検索ワード:金融・経済/177件ヒットしました

  • Thumbnail

    記事

    これから中国で地獄が始まる

     いつ弾けるのかと言われていた中国市場でついにバブルが崩壊した。このような場合必ずと言ってよいほど出てくるのは『私の損は誰かの得』という主張であり、これがよくある陰謀論の温床となっている部分がある。実は経済は『非ゼロサム』であり、自分が損をしたからといって誰かが得をしたのではないのだ。では、その金がどこに消えたのか?という疑問に突き当たるわけであるが、バブル(泡)という名の通り、一瞬にして消えてしまうのである。 これを理解するには『信用創造』というものを理解する必要がある。例えば、100万円の土地を持っている人がいるとしよう。この人が土地を担保に銀行から80万円(8掛け担保)を借り入れ、それを証拠金として入れて10倍の信用取引していたとする。 これを計算すると100万円が、100万+800万(80万×10倍)ということになり、100万円のお金が900万円に膨れ上がっていることになる。現金取引も証拠金取引も市場から見れば同じお金なのである。 しかし、これが下落に転じた場合、この逆転現象が起きる。特に信用取引などのレバレッジマネーでは、これが顕著になる。現金取引であれば、損が出たとしてもその投資額だけで済むが、信用取引では、損も信用倍率により増加するのである。 これを先の例に合わせると、10倍の取引では10%株価が落ちれば80万円の証拠金がなくなってしまう。この場合、不足分を『追証』として補うか、精算するしかなくなるわけだ。この場合、市場からは一気に800万円の価値が消えることになる。 そして、この80万円を返せなければ、担保にしていた不動産の売却を迫られることになる。そして、損を出した人が増えれば増えるほど、不動産価格が下落する。買い手がいない市場では、価格は落ちるしかないのである。そして、不動産価格の下落は他の不動産所有者にも影響を与える。例えば、先ほどの100万円の不動産が50万円まで落ちれば、銀行にとっては担保評価割れになり、所有者は売却しても債務の返済ができないことを意味する。また、他の人がお金を借りる場合においても、不動産価格の下落は借入限度額の減少を招くわけである。  そして、これは負の連鎖を起こすのである。このような信用創造の逆転現象を『逆ミンスキー現象』と呼ぶのだ。実はサブプライム問題にはじまるリーマン・ショックの際もこれが起きたのである。当時、債券バブルにより世界の金融市場は真水のお金の60倍程度まで膨れ上がっていた。しかし、サブプライム問題とそれに伴う信用不安によりこれが半分程度まで落ちてしまったわけである。その結果、世界の市場で資金量が急激に縮小し、不動産、債権、株式のトリプル安になってしまったわけである。そして、この資金量不足に対処するために行った政策が量的緩和という通貨増刷政策であったといえる。1(真水のお金)×60(倍率)=60から、倍率が半分になったのであれば真水のお金を2倍にすれば、2(真水のお金)×30=60で市場の資金規模を維持できるという理屈である。 そして、この量的緩和により米国の市場は回復したのであった。  では、今中国で何が起きているのかということになる。中国は成長の鈍化が伝えられる中で、上海総合指数は昨年7月から2.5倍、年初から60%の急上昇をしていた。これは異常な水準であるといえる。では、この資金がどこから生まれたのかということになるわけだが、この原資の多くは不動産や債券市場から離脱した資金であると言われているのだ。  実は、中国都市部の不動産価格は逆ざや状況になっていた。つまり、平均借入金利よりも家賃利回りが低い状況になっていたのだ。つまり、賃貸用に不動産を購入すると保有しているだけで目減りしたり損失が出る構造だったのである。例えば、1000万円の不動産を買ったとする。これが月5万で貸せれば5万×12=60万、つまり表面利回り6%ということになる。同じ不動産の価格が2倍に上がれば金利は3%という計算になる。中国の平均的な調達金利は8%以上、そして都市部の平均利回りは2%前後。これでは投資したくてもできないわけである。 また昨年以降、実体経済の悪化に伴い債券市場やシャドーバンキングにも不透明感が強まっていた。中国の場合、多くの企業に地方政府や政府関係者が関わっているため、政治的に潰れない(潰させない)と思われていた。つまり、このような商品に投資することで安全に高い金利が得られると思われてきたわけである。しかし昨年以降、中国政府は債権のデフォルトを容認したため、債権が安全なものという幻想が失われたわけである。また、中国政府は地方政府が係わる債券等に関しては、低金利での借り換えを促進する政策をとり始めたのである。その結果、債券市場が魅力的な市場ではなくなってきていたのである。 そして、この問題の根底には中国の脆弱な年金社会保障制度と金融システムの問題があるのだ。中国は年金制度がないに等しく脆弱である。その為、個人は老後資金を自ら運用しなくてはいけない。そうしなければ老後が保証されないのである。そして、中国の預貯金はインフレ率から見た場合、常に逆ざや状態にあったのである。例えば、物価上昇率5%の際に、3%の定期預金をしていれば実質2%目減りする計算になる。このマイナス金利を避けるため、多くの国民が高金利の運用商品を探し、一種のファンドである理財商品や不動産、株式市場を渡り歩いていたのであった。中国江西省の証券会社で、株価の動きを見る個人投資家=3日(共同) そのような環境の中で、不動産市場も債券市場も金利を得られない状況になり、だぶついた資金が一極集中的に株式市場に投入されたものと思われる。だからこそ、中国の株式市場の参加者の80%以上が個人投資家という構造なのである。また、その結果、中国株式市場の時価総額は中国のGDP規模と同じレベルの10兆ドルを超える水準まで上がり、売買高も市場規模2倍以上のNY市場を大きく超える状況になったわけである。  しかし、企業業績の悪化が予測され配当の減少が予測される中で、このような状況をいつまでも保持できるわけではなく、この臨界点を超えたのが6月12日から始まる継続した下落であったといえる。中国株式は約3週間で3割以上下落した。額で言えば3兆ドル以上、GDPの3割が一気に失われたことを意味する。ギリシャの危機とこの状況をうけて、7月6日から中国政府の意向を受けた証券会社によって2.6兆円規模のPKO(プライス・キープ・オペレーション)が行われたが、株価下落を抑制することができず、現在のところ失敗に終わったと判断される。7月8日、株価の暴落を抑制するため、上場株式の半数以上を売買停止(売買が停止されている限り、株価が決まらないため損失が出ない)にしたが、これでも株価下落を抑えきれなかった。 また、中国の中央銀行は、株価下落の影響を受ける証券会社に対して、特別融資を行う(中央銀行が証券会社にお金を貸し出す)として、金融不安を抑える政策も同時進行で取りはじめている。この件に関しては、中央銀行による間接的な株価購入ではないかという国際社会からの批判も出ている。そして、上場企業の大口株主などに対して、6ヶ月間の売却禁止を命じた。これも売却量が減れば価格が下がらないという理屈である。 しかし、このような強権的な政策をとっても、市場のひずみを拡大するだけだけという意見もあり、これが外国人投資家の離脱を促進する部分もある。バブル崩壊リスクだけでなく、政治的リスクとして認識されているからなのだ。いつ、自らが保有する株式を売却できなくなるかわからないからなのである。そもそも共産主義の国であり、どこまで権利が守られるかも不透明なのである。 中国ではこれから地獄が始まるのであろう。

  • Thumbnail

    記事

    経済の掟に逆らって高度成長を続けようとした中国共産党

    上念司(経済評論家) まず勘違いしてはいけないことがある。今回の暴落によって中国の実体経済が悪くなるのではない。元々中国の実体経済は悪かった。それなのに、株が上がっていた。みんながおかしいと思ったが、みんなで渡れば怖くない(ハーディング効果)と中国の個人投資家はこぞって株を買った。しかも、借金をして手持ち資金の何倍ものポジションを構築した。株価が右肩上がりであり続けるなら、彼らは巨万の富が得られたであろう。しかし、そうはならなかった。 そもそも、中国の実体経済を表す経済指標を信用できない。かつて李克強はそのように語ったことがウィキリークスに暴露されている。アテにならない数字の中で、多少でも参考になるのは電力消費量、鉄道貨物輸送量、銀行融資残高の3つだ。いま中国の経済政策を仕切る李克強首相さまがそう言っていたのだからきっとそうだろう。 5月の鉄道貨物輸送量は前年比-11.5%で、もう17ヵ月連続で減少が続いている。電力消費量は前年比+1.8%だが、昨年の+3.8%に比べると、伸び率が大幅に鈍化している。そんな中で、年末から銀行融資だけが前年比+14.3%と伸びている。 物流が減って、電力消費も減っているのに、銀行融資が伸びているということは何を意味するだろうか?つまり、実体経済はどんどん停滞しているのに、お金だけが市場に出回っているということだ。 元々、中国の経済的な停滞は日本のようなお金不足(デフレ)によってもたらされたものではない。どの国でも、高度経済成長は余剰農民が都市部に出稼ぎに出てくることで生じた無限の労働力に支えられている。この点では日本も中国も変わらない。しかし、その無限の労働力の供給が途絶えるとき、高度経済成長は終わる。これを「ルイスの転換点」という。 1960年代後半に入ると、日本では余剰農民がいなくなりルイスの転換点を迎えたと言われている。中国においても、リーマンショックが発生した2008年以降、同じようにルイスの転換点を迎えたと見るのが一般的だ。 しかし、中国共産党はこの経済の掟に逆らって、高度経済成長を続けようとした。7%という経済成長率の目標は、低成長社会に向けての通過点だとしても依然として高すぎる。それでも、彼らがこの目標を下げられない理由は、しょうもないメンツの問題だ。 中国共産党は「抗日戦争」など全く戦っていない。旧日本軍と戦ったのは国民党の国民革命軍であり、共産党はゲリラとして山に籠り、仲間同士で殺し合いをしていただけだ。そもそも、大東亜戦争の終結は1945年であり、中華人民共和国の建国は1949年である。一体どうやって日本と戦争したのであろうか? もっと正確に言えば、毛沢東は共産党ゲリラが日本軍と交戦することを禁止し、交戦して戦力を消耗した隊長には懲罰を与えていた。ひたすら戦力を温存し、日本と国民党軍を戦わせて双方を消耗させようとしていたのだ。つまり、抗日戦争などと言うもの自体がファンタジーであり、日本帝国主義者から中国を解放したという話自体が大嘘なのだ。 中国共産党にはあの土地を統治する正当な権限はない。日本軍を武装解除したソ連軍から武器を強奪し、蒋介石を本土から追い出して打ち立てた軍閥政権なのである。 しかし、そんな共産党であっても、経済、軍事で連戦連勝(?)を続ける限り、人民は支持して我慢する。だから、高度経済成長は本来なら永久に続かなければならないし、南シナ海や東シナ海で日米海軍を蹴散らさなければならない。もちろん、そんなことは無理だ。 特に経済に関しては、習近平は「新常態」などという詭弁を使って、高度成長は無理だということを共産党の方針にしようとしている。何のことはない、景気が減速するから人民は我慢しろという話だ。中国海南省博鰲で行われた「博鰲アジアフォーラム」の会合に出席した中国の習近平国家主席=3月(共同) ところが、景気の悪い話はやはり人民のウケが悪かったようだ。新常態よりも、株のフィーバーの方が圧倒的に盛り上がった。相次ぐ利下げと、官製メディアを使った煽りに、個人投資家はすっかり騙されてしまった。「株を買う事はいいことだ!」と気が狂ったように官製メディアが煽れば、中国人民は「この株高は共産党公認か!」と思ったに違いない。誰もがリスクに鈍感になった。そして、できるだけ大きなポジションを張ろうと、借金をしてまで株を購入した。その総額は日本円で42兆円と言われている。さすがにやり過ぎだ。 その兆候は昨年秋ごろからあった。2000ポイントを割っていた上海総合指数が俄かに上昇を開始したとき、私は香港の投資銀行関係者にその理由を尋ねてみた。そのときは「香港と上海の間の資本取引規制が緩和された。同じ会社の株でも上海の方が安い銘柄が多いので資金が上海に流れ込んでいる。」という説明だった。 その後、上海総合指数は急速に上昇し、3700ポイントを超えてきたので、私は再度説明を求めてみた。最初は「年末年始の3回の金融緩和が効いている」と言っていたが、4000ポイントを超える頃に訊きなおすと、「MSCIインデックスに中国株が組み入れられるので…」と説明が変わっていた。しかし、真相は株を買うための借金の総額が増えていたという全く笑えない話だったのだ。 今回起きている暴落は借金をして行った信用取引の解消に伴うバブル崩壊である。信用取引の残高がある程度減るまでは株価の下落は続くだろう。中国人民のうち、株式投資をしている人口は9000万人とも2億人とも言われている。彼らはどちらかというと裕福な人々になるだろう。今回の大暴落で老後の資金が吹き飛んでしまった人や、あるいは全財産をなくしてしまった人もいるだろう。彼らは共産党政権に対して強烈な不満を持つことはまず間違いない。 そんなとき、共産党は何をするだろう。国民の不満を逸らすために反日カードを切る可能性はないだろうか?尖閣諸島周辺で揉め事を起こして、それによって愛国心を喚起したり、「今回の株価暴落の真犯人は日本の機関投資家だ!」といった陰謀論を吹聴したりする可能性はないだろうか?共産党の歴史を紐解けば、彼らが一党独裁を続けるためなら、殺人、拷問など朝飯前であることを忘れてはいけない。 日本への影響について考える際に、輸出が減るとか爆買いが手控えられるとかいった話は枝葉末節だ。経済的な影響はきっとあるだろうが、日銀やFRBが本気になればこの程度の経済危機は難なく乗り越えられる。そんなことよりも、周辺海域における安全保障や中国在住の日本人の安全を心配すべきだと思う。

  • Thumbnail

    記事

    習政権がハマった「信用取引」のワナ 外国人投資家が株価暴落の引き金に

    田村秀男(産経新聞特別記者) 中国・上海株の下落に歯止めがかかりそうにない。ギリシャのデフォルト(債務不履行)に伴う世界の市場波乱のせいではない。習近平政権が進めてきた株価引き上げ策が今や裏目に出て、株価を押し下げる罠にはまってしまった。罠とは信用取引である。 信用取引は、投資家が証券会社からカネを借りて株式投資する。人民銀行が利下げすると、証券会社の資金調達コストと投資家の借り入れコストが下がるので、たちまち信用取引が活発になる。証券会社は投資家への貸し出しによる金利収入が大きな収益源になるので、新規株式公開(IPO)や増資で自己資本を拡充し、貸出余力を大きくしてきた。 上海株式市場での信用取引による買い残高は6月中旬時点で29兆円以上、3兆円弱の東京証券取引所の約10倍である。時価総額では上海は東証よりも2割弱大きい程度だから、上海の信用取引の度合いの大きさは、ず抜けているとみていい。昨年11月初めから今年6月初旬までの間に、上海株価は約2倍、信用取引残高は3倍に膨れ上がった。 グラフは上海株価指数と信用取引による1日当たりの信用買いである。信用買いの膨張とともに株価が大きく上に振れ、縮小とともに下落する連動ぶりがよくわかる。中国人民銀行は昨年11月、今年3月、5月、そして先週末に利下げしたが、そのたびに信用取引がぐんと伸び、株価上昇に弾みがついてきた。 人民銀行の利下げは、信用取引を拡大させて株価を引き上げる。人民銀行は日銀のように政府から独立しているわけではなく、党中央の指令下にあるのだから、習国家主席が株高の号令をかけるだけで株価が上がる仕組みなのだ。香港ハンセン指数を示す株価ボード 前回の本コラムで触れたが、上海株価暴落の引き金を引いたのは、党中央によるもう一つの株価引き上げ策である。11月の利下げとほぼ同時期に実施した上海と香港の株式の相互取引による上海市場への外国人投資家の呼び込みだ。 香港市場を経由すれば外国人投資家が初めて中国政府の認可なしに上海株に投資できるようにした。ところが、外国投資ファンドは逃げ足が速く、バブルとみるや、いち早く売り逃げて、巨額の売買益を懐にした。 株価の急落が始まると、信用取引が急激に縮小し、株価の崩落が加速する。株価がピークに達した6月12日以来、6月末までに信用買い残高は3兆円近く減った。株価が暴落すると、値上がり益で借金返済する当てが外れた投資家は期限までに証券会社に返せなくなる。証券会社は投資家への貸付資金を銀行から借り入れているので、最終的には銀行の不良債権となる。 銀行は不動産バブル崩壊に伴う地方政府や不動産開発業者向けに巨額の不良債権を潜在的に抱えている。北京はさらに利下げを連発するしか打つ手はないが、バブル延命策に過ぎず、効能はすぐに切れるだろう。

