だろうか。1940年代にはすでにアメリカが世界経済の覇権国家であったし、いまなお覇権国家でありつづけているという大情況に変化はない。だが、それに続く第2の経済大国の座には、様変わり的な激変が起きていた。 1940〜60年代は、ともに植民地として支配されたことのないドイツと日本が第2位の座を争い、結局日本が第2の経済大国となる過程だった。そこでは、典型的なガリバー型寡占業界だったアメリカの自動車産業でさえ、最初はドイツ車、そして最終的には日本車の侵攻によって、GMの圧倒的な優位が掘り崩され、さまざまな業種でのガリバー型寡占の地位が揺らぐという健全な変化があった。その結果、アメリカ国内でも平均的な勤労者の給与・賃金が上がり、大富豪の所得は横ばいという時期が続いていたわけだ。 1980年代以降は、日本の高度成長が減速に転ずる一方、中国の経済的地位が高まり、ついには中国が世界で第2位の経済大国にのし上がる過程だった。こうして、世界の経済大国2カ国が双方とも宗主国なき植民地経済だという異常事態が成立してしまったわけだ。そして、製造業におけるアメリカの頭脳労働、中国の肉体労働という役割分担が定着するとともに、過剰な国内投資のために中国が買いあさる資源を売った資源国の収益をアメリカでの投融資に還流させることによって、アメリカの金融業が高収益産業に変身し、ますますアメリカ国内の貧富の格差も拡大した。 今般の山口組分裂騒動でもわかるとおり、大親分と代貸しが同じ系統、しかもかなり偏向のある系統出身者で占められてしまうのは、やはりまずい状況なのだ。その結果、米中2カ国のみならず、世界中に刹那的拝金主義が蔓延してしまった。第2次世界大戦の敗戦国は所得分配が下に手厚い こういう主張をすると、必ずといっていいほど「あまり能力も高くない人間を優遇していたら、経済成長の妨げになる」といった反論をする人が出てくる。だが、実証研究の結果は、むしろ正反対だということを示している。それがわかるのが、G7と呼ばれる先進諸国の所得水準で下から90%の人たちの所得が、第2次世界大戦後どのくらい伸びていたかを示す、下のグラフだ(図3)。 このグラフは、基本的に第2次世界大戦の敗戦国は、戦後ほぼ例外なく下に手厚い所得分配をするようになったことを示している。これは、政策的に下に手厚く分配をしたというよりも、敗戦国では自国を戦争に導いた知的エリートたちの権威が失墜し、平凡な庶民が自分たちの思いどおりに働くことができるようになった結果、経済成長率も高まり、国民経済を構成する人びとのほとんどに、その成果が行き渡ったという要因が大きかったのではないだろうか。 1990年代以降の日本経済は低成長からゼロ成長へ、そしてときにはマイナス成長へと転落していった。これはまた、日本経済における下から90%の人びとの所得分配率がどんどん低下していった時期でもあった。経済効率についてまちがった観念をもった政策担当者たちが、「経済が減速している時期には、下に厚い所得分配などというぜいたくはできない」という理屈で、賃金給与を抑制させつづけたからではないだろうか。 なお、このグラフをご覧になって、「戦勝国であったフランスも下に手厚い分配をしているじゃないか」とおっしゃる方もいるかもしれない。だが、選挙で選ばれたフランスの正当な政権担当者たちは、開戦直後にナチス・ドイツに降伏し、枢軸国側で戦っていたのだ。フランス人で連合国側についたのは、共和国軍から脱退して自由フランス軍を名乗ったドゴール将軍率いる将兵と、勇敢にレジスタンスを展開したごく少数の人びとにすぎなかった。だから、戦後はフランスでもとくに正統政府を支持しつづけた知的エリートの権威の失墜は激しかった。 ところが、アングロサクソン系の戦勝国は、ほぼ一貫して上に厚く下に薄い所得分配を続けていた。そして、この所得分配の差は、ほぼそのまま年率平均でのGDP成長率の差となっている。つまり、敗戦の結果として社会の上層にいた人たちの権威が失墜し、所得分配が平等化した国ほど成長率は高まり、上層にいた人たちの権威が失墜せず所得分配が不平等性の高いままだった国ほど成長率は低かったのだ。とんでもない連邦ロビイング規制法とんでもない連邦ロビイング規制法 なかでも、宗主国なき植民地経済として、実態を見るとひとにぎりの利権集団の権益が非常に強かったアメリカは、勝者のおごりとしか言いようのない悪法を終戦直後の1946年に制定してしまった。それが、連邦ロビイング規制法だ。 名前こそ規制法となっている。だが、実際にはほかの国なら当然贈収賄という犯罪を構成する特定の利益集団から政治家への「献金」も、連邦議会に登録し、四半期ごとに財務諸表を公開しているロビイスト団体を通じて行なえば、正当で合法的な政治活動として認められるという、とんでもない法律なのだ。こういう法律が議会を通過してしまうこと自体が、アメリカという国は利権集団が統治責任を取らずにボロ儲けを続ける宗主国なき植民地経済であることを証明している。 そして、製造業において中国とのあいだで頭脳労働と肉体労働の分業体制を確立したアメリカは、金融業と国家との関係においては、連邦準備制度と日銀との緊密な協力を通じて、完成された官製相場による永遠の金融ブームを創出しかけていた。つまり、中央銀行が国債を買い入れて金融機関に現金をばら撒くことによって、国債価格の上昇=金利の低下と株価の上昇を未来永劫にわたって維持するという状態が出現しかけていたのだ。 これは、国や大地方自治体や一流企業や大手金融機関や大金持ちにとっては、際限なく借金や起債を続ければ、「穏やかなインフレ」と低金利の相乗効果で、黙っていても儲かるおいしい経済環境だ。だが、自宅を担保に入れなければ大きな借金のできない庶民にとっては、何ひとついいことのない経済環境なのだ。しかも、国が既発債の償還財源に窮したとしても、借り換え債を発行させて不換紙幣を増刷して買い取ってやれば、形式論理上はいつまでも破綻することなく国家債務を増大させつづけることができる。 しかし、この考え抜かれた利権集団の、利権集団による、利権集団のための経済環境もついに破綻するときが来たようだ。中国で行ないつづけてきた過剰投資で、工場の新増設、都市開発、不動産開発、インフラ整備、どれをとっても収益を生むどころか、投下資金さえ回収できない案件が続出しているからだ。「影の宗主国」は撤退する アメリカ国内ではどんなに工夫を凝らして、国と一流企業と大手金融機関の繁栄が永遠に続くような仕組みをつくり上げたとしても、その基盤を支えているのは製造業における米中間の頭脳労働と肉体労働の分業と、中国にエネルギー資源や金属資源を輸出して儲けている資源国の稼いだ外貨をアメリカ国内への投融資に還流させることの2本柱なのだ。この2本柱は、どちらも中国経済ができることなら順調な成長を続け、最低でも現状維持をしてくれなくなったら、崩壊するしかない。 現に、資源国からアメリカへの投融資は、今回の金融市場の大波乱の前から急激に減少していた。直接的には原油価格の低下が原因だ。だが、その原油価格暴落も、これまで毎年激増してきた中国の原油消費量が、2012年末からは横ばい、そして2014年春からは減少に転じたことに端を発している。 さらに深刻なことに、いまなお貿易・経常収支では巨額の黒字を出しつづけている中国が、外貨準備を見ると激減に転じている。「誤差・脱漏」という統計上の不整合の金額が莫大な経常黒字を上回るほど大きな純流出となっているのだ。どうやら宗主国なき植民地経済の一方の旗頭である中国の「影の宗主国」は、中国から撤退する際にもきちんと統計資料に姿を現さずに、統計上の誤差というかたちでひそかに撤退する道を選んだようだ。 というわけで、今般の世界同時株安は、手段を選ばず荒稼ぎしたものが勝ちというあさましい植民地経済を世界に押し付けてきた米中両国が没落するきっかけである可能性が非常に高い。この同時株安を私は心の底から歓迎する。関連記事■ どん底の中国経済―バブル崩壊は止まらない■ 消費税率10%を既成事実化する財務省の「見せ球」に騙されるな■ アベノミクスの本当の目的は「国債の買いオペ」? ハイパーインフレは起こるのか?■ 死期の中国経済、共倒れの韓国経済■ なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか

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    共和国は蘇ったか 暗黒卿と語るアベノミクス

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 年の瀬のイルミネーションがきらきら輝く繁華街の一室。豪華なディナーが供され、華やかなアイドルたちの映像が室内のモニターに流れる中で、暗黒卿が顔をよせてささやいた。「あの人は憲法改正が目的であって、リフレ政策はそのための手段にしかすぎない」シュゴ―。 スター・ウォーズシリーズの最初の三部作が上映されたのは、1983年。第二次石油ショックの経済的影響を、フォースの力(金融政策)によって巧みに回避していた。ほどほどいい成長が維持されている時代だった。それはシス(伝統的日銀理論)によって引き起こされた第一次石油ショックによる「狂らん物価」の反省と、日銀内部の「新たな希望」による経済の生還の時代でもあった。「共和国」は蘇ったかにみえた。 ダークサイド(経済社会を暗黒世界につきおとす力)の使徒であるシスたちの思想(伝統的日銀理論)とは、簡単にいうと不況のときはそれに合わせておカネを配らず、景気のいいときはそれに合わせてどんどんおカネを投入するというものだ。これを続けると前者はより不況に、後者はどんどん景気が過熱する。第一次石油ショックの「狂らん物価」は、まさに景気の過熱に合わせてどんどん薪(おカネ)をくべていった結果にしかすぎない。だが、シスたちの陰謀は巧妙で、マスコミを通じて信じこませたのが、「モノ不足」(石油やその関連製品)による物価高騰だった。本当の陰謀の正体は暗黒の中に没していた。シュゴ―。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved 1983年当時、暗黒卿はまだ「共和国」の騎士(エリート)の殿堂で、将来を有望視されていた若きジェダイであった。他方、私はフォースの存在すらしらないお日様が東から昇るのか西から昇るのかわからない(太陽がふたつある)砂漠の民だった。 ところが1985年、プラザ合意という共和国とその同盟国による協調的な政策介入の枠組みが決まった。これは最大の同盟国の都合のいいように、各国間の為替レートを誘導するというものだった。このときフォースの力はひたすら目標とされる為替レートに向かうために使われてしまい、われわれの国の経済情勢にはほとんど無縁のものになってしまう。どんどん円高は進行し、他方で国内では「バブル」が始まっていった。ちなみに「円」とは共和国通貨のことである。ジェダイたちはそれが正しい政策だと信じこまされた。なぜなら当面、とても景気がよく思えたからだ。「共和国・アズ・ナンバーワン」と絶賛する異星人まで現れた。まさかこの政策にシスたちの巧妙な陰謀が隠されているとも知らずに。シュゴ―。 いまにして思うと、このとき共和国の政策を担うものたちは、知らずに「円高シンドローム」に陥っていたのだ。やがてこの症候群(シンドローム)は、ジェダイの騎士たちすべてにり患していき、現代にまで及ぶ「デフレ不況」をもたらし続けた。なぜなら円高を好む経済政策をくりかえすと、経済全体に流れるおカネが減少していき、それはデフレ(円の不足による円の価値の上昇)をもたらすからだ。円高を好むジェダイマスターのひとりは「強い円」、すなわち円高が国を強くするといっていた。だが実際には国家は疲弊していた。失業率は恒常的に高くなり、経済格差は深刻化し、年間の自殺者数も3万人をはるかに超えた。円が不足することで、人間の命や働いて得る喜びよりも、円の価値の方が大きくなってしまったからだ。 この時、気が付いたのだ。すでにジェダイはすべてダークサイドにおち、そして共和国はおそろしいデフレ皇帝によって支配されていることに!Austerity is the path to the dark side. Austerity leads to deflation. Deflation leads to depression. Depression leads to suffering.(注1)デフレ皇帝の陰謀 さて現代に話を戻そう。2015年の歳末のカラオケボックスである。背景ではAKB48やいろいろなアイドルたちが踊っている動画が流されている。暗黒卿も僕もまるで歌わない。戒律で禁止されているのだ。暗黒卿 「消費税増税についてはやるかやらないかは条件付き確率の問題。あの人は財務省を信じていないが、だからといっていまの段階で決め打ちするような政治的にダメなことをする人じゃない」僕 「アホノミクスではないってことですよね?」暗黒卿 「御意。ただリフレ政策なんてあの人の目的じゃない。あくまで憲法改正が目的なんだよ」僕 「憲法改正に必要なほどの政治的勢力を結集するために、国力を高める。そのためには経済状況をよくしていけば、安全保障の改善にもつながるし、また国民の支持も得ることができる。」暗黒卿 「シュゴ―。憲法改正については意見がわかれるかもしれないが、それを追い求める過程で、経済も安全保障もよくなればそれでいいのではないかと私は思う。シュゴ―」。 暗黒闘気のせいか、カラオケのモニターに映し出されたアイドルの女の子たちがみんな一斉に仮面をつけているように見えた。スチームだとかアーマーだとか。I have a bad feeling about this.(注2)『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved さてまた時間を少しばかり戻そう。 デフレ皇帝の陰謀がわかり、いまや共和国は名ばかり。ストーム・トルーパーたちが緊縮政策で徹底的に国民を搾取する20年を超える不況が続いていた。ときたまデフレ政策は、「構造改革なくして景気回復なし」という構造改革主義の名前で語られ、国民の扇動に利用されるときもあった。このとき帝国軍の中でとりわけ名が高かったのが暗黒卿であった。 僕はといえば圧倒的少数派(20名ほど)で戦う反乱軍の一兵士だった。反乱軍は別名、リフレ派といった。フォースの力(金融政策)を使うことで、デフレを脱して低インフレとその予想によって経済を活性化することを目指している集団だ。 そしてこの暗黒卿と当時、構造改革主義(郵政民営化すればデフレも脱却などという小理屈)をめぐって広大なネット要塞の片隅で直接、ライトセーバーを交えることになった。ブーン ブーン暗黒卿 「フォースを身につけたな、若きリフレ派よ。だがまだジェダイではない」僕 「僕の力を見くびるな!」 バシュバシュ。だが暗黒卿の暗黒闘気はすさまじい。あやうくネット空間の穴に滑り落ちそうなった。危機一髪的状況だ。いや危機一発的状況だ。だがそのときに暗黒卿はとんでもないことを口にしたのだ!暗黒卿 「アイ アム ユア ファーザー」(俺もリフレ派だ)僕 「!?」 そのあとのことはよく覚えていない。ただ実際の世界では、誰が悪で誰が正義かなんかあらかじめ運命づけられていないってことだ。いまは帝国軍の残党であるアベニクシーズや、またシラカワーズ、キノシターズらの手ごわい軍団と日々闘っている。そのなかで思うのだ。フォースには実は正義も悪もともに許す力があることに。フォース(金融政策の力)をうまく使えば国民は豊かになり、そして間違えれば国民は困窮する。そしてこの世界が続くかぎり、この力は人々とともにあり続けるだろう。フォースと共にあらんことを(注1)緊縮はダークサイドにつながる。緊縮はデフレに、デフレは停滞に、停滞は苦しみにつながる(あるリフレ派のマスターの名言)(注2)なにか嫌な予感がする。

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    「郵政上場」の闇とカラクリ

    小泉政権下の郵政解散から10年余、郵政3社が出来過ぎともいえる滑り出しで念願の新規上場を果たした。しかしこの上場、取材すればするほど、よく比較されるNTTやJRとも違う“異臭”がするのだ。

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    郵政・ゆうちょ株の実態は「6年限定のおまけつき預金」

    大江紀洋(Wedge編集部) この上場は、10年後、どのような歴史の審判を受けるのだろうか。 11月4日に上場の鐘を鳴らした日本郵政グループ3社。売り出し総額は約1.4兆億円。うち国内分は1兆円を超え、2014年のIPO(新規上場)による調達総額に匹敵し、最近の東京証券取引所1部の1日あたり売買代金の約半分を占める。「小池にクジラが飛び込むようなもの」とも揶揄されたが、初値は3社とも売り出し価格を上回り、上場後1カ月間の株価も順調に推移している。配当利回りで庶民を釣る カラクリはこうだ。日本郵政、ゆうちょ銀行は50%以上、かんぽ生命は30~50%と配当性向がやたら高い。日本郵政とゆうちょ銀は3%台、かんぽ生命も2%台半ばになるよう、割安感のある売り出し価格が設定されたのだ。この利回りは、メガバンクの定期預金やゆうちょ銀の定額貯金の金利0.025~0.035%に比べて約100倍である。 ただし、このところの株価上昇で、配当利回りは日本郵政とゆうちょ銀が2%台、かんぽ生命は1%台半ばまで下がっている。東証1部平均の1.5%とそう変わらないが、それでも郵政3社の人気に陰りが見えないのはなぜか。 それは、3年後と6年後に同様の上場が計画されており、6年間は高い配当が維持される可能性が高いからだ。その上、全3回の売り出しを経ても過半の政府出資が残る。「暗黙の政府保証と、約100倍の金利がつく6年物定期預金」これが郵政3社株の本質だ。 株式の割当先は、国内のほとんどが個人投資家向けである。ゆうちょ銀に金を預けているような地方の高齢者層に「政府保証がついた金利3%の6年物定期預金」という謳い文句は響く。売り出し総額1.4兆円はたしかに巨大だが、ゆうちょ銀の貯金残高178兆円に比べればごくわずか。「クジラはクジラだが、ゆうちょの残高の1%が郵政3社の株に変わるようなもの」(銀行関係者)だから安定消化ができている。 しかし割り当ての個人重視は「機関投資家が保有したがらない」(証券関係者)ことの裏返しでもある。成長シナリオがないのだ。郵政グループといっても本丸は純資産の8割を占めるゆうちょ銀。毎年6000億円を超す手数料を支払って郵便事業を支えるゆうちょ銀は運用資産の半分以上が国債。金利が上昇すればひとたまりもない。忘れ去られた郵政改革 融資ができないゆうちょは、そもそも銀行とは呼べない金融機関だ。中期経営計画では資産運用能力の向上を掲げるが、それは“Japan’s hedge fund ”と呼ばれてリーマンショックで深い傷を負った農林中金の道。残るは民間金融機関と連携して、投資信託や住宅ローンを売ることくらいだが、HCアセットマネジメントの森本紀行社長はこう喝破する。「民間から金融商品を仕入れて郵便局に売るならゆうちょは単なるパススルー。それなら郵便局が直接仕入れればいい。事業の源泉は現場、つまり全国2万超の郵便局ネットワークにある。決裁業務や金融代理店業務はむしろ郵便局に吸収して、物流事業とともに伸ばしていけば成長戦略を描ける」 郵政民営化は、本来、財政投融資制度改革の一部であり、明治以来の大きすぎる官製金融をどう縮小させていくかという議論だった。三井住友銀行出身で、日本郵政やゆうちょ銀の役員を務め、郵政改革の内実をよく知る宇野輝・京都大学特任教授は、「上場が先延ばしされている商工中金と日本政策投資銀行(DBJ)の民営化と郵政民営化は本来セットだ。融資機能のないゆうちょ銀と、預金機能のないDBJ・商工中金を合併し、地域分割。地方向けの金融機関として民間金融機関とイコールフッティングで競争させていくのが、あるべき“完全”民営化だ」。 しかし、こういう血の出そうな改革など誰も望んではいない。復興財源4兆円ありき復興財源4兆円ありき 今回の上場の発端は、13年初めに安倍政権が復興財源として郵政上場益4兆円を充てこんだこと。そのために1回1.4兆円の売り出しを3回行う、安定消化が必須だから個人向けで高い配当性向と、全て逆の順序で決まっていった。「金融リテラシーの低そうな国民に対する体のよい復興増税」と言えば口が悪すぎるだろうか。かくして、郵政民営化の大義は忘れ去られ、郵政グループの企業価値をどう向上させるのかという検討は後回しとなった。 上場から1カ月経った12月3日、日本郵政は最高値の1946円を付けた。この日はちょうど、上場翌日の11月5日から日本郵政が実施してきた自社株買いが、今回計画の上限の7000億円超に達し、買い付けを終了した日。財務省は3日朝、東証、東証立会外取引でほぼ同額の日本郵政株を売却している。 財務省が保有しているのは日本郵政の株であり、ゆうちょ銀とかんぽ生命の株は日本郵政が持っている。3社上場で財務省に直接入るのは日本郵政株の売却益約7000億円だけ。ゆうちょ銀とかんぽ生命の株式売却益7000億円はいったん日本郵政に入ってしまうため、自社株買いのスキームを用いて財務省に資金を移動させていることになる。 日本郵政は今年2月、郵便事業会社の日本郵便が豪物流大手トール社を約6200億円で買収することを発表したが、郵便会社にそんな資金はない。ゆうちょ銀に自社株買いをさせて日本郵政に資金を移し、さらに日本郵便の増資を通じて日本郵便に資金を移動させている。このスキームを応用したわけだ。 2回目、3回目の売り出しでも同じ自社株買いスキームを用いて国は日本郵政グループから4兆円を吸い上げるわけだが、大株主の政府と今回日本郵政の株を買った少数株主の間に対立は起きないのだろうか。国主導の「上場ゴール」 株価の今後を確定的に占うことはできないが、配当利回りが選択の鍵になっているということは、郵政3社の株価には重しがあるとみたほうがよく、現在の株価の上値をさらに追う展開にはなりづらいだろう。とすれば、上場時点がもっとも株価が高い「上場ゴール」を国が主導したことになるから笑えない。 あちこちにこれらの歪みを発生させてでも形式的な民営化は進んでいく。国は復興財源を得たいだけだが、郵政幹部の真意はどこにあるのか。民営化とセットで、ゆうちょ銀の預入限度額の引き上げや、手をつけやすい新規事業の認可は進めてもらう。一方で完全民営化は阻止して、郵便と金融事業の一体性を維持し、ユニバーサルサービスを盾に雇用を維持するというあたりが狙いだろう。 郵政がゾンビのように生き残ることは、特定郵便局長の票を当て込む政治家にとって都合がよく、国債を消化してくれる存在が残るという意味では霞が関にとってもウェルカム。結果、抜本的な根治改革はなかなか着手されない。 小泉純一郎氏の郵政解散は、ちょうど10年前の夏。あの熱狂を思い出せない国民は多いだろう。上場の真実が何であろうが、10年後も大して問題になっていないのかもしれない。

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    成長戦略どころの話ではない 郵政のブラックホール

    須田慎一郎(経済ジャーナリスト) 「とりあえず」との注釈付きではあるが、郵政3社の株式上場は、とりあえずうまくいったと見ていいだろう。 11月4日、日本郵政グループ3社(持ち株会社の日本郵政、その傘下のゆうちょ銀行、かんぽ生命)が、東京証券取引所の第1部に新規上場を果たした。 注目されたそれぞれの初値は、日本郵政が1631円(売り出し価格1400円)、ゆうちょ銀行は1680円(同1450円)。かんぽ生命は2929円(同2200円)となった。売り出し価格と初値を比べてみるとまさに一目瞭然だが、出来過ぎとも言える滑り出しとなったことは間違いない。こうした展開に、政府サイドとしてもホッと胸をなでおろしているにちがいない。 それというのも、今回のIPO(株式公開)は、政府系企業のそれとしては1987年のNTT以来となる案件だったからだ。 とは言っても3社の株に投資家の買い注文が殺到し人気化したのは、必ずしも日本郵政グループの成長性が大きく買われたからではない。売り出し価格があまりにも低く設定されたため、投資家の間に割安感が広がり買いが殺到したにすぎない。 PBR(株価純資産倍率)などを元に3社の“適性株価”をシュミレートしてみると、それぞれ2200~2400円のゾーンに落ち着いてくる。このことを前提とすると、かんぽ生命だけがやや買われ過ぎの観があるが、日本郵政とゆうちょ銀行については、まだ上昇の余地を残していると見ていいだろう。 いずれにしても今回の株価の動きは、完全に需給相場のそれだ。つまりテクニックを駆使して上昇相場が演出されているにすぎない。 従って今後も順調に株価が推移していくと見るのは、あまりに早計だ。 それというのも郵政グループには、巨大なブラックホールが存在しているからに他ならない。なぜ「四社体制」にシフト 改めて指摘するまでもないことだが、持ち株会社の日本郵政の傘下には、ゆうちょ銀行、かんぽ生命、日本郵便の3社があり、トータルで4社体制が敷かれている。もっともこれは郵政民営化法が改正されたことを受けてとられた措置で、改正前は日本郵便は、もっぱら郵便事業を扱う会社と郵便局を運営する会社の2社に分かれており、5社体制がとられていた。 そもそも郵政事業は、「郵政三事業」と称され、郵便局という一つの器の中で、銀行ビジネス、保険ビジネス、物流ビジネスという性格の異なった三事業が同時に営まれていた。 だとすると法改正前の「五社体制」の方が、あるべき姿であるかのように見える。にもかかわらずなぜ、わざわざ法改正までして「四社体制」にシフトさせる必要があったのだろうか。 その理由は他でもない。郵便事業が完全な赤字ビジネスで、将来的にも黒字化のメドがまったく立たないからに他ならない。 日本郵便グループの2015年3月期の業績においては、4826億円の連結純利益を計上しているのだが、そのうち76%がゆうちょ銀行が稼ぎ出したものなのだ。その一方で日本郵便の利益シェアは、たったの3%にすぎない。しかもそれだって、郵便局窓口で郵貯や簡保を取り扱った際に得られるフィー(ゆうちょ銀行とかんぽ生命から支払われる)によって支えられているにすぎない。 そもそも郵便事業単体で見ると、100億円強の赤字を計上しているのが実情だ。つまり郵政グループの郵便事業は、郵貯事業と簡保事業によって支えられているのは明白だ。それゆえに「五社体制」では、何かと不都合だったことになる。 このことからも明らかなように、前述した「ブラックホール」とは、この郵便事業のことに他ならない。 とは言え日本郵政グループにとって、この郵便事業はまさに自らのレゾンデートルに他ならず、万が一にもこの分野から撤退するなんてことはあり得ない。 しかもこの郵便事業については、今後本格化していくことが確実な人口減少化を考えると、ほとんど上り目は無いはずだ。赤字幅の拡大は避けられそうにないと見ていいだろう。 そして日本郵便会社の赤字転落を回避させるためには、ゆうちょ銀行とかんぽ生命が支払うフィーを値上げする以外に方法は無いはずだ。 そうなるとゆうちょ銀行とかんぽ生命の企業価値が下がることになるのは必至だろう。当然のことながら、株主やマーケットから批判の声があがってくることになろう。 だからと言って日本郵便会社を赤字のままにしておくと、そのネガティブな影響は、持ち株会社の日本郵政に間違いなく及んでくることになる。 今後の注目ポイントは、果たして日本郵便会社が赤字に転落するか否かだ。 成長戦略どころの話ではない。早急に郵便事業を黒字化させるべく策を講じなければ、日本郵政グループは早晩、マーケットから見放されることになるだろう。

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    「不完全民営化」になり下がったゆうちょ銀行の本当の問題

    高橋洋一(嘉悦大学教授) 今年は、かつて国民的な大議論を巻き起こした末に郵政民営化が決定されてから10年という節目の年にあたる。小泉純一郎首相(当時)の強力なリーダーシップの下、2005年に郵政民営化法が成立してからというもの、その後の政権交代によって度重なる方針転換を余儀なくされてきた日本郵政グループは今年、その将来を左右しかねない重要な局面を迎えた。日本郵政グループ3社の「上場」である。 日本郵政グループは、従業員数約22万人、総資産約300兆円、連結売上高14兆円強を誇っており、日本のみならず、世界でも最大級の企業グループのひとつである。売出総額は1兆4000億円にも上り、1987年のNTT、1998年のNTTドコモ以来の大型上場となる。 金融・証券各社はここぞとばかりに鳴り物入りで顧客獲得競争に熱心である。今のところ、ご祝儀相場が続いている。幹事証券に入れてもらった証券会社の「必死の営業努力」のたまものである。 ただ、郵政グループの株は、長期的に見て「買い」なのかといえば、筆者の答は「否」である。 そもそも小泉政権時に決定された当初の民営化法では、持株会社の下に郵便、郵便局、銀行、保険という事業形態の異なる4社が位置づけられており、銀行、保険の金融2社については、政府が株式を100%売却する「完全民営化」が想定されていた。 しかし、その後の紆余曲折により、民営化のプロセスは著しい劣化を遂げることになる。決定的なのは、民主党政権時代に、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式を政府が持ち続けるという、異常な事態を迎えることになってしまった。2012年の民営化法の改正で郵政民営化は「改悪」され、政府が一定の支配力を維持し続ける「不完全民営化」になり下がってしまったのだ。 さらに、不完全民営化と相まって、日本郵政グループの収益基盤はあまりにも脆弱すぎる。かんぽ生命、日本郵便、最後に、郵政グループの屋台骨をささえるゆうちょ銀行をみてみよう。 まず、かんぽ生命。かんぽ生命の主力商品と言えば、養老保険と学資保険である。これらは保障性と貯蓄性を併せ持つ商品と言われているわけだが、むしろ期間が経過するにつれて、保障性がどんどん低下していく商品と言ったほうがより正しい言い方になるだろう。言わば、投資信託に若干の保険を付与したような商品性を持っていることから、「保険という薄皮で公社債投資信託を包んだ商品」と揶揄されることもあるほどだ。郵便事業はジリ貧に陥る 次に、日本郵便。ゆうちょ銀行もかんぽ生命も前途多難だが、日本郵便の郵便事業はそれ以上に厳しい状況に立たされている。そう遠くない将来に、郵便事業がジリ貧に陥るであろうことは、わざわざ説明するまでもなく、誰の目にも明らかだ。そもそも最近、手紙を書いた記憶があるだろうか。 最後に、ゆうちょ銀行。この銀行は、普通の銀行の収益減となっている融資業務を行なっていない。ゆうちょ銀行のビジネスモデルは極めて明快で、個人などから集めてきた資金の大半を国債で運用するという単純な構造になっている。実際に、約178兆円の貯金残高に対し、国債を主にした有価証券での運用が約156兆円を占めている。 だが、このビジネスモデルでは、そもそも大きな収益を期待することはできない。なぜなら国債は、あらゆる金融商品の中で最も金利が低い商品だからだ。言うまでもなく、日本の国債はリスクが低い。金融商品では、リスクが低ければ低いほど利回りも低くなる。 ゆうちょ銀行では、将来収益が問題であることに加えて、大変な時限爆弾も抱えている。 しばしば指摘されるのが、ゆうちょ銀行が保有する大量の国債について、金利上昇リスクがあるという点だ。たしかに、これから金利上昇すると、ゆうちょ銀行が保有している国債の評価損が発生する。ゆうちょ銀行の場合、上に述べたように貸出がない分だけ、他の金融機関より打撃が大きいかもしれない。 ただし、ゆうちょ銀行の本当の問題は、資産サイドの国債評価損にとどまらない。実は、負債サイドにも、他の金融機関にない金利上昇リスクがある。 ゆうちょ銀行のバランスシート(2015年3月末)をみると、貯金が177.7兆円あり、そのうち定額郵便貯金が83.6兆円と半分近くを占めている。 この定額郵貯は、普通の金融機関にはない独特の商品である。預入の日から起算して6か月経過後は払戻し自由。3年までは6か月ごとに段階的に金利が変わり、10年間は半年複利で利子を計算する。 ここで、6か月経過後は払戻し自由という点が特徴だ。民間の定期預金では、期限前に解約するときにはペナルティ(解約料)があるが、定額郵貯ではないのだ。 この定額郵貯を金融工学の立場から見ると、定額貯金の期間は10年で、預け入れから6ヶ月後には自由に解約することができるということは、定額貯金は10年貯金にプットオプションがついたものである。プットオプションとは、将来にある価格で金融商品を売れる権利のことで、定額貯金は経済合理性のない商品ではない。問題は金利の付け方、つまりプットオプションの価値をどのように金利に反映させるかということだ。 筆者は、かつて大蔵官僚だった20数年前、定額郵貯のプット・オプションの性格を指摘し、適正な金利設定を進言し、具体的な金利設定式を示したこともあった。 定性的に言えば、定額貯金は定期貯金と解約権(オプション)の組み合わせ金融商品である。解約のペナルティはないが、オプション料が金利に反映されるため、定額郵貯の金利は10年貯金金利-解約オプション料となる。もちろん解約オプション料は金利水準や金利動向によって変わる。 アベノミクスの異次元緩和によって、デフレ脱却が見えてきた。今でこそ、インフレ目標2%が先送りされているが、あと2、3年もすれば、インフレ率が高くなっているだろう。その場合、長期金利は4、5%にまで、上昇する公算が高い。そうすると、定額郵貯では、今はほぼゼロ金利でも残り7、8年は4、5%の利子が複利に付くわけだ。であれば、今現在はゼロ金利ではなく、マイナス金利でも理論的にはいいはず。 つまり、理論通りに、今の定額郵貯の金利を設定すれば、マイナス金利だろう。それをゼロ金利にしているわけで、貯金者にとって定額郵貯はゼロ金利でもとても有利な商品ということになる。 もっとも、これは、ゆうちょ銀行にとっては、将来の金利負担が増すという意味で「時限爆弾」である。長らくデフレ経済が続き、金利上昇を忘れているが、過去の金利上昇の局面では、かつての郵貯では、定額郵貯がペナルティなしで高利で乗り換えられ、郵貯は大幅な赤字を出してきた歴史がある。 こうしたリスクの話は、郵政株売り出しの時に、本来であれば証券会社が投資家に説明すべきである。ところがそうした話はほとんど聞こえない。かなり問題があるのに、監督官庁の金融庁でも見て見ぬふりだ。 一部のゆうちょ銀行の貯金者は、定額郵貯を解約して、郵政株を購入した人もいたらしい。これがどうやら郵便局の人からのアドバイスによるものらしい。これは、有利な定額郵貯の代わりに、ボロ株を手に入れたようなものだ。長い目で見れば、気の毒でみていられないほどだ。

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    異例尽くめの日本郵政上場 親子上場は機能するのか?

    田中博文(㈱ジェイ・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー)ハイライト ・日本郵政の3社同時上場は、早期に金融2社の新規事業を許認可制から届出制にするのが目的・ゆうちょ銀行、かんぽ生命の販売チャネルがほぼ郵便局に依存しているのは、子会社の独立性として疑義有り。 ・ガバナンス、利益吸収の課題から、最近は親子上場解消の流れの中での最大の親子上場  さて、9月10日に日本郵政の上場が承認されました。上場日は11月4日です。持ち株会社である日本郵政と、傘下の金融2社であるゆうちょ銀行とかんぽ生命保険が3社同時に上場します。そこで日本郵政の上場について、今回から何回かに分けて書いていきたいと思います。今回は親子上場について書きたいと思います。小泉政権下で郵政民営化決定するも、民主党政権で一旦凍結  先ずは郵政民営化の経緯に触れたいと思います。郵政民営化法案は小泉政権時代の2005年7月、衆議院本会議でわずか5票差で可決されたものの、同8月、参議院本会議で否決となったため、小泉総理は民営化の賛否を国民に問うとして、衆議院を解散しました(郵政解散)。そして同9月の衆議院総選挙で、与党の圧勝となった結果、同10月に郵政民営化法が成立、2006年1月、民営化後の持株会社となる準備企画会社として、日本郵政株式会社が設立されました。そして同9月、事業受け皿会社としての株式会社ゆうちょ、株式会社かんぽが設立されます。 また、2007年10月に当時の福田康夫総理のもと、元三井住友フィナンシャルグループの社長だった西川義文氏を日本郵政の社長に迎え、日本郵政の傘下に4つの事業会社(郵便事業、郵便局、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険)が入る体制が発足しました。同時に、政府が3分の1超を残して日本郵政株を売却することと、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険は2017年9月までに全株売却することが定められました。  しかし、2009年8月に民主党政権が誕生後、同12月に郵政株売却凍結法案が可決成立し、一旦、民営化が凍結されることになります。この政権交代時、「政府と隔たりがある」として西川社長は退任、元大蔵次官の斎藤次郎氏が後任となりました。 その後、安倍政権発足後、自民党は再度郵政民営化を進めるため、2012年4月、郵政民営化法の改正案が可決成立し、これによって、2012年10月に郵便事業株式会社と郵便局株式会社が合併、「日本郵便株式会社」として統合することになりました。 日本郵政グループは5社体制から現行の4社体制に再編され、またこの時に、株式会社ゆうちょ銀行と株式会社かんぽ生命保険の株式については、両社の経営状況とユニバーサルサービス確保への影響を勘案しながら早期売却を目指すことになり、従来の2017年9月までにゆうちょ銀行、かんぽ生命保険という金融2社の完全売却という期限はなくなり、「できる限り早期に」という努力義務となりました。当面の間は50%以上の売却を目指すとの表現にとどまっています。そして、日本郵政社長は13年から元東芝会長の西室泰三氏が務めています。現在はこの運営方針の下、上場準備が進んでいます。売却スキーム  全体の企業価値評価(バリュエーション)にもよりますが、今回の上場の資金調達額は約1兆円から2兆円との間と言われており、財務省としては、その資金をいかに多く財務省が確保し、東日本大震災の復興支援に回すかが重要とされています。 その過程の中で、当初、持ち株会社の単独上場を目指していた計画は、西室社長の強い意思により、ゆうちょ銀とかんぽ生命も併せた、過去に例がない巨額の「親子同時上場」となる予定です。親子上場の何が問題なのか?なぜ西室社長は、当初の単独上場を変更し、3社同時上場を目指すのか?  そのカギは時間だと思われます。 日本郵政が全株式を保有する場合、金融2社が新規事業へ参入するためには政府の認可が必要です。しかし、日本郵政による保有比率を50%以下まで下げれば、届出制に緩和され、今後の事業展開が加速化されます。 グループの企業価値を高めるためには、金融2社の事業基盤の拡大は不可欠であり、努力義務とはいえ、日本郵政の保有比率を早期に50%以下までに引き下げることは極めて重要です。そして、この2社を同時上場させることが、その目的を達成のためには一番有効だと考えたのでしょう。 そして、財務省の目的である復興財源の確保については、財務省が保有する日本郵政株の自社株買いでその目的を達成しようと考えているようです。最近の世界的な株価下落も含めて、本当にその通りマーケットが機能するかわかりませんが、現状はこの様なスキームで上場するところとなりそうです。親子上場の何が問題なのか?  今回の上場を複雑にしている理由として、過去に例のない親会社子会社含めた3社同時の新規上場であることが挙げられます。 親子上場とは、ある会社の支配権を持つ親会社とその親会社に支配される子会社が同時に上場していることを指しますが、まずは親会社、子会社の定義を確認してみましょう。 上場審査に係る「親会社等」の定義は財務諸表等規則第8条3項に定められており、要約すると「親会社とは、他の会社等の財務及び営業又は事業の方針を決定する機関(株主総会その他これに準ずる機関をいう。)を支配している会社等をいい、子会社とは、当該他の会社等をいう。」ということになっています。 上場後もゆうちょ銀行、かんぽ生命の株式の50%以上の保有する日本郵政は、間違いなく、この2社の親会社ということになります。 親子上場では常に親会社と子会社の少数株主との利益相反や、親会社から見た子会社少数株主への利益流出などが課題とされており、私も実務で過去に何社かその課題解決に携わってきました。 特に子会社の上場については、親会社に依存することなく、独立した事業運営が可能か否かが、審査上重要であり、ヒト、モノ、カネ、情報等すべてにおいて、一定の定量的な数字をクリアしなければならず、結構ハードルが高い項目もあります。 具体的には、親会社から出向していた主要部門長を転籍させたり、親子間で取引を行っていた場合、その商取引の価格含めた取引条件が第三者と取引を行う場合と、遜色のないものに条件変更したり、役員構成の過半数を親会社出身以外の人間にすることが必要になるということですね。 本件ではゆうちょ銀行とかんぽ生命が日本郵政から、上記の審査の観点から、どのくらい独立性が担保されているかということになります。 特に、ゆうちょ銀行とかんぽ生命は、貯金や保険販売などの窓口業務を日本郵便に委託しており、日本郵便は2015年3月期にこの2社から9600億円の手数料収入を計上しています。 現状、この委託手数料の算出根拠が非開示になっているのですが、上場時の有価証券届出書には当然、「重要な契約」として、その算定根拠と金額の妥当性が記載されていなければなりません。そして、個人的には、ゆうちょ銀行とかんぽ生命はその商品の販売チャネルを、ほぼ100%郵便局に依存し、販売チャネルの代替性がないことを勘案すると、この金融2社は、上場審査場、本当に独立した発行体として機能しているのか、甚だ疑問です。 そもそも親子上場は2007年10月に当時の各証券取引所共同声明としての「中核的な子会社の上場に関する証券取引所の考え方について」で、「親会社グループのビジネスモデルにおいて、非常に重要な役割を果たしている子会社、親会社グループの収益、経営資源の概ね半分を超える子会社などのいわゆる中核的な子会社の上場については各企業グループ、子会社の事業の特性、事業規模、過去の業績の状況、将来の収益見通し等を総合的に勘案しながら、慎重に判断していくことといたします。」と発表されており、ゆうちょ銀はグループの連結純資産の約8割を占め、かんぽ生命を足すと9割を超えることを考えると、十分に中核的な子会社に当たると考えています。 また、2009年12月の当時の東京証券取引所グループの斉藤惇社長は、ブルームバーグのインタビューに対して、強制的な措置は考えていないと言ったうえで、「子会社の犠牲の上に親会社が利益を上げるケースもあれば、その逆も起こる可能性がある。(親会社が取締役の派遣などを通じて子会社の経営を握ることで、利益相反を引き起こす可能性があることから)親会社が上場子会社を吸収合併して連結対象とすることを推奨したい」話しています。 それ以降、取引所からの親子上場に関する方針、コメントは発表されていませんが、実際には親子上場企業数は 2006 年度末の417 社をピークに減少が続いており、現在東証では322社の親子上場件数(2014年4月東証資料)となっています。減少の主な理由は親会社による子会社の完全子会社化です。いわゆる、ガバナンスも、利益も全て親会社が吸収するという極めてシンプルな構図に戻りつつある中で、東証会長でもあった西室社長が自ら親子上場を提案するのは、なかなか理解に苦しむところではあります。 もっとも、一昨年、東証が「子会社上場は望ましくない」とのコメントを出しながらも、 現状各取引所の新規上場規則で子会社の上場が認められている以上は、上場したいと言っているのを断ることは出来ません。だからこそ、しっかりとした、判断を行ってほしいと思っています。ファイナンスを考慮した上場規則の特例対応の可能性大 東証一部への直接上場の規則では、流通株式比率、いわゆる財務省でない外部株主比率が35%以上必要となっており、通常であれば、ゆうちょ銀行、かんぽ生命ともに時価総額の35%以上をマーケットで売り出す必要があるわけですが、今期第一四半期のゆうちょ銀行の簿価純資産が約11兆円、かんぽ生命の簿価純資産が約2兆円ある中で、その35%となると4.5兆円を市場でファイナンスしなければなりません。 しかし、東証一部の日々の売買代金が2兆円から3兆円である中、日本郵政グループのファイナンスだけで、4.5兆円を消化することなど、ほぼ不可能に近く、今回東証は本件に限っては流通株式比率を規則変更して、もっと小規模なファイナンスでも可能としました。 その辺りも含めて、異例尽くめの日本郵政上場ですが、次回は上場承認後に、そのファイナンス分析を行ってみたいと思います。※2015年09月18日、田中博文「Hiroの『グローバルで負けないリスクテイク出来る日本へ』より転載。

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    投資のプロだけ気づいてる バブル前夜1987年と今は状況酷似

     1987年のNTT以来の大型上場となった郵政3社上場に市場は沸いた。そうした中で投資のプロたちの間では、現下の経済状況が「1987年」と符合する点が多いことが話題となっている。NTTが上場してから3年弱で日経平均株価は3万9000円台の史上最高値まで急伸した。1980年代後半のバブルの歴史から、これからの日本で何が起きようとしているのかを読み解く。 11月4日に日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の郵政グループ3社が東証1部に新規上場を果たした。取引開始直後から3社とも買いが集中。日本郵政が1631円で初値をつけて公募価格(1400円)を大きく上回り、かんぽ生命は一時ストップ高となるなど、市場に明るいニュースを振りまいた。「大型上場のニュースに反応した個人投資家の買いが中心になって勢いをつけた」(証券会社関係者)とみられており、当日は日経平均も続伸した。”NTT株”フィーバー。発売直後、さっそく店頭に張り出された売り出し価格=昭和62年2月、千代田区丸の内 郵政3社が新規上場で市場から集めた資金は1兆4000億円を超え、「今世紀最大の上場祭り」と騒がれたが、それと比較して語られるのが約2兆2000億円を集めた1987年2月9日のNTT上場だ。「それまで株取引に興味がなかった主婦層にまで、“なんとか買えないか”という空気が広がった。今のように、ネットで売買などできる時代ではありませんでしたから、証券会社の営業マンたちは電話での問い合わせ対応に忙殺されていました。買い注文が殺到し、NTT株は上場翌日の2月10日まで初値がつかなかった」(同前) NTT上場は個人投資ブームを加速させ、「財テク」という流行語も生んだ。そして、日本経済はその勢いを駆ってバブルへと突き進んでいった。 まさにバブル前夜にあったといえる1987年だが、実は「元国営企業の大型上場」という点以外にも2015年と符合する点が多い。そのことが、当時を知るベテラン投資家の間では話題になっている。マーケットアナリストの平野憲一氏(ケイ・アセット代表)はこういう。「1987年と現在を比べると、『原油価格の下落』『大規模な財政出動』『継続的な金融緩和』といった、日本市場での株価上昇を期待させる共通項が数多いのです」マイナス金利に突入 原油価格は1980年代前半まで1バレル=30ドル台で推移していた。それが2度のオイルショックを経験した各国の省エネ技術開発などの成果が出てきたことで需要が減り、1987年には1バレル=10~20ドル台にまで急落した。原油価格の下落はガソリンや原材料価格の値下がりにつながり、日本経済にはメリットが大きく、それが1980年代後半の好景気の一因となった。 一方、現下の状況に目を向けると、昨夏まで1バレル=100ドル台をつけていた原油価格は今年に入ってから1バレル=40~50ドル台にまで急激に値を下げた。アメリカで起きたシェール革命(※注)によって石油が大きく増産され、国際価格が押し下げられたのだ。やはり日本経済には好材料として受け止められている。【※注/これまで困難だった「シェール層」と呼ばれる地層から石油・天然ガスの抽出が可能になった】 財政出動と金融緩和についても、当時と今の状況は重なり合う。「1985年のプラザ合意によって為替が急激に動き、不況に苦しんでいた日本では、1986年に3兆円、1987年にも減税を含めて6兆円規模の緊急経済対策が行なわれました。また日銀は1985年に5%だった政策金利を1987年には2.5%まで引き下げる大胆な金融緩和策を取りました。この利下げによって企業や個人は資金調達しやすくなり、株や不動産に投資する動きが加速しました」(株式評論家・植木靖男氏) 財政出動と金融緩和は、アベノミクスの二枚看板だ。前出・平野氏が解説する。「先日も、安倍政権が景気対策として3兆円規模の補正予算の検討に入ったと報じられたばかりですし、黒田東彦・日銀総裁は異次元緩和の継続を決めました。1987年当時とそっくりな流れができています。 現在の日本はゼロ金利が続いていますが、ここからさらに、1987年のような利下げが行なわれる可能性があるとみています。つまり“マイナス金利”の導入です。マイナス金利は、乱暴にいえば『銀行にお金を預けると金利を払う』『お金を借り入れると金利がもらえる』というあべこべな世界です。貯蓄から投資への流れがさらに加速することになるのです」 28年前、NTTは「原油安」「景気対策の財政出動」「投資を促進する金融緩和」という3つの好材料が揃った状況で上場した。1987年2月の上場時、日経平均株価は2万円前後で現在とそれほど変わらない水準だったが、NTT上場で勢いがついたかのように急激な伸びをみせ、調整を挟みながらも1989年12月の3万9000円台という史上最高値へ続いていった。関連記事■ 新興市場の「局地バブル」を享受するための3つのETFを紹介■ 好調のJリートが投資対象拡大 高齢者施設等ヘルスケア分野■ 新興国投資に最適な「外貨建てETF」の基礎知識と利点■ アメリカの金利 6月に年間の天井ないし底値付けること多い■ 金価格 中印が牽引し東京五輪開催時には2000ドルに上昇予測