  • Thumbnail

    記事

    窮地の中国に誰がファイナンスするのか

     現象面から見るいまの中国市場の混乱は、多くの経済メディアが盛んに書き立てている通り大変な状況に陥っており、株式市場を通じての銘柄そのものの売買停止や、報告が義務付けられている上場銘柄の株式の大量保有者に半年間の売却を禁じるなど、市場の混乱を抑えようと当局が躍起になっている姿ばかりが見受けられます。 まがりなりにも90年代から中国経済と係わり合いを持ってきた身としては、いつか中国がこのような問題をやらかすだろうとは思いつつも、中国共産党の懐の深さ、人材の豊富さが中国の金融政策のダイナミズムをうまく制御しているように見えてもいました。いわば「共産党員が資本主義を操縦している」にもかかわらず、そのお手並みは実に見事であって、シャドーバンキングが表面化し始めた2004年や、流行病であったSARS禍、リーマン・ショックといった事変の後の速やかな立ち直りはむしろ驚嘆に値するほど素晴らしい手腕であると感じられました。 私事ながら、私自身は2006年から07年までに、中国上海、深センでの事業の将来性に不安を感じ、大幅に規模を縮小しました。わずかに残した不動産を残余の不動産管理の部門を現地にいる法人との合弁会社に移管し、また英蘭系の金融会社経由でわずかな取引を残すのみの状態です。 中国市場から撤収した動機は単純に他の新興国への投資のほうが利幅が多く稼げるからであって、いまなお中国で頑張っておられる日本系企業ほか中国にとっての外資系企業は中国国内市場の大きさに魅力を感じていたり、中国市場も睨みつつ中間財を扱い、アメリカやオーストラリア、南米、EUといった消費地に輸出する事業に従事されています。我が国の貿易相手国としての中国の役割が大きいという直接の意味のほかに、これらの外-外、つまり日本資本下にある中国現地法人からその他市場への輸出による儲けが日本の経常収支のそれなりの部分を支えているということは良く踏まえておく必要はあるでしょう。つまり、中国経済の変調は、ただちに日本経済の行く末にも大きな悪い影響を及ぼす可能性が高く、また回避不能であるということです。 私達のように、事業性よりも市場の成長性といった相場を見て中国経済を判断している業種からしますと中国本土にある銀行にお金を預けること自体がリスクを孕みます。まず中国の銀行運営は仮に外資系であったとしても信用できない場合があり、中国の政策如何で突然海外送金が禁止されてしまったり、ファンドや法人に対する税制が変更になるリスクを拭い去れません。 日本人の中国経済に関わる知恵として、日本人だけでファンドを組まず、必ずアメリカ人やドイツ人、ロシア人とご一緒するであるとか、投資の元金になる口座は必ず香港に置いておいて、中国投資をする場合にはこれを担保にして中国本土の銀行から金を借り、いつ政策がおかしくなっても香港と本土の銀行間での取引上の問題になるよう仕組みを構築するとかいう技巧が求められます。つまり、理不尽に資金を凍結されたときに、政策上の問題で資産が不当に拘束されたのは中国当局のせいだ、といつでも言える体制にしておくことで資産を保全することができるということです。 逆に言えば、日本の外務省は中国政府なみに信用できません。中国本土で理由なく資本が差し押さえられたので現地の領事館に泣きついたところで日本の役所は何もしてくれない、何もできないことがほとんどです。結局は、現地で中国人弁護士を立て、不利な司法で戦い抜いて、稀にしか勝てない裁判を経るしか方法がありません。それならば、より中国政府や金融当局、地方政府に強硬な態度をとることのできる米独露といったコワモテでちゃんと対応してくれるような人たちをバックにつけない限りいつでも酷い取引を押し付けられることになるからです。 そういう不利でどうしようもない市場である中国に何故投資をするのかといえば、そのリスクを承知で踏み込んでいってもなお儲かる可能性があるからです。国際金融をある程度やっている人には当たり前のことですが、新興国に対する投資は、野蛮な政府、不可解なことをやる当局、無能な現地法人といった幾つもの障害がある以上に利益率が良いと見込んで投資するのです。ベトナムもラオスもミャンマーもカンボジアも、いまでこそそこそこ日本人を見るようになりましたが、参入した当初は見た目のインフラが整わない以上に常識も理屈も通じない現地政府の人たちとの接触を繰り返して、相互理解し、お互いきちんと儲けてしっかり発展しようと握手をし、酒を飲み交わしてようやく前に進む話ばかりです。日本でこんなビジネスをしたら単純に贈賄以外の何者でもないことでも、投資をするからには現地の人たちのやり方を知り、愛されなければならないということです。 これは新興国を笑う話ではなくて、かつての日本だって戦後初期はそうだったということです。田中角栄さんや自民党の55年体制といったいろんな仕組みがありましたが、経済成長というのはどこもだいたい似たような経路を踏むものです。 今回の中国の場合は、そういう途上国、新興国経済特有の、地域のボス、政府の権力者が振り回す経済から、徐々に発展を遂げて、世界貿易体制の一角としての中国、世界金融市場での存在感を大きく示す中国となったわけです。要は、もう新興国のようなボス政治で金を包めば利権を分け合える社会から脱却しなければなりません。しかしながら、いまの習近平国家主席が目指している反腐敗運動は過渡期であり将来の中国に絶対に必要なこととはいえ、豊かになると共に多くの蓄財をした中国共産党の要職にいた先人を見たいまの担当者が「俺だってああいう風に儲けたい」と思うのが人情です。中国は2012年ごろから不動産バブルの崩壊ともいえる地方都市での開発計画の失敗が繰り返され、値上がりする不動産を担保にして金を借りて投資を膨らませていくことでリッチになる道が閉ざされてしまいました。 不動産価格の低迷が実体経済の成長を押し下げる傾向を強めると、証券市場の盛り上がりで代替しようとするのは日本も同じ轍を踏みました。このあたりは、日本も中国もブラジルもあまり変わりません。課題は均衡な発展、富の再分配機能をいかに働かせるかであって、ここに中国はあまり気を払うことはありませんでした。 結果として、中国国民のみに解放されているA株に公的資金が注ぎ込まれますが、国民のみに押し込まれてもインデックス投資は外資系資本が現地法人を作って運用する分には開放されておりますので、結果的には外資系資本が入ってくるうちは値段は上がりますし、直接売買のできるB株やレッドチップ、各種商品先物も連動して価格が上昇することでその実態はともかく収益性は担保できるようになり、中国経済の成長率をやや底上げすることになります。市場参加者がドン引きする当局の泡食った対応市場参加者がドン引きする当局の泡食った対応 相場も循環するものであり、2013年水準からすれば暴落したとされる2015年6月下旬の平均株価でさえインデックス的には三割以上高くなっています。投資家としては、数年上昇水準にあったのだから、高値警戒から大幅な調整が入ることぐらいは普通にある話です。小さいとはいえ鉄鉱石やレアメタル相場もすでに下落リスクに晒されていましたから、中国株が下落したという話を聞いて、私どもとしても「ああ、調整局面に入るのだな」ぐらいにしか思っていませんでした。 しかしながら、中国当局はかなり踏み込んだ対策を始めました。上場している銘柄や商品先物などで取引が停止された銘柄は一説には全体の4割強を占める1,545銘柄にのぼり、売買水準も標準的な売買高から2割程度にまで減少。さらには、大量保有者の売買制限、空売り規制に中国系証券会社に対する2兆元もの買い指令、時間を限定した公的資金での買い取りの示唆など、脊髄反射のように打ち出す施策がすべて公平な市場、換金性の高い相場という観点からすると180度反対のものばかりで市場参加者としてはドン引きです。 確かに焦りはあるのでしょう。アジア通貨危機を中国発で起こしてはならないという危惧もあるでしょうし、かつてはマレーシアのマハティール元首相のように暴力的で投機的なヘッジファンドとの戦いの話もあるかもしれません。ただ、投資家としては仮に今回バブル崩壊的な価格下落を当局が恐れ、社会不安にならないようにしたいと願って行った施策だと性善的に考えたとしても、取引が停止になるようなところに投資家が金を突っ込むことはしません。というのも、価格が下落して損をするのは受け入れることはできても、市場が閉まって価格がつかないのでは引き揚げたくても投入した金額が全損になって新規の投資に資金を振り分けることができなくなるからです。 本当に暴落して80%損を出したとしても、20%を現金化して底値でもっと有望で価格が反転する銘柄を選別して再投資をするファンドはたくさんあります。押し目買いや、成長が期待できる割安銘柄の落ち穂拾いこそ新興国投資の王道であって、現物と信用取引の比率を調整しながら最善のポートフォリオを組もうと考えるまともな投資家ほど公平で安全な市場を求めるのは当然のことなのです。ここでいう安全というのは、下落しない市場という意味ではありません。換金性や流動性のある市場ということです。 こういう政策を中国当局がやるのだ、と分かってしまうと、中国市場に対する信頼は地に堕ちざるを得ません。たとえ、価格統制をしなければ社会不安を呼び中国経済全体に対する不信感を抱かれてしまうのでどうにか回避したいという気持ちであったとしても、です。投資家としては市場がちゃんと開いていてくれて初めて相場なのであって、当局の考えや心理で市場が開いたり閉じたりするのでは怖くて金を突っ込めませんし、信用取引などもっての外です。 中国市場については、テクニカルな部分で言いたいことはたくさんあるのですが、見通しとしては通貨さえも持っていたくない状態じゃないかと思います。少なくとも、中国国内で事業をやっているいないにかかわらず、現金預金は香港やマカオ、シンガポールといった別の国の口座で管理するでしょうし、ファンドはなおのこと中国への直接投資を見送ることになります。なんてったって、怖いですから。そういうリスクをとってでも欲しい銘柄を物色するにしても、それは真の意味で中国国内市場で独占的で、海外に出ても競争力があるようなぴかぴかの銘柄だけ、凄く割安だと思うものを選別して突っ込むことになるでしょう。しかし、そういう銘柄ほど今回は取引停止になってしまっています。それはもう、見事に有望な銘柄や国際競争力のあるところだけが停止になっているので、やはり中国当局は良く分かってるなと感じるところではあるんですが、しかし売買停止になってしまっていると彼ら自身が海外での取引をキャンセルされてしまい、調達面でリスクを抱えることになります。本当の意味で、ギリギリの調整を求められることでしょう。 このような情勢になると、通貨バスケットであるSDRに中国元を加える話も、AIIBのようなアジア全体を利権の対象にするような開発投資の枠組みもペースダウンせざるを得ません。同様に、民間ではアリババ集団その他中国市場とアメリカなどで平行上場している企業は下手をすると懲罰的制裁を受けて上場取り消しになる可能性すらあるかもしれません。企業が悪いわけではないのに。 相場を見る側としては、このぐらいの調整で泡を食ったような対応を中国当局がやった、ということそのものがサプライズでありました。何かするにしても、もっと堅実な打ち手を考えたんじゃないかと思いますし、世界経済に対しても間違いなく大きなマイナスのインパクトを与えます。そして、何より経済再建途上であった日本も大きなブレーキ局面になることは間違いないでしょう。今年の3Q(10月期から12月期)は大幅なマイナスに転じてせっかくアベノミクスで増えた税収も元通り以下に陥ることだって容易に想像できます。 これはもう、どうしようもありません。中国共産党が解体になって中国国内が内戦でも始まってまた軍閥が割拠するような停滞した中国にならないよう願うのみです。そういう危機感を強く持って日本は中国との外交に臨まなければならないでしょうし、中国で大規模な暴動が起きて日本人の生命や財産に危機が生じたときには速やかに対応できるような措置が取れる準備を考えておく必要さえもあるでしょう。 悪いシナリオばかりが頭をよぎりますが、中国国内で収拾のめどが立つことが絶対にない市場の混乱において、最大の味方は本来は投資家の押し目買い、落ち穂拾いです。彼らは善意で突っ込むのではなく、儲かるからお金を出すのです。そういうファイナンスが中国に舞い込むようにするために、一刻も早く信頼回復できる施策を取ってもらうほか方法はないので、日本人としてもパニックになることなく中国とどう向き合うか考えるべきなんじゃないかと強く思う次第です。

  • Thumbnail

    テーマ

    ギリシャ人よ、汝自身を知れ

    欧州連合(EU)が求める財政緊縮案の是非を問うギリシャの国民投票は、反対派が賛成派を大きく上回った。チプラス首相は、「民意」を盾にEU側と強硬姿勢で再協議に入る意向を示したが、交渉は難航が予想される。「借金」を踏み倒そうとするギリシャ人よ、古の賢者の言葉をいま一度思い出せ。

  • Thumbnail

    記事

    古代ギリシャからの警鐘 際限なき富への欲望

    「高校生クイズという番組ですが、〝狂えるソクラテスといわれ、たるの中で暮らした古代ギリシャの哲学者はだれ?〟という設問で大丈夫でしょうか」。東京のテレビ局から研究室に問い合わせがあった。高校生には難問と思ったが、答える力のある優等生が集う番組だという。古代ギリシャの哲学者、ディオゲネスの胸像 答えはディオゲネス。粗衣粗食に徹し、究極のシンプルライフを追求した最強のホームレス哲人だ。あっと驚くような奇行が多く、一休禅師と同様、風狂と呼ぶにふさわしい。よく知られているのは真っ昼間にランプをともして「真実の人間はいないか」と探し回ったり、世界帝国を築いたアレクサンダー大王から「何か欲しいものは」と聞かれ、「では、たるの前をどいてほしい。日が差さないから」と答えたりしたという伝説である。 たるとつえと皿以外に何も持たないディオゲネスの裸の人生は人間の根源的な姿そのものだった。子どもが両手で水をすくって飲むのを見ると、「そうか」とうなずき、皿さえも捨てた。そこに、ぜいたく病に取りつかれた現代人の心を癒やす不思議な魅力がある。2300年の時を経て今、ディオゲネスが欧米で脚光を浴びているのは、着膨れした現代文明の行方に不安を感じている人が多いからだろう。□  □ 現代ギリシャが放漫財政から国家的危機に陥り、欧州連合(EU)や世界経済に影を落としているのは、アポロン神殿に刻まれた「万事、度を超すなかれ」という古代の金言を忘れ、自制心を失ったためだ。 ユーロ圏への加入には、財政赤字比率などの経済基準をクリアする必要がある。ギリシャは基準を達成できず、第1陣に乗り遅れた。2年遅れて加盟したが、EUの政治判断という面が色濃かった。「ずぼらで自己中心的なギリシャを入れたら、規律が乱れ、危機に直面する」との反対論は当初から根強かった。だが、リスクが大きいとはいえ、西洋文明の礎を築いた偉大な国を見放すわけにはいかなかったのである。 弱小国を見捨てずに救済するところにこそ、欧州統合の意義はあるのだ。経済繁栄よりも「戦争か平和か」という歴史認識が統合の要になっている。そのために互いに自制し、分かち合う精神を尊重する。そうした共生の土台となるのが自足の心である。 世界市民思想をいち早く打ち出したたるの中の哲人は、歴史のかなたから現代人にほえ続ける。「際限のない富への欲望は大いなる貧困だ。自制心を持て。欲望に振り回されるな。さもなくば首つりひもを持て」◇やまもと・たけのぶ 山梨県立大教授(メディア論)。昭和年北九州市生まれ。九大卒。共同通信フランクフルト支局長、阪南大教授などを経て平成年4月から現職。著書に「地球メディア社会」「ユーロ生誕」など。 

  • Thumbnail

    記事

    ギリシャに突きつけられた構造改革 受け入れ拒否でも茨の道

    矢嶋康次(ニッセイ基礎研究所・チーフエコノミスト) IMFは6月30日、ギリシャ政府に融資した約15億ユーロが、期限までに返済されなかったと発表した。7月1日ギリシャは先進国で初めてIMFへの支払いを延滞した国となった。 ユーロの創設以来の矛盾がギリシャから噴出した。政治同盟のないままユーロという単一の通貨同盟は本当に機能するのかということだ。金融政策をECBに一元化しても、政治的な意思を統一しなければ、各国の経済や財政政策はばらばらのままだ。 ギリシャは借金を返すために無理やり緊縮財政を強いられ半ば強制的に経常収支の黒字化を実現させられてきた。 しかしその代償は6年にわたるリセッションだった。第2次世界大戦以降で最悪の景気低迷に陥った後、失業率が20%台と過去最高水準付近で高止まりし、デフレスパイラルに見舞われている。2014年は少し上向きな動きも見えたがここ数年で失った経済レベルには到底及ばない。 経済がここまで疲弊すれば、普通であればギリシャ通貨は大幅に安くなり輸出拡大などをテコに経済政策が打てたはずである。しかしユーロは単一通貨であり、自国経済に比べて強すぎる通貨がさらにギリシャ経済に打撃を与えてきた。 観光などしか強い産業を持たないギリシャは結局のところEU(欧州連合)・ECB(欧州中央銀行)・IMF(国際通貨基金)などトロイカからの資金融資に頼る以外なく、支援策がうたれ続けてきたのだ。 この泥沼の状態に国民の我慢も限界となった。1月に反緊縮派の急進左派連合(SYRIZA、党首:チプラス)が政権を握ったのも当然の帰結ともいえる。 今回も過去のようにぎりぎりの交渉の中でギリシャへの支援は継続されるとの見方が主流だったが、債権団から「年金カット、消費税引き上げ」との要求が強まると、チプラス政権は、交渉のテーブルをひっくり返し「国民投票」を行うとの手段にでた。交渉のテーブルをひっくり返された債権団の不信感が爆発、6月30日の救済融資プログラムの延長を拒絶することを決定した。 当面の注目は5日に行われる国民投票。EUなどが金融支援の条件として示した構造改革案の受け入れの賛否を問うものだ。少し前まで70%以上のギリシャ国民がユーロ離脱(Grexitギリシャのユーロ離脱)を望んでいなかった。 ただし、国民投票でユーロに残るという決断をした場合でも問題の先送りにしかすぎない。国民投票で構造改革への賛成派が勝利しても、「否決」を訴えるチプラス政権が改革に取り組むのかは見えない。またEUとチプラス政権の相互不信もそう簡単には解けない。 ギリシャでは預金流出がとまらない。今回チプラス首相は、「銀行休業、預金引き出し上限1日60ユーロ」という規制を導入した。これが撤廃されれば自国の銀行の信用はなく預金流出はさらに激しくなるに違いない。海外の企業にとっても休業する国の企業とは取引はしたくない。何よりも問題なのはギリシャの次世代を担う若者がギリシャからでていってしまっているという事実だ。債権団の改革案を受け入れても問題が先送りされるだけで、借金、稼げない国ではいずれ再度の債務不履行のシナリオしか見えない。 反対に国民投票で構造改革の受け入れが拒否されれば、1999年のユーロ成立以来、初の離脱が現実味を帯びる。ユーロ離脱となればギリシャ政府は対外債務の支払い停止延期をせざるを得なくなる。国際的な信用は失墜する。国民の生活も立ち行かなくなり今以上に過酷な生活が待ち受ける。 ただ、ギリシャがユーロから離脱しても欧州への経済・金融市場への影響はそれほど大きくないと見られている。 ギリシャ問題はもう5年以上もやっておりその間に、債務危機に陥った国を支援する恒久的な枠組みのESM(欧州金融安定化メカニズム)が発足、ECBも金額の上限を設けない国債購入プログラムであるOMTなど危機の波及を防ぐ様々安全網が整備されてきたからだ。 ただし、残るユーロ圏各国は短時間で統合を深めないといけなくなる。金融市場が「ギリシャの次の離脱候補」を探すにきまっているからだ。ギリシャ離脱となれば反EU、EU懐疑的な勢いはさらに増し、スペインやポルトガルなどでその動きは先鋭化するだろう。EUという大きな体制を揺るがす動きが確実に強まりユーロという共通通貨圏の存続意義を問われることになる。 また離脱となればロシア・中国はよりいっそうギリシャに近づく。ギリシャのチプラス首相は6月19日に訪露し、プーチン大統領との会談で経済関係強化に意欲を示した。中国も関係強化に高い関心を示している。ギリシャがロシア・中国に財政支援を仰ぐ可能性は極めて高い。NATOといった安全保障を含むEUの政策全体が立ち往生しかねない危険も意識せざるをえない。 6月28日、国民投票の実施が打ち上げられ、翌29日は世界同時株安が起こった。しかし、翌日にはその動きが収まっている。おそらく金融市場は「債務不履行」は想定内、たとえ国民投票となっても「離脱なし」と見ているからだ。 ただ、ボールはギリシャ国民に渡された。もし長く続くギリシャの苦境に国民がもう債権団のいうことは聞きたいという選択をし、離脱に動き出すこととなれば、安全保障をも含んだ政治問題となる。この動きを織り込んでいない金融市場にとっては最悪のシナリオである。(執筆7月3日時点)関連記事■ ギリシャが“借金”踏み倒したらどうなるのか■ フランス共和国が誇る「社会統合」の限界■ 国際金融市場から実質隔離されたギリシャ 金融的な影響は限定的だ

  • Thumbnail

    記事

    自主的に窮乏生活を選択したギリシャ国民のプライド

     61%対39%。ギリシャで5日行われたEUが求めている財政緊縮策の受入れの是非を問う国民投票の結果は、「拮抗」という事前世論調査とかけ離れた「大差」での否決となった。 国民投票でEUが要求する財政緊縮策が「大差」で否決されたことで、今後の焦点は再びEUがギリシャ支援を続けるのかどうかに戻る格好になった。 「IMF融資は返済されていない。これはすぐにデフォルトとはならず、返済の遅滞になる」 6月30日に期限を迎えた国際通貨基金(IMF)への15億5000万ユーロ(約2100億円)の支払いが履行されず、ギリシャはIMFから受けた融資で事実上のデフォルト(債務不履行)状態に陥る史上初の先進国となった際に、欧州中央銀行(ECB)理事会メンバーのオーストリア中銀総裁はこのように述べ、「デフォルトではなく返済の遅滞に当たる」との認識を示した。 ギリシャの国民投票でEUが要求する財政緊縮策が否決されたことで、EUがギリシャへの支援を打ち切り、ギリシャがユーロ離脱に追い込まれることで、世界経済に大きな打撃が及ぶという見方も出て来ている。しかし、問題はそれほど単純なものではない。 ギリシャが抱える債務は約40兆円といわれており、負債総額においてはリーマン・ショックを引き起したリーマン・ブラザーズの約60兆円に匹敵する規模である。しかし、負債総額の大きさと世界の金融市場への影響の大きさは比例するものではない。リーマン・ショックと比較すると、金融市場に及ぼす影響はかなり限定的なものに留まる可能性が高い。それは、ギリシャの抱える債務約40兆円のうち、既に大半の約33兆円がIMFやECBといった公的機関の保有になっているからだ。 リーマン・ショックでは民間で起きた負の連鎖が金融システムを揺るがすことになったのに対して、今回は公的機関が既に大半の債務を引き受けていることで負の連鎖は起き難く、金融システムを揺るがす事態に至る可能性が低いということだ。負債はその規模だけでなく、誰に保有されているかによって影響は大きく異なってくるということを忘れてはならない。 国民投票でEUが要求する財政緊縮策が否決されたことで、ギリシャが財政緊縮策をとらなくなるという見方もある。しかし、今回の国民投票の結果に関らず、ギリシャが財政緊縮策を実施せざるを得ないことに変わりはない。 国民投票で緊縮財政を受け入れることになれば、EUの要求に沿ってまずはギリシャ国民が年金カットや支給年齢引き上げなどの痛みを負うことになったはずであるが、否決されたことで一旦これは棚上げされた。 しかし、ギリシャはデフォルトに追い込まれるか否かに関らず、EUやIMF、ECBからの資金援助が絶たれれば、今のような年金制度を始めとした社会制度を維持することは出来ないため、結局ギリシャ国民は緊縮財政を受け入れた場合と同じ負担を負うことになる。 ギリシャ国民にとっての違いは、ギリシャが抱える対外債務が減額される中で窮乏生活をするか、それとも借金を負ったままEUの監視下で窮乏生活を強いられるかである。結果が同じだとしたら、対外債務が減らせ、自主的に窮乏生活を選択した方が賢明ということになる。これは経済合理性だけではなく、国民のプライドの問題だ。 ギリシャのデフォルトが、これまで何回も起きている国家のデフォルトと決定的に違うことは、「先進国初」ということではなく、「統一通貨ユーロを採用している国初」であるところである。債権国側が懸念していることは、金融的に負の連鎖が限定的であったとしても、統一通貨を通した影響が未知数なところである。極論すれば、ギリシャ経済の行く末ではなく、ユーロの行く末だということだ。 金融市場の波乱を防ぐために必要なことは、市場にユーロ崩壊懸念を抱かせないことである。そのためには、安易にギリシャをユーロ離脱させるわけにはいかない。明確な追放ルールがない中でギリシャをユーロ離脱に追い込めば、金融市場に「第二のギリシャ」を探す口実を与えることになってしまうからだ。 ドイツを筆頭にEU首脳やオバマ大統領がギリシャのユーロ離脱を阻止する姿勢を示しているのも、ユーロ崩壊懸念の高まりが金融システムに大きな打撃になることを理解しているからに他ならない。 そうかといってEUやECBがデフォルトした国に支援を続けることは難しいし、支援しなければ資金が足りないギリシャはユーロに代わる代替通貨を発行せざるを得なくなる。これはユーロ圏の金融政策をECBが担うという統一通貨ユーロ制度を根幹から揺るがしかねないものであると同時に、ギリシャにユーロ離脱を迫るものでもある。 忘れてならないことは、経済格差が厳然と存在する国によって形成される統一通貨ユーロは、「どのように分割してもドイツが属するグループの通貨が強くなる」という宿命を抱えていることである。これはドイツの立場からいえば「常に国力よりも弱い通貨を持てる」というメリットがあるということである。 日米を筆頭に多くの国が金融緩和による通貨安政策によって景気を回復させようとしているのに対して、ドイツはユーロ内に財政的な脆弱な国を抱え込むことで通貨安を享受できる体制を持っているという現実を忘れてはならない。ギリシャをユーロから離脱させてしまえば、通貨ユーロは以前より強くなってしまい、ドイツなどユーロ内の勝組国は通貨安のメリットを享受出来なくなってしまう。 市場ではECBが保有するギリシャ国債4,900億円が償還を迎える7月20日がギリシャデフォルトの「Xデイ」だとする見方も多い。しかし、金融システムを守る立場にいる中央銀行(ECB)が、金融システムの崩壊を招きかねないデフォルトの引き金を引くだろうか。 リーマン・ショックもそうだが、世界の中央銀行は金融危機に対しては超法規的措置ともいえるような対応をしてまで、金融システムを守って来た歴史を持っている。ECBはこうした中央銀行の歴史に終止符を打つのだろうか。終止符を打つとしたら、それは「中央銀行は金融システムの番人である」という金融市場が抱いている常識に「解釈変更」を迫るものとなる。 このように考えると、債務の一部削減と、緊縮財政の一部受入れで合意し、EUとECBがギリシャ支援を続ける道筋を残すことで、統一通貨ユーロを維持ししていくというのが「大人の落としどころ」ではないか。 「デフォルトではなく遅滞」 IMFとECBが示した玉虫色の判断が、今後のギリシャ問題解決への道筋の全てを物語っているように思えてならない。今後の交渉は債務削減幅になりそうだ。関連記事■ ギリシャが“借金”踏み倒したらどうなるのか■ 国際金融市場から実質隔離されたギリシャ 金融的な影響は限定的だ■ 「EUは金融支援で駆け引きするギリシャを許すな」と大前氏

  • Thumbnail

    記事

    『働いたら負け、返したら負け』が悪化しているギリシャの現実

     ギリシャがついに破綻した。急進左派連合シリザ政権の誕生から始まったギリシャ危機であるが、ついに最悪の結果となってしまった。ギリシャは2012年の救済合意により、年金改革と公務員のリストラを中心にした緊縮財政を採ってきた。しかし、もともと産業の脆弱な国家であるため、これはギリシャの貧困化を招く結果になってしまっていたわけである。 この国民の不満に付け入ったのが急進左派連合シリザであり、年金の受給を従来通りに戻す、解雇した公務員を復職させる、公的企業の民営化は行わない、低所得者への給付を増やす、最低賃金を引き下げる、という「配る」政策を掲げ、その財源は債権者との交渉やドイツからの戦後賠償などで賄うとしたわけである。それを国民が支持し政権交代が発生したわけであるが、当然、このような政策を他国が認めるわけもなく、財政面から行き詰まったというのが今回の結果だといえる。 そして、この政権交代の最大の問題点は、モラルハザードの悪化である。もともと、労働意欲とモラルが低く産業基盤が脆弱であったギリシャであるが、極左政権の誕生でこれがさらに悪化してしまったのである。『借りたものは返さなくてはいけない』これは当たり前の道理であるが、これが通用しないのがギリシャであり、ただでさえ『働いたら負け、返したら負け』の社会が更にひどい状態になってしまったのである。近代史において、最も破綻した国がギリシャであり、過去200年の内、100年は破綻状態にあったのがギリシャなのである。このような国民性も近代化とユーロへの加盟により変わるかと思われたが、それは無理な話であったようだ。 2011年、私がギリシャに行った時もそれなりにひどかったが、今のギリシャはこれが更に悪い方向に進んでいるといえる。私が訪問した際も、アテネ空港で荷物が回転台に出てこない。クレームを付けてもまともに対応しようとしない。という有り様でほとほと困り果てた記憶がある。最終的に見つからなかったわけであるが、航空会社は保証をしようとせず、保証を得るのにも一苦労した覚えがある。これがギリシャの国民性なのだろう。5日、ギリシャ国民投票で財政再建策を拒否する反対派の勝利を確信し、アテネの広場で喜ぶ若者ら(沢田博之氏撮影・共同) また、今より良いと思われる2011年時点でも、地元の商店などは最悪の状況であった。タバコはあって1銘柄、ジュースなども1、2銘柄しかなく、商品棚はガラガラで、ものがない状態になっていた。その理由には様々なものが有ると思われるが、外資などが経営する品揃えがしっかりしたチェーン店に客を奪われたものと思われる。アテネオリンピックとユーロ加盟を機に、ギリシャにも海外の大手チェーンが参入し、それがギリシャの脆弱な地元産業を崩壊させてしまったわけである。 外国人に大人気であり、海外資金が潤沢に手に入るミコノスなど外国人観光客向けの島や施設は他の欧州諸国と変わらないが、それ以外の島や地域は開発途中のリゾート案件が雨ざらしになっており、建設中の建物や売り物件だらけの状態であった。バブルの爪痕といえばそのとおりなのだが、問題はその後の対応といえるのであろう。すべてそのまま止まっているのである。 また、港は役人とつるんだ得体のしれない人たちが支配しており、ヨットの係留には役人への支払いと別にチップを要求される有り様であった。そして、その役人たちも給料が払われていないので、係留代を給料代わりに貰っているというのである。また、有料道路や有料の橋も同様で、給料がもらえないから、料金を給料代わりに着服しているとのことであった。これでは公共事業の採算があうわけがない。 さらに、今回はシリザの選挙の公約と行政対応がそれを拡大させてしまっている。シリザは低所得者向け融資の差し押さえを許さないとしているので、借金を払わなくても差し押さえされることがないのだ。そのため、低所得者は払える払えないにかかわらず、借金を払おうとしないのである。 そして、これは個人の話だけではない。国や地方公共団体が公共事業の代金を払わず、公共事業を引き受けている企業も下請けや従業員に代金や給料を払えない状態になっており、これを手形のジャンプ(日付だけを先送りする)でごまかしている状態なのである。代金や借金を払わなくても許される社会が生まれてしまっているのである。これがギリシャの現実であり、社会であり文化なのだろう。  最後にギリシャ財務大臣の言葉で締めたいと思う。 「最も破綻した国に史上最大の融資を行うことは、人道に対する犯罪である」関連記事■ ギリシャが“借金”踏み倒したらどうなるのか■ 「ギリシャ危機」 欧州で広がる反緊縮気運■ フランス共和国が誇る「社会統合」の限界

  • Thumbnail

    記事

    ギリシャ人は「日本人並みに勤勉」!?