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    郵政株の賢い買い方を考える 「絶対」はないのが相場

     日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の郵政関連3社が、11月4日にいよいよ株式を上場する。親子同時上場で、資金調達額が1兆数千億円に及ぶ大型上場。株式市場としては大イベントだ。 投資家としては、これら3社を買うべきか否か。 株式投資の原則論から結論をあっさり言ってしまえば、「買うべきではない」。様子を見て、株価が十分安いと思える水準に来てから買うのが正解だ。 上場時は不確実性が大きいし株価形成が安定しない。経験的には、リスクが大きい割にリターンは小さい傾向がある。 また、注目を集めている銘柄について、売りか買いかいずれかをどうしても決めなければならないという精神状態は株式投資に向いていない。郵政3社以外に上場銘柄はたくさんあるのだから、自分のペースで調べ、納得した銘柄に好きなタイミングで投資すればいい。 一方、機関投資家のファンドマネジャーにとっては、ベンチマーク(TOPIXなど運用成績の比較対象になる株価指数)との競争の関係上、そこそこの比率で持たないのはリスキーだ。他の株を売って資金を作ってでも少々は買うだろう。 大型の上場で思い出すのは、何と言っても1987年2月に売り出されたNTTだ。当時は、バブルの真っ最中で初回の上場後に株価が急騰したことを印象的に覚えておられる個人投資家もいることだろう。しかし、筆者個人にとって、もっと印象的だったのは2回目の売り出しだった。 当時筆者が勤めていた某機関投資家では有価証券運用部の部長氏が「NTTは国策による売り出しだから、絶対に損をしない銘柄だ」と言って、民間の筆頭株主になるくらいの株数を買ったのだが、NTT株は売り出し後から軟調で、その後二十数年経っても、あの株価には到底届かない。 郵政3社に関しても、「国策」とか「絶対」という言葉が聞こえてくるかもしれないが、相場に絶対はないし、株価は国が思うようにコントロールできる対象ではない。 株式の売却代金は震災復興の財源とされているが、お金に色は着いていないので、投資家は復興と関連付けて考えない方がいい。復興は株価に関係なく進めるべきだ。 現在の郵政3社はそれぞれに国策企業としての非効率性を抱える。配当利回りは高めだが、仮条件の上限に近い株価となる場合、PER(株価収益率)は現在の市場平均並みの15倍から16倍くらいで、割安感はない。 しかし、現在、経営上明らかな非効率性を抱えているとすれば、将来、これを改善するだけで業績もイメージも改善することができるので、投資対象として魅力的な物になる可能性はある。 気長に眺めて、魅力的な株価があれば買ってみるという方針がいい。 (経済評論家・山崎元)

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    TPP「対中包囲網」完成せり

    環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が大筋合意した。足掛け5年半に及んだ交渉は参加各国の思惑が絡み合い難航したが、発効すれば世界の国内総生産の約4割にあたる巨大な経済圏が誕生する。失速著しい中国経済を封殺する狙いも見え隠れするが、米国主導の「対中包囲網」は果たしてうまくいくのか。

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    TPPを国内改革の「テコ」にせよ 大筋合意3つの視線

    竹中平蔵(慶応大学教授) 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉が大筋合意に達した。財貿易の関税引き下げに加え、投資・労働・知的財産など31項目の統一ルールを作る大作業であり、詳細は明らかではない。また来年初めの署名まで、細部の詰めが難航することもありうる。しかし、それを前提としながらも、TPP交渉の合意成立を歓迎したい。これを好機と捉え国内改革の梃子(てこ)にすることが求められる。日米ともに経済面での受益者 今回の合意は、3つの視点で前向きに評価される。第1は交渉が極めて速いスピードで進められたという点だ。日本が交渉参加を決めたのは2013年3月、実際に参加したのは7月だ。従って参加からわずか2年3カ月で交渉が妥結したことになる。日本国内では、交渉に参加するかどうかで実に2年の時間を費やした。安倍晋三政権になってすみやかに交渉参加を決め、タフな交渉を短時間で進めたことは評価されてよい。TPP交渉が閣僚会合で大筋合意し、共同記者会見する甘利明TPP担当相(左から3人目)ら各国代表=10月5日、米アトランタ(共同) 第2に、TPPは日本にとって経済面でのメリットをもたらす。経済効果をめぐっては、当初内閣府のプラス効果試算と農水省のマイナス効果試算の違いが話題になった。しかし、自由貿易の促進が“マクロ的に”プラスの経済効果をもたらすことは疑いようがない。交渉過程では日米の利害対立も話題になったが、間違いなく両国ともにTPPの受益者である。 日本の場合、農業への被害が議論される。過去のオレンジ、サクランボの自由化なども、その度に国内産業が崩壊するという意見があった。しかし結果は、より競争力の高い作物が作られるようになった。また、ISD条項(国家対投資家の紛争処理条項)を懸念する声もあるが、日本はすでに相当の国とISD条項を含む投資協定を締結している。競争条件に関する国内法が整備されている国では、こうしたことは大きな問題にならないというのが常識だ。 一方で、公的部門の調達ルールなど、日本は十分整備されているが、アメリカでは州政府ベースまでこれが徹底されてはいない。新興の諸国ではほとんどルールがない国もある。TPPによって日本の建設産業など、今後のアジア展開に大きなチャンスが生まれる。 また日本の場合、コメが手厚く保護されてきたが、今回はアメリカに年間7万トンの無関税輸入枠を設け、一方でアメリカの自動車部品輸入関税については87%が撤廃されることになった。問題は残るが、一つの現実的妥協といえる。自由化交渉の重要な基準に 評価される第3の点は政治的な意義だ。自由貿易を進めるにあたって、これまでは2国間自由貿易協定(FTA)がこの地域の主流となってきた。もっとも活用した国の一つが韓国であり、一方で日本はFTAに乗り遅れてきた。とりわけ日本では経済大国アメリカとの自由貿易に対する期待が高まった。しかしアメリカが2国間FTAから多国間協定に重点を移すなか、日本にとって唯一の現実的選択肢がTPPだったといえる。 とりわけTPPは国内総生産(GDP)ベースで世界の4割を占めることから、太平洋地域における今後の自由化交渉の重要な基準になると考えられる。ここには中国が含まれておらず、日米の価値観を反映したこのTPPがリードする形で、今後の自由化に中国を巻き込んでいくことになる。 日本にとって重要なのはここからだ。政府間で合意された内容について、各国は国会で「批准」する手続きをとらねばならない。日本の場合は交渉参加までに与野党を巻き込んだ議論を行っているので、状況はある程度見通せる。 しかしアメリカでは、批准の過程で議会が相当にもめることも予想される。知的財産権で、アメリカはオーストラリアなどの要求でかなり譲歩したという見方もある。アメリカ国内でこれが認められないと、TPPは文字通り絵に描いた餅に終わる。「アベノミクスの支柱」 日本においては、TPPを梃子に国内改革を進めることが重要になる。昨年1月のダボス会議の場で、安倍首相は「TPPはアベノミクスの支柱」と述べている。その趣旨はまさに、成長戦略の一丁目一番地である規制改革を進める上で、TPPという外部からの健全なプレッシャーが大きな役割を果たす、ということであろう。 その意味で筆者としては、TPPの正式調印を待つことなく臨時国会を開き、TPP対応のための改革推進と必要な補正予算の編成を期待したい。合意の詳細が明らかでないため、制約はあるがこれを国民に開示するという意味合いも大きい。国内ではGDP比マイナス1・7%の需給ギャップが存在し(内閣府試算)、対外的には中国経済の減速が懸念される。こうしたマクロ経済管理の視点とTPP対応型国内改革を結びつけ、有効な政策論議を期待したい。 懸念されるのは来年の参院選を意識して安易なバラマキ政策が行われることだ。TPPが日本経済にメリットをもたらすかどうかは、それと整合的な改革を進められるかどうかにかかっている。(たけなか へいぞう)

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    ルールより「実需」でTPPに対抗する中国

    遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士) TPP大筋合意に対して、中国はAIIBや一帯一路という「実需」および二国間の自由貿易協定FTA等で対抗しようとしている。「あれは部長級の合意に過ぎないと」と、TPPの最終的実現性にも疑問を呈している。中国は「TPPは対中国の経済包囲網」と認識している 中国はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を中国に対する経済包囲網だと位置づけ、早くからAIIB(アジアインフラ投資銀行)や一帯一路(21世紀の陸と海の新シルクロード経済ベルトと経済ロード)を用意して、日米などによる経済包囲網形成を阻止しようとした。 このたびのTPP参加12カ国による大筋合意を、中国の商務部(部:中央行政省庁。日本の「省」に当たる)関係者は、「あれは、たかだか部長級の合意に過ぎず、それぞれの参加国が自国に持ち帰って国の決議機関で賛同を取り付けなければならない」と言い放った。 その例として、アメリカでは来年、大統領選挙があり、共和党としてはオバマ叩きと民主党下しにTPPの難点を強調して攻撃を始めるだろうから、米議会を通らない可能性があるとしている。 またカナダでも10月19日に総選挙が行われることになっており、現政権のハーパー首相(親米保守党)が落選した場合、野党の新民主党が乳製品の市場開放に反対していることから、議会での賛同は得られないだろうと見ている。 いずれも、TPP交渉が長引き大統領選まで持ち込んでしまったことが、痛手になるだろうと踏んでいるのだ。 またTPP参加国のうち、オーストラリアとニュージーランドとは、二国間のFTA(自由貿易協定)をすでに結んでいるので、あとは少しずつFTAを増やしていこうと、TPPの完全成立までに切り崩していこうという考えも持っている。 AIIBに関しては、今さら言うまでもなく西側諸国(特にG7)の切り崩しに成功しているので、習近平国家主席は10月20日にエリザベス女王の招聘を受けて訪英することを決めている。イギリスは2015年3月18日の本コラムでも詳述したように、中国に弱みを握られていて、少なくとも経済に関してはほぼ中国の言いなりだ。 ヨーロッパを押さえておけば、「陸のシルクロード」と一帯一路に関しては、アメリカに圧力を与えることができると考えている。北京の人民大会堂で歓迎式典に出席する中国の習近平国家主席(左)とインドネシアのジョコ・ウィドド大統領=2015年3月26日(共同) 海のシルクロードの拠点としては、10月5日の本コラム「インドネシア高速鉄道、中国の計算」で考察したように、何としてもインドネシアを押さえておけば、南シナ海からインド洋へ抜けていく海路を掌握することができる。 日本は、たかだか一つの新幹線プロジェクトを逃しただけだと思っているかもしれないが、中国が高速鉄道事業を通してインドネシアに楔(くさび)を打ったことは、TPPに対抗するための「AIIBと一帯一路」構想としては、欠かせないコアだったのである。これを見逃してはいけない。 ギリシャのピレウス港運営権に関しても、7月2日の本コラム「ギリシャ危機と一帯一路」で書いたように、TPPにより形成される経済包囲網に対して、きちんと碇(いかり)を下ろしてある。「実需」戦略により勝負する中国 オバマ大統領は「中国のような国に、世界経済のルールを書かせない」と言っているようだが、中国は「ルールの統一」を図るTPPに対して、「実需」を取る政策を動かしている。 AIIBに対して、融資の基準の低さや不透明性を理由として参加しなかったアメリカだが、中国は「自分たちは発展途上国のニーズを緊急に満たす」という「実需」を優先して関係国を助けていくのだとしている(中国の言い分)。 それがインドネシアの高速鉄道に象徴されている。 TPP12カ国のうち、AIIBにも参加している国は「オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、ブルネイ、マレーシア、ベトナム」の6カ国だ。このうちオーストラリアとニュージーランドとは、すでにFTAを結んでいる。残りの4カ国と結べば、TPP参加国の半数を落せる。これらは「実需」によって動く可能性のある国だ。(なお、シンガポールとはすでに交渉が煮詰まっている。) さらにAIIBには参加してないが、中国の「実需」戦略に乗り得るTPP参加国としては、「チリ、メキシコ、ペルー」などがある。この3カ国は一帯一路の線上にはないが、しかしFTAの対象にはなる可能性を持っている。(このうち、チリとは交渉が煮詰まっている。)中国は「普遍的価値観」を共有する気はない 日本の一部のメディアや研究者の間には、中国をTPP的価値観の中に入れていくことが望ましいと期待する向きもあるが、それは考えない方がいいだろう。 中国には巨大な独占企業のような国有企業がある。 この国有企業を民営化の方向に持っていって、何とか構造改革をしようとしてはいるが、大きな困難を伴うだろう。WTOに加盟して「国際ルール」に沿うのが精いっぱいで、オバマ大統領が主張するような「統一的ルール」には乗らない「国情」があるのである。 それに、中国が最も嫌うのは「普遍的価値観」だ。 西側諸国の価値観を中国内に持ち込めば、たちまち「民主化」が起こり、中国共産党による一党支配は崩壊する。だから、絶対に西側の価値観を持ち込ませないために、あらゆる手段を考えては言論統制をしているのである。 中国は普遍的価値観の代わりに「特色ある社会主義の核心的価値観」を必死になって植え付けようとしている。これがうまく行くはずもないのだが、ともかくこの「価値観」というファクターを、日本は頭に入れておいた方がいいだろう。 中韓のFTAは締結され、今は日中韓のFTAに関する交渉を日本は進めているようだが、TPP的精神で進める限り、妥協点を見い出すのは困難なのではないだろうか。東アジア地域包括的経済連携の展望 もっとも、日中韓とASEAN(東南アジア諸国連合)諸国およびインド、オーストラリア、ニュージーランドなどの16カ国の自由貿易をめざす東アジア地域包括的経済連携(RCEP、アールセップ)というのがあるが、ここにTPP的ルールを導入する限り、やはりうまくはいかないだろう。(中国とASEANのサービス貿易協定や投資協定などは締結されている。) 国際社会に二重三重のオーバーラップした連携を形成するより、中国は「社会主義的価値観」を崩さずにAIIBや一帯一路で「実需」を中心として動き、TPP参加国とも二国間FTAをできるだけ多く結んで中国の構想を推し進めていくだろう。 特に90年代半ばから陸の新シルクロードのコアとなっている中央アジア諸国の政治情勢は安定しているのに対し、アメリカがチョッカイを出し始めた中東は混乱を極めている。その間に中国はロシアを含めた中央アジア諸国との上海協力機構の枠組みで「陸」を安定させておき、「海路」にシフトしながら、「実需」に向けてまい進するものと推測される。 以上、特に「価値観」というファクターが横たわっていることを肝に命じつつ、中国の「実需」戦略が、どこまでTPPを食い止めることができるか、あるいは「共存」することができるか、注目したいところである。追記: その後(10月8日)、次期アメリカ大統領選の有力候補の一人であるヒラリー・クリントン氏がこれまでの主張を急に転換し、TPPに疑義を唱える発言をした。民主党内でも意見が割れそうだ。(『Yahoo!ニュース個人』より2015年10月7日分を転載)えんどう・ほまれ 1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『完全解読 中国外交戦略の狙い』等。11月に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)出版予定。

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    中国AIIB対TPP「綱引き合戦」の鍵を握る日本

    吉崎達彦(双日総合研究所チーフエコノミスト) 9月30日から10月1日の2日間の予定で始まったアトランタでのTPP閣僚会議は、何度もの延長を経たうえで、とうとう10月4日(日本時間5日夜)に実質合意に達しました。交渉全体が始まってから丸5年、日本が交渉に参加してから約2年半、とうとうゴールしたと思うと感慨に絶えません。 本誌も過去5年間に、何度もTPPを取り上げてきました。その間に悲観と楽観の間を何度も行き来して、判断がブレまくったような気がしています。合意できて本当に良かったけれども、これから先も結構大変なことが多いと思います。国内、そして海外はこれからどう変わるのか。「TPP合意後」の情勢を考えてみたいと思います。 大化けした?日本の通商チーム アトランタで行われていたTPP閣僚会議の最終局面を見ていて、お世辞でもなんでもなく、わが国の交渉姿勢はずいぶん進化したものだと感心した。 かつて通商交渉の最終局面と言えば、日本は他国に「押し切ってもらう」のを待っているような情けない存在であった。ウルグアイラウンドでは、農業分野を守ることが最優先課題とされ、交渉の自由度は極めて小さかった。つまり「Aを捨ててBを取る」という交渉の基礎動作ができなかった。だから、口を開けば「日本の特殊性」に理解を求めるばかりで、日本としての要求を通すどころではなかった。 さらに交渉に際しては、いくつもの省庁の思惑が複雑に交錯し、政府全体としての方針が定まっていなかった。「日本政府は誰と話をすればいいのか分からない」などと揶揄されたものである。  その点、今回のTPP交渉における日本チームは全く違っていた。「ワールドカップにおける日本ラグビーのようだ」と評すると、さすがに褒め過ぎになってしまうだろうが、それでも往時を記憶する者としては隔世の感がある。 なにしろ最終局面で残っていた難問は、米国と豪州間のバイオ医薬品などであって、日本チームはほぼ仕事を終えていた。しかも対立する米豪の間で仲介役を果たしている。交渉の足を引っ張るどころか、ちゃんと全体に貢献していた。少なくとも、「日本が足手まといになっている」といった批判はついぞ聞かれなかった。  押す、引くの頃合いも、ちょうど良いくらいだったのではないか。報道によれば、日本が関税をかけている9,018品目のうち、約95%が撤廃されるとのこと。国内公約通り「農産物5品目」の関税を完全に維持していれば、撤廃品目は93.5%に留まる計算であった。すなわち「公約破り」になったわけだが、逆に言えばそれだけ踏み込んで高いレベルの自由化を実現したことになる。ちなみに農水省が撤廃を決めたのは、輸入実績の少ない品目が中心なので、「実害」はそれほど大きくはないはずである。  本誌が初めてTPPを取り上げた2010年11月11日号では、「FTA交渉で立ち遅れ気味の日本がTPPに参加するのは、かなり無謀な試み」「走り高跳びが出来ない人に、棒高跳びをさせようというに等しい」などと評している。それが5年後には、いきなり11か国との間でレベルの高いFTAを結んでしまった。もはや日本を「周回遅れのランナー」と見なす者はいないだろう。この間、押すべきところは押したし、切るべきカードは切った。通商交渉の世界において、日本はちゃんとしたプレイヤーとなっていたのである。 TPP交渉について記者の質問に答える甘利TPP相=2015年10月4日、米アトランタ(共同) どこが良かったか、といえば指揮命令系統がはっきりしていたことであろう。TPP交渉に参加するときは、交渉窓口を「TPP担当大臣―首席交渉官」というラインに一本化しなければならない。これなら国内がバラバラになって、「真の敵は××省」などという同士討ちにならなくて済む。1995年の日米自動車摩擦がそうであったように、単独の省庁が「一所懸命」で行う通商交渉では、日本は意外としぶとさを発揮するのである。 ところで、内閣官房のHPでわが国のTPP交渉体制を確認すると、「国内調整統括官」というポストがあって、首席交渉官と同格の扱いになっていることが分かる1。組織が発足してから既に2年半を経過しているのに、このことはほとんど知られていない。 国内調整統括官を務めているのは財務省出身の佐々木豊成氏。主計畑を長く務め、直前には内閣官房副長官補であったが、2013年4月にTPP政府対策本部が発足した際に一種の降格人事のような形で現職に就いている。  TPPの交渉期間中、農業団体などによる反対運動はきわめて抑制されたものであったが、このポストが有効に機能していたことは想像に難くない。国内が平静さを保っているからこそ、外に対して思い切った行動ができるというもの。「国内調整統括官」ポストは、今回の合意における「隠れたMVP」なのではないだろうか。 http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2013/3/130326_tpp_taisei.pdf 1 通商交渉で米国の地位は低下 さらにアトランタ会議の最終局面では、ふらつきがちなフロマン米通商代表に対して、甘利TPP担当相が厳しい注文をつけるシーンがあったと伝えられている。他の10か国の代表は、おそらくテーブルの下で秘かに拍手を送っていたのではないかと思う。 かつて、米国が世界のGDPの半分程度を占めていた頃であれば、他国は対米輸出を伸ばすためには我慢を厭わなかった。「ファストトラック」(今のTPA)という制度が典型的だが、GATTなどの通商交渉などにおいて、米国議会が特権的な地位を有することも「致し方なし」と受け止められてきた。  ところが今では、米国経済の相対的な地位は低下している。日本も含めて、今や「最大の貿易相手国は中国」という国が100か国を超えている。これでは米国を特別扱いする理由は乏しい。今週のThe Economist誌では、カバーストーリー”Dominant and dangerous”おいて、「米国の経済力が相対的に小さくなっているのに、依然としてドルが圧倒的な支配力を有している」ことによるコスト、という問題を提起している(本号のP7-8を参照)。まったく同じことが通商交渉の世界にも当てはまる。  米国が少々頼りない中で、他の交渉参加国の間を取り持った日本の存在は小さくなかったことだろう。米国主導と言われてきたTPPは、最終局面では「日米を主軸とする」FTAになったと言えるのではないだろうか。  それというのも、米国内ではかつてほど自由貿易が支持を集めなくなっている。6月に可決したTPA法案も、下院を218対200、上院を60対38という際どい差で通っている(上院は6割の賛成が必要)。 象徴的なことに、ヒラリー・クリントン前国務長官が今週7日、「TPPを支持しない」と明言している。第1期オバマ政権下で「リバランス(アジア重視)政策」を推進したご本人がそれでは困ってしまうが、民主党予備選を勝ち抜くためにはそう言わざるを得ないのであろう。ついでに言えば、共和党のドナルド・トランプ氏も反TPPである。米国は景気回復途上で、失業率も5%前後に下がっているとはいえ、「貿易は米国から雇用を奪い、賃金を下げる」といった見方が広範な支持を得ているのである。  今後のTPP発効に向けては、交渉参加12か国の批准が必要になる。一部の国の手続きが進まない場合は、署名日から2年が経過した後で「GDPの合計が85%を占める6か国以上」の手続き終了をもって、その60日後に発効することになっている。TPP域内において米国は62%、日本は17%のシェアを占めるので、日米のどちらかが欠けると85%の基準は達成されないことになる。  つまり今後の条約批准プロセスにおいても、日米のいずれが欠けても発効は難しい。来年の米国は大統領選挙、日本は参議院選挙を控えているが、どうやって批准にこぎつけるのか。まだまだ先は長いのである。TPPに対抗する中国TPPに対抗する中国 TPPは世界経済の4割、貿易量の3分の1を占めるメガFTAである。WTOのドーハラウンドは長らく停滞しているが、世界の成長センターたるアジア太平洋地域でこれだけの規模のFTAが誕生するのは、貿易自由化にとって久々のブレークスルーと言える。  こうした中で、TPPに参加していない6割の国には一種の焦燥感が生じているだろう。韓国やタイはTPPへの参加を望むだろうし、台湾なども参加を検討しているはずである。実際にタイは、自動車産業などで日本企業のバリューチェーンの中核をなしている。それがTPPに入らないのでは、せっかくの関税削減のメリットを生かせないことになる。  あるいは欧州諸国は、アジアとの貿易で不利になることを懸念するのではないか。結果として、現在進行中の「日・EU」間のFTA交渉が加速することが考えられる。いわゆるFTAの「ドミノ現象」であって、ひとつの通商交渉の成果が他の交渉を加速するメカニズムである。今回のTPP合意が、世界全体の貿易自由化の誘い水となることを期待したい。  問題なのは中国の出方である。一時はTPP参加に関心を示していたし、2013年秋には上海自由貿易試験区を作って、国内の自由化に備える様子もあった。かつて朱鎔基首相が、WTO加盟をテコに国内改革を進めた時と同様の機運である。  しかるに最近の中国では、TPPを「西側が仕掛ける新たな経済冷戦時代の幕開け」と懐疑的に受け止める向きが多くなっている。あるいは、「自らを国際ルールに合わせることの難しさ」を自覚したのかもしれない。今はむしろ「一帯一路」計画などを通して、独自の経済圏をユーラシア大陸に広げようとしている。日米がTPPを使って「海のアジア」を統合するのなら、こちらは「陸のアジア」で経済圏を広げてしまおう、といった対抗意識があるのだろう。AIIBやシルクロード基金は、そのためのツールということになる。  ちなみに今月22~28日にかけて、安倍首相は中央アジア5か国を歴訪する予定である。中国側は、「こちらの勢力圏に、余計なちょっかいを入れに来たな」と陰謀論的に受け止めることだろう。  思うにインドネシア向けの高速鉄道を、中国がタダ同然で受注してしまったのも、アジアへの勢力拡大策の一環なのであろう。少しでも多くの国を味方につけるための「先行投資」(大盤振る舞い?)なのかもしれないが、その分のコストは将来、確実にプロジェクトの採算にのしかかる。かかる政治主導型のインフラ投資は、将来的に不良債権化するのではないか。これは「一帯一路」全体に通じる疑問点である。  TPP合意後のオバマ大統領は、「中国のような国にはルールは作らせない」と踏み込んだ発言をしている。何もそこまで中国を刺激しなくても、とは思うが、より多くの国が共有できる秩序は海のアジア(日米)と陸のアジア(中国)のどちらか。当面、アジアの多くの国は、両方にチップを張って天秤にかけるだろう。しかし「自由で民主的」で「法の支配に基づく」TPPには、本質的な比較優位があるはずである。 米国議会はいつ批准できるのか さて、今後のTPP批准プロセスはどうなるのか。  TPA法案のお陰で、米国議会における議決はイエスかノーの二者択一となる。共和党が多数を占めているので、さすがに「ノー」とはならないだろうが、かといって早い時期に「イエス」という答えが出るほど生易しい情勢でもない。  TPAが定める「90日ルール」により、オバマ大統領がTPP協定にサインするのは合意から3か月後となる。つまり早くても年明け後になってしまう。オバマ大統領は、1月末に行われる任期中最後の一般教書演説において、議会に早期の批准を求めるだろう。が、2月になればアイオワ州、ニューハンプシャー州を皮切りに、予備選挙シーズンが始まってしまう。そうなったらTPP批准どころではなくなる。どうかすると、通商問題が選挙戦のテーマとして浮上するかもしれない。早目に両党の候補者が決まってくれれば、7月の党大会前後に議決のチャンスがあるだろう。が、もちろん保証の限りではない。  ちなみに現在の米議会は、「債務上限問題」「2016年度予算」「高速道路信託基金の財源」などの難題を抱えている。特に債務上限問題により、11月5日前後に連邦政府の資金はショートするかもしれない。「財政の崖」に予算案がからむ、という毎度お馴染みのパターンである。  ただしこの問題については、10月末の引退を宣言したジョン・ベイナー下院議長が、「置き土産」として妥協案を何とか通してくれる、という淡い期待がある。同時に下院議員も引退してしまうので、共和党内の強硬派も含めてもう怖いものは何もないからだ。  この秋の米議会がどういう結果に終わるにせよ、年明けの与野党は対決モードであろう。オバマ大統領と共和党の関係が、大きく改善していることは考えにくい。TPA法案を通した時点では、共和党はここだけは大統領に花を持たせるつもりであった。しかし、得てしてこういうときに相手を怒らせてしまうのが、オバマ大統領が以前から得意としてきたところである。  こうして考えてみると、TPP法案の審議に入るのは来年11月の大統領選挙後のレイムダック議会になってから、という公算が高そうだ。そうだとすると、それまでに米国に対していかに外からプレッシャーをかけるかが課題となろう。  ひとつは今年の暮れに中国主導のAIIBが動き出し、「アジアにおけるルール作りの競争」で米国が出遅れてしまう場合。以前から何度も書いている通り、「AIIB対TPP」は、経済の世界においては全く別物であって、本質的に競合する存在ではないのだけれども、政治の世界においては、一種の綱引き状態となっている。  この場合、日本の役割が重要になってくる。早期にTPP批准を済ませておき、5月のG7伊勢志摩サミットなどの場で米国に圧力をかける、というシナリオが考えられる。ところが日本も7月に参議院選挙を控えていて、簡単ではないだろう。 日本も悩ましい批准プロセス もともと安倍内閣は、「TPPは7月のハワイ閣僚会議でまとまる」と思い込んでいた気配がある。それであれば、90日ルールがあってもこの秋には署名が済むので、臨時国会をTPP国会にする、という段取りが可能であった。同時に補正予算で農業対策費を打ち出せば、年内に問題を片づけられる、という読み筋である。  ところが批准は、年明けの通常国会にずれ込むことになった。最初は2016年度予算を審議することになり、3月末までに予算が仕上がった後にTPP法案を、ということになる。それでは7月の参議院選挙の直前に、微妙な話をしなければならなくなる。さて、どうしたらいいのか。「年初からTPPの審議に入り、予算案の前に仕上げてしまう」という離れ業も考えられるが、いささかトリッキー過ぎよう。  それ以前に気になるのは、足元の景気である。このところ8月の鉱工業生産、機械受注、9月の景気ウォッチャー調査など、景気の悪化を示す指標が相次いでいる。7-9月期の成長率は、2四半期連続のマイナス成長となるかもしれない。どうやら中国経済の減速が、予想以上に効いている感じである。  先日発表されたIMFの「世界経済見通し」(WEO)10月版は、3か月前に比べて以下のように見通しを下方修正している2。 ○World Economic Outlook*()内の数字は前回7月発表分との差異        2014年          2015年         2016年世界経済   3.4%            3.1% (-0.2)     3.6% (-0.2)日本経済   -0.1%           0.6% (-0.2%)   1.0% (-0.2)貿易量     3.3%           3.2% (-0.9)      4.1%(-0.3)石油価格  -7.5%           -46.6% (-7.6)     -2.4% (-11.5) 「世界経済も貿易量も前年比3%の伸び」とは前代未聞の低水準であって、まさしく「スロー・トレード」が問題の根幹にある。  前号でも触れた通り、安倍首相はこの秋に「安保モードから経済モード」への再転換を図っている。ただし景気後退局面に入ってしまうと、その後の政策運営は一気に難しくなるだろう。昨年は解散・総選挙で一気に雰囲気が変わったが、同じ手はもう使えない。  そうした中で、TPPの批准をどう進めるか。経済と安保の両面にまたがる問題であるだけに、扱いが悩ましいところである。 2 http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2015/02/(公式ホームページ『溜池通信』より2015年10月9日のReportを転載)

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    「TPPは対中戦略として不十分」は本当か

     [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 5月18日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、ギデオン・ラックマン同紙主席外交論説委員が、オバマ大統領が推進するTPPは、中国の勢いを削ぐことにはならないだろう、と論じています。 すなわち、オバマ米大統領はなぜTPP締結に必死なのか。公式には貿易障壁を撤廃し、繁栄を確保するためというが、本当の答えは中国である。 TPPは中国を排除した米、日本を含む12か国の貿易取り決めである。ワシントンでは農業、為替、知的財産権が議論されているが、オバマと安倍の動機は戦略的である。 米外交問題評議会のロバート・ブラックウエルとアシュリー・テリスは、「中国をリベラルな国際秩序に統合する努力は逆効果で、今や中国のパワーが米国のアジアでの優越を脅かしている」、これを押し戻すために「米国は意識的に中国を排除し、友好・同盟国と特恵的貿易取り決め」を結ぶようにと提言している。これはTPPのことである。 日本にとっては、この戦略的動機はさらに強い。安倍総理は中国の台頭を恐れ、TPPを日米同盟強化のために重要とみている。米議会での演説で、この取り決めは「民主主義と自由」という観点から、その戦略的意義は大きい、と述べた。 これらの発言には、日米両国の中国の台頭への恐れが反映されている。南シナ海では中国は埋め立てを進めている。米国はAIIBへの主要同盟国の参加を阻止できず、AIIBは中国の「一帯一路」政策の道具になっていくだろう。 オバマ政権はTPPを、米国のアジア・リバランス政策が生きていることを示すものとしている。 しかし、TPPはそれに求められている戦略的期待を満たすことにはならない。 第1に、まだ合意ができ、国内的支持が得られるか、不明である。 第2に、中国がアジア経済の中心になるのを阻止するには遅すぎる。すでに中国はTPP参加国の最大の貿易相手国である。TPPの交渉外の韓国・インドにとってもそうである。 オバマがTPPについて苦労している時、インドのモディ首相は訪中し、220億ドルの取引に署名した。ただモディは中国の台頭は懸念しており、米国がアジアでの軍事プレゼンスを強化するのを奨励している。 米国はまだアジア・太平洋で支配的な軍事強国であるが、中国は卓越した経済強国である。TPPはそれを変えるには効果が小さすぎ、かつ遅すぎる、と述べています。出典:Gideon Rachman‘Obama’s Pacific trade deal will not tame China’(Financial Times, May 18, 2015)http://www.ft.com/intl/cms/s/0/d0d6bc1a-fafa-11e4-9aed-00144feab7de.html#axzz3aTRdXRRr* * * 政策の議論に際して、その政策が達成しようとする目的が達成可能か否かは、重要な論点です。ある政策に反対するために、その政策が達成しようとする目的を恣意的に設定し、その目標達成にならないという議論をすることがよくあります。この論説はそういう議論の典型です。中国は、現在アジアで卓越した経済強国ですが、TPPはそれを変えられないと言います。これはTPPなど無意味という印象を与える論議です。 TPPは、アジアでの貿易秩序を自由貿易をベースにしたものにするという意味で、大きな意義があるでしょう。中国も国家資本主義的なやり方ではなく、TPPに参加できるほどの本当の市場経済化、貿易自由化を進めることが望ましいです。それにTPPは参加各国の経済成長にもつながります。特に日本にとっては、成長戦略を推し進めていく起爆剤にもなり得ます。この論説が言うように、TPPで中国の台頭を止めることはできないと思いますが、TPPはそれでも、対中戦略、参加国経済の強化の面で大きな意義があります。その意義を多面的に考えて、過大期待も過小評価もしないことが肝要でしょう。 中国の台頭に関しては軍事面での台頭を注意深く見ていく必要があります。経済の問題と安全保障の問題は違う性格を持ちます。プラスサム・ゲームとゼロサム・ゲームほどの違いがあります。最新の戦闘機の軍事バランスの維持は、TPPの成否よりアジアの平和にとっては重要でしょう。

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    習近平への国賓待遇は 大統領権限の乱用だ

     [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のブルーメンソール研究員(アジア研究部長)が、9月9日付でForeign Policy誌ウェブサイトに掲載された論説において、習近平の国賓訪米を批判し、米国はもっと現実主義に基づいた対中政策を取るべきだ、と共和党保守派の主張を展開しています。 すなわち、米国民は一貫して中国に厳しい見方をしている。国民は中国を押し戻すことを期待しているのに、政府は反対に米国を侮蔑する習近平を最高の栄誉で迎えようとしている。 2013年のサニーランズでの米中首脳会談から2年、中国は米国の人事管理局にまでハッカー攻撃をかけているし、南シナ海では驚くべき人工島建設を行っている。これはクリミア併合にも劣らない領土の現状変更だ。米国にとってはクリミアよりももっと大きな脅威になるかもしれない。 前回の首脳会談がこれほど失敗しているのに、米国は、安倍総理に与えたと同じ栄誉と尊厳を以て習近平を迎えようとしている。大統領権限の乱用だ。習近平は穏健化するどころか、国賓訪米の直前に、毛沢東流の抗日戦争勝利式典を挙行し、文字通りグアムを狙うための「グアム・キラー」ミサイルなどを披露している。ハワイへの奇襲攻撃を再現できると言わんばかりである。 軍事パレードと時を同じくして、中国海軍艦艇がアラスカ沿岸に来た。習近平の訪米前のこのタイミングでやったのは、米国に対する侮蔑の以外の何物でもない。一部政府関係者は中国艦艇の行動は、中国も同様のことを受け入れなければならなくなったという意味で好都合だと述べているが、敗北的な考えだ。 中国が裕福になれば穏健化する、との希望的観測が今の対中政策の根底にある。それは、中国共産党も徐々に世界のルールを受け入れてゆくだろうとの考えだが、中国共産党はリベラルな政党ではない。中国は独自の世界観を持っており、国内での権力堅持と海外での自国権益拡大が戦略だ。ハイレベル会談を何回行っても、米国のネットワークは攻撃されるし、安全保障は損なわれ、価値は軽蔑され、経済の安寧は脅威を受けている。 共和党に新しい指導者たちが登場している。彼らは中国を競争者、時として脅威になる国と捉える。冷戦勝利のためのパートナー、あるいは米国が作った国際システムを受け入れる新しい国としては捉えない。 新しい共和党のアジア政策は、「差異のある関与(Unequal engagement)」だ。米中関係は重要だが、外交関与の大半はアジアの同盟国・友邦国にむけるべきだ。第1の優先順位は、同盟国・友邦国との関与の強化である。国防予算を回復し、活発な同盟外交をする。第2は、真のTPPを支持することである。アジアに高度の自由貿易市場ができるのであれば台湾や韓国、その他の東南アジアの国にも拡大していく。TPPは米の対アジア政策の主柱になる。第3は、中国の人権問題重視である。国内の人権抑圧と海外での攻勢はリンクしている。人権抑圧が減れば攻勢も弱まる。 米の対中関与政策は、より現実主義的な、より大々的でないものにすべきだ。意味のないスローガンなどシンボリズムやレトリックはやめるべきだ。時には具体的な協力ができ、世界経済問題については一定の協力があるだろうが、中国が責任ある大国になるように、また、新たな大国間協調体制に中国が加わるように説得するという考え方は、当面無駄なこととして捨てるべきだ。安定の維持と紛争の回避が関与政策の中心目的である。両国の指導者は両国の利益が必要とする時に会えばよい。来る国賓訪米は、時期が間違っているし、場所も間違っている、と厳しく批判しています。出典:Daniel Blumenthal,‘Rolling Out the Red Carpet Won’t Make China Play Nice’(Foreign Policy, September 9, 2015)http://foreignpolicy.com/2015/09/09/rollingouttheredcarpetwontmakechinaplaynice/* * * オバマの対中関与政策に対する共和党保守派からの激しい批判です。不安を覚えるような、やや激しい表現も散見されますが、後半の三つの優先政策(中国よりも同盟国・友邦国との関与を重視する、真のTPPを支持する、中国の人権問題を重視する)と最後のやや落ち着いた対中政策の在り方に関する諸点(対中関係は重要だがより現実主義的な、より大々的でないものにすべき、首脳会談は必要な時にすればよいなど)は、今の米国の保守派のムードを知る上で興味深いと言えるでしょう。 無意味なシンボリズムはやめるべきだとの点は理解できます。習近平への国賓待遇付与は、おそらく中国がそれを要求しているからであり、米国としては安いコストだと思っているのかもしれないが、内容のない中国流のシンボリズムは意味がないように思います。 対中警戒感は、今、米で高まっています。オバマ政権下の8年、中国と関与しても一向に変化がなく、反対にどんどん中国が影響力を増すことに対する強い反発と懸念が基になっているものと思われます。案外広く共有されている感情かもしれません。 いずれにせよ次期政権は、どちらの党が勝利しても、対中政策はよりリアリズムを強調したものになる可能性が高いと思われます。共和党が勝てば尚更ですし、民主党のクリントンになっても、オバマの時代と比べれば対中外交はよりタフな外交になるでしょう。政権交代による微調整は必ずしも悪くありません。

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    「カネと力」中国式ルールは通用しない! TPPが分けた米中の明暗

    渡邉哲也(経済評論家) 先日、中国の習近平国家主席が米国を訪問した。この訪問は半年以上前から予定されていたものであり、米国と中国の関係を占う意味でも大きな意味を持つものであった。6月中旬から始まった中国株式バブルの崩壊、これは米中の関係にも大きな変化をもたらしたといえるのだろう。そして、米国の中国に対する対応は慇懃無礼なものであったといえる。そして、これは中国と米国との蜜月関係の終焉と決別を世界に宣言するものになってしまったといえよう。2015年9月25日、米ワシントンのホワイトハウスで共同記者会見するオバマ大統領(右)と中国の習近平国家主席(UPI=共同) ここ数年、中国と米国が共に世界を支配するG2体制の誕生などと言っている人が居たが、私はこれを常に否定してきた。何故ならば、世界の支配者は一つだけでよく、組織論的にも、他に敵が存在しない限り、2つの権力者が手を取り合うことなどありえないわけである。そして、既存の王者である米国がその座をすんなりと渡すわけもなく、米国側の利益が少なすぎるわけである。 そして、このような根底がありながら、米国が中国を支援してきた事には大きな理由が存在する。それは米国による中国投資の投資利益である。高い経済成長率=高い配当利益であり、GDPが8%で成長すれば8%の配当が期待できる。米国の調達金利は低い。低い調達金利で借りたものを成長が望める地域に投資すればその利ざやが稼げるわけである。特に中国の場合、通貨人民元は管理フロート制であり、事実上のドル連動通貨であった。そのため、為替リスク無しで利ざやが稼げる美味しい市場だったわけである。 また、金融面だけでなく実体経済の面でも、中国の市場の魅力は大きかったといえよう。基本的に先進国は物が溢れており、新たに物を販売するには困難が伴う。それに対して、新興国は物を持たない人がたくさんおり、ものを売りやすい環境があるといえるわけである。かつての日本でも三種の神器(テレビ、冷蔵後、洗濯機)がもてはやされ、それを持つことがあこがれであった時代もあった。しかし、今の日本で持たない人は限りなく少ない。それに対して、中国にはまだまだこれを持たぬ人がいるわけである。そこに市場があるわけだ。現在日本で起きている中国人の爆買いも持たぬ人がいるからこそである。 しかし、これは健全な経済成長が維持される前提のものであり、経済成長が低下すればこの前提が大きく変わるわけである。また、米国はサププライム以降の経済の混乱の中で、海外の投資資産を減らし、中国への投資も大きく減らしていたのも事実である。また、中国の安価な産品が米国の生産者を苦しめ、雇用にマイナスになっている実態もあり、これに対する米国の産業界の批判が強まってきたこともひとつの事実である。すでに米中の間では、中国のコピー商品やダンピングなど貿易摩擦が大きな社会問題になっていたのだった。 政治的にも、AIIBやBRICs銀行など米国と対立する形で世界の中での金融支配を強めようとしており、強い経済力を武器に世界の金融市場での位置づけの拡大と米国の基軸通貨としての地位を貶めようとしていたわけである。これに対して、米国は中国人民元のSDR(IMFの構成通貨)入りに反対するなど、これを抑制する動きを強めていたわけである。 そして、バブルが崩壊した・・・。 これが中国の成長が減退期に移行する事を意味し、これまでのような中国の振る舞いが困難になることを意味するわけである。そして、世界の中で力をつけてきた中国を叩くにはもっともよいタイミングであるといえる。大量破壊兵器が生まれた今、核を持つ大国間の戦争は地球の破壊を意味し、勝者のいない戦争になる可能性が高い。だからこそ、今、一番の戦争は経済であり、米国の保つ最大の力がドルによる世界の経済支配なのである。世界の債券の約60%はドル建てであり、世界の資源取引の基本はドル建てである。ドルで借りたものはドルで返さなくてはならず、ドルがなければ資源が買えないわけなのだ。そして、そのドルの供給を一手に握っているのが米国であり、ドルは米国の武器なのである。 中国は今回のバブル崩壊でこれを思い知ることになったともいえる。何故ならば、中国はバブル崩壊による実体経済の悪化を防ぐため、8月11日人民元の切り下げを行った。中国当局としては、これまでのように政府の意向で通貨をコントロールできると考えていたものと考えられる。しかし、予想以上のキャピタルフライトが発生し、大規模な介入と為替に対する規制をかけなければ為替を維持できなくなってしまったのであった。 また、これに連動する形で中国の外貨準備に対する不安も生まれ始めたのである。中国の外貨準備は額面上世界一であり、その額は約3.5兆ドル程度である。しかし、そのうち米国債は最大でも1.2兆ドルしかなく、その中に企業の返済用や決済用資金が含まれているため、実際に介入に使える資金がどの程度残っているのかわからないという実態が明らかになったわけだ。米国の当局者や金融関係者はこれを理解していたわけであるが、これが報道に乗り始めた意味は非常に大きいと言える。 そして、米中の首脳会談ということになったわけであるが、習近平の訪米日程とローマ法王の訪米が重なり、習近平はローマ法王の影に隠れる形になってしまったわけである。また、内容的にも習近平が望んでいた議会演説は拒否され、会談後の共同声明は出されずじまいであり、中国が望んでいたSDR入りへの支援表明も得られなかったのであった。世界に報じられた共同会見も明確な地球環境保護に対する基金設立程度のものであり、これが米国に対して、ローマ法王が与えた宿題を中国に押し付けたようなものである。これが世界に報じられたわけであり、メンツを重んじる中国にとっては大変屈辱的なものであったといえる。 このような状況の中国に対して、更に追い打ちを掛けるものがTPPの大筋合意ということになる。米国はTPPによりアジアにおける米国の経済支配を強化しようとしていたわけであり、中国抜きのアジア経済圏の構築というのがTPPの一つの側面である。中国がTPP加盟国とビジネスを行おうとした場合、TPPに規定されたルールを厳守しなくてはならない。また、ルールを厳守しても関税が撤廃されているわけではないので、加盟国よりも悪い条件でビジネスをしなくてはいけなくなるわけである。特許や知的財産権だけでなく、インフラや法制度にもこれは関係し、これは金と力で中国式のルールを押し付けてきた中国のこれまでのビジネスを否定するものにもなりかねないわけである。

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    TPP芸人の予言は全部外れた! 「支那包囲網」に揺らぐ習近平

    上念司(経済評論家) 世の中にはいろいろな芸人がいるが、中でもTPP芸人という興味深いカテゴリーがある。かつて、民主党政権時代に「TPPは亡国の協定」とか、「国民皆保険がなくなる」とか、「日本の農業が壊滅する!」とか、面白いことを言って拍手喝さいを受けた芸人たちだ。安倍政権が誕生し、2013年にTPPへの参加を表明すると、この芸人たちは「表明した瞬間にすべてはアメリカの思い通り決まっている!」などと言っていた。この時はファンたちと大いに盛り上がったものだが、それも今となってはなつかしい楽しい思い出である。残念ながら一発芸人の命は短い。TPP芸人バブルは完全に弾けてしまったようだ。 もちろん、日本の国益を守るためにTPPについて警戒すべき点があったことは事実だ。ISD条項やラチェット条項が本来とは違う意味でつかわれたりしたらこれは一大事である。 ISD条項とは事後的な法律の変更などにより、対外投資が水泡に帰した場合、その賠償を請求できる権利を明記した条項だ。1989年に日本は支那と投資協定を結んだが、そこにもISD条項は入っている。支那のように法律をコロコロ変える国と取引する場合は必須の条項である。 しかし、この条項をありもしない機会損失に対しても類推適用するようなことがあってはならない。例えば、為替操作で損をしたので賠償しろ、といった無理筋の要求が通ってしまったら却って自由貿易に支障をきたすだろう。この点について私は注目していたが、結局今回のTPPでは従来通りのISD条項が採用されたに過ぎない。 ラチェット条項については、すでに決まったものをひっくり返すことはできない規定と解釈されている。なので、日本がTPP交渉に参加してもタイミングが遅いので何も意見が言えないと、芸人たちは言っていた。 しかし、実際はどうだろう? 日本が交渉参加してから2年の間TPP交渉は「漂流」した。その間、日本側の意見もかなりの割合で採用されている。芸人たちはいったいこの条項の何を理解していたのだろうか? 確かに、ラチェット条項においては大筋で合意した分野をひっくり返すことはご法度である。しかし、逆に言えば合意前の分野はいくらでもひっくり返せるということにならないだろうか。今年8月の交渉の際に、ニュージーランドが乳製品の輸入枠をめぐってトンデモないちゃぶ台返しをした。産経新聞は次のように報じている。「TPPの設計者」ともいわれるニュージーランドのグローサー貿易相には「TPPが後発組の日米に乗っ取られた」(交渉筋)との苦々しい思いがあったようだ。http://www.sankei.com/economy/news/150801/ecn1508010025-n2.html 日米に交渉を乗っ取られた腹いせに、当初提示していた3万トン程度の乳製品の枠を、一気に3倍増の9万トンにしてきたわけだ。こんな無茶苦茶な連中がよく2年間の「漂流」でまとまったものだ。日本が参加した時点でまだまだ大筋合意に至っていない分野はまだまだたくさんあったのだ。 では、TPP芸人たちの予言はどの程度当たったのか、結果を見てみよう。国民皆保険はなくなっていない。というか、そもそも、そんな話し合いは最初から行われていない。「○○が食えなくなる」シリーズは今のところ全部ハズレだ。ISD条項で巨額賠償を払うこともなさそうだ。 逆に、工業製品に対する関税は即座に2割程度撤廃され、将来的に99%撤廃される。農産物についても、日本は海外産の農産物を受け入れる代わりに、海外向けの輸出について無税枠や大幅な関税の撤廃という「果実」を手に入れた。和牛や質の高い果物など、関税があった時代から輸出されていた農産物の生産者は大いに盛り上がっていることだろう。 商売をやったことがない人は人のうわさを信じやすい。「再開発で渋谷がダメになる!」という与太記事を読んで真に受けてしまったりする人がいる。都営大江戸線は開業当初、「いったい誰がこの電車に乗るんだ?」と言われるほどすいていた。税金の無駄遣いだと。しかし、今は大江戸線の乗降客は相当増えている。麻布十番などは大江戸線と南北線の交わるターミナルになり、また近くに六本木ヒルズなどもできたことから商店街は活況だ。 交通インフラや取引のルール変更などがあっても、そのことによってある地域や業界がダメになったりよくなったりすることが決まるわけではない。もちろん、各自が勝手に予想するのは自由だが、それがあたかも決められた未来であるかのように言うのは言い過ぎだ。ルールが変わったのなら、いち早く事業モデルをそれに適応させればよい。正解は分からないので、様々な挑戦を繰り返し、失敗しながら学べばいいだけだ。TPP参加国の民間企業は新しいルールに合わせて様々なチャレンジをするだろう。各国で多くの企業がチャレンジすることで経済は活性化する。日本の負けは決まったわけでもないし、勝ちも決まったわけではない。すべてはここからの努力次第なのだ。北京の人民大会堂で握手する韓国の朴槿恵大統領(左)と中国の習近平国家主席(共同) そういう意味でいうと、今回TPPに参加できなかった支那と韓国は大きなハンデを背負うことになった。自業自得だから仕方がない。TPP加盟国は支那や韓国にいくらでも関税をかけたり、輸入制限をしたりすることができる。(もちろん、個別に貿易協定は結んでいるだろうからその範囲内であるが…) TPPに入るためには、資本取引が自由化されているとか、投資家の権利が守られているとか、様々な前提条件がある。しかし、支那において共産党の権力は神にも匹敵する。というか、神以上でなければならない。そのため、世界的な貿易ルールよりも、支那共産党の都合が優先されないと困ったことになってしまう。もちろん、投資家の権利など守っていたら支那共産党のメンツは丸つぶれだ。常に、経済問題は政治問題化するリスクがある。 支那がTPPに参加しようとするなら、こういった宿題を自分でやってこなければならない。もちろん、宿題をやっている最中に共産党の仲間割れが修復不能になるかもしれないし、人民が暴動を起こして文字通り「爆発」するかもしれない。TPPに参加するメリットとこれらデメリットを比較して習近平は決断するのだろうか? 生暖かく見守りたい。 また、韓国はTPPに入れない支那にあくまでも付き従っていくのだろうか? もはや二股外交は完全に破たんした。事大主義を貫き通すなら、そろそろ新しいご主人様を探すタイミングなのかもしれない。 とはいえ、日本が韓国に救いの手を差し伸べるにはまだまだ早いのではないか? 国際的な反日キャンペーンについて、真摯な謝罪と賠償が終わっていない。まずはその問題を解決するのが先だ。韓国国内で大いに議論していただければいいのではないだろうか?