    福田直子(コラムニスト) 日本とギリシャは実は似ている  債務問題に揺れるギリシャ。その原因として「ギリシャ人は怠惰だ」ということがよく言われる。だが、ドイツを拠点に活動するジャーナリストの福田直子氏は、「実はギリシャ人は『勤勉』だ」と指摘する。意外にも日本人と共通点の多いギリシャ人の「本当の姿」について寄稿してもらった。 実はヨーロッパで最も労働時間が長いギリシャ  今、まさに正念場を迎えているギリシャ危機。ギリシャ人からすれば、まるで善人のギリシャ人を冷血なドイツ人がいじめているような構図なのだろうか。一方、ドイツ人からみれば、ギリシャの言い分はいかにも都合がよすぎる。  ギリシャが発端の「ユーロ危機」では、しばしばギリシャ人と債権者の代表、ドイツ人が対比されるが、ドイツ人にしてみれば、ギリシャ人は怠惰にさえ見える。ギリシャ人は実際、どういう働き方をしているのだろうか。  統計調査で知られるピュー研究所の調べによれば、英・仏・独・スペイン・伊・ギリシャなど、欧州の8カ国の人々が一番勤勉と思っているのは、ギリシャ人を除き、すべて「ドイツ」だという。  では、ギリシャ人はほんとうに怠惰なのか。否。驚いたことにギリシャ人は自分たちがヨーロッパで一番勤勉であると思っている。意外だが、これは案外、真実なのかもしれない。  というのも実は、統計上、ヨーロッパで一番労働時間が長いのはギリシャなのだ。年間の総労働時間は2017時間と欧州諸国のどの国よりも多い。ギリシャ人の一週間の平均労働時間は42時間と長く、EUの平均労働時間は37.5時間、ドイツ人の週の労働時間は35.3時間だ。「勤勉」といわれるドイツ人はギリシャ人に比べ、労働時間が40%も短い。そしてギリシャ人はドイツ人のように長い休暇を取らない。  実際に現地に行ってみると、ギリシャ人は確かに勤勉に見える。一般にサラリーマンは朝が早く、7時に会社に着くとお昼は抜きか、軽い軽食をオフィスでほおばり、午後3時には帰宅。きちんと昼食をとったあとは暑いこともあって休息。夕飯は遅く、9時過ぎか10時頃となる。暑い時期が長いギリシャは午後に休んで夜を楽しむ傾向にある。  ギリシャでは自営業が多く、町は夜もにぎやかだ。お店の営業時間が長いこともギリシャ人の平均労働時間を長くしているのだろう。ドイツでは閉店法があるため、デパートは遅くても夜の8時には閉まり、コンビニなどはまったくない。どこも9時を過ぎるとシーンとなり、次の日に備えて早めに就寝、というドイツの生活スタイルはギリシャと大違いである。 「別世界」で暮らす富裕層  ところで、ギリシャ問題は、富裕層と一般市民の格差問題であると解釈する経済評論家もいる。  造船業をはじめとするギリシャの富裕層はとてつもなくリッチで、山の頂上や私有地の島など、世間とは隔絶された場所に住んでいることが多い。移動は車だと渋滞するということで、ヘリコプターや豪華船であったりするが、彼らは財産をすべてギリシャ国外に持ち出している。富裕層はとても愛国的だが、税金は払わないし、苦境に陥った中流ギリシャ人への助け舟など出さない。  たとえば、アテネによく出張していた知人があるとき、ギリシャ人の取引相手にヨットに乗せてもらった。豪華船には常駐のスタッフもいて、100人あまりのパーティも船上で楽しむ。筆者の知るギリシャ人もみなパーティが大好きだ。ちなみに船の値段を聞いてみたら、「中古で2億ユーロぐらいかな」と臆面なく答えたそうだ。  自宅のプールも富裕税のうちに入るらしいが、税申告している人はほとんどいなかった。しかし、上空から衛星写真で撮ってみたところ、何万軒もの世帯がプールを持っていたとか。不動産登記もいいかげんというから、ドイツとは大違いである。  富裕層にきちんと課税し、ドイツより高い水準の年金制度を改革し、公務員を減らせば債務帳消しはすぐできるというのに、ギリシャの政治家たちは手が出せない。政治家たちは一部の特権を(自分たちの分も含めて)剥奪したくない。  しかし、一方で「EUの緊縮財政を許せない」と言う。むろん、ギリシャを借金漬けにした銀行はまったく責任をとらないばかりか、リーマンショック後の大量の公的資金投入で焼け太りをしている。 長時間労働、オリンピック……なぜか日本と重なる姿  ところで、筆者は昨年、アテネで合唱団のコンサートに行ったとき、道端で物乞いをする人たちを見た。どう見ても大学教授かサラリーマン風の外見のきちんとした身なりの男性が、アメリカ大使館の前で申し訳なさそうにすわっていた。2ユーロ差し出したところ、満面の笑みを浮かべ、「エファリストー(ありがとう)」と言われ、小銭しかあげなかった自分がちょっと恥ずかしくなった。  街は「売ります、貸します」のサインがところどころに見られ、そう遠い過去ではなかったオリンピックの熱狂が一体、どこへ行ったのかという沈滞ムードだった。  過大な債務、長時間労働、政治家の二枚舌、そしてオリンピック開催。ギリシャをよく知る日本人には、「ギリシャと日本はとても似ている」と指摘する人もいる。さらに言えば、ギリシャ人は情に厚く、親切な人が多い。ビジネスで短期間滞在しただけでもギリシャ人は家に招待してくれたりする。普段のギリシャの「おもてなし」は日本人以上だと思う。この時期にあっては、それはのぞめないだろうけれど。ふくだ・なおこ 東京生まれ。出版社にて雑誌編集者を経て、フリーに。現在、ドイツ、ミュンヘン在住。著書に『ドイツの犬はなぜ吠えない?』(平凡社)、『休むために働くドイツ人、働くために休む日本人』(PHP研究所)、『日本はどう報じられているか』(共著、新潮社)など。現在、戦争記念碑に関する本を執筆中。関連記事■ やってはいけない!「海外旅行のタブー」■ なぜ今、「ROE」がブームになっているのか?■ パックン流・相手の心をつかむ話し方

  • Thumbnail

    記事

    ギリシャは「リーマン」でも「悪役」でもない ユーロ圏に入ったのが間違いだ

    松浦肇(産経新聞ニューヨーク駐在編集委員) 「(2008年に起きた)米銀リーマン・ブラザースの破綻と比べて衝撃度は?」 ニューヨークのアナリストが毎月開催している投資会議。直近の会合では、国際通貨基金(IMF)に対してデフォルト(債務不履行)となり、5日の国民投票の結果次第ではユーロ通貨圏からの離脱が膾炙(かいしゃ)されているギリシャの経済危機が話題になった。 ギリシャの対IMF債務額は、6月分を含めて185億SDR(主要通貨バスケットの特別引き出し権)と米ドル換算で260億ドルある。戦後に対IMFで債務不履行となった合計額の4倍だ。 米バンクオブ・アメリカ・メリルリンチや英バークレイズがこのほど開催したマスコミ向けの勉強会も、ギリシャ経済に質問が殺到した。米政策金利の利上げ問題を差し置いてギリシャが人気となるのは、欧米人の性なのだろう。ギリシャは西洋文明の発祥の地であり、その末裔(まつえい)である彼らとしては人ごとではない。 欧州で銀行が初めて登場したのがギリシャだった。紀元前の都市国家時代に、奴隷を担保にした金融業が栄えた。公的組織のデフォルトが初めて起きた国でもある。紀元前4世紀、戦費がかさんだ都市国家はエーゲ海のデロス島にあった共同金庫への借金返済が不能となり、金庫は債務の8割をカットした。 感情的な思い入れが強い一方で、市場の反応は冷静だ。ギリシャのチプラス首相が国民投票を発表した直後は世界中の株式相場が急落したが、その後は下げ渋りの気配にある。「金融システミック・リスクの引き金になるとは考えにくい」(バークレイズ調査部門主任のラリー・カンター氏)のだ。 市場参加者が「ギリシャはリーマンではない」(米著名投資家のマリオ・ガベーリ氏)と考えるのには主に4つの理由がある。 第1に、欧州中央銀行(ECB)が量的緩和でギリシャ国債を買い入れ対象から外すなど、ギリシャ危機は想定の範囲内。ギリシャは債権者泣かせの常習犯で、1829年の独立から現在までの半分の期間はデフォルトか支払い遅延にある。 10、12年の金融支援を経て、会計上、ギリシャのデフォルトは織り込まれている、というのが2点目。ギリシャ国立銀行など金融機関の株価も数年前から低位にある。 3つ目は、市場の信用創造機能に対する影響度の小ささ。ギリシャの公的債務を保有しているのはECBやIMFといった公的機関、同民間債務はヘッジファンドといった短期資金が大半だ。 リーマン・ショックでは、リーマンの短期債務を当座預金のように換金性の高い公社債投資信託が保有し、市場発で信用不安が増幅された。 最後に、ギリシャの国内総生産(GDP)は220億ドル程度と、13年に破綻した米デトロイト市の規模でしかない。ユーロ圏のGDP比でも全体の2%だ。 チプラス首相の強硬路線で印象が悪化したギリシャだが、根っこにあるのは、99年に生まれた通貨統合の制度的な矛盾である。ギリシャはユーロ通貨圏に入るべきではなかったのだ。 ノーベル経済学賞を受賞したロバート・マンデル氏などが提唱した最適通貨圏理論によると、単一通貨の便益が費用を上回るためには、資本、労働市場の流動性、債務などリスク共有の制度などが必要条件となる。 圏内の一地域で景気過熱、他の地域で景気後退となるような非対称的ショックが起きても、生産財の移動が自由なら、不均衡は調整できる。 だが、ユーロ通貨圏の調整機能は不十分だ。ギリシャで財政難、景気悪化となっても、ギリシャ国民が好景気のドイツに自由に移動して職を探し、ドイツが財政移転してくれるわけではない。 皮肉にも、通貨統合で実力以下の通貨安を享受して外貨を稼いだドイツは、ギリシャに緊縮財政を要求し、矛先は社会保障費に向かっている。一方で、GDP比で2%超と北大西洋条約機構(NATO)加盟国としては突出して高いギリシャの軍事費にあまり触れないのは、ドイツやフランスにとってギリシャが兵器購入の得意客だからだ。 5日の国民投票で欧州連合(EU)側の提案に「イエス」なら社会保障費の削減、「ノー」なら将来的なユーロ圏脱退で物価は高騰。どちらを選んでもギリシャ国民には「いばらの道」が待っているわけだが、巷間言われる「ギリシャ論」は正確ではない。ギリシャはリーマンではないし、ギリシャだけが悪者ではないのである。関連記事■ ギリシャが“借金”踏み倒したらどうなるのか■ 「EUは金融支援で駆け引きするギリシャを許すな」と大前氏■ フランス共和国が誇る「社会統合」の限界

  • Thumbnail

    記事

    債務を全てカットしろと要求するギリシャの反対派たち

    小笠原誠治(経済コラムニスト)ギリシャの国民投票の結果が出ました。賛成と反対が拮抗するのかと思いきや、反対の票が遥かに上回ったのです。 ギリシャ国民の多くはユーロ圏に留まることを望んでいるのだから、国民投票では緊縮策の受け入れも止むを得ないと考え、イエスと答える筈だと予想したのはどこのどなたでしょう? 多くのギリシャ人の考えは、ユーロ圏から去りたくはないが、しかし、緊縮生活はもううんざりだ、というのが本音だということなのです。しかも、緊縮策は嫌だとつっぱねても、ユーロ圏から去ることにはつながらない、と。 でも、どうしてその二つの相矛盾する要望が両立し得るなんて考えることができるのでしょうか? やっぱり、お金を貸す側の論理が何も分かっていないとしか言いようがありません。 つまり、一方で、多額の借金を作っておきながら緊縮生活はもううんざりだというような理屈が成り立つのかということなのです。のみならず、反対派は勢いづいて、債務を全てカットしろだなんて叫んでいるとも言われています。 仮に、債務を全てカットしてもらったとしても…そうなると、今度は最後の拠り所であった欧州委員会やECB、それにIMFもギリシャの相手をすることはなくなるでしょう。 お金を貸しても、それを帳消しにしてくれというのが分かっている者に対し、お金を貸す訳にはいかないではないですか。 ギリシャの人々も冗談は休み休み言って欲しいものなのです。 いずれにしても、海外の債権者はギリシャの債務を減免せよと要求するギリシャの国民ですから、そうなれば、自国政府に対しても納税の義務を減免してくれと言い出しても何もおかしいことはない! 現に、今ギリシャで、まともにローンの返済をしている者とかまともに税金を納めている者は少数派なのだとか。 そのような国がどうして、財政を立て直すことなどできるでしょう。 トロイカが押し付けた緊縮策のせいでギリシャの経済がぼろぼろになってしまったなんて主張する輩が多いのですが…でも、一旦マイナスになっていた経済成長率も、現在のシリーザ政権が誕生した今年初め頃までには随分回復してきていたことを見逃してはいけません。 折角ギリシャ経済が立ち直りの気配を見せていたのに、緊縮はもううんざりだなんていう政権が誕生したので、却って混乱を招いてしまったのです。 いずれにしても、自分たちに救済の手を差し伸べてくれた相手方に向かって、いろいろな注文を付けるどころかテロリスト呼ばわりする者を誰が相手にするでしょうか。 そして、誰もギリシャにお金を貸すことがなければ、ギリシャの政府が機能しなくなるのは時間の問題。だって、公務員に給与を支払うことができなくなれば、役所を開くこともできないのですから。銀行の営業再開も難しいでしょう。7月7日からは、銀行の業務が再開される予定になっていますが、どうやって必要な資金を確保するつもりなのでしょう? 気の毒ですが、銀行の営業再開は相当難しいとしか思えません。 ということで、国民の多くがその厳しい現実に気が付くには、それほどの時間はかからないでしょう。 あと1週間もしたら、ギリシャの政情は極めて不安定になるのではないでしょうか。(オフィシャルブログ『経済ニュースゼミ』より7月6日分を転載)おがさわら・せいじ 1976年3月九州大学法学部卒。1976年4月北九州財務局(大蔵省)入局。大蔵省国際金融局開発金融課課長補佐、財務総合政策研究所研修部長、中国財務局理財部長などを歴任し、2004年6月退官。以降、経済コラムニストとして活躍。メールマガジン「経済ニュースゼミ」(無料版・有料版)を配信中。著書に『マクロ経済学がよーくわかる本』(秀和システム)、『ミクロ経済学がよーくわかる本―市場経済の仕組み・動きが見えてくる』(秀和システム)、『経済指標の読み解き方がよーくわかる本』(秀和システム)がある。