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    人民元切り下げと天津大爆発事故で習近平氏は今や崖っぷちか

     中国情勢が大揺れだ。中国人民銀行が8月11日から3日連続で人民元の対ドルレートを切り下げたと思ったら、12日には天津で爆発事故が起きて大惨事になった。 先の上海株価暴落と合わせて、背景に習近平政権首脳部と江沢民派(上海閥)、および胡錦濤派(共産主義青年団)との熾烈な権力闘争があるのか、ないのか。 真相はともかく、習政権による反腐敗運動で痛めつけられてきた反体制派にとって、一連の事態が反転攻勢をかける絶好の機会になったのは間違いない。いまや習政権は完全に足元が揺らいでいる。 全体情勢を整理しよう。まず7月8日から始まった株価暴落だ。これは「江沢民派が仕掛けた空売りが発端だった」という見方が定説になりつつある。暴落に慌てた政権が、本来は市場と無関係の公安省を動員して捜査に乗り出した事実がそれを如実に裏書きしている。 政権は「空売りを仕掛けた側には政権を揺さぶる意図がある」と見ているのだ。 人民銀が突如として人民元の切り下げに踏み切ったのも、なんとかして景気の落ち込みを防がないと反体制派につけいるスキを与えてしまう、と焦ったからだろう。 株価暴落そのものは1年前から始まっていた不動産バブル崩壊を後追いしたにすぎない。シャドーバンキングで溢れたマネーがバブルを起こしたものの、実需を無視した投資は結局、全国にゴーストタウンを作っただけだった。 肝心なのは、むしろ実体経済のほうだ。公式発表はいまだに7%成長をうたっているが、そんな数字を鵜呑みにして伝えているのは、いまや中国お抱えのエコノミストと日本のおめでたいマスコミくらいである。本当にそんなに調子がいいなら、そもそも元切り下げで輸出にドライブをかける必要はない。 政権が心配しているのは株価暴落もさることながら、景気悪化で不満が高まった国民の暴発である。中国ウォッチャーの石平氏によれば、中国ではフランス革命を分析した歴史家、トクヴィルの書物『旧体制と大革命』(和訳本は、ちくま学芸文庫)が大人気になっているという。指導部も国民も体制崩壊の先例を学んでいるのだ。 元切り下げは米国が要求してきた切り上げに逆行する。人為的な元安政策で輸出を拡大するのは不当というのが米国の言い分だ。9月に習主席訪米を控えたタイミングで、あえて米国の神経を逆なでするような行為に出たのは、それだけ政権が追い込まれた証拠である。なりふりかまっていられなかったのだ。 そこへタイミングを合わせたかのように大爆発事故が起きた。事故原因は不明だが、安全保安基準の扱いや事故対応をめぐって政権批判の口実を与えるのは必至だ。事故そのものが反体制派の仕業という見方も消えていない。8月16日、中国天津市で起きた大規模爆発で大破した消防車。犠牲者の多くは消防関係者とみられる(共同) 一連の事態をみると、習近平政権は国内で苦しい立場にあると分かる。となると、対外関係はどうなるのか。 選択肢は2つある。強硬路線か、当面は頭を低くした時間稼ぎかだ。どちらもありうるが、米国は南シナ海の埋め立て問題で妥協しないだろう。軍事基地化阻止と航行の自由維持は米国にとって生命線だ。 日本は毅然としながらも、中国を無用に刺激しないことが肝心である。ここで対日批判の口実を与えてしまえば、中国は国内の苦境を対日批判に転嫁する得意の作戦に出るだろう。安倍晋三首相が終戦70年談話におわびの言葉などを盛り込んで、穏便に事を済ませたのは正解である。■文・長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ):東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。規制改革会議委員。近著に『2020年新聞は生き残れるか』(講談社)関連記事■ 人類滅亡――マヤ暦の予言とは異なる「2012年問題」の正体■ 中国鉄道車両メーカー 事故車両掘り起こしで株価下げ止まる■ ネットに登場の「中国人クズ番付」など中国の民意に迫った本■ 「人民元切り上げ」で日本にとばっちりの円高来ると専門家■ 米国製軍用ジープを丸パクリした中国製軍用ジープの写真公開

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    結局どうなる 中国経済

    失速する中国経済が最大の焦点だった主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、空虚なメッセージに終始した。6月に発生した中国株バブル崩壊は、マクロ経済の綻びを示す1つの事象にすぎない。習近平政権は、共産党体制を維持するための政治政策と、経済政策の間で揺れている。

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    中国の金融緩和策が効かない最大の理由

    小笠原誠治(経済コラムニスト) 株価の急落に耐えかねて中国政府がまた動きました。先週からの急激な株価の下落に中国当局はただ黙って見ているだけなのかと思っていた矢先の出来事です。 その効果と言うべきか欧州市場では株価が反発したのです。 では、中国は今回どんな対策を打ち出したのかと言えば…0.25%の利下げと預金準備率の引き下げです。 つまり金融を一層緩和したということなのですが、別に目新しい内容ではありません。 案の定、米国のマーケットはそれほど反応を示さず、NYダウはまた下げているのです。 では、ここで皆さんに問いたいと思います。 金利の引き下げや預金準備率の引き下げといった金融緩和策は今の中国の経済にとって恵の雨になるのでしょうか? 如何でしょうか? 金利を引き下げると、何故景気を刺激するかと言えば… そうですよね、お金を借りて投資をする立場にある企業としては、金利が安くなるので投資をしやすくなるのです。そして、企業の設備投資が増えれば、GDPも引き上げられる、と。 では、今の中国経済にとって金利の引き下げは有効な手段と言えるのでしょうか? しかし、中国経済を少しでも理解している人からすれば、それは殆ど意味のないことだと分かるのです。 何故か? それは中国経済のより本質的な問題は、設備投資が盛り上がらないことではなく、逆に設備が過剰であることにあるからです。中国安徽省の証券会社で、株価の動きを見つめる個人投資家(共同) 例えば鉄鋼の生産設備ですが…世界の鉄鋼の年間の生産能力は23億トンに及ぶとされていますが、そのうち中国の能力は11.6億トンを占めています。 凄いですね。世界で毎年生産される鉄鋼のうち半分は中国で生産されているのです。 では、実際中国は最近どのくらいの鉄鋼を生産しているかといえば、約8億トン程度。因みに日本は、長い間約1億トン程度で推移しているので、日本の8倍ほどの鉄鋼を生産していることになるのです。 但し、中国の生産能力は11.6億トンもあるので、3.6億トン分は余剰生産能力ということになります。 そんなに生産設備が余っているのですから、金利を下げてやるから設備投資をしろと言っても、それがおかしな話であるのは自明のこと。 鉄鋼以外にも、例えば自動車の生産に関しては、2015年の中国の自動車生産能力は約5000万台に迫る見込みとされている一方で、実際の売り上げ見込みは2500万台にとどまると見られているので、稼働率は5割程度にとどまるのです。 これら以外にも、板ガラス、電解アルミ、太陽電池、エチレン、石炭、コンクリート、船舶、それに風力発電など、どれもこれも生産設備が過剰であることがむしろ中国経済の大きな問題になっているのです。 こんな中国なのに、投資を刺激するための金利の引き下げに何の意味があるのか、と。 そうでしょう? 確かに景気の悪化を防ぐべきだという意見も分からないではありませんが、しかし、景気の悪化を恐れるあまり、これまで投資を増やし続けてきた結果が、この過剰設備を生み出してしまったのです。 要するに問題を先送りしてきたツケが、今中国に回ってきているのです。 ここで金融を緩和したり、或いは財政出動をしても、それはまたしても問題を先送りするだけの話に過ぎないのです。 本当は、設備投資を促進するよりも、過剰設備の問題にもっと積極的に取り組む必要があるのに、それがなかなか実行できずに今日に到ったと言うべきなのです。  大体一人っ子政策をとっている中国なのですから、人口が増えない一方で、GDPがいつまでも伸び続けるなんてことはあり得ないのです。他国にない優れた技術力を保有しているという訳でもない訳ですから。それに賃金だって上がり続けている訳ですから、安い労働力を武器とした輸出に頼るのも限度があるのです。 ということで、中国の経済は調整期に突入したと言えるのです。そして、その調整のためには相当の時間を要すると考えた方がいいでしょう。(オフィシャルブログ『経済ニュースゼミ』より8月26日分を転載)おがさわら・せいじ 1976年3月九州大学法学部卒。1976年4月北九州財務局(大蔵省)入局。大蔵省国際金融局開発金融課課長補佐、財務総合政策研究所研修部長、中国財務局理財部長などを歴任し、2004年6月退官。以降、経済コラムニストとして活躍。メールマガジン「経済ニュースゼミ」(無料版・有料版)を配信中。著書に『マクロ経済学がよーくわかる本』(秀和システム)、『ミクロ経済学がよーくわかる本―市場経済の仕組み・動きが見えてくる』(秀和システム)、『経済指標の読み解き方がよーくわかる本』(秀和システム)がある。

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    中国の経済成長は終焉するのか 日本への影響は?

    釣雅雄(岡山大学経済学部准教授)(THE PAGEより転載) 中国上海市場の株価急落につられて世界同時株安が誘発され、日本でも株価が乱高下しています。世界同時株安はいったん沈静化したようにみえますが、中国経済の問題は解決したとはいえず、株価維持政策はそれらを先送りしただけかもしれません。中国経済が今後どう進んでいくのかを知るには、中期的な視点が必要です。日本の高度成長の経験からひもとき、その後、日本経済への影響を考えてみます。中国経済の高すぎる「投資」依存度[図](出所)中国の表:中国人民共和国国家統計局編、China Statistical Yearbook、日本の表:内閣府、国民経済計算、拙著(2014)『入門日本経済論』122頁 中国の経済成長には、投資の役割が大きいという特徴があります。中国の経済成長のおよそ半分が投資によるものです(このことは、投資と消費がGDP成長にどれくらい寄与したのか《寄与度》をみることで確認できます)。さらに、図で日本の高度成長期と比較してみても投資の占める割合が大きく、同じ高成長でも中国と日本とではずいぶんと異なることが分かります。 このような投資が大きいという特徴から、中国の抱える問題が見えてきます。・中国国内の経済格差が拡大してきた・過剰な投資は経済の成熟化に伴いいずれ縮小し、成長率も低くなる 投資の中身では、不動産が非常に大きな割合を占めています。2013年の中国の産業別投資割合(中国人民共和国国家統計局編「China Statistical Yearbook」)は、全体の投資に占める割合が一番大きいのは製造業の33%ですが、その次が不動産の27%です。中国証券監督管理委員会の前に集まった個人投資家ら(奥)=北京(共同) 通常は所得の増加に伴い消費が増えるはずです。中国では住宅が重要で、結婚の条件にもなるようなので日本とは異なると思いますが、それでも、所得が増えたから不動産投資をしようという人は、高い所得水準の人に限られます。そのため、国民と一部の富裕層、あるいは企業とに所得格差が生じていて、それぞれが異なる経済行動をしていると考えられます。 日本でも高度成長期に不動産投資は伸びていました。しかしながら、床面積でみると(建設省「建築物着工統計調査」)、1973年ころがピークでその後は居住用は1980年ころまで横ばいののち減少、鉱工業用は半減するような急速な縮小という状況になりました。これは、石油ショックの影響も大きいですが、基本的には、高度成長期の終焉によるものです。 人口移動(総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」)でみても、東京圏への超過転入は1962年がピークの38.8万人で、1970年代に入るとそれが急速に縮小しました。また、東京圏に限らず日本全体での都道府県間移動の総数をみると、1970年の424万人がピークとなっています。 すなわち、日本でも高度成長期に人々が移動している間は、不動産投資が拡大していたのですが、それを過ぎると急速に(たとえば5年程度の間で)縮小するという現象が見られました。移動先での住宅需要が縮小したり、製造業への産業構造の転換が終わったためです。 中国でもおそらく同じようなことが起こると思います。問題は、中国経済がかつての日本に比べて投資への依存度が高すぎる点、経済格差のために国民の消費需要への転換が進みにくいかもしれない点です。中期的には問題がある追加金融緩和[図](出所)中国人民共和国国家統計局、Yahoo! Finance さて、上海株の下落への対応として、中国の中央銀行である中国人民銀行が8月25日に追加金融緩和を決定しました。中国は2014年の終わりから現在まで断続的に金融緩和を行っており、そのため、今回も「追加」金融緩和となっています。背景には不動産の価格下落があり、直近でも6月27日に金利を引き下げています。株式市場においてこの追加緩和は好感される政策かもしれませんが、これには中期的に問題があります。 上海株のバブル的な上昇は、不動産から株式への資金移動が原因だと思われます。次の図は北京と上海の新築住宅販売価格の推移と、上海総合株価指数の推移を重ねて示したもので、昨年の夏ごろからそれぞれが反対方向に動く様子がみられます。不動産価格が下落していたため、投機的な資金が株式市場に流れ込んだのでしょう。そのため、今年の3月ごろを境に不動産価格が回復し始めると、逆に株価が下落しています。 金融緩和は株式のみならず、不動産にも影響を与えます。中国の中央銀行が直面する問題は、株価を支えるための追加金融緩和により、住宅など不動産のバブル的な価格上昇を加速させてしまうことです。もし、今回の混乱が収まるとしたら、これまでと異なり、今後は不動産も株式も、どちらも価格が上昇するかもしれません。 しかしながら、金融緩和は需要の「先食い」に過ぎず、日本の経験から考えても永久に不動産投資が伸び続けることはありません。この需要の先食いが強すぎる場合、将来、急速な不動産価格下落という経済ショックをもたらしてしまいます。日本のバブル崩壊もそうですが、米国のリーマンショックも同じ動きでした。日本でも1990年ごろのバブル崩壊から、不良債権問題、貸し渋り、投資の低迷などが不動産価格下落により生じました。さらに、中国では不動産投資が減少してしまうと、現在のような経済成長を維持できません。そのため、もし不動産価格にショックが生じた場合は、厳しい景気後退が発生してしまうでしょう。日本経済への影響は限定的か[図](出所)財務省、貿易統計 もし将来、中国経済が失速するとなれば、企業によっては大きな影響を受けると考えられます。それでも日本経済全体への影響は限定的でしょう。図で日本から中国、米国への輸出額の推移と内訳を示してみました。 中国への輸出品の構成は、米国への輸出とは異なります。一般機械や電気機器(主に電子半導体)など中間財と呼ばれるものが多く、それらの多くは間接的にはEUや米国への輸出につながっています。図で分かるように、リーマンショック後、2010年でも米国への輸出は回復していませんが、それは主に輸送機器(自動車)の輸出減が響いたためです。ところが、中国への輸出は元に戻っています。 もし中国経済が悪化すれば、日本経済が影響を受けるのは間違いありませんが、リーマンショックのような欧米での発生に比べると小さいものにとどまるはずです。ただ、隣国でもあり、単純に貿易だけを考えればよいわけでもないでしょう。 中国政府と中央銀行がどのような政策を採用するかによって、今後どうなるかはずいぶん異なります。そもそもの発端は、中国が経済成長を維持するための手段として金融政策を用いていることや、株式市場などで介入を強めたことです。中国は共産主義国でありながら、自由な経済活動を導入することで発展してきましたが、ここにきて、政府は経済成長維持のための介入を強め過ぎているようにみえます。日本の経験からもいずれ行き詰まることがあり得ますので、今回の混乱が落ち着いたとしても、日本の企業は中国経済の変動に対応できるようにしておいたほうがよいでしょう。

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    デフレ不況に近づく中国 必要なのは中国版リフレ

    梶谷懐(神戸大学大学院経済学研究科教授) 6月に急落した上海株式市場は、中国政府の露骨ともいえる「救市」(市場介入)にもかかわらず続落を続け、ついに8月下旬、「世界同時株安」をもたらすこととなった。日経平均株価が一時、937円も急落し、ニューヨークのダウ平均株価も一時、過去最大の1089ドルの値下がり幅を記録した8月24日は「ブラックマンデー」とすら呼ばれている。 中国経済にいったい何が起きているのか。重要なのは、株価下落そのものより、それをもたらす原因となったマクロ経済状況の変化である。現在中国が陥っているのは「デット・デフレーション」である(これは日本がバブル崩壊後に陥った「デフレ・スパイラル」とほぼ同義)。日本の高度経済成長期も超える過剰投資画像:iStock 中国では株式市場の高騰が昨年から続いてきた。だが、実体経済の指標とは全く連動しておらず、株高は不動産市場から流入した資金によって一時的に実現したものに過ぎない、というのが大方の見方だった。 2008年のリーマンショックによる世界金融危機以降、中国は地方政府による公共事業を中心とした投資をもって潜在的な消費不足を補ってきた。13年の公式統計によれば、GDPのうち国内投資(在庫投資含む)が占める比率(粗投資率)は47・8%に達している。日本の高度経済成長期でも粗投資率は35%程度だったことを考えると、この中国全体の数字だけでも投資が過剰な状態にあることは明らかだ。 しかしより深刻なのは、特に内陸部における投資依存度の高さである。例えば同じく13年に粗投資率が80%を超えている省・自治区は、全国で雲南、青海、チベット、内蒙古、寧夏、新疆の6つもある。このうちチベットと青海は投資率が100%を超えている。これは、投資の大部分が中央からの補助金で外の省から資本を購入することに充てられているためである。 これらの国内投資の多くはもともとフローの投資収益率は低く、キャピタルゲインが発生することを前提に行われてきた。しかし、14年の中ごろから全国の不動産市場が下落に転じ、資産価値の期待上昇率がしぼむことにより、それらは収益性が低いだけではなく、キャピタルロスをもたらす可能性の高い「無駄な投資」となってしまった。まさにデット・デフレーションが視野に入る状態となっていた。債務の拡大と不可分な投資の拡大 デット・デフレーションとは、企業などが抱える過剰な債務が原因となって経済が目詰まりを起こし、不況が拡がっていく現象を指したものである。消費や輸出と異なり、投資の拡大は債務の拡大と不可分である。特に中国のような投資への依存度が高い経済では、資産価格の下落などによって債務の返済が焦げ付いてしまうリスクを常に抱えているといってよい。 デット・デフレーションに陥ると、まず、物価の下落などによって資産価値や投資プロジェクトの収益性が徐々に下落し、企業の債務返済が次第に困難になるため、新規の投資を控えたり、従業員をリストラしたりするようになる。この状態が長引くと「デフレの罠」、つまり企業や金融機関の連鎖的な倒産が生じ、さらに不況が深刻化する状況に陥る。 現況においては中国の消費者物価水準はまだプラスだが、不動産価格と投資プロジェクトの収益性の下落は続いており、デット・デフレーションに近い状態にある、と考えられる。 デット・デフレーションを打開する一つの方法が「清算主義」である。これは低収益、高債務の企業を倒産させてでも債務を整理し、原因を根本からなくしてしまおうというものである。 もう一つの処方箋は、政府が積極的な金融緩和を行って物価水準を上昇させるという「リフレ政策」を採り、企業の実質的な債務負担を減少させるべきだ、というもので、米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ前議長らが唱えたものである。 清算主義的な主張にも一理はある。改革の「痛み」を和らげるために金融緩和を行えばまたしても投資が刺激されてしまうからだ。 しかしこのような清算主義は、適切な政策割り当ての観点からみると問題が多い。今後の持続的な成長を考えれば、同時に、投資の抑制を含め、供給面の生産性を引き上げるための改革を行うことは必須である。 加えて需要面でのショックを抑えるために、消費や輸出を刺激する政策と組み合わされる必要がある。急激に成長率が低下してしまうと、本来高い成長率を見込める民間企業から先に倒産に追い込まれ、人的資源が有効に活用されないため、かえって生産性が低下してしまうからだ。 以上を踏まえれば、不況に陥った中国経済にとって望ましい政策とは以下のようなものであるはずだ。 まず、高すぎる投資率を抑制し、資源配分の効率性を高めるための金融市場や社会保障制度などの改革を行う。その一方で、需要のショックを和らげるため一定のインフレ率をターゲットにした金融緩和を行い、為替レートを低めに誘導するというリフレ政策を行うのである。 景気を下支えするための金融緩和を持続的に行ってきた中国当局の政策スタンスは、一見このような望ましい方向を目指しているように見える。 確かに、中国人民銀行は預貸比率規制の撤廃や預貸基準金利と預金準備率の引き下げなど、6月下旬から継続的に金融緩和を行い、大都市の不動産指標も次第に上向きつつある。中国当局による不可解な元買い介入 中国人民銀行は8月11日から13日にかけての3日間、人民元レートの基準値を4.5%も切り下げた。 当局はこの1年ほど、一貫して元買い介入を行い、人民元の対ドルレートは1ドル=6.1元から6.2元台で推移してきた。しかし、対ドルの先物レートが14年末から大きく下落し1ドル=6.3元台の後半から6.4元台で推移するなど、市場に強い元安圧力が存在していた。 しかし、デット・デフレーションの発生により、国内需要の落ち込みが生じている状況のもとでは、このような介入は本来望ましくないものであった。元の下落を食い止めるために元買い介入を行うことは、市中から元を引き上げる引き締め効果を持ってしまい、デフレ脱却のための金融緩和を相殺する効果を持つからだ。 AIIBの設立やシルクロード基金を通じた資本輸出によってアジアにおけるインフラ建設を進めると同時に人民元の国際化を目指す中国政府としては、大幅な元の減価は避けたかった。しかし、なかなか反転しない株価を目にした当局は、国内経済が「デフレの罠」に陥っては本末転倒と考え、切り下げに踏み込んだのだろう。 また、資源配分の効率性という観点からは、金融緩和によって増加する銀行融資が、どのような貸出先に行われるかが問題となる。特に内陸部の省に関しては、過剰な投資を一定期間抑制し、その結果ある程度低成長が持続することになってもやむを得ない、という政治的な決断が必要になるかもしれない。 中国政府は7%という具体的な成長目標にこだわってきた。7月15日に中国政府は、4~6月期のGDP成長率が前年比7%に達したことも公表している。しかし、それにこだわることは決して得策ではない。内陸部を中心に効率性の低い投資が過剰に行われ、成長率を何とか下支えしてきた結果、不動産や株式市場のバブルを誘発してきた「投資過剰経済」の体質が温存されてしまうからだ。 いずれにせよ、現在の中国政府は、いくつもの異なる課題を同時に解決せねばならず、深刻なジレンマに陥っているようにもみえる。その中で、景気を下支えするための一連の経済政策が、生産性上昇のための改革と一体となって行われるのか、それとも非効率な投資を続け、問題を先送りさせる結果に終わるのか。そこに今後における中国経済の持続的な成長の可否がかかっていると言っても過言ではない。かじたに・かい 神戸大学大学院経済学研究科教授。専門は現代中国の財政・金融。2001年、神戸大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。神戸学院大学経済学部准教授などを経て、14年より現職。主な著書に『現代中国の財政金融システム:グローバル化と中央―地方関係の経済学』(名古屋大学出版会、11年)、『「壁と卵」の現代中国論』(人文書院、11年)、『日本と中国、「脱近代」の誘惑』(大田出版、15年)などがある。

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    迷走する中国経済の行方―資産バブル崩壊の悪夢

    柯隆(富士通総研経済研究所・主席研究員)(「nippon.com」より転載)失速する中国経済への懸念が高まる中、中国政府は人民元切り下げに踏み切った。しかし国有セクターの改革などの本質的な構造改革が進まない中国経済の行く末には暗雲が立ち込める。ついに「資産バブル崩壊」へ 中国では、政治改革と国有セクターの改革が遅れているため、マーケットはその影響を受けて右往左往している。1年前までは、不動産価格が高騰したバブルだった。25年前の日本の轍(てつ)を踏まないために、中国政府は不動産投資のコントロールに乗り出した。行き場が失われた流動性(資金)は株式市場に流れ、株価の急騰をもたらした。中国政府にとって株価の高騰は都合の悪い話ではない。なによりも、隣国の日本では、アベノミクスで異次元の金融緩和を実施し、株価を上昇させ、「失われた20年」という景気の負のスパイラルを脱出できた。株高の資産効果は中国政府に大いなるヒントを与えたはずである。 しかし、金融緩和だけで株価を一時的に上げることはできるが、実体経済の改善がなければ、株価はいずれ下落してしまう。その悪夢をみたのは、今年の6月に入ってからだった。上海株価総合指数が5100ポイントを超えたところで、急落した。アベノミクスは株価を高位に維持しようとして第二、第三の矢(成長戦略)を放ち、実体経済の改善に取り組んでいる。それに対して、李克強首相は2年半前に首相に就任した当時に公約した構造転換が遅々として進んでいない。 中国経済のファンダメンタルズを考察すれば、景気が減速し、上場企業の業績も改善されていない中、株価の急落は当たり前のことといえる。国際通貨基金(IMF)の幹部は中国の資産バブルが崩壊したと明言している。大量の不良債権が生じているとの指摘も 今の中国経済は1990年代初期の日本経済によく似ている。資産バブルの崩壊とともに、景気も減速している。一つ異なる点は、今の中国の経済成長率(実質GDP伸び率)は公式統計では7%成長が続いているといわれていることだ(下表参照)。この7%成長の信憑性に問題があり、多くの研究者は実際の成長率が5%前後ではないかとみている。百歩譲って、成長率が確かに7%であっても、問題が残る。すなわち、今まで、8%成長以上続いていたものが7%に減速しているのだ。中国経済主要指標(2009~2015年1-6月)(注)①都市部住民の実質収入は一人当たり可処分所得、農村住民の収入は一人当たり純収入である。②都市部失業率は、2012年までは、登録失業率であるのに対して、13年以降は調査ベースの失業率である。③李克強指数=(鉄道貨物輸送量伸び率×25%)+(電力消費量伸び率×40%)+(銀行融資残高伸び率×35%)④都市部失業率は、各年の% (資料)中国国家統計局、中国商務部、中国人民銀行、中国人力資源社会保障部 多くの企業は、8%以上の成長を前提に、投資プランと資金調達プランを立ててビジネスを展開してきた。しかし、景気が急に減速して、多くの企業にとって資金返済が難しくなっている。確かな統計がまだ公表されていないが、多くの研究者は、中国の国有銀行に大量の不良債権が現れていると指摘している。仮に、経済成長率が2-3%から7%に上昇していれば、企業の経営は飛躍的に楽になる。したがって、7%成長という絶対値が問題ではなく、景気変動のトレンドが問題なのである。 中国政府は7%程度の成長を「新常態」(ニューノーマル)と定義して、それを受け入れる姿勢を示している。しかし、本心はそれ以上の成長を実現しようとしているはずである。なによりも、経済成長は共産党の正統性を立証する唯一の証左だからである。だからこそ中国政府はなりふり構わず急落する株価を力づくで押し上げた。国有セクターの改革も停滞 トータルしてみれば、中国経済は歴史的なターニングポイントに差し掛かっているといえる。世界第二の規模にまで発展している中国経済はこれまでの、もっぱら資源や労働力を投入する「要素投入型」の経済モデルを続けることができない。そして、輸出に依存する「外向型発展モデル」も限界に来ている。20年前から中国の指導者は内需依存の経済に転換すると明言した。これは正しい認識である。残念ながら、こうした構造転換は未だに実現していない。 もう一つのネックは国有セクター改革の遅れである。中国経済にとって肥大化している国有セクターは経済成長を妨げる障害になっている。国有セクターの何が問題なのだろうか。まず、国有企業は主要産業を独占しているため、独占利益を享受している結果、イノベーションに取り組む姿勢が弱い。そして、国有企業はもっぱら規模の拡大を追求するため、マクロ経済の非効率性をもたらしている。さらに、国有銀行は国有企業に巨額の流動性を供給しているため、毎年一定割合の融資が不良債権になっている。 国有セクターの弊害は明々白々だが、中国政府は本気で国有銀行と国有企業の改革に取り組まない。なぜならば、中国政府にとり国有セクターは第二の国家財政のような存在であり、巨額の流動性を供給してくれる都合のいい存在であるからだ。市場メカニズムを無視した人民元切り下げ 景気が減速する中で、中国政府はオーソドックスな金融政策(金利と預金準備率操作)を繰り返し実施したが、効果は現れていない。ここで、またもアベノミクスは中国政府にヒントを与えた。アベノミクスは金融緩和を進めた結果、行き過ぎた円高が是正され、大幅に円安が進んだ。為替レートの切り下げは間違いなく輸出製造業の価格競争力の強化に寄与する。 中国では、2005年7月から人民元が切り上がり、15年8月現在、累計35%も切り上がった。同時期に、中国の主要都市の最低賃金がほぼ毎年10%ずつ引き上げられた。このトレンドは間違いなく輸出製造業の価格競争力を低減させている。そこで、中国政府は為替レジームの改革を理由に、人民元の対ドルレートの切り下げに踏み切った。 そもそも為替レートは国際貿易の交易条件を定義するためのものである。中国の景気後退を考えれば、元安はやむを得ないことと判断される。問題は元の切り下げではなく、政府が切り下げを直接実施したことにある。先進国の為替レジームは市場メカニズムによるものであり、行き過ぎた変動があった場合、政府は市場プレーヤーの立場から市場に介入するが、市場の管理者として為替レートを直接決めることはできない。 それに対して、中国の為替レジームは、「中央銀行が前日の通貨バスケットの動きを参考に、当日の中間値(基準値)を決める」ことになっている。その基準値を決めるのは恣意的になりがちであり、市場の均衡レートと大きくかい離する可能性が高いため、市場に強い影響を与える。中国経済、ハードランディングの懸念も 元の切り下げについてもう一つの問題を指摘しておきたい。民主主義の国では、経済政策の変更はいきなり実施するのではなく、政策当局は繰り返し市場と対話しながら、市場と投資家の動向を見極めたうえで、最後に政策を実施する。その典型例は米国の利上げである。米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長は9月に利上げを実施するかどうかを判断するために、繰り返して市場にメッセージを送っている。 しかし、社会主義の政治指導者は選挙を経験していないため、記者会見について苦手意識を持っており、市場との対話も粗末である。中国の景気がこんなに減速しているにもかかわらず、李克強首相は一度も記者会見を開いていない。政策当局は市場と対話せずに、唐突に政策を実施するから、市場に大きなショックを与えてしまう。 中国経済のファンダメンタルズを考えれば、緩やかに減速していくことは自然の姿と思われる。政策の実施が下手だったため、景気変動、すなわち、ボラティリティは大きくなっている。共産党第18回党大会で採決された文章には、「市場メカニズムが正常に機能するように市場環境を整備する」という重要な一文が盛り込まれている。とても正しい問題意識といえるが、残念ながら、実際の政策運営をみると、政府は常に市場を凌駕しようとしている。 株価の暴落は市場からの警鐘と受け止めるべきである。元の切り下げは必要だが、政府の役割ではない。政府は市場取引が公正に行われているかどうかをモニタリングする監督者であるが、市場の管理者であってはならない。最後に、中国の資産バブルはすでに崩壊しているが、中国経済がハードランディングするかどうかは中国政府の政策次第であることを強調しておきたい。か・りゅう 富士通総研経済研究所・主席研究員。1963年中国南京市生まれ、1986年南京金陵科技大学日本語学科卒業、1988年来日。 1992年愛知大学法経学部卒業 。1994年名古屋大学大学院経済学修士 。長銀総合研究所国際調査部研究員を経て、1998年に富士通総研経済研究所主任研究員。2007年より現職。財務省外国為替審議会委員(2000-09年)、財務政策総合研究所中国研究会委員(2001-02年)。主著に『暴走する中国経済 』(ビジネス社, 2014年)、『中国が普通の大国になる日』(日本実業出版社, 2012年)等。

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    9・3天安門発のブラックジョーク 党指令型不況に気付かぬ首脳たち

    田村秀男(産経新聞編集委員) 9月3日、「抗日戦勝記念日」の北京・天安門。習近平中国共産党総書記・国家主席と並んで立つ、ロシアのプーチン大統領や韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領の顔が青空のもとで映えた。まるでブラックジョークだ。青天は8月下旬から北京とその周辺の工場、2万社近くに操業停止させた党中央の強権の成果だが、党指令による経済・金融政策はまさに支離滅裂。韓国、ロシアを含む世界のマーケットに巨大な嵐を送り込んでいるのだから。 中国当局の政策はことごとく逆効果、あるいは裏目に出ている。中国人民銀行は8月下旬に預金金利を追加利下げした。「金融緩和策」と全メディアが報道したが、精査してみると真逆の「金融引き締め」である。短期金融市場では銀行間融通金利上昇が止まらず、6月初めに1%強だった金利は9月2日、2%を超え、預金金利より高くなった。銀行は低い金利で集めた預金を短期金融市場で回せばもうかることになるので、景気てこ入れに必要な貸し出しは増えないだろう。 量のほうはどうか。中国人民銀行は一貫して発行する資金量(マネタリーベース)を増やす量的緩和を続けてきたが、この3月以降は減らし続けている。つまり、量的引き締め策をとっている。建前は金融緩和なのだが、内実は金融収縮策であり、デフレ圧力をもたらす。 政策効果を台無しにする主因は資本の対外逃避である。資本流出は2012年から13年の不動産バブル崩壊以降、起こり始めたが、昨年秋から加速している。中国当局は厳しい資本規制を敷いているはずだが、抜け穴だらけだ。党の特権層を中心に香港経由などで巨額の資金が持ち出される。預金金利が下がれば、あるいは人民元安になりそうだと、多くの富裕層が元を外貨に替えて持ち出す。 資本流出が怖い当局は金融緩和を表看板にしながら、実際には引き締めざるをえない。8月中旬、元相場を切り下げたが、その後は元相場の押し上げにきゅうきゅうとしている。どうみてもめちゃくちゃだ。 資本が逃げ出す最大の背景は実体経済の不振にあり、上海株価下落は資本流出と同時進行する。不動産バブル崩壊が景気悪化を招いたのだが、もとをたどると、党がカネ、モノ、ヒト、土地の配分や利用を仕切る党指令型経済モデルに行き着く。 08年9月のリーマンショックを受けて、党中央は資金を不動産開発部門に集中させた。国内総生産(GDP)の5割前後を固定資産投資が占め、いったんは2桁台の経済成長を実現したが、バブル崩壊とともに成長路線が行き詰まった。国有企業などの過剰投資、過剰生産があらわになり、国内では廃棄物や汚染物質をまき散らし、国外には輸出攻勢をかける。 過剰生産能力はすさまじい規模だ。自動車生産台数はリーマン前の3倍の年産2400万台、国内需要はその半分である。粗鋼生産の過剰能力は日本の4年分の生産量に相当する。北京の中国人民銀行(中央銀行) 過剰投資がたたって国有企業などの債務は急増している。習政権は株式ブームを作り上げ、増資や新規上場で調達した資金で企業の債務を減らそうとしたが、株式バブル崩壊とともにもくろみは外れた。不動産開発の失敗で地方政府の債務も膨れ上がっている。党中央は危機を切り抜けようと、円換算で70兆円に達するともみられる資金を株価てこ入れ用に投入したが、不発だ。株価が下落を続けた分、不良債務が増える。 リーマン後に膨れ上がった中国の生産規模は巨大すぎて調整は進みそうにない。党の強権で1週間程度は生産停止した北京近郊の不採算鉄鋼メーカーも、週明けからは操業を再開するだろう。大手国有企業は党幹部に直結しているのだから、大掛かりな整理淘汰(とうた)は無理だろう。 グラフは、中国の実体景気を比較的正直に反映するとされる鉄道貨物量と、主要な国際商品相場の推移である。一目瞭然、中国景気の下降とともに、商品市況が崩れていく。エネルギー価格下落はロシアを直撃している。一次産品市況の下落は軍事パレードに招かれた一部のアジアやアフリカなどの産出国の首脳たちを苦しめているだろう。天安門で満面の笑みを浮かべた朴大統領は中国市場依存の危うさを感じないのだろうか。 原油や原材料の消費国日本は商品市況下落の恩恵を受け、いっそうの金融緩和、円安の余地が生まれる。政府は中国景気に振り回されないよう、内需拡大策をとればよい。中国危機は日本にとってチャンスなのだ。

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    鎮火できぬ中国、延焼する韓国 中国発ブラックマンデーはどこまで

    水谷幸資 (経済ジャーナリスト) 中国株バブルが崩壊した。株安が共産党の支配体制を揺さぶりかねないと、当局は株式相場の下支えに必死だが、市場の流れには抗しきれない。今や中国経済の失速がグローバルに及ぼす衝撃波に身構える段階に来ている。 「これは上海市場の天安門事件なのだろうか」。市場関係者がヒソヒソ声でささやき合っている。証券監督管理委員会(証監会)など当局が連日、「悪意ある空売り」を取り締まっているからだ。対象となった米ヘッジファンドのシタデルは、米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ前議長が顧問を務める、米国の有力ヘッジファンドだ。 「悪意」があるかどうかを認定するのは、中国当局にほかならない。当初は効果を挙げ、株式市場が小康を取り戻したかに見えたが、7月27日の月曜日、上海市場は前営業日比8.48%の下落幅を記録。「上海版ブラックマンデー」というべき売りの奔流に押し流された。中国人民銀行は8月11日に人民元切り下げを抜き打ちで始めたが、8月24日に再び8.49%下落。翌25日も7.63%下げた。24日は月曜日で、世界主要市場の株安に波及したことから、「中国版ブラックマンデー」に格上げ形容されている。6月12日に5100ポイント台を記録していた上海総合指数は3000ポイント付近をうろついている。2カ月半で4割下落した格好だ。 中国株の売り圧力がなぜ衰えないのか。理由はハッキリしている。割高だからだ。香港と中国本土に二重上場している企業の株価を見ても、中国本土はピークで5割、足元でも3割程度割高となっている。ではなぜ割高なのかというと、当の共産党自身が今年春先にかけて、株高を煽っていたからだ。6月12日の高値5100台は、1年前に比べれば約2.5倍の水準である。 今回の中国株バブルが深刻なのは、習近平政権が進めようとしていた「新常態(ニューノーマル)」政策が、根っこから揺らいでいることにある。投資と外需を原動力にした10%の二桁成長は、環境破壊や格差拡大という副作用を考えると、もう継続できない。消費と内需主導の7%程度の安定成長に、中国経済を軟着陸させる必要がある。その政策指針は決して間違ってはいない。 問題は習政権が「新常態」に向けて舵を切ったとたん、中国経済が予想以上のピッチで失速してしまったことだろう。背景には、習政権が鳴り物入りで進めた「反腐敗キャンペーン」が、消費を萎縮させてしまったことがある。 例えばマカオのカジノの営業収入は、今年上期には前年同期比で4割近く落ち込んだ。自動車販売も、日本車に比べて売れていたフォルクスワーゲンや現代自動車の現地販売が急減。余りの惨状から、現代自は7月から月次の現地販売実績の公表を取りやめたほどだ。事態はどんどん悪化しているというのが、現地の実感といってよい。 そもそも、春先に当局が株高を煽ったのも、景気失速を懸念していたからにほかならない。株高による資産効果で消費を刺激して、経済を軟着陸させようとしたのだ。ところが、肝心の株バブルが崩壊したことにより、保有株の値下がり損で自己破産する投資家が相次いでいる。皮肉にも株安による逆資産効果が、消費にブレーキをかけつつあるのだ。 日米欧の中央銀行が行ったように、中国人民銀行(中央銀行)も政策金利を下げてマネーサプライ(通貨供給量)を増加させようとしている。一時はブレーキをかけた公共事業の執行も、急いでいる。ところが、現実には空回りしている。背景には、すでに借金の山が積み上がっていることがある。膨れ上がった債務の主体は 国有企業や政府系金融機関だ (出所)マッキンゼー・グローバル・インスティチュート 「Debt and (not much) deleveraging 」(2015年2月) 2008年のリーマン・ショックを中国は見事に乗り切ったとされた。4兆元にのぼる景気対策によって、大々的なインフラ投資や設備増強を行って、10年には国内総生産(GDP)で日本を抜き、世界第二位の経済大国の座を手にしたのだ。しかしその引き換えに、中国全体の債務がそれまでの約4倍に膨れ上がってしまったのだ。 米コンサルティング会社のマッキンゼーによれば、債務の主体は企業や金融機関である。中国の場合、純粋な民間部門ではなく、国有企業や政府系金融機関が大きなウエートを占めている。4兆元対策の投資先は採算の覚束ないインフラ事業や過剰設備である。公共事業のメインプレーヤーである国有企業、金融機関はこの期に及んで、さらに債務を積み上げてまで利益の上がらない投資を行うことには、二の足を踏むだろう。輸入の回復が輸出に比べて鈍い中国 (出所)GLOBAL TRADE ATLAS資料でJETROが作成した資料をもとにウェッジ作成 既視感を覚えないだろうか。そう、90年にバブルが崩壊した後の日本である。成長モデルを見いだせないまま、採算度外視で公共投資による一時しのぎの経済対策を続けた結果、今日のような借金の山を積み上げてしまった。 中国の場合も、「国進民退」と呼ばれる国有企業優位の構造にメスを入れて、民間主導の経済に舵を切らなければいけないのに、実際には株価対策でみられるような当局による強権的な介入がまかり通っている。後から振り返れば、今年6月に始まった中国株バブルの崩壊は、そうした中国経済変調の屈折点として記憶されるに違いない。 もっとも、中国を見る世界の眼差しは、そうした根っこにある問題からはほど遠い。中国がこのタイミングでこけたら、世界経済も巻き添えを食ってしまう。そんな懸念から、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事ら、国際金融界の大立者(おおだてもの)は、当局による市場介入に対し大目に見ている。まずは火事を止めてほしい、というわけだ。 中国が今すぐ頼れるのは外需だ。実際、輸出は対前年比プラスに回復しつつある。が、注目すべきは輸入だ。昨年11月から対前年比マイナスが続いており、いかに中国の内需と産業活動が不活発かを示している。 隣家延焼の恐れに、お隣の韓国はすでにパニック状態となっている。韓国のGDPの輸出依存度は5割を超え、しかも輸出の25%強は中国向けで、その比率は米国の2倍。日本や米国がブレーキを踏むのを尻目に、ここ数年は企業の対中直接投資を目いっぱい増やしてきた。その中国シフトが今や完全に裏目に出たのだ。韓国政府が9月1日に発表した8月の貿易統計によると、輸出は前年同月比14.7%減で、09年以来で最大の下げ幅となった。 もし中国株バブルの崩壊が不動産やシャドーバンキング(銀行を経由しない金融機能)に及べば、韓国経済はもたない。韓国のメディアは連日、そんな金切り声を上げる。日本としてはすでに変調を来している韓国経済が失速した場合の、とばっちりには十分備えておく必要があるだろう。 韓国ほどではないが、影響が大きそうなのは、自動車を中心に中国シフトのアクセルを踏んでいたドイツである。日本がバッシングを被っているのを尻目に、ドイツ企業はメルケル首相のトップセールスもあり、中国市場で着実に地歩を固めてきた。ドイツが巧みなのはブランド力を売り物に、伸び盛りで付加価値の高い分野でシェアを高めてきたことだ。 トヨタ自動車を抜いて今年上期に全世界の販売台数が世界トップになった、フォルクスワーゲンはその典型である。同社の販売高の実に4割は中国市場。皮肉にも、その路線は今まさに逆風に見舞われようとしている。 日本企業は尖閣摩擦以降、中国市場で韓国やドイツ企業のようにふるまうことができなかった。それが、結果として傷口の拡大を防いだと言える。とはいえ中国が世界同時不況を誘発してしまうような事態は、日本にとっても大きな打撃となる。しばらくは、中国株と中国経済から、目が離せない。