  • Thumbnail

    テーマ

    ギリシャ危機は怖くない

    財政危機にあるギリシャがデフォルト(債務不履行)に陥る可能性が高まった。EU発足以来初の離脱も現実味を増す中、日本市場は今年最大の下落幅を記録し、余波が広がった。危機回避の見通しはいまだ立っていない。日本市場は今後どうなるのか。ギリシャ危機を検証する。

  • Thumbnail

    記事

    「ギリシャ危機」 欧州で広がる反緊縮気運

     [WEDGE REPORT]伊藤さゆり(ニッセイ基礎研究所経済研究部 上席研究員)欧州で反緊縮、反EUの動きが広がっている。南欧は「緊縮疲れ」、「改革疲れ」に陥り、一方のドイツでは「支援疲れ」に陥っている。デフレ懸念、域内格差に歯止めをかけることはできるのか。欧州では緊張が高まっている─。勢いづくギリシャのチプラス新首相 (GETTYIMAGES) 1月25日のギリシャ総選挙は、政府債務の削減、緊縮財政路線の修正を唱えた「急進左派連合(SYRIZA)」の勝利に終わった。ギリシャは、2月末にEU・国際通貨基金(IMF)による支援プログラムの期限を迎える。総選挙前、新政権は発足後直ちに支援プログラムの最終審査を終えて、予防的な支援プログラムに移行することが内定していた。 しかし、SYRIZA党首のチプラス首相率いる新政権は、EU、IMF、欧州中央銀行(ECB)のいわゆるトロイカによる政策への監視を嫌い、支援プログラムを早期に離脱、債務交換を通じて過大な債務の元利払いの負担を軽減し、国内銀行などを主な引き受け手とする短期国債で当面の資金繰りをつなぐ道を模索する。 ECBがギリシャ国債を担保にギリシャの銀行に資金供給を継続してきたのは、トロイカの監視下で支援条件である財政緊縮や構造改革に取り組むことが前提だった。新政権が支援プログラムの早期離脱の方針を曲げなければ、債務不履行とユーロ離脱に発展しかねないとの不安から、預金が流出し始めている。 今年は1月のギリシャに続き、秋にポルトガル、年末にスペインが総選挙を行う。これら3カ国は財政危機に見舞われ、厳しい財政緊縮と構造改革を迫られた。景気は14年には持ち直し始め、失業率もピーク・アウトした。 とは言え、生産活動の水準は最も大きく落ち込んだギリシャの場合、世界金融危機前のピークを2割以上下回る。今もギリシャ、スペインでは、4人に1人が失業している。「緊縮疲れ・改革疲れ」はギリシャだけでなく、スペインの総選挙ではギリシャ同様に緊縮策の見直しを掲げる新党・PODEMOSが台風の目となるだろう。 ユーロ圏で長期不況に陥っているのは、財政危機に直撃された南欧の周辺国だけではない。イタリアでは景気の後退が止まらず、失業率は、世界金融危機前のボトムの5%台から、14年末には13.4%に達し、99年1月のユーロ導入以来の最悪の水準を更新中だ。 フランスも振るわない。景気後退こそ免れているが、ここ3年の成長率は、平均で前年比0.3%とおよそ1%の潜在成長率を大きく下回る。失業率は、世界金融危機直後の大幅な悪化の後も、じりじりと上昇し、ユーロ導入以来の最悪水準が迫る。 周辺国からイタリア、フランスへとデフレの脅威が迫り、ユーロ圏のインフレ率は昨年12月に、ついにマイナスに転落した。域内の景気格差、雇用格差の拡大も止まらず、反緊縮・反EUの気運が広がり、統合の遠心力が強まる悪循環に陥りつつある。 悪循環阻止にまず動いたのはECBだ。1月22日の政策理事会で、3月から月600億ユーロの国債等の資産を買い入れる量的緩和を開始、少なくとも16年9月まで継続することを決めた。 ECBの量的緩和決定までの道のりは平坦ではなかった。ユーロ圏は15年1月のリトアニアの参加で19カ国に広がった。19カ国はユーロを共有し、金融政策はECBが一元的に決める。しかし、財政の主権は各国に分散しており、国債市場の大きさや構造、信用力もばらばら。ユーロ圏共通国債はない。 ECBの国債買入れには、財政ファイナンスのリスク以外にもクリアすべき問題があった。そのため、政策金利の引き下げ余地がなくなった後も、非伝統的政策手段として、最長4年の民間貸出促進のための資金供給、次に資産担保証券(ABS)や金融機関が発行する担保付債券(カバードボンド)の買入れという順番を辿った。 ECBの国債買入れにドイツは反対してきた。14年は、ドイツ経済も、ウクライナ情勢の緊迫化、ロシアとの関係悪化の影響もあり減速した。とは言え、雇用・所得環境は良好で、失業率は5%と圏内で最も低く、東西ドイツ統一以来の最低水準を保つ。追加緩和の必要性に対して、南欧やフランスとドイツとの間には温度差があった。フランスのオランド大統領(左)と、ドイツのメルケル首相(右)。景気格差を背景に、両国の温度差が目立ってきている (REUTERS/AFLO) さらにドイツは、国債買入れは、必要な財政健全化措置や構造改革を妨げると主張した。ユーロ参加各国が出資するECBが国債買入れで損失を被り、参加各国が損失を分担することになれば、EUの基本原則に反するとした。結局、損失分担の問題について、ECBは、国債等の買入れに関わるリスクを共有する割合を2割に抑え、しかもその過半は信用力の高い欧州機関債とすることでドイツに配慮、ドイツは、政策理事会のコンセンサスでの決定を認める譲歩をした。 ECBの量的緩和の決定を、市場は概ね好意的に受け止めたがデフレの回避、域内格差の是正に、どのくらいの効果が期待できるのだろうか。 はっきりしていることは、米連邦準備制度理事会(FRB)の成功例を、ユーロ圏に当てはめるのは難しいということだ。資本市場が発達している米国と違い、ユーロ圏の金融システムは銀行が中心。市場メカニズムを通じた波及には限界がある。特に、南欧では、資本市場へのアクセスが限られる零細企業の割合が高く、量的緩和の効果が浸透しにくい。 そもそも今のユーロ圏で投資や雇用が伸び悩んでいるのは資金調達に問題があるからではない。障害となっているのは、経済の先行きの不透明さ、労働関連などの各種の規制や手続きの煩雑さ、税・社会保険料の負担の重さだ。 量的緩和はインフレ期待の変化とユーロ安を通じて一定の効果を発揮する見通しで、世界的な原油安とともにユーロ圏経済の回復を下支えするだろう。しかし、構造改革の進展がなければ、投資と雇用の問題は解決しない。 ECBのドラギ総裁も、金融政策が効果を発揮するためには、信頼を回復し、投資の拡大につながる構造改革と成長に優しい財政政策が必要とし、政府と欧州委員会の取り組みを促した。 財政危機以降、EUは、ユーロ参加国のマクロ経済政策の監視を強化し、財政の緊縮と歳出増につながらない規制改革で競争力を回復し、成長軌道を取り戻すことを目指した。こうした処方箋は、ドイツの強い主張で導入されたが、デフレの脅威の広がりという結果を招いた。ドラギ総裁は、自ら金融緩和の強化に動くとともに、政府と欧州委員会には財政緊縮一辺倒の姿勢を改めることを求めたのだ。限界が明らかになったドイツ型処方箋 なぜ、ドイツ型の処方箋はデフレの脅威を広げることになったのか。1つは、構造改革が、効果を発揮するまでに時間が掛かること。もう1つは、財政緊縮によって、長期にわたり公共投資が抑制され、構造改革の効果を高める支出も抑制されたことだ。 財政危機に見舞われた南欧では、労働市場を中心に異例のスピードで構造改革が進展したが、失業率の劇的な改善や成長の加速はみられない。むしろ、解雇規制緩和や賃金調整などのマイナス効果が強く現れている段階だ。ドイツは、社会保障と労働市場の一体改革で成果を挙げた成功例だが、改革を実行し、雇用が拡大に転じるまでに、5年を要した。南欧は、ドイツよりも産業基盤が脆弱なため、より幅広い改革が必要だ。効果が表れるまでに、より長い時間が掛かるだろう。 財政政策に関しても、名目GDPの3%を超える過剰な財政赤字の有無という側面だけでなく、中期財政目標に基づいて、債務残高の抑制や景気循環要因を除いた財政赤字の着実な解消を求められるようになった。結果、財政赤字の削減は進んだものの、中期的な成長に必要な投資や構造改革の効果を高める支出、例えば教育や積極的労働市場政策への支出も圧迫され、需要不足が拡大、潜在成長率も落ち込んだ。 すでに、12年頃から、EUでは、緊縮一辺倒から成長に配慮した健全化に軸足を移し始めていたが、これまでは企業の活動や就業のインセンティブを妨げないような税制への改革に力点があった。しかし、デフレの脅威が迫り、長期不況が続く国々で社会的な緊張が高まったことで、ここにきて、有効需要を生み出すと同時に潜在成長率の引き上げに通じるインフラ投資の拡大が重視されるようになってきた。 インフラ投資のための枠組みとして、昨年11月、欧州委員会の新委員長に就任したユンケル氏が早期の立ち上げを目指しているのが「欧州戦略投資基金(EFSI)」だ。EFSIは、EUからの資金を呼び水に官民の資金を動員し、15年から17年の3年間で3150億ユーロの長期投資を行う。欧州委員会は、財政的な余裕が乏しいEU加盟国政府に、基金の利用を通じたインフラ投資の拡大を促すため、基金への拠出が中期財政目標からの乖離の原因となった場合には、財政規律違反を問わない方針だ。併せて、南欧諸国のようにGDPギャップが4%を超えるような「例外的に悪い経済状況」の国には、財政健全化措置の一時凍結を認める方針も打ち出した。 ユーロ圏に共通国債市場があれば、ECBはより機動的で大規模に量的緩和を展開できる。域内の成長と雇用の格差是正に使える共通財源を備えていれば、需要不足と構造的な失業、潜在成長率の低下が目立つ国に集中的に投資することもできよう。財政危機の最悪期には、財政統合の議論が浮上しかけたが、結局はドイツ主導で各国の財政運営や構造改革に関するルールと監視が強化されただけで終わった。 足もとでは南欧の「緊縮疲れ・改革疲れ」の一方、ドイツでは「支援疲れ」が広がり、財政統合の議論が進むような状況にはない。結果として、ECBの量的緩和もEUと各国政府の財政出動も強い制約を受ける。デフレ懸念、域内格差からくる緊張を直ちに封じ込めることは難しいだろう。関連記事■ シェール革命はサブプライム危機の二の舞か■ 混乱の時代に国家の意義見直せ■ 「高負担」受容し財政危機避けよ

  • Thumbnail

    記事

    「EUは金融支援で駆け引きするギリシャを許すな」と大前氏

     金融危機やナショナリズム等の問題で、火種が燻るEU(欧州連合)。加盟国間の経済格差が顕著になり、それに対する国民の不満を煽るポピュリズム(大衆迎合)の政治家・政党が多くの国で存在感を増している。EUの未来を大前研一氏が占う。 * * * EUが岐路に立っている。 巨額の債務問題を抱えるギリシャで反緊縮派の急進左派連合(SYRIZA)政権が誕生した。同政権のチプラス首相は「壊滅的な緊縮は終わった」と宣言し、単一通貨ユーロからの離脱をちらつかせながら、金融支援策をめぐってEUと駆け引きしている。 2月末が期限だったギリシャへの支援は、とりあえず4か月間延長されたが、ギリシャで大きくなったポピュリズムの炎は、この先EU全体に燃え広がる恐れがある。もしEUがギリシャの無責任なふるまいを許したら、火の手は2009年のギリシャ危機の時と同じように財政破綻候補のポルトガル、そしてスペインへと燃え移り、さらにイタリアに波及するだろう。 では、今後ギリシャとユーロはどうなるのか? シナリオは二つに一つしかない。一つは、チプラス首相が反緊縮路線を転換してユーロ圏にとどまるというシナリオだ。 実は、ギリシャはユーロ圏から離脱することになったら、EUも脱退しなければならない。ユーロとEUは一体だからである。EUから出たら、当然、EUが各国から集めて州単位で分配している地方交付金はもらえなくなる。これはギリシャの地方にとっては死活問題だ。 なぜなら、いまギリシャの地方は国家から回ってくるお金がほとんどないため、EUからの地方交付金で人件費をまかない、公共工事などを行なっているからだ。 つまり、EUを脱退したら地方は破綻してしまうのである。そのことがわかった途端にチプラス首相に対する国民の批判が高まり、緊縮財政に戻ってEUの救済資金供与の条件を受け入れるしかなくなるだろう。 もう一つは、チプラス首相が反緊縮路線を固持してユーロ圏から離脱するというシナリオだ。チプラス首相が緊縮財政の約束を守らずに無責任なふるまいを続けるようなら、EUはギリシャをユーロから追い出すべきである。 冒頭で述べた通り、もしEUがギリシャのわがままを許して債務を反故にしたり、安易に救済したりするような方向にいけば、ポピュリズムの炎がEU全体に燃え広がって規律の塊であるユーロの崩壊、EUの瓦解につながってしまう。だからEUは絶対にギリシャを許してはならないのだ。関連記事■ 欧州経済 喩えるならばアリはドイツ、キリギリスはギリシャ■ ギリシャ危機に対処するEU首脳に関するジョークを3つ紹介■ 欧州危機 ユーロ解体以外に解決策なしと野口悠紀雄氏が指摘■ EUを危機に陥れたギリシャ 言語道断の詐欺行為と落合信彦氏■ ユーロでギリシャ、フィンランド離脱シミュレーションの概要