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    ついにきた中国バブル崩壊「第三波」が告げるもの

     中国発の世界的な株価下落が大きな社会問題になっている。6月中旬から始まった中国の株式バブル崩壊、これはギリシャ危機の影響を受ける形で7月8日9日の暴落によりそれが決定づけられたといえる。この事態を受けて中国政府はPKO(プライスキープオペレーション)買いや売却防止処置など積極的な株価対策を行い必死に株価を維持する努力をしていたわけであるが、これは虚しい努力であったといえよう。7月28日の二度目の暴落(セカンドショック)とお盆明けから始まったゆるやかな下落と先週末からの暴落により買い支え分が消滅し、回復の目処が立たない状況なのである。 実はバブル崩壊というのは、暴落などの急性期と一種の小康状態である慢性期を繰り返しながら、徐々に他の市場を侵食し、被害を拡大してゆくわけである。中国で起きている3つの波はこの典型であり、第一波が株式市場に限定されていたのに対して、第二波は商品市場などにも影響が拡大しており、今回の第三波はついに実体経済に辿り着いた形になる。そして、今回の暴落は単なる価格調整ではなく、実体経済の悪化予測を受けてのものであるため、企業の倒産や雇用の悪化に直接結びつくものになるわけだ。株価が下落し、北京の証券会社でうつむく個人投資家=8月24日(共同) とかく不幸は重なるものである。今回の場合、中国にとってさらに不幸だったのは天津大爆発が起きてしまったことであり、これによりチャイナリスクが再認識されワールドサプライチェーンから切り離される可能性が高まったことにある。今回事故が起きた天津は世界第4位の国際港湾であると同時に中国の首都北京の海運の窓口であり、中国北部の重要な産業拠点の一つである。特に今回の爆心地のあるTEDA(天津経済技術開発区)はその中核地点であり、日本などの海外企業の進出拠点であるとともに中国における技術開発拠点であったのである。 ただでさえ、バブル崩壊の影響により内需が冷え込むことが予測される中で、輸出や開発そして物流の拠点で事故が起きてしまった意味は大きく、さらにいえば、23億人の致死量に相当するシアン化ナトリウムを含む膨大な量の危険物質を大量拡散させてしまった意味は大きいといえる。また、発がん性など中長期的影響の懸念があるものが多数存在するとともに、それが交じり合い合成物になると同時に雨などで地中に浸透してしまっている現状を考えると将来的にも厳しいと言わざるを得ないだろう。 特に爆心地周辺はトヨタとその関連企業を中心に日系のグローバル企業が多く、日本や欧米などの環境基準に合わせた企業運営がなされているわけであり、汚染リスクが高い状態を放置したままで操業を再開するのは難しいと思われる。そして、現在のところトヨタのTEDA工場のある3km圏内は立ち入ることもできないため、被害と汚染の状況把握もできない状況にあると思われる。 今回の天津の大爆発は単なる爆発事故ではなく、1.港湾機能の低下とサプライチェーンからの切り離なされるリスク 2.中長期的な技術開発拠点の消失 3.企業運営のリスク上昇と貿易保険等の料率上昇 という大きなリスクをはらんだものであるのだ。そして、報道を通じて爆発のシーンと株価暴落が繰り返し流されたことにより、中国の壊滅という刷り込みが発生してしまっていることも大きな意味を持つ、これにより世界の共通認識になってしまったのである。当然、これも外国人の中国からのキャピタルフライト(資金逃避)の大きな要因になっているものと思われる。 この実体経済の悪化予測に対して中国政府は無策であったわけではない。中国政府は賃金上昇などにより失われた競争力回復のために人民元の切り下げを行ったわけである。これまで中国の人民元は通貨バスケットを基準値にして2%以内の変動を認める『管理フロート制』と言われる固定相場に近い制度を使用していた。通貨バスケットとはその名の通りいろいろな通貨を一つのバスケットに入れて基準値を決める仕組みなのであるが、バスケットの中身の米ドル比率が高いために事実上のドルペッグ状態になっていたわけである。  そして、8月11日の切り下げ後に新たに導入された仕組みは、前日の取引価格を参考に毎日変動の基準値を変更するという仕組みである。中国当局は、前日の価格が下がれば基準値も下がり、同水準であれば基準値は同じ水準、逆に上がれば引き上げられるという仕組みで『事実上の変動相場』であるとしている。 しかし、この変更にはいくつかの見方が存在する。 ひとつは国際社会から求められている完全変動相場移行のための段階処置と見る見方である。中国はIMF(国際通貨基金)に対して、5年毎に行われるクオータ(出資比率)改革にあわせ、出資の拡大と人民元のSDR(特別引出権)への組み込みを求めていた。IMFというのは世界各国が通貨危機などに陥った場合、ドルなど外貨を貸し出す国際機関であり、重要な決定を行う場合は出資比率の85%の賛成が必要となっている。中国の出資比率の拡大とSDRへの組み込みは、中国と人民元の国際的な地位の拡大に大きな意味を持つからである。 これに対して、5月末、G7は人民元のSDRへの年内組み込みの基本合意をしたわけであるが、それに対して、日本と米国は人民元の変動相場への移行という条件をつけたわけである。人民元を管理フロート制のままSDRに組み込んでも、管理フロート制は事実上ドル比率が高い仕組みなので人民元を組み込んだところでドルの比率があがるだけという理由であるが、これはIMFに最大の影響力を持つ米国の事実上の拒絶であると言われていた。そして、8月19日 中国が事実上の変動相場への移行を発表したにも関わらずIMFはSDRの来年10月までの凍結を決めた。 そして、もうひとつの見方は、変動相場への移行を理由とした単なる通貨切り下げではないかという見方である。中国の場合、バブル崩壊や実体経済の悪化などリスク要因が多く、必然的に通貨が下がる傾向にあるため、中国政府が後付的に市場を利用したという見方である。基本的に実体経済にとって、通貨高よりも通貨安のほうが望ましい。通貨が安ければ、輸出企業の国際競争力が上がり、内需にとっても国産品が安い海外商品との競争にさらされず、国内産業保護につながるからである。だからこそ、通貨安方向への為替操作は国際社会からの批判対象なのである。単なる通貨切り下げとした場合、国際社会から『為替操作』との批判を浴び、米国の為替操作国指定などペナルティを受ける可能性が高い。しかし、変動相場への移行処置というのではれば批判の対象になりえないからである。 そして、この人民元切り下げにはもうひとつの理由もある。中国では株式バブル崩壊により大規模なキャピタルフライトが起きていた。外国人投資家や中国人が人民元を売り、ドルなどに替えて海外に資産を移す動きである。それに対して、中国政府は人民元価格を守るために大規模な為替介入を行っていたわけである。これはドルを売り人民元を買うというものであり、これが継続すると保有する外貨準備が大量に失われることになる。しかし、人民元を切り下げ変動相場に近い状態にすれば失われる額が減少するわけである。 世界最大の外貨準備を持つと言われている中国であるが、これが大幅な減少傾向にあるのである。中国の2015年7月末時点の外貨準備は3兆6500億ドル、最大であった2014年6月末の3兆9900億と比較すると3400億ドルが失われていることになる。そして、今年の第二四半期だけで2000億ドル近くが失われたわけである。また、中国の場合、外貨準備の中身にも疑問符が付けられている。中国の外貨準備のうち、確実に換金できる米国債は1兆2700億ドル程度しかなく、他の資産がどうなっているのかよくわからないのである。このため、今回の事実上の変動相場の導入は、中国がこれまでのようなドル売り介入しきれなくなったという見方もあるわけである。  今回の事実上の変動相場への移行は、これまで上げてきた理由のどれか一つが原因ではなく、このような理由を総合判断した結果といえるわけであるが、どちらにしても、これまでの『強い経済と保有する外貨を利用した強気の外交』ができなくなりつつある現状を確認するものであり、中国弱体化の始まりを意味するものになるのだと思われる。そして、米国は9月の首脳会談で人民元の切り下げ問題などを議題とするとしており、中国の弱体化を前提とした国際社会の中国への圧力は今後も高まるものと思われるのである。

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    AIIBは国際金融の元寇か

    元駐ウクライナ大使)アメリカの失敗 ──第二次大戦後、とくに米ソ冷戦終結後の世界は、軍事よりもむしろ金融・経済の覇権争いに傾いて、その分野でも連合国のリーダーたるアメリカ主導で行われてきました。中国が設立をめざすAIIB(アジア・インフラ投資銀行)は、軍事のみならず経済覇権をも狙う中国の挑戦と考えられるのですが、まず初めに、戦後のアメリカ主導の経済システムのお話からうかがいたいと思います。山下 1944年にアメリカのブレトン・ウッズで45カ国が参加して連合国通貨金融会議が開かれ、そこでIMF(国際通貨基金)とIBRD(国際復興開発銀行、世銀)の設立が決議されました。その後の経済体制が、いわゆるブレトン・ウッズ体制です。 固定為替相場制度を核として、IMFが通貨価値と為替相場の安定を守るというブレトン・ウッズ体制は非常に安定したシステムで、戦後のおよそ25年間は経済成長率が最も高く、インフレ率は低い、間違いなく資本主義の黄金時代でした。資本主義は、1602年設立のオランダの東インド会社以来始まったという見方が有力だと思いますが、今日に至るまで、後にも先にも、世界経済がブレトン・ウッズ期を超える経済パフォーマンスを示した時期はありませんでした。ところが、資本主義の黄金時代は、1971年8月15日のニクソン・ショックで残念ながら約四半世紀で終焉を迎えてしまった。 IMFや世銀を、ブレトン・ウッズ機関と呼びます。これは構わないのですが、ブレトン・ウッズ体制というのは、ニクソン・ショックを契機に崩壊しました。したがって、今の国際金融体制をブレトン・ウッズ体制と呼ぶのは間違いです。AIIBに関する議論がいま盛んですが、非常に多くの論者がこの点を間違えています。 ブレトン・ウッズ体制が崩壊した要因は、ひとえにアメリカが国際収支の赤字を出し続けたからです。国際収支が赤字の国は、一国の責任でデフレ政策を採用し、景気を抑えて赤字を減らす、つまり赤字国責任論がブレトン・ウッズ体制の要でありゲームのルールだった。にもかかわらず、アメリカがそれを守らなかったために崩壊してしまったのです。ニクソン大統領がドルと金の兌換一時停止を宣言したことによってニクソン・ショック(ドル・ショック)が起こり、結果として変動相場制に移行した ブレトン・ウッズ体制というのは一種の金本位制でした。金とドルがリンクしていて、金1トロイ・オンス(約31グラム)=35ドルという固定平価をアメリカが保証し、アメリカが外国に負っている債務は、金でもドルでもどちらでも好きなほうで返済する。その際の金とドルとの交換比率は、常に1トロイ・オンス=35ドルであると約束していた。だからドルが信用されたのです。 ところが、アメリカの国際収支の赤字がどんどん膨らんでいく。いずれアメリカはその固定平価(金平価)を守れなくなるにちがいない、つまりドルを切り下げようとするだろう、各国がそう思い始めました。そこで、まずフランス、さらに最後にはイギリスまでもが、ドルではなく金で返せと言い出して、しかたなくアメリカは金で支払い、その結果、アメリカからヨーロッパに向けて金塊がどんどん流出してしまった。 これは大変だというので、当時のニクソン大統領がドルと金の兌換一時停止を宣言した。いわゆる「ニクソン・ショック」です。金に結びついた縄が首に巻きついて苦しいから、縄を切ってしまえばよいだろうという単純な発想で、金とドルのリンクをはずしただけだから、このときは固定相場制から変動相場制に移行するとは誰も思っていなかった。しかし、この金とドルとの兌換の約束がブレトン・ウッズ体制のまさに要でした。そのせいでドルがすっかり信用を失い、結果として変動相場制になってしまった。いわば、資本主義の黄金時代が、アメリカ一国の身勝手な行動のために終わってしまったのです。 ところで、固定相場制なら必ず赤字国責任論になる。赤字を続けると、限りある外貨準備がどんどん減っていきますから、大きな赤字を続けてはいけないという国際収支への節度がかかる。それが固定相場制のいいところです。いまはそういう規律がなくなってしまい、IMFは通貨安定という本来の仕事がなくなってしまったので、しかたなく対外債務危機に陥った国に緊急融資をする仕事に従事するようになった。馬渕 1997年のタイのバーツ下落に始まったアジア通貨危機のとき、大きな打撃を受けたタイ・韓国・インドネシアはIMFの管理下に入りましたが、私がタイで見ていた限りでは、IMFの処方箋、つまり融資条件とは何だったかというと、一言で言えば緊縮財政なんです。もうブレトン・ウッズ体制が崩壊しているのに、IMFは昔の赤字国責任論でとにかく緊縮財政の一点張りだったんですよ。だからタイでは建設途中のビルが全部ストップしたりして、一挙に不況になった。インドネシアもIMFの条件を受け入れて生活必需品の価格を上げたものだから、暴動が起こって当時のスハルト大統領が追い出されてしまった。AIIBの背景山下 変動相場制が諸悪の根源であるというのは、私の持論です。ところで、実は中国はずっと以前からインフラ投資銀行のことは言ってきているのです。非公式にはもっと前からですが、2007年にアフリカ投資ファンドを設立しているし、2008年には、「ASEAN+3」13カ国のアジア地域統合に関する枠組として2003年に発足したNEAT(東アジア・シンクタンク・ネットワーク)会議で、アジア・インフラ投資ファンドの設立を提案しています。NEATの日本側窓口が東アジア共同体評議会(CEAC)で、私も以前はそのメンバー(有識者議員)でした。私は、個人的にはその頃は、日本と中国は一緒に何かやったほうがいいと言っていたんですが、日本政府は常に中国の提案を潰そうとしてきました。 そして、2013年9月に習近平がカザフスタンのナザルバーエフ大学で「シルクロード経済体」(一帯)構想を語り、その翌月にバリ島のAPEC首脳会議で「二十一世紀海上シルクロード」(一路)構想とAIIB構想を打ち出した。「一帯一路」政策といわれるものを、不退転の決意で実現しようと提案しました。 昨年7月には、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)5カ国で、NDB(新開発銀行。旧称BRICS銀行)と1千億ドルのCRA(外貨準備資金)の設立で合意しています。まだ実際に設立されてはいませんが、NDBは世界銀行と競合し、国際収支危機に陥った場合に融通するCRAはIMFと競合する。NDBは5カ国がそれぞれ100億ドルずつ出し、CRAは1千億ドルのうち41%を中国が拠出するということになっています。NDBは、インドが発案したもので、総裁はインド人、本部は上海ということで合意しています。習近平 習近平が「一帯一路」構想を正式に打ち出したのは去年の11月。それとは別に12月に400億ドル規模の「シルクロード基金」を立ち上げました。これは中国人民銀行の所管で、一方、AIIBのほうは中国財務部の所管になっています。 中国国内の体制は、AIIBを「一帯一路」戦略小組が担当することになっていて、そのトップである組長が中国共産党のチャイナ・セブン(政治局常務委員)の一人、張高麗。副組長が政治局員の王滬寧と汪洋です。ここが事実上のエグゼクティブ・ボードとしてAIIBを牛耳ろうとしている。それがまず問題です。 要するに常任理事会を設けず、各国から選ばれた理事たちは本部ではなくそれぞれの国に留め置いて、実質的な決定権は張高麗が握っている。ということは、その背後にいる習近平がすべてを決める銀行だということになります。これはいくらなんでもまずいでしょう。 AIIBの背景は、中国国内の過剰生産設備の捌け口という意味が大きい。そういう意味では、これは良くも悪くも「中国版マーシャルプラン」と言えます。ご承知のように、第二次大戦後、アメリカの過剰生産設備の捌け口を求めて、1948年から51年の3年半ぐらいのあいだにヨーロッパ各国に102億ドルから136億ドル、現在の価値にして1千億から1300億ドルの援助を行った。その9割が無償援助だったことは評価できますが、戦後、競争相手がいなくなり、アメリカ製品をヨーロッパにどんどん供給できるようになって、アメリカはこれでようやく1930年代の大恐慌から完全に立ち直ったと言われています。 中国も、大変な過剰生産設備を持っているわけで、国際収支の経常収支が赤字になる気配もある。そうなると先進国入り前に成長が停滞する「中所得国の罠」にはまりやすくなるので、それを回避するためにも輸出を増やさなければいけない。それにはインフラ投資だという国内事情がある。IMFは「米国財務省の国際支店」「米国財務省の国際支店」馬渕 私もAIIBには慎重に対処しなければならないと思います。つまりADB(アジア開発銀行)を中国の思いどおりにできないからAIIBをつくろうとしているわけで、ADBとの協調融資の可能性はおそらく限りなくゼロに近い。協調融資ができるんだったらつくる必要がないし、世界銀行やADBとは違う中国方式でやるというのが、中国の根底にある考え方だと思う。 いま先生が言われたように、背景はひとえに国内要因でしょう。中国としては過剰生産設備を有効に使うことができないので、国際機関の名でカネを借りようということです。しかし、国際開発金融機関というのは国際金融マーケットで起債し、それに利子を上乗せして貸すわけです。これはあくまで融資ですから、無償ということはほとんどない。つまり、起債できないとAIIBはそもそも動き出せない。 中国が熱心に日本の参加を促しているのは、日本が入らないと起債できないからだと思います。国際マーケットでの信用がないわけだから、起債しようと思えば、ハイリスクだから利子が高くなる。そうなると、融資先は途上国なので、中国も含めて借りたほうは返せなくなるわけです。ADBは最も低い利率だと0・75%ぐらいで貸しているはずですが、AIIBにそんなことができるはずはない。 だから日本、あわよくばアメリカにも参加してほしいんでしょうが、最大の問題点はやっぱりガバナンスです。参加国が集まって融資案件を決める理事会はつくらない、中国人の総裁が一人で決めて、あとは事後承諾などというのは国際機関ではない。これから協定をつくって国際機関として発足して初めて起債できるわけですが、そもそも協定がつくれるのか。活動を始めるまでにまだまだいくつものハードルがある。 やはり共産党独裁体制というものは国際機関になじまない。金融機関は出資比率に応じて加重投票制になっていますが、仮にも国際機関である以上、基本的には主権国家は平等です。 もう一つの建前としては国際的な公共の福利のための活動をするのが国際機関ですが、中国共産党というより、そもそも中国人には公共福利という発想がない。彼らの発想はつねに自己中心の華夷秩序に基づいている。理事会がなければ中国のやりたい放題でしょう。 中国が経済的に重要だとか、好きとか嫌いとかの問題ではなく、日本が参加すれば、その起債を日本の証券会社が買って、それを個人投資家にも売るわけですから、その危険性と責任を考えなければならない。AIIB債券というのは実にハイリスクである気がします。山下 他方、現状のアメリカを中心とする国際金融システムに問題がないかというと、そんなことはない。むしろ問題だらけです。そのことを理解したうえで「日本はどうすべきか」を考えるべきでしょう。 結論を先に言ってしまえば、現状のアメリカを中心とするシステムも、中国がやろうとしていることも問題だから、日本としてはそのどちらでもない別の考え方を示すべきだと私は思います。そのためには、国際的な背景や要因をまず押えておかなければいけない。 まず、アジアにおける膨大なインフラ需要に応える必要がある。 ADBの試算では、2010年から2020年までの11年間に8兆ドルの需要があるということです。他方、ADBの年間の融資能力は去年が135億ドル。2017年から200億ドルに拡大するということですが、それでもまったく足りない。だから新たな資金ソースが出てきてもいい。 ただし、現行のアメリカを中心とする国際金融機関には、非常に大きな問題がある。 たとえばIMFは出資額で投票権シェアが決まっているわけですが、アメリカの投票権シェアはいまのところ17・1%です。ところが、IMF理事会における重要議案の決定にはQMV(Qualified Majority Vot-ing)つまり特定多数決で85%以上の賛成が必要なんです。 ということは、アメリカ以外のすべての理事が賛成しても、アメリカがノーと言えばその議案は通らない。つまりIMFにおいてはアメリカが単独拒否権を持っているわけです。このように、アメリカにはあたかも封建領主のような特権が与えられている。国連の安全保障理事会では五大国がそれぞれ拒否権を持っていますが、IMFは、それより遥かにアンフェアです。IMFはいかにも前近代的な国際機関であって、「米国財務省の国際支店」と言われてもしかたがない。 しかも、2010年12月にIMFの総務会で増資が決議されていますが、いまだに発効していない。それはアメリカの議会が批准しないからです。シェアが同じなのに増資すれば、当然拠出金が多くなる。それで米議会が反対して、増資が行き詰まっている。 要するに、アメリカ自身がつねにIMF改革の最大の障壁になっている。アメリカがリーダーシップを取っていること自体が問題なわけで、それに中国が対抗するのはけしからんという論理は成り立たない。両方ともけしからんのだから。米中という二つの厄介な大国馬渕 国際政治的に見れば、アメリカにとってIMFや世界銀行はグローバリズムを追求する機関なんです。だからこそアジア通貨危機を起こした。そして、緊縮財政をやらせたのは外資がその国の企業を買収するためです。つまり、各国独自の文化とか商慣行を全部破壊して、グローバルな、つまりIMF・世銀の基準、ワシントンの基準に統一しようという構造調整融資が最大の問題です。 アジアはもっと発言力を持つべきだと思いますが、ただ、肝心の日本と中国の発想がまったく違う。かつて日本は中国を近代化させようと努力したけれど、失敗に終わった。いまは中国が日本を従わせようとしている。これではうまくいくはずがない。山下 アメリカと中国という二つの厄介な大国があるということです。中国は、世界の現状はマネー・ゲームで、これをインフラという実需をベースにした金融に戻すのだと言っている。これは確かに一理ある。 国際通貨制度の問題点としては、ドルを牽制する有効かつ安定した枠組がなければいけない。その枠組をどうするかについては、私は固定相場制に復帰するしかないと思っているのですが、それには年月がかかります。馬渕 1997年のアジア通貨危機のときに、IMFのアジア版のような形で日本がアジア通貨基金(AMF)をつくろうとした。ところが、この構想はアメリカに潰されてしまいましたね。山下 タイ・バーツ危機を受けて、アジアの枠組が必要だということでタイが日本に相談してきた。それでAMF設立のために当時の大蔵省財務官だった榊原英資さんが努力したんだけれど、「アメリカの主導権に対する挑戦だ」と米政府が怒り出し、ロレンス・サマーズ財務副長官(当時)が榊原さんに脅しをかけてきた。 中国もAMF反対にまわりました。当時、榊原さんは要人と交渉するために北京に行ったんだけれど、断られて会えずに帰ったんです。その頃の中国はまだ国際金融システムの問題がよくわかっていなかった。要するにアメリカに脅かされ、中国に反対されてAMF構想は頓挫した。だけど榊原さん一人にまかせずに、日本政府がどっしり構えて対応していれば実現していたかもしれない。馬渕 アメリカ主導の世界の通貨体制から脱却して、より公平な、より民主的な通貨体制にすることを視野に入れて行動する必要が日本にはある。 ところで、日本が対アジア、あるいは世界に対する場合に、もう少しロシアというファクターを考えたほうがいいと思うんです。というのは、地政学的に考えてロシアと日本の関係が強化されたら、中国に対する大きな牽制になる。だけどいまは残念ながら日本のメディアはすべて反プーチンなんです。それは例のウクライナ危機のせいなんですが、あれはアメリカ主導の人為的なクーデターだったことがだんだん明らかになってきている。 今回のテーマから逸れてしまうのでくわしい話は別の機会に譲りますが、日本封じ込めのためにつくられたアメリカの戦後体制を換骨奪胎していって、少しずつ日本の主権を取り戻すための一つのファクターとなるのがロシアだと思います。別にアメリカと離れてロシアと同盟を結べというつもりはないけれど、日本がロシアとコミュニケーションできる関係にあるということがアメリカ及び中国に対して日本の存在感を高めることになる。日本にこそリーダーの資格がある日本にこそ資格がある山下 AIIBに話を戻すと、本部に理事が常駐するという形でないと、中国共産党の「一帯一路」戦略小組が実質的な理事会として支配することになる。ちなみに、「一帯一路」戦略小組は、今年1月に始動しました。 投票権シェアを決めるには、GDP規模のほかに、本来もう一つの重要な要素があります。それは債権国の地位を表す指標です。つまり、投票権シェアはGDP規模と純対外債権残高の多寡の加重平均とすべきなんです。 そうすると日本と中国の出資シェアの差はかなり小さくなるはずです。現在、日本が純対外債務残高では1位、中国は2位。3位はドイツ、4位がスイスです。本来なら、これら主たる債権国とともに、国際金融・通貨システムを作り直すべきなのに、世界最大の債務国がリーダーシップを握っているのが現状です。これは絶対矛盾なのです。つまりお金の貸し借りをするのに、多額の金を借りている側のロジックが通るシステムになっている。借り手のロジックがまかりとおる銀行システムなんか、アメリカを含めてどこの国にもない。貸し手のロジックが優先するのが当然なのに、いちばん借金している国が金融通貨システムのリーダーシップを握っているから、しょっちゅう危機が起こるのです。 だから、お金を一番多く貸している日本が考えるシステムが最も合理的なのです。この20年間世界最大の債権国であり続けている日本にこそリーダーの資格がある。 それから単独拒否権は中国も含めてどこの国にも持たせない。IMFのアメリカのようにはさせないことが重要です。 本部についても、言論統制が行われている中国のような国に置かれるべきではない。国際金融機関というのはさまざまな情報提供、情報交換の場でもあって、エコノミストをはじめ、政治アナリストや、都市計画・環境・人口問題の専門家など社会科学者の集まりなのです。それで、しょっちゅう様々なレポートを出さなければいけないんですが、経済問題だけでなく、政治的リスクもあるわけだから、政治問題についても書く必要がある。当然、言論統制にひっかかる恐れがあります。また、国際金融機関は、タイミングよく国際シンポジウムなどを開催する必要がありますが、そもそも、中国では、大規模な国際会議は、共産党の許可がなければ開催することすらできないはずです。 中国のような厳しい言論統制が行われている国では、社会科学者という存在自体、ほとんどジョークのようなものです。所在地がもう北京で決まったように言われているけれど、それじゃダメだ、せめて香港にしろということです。 それから、融資基準も信用基準を厳しくする、あるいは環境基準とかも厳しくする必要があります。馬渕 AIIBは、金立群という元ADB副総裁だった人が総裁になるともう決まっているようですが、初めから総裁が決まっている国際機関なんかあり得ませんよ。ADBをつくったときには日本が最大の出資国だから日本から総裁を出すということはあっても、最初から総裁を決めて引っ張って行くというのは相当強引なやり方ですね。山下 先ほど、ADBとAIIBが協調融資を図る可能性はないと馬渕さんはおっしゃいましたけれども、ADBが決めた案件にAIIBが下に入って資金を出すことはあり得ます。ADBとしては大口の資金の出し手が一人増えるということだから、それはあるかもしれない。しかし、融資基準が違うので、逆はあり得ない。馬渕 本部所在地を中国国内に置くべきではないというのは非常に重要なことで、国際機関に中国的発想はなじまないということを別の観点から言えばそういうことになる。要するに国際機関の本部と共産党独裁政権とは相容れないということです。 それから本来、こういうことは根回しの段階から参加国が集まって議論すべきなんですが、中国主導であれこれ決めて、それに対して日本の新聞がああでもない、こうでもないと書き立てているのは国際機関をつくるときのやり方としては異常です。 金融問題から離れて言えば、これはうまくいってもいかなくても、習近平政権にとってはマイナスでしょう。もしもうまくいったら、国際的な民主的な国際秩序に中国も従わざるを得なくなる。うまくいかなかったら、大々的に打ち上げたにもかかわらず失敗したことで責任を問われる。だから習近平としてはもう進むもならず、退くもならずで、なんとか日本に入ってもらって発足にこぎつけたいという気持ちになっているんじゃないか。だから日本がじっくり待っていれば、向こうのほうからどんどん敷居を下げてくる可能性はあります。山下 日本の強みは、この20年間、世界最大の純債権国だという実績があることです。これに「公正性」という理念を加え、公平で、債権者のロジックが貫かれた国際金融システム作りに尽力すべきです。国際通貨・金融システムの再構築に最も資格を有するのはわが国であって、アメリカには、その資格はまったくない。 IMFでも、中東でも、ウクライナでも、アメリカが世界中でやっていることはすべてアンフェアです。だからうまくいかない。アメリカの政策というのはほとんど失敗の連続じゃありませんか。成功したのは、いつまでも完全な独立国にさせないという対日政策だけです。これは、アメリカにとっては成功ですが、日本にとっては失敗です。 だから日本は全面的にフェアネスの理念を打ち出して、いかなる国にも拒否権を与えず、IMFも世銀もADBも、GDP規模と純債権残高のウェイトを反映したシェアにする、そういう新たな体制をつくるべきなのです。そうすれば世界最大の債務国であるアメリカの力はずっと弱まる。ただ、そうすると第一次大戦後のヴェルサイユ講和会議の国際連盟規約検討委員会で日本が人種差別撤廃を提案したときみたいに、アメリカが徹底的に潰しにかかるかもしれないけれど。馬渕 アメリカだけでなく、中国もフェアじゃない。それが大問題なんです。日本はもともと国柄も思想もフェアだったから、覇権主義とは無縁だった。山下 「八紘一宇」も決して覇権をめざしたものではなかったし。対米配慮という“妖怪”山下 返す返すも残念なのは、当時のマレーシア首相のマハティールが1990年に打ち出したEAEG(東アジア経済グループ)構想に日本が乗らなかったことです。これは日本の国家的痛恨事と言っていい。これもアメリカが反対したから、日本が参加できず、成立しなかった。国連で演説するマハティール元マレーシア首相(2003年) しかし、あのときもしマハティールのアジア地域統合構想に乗って、それがある程度うまくいっていたら、こんなことにはなっていなかったのではないか。日本と中国や韓国との関係も相当変わっていたでしょう。中国が単独でAIIB構想を出してついてこいなんていうこともなかっただろうし、日本と中国主導でアジア版IMFもとっくの昔にできていますよ。この時点から、日本がアメリカとの距離を取る方向へ政策変更し、アジアの地域統合にリーダーシップを発揮していたなら、わが国と近隣諸国との関係は、現在とは大きく異なるものとなった可能性がある。 フランスとは積年の敵同士だったドイツが、なぜ近隣諸国とうまくいっているのか。ドイツとフランスは伝統的に中国と日本より遥かに仲が悪くて、戦争ばかりしていたけれど、いまうまくいっているのは、一九七八年頃、ドイツがアメリカ離れを遂げ、自らが犠牲を払ってでも地域統合に身を投じたからです。馬渕 EAEGのときは、当時の米国務長官のジェイムズ・ベイカーに圧力をかけられて、日本はどうしようもなかった。山下 いや、日本はみんなが良いアイデアだと思ったんです。日本から地域統合を言い出すと、また「大東亜共栄圏」だの「八紘一宇」だのと内外から言われるけれど、マレーシアのほうから言ってきてくれたのですから。だけど、アメリカとあんなに敵対するマハティールに対して日本人はアンビバレントな感情を持ってしまっていたのです。しかし、結局アメリカが間違っていたことがはっきりした。マハティールは日本に対して本当に失望したでしょうね。馬渕 マハティールはIMFと喧嘩するぐらいの人でしたからね。でも、マハティールが正しかったことは、いまではIMFも認めている。山下 「マハティール=ソロス論争」というのがありましたね。馬渕 ああ、ありました。97年のIMFと世界銀行の年次総会で、マハティールが「アジア通貨危機は実物取引を伴わない投機的な為替取引が原因だ」と言って、ジョージ・ソロスたち国際投資家を不道徳で非生産的だと非難した。ソロスが反論して、マハティールをさんざんにこきおろしました。あのときは世論もソロスの側についていましたね。だけど、マレーシア経済だけが危機を脱したために見かたが変わった。山下 いまソロスが言っていることは、あのときマハティールが主張していたことと変わらない(笑)。 日本が単独で援助できることが、あの当時はたくさんあった。インドネシアも、韓国も日本に援助を求めてきたんだけれど、アメリカが嫉妬するというのでIMFと協議するということになった。韓国の場合、東京で会議を開き、IMFの人間も含め出席者のほとんどが日本人でした。日本にとっては常にアメリカがネックになっている。ここぞというときに、「対米配慮」という名の“妖怪”が永田町・霞が関・丸の内を徘徊するわけです。そのたびに、わが国はこれまで何回も国を誤っている。馬渕 戦後レジームからの脱却とは、実質的にアメリカに首根っこを押さえつけられている状況を少しずつ改革していくということです。それは軍事・防衛だけではない。経済・金融の問題も大きい。 中国がAIIB設立を提唱したことにメリットがあるとすれば、現行のIMF・世銀体制の問題点を国際世論に訴える一つの契機になることでしょう。日本が新しい国際金融秩序を提唱するチャンスかもしれません。やました・えいじ 1947年東京生まれ。1970年、慶應義塾大学経済学部卒業。東京銀行に入行し、調査部・国際投資部・海外部などに勤務後、1988年、大阪市立大学に移籍。同大学大学院経済学研究科教授を経て、現在、名誉教授。(財)日本国際フォーラム(JFIR)政策委員、東アジア共同体評議会(CEAC)有識者議員、欧州大学研究院(EUI)ロベール・シューマン高等研究所客員教授、対外経済貿易大学(UIBE、中国・北京)アジア経済共同体研究院客員教授。主著に『ヨーロッパ通貨統合─その成り立ちとアジアへのレッスン』(勁草書房)、『国際通貨システムの体制転換─変動相場制批判再論』(東洋経済新報社)、『東アジア共同体を考える─ヨーロッパに学ぶ地域統合の可能性』(編著、ミネルヴァ書房)など。まぶち・むつお 1946年京都府生まれ。京都大学法学部3年在学中に外務公務員採用上級試験に合格し、68年外務省入省。71年研修先のイギリス・ケンブリッジ大学経済学部卒業。2000年駐キューバ大使、05年駐ウクライナ兼モルドバ大使を経て、08年11月外務省退官。同年防衛大学校教授に就任し、11年3月定年退職。現吉備国際大学客員教授。著書に、『いま本当に伝えたい感動的な「日本」の力』『国難の正体』(以上、総和社)、『日本の敵』(渡部昇一氏との共著、飛鳥新社)、『世界を操る支配者の正体』(講談社)などがある。