  • Thumbnail

    記事

    夢果たせぬユーロ圏の構造問題

    榊原英資(青山学院大学教授) 現在、欧州連合(EU)加盟国は28カ国、そのうち19カ国がユーロを通貨として採用しユーロ圏と呼ばれている。EUに参加しながら自国通貨を維持しているのはイギリス、スウェーデン、ポーランド、ハンガリーなど9カ国。各国の成長率を見ると、自国通貨を維持している国の経済が好調だ。 イギリスは2013年は1・74%、14年は3・21%(14年はIMFによる予測)。スウェーデンは13年が1・64%で14年が2・11%。同様にポーランドは1・55%と3・25%、ハンガリーは1・10%と2・80%である。ユーロ導入で顕在化した格差 これに対しユーロ圏経済は停滞気味だ。ドイツは13年が0・53%で14年が1・39%、フランスも13年は0・29%で14年が0・37%。南ヨーロッパはさらに悪く、イタリアは13年がマイナス1・85%、14年が同0・17%。スペインは13年が同1・22%になっている。 実はユーロ圏はユーロという共通の通貨を持つことによって構造的な問題を抱えてしまっているのだ。ヨーロッパ諸国の経済力はドイツ、オランダなどの北ヨーロッパ諸国が強く、ギリシャ、スペインなどの経済力は相対的に弱い。 かつて通貨が別々の時はドイツマルクが継続的に切り上げられ、ギリシャドラクマが切り下げられることによって、通貨による競争力の調整が可能だった。周知のように1985年のプラザ合意によってドイツマルクは日本円とともに大幅に切り上げられている。 しかし99年のユーロ創設によってドイツもギリシャ、スペインも共通の土俵に上がることになってしまった。ギリシャなども当初は強い通貨に移行することによるメリットもあったのだが、次第にドイツなどとの競争に晒(さら)され、その経済は弱体化していった。 ユーロ導入以降、ドイツやオランダの国際収支は大きく改善し、2014年にはドイツは国内総生産(GDP)比で6・20%、オランダは9・88%の黒字を計上しているが、逆にフランスはマイナス1・42%、スペインは0・10%、イタリアは1・20%になってしまっている。独り勝ちとなったドイツ また、ギリシャもこのところの緊縮策で改善はしているものの(14年はGDP比で0・70%)、10年、11年には10・29%、9・86%の赤字を計上し、いわゆるギリシャ危機をおこしてしまった。フランスもイタリアもユーロ導入前は国際収支は黒字だったし、ギリシャの赤字もGDP比で4%以下だったのだから、ユーロ導入によって南ヨーロッパ諸国の国際収支は一気に悪化してしまったということなのである。 同様のことは財政収支についても見られる。つまり、ユーロ導入によってドイツの財政収支は改善し、11年にはほぼ収支均衡するところまでいったのだが、逆に、フランス、イタリア、ギリシャの財政収支は継続的に悪化していって、ついにはギリシャ危機ということになってしまった。 共通通貨ユーロの導入は、ドイツ、オランダなどの北ヨーロッパ諸国とイタリア、スペイン、ギリシャなどの南ヨーロッパ諸国が同じ土俵で競争する状況を作り出し、ドイツの独り勝ちという結果をもたらしたのである。ドイツはかつてのようにドイツマルクの切り上げというハンディキャップを課されることなく、共通通貨ユーロで輸出ができるようになったのだから、当然、国際収支は劇的に改善した。そしてそれが財政収支の均衡回復にも結びついていったのだ。見通し立たない財政の統合 確かに、ユーロの導入、そして欧州中央銀行(ECB)の設立による為替と金融の統合はヨーロッパ統合の重要なステップだった。あとは財政が統合されればヨーロッパの統合は完成し、「ヨーロッパ合衆国」ができるというわけである。しかし、財政の統合は容易ではないし、今のところ、その見通しは全く立っていないといっていいだろう。 とすれば、ヨーロッパは現在の中途半端な統合の状態をしばらく続けざるをえない。今さらドイツマルク、ギリシャドラクマ復活ということはできないからだ。 ユーロ導入による南ヨーロッパ諸国の低迷は、最終的にはドイツにもマイナス効果をもたらすことになっている。13年のドイツの成長率は0・53%とかつての成長率(02~11年の平均成長率は1・14%)から大きく落ち込んでいる。ギリシャやイタリアのマイナス成長の影響を受けているからだ。 ユーロという共通通貨を持っていることが、格差の拡大と低成長の原因なのだから問題は構造的であり深刻である。確かにユーロ創設はヨーロッパ統合への重要な一歩であったことは間違いないが、逆に格差を拡大し、統合を難しくしてしまったというわけなのだ。 財政の統合へ早急に歩みを進めなければ「ヨーロッパ合衆国」創設の夢は雲散霧消してしまいかねない。ドイツが腹をくくって、それなりの財政負担をすることが重要なのではないだろうか。(さかきばら えいすけ)

  • Thumbnail

    記事

    ギリシャが“借金”踏み倒したらどうなるのか

     ついに、ギリシャがデフォルトしようとしています。急進左派政党シリザの選挙勝利予測報道が流れ始めた昨年の11月下旬から始まったギリシャ危機ですが、ついに最悪の結果で終わりそうです。 ギリシャの現政権であるシリザは、1.年金を従来水準に戻す2.財政削減で解雇した公務員を復職させる3.公益企業の民営化を中止する という『政権公約』を掲げて選挙を勝ちました。 そして、その財源は欧州連合など債権者に債務放棄を認めさせることによって、十分に得られると国民に説明していました。 しかし、欧州連合など債権者側がこれを認めるわけもなく、その結果として、ギリシャに対する信用不安が増大し、大規模な資金の流出が発生し、これがギリシャを追い詰めてゆきました。この経済危機を受けて、2月からトロイカ(欧州連合、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)の連合体)とギリシャ政府は、破綻防止のための協議を繰り返してきましたが、ギリシャ政府が誠実な対応をしないため、会議は物別れの状態が続いていました。4月末までに自ら提出するとしていた改革案が出されたのは6月下旬になってからであり、その内容も到底債権者を満足させられるものではありませんでした。最終的には、トロイカ側が出した提案に対して、7月5日に国民投票を行い国民の信を問うのでそれまで支援を延期してほしいとしましたが、欧州連合側がこれを拒否し、現段階では手立てのない状態になっているわけです。 6月30日までに、ギリシャはIMFに対して、16億ユーロを支払わなくてはいけません。本来、この支払も6月中の複数の支払いを月末まで延期してもらったものであり、IMFがさらなる延期を認めるとも思えません。また、同時にギリシャの銀行に対するECBの緊急資金供給の期限も6月30日になっているため、すでに銀行危機も発生しています。 一番の問題はギリシャがデフォルトしたらどうなるのかということだと思います。一般的な債権ルールでは、発行体がデフォルトした場合、「クロスデフォルト」扱いになり、その発行体が発行するすべての債権がデフォルト扱いされます。また、同時に、「クロスアクセラレーション」が発生し、期限の利益を失います。 少し専門的ですので、これを簡単に説明すると、Aさんが、自動車ローンと住宅ローンとカード・ローンを抱えていたとします。そして、Aさんは自動車ローンを期日までに払いませんでした。この場合、Aさんの住宅ローンもカードローンも同時にデフォルト扱いになり、きちんと払っている限り分割払いで済んだ住宅ローンとカード・ローンの即時一括払いを求められてしまうわけです。 これをギリシャに当てはめると、IMFへの支払いが出来ない(デフォルト)。ギリシャ政府が発行するすべての債権がデフォルト扱いになる。また、分割払いの債務に関しては一括払いを求められる。ということになるのですが、欧州連合などはIMFへの支払いの遅れはデフォルトにならないとしています。また、格付機関もこれに同意しており、6月末に支払えなかったとしても、ギリシャ国債がデフォルト扱いされるかどうかはわかりません。これは市場への影響を配慮したものであると言えます。 しかし、たとえIMF向けの支払いがクロスデフォルト扱いにならなかったとしても、次から次へと返済期限がやってきます。次の大口返済は7月20日のECBが保有するギリシャ国債の償還であり、これは国債のデフォルトですから、クロスデフォルト条項が発動されると思われます。 また、時を同じくしてギリシャの金融市場も崩壊しようとしています。銀行は預金を貸付などで運用し、その利ざやを稼いでいます。そのため、銀行は預金を常に運用しており、現金で保有しているわけではありません。そのため、取り付け騒ぎなどのように一気に預金を引き出す動きが発生した場合、銀行は手元資金のショートを起こし、破綻に直面します。これを防止するのが『流動性供給』とよばれるものです。これは銀行の保有する国債などを担保に中央銀行が資金供給を行い、銀行の資金ショートを防止するわけです。そして、この緊急流動性供給の期限も支援合意がなされなかった場合、6月30日であったわけです。 このため、週末の支援協議の不調を受けて、ギリシャの国民はATMに殺到し、ATMからほとんどの現金が消えるという結果になりました。これを受けて、6月29日ギリシャ政府は銀行の資金規制(引き出しは一日60ユーロまで)と窓口の7月6日までの一時休業を決めました。また、株式市場も休場になることが決まっています。 では、今後どのような対応が行われるのでしょう。現在一部で出ている案はドラクマ(政府紙幣)の発行による通貨変更と銀行を通じたユーロ回収というものです。まず、欧州連合やユーロシステムがギリシャ政府によるドラクマの発行をみとめ一定期間の兌換(両替)の保証を行います。その上で、ギリシャ政府は年金や給料など国内向けの支払いにドラクマを使い、国内でのユーロの使用を禁じます。銀行はユーロを受け取りますが、支払いと払い出しはすべてドラクマで行うことになります。 その結果、銀行には市中に出回っているユーロが集まり、それを中央銀行がすべて集めることでギリシャ政府などの海外向けの債務償還に利用するわけです。 そうすればギリシャはユーロ建て債務を払うことができます。そして、これが完了した時点でギリシャはユーロを離れる可能性が高いといえるでしょう。関連記事■ シェール革命はサブプライム危機の二の舞か■ 混乱の時代に国家の意義見直せ■ 「高負担」受容し財政危機避けよ

  • Thumbnail

    記事

    ギリシャ問題で主導権を取れなかったドイツ

    岡本裕明(Blue Tree Management 株式会社 代表取締役) 世の中の仕組みは本当に複雑になりました。今回のギリシャのような金融問題、国家の問題、世界を震撼させるような経済問題は5年に一度程度は起きるようになったといってよいでしょう。人間が作り上げたシステム故に一長一短があるのは当然ですが、それ以上に世の中の進歩と共に物事の常識観、判断基準が変わってくることにシステムが十分対応していないこともあります。 今回のギリシャ問題の根本的原因はユーロの仕組みそのものにあります。通貨を一つにして、ECBという中央銀行を一つ作ったのはいいですが、加盟国はそれぞれの財政があり、経済的能力、社会、歴史、判断基準が存在する中でそれらの調整機能が十分ではないことは再三再四言われてきました。 何故ユーロを作ったのか、それはアメリカに対抗する市場を作ることにありました。欧州は小国の集まりでも一体となればアメリカという巨大市場に立ち向かうことが出来ると考えました。が、その仕組みには脱落者を認めないという厳しい掟があることも事実です。各国のGDPの3%以上の赤字はダメというルールもありましたが、実際にはそれを破る国が続出し、ペナルティは課されていません。 今回のギリシャ問題でユーロ圏は再び、その根幹問題を検討し直さなくてはいけないことになります。その時、我々、外部の者からするとそこまでしてユーロを維持する価値は何処にあるのか、という率直な疑問が浮かび上がります。 私は日本人論を語るとき、日本人が一塊にならず、小グループに分散する傾向が強いと述べてきました。ヨーロッパ諸国も歴史的に一つになることはありません。民族問題は根深いものがあり、最近では戦争こそしませんが、小競り合い程度はよくあるものです。ここカナダでも東部ヨーロッパ出身者が非常に多く、彼らは常に「あの人は○○の出身だから最低!」と平気でしゃべったりしているのです。 根本的にバラバラなものを束ねる力がどこにあるのかといえば北部ヨーロッパ諸国がtake it or leave it (加わるか、独自でやるのか)という強権的発想で進めたため、ギリシャの問題が起きようともユーロ加盟を求める国々は増え続けるのであります。 こういう問題が起きた時、いつもクールでユーロに加盟しないイギリスや中立を保つスイスが見直され、為替などのシーソーゲームの結果、影響を受けたくない理由でユーロに入っていなかったのにとばっちりを受ける羽目になります。 ましてやギリシャと日本が経済的にどれだけの関係があるか分かりませんが、少なくともこのニュースで資本市場では巨額の価値が一時的ながらも一気に吹き飛んでしまうことになります。個人的には日本に於けるこの衝撃は短期的なものにとどまり、株価はすぐに回復するとみています。なぜなら、世界をうろつくマネーはギリシャに最も縁遠い日本を安全資産とするのですからマネーが入り込んできてもおかしくないというシナリオです。 世界はリーダーがいる方がやりやすいことは事実です。ですが、アメリカは自国のことで精いっぱい、中国は期待外れで図体がでかいだけにコントロールは容易ではありません。ドイツのメルケル首相 現在の世界経済の運営は圧倒的リーダーが欠如していることに最大の問題があります。中国がAIIBを導入する素地を作ったのもそのあたりにあるでしょう。本来であれば、ユーロ圏の代表であるドイツがもっと世界経済の大局観を作るためにリーダーシップを取らねばならないところでした。が、小国のリーダーに振り回され続け、本来期待されているタスクに手をつけられないまま今日に至っているのです。これはドイツが大いに反省すべき点であります。 では日本ですが、早急に東南アジアの緩いアライアンスを作り上げ、日本がリーダーシップを取り、世界をリードしていく素地を作るべきかと思います。 今、世界はさまよえる羊になりかけています。TPPが発効してもどれだけ効力が発揮できるのか分からなくなるかもしれません。世界共通とは人類としての話であります。他方、国家としてはそれぞれの地政学的長短、歴史、宗教、社会など数多くの因子の中で作り上げられます。それ故に指導者たちはなんでも一束にするという発想がもはやナンセンスだという事に気がつかねばならないのです。(ブログ『外から見る日本、見られる日本人』(http://blog.livedoor.jp/fromvancouver/)より2015年06月29日分を転載)関連記事■ シェール革命はサブプライム危機の二の舞か■ 混乱の時代に国家の意義見直せ■ 「高負担」受容し財政危機避けよ

  • Thumbnail

    記事

    国際金融市場から実質隔離されたギリシャ 金融的な影響は限定的だ

    近藤駿介(経済評論家、コラムニスト) 6月29日の日経平均株価は、週末にギリシャへの金融支援を巡る協議が決裂し、同国の債務不履行(デフォルト)への懸念が強まったことに、中国上海市場の大幅下落が重なり、596円安と今年最大の下げを記録した。下げ幅は2014年2月4日(610円)以来ほぼ1年5か月ぶりの大きさとなった。デフォルトを避けたいのはどちらか 今回株価の下落幅が大きくなった一つの原因は、多くの投資家がギリシャ問題に対して2つの誤解を抱いていたことにあるように考えている。 まず一つ目は、ギリシャ側とEU側のどちらがデフォルトを避けたいと思っていたかという点である。 今回の金融支援交渉に関する日本メディアの論調は、「デフォルトを避けたいギリシャがEUからの支援を取り付けるために瀬戸際外交を行っている」というものであった。しかし、「ギリシャがデフォルトを回避したい」という見方は、先入観に基づいた一方的な思い込みであり、実際には「デフォルトを前提に再建策を求めるギリシャと、デフォルトを回避したいEU」という構図であった可能性が高い。 緊縮財政反対を表明して政権についたチプラス首相にとって最も重要なことは、緊縮財政を拒否することで、緊縮財政を条件とした金融支援を受け入れるという選択肢はほとんどなかったと言える。 緊縮財政を採らずに経済を再生させるとしたら、それは債務カットを伴うものにならざるを得ない。債務カットするということは、債務国であるギリシャも、債権国であるEU側も、実質ギリシャの破綻を認めなければならない。だとすると、一連の協議は、実質的に破綻していることを認めることで債務カットを取り付けたいギリシャと、債務カットを受け入れ難いためにギリシャの破綻を認めたくないEUとの瀬戸際の交渉だったということになる。 もし、投資家が「デフォルトを回避したいのはギリシャ側である」という先入観に取りつかれるのではなく、「デフォルトを回避したいのはEU側である」という認識を少しでも持っていれば、ギリシャのデフォルト懸念がこれほど金融市場に大きな衝撃を与えなかったはずだ。デフォルトとユーロ離脱は別問題 2つ目の誤解は、ギリシャのユーロ離脱に関するものである。 支援が打ち切られギリシャがデフォルトに向かえば、ギリシャはユーロ離脱に追い込まれるという見方が多い。しかし、ギリシャのデフォルトとユーロ離脱は別問題として捉えるべきである。 ギリシャがユーロ離脱に追い込まれ、独自の通貨ドラクマを復活させたとすると、ドラクマは対ユーロに対して大幅に安くなるはずである。ということは、EU側がギリシャに対して持つ債権をユーロ建にしようとドラクマ建にしようとEU側から見ればギリシャ向け債権は紙屑同様になり、ギリシャ側から見たら返済不可能な債務になるということである。 このように考えると、ギリシャがデフォルトに追い込まれようと回避しようと、ギリシャのユーロ離脱はギリシャ、EU双方にとって価値のない選択だといえる。 今回EU側が避けなければならないのは、ギリシャ危機が周辺国に広がりを見せることである。幸か不幸か、ユーロ参加には条件が設定されているが、ユーロ離脱に関する明確なルールはない。明確な離脱ルールがない中でEU側がギリシャをユーロ離脱に追い込むということは、マーケットに第2のギリシャを探すようそそのかすようなものである。こうした無用なリスクをEU側が抱え込むとは考えにくい。 メルケル独首相はオバマ米大統領と28日に電話で協議。ギリシャのユーロ残留が重要だという認識で一致した。またルー米財務長官はチプラス首相との電話協議で、危機への持続可能な解決策を見いだすことがギリシャの利益に最もかなうと話した。ギリシャ:銀行休業と資本規制-国内金融システム崩壊回避へ (Bloomberg、2015.06.29) 日本のメディアではあまり取り上げられていないが、今回のギリシャ問題に対して、メルケル独首相とオバマ米大統領が「ギリシャのユーロ残留が重要だという認識で一致した」ことは重要なニュースだと思っている。「リスク不感症」の日本市場打撃を受けるのは国際金融市場ではない 1980年代から中南米危機を時間をかけて処理して来た経験を持つ米国と、最大の債権国であるドイツが「ギリシャのユーロ残留」が重要であるという点で認識の一致を見たということは、EU側も米国側もギリシャをユーロ離脱に追い込むことが、国際金融市場に大きな打撃を与える可能性が高いことを認識していることを示唆したものであり、投資家にとって心強いものである。 ギリシャの四大銀行と呼ばれる最大手ナショナル銀行、ユーロバンク、アルファ銀行、ピレウス銀行の命綱がECBによる資金供給だ。各行の資料によると、5月時点で四大銀が利用したECB融資の金額は1千億ユーロを超え、国内預金残高に近い水準まで依存度を高めた。今回のECBの決定は大きな打撃となる。預金流出、半年で2割 ギリシャの銀行(日本経済新聞 電子版、2015.06.29) ECBがギリシャに対する資金供給の上限枠を引上げないという決定がギリシャの銀行に大きな打撃になるという報道もみられる。確かに、ギリシャの銀行にとって、今回のECBの決定が資金繰り上大きな打撃であることは事実である。 しかし、ギリシャの銀行にとって大きな打撃になるということと、国際金融市場にとって大きな打撃になることは別次元の問題である。ギリシャの銀行が、資金調達を国際金融市場からではなくECBに頼っているということは、言い換えればギリシャの銀行が破綻に追い込まれたとしても打撃を受けるのはECBであって、国際金融市場ではないということでもある。「リスク不感症」の日本市場 今回のギリシャ危機が、震源地でない日本株の大幅下落を招いたのは、多くの投資家がギリシャ問題に関して誤解を抱いていたことに加え、日本の株式市場が日銀のETF購入やGPIFの日本株組入れ比率の引上げなどによって「リスク不感症」になっていたからである。ギリシャのデフォルト懸念を受けて安値を示す株価ボード=6月29日午前、東京都中央区(長尾みなみ撮影) 金融的には、国際金融市場から実質隔離されているギリシャ危機の影響は、EU側がギリシャをユーロ離脱に追い込むというような誤った対応を採らない限り、限定的なものに留まる可能性が高いと思われる。 さらに、この2週間で20%以上の大幅な株価下落を記録している中国上海市場の影響も、中国市場が国際金融市場から隔離されていることを考えると、金融的な影響は限定的である。 ギリシャと中国という、国際金融市場から実質隔離されている国で起きた危機によって、日本株は今年最大の下落幅を記録した。しかし、国際金融市場から実質隔離された国で起きた危機は、金融的な影響という意味では限定的なものである可能性は高い。懸念しなければならないことは、ギリシャ危機に伴う欧州経済の変調や、株価急落による中国経済への影響である。これらは今後ボディーブローのように日本経済、日本市場に効いてくる可能性はある。 それによる影響を最小限に食い止めることが出来るか否かは、それまでに日本が「先入観による思い込み」と「リスク不感症」から脱しているかに掛かっている。関連記事■ シェール革命はサブプライム危機の二の舞か■ 混乱の時代に国家の意義見直せ■ 「高負担」受容し財政危機避けよ

  • Thumbnail

    記事

    AIIBにみる中国の金融野心と参加国の策略

    西尾幹二(評論家) 中国主導によるアジアインフラ投資銀行(AIIB)に、英国を先頭に仏独伊など西欧各国の参加意思が表明され、世界50カ国以上にその輪が広がったことが、わが国に少なからぬ衝撃を与えたように見える。中国による先進7カ国(G7)の分断は表向き功を奏し、米国の力の衰退と日本の自動的な「従米」が情けないと騒ぎ立てる向きもある。なぜ帝国主義台頭を許すのか もとより中央アジアからヨーロッパへ鉄道を敷き、東南アジアからインド洋を経てアフリカ大陸に至る海上ルートを開く中国の壮大な「一帯一路」計画は夢をかき立てるが、しかしそれが中国共産党に今必要な政治的経済的戦略構想であり、中華冊封体制の金融版にほかならぬことは、だれの目にもすぐに分かるような話ではある。 中国は鉄鋼、セメント、建材、石油製品などの生産過剰で、巷(ちまた)に失業者が溢(あふ)れ、国内だけでは経済はもう回らない。粗鋼1トンが卵1個の値段にしかならないという。 外へ膨張する欲求は習近平国家主席の「中華民族の偉大なる復興」のスローガンにも合致し、ドル基軸通貨体制を揺さぶろうとする年来の野心に直結している。それはまた南シナ海、中東、中央アジアという軍事的要衝を押さえようとする露骨な拡張への動機をまる見えにしてもいる。 それならなぜ、遅れてきたこのファシズム的帝国主義の台頭を世界は許し、手を貸すのだろうか。今まで論じられてきた論点に欠けている次の3点を指摘したい。人民大会堂前で、隊列を組んで行進する武装警察隊員=北京 計画の壮大さに目がくらみ、浮足立つ勢力に、実行可能なのかどうかを問うリアリズムが欠けている。中国の外貨準備高は2014年に4兆ドル近くに達しているが、以降急速に減少しているとみられている。中国の規律委員会が1兆ドル余は腐敗幹部により海外に持ち出されているとしているが、3兆7800億ドルが消えているとする報道もある。策略にたけた欧州の狙い 持ち出しだけではもちろんない。米国はカネのすべての移動を知っているだろう。日本の外貨準備高は中国の3分の1だが、カネを貸している側で対外純資産はプラスである。最近知られるところでは、中国政府は海外から猛烈に外貨を借りまくっている。どうやら底をつきかけているのである。 AIIBは中国が他国のカネを当てにし、自国の欲望を満たそうとする謀略である。日米が参加すれば巨額を出す側になる。日本の場合、ばかばかしい程の額を供出する羽目になる可能性がある。安倍晋三政権が不参加を表明したのは理の当然である。 第2に問われるべきは欧州諸国の参加の謎である。欧州はロシアには脅威を感じるが中国には感じない。強すぎるドルを抑制したいというのが欧州連合(EU)の一貫した政策だが、ユーロがドルへの対抗力となり得ないことが判明し、他に頼るべき術(すべ)もなく、人民元を利用しようとなったのだ。 中国の力を味方につけて中露分断を図り、ロシアを少しでも抑制したいのが今の欧州の政治的欲求でもある。それは安倍政権がロシア接近を企て、それによって中国を牽制(けんせい)したいと考える政治的方向と相通じるであろう。欧州は経済的に日米から、政治的にロシアから圧力を受けていて、そこから絶えず自由になろうとしているのがすべての前提である。日本の本当の隣国は米国だ それなら英国が率先したのはなぜか。英国が外交と情報力以外にない弱い国になったからである。英米はつねに利害の一致する兄弟国ではなく、1939年まで日本人も「英米可分」と考えていた。 第二次大戦もそれ以降も、英国は米国を利用してドイツとロシアを抑止する戦略国家だった。今また何か企(たくら)んでいる。中国はばか力があるように見えるが直接英国に危害を及ぼしそうにない。その中国を取り込み、操って政治的にロシアを牽制し、日本と米国の経済的パワーをそぐ。これは独仏も同じである。日本が大陸の大国と事を構えて手傷を負うのはむしろ望むところである。AIIBは仮にうまくいかなくても巨額は動く。欧州諸国の巧妙な策略である。 第3に中国と韓国は果たして日本の隣国か、という疑問を述べておく。地理的には隣国でも歴史はそうはいえない。隣国と上手に和解したドイツを引き合いに日本を非難する向きに言っておくが、ドイツが戦後一貫して気にかけ、頭が上がらなかった相手はフランスだった。それが「マルクの忍耐」を生んでEU成立にこぎ着けた。 それなら同様に戦後一貫して日本が気兼ねし、頭が上がらなかったのはどの国だったろうか。 中国・韓国ではない。アメリカである。ドイツにとってのフランスは日本にとっては戦勝国アメリカである。日本にとっての中国・韓国はドイツにとってはロシアとポーランドである。その位置づけが至当である。こう考えれば、日米の隣国関係は独仏関係以上に成功を収めているので、日本にとって隣国との和解問題はもはや存在しないといってよいのである。関連記事■ 中国AIIBと対峙する日米の「剣」■ 中国、この腐肉に群がるハイエナ■ アジアインフラ銀は必ず失敗する

  • Thumbnail

    記事

    AIIBは“借金大国”中国の偽装銀行だ

    【お金は知っている】田村秀男(産経新聞特別記者) 本欄前回で触れた「借金と経済」を、米国と中国の「2大経済超大国」にあてはめてみよう。 米国の経済モデルとは、家計が借金して消費することで景気をよくする。その借金の財源は国内では賄えないので、海外から借り入れる。その資金調達は難なくできる。ドルは世界の基軸通貨だし、ニューヨーク金融市場という世界最強、最大の金融取引場がある。 対する中国の経済モデルは借金による投資主導型である。家計消費は国内総生産(GDP)の35%程度で、米国の同7割の半分の水準でしかないが、固定資産投資は約5割もある(日米は2割前後)。 中国は経済を高度成長させるためには投資を増やせばよいわけで、リーマン・ショック後は党指令によって国有商業銀行が不動産開発資金を国有企業や地方政府に融資してきた。国内資金で足りない分は国有銀行や企業が海外の銀行からの借り入れで間に合わせる。 では、米国と中国のどちらの国際銀行借り入れが大きいか。毎年どれだけ銀行から借り入れているかを、国際決済銀行(BIS)の国際銀行融資統計でみると、中国は2012年から米国をしのぐ規模で海外から借金し続けている。 14年12月末の前年比では1422億ドル増、米国の830億ドル増はもとより、途上国全体の1300億ドル増を上回る。さらに、中国の債券(債務証券)による海外での資金調達額も14年は1656億ドルで米国の1571億ドルを上回る。中国は世界最大の借り手であり、借金で投資主導型経済モデルを維持しているわけだ。 ニューヨーク市場は多種多様な金融商品をそろえているので、世界の銀行、金持ち、機関投資家が喜んでカネを回す。対照的に、上海市場は規制だらけで、市場を埋め尽くす人民元は党直属同然の中国人民銀行によって発行され、外国為替市場は当局が決める交換レートで管理される。特権を持った党官僚が支配する国有企業、国有銀行のために存在するのが上海市場だ。さりとて、当局が金融市場を自由化すれば、党官僚など特権層が資産を海外に持ち出すだろうし、人民元相場は投機で乱高下し、党指令型経済は崩壊に至る恐れがある。 他方で、中国は投資主導以外、経済成長の減速を食い止める方法がない。そのためロンドンやニューヨーク市場での借金をこれまで以上に増やす必要があるが、不動産バブル崩壊不安の中国の信用力には難がある。欧州主要国が加わり多国間の看板を掲げるアジアインフラ投資銀行(AIIB)は、借金大国中国の偽装銀行なのである。 中国の借金投資は党独裁と党官僚の権益温存のためにある。日本は米国とともにAIIBに参加を拒否するのは当然だが、米国の家計債務は簡単に増やせないので消費の回復は遅い。中国式借金型経済モデルは論外としても、米国のそれもあてにならない以上、日本は独自の経済成長モデルを提起せねばなるまい。関連記事■ 中国AIIBと対峙する日米の「剣」■ 中国、この腐肉に群がるハイエナ■ アジアインフラ銀は必ず失敗する

  • Thumbnail

    記事

    日米が警戒するAIIBの悪しき野望

    石井孝明(経済・環境ジャーナリスト) 中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)の、悪しき野望がささやかれている。性能では劣るが、安価な中国製原子力発電所をアジア各国に輸出し、経済基盤を支配しようというものだ。AIIB参加に慎重な日米政府は、これを警戒しているという。原発など、エネルギー事情に詳しいジャーナリストの石井孝明氏が迫った。 「AIIBの狙いの1つは、『赤い原子炉』を輸出するための融資体制づくりではないのか」 アジア某国の外交官はこう語った。日本の当局者もこの疑惑を否定しなかった。中国がAIIBを使って、経済覇権をアジアで広げようとすることへの懸念が出ているが、原発が武器となる可能性があるという。 福島第1原発事故で日本では原発への信頼は地に落ちたが、アジア各国では電力・エネルギー不足を補うため、原発の建設計画がめじろ押しだ。中国は現在、30基を運転しているが、2030年までに約140基、50年までに約500基の原子炉稼働を計画している。 前出の外交官によれば、中国の政府関係者と原子力関係企業がアジア各国で、中国製原子炉をセールスしていることが確認されているという。 原発は、建設に約3000億円、操作・管理・修繕を請け負えば毎年数十億円が入ってくる。エネルギーは国の基盤であり、「原発を押さえれば、その国の経済を牛耳ることができる」(外交官)というわけだ。 日米が主導するアジア開発銀行(ADB)に、原発への融資の実績はない。新設となるAIIBは自然と、新しい取り組みである原発建設の支援に向かうとみられる。原発の建設費は巨額だが、AIIBを使えば問題は乗り越えられる。ホワイトハウスで共同記者会見を終え、握手する安倍首相(左)とオバマ米大統領=4月28日、ワシントン(共同) ただ、現時点で、中国の原子力関係企業や研究者の技術力は、日米欧の企業よりも劣るとされる。同国の十八番である工事の手抜きや、人為的ミスも心配される。 万が一、原発事故が起これば、その被害は破滅的だが、中国製原発はとにかく安価だ。中国のSNTPCグループが5月、アルゼンチンで原子炉建設を受注したが、相場よりも1、2割程度安い値段だったもようだ。 日本には、東芝と三菱重工、日立という原子炉を製造できる企業が3つもあり、国際的に優位性を持っている。だが、国の無策と社会の無理解ゆえ、「このままでは、日本の優位性が失われて、中国に負けてしまう。それでいいのか」(原子力関係の研究者)と懸念を示す声もある。 一方、中国は技術力の後れを取り戻すため、日米欧の最新技術の収集に全力を挙げている。 日米当局は、技術や情報の流出とともに、AIIBを利用した中国製原発の乱立を強く警戒しているという。 いしい・たかあき 経済・環境ジャーナリスト。1971年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。時事通信記者、経済誌記者を経て、フリーに。エネルギー、温暖化、環境問題の取材・執筆活動を行う。アゴラ研究所運営のエネルギー情報サイト「GEPR」の編集を担当。著書に「京都議定書は実現できるのか」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞)など。関連記事■ 中国AIIBと対峙する日米の「剣」■ 中国、この腐肉に群がるハイエナ■ アジアインフラ銀は必ず失敗する