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    出版不況を象徴する「栗田出版販売民事再生」と講談社『G2』休刊

     7月6日の栗田出版販売「民事再生手続き」債権者説明会に行ってきた。まず驚いたのは債権者の数の多さ。1千人は超えていたと思う。1社1人に限定された債権者はほとんどが出版社だから、主な出版社が一堂に会したということなのだろう。倒産とはいっても民事再生手続きに入るということで栗田出版販売がなくなるわけではないのだが、手続きを始めた6月26日以前の取引の支払は全面停止となった。売れた本の出版社への支払いを全面停止したわけだから、打撃を受けた出版社も多いに違いない。私が経営している創出版の場合も、6月末入金予定のお金が26日に突然、支払停止と通告されて「え?」という感じだった。栗田出版販売の債権者説明会 今の出版界がどんなに大変かは、業界の人間なら誰もが肌身に感じて理解しているから、栗田出版販売に対しても同情の見方と、「再生がんばれ」という声が多いと思う。私もそういう心情だが、ただそうは言っても、取引額の大きかった出版社には相当な痛手だろう。弊社についていうと、ちょうど「マスコミ就職読本」委託精算の時期で通常の月より金額の多い入金予定だったので、せめてもう1カ月後にしてほしかった、などとも思った(笑)。 企業が倒産した時の債権者の集会では、よく怒声が飛び交うといった話も聞くのだが、取次の場合は債権者が出版社だからだろう。会場につめかけた人たちはメモをとりながら淡々と説明を聞いていた。栗田出版販売は社長以下、役員も出席し、何度もお詫びし、頭を下げていた。確かに同社の場合は、仕入れの仕方など改善すべき点はあったのだろうが、戦後一貫して右肩上がりだった出版界では、いささかアバウトで牧歌的なやり方でもやっていけた時代が続いた。どんな経済不況に直面しても出版の売り上げは一貫して伸びていたという日本の出版をめぐる良き時代が終わりを告げてしまったということだろう。 この何年か、出版市場は予想を超えるペースで縮小している。特に雑誌市場はこの10年余で市場が約半分になるというものすごい状況だ。一部の雑誌を除いてはコミック誌も含めて大半の雑誌が赤字で、それを書籍化の利益げでカバーしているのが実情だ。ただ雑誌連載を書籍化してヒットが出るというのはほとんど小説やコミックで、ノンフィクションやジャーナリズム系はなかなかそうはいかない。 そういう状況を象徴するのが、この6月の講談社のノンフィクション誌『G2』の休刊だ。講談社が『月刊現代』を休刊させた2008年、このままではノンフィクションがジャンルごと死滅すると危機感が広がり、講談社はその後継誌として『G2』を創刊したのだが、それも赤字に耐えられず、ついに休刊となったわけだ。印象的だったのは、6月19日に開かれた大宅壮一ノンフィクション賞受賞式で、今回受賞した安田浩一さんが挨拶の中で、受賞作を掲載した『G2』が今月で休刊という話を披露したことだ。大宅賞を受賞した作品を載せていた雑誌が、その受賞式の時期に休刊というのは、ノンフィクション界の厳しい現状を象徴する出来事だ。大宅賞受賞式で挨拶する安田浩一さん それに輪をかけて、その『G2』休刊の話題を新聞が当初取り上げず、話題にもならなかったことに、私などは余計寂しい気持ちになったものだが、さすがにここへきて全国紙が相次いで『G2』休刊とノンフィクションの危機について次々と記事を掲載している。ノンフィクションは、金と労力がかかるのにそれほど売れないという典型的なジャンルで、苦境に立たされた大手出版社が2008~2009年に次々と月刊総合誌を休刊させた。その結果、作品の発表媒体がなくなったために、ノンフィクションを書いてきたライターが生活できなくなって、廃業が相次いでいる。 私も大きな事件の裁判傍聴などに足を運ぶ機会があるが、昔は佐木隆三さんや吉岡忍さんらノンフィクションに携わるライターとよく現場で顔を合わせた。狭山事件など大きな冤罪事件などでは何人ものライターが競うようにして取材にかかっていたものだ。ところが最近は、大きな事件の裁判傍聴や現場に行っても、事件を何年も追い続けているライターの姿をほとんど見かけない。ひとつの事件を何年もコツコツと追いかけるといった仕事をやっていては、確実に生活が破綻し廃業に追い込まれるからだ。 こういう状況が続けば、事件を記録し、後世に残すというノンフィクションの機能そのものが停止してしまう。だから『G2』という雑誌の休刊は、雑誌1誌の問題にとどまらず、講談社がノンフィクションというジャンルへの関わりを今後どう考えようとしているのか、という問題を提起している。雑誌休刊は、同社の取り組みが後退しているのではないか、という印象を与えたという意味で残念なことだ。 ちなみに私が月刊『創』を出し続けているのは、『月刊現代』休刊の時の議論などに関わり、次々と大手出版社が総合誌を廃刊していくのに対して、その流れに同調したくないと思ったからだ。『G2』も赤字で大変だったろうとは思うが、講談社全体の儲けを考えれば続けられないことはなかったはずだ。例えばテレビ局の場合も、金のかかる割に視聴率の稼げない報道番組を、バラエティ番組の稼ぐ利益で補うという構造になっているはずだ。 雑誌をやめてしまうと、長期的に書き手を始めノンフィクションの土壌を作り上げていくという営為がストップしてしまうことになる。そのあたりを講談社の上層部はいったいどう考えているのか。次に社長に会う機会があったら、ぜひ訊いてみたいと思っている。(『Yahoo!ニュース個人』2015年7月8日分を転載)

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    中国バブル崩壊はマジでヤバい

    中国株暴落が習近平政権を大きく揺さぶっている。中国の株式市場では、当局のなりふり構わぬ底支え策を尻目に投資家が売りを浴びせ、一時8%以上値を下げるなど時価総額400兆円超が吹き飛んだ。日本市場への影響はさらに広がるのか。中国バブル崩壊はマジでヤバい!

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    “苦境”中国株 生かせなかった日本株バブルの教訓

    山崎元(経済評論家) 遠くのギリシャより、近くの中国。上海総合指数が1カ月で約3割も暴落した中国の株価の行方が気になる。そう思っていたら、「中国の証券当局である証券監督管理委員会は4日、大手証券21社に対して、上場投資信託(ETF)への総額1200億元(約2兆4000億円)の投資を実行に移すよう求めた」というニュースが入ってきた。 1年間で約2・5倍に膨れあがってから暴落を始めた中国に対して、たった2・4兆円の買い支えは、多分「焼け石に水」であろうが、どのくらいの規模と勢いのバブル崩壊なのかを見る上で、今後の推移を注目したい。バブル景気真っ只中の東京証券取引所の場立ち=1988年6月10日 上海総合指数の株価推移を眺めると、1989年末に最高値を付けて暴落した日本のバブルの株価推移によく似た格好をしている。日本の場合も、92年の宮沢喜一内閣で公的年金資金を株価の買い支えに使うことを決めた。 今回の中国株バブル(「バブル」と呼んでもいいと思う)は、かつての日本株のバブルと崩壊の流れを早回しで見ているようだ。 株価に対して「即効性」のある対策は、株式を買うことか、又は売ることを制限する「需給対策」だ。需給型の株価対策は株価を一時的に上げるだけ。企業の実態が変わらず株式の価値自体が上がるわけではないので、一過性の効果しか持たないと考えるのが定石。しかし、需給型の株価対策以外にすぐに効く対策が無いので、時の為政者は需給型の対策の誘惑にかられやすい。 そこで焦って買いを入れると、そのこと自体が株価の割高に危機感を抱いている証拠だと足元を見られてしまう。 数年にわたって行われた日本の「公的資金の買い」は、買っている間だけ株価の支えとなり、買い終わると株価が下がることの繰り返しで、目端の利く市場参加者の食い物にされて、年金積立金に高値で買った株を積み上げる散々な結果に終わった。 今や大国を気取る中国政府が、没落した「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の国の教訓を生かせないとは情けない話だが、「たまらなかった」のだろう。お気の毒なことだ。 中国の場合、バブル崩壊時の日本ほど市場の国際化が進んでいない。「公的資金の買い」の裏をかいて儲けた「外国人投資家」のような参加者層が薄いことや、経済を力ずくででも管理する意思を有する政府の下にあるので、あるいは、株価対策はかつての日本の場合よりも効果を発揮するかもしれない。 しかし、「需給対策によって上がった株価は信用できない」というのが、株式投資の大原則だ。 日本の教訓をもう一つ。株価下落の後には、少々遅れて不動産価格の下落がやって来るはずだ。中国経済の成長鈍化のペースは案外速いのかもしれない。注意しておこう。

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    中国バブルは崩壊したのか

    小幡績(慶應義塾大学ビジネススクール准教授) ギリシャ問題という実は世界経済にとっては全く重要でない問題にメディアが注目している間に、上海ではバブルの崩壊が始まっていた。ピークから30%以上の下落となり、気づいたときには、日本株は7月8日に大暴落をし、7月9日は、朝方の大暴落の後、大幅上昇となり、プラスとなったものの、異常な乱高下は、今後も混乱が続くことを示唆している。 この中国株の暴落が、バブル崩壊の第二ステージであるのか、最終章となるかは、今後の動き次第である。しかし、この1年で2倍半になったのだから、バブル崩壊が始まったとすれば、30%の下落で終わるはずがない。 暴落がバブルかどうかは、判断が分かれることが多いが、今回の中国株の上昇はバブルであることは間違いがなく、異論はないだろう。なぜなら、個人の信用取引によって急騰し、また不動産からの逃避資金がなだれ込んだこともあり、明らかな流動性相場、つまり、買いが増えたから上がったことは明らかであり、買うから上がる、上がるから買う、上がるという期待が現実の上昇で裏付けられる、だから、さらに期待が膨らみ、さらに信用を増やして買う。こういう循環であるから、明らかなバブルだ。 問題は、ここで一気に暴落してしまうのか、暴落するとすればどこまで下がるのか、反転する底はどの水準なのか、ということと、このバブル崩壊は、どのような影響を世界に与えるか、ということだ。 暴落の今後については、当局があからさまな株価防衛策を取ってきた、というのは、日本の経験からすると、さらに売り方がバブル崩壊で儲けるチャンスを増やすだけだが、中国の場合は、当局の個人投資家に対する力が圧倒的に強く、国際的な投資家が空売りを仕掛けにくいこともあり、一時的には効果を発揮する可能性がある。実際に、7月9日の動きはそうであり、上海株価指数は、下落の後、大きく反発した。 しかし、動かしがたい真理は、バブルにおいて買った投資家は、永久に持ち続けることはなく、一旦悲観論が相場に広がれば、今売らなくても、次ぎにチャンスが来たら売ろうとすることだ。恐怖にまで昇華した悲観が消えることはない。 したがって、一時的な株価反転があっても、それは次の売りを呼び込むだけであり、結局は、暴騰が始まった水準までは落ちていくことになる。 中国政府があらゆる手段を講じて株価対策を行ったのは、現状では、全く効果を発揮していないように見え、意味がないとか、さらに、むしろ逆効果だから、しない方がいい、などという有識者がいるが、それは大きな間違いだ。暴落においては、株価はオーバーシュートし、必要以上に下がる。政策には、これを止める効果はあり、その政策は、オーバーシュートが始まってからでは遅いので、何があっても、やれることはすぐにやった方がいいからだ。中国安徽省の証券会社で株価の動きを見る個人投資家=7日(共同) ただし、これで止まったと思うのは早計で、結局、個人投資家の売り場を作ることには変わりがなく、現在、取引停止銘柄が多いことから、これらの売りが出てくれば、今後、まだまだ下がる可能性はあると思う。あるいは、見かけ上の上海株価指数が下げ止まっても、市場のセンチメントや実態は、もっと下がっている、ということになるだろう。 一方、このバブル崩壊が、世界にどのような影響を与えるかは、長期にわたって、大きな影響を与えると思う。少なくとも、ギリシャの経済破綻よりは圧倒的に影響が大きいことは確実だが(ギリシャの世界への影響はほぼゼロであるから)、日本株もこれにつれて下落あるいは停滞が続くだろう。7月9日は、上海の戻りを受けて、急反発したが、この乱高下はむしろ、センチメントが過敏になっていることを示しており、今後も、乱高下が続き、不安定となるだろう。 ただし、今後も、中国株バブル崩壊は日本株式には直接は影響を与えない。世界同時株安と言われるような、株価の暴落伝染メカニズムは、今回は働かないはずだ。 なぜなら、中国国内の個人投資家が中心になって作ったバブルは、崩壊しても、中国個人投資家の損失に留まる。この株式バブルが中国不動産バブルから資金の移動により作られたことでも明らかなように、中国国内の問題なのだ。世界同時株安のメカニズムは、世界的な機関投資家が世界中に投資していることによる。つまり、同じ投資家が世界中に投資しているので、その投資家が一つの国で大きな損失を被れば、それをカバーするように他の国の市場でも売りが大量に発生し、下落が始まる。また、同じ投資家だから、そして、その投資家同士は非常に似ているから、センチメントは、全員が悲観に傾く。この悲観が伝染するので、すべての株価が下落するのだ。 しかし、中国の株式市場は、隔離させており、海外投資家が売り浴びせるのは難しく、また、中国の個人投資家は、中国株に集中投資している。だから伝染しないのだ。 それでも、日本株は警戒する必要がある。理由は5つだ。 第一に、ギリシャ経済崩壊とタイミングが重なった。これにより原油も再び大きく下げている。世界全体のリスクテイクセンチメントが低下し、世界全体の株が下がる可能性がある。第二に、日本株は急激に上がりすぎた、ということだ。今年の上昇は、中国株、欧州株が急騰を見せた。そこへ、日本が遅れて、再度上昇した。そして、中国、欧州は崩れた。となると、バブルが崩れるのは日本の番だ、ということになる。米国株は、今年は上がっていない。大きく上がった分、日本株は下落幅が大きくなる可能性が高いということだ。第三には、ギリシャ、上海が長引けば、米国FEDの金利引き上げと重なる可能性が出てくることだ。しかも、このイベントおよび6月の雇用統計で9月利上げが遠のいた、などと願望による楽観ムードがまた出てきたのが危険だ。FEDが淡々と上げたときには、ショックが生じる可能性がある。ただ、FEDもギリシャ問題は考慮することになるが、ギリシャが長引けば、あまり待ち続けることもできないので、年内利上げがなくなることはないと思われるので、どこかでは上がるので、ショックの大きさは、タイミング次第だが、必ずその場面は来る。 第四には、中国は個人投資家は信用で傷つくが、同時に、中国企業も、自社のバランスシートを使って投資していると見込まれ、この影響は大きく、後を引くと思われる。 そして、この事実が、第五の理由の影響を大きくする。つまり、中国の実体経済自体が大きく停滞する可能性が非常に高くなることだ。見かけ上は、7%成長行くかどうか、という議論で、要は5%以上は成長しているのだから、スピードはともかく、成長していることは間違いなく、それほど深刻に受け止めない向きもあるが、これは危険だ。成長ステージにある経済においては、スピードは重要で、成長スピードの原則は、経済を混乱に陥れる可能性がある。なぜなら、企業も経済システムも、政府の制度も、高い成長率を前提に回っているからで、減速しただけで、自転車が転倒するように、持続できなくなる可能性がある。 すでにその危険性が高まっている中で、株価が暴落となれば、個人消費は大ダメージで、企業までもが、財務的に毀損するとなれば、中国実体経済は停滞し、日本への影響も大きいだろう。 したがって、金融的な危機の伝染、バブル崩壊の連鎖自体は、心配することはないが、王道の実体経済原則による、景気停滞のリスクに対して準備する必要がある。 これが、上海株の本当のリスクだ。