  • Thumbnail

    記事

    「人民元帝国」AIIBの罠

    田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員)人民元戦略の仕上げ 朝日、日経、NHKなどメディア界では、加盟国が50カ国を超えたという中国主導によるAIIB(アジアインフラ投資銀行)について、参加を見送っている日本と米国が国際的に孤立した、という論調だらけだ。産業界や与野党議員の重鎮クラスも「バスに乗り遅れるじゃないか」と言い出しているが、いくら乗り遅れようとも、中国共産党が運転するバスにだけは乗ってはいけない。 AIIBの正体とは、中国共産党指令機関である。習近平党総書記・国家主席がめざす「人民元帝国」建設の第一歩であり、軍事プラス通貨・金融で覇権国の条件を満たした中国が、日本を圧倒するコースが筆者には見える。 米国との結束が欠かせないが、油断は禁物だ。人民元帝国の台頭によって日本が受ける脅威は経済・ビジネスから外交・安全保障まですべての面にわたるのだが、米国にとってみれば欧州と同様、経済の実利面ではプラスになりうるし、外交・安全保障では「いますぐそこにある危機」とはみなされないからである。人民元帝国が不可避とみれば、米国は日本を置き去りにして中国と組むだろう。 中国の人民元戦略がなぜ日本にとっての脅威になるのか、ひとことで言えば、それは中国の対アジア外交・軍事戦略を担うからである。 歴史を振り返れば、人民元を発行する中国人民銀行は人民解放軍と同様、1949年10月1日の中華人民共和国建国に先だって創立された。 日中戦争当時、日本軍の軍票や汪兆銘の親日政権が発行する銀行券は信用度において、蒋介石の国民党政府の通貨「法幣」にかなわなかった。法幣は英米の支援を受けて精巧につくられていた。日本軍は法幣を持たないと物資の調達に事欠く始末で戦線を拡大せざるをえなくなり、泥沼にはまってしまった。 ところが、蒋介石政権は日本敗退後、法幣を乱発して悪性インフレを引き起こし、住民に見放された。共産党が支配する解放区には高度の教育を受けた金融界などの高度な人材が腐敗した国民党政府を見限って集まり、規律ある発券銀行制度を整備した。共産党勢力は十年以上をかけて人民弊(人民元)を全土に浸透させ、国共内戦に勝利したのだが、言わば通貨戦争での勝利が大きな要因になった。 通貨、人民元は、建国後も中国国内でしか通用しないローカル通貨に長く甘んじてきた。その国際通貨化を党が最初に打ち出したのは1993年、党第14期中央委員会第三回総会まで遡る。このときの「人民元を逐次兌換可能な通貨にする」という決議は、党官僚や人民銀行首脳部に延々と引き継がれてきた。その仕上げを目論むのが習近平総書記である。まずは戦略物資入手 2008年9月のリーマン・ショックが起きると、中国は人民元を国際通貨の一角にしようと国際通貨基金(IMF)に働きかけ始めた。IMFはドル、ユーロ、円、英ポンドの四大国際通貨を合成した帳簿上だけの通貨「SDR」(特別引き出し権)を発行している。 SDRを構成する通貨はいつでもSDRを通じて他の通貨に交換できるので、世界の通貨当局や中央銀行が準備資産として組み込む。すると、世界の企業や金融機関も安心してその通貨で決済するので、SDR構成通貨は世界で通用する。そうなると、SDR構成通貨を発行する国は、お札を刷りさえすれば何でも買えるようになる。 ドルはその国際通貨中の国際通貨を意味する基軸通貨だが、原油など戦略資源や金融商品がドル建てで取引されているので、各国はドルを尺度にした外国為替取引をせざるをえない。ドイツやフランスは第二の基軸通貨を狙って、欧州共通通貨ユーロを創設した。中東産油国は一時、ユーロ建てで原油を売ろうとしたが、イラクのサダム・フセインがその先鞭を付けたところ、大量破壊兵器疑惑の大義名分で米軍によって放逐された。民家の庭に掘った穴からサダムが引きずり出されたとき、手にしていたのは逃走用資金の100ドルの札束だった。サウジアラビアなど周辺産油国は、ユーロ建て取引を口にしなくなった。 中国が目指すのは、まずは人民元で戦略物資を入手することだ。ロシアやイランなど中東産油国に対して、人民元による原油代金決済を働き掛けている。人民元が国際通貨として認定されれば、産油国も受け入れやすくなるだろう。新シルクロード経済圏 そればかりではない。地政学的に繋がるアジア各国に人民元が浸透すれば、中国外交の影響力は絶大になる。刷った人民元資金で、インフラ整備の名のもとに中国の軍艦が寄港できる港湾の建設や、石油パイプラインも敷設できる。人民解放軍を送り込める鉄道が敷設、延長される。中国製品の輸入が急増しているカンボジア、ラオス、ベトナム、タイ、ミャンマーなどは人民元を必要とするので、中国資本の進出を歓迎せざるをえない。 その結果、いまのところアジアの中国国境付近に留まっている人民元経済圏がアジア全域に広がるだろう。 すると、アジアにおける日本の影響力は衰退し、企業や銀行は円に代わって人民元で決済せざるをえなくなる。対中依存を強めた国相手との外交で、日本は劣勢に立たされるようになる。 中国が人民元をSDR構成通貨にしようとする企みはいま、AIIBと同様、習近平総書記の主唱による「新シルクロード経済圏」構想と同時に進行している。そのエリアは産油国のロシア、中東から、華人が支配する東南アジア、中国依存の度合が強い韓国、台湾と広大なエリアに広がる。 インド、パキスタンなど南アジア、カザフスタンなど中央アジア、さらに東アフリカや欧州の一部にも人民元が浸透して行くだろう。この経済圏建設の柱は、アジア全域を含むユーラシア大陸から中東・東アフリカを結ぶインフラ整備「一帯一路」のネットワークで、その建設資金をAIIBが受け持つというわけである。 AIIBの資金調達問題についてはのちほど詳述するが、資金源に人民元を使えるようすれば中国の主導性はますます強化されるので、ともかく人民元を国際通貨の座に押し上げなければならない。そのための北京のロビイングはいま、たけなわだ。 3月23日、ちょうど世界各国が相次いでAIIB参加を表明している最中に、中国の李克強首相は訪中していたラガルドIMF専務理事と北京で会談した。 新華社通信によると、首相は国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)の構成通貨に人民元を採用するよう、専務理事に申し入れた。首相はラガルド氏に対し、人民元による資本取引への取り組みを加速し、国内個人の海外投資や外国の機関投資家の中国資本市場への投資を支援する仕組みをさらに整える意向を示した。 さらに、人民元がSDR構成通貨に採用されることで、金融の安定維持や、中国の資本市場および金融分野の開放促進に向け、中国が国際社会で積極的な役割を担うことを期待していると語ったという。その前日にはやはり、93年の人民元国際化決議遵守を自身の政治的信条とする周小川人民銀行総裁がラガルド氏に会って、人民元のSDR通貨化で熱弁を振るった。中国のご機嫌をとるEU中国のご機嫌をとるEU IMFは、SDR構成通貨の見直しを5年ごとに行う。人民元は今年10月に、IMF理事会の議題に上がる予定だ。北京は2010年にも申請したが、IMF理事会は却下した。 IMFの審査基準は二つあり、通貨発行国の輸出量と、その通貨が国際的に自由利用可能通貨かどうかという点だ。2010年の審査では、人民元は第一の基準のみに適合していた。これから実施する新段階の審査は、人民元国際化への最新の進展状況を評価するという。 中国は10年以降、アジアを中心に国有商業銀行を現地進出させ、人民元資金を現地に供給して貿易の人民元決済を普及させてきた。習近平政権は、さらにロンドンなど国際金融センターに人民元の決済拠点を置き、国境を越えた銀行間の人民元取引を活発化させようとしている。 中国の要請に対するラガルド専務理事の態度は、中国では前向きとも受け取られている。北京より前に訪問した上海では、復旦大学で講演したあとの質疑応答で「採用されるかどうかの問題ではなく、いつ実現するかという時間の問題だ」と述べた。「依然として多くの作業が必要とされており、これは誰もが認識していることだ」とも付け加えたのは、国際官僚特有の処世術だ。 IMFの決定に米国と並んで最も強い影響力がある英、独、仏など欧州主要国は、英国を皮切りに雪崩を打つようにしてAIIBに参加したいきさつがある。英国はロンドン金融市場を海外での人民元決済の最大の拠点としようとして、対中譲歩を重ねてきた。 AIIB参加はもとより、習近平政権によるチベットなどでの人権抑圧、旧英国領の香港での民主化要求デモにも一切口をつぐみ、ウィリアム王子に北京を訪問させて習総書記の機嫌をとるなど、卑屈なばかりの対中配慮外交である。 フランスは欧州連合(EU)の対中武器禁輸の抜け道を使って2013年にヘリコプター着艦装置を輸出するなど、これも実利先行だ。ドイツもフランクフルト市場での人民元決済で英国に対抗しようとするほか、中国市場でのビジネス利権確保に躍起となっている。 10月のIMF理事会では、日本と米国だけが人民元のSDR通貨採用に反対しそうだが、米国も中国でのビジネス利権拡張の餌をちらつかされると最終的に転ぶかもしれない、という不安がないわけではない。日本の財務省筋は、「いずれにせよ時間の問題になっている」と無気力だ。財務官僚と言えば、IMFに気前よく資金を出しては消費税増税を対日勧告させる工作だけは熱心だが、国益がかかる人民元問題ではまるでおとなしい。本質は外交・安全保障 ここで、AIIBに立ち返って詳細に問題を検討してみる。 まず目に付くのは、日本を含め世界のメディアでは一般的に言って、中国の政治経済システムについてごく基本的な理解を欠いていることだ。それは中国のあらゆる政府組織、中央銀行(中国人民銀行)とも軍と同じく、習近平党総書記・国家主席を頂点とする共産党中央の指令下にあることだ。日米欧のように三権分立、民主主義制度が確立されている国とは根本的に異なる。 中国主導のAIIBも中国人民銀行と同じく党中央、あるいは習近平総書記の直轄下に位置づけられよう。AIIBは形式上では中国財政省に管轄されるが、財政相は党のランクでは下位にあるので、党中央政治局常務委員会の意向に従わなければならない。 だからこそ、AIIBは多国間の機関であっても、中国は当初から資本金の50%出資を表明し、今後出資国が増えても40%以上のシェアを維持する構えだ。総裁は元政府高官、本部も北京。主要言語は中国語。今後、何が起きるか、火を見るよりも明らかだ。 たとえば、党中央が必要と判断したら北朝鮮のAIIB加盟が直ちに決まり、同国向け低利融資が行われて日本の経済制裁は事実上、無力化するだろう。あるいは党の指令によって、東南アジアや南アジアでの中国の軍艦が寄港する港湾設備がAIIB融資によって建設される。AIIB問題の本質は外交・安全保障であり、平和なインフラ開発資金の融資話は表看板に過ぎない。 いま、政府内部や産業界、朝日、日経新聞などメディアの一部でAIIB出資論が出ているが、実質的には「党指令先の組織に日本もカネを出せ」という意味になり、ブラックジョークである。日本政府は参加のためには、融資基準などの透明性に疑問があるとして6月末までに参加するかどうかを先送りしたが、4月はじめには「対処方針」なるものをメディアにリークした。それによると、参加する場合は当初、1800億円出資するというが、国内の参加要求勢力に説明する必要に迫られたからだ。 事実、福田康夫元首相らAIIB賛同者には「親中派」の自民党重鎮もいる。彼らは、「AIIBは英独仏など欧州主要国も参加する多国間の協力機構ではないか、党中央に支配されるはずはない」という具合に反論するだろう。メディアの見立ての甘さ 世界銀行、アジア開発銀行、国際通貨基金(IMF)など既存の国際金融機関は主要出資国代表で理事会を構成し、運営されている。楼継偉財政相は3月22日に北京で開いた国際会合で、「西側諸国のルールが最適とは限らない」と強調した。 同財政相ら当局者はこれまで、世銀やアジア開銀などのように頻繁に開かれる理事会による決定方式を否定し、トップダウンによる即断即決方式を示唆してきた。AIIBの北京本部には常設理事会を置かず、各国代表の理事は各国に在住するままで、年に一度程度の総会に参加するだけだから、これではまるで党が指揮する議会、全国人民代表大会(全人代、年一度開催)同然である。 4月10日には、「日中議会交流委員会」のため来日した全人代代表がAIIBについて日本側から示されたガバナンス面での懸念に対し、「公開性、透明性をもってやっていく」と述べた。彼らにとっての透明性とは、党トップに指示された政策をそっくりそのまま公開、実行することなのだ。 圧倒的な出資シェアを持つ中国の意図は、世銀やアジア開銀などと全く違う中国共産党式の意思決定方式なのである。親中派のメディア、財界、政治家はその現実を直視しようとしない。むしろ党幹部との接点を持つとうきうきする。何と不見識で無知なことか。日経や欧米専門紙の甘さ日経や欧米専門紙の甘さ 日経新聞は「AIIBの否定や対立ではなく、むしろ積極的に関与し、関係国の立場から建設的に注文を出していく道があるはずだ」(3月20日付社説)と論じたが、仮に日本がマイナーな出資比率(1800億円でも、資本金500億ドルの場合で出資比率は3%)で参加したところで、党中央に伺いを立てるAIIB総裁の意思決定に影響力を持てるはずはないだろう。 日経に限らず、欧米の経済専門紙もその甘さには目を覆いたくなる。米国の制止を振り切って参加を決めた英国のメディアも、 「中国が3兆8000億ドルに上る外貨準備高のごく一部をAIIBに投じたいと思っている。中国が強い発言力を持っても、多国間機関で行いたいと言っていることは良いニュースだ」(3月25日付フィナンシャル・タイムズ紙)と持ち上げた。世界最大の外貨準備という「資力」を持つ中国が、アジアなどのインフラ建設資金融通を主導できるというのはとんでもない誤解である。 中国の外準残高は2014年末で3兆8430億ドル(世界2位の日本は1兆2000億ドル)もあるが、実は半年間で約1500億ドルも減った。ユーロ債の値下がりなど運用の失敗に加えて、景気の低迷や不動産相場の下落のなかで、資金流出が年間で4000億ドル以上に上るからである。無論、習近平政権による不正蓄財追及から逃れるために、一部党幹部らが裏ルートで資産を海外に持ち出していることも影響している。 外準は、人民銀行による人民元資金発行の原資になっている。外準が減ると、中国経済が貧血症状を起こす。そこで中国は急激な勢いで、国際金融市場から借り入れを増やしている。外準を対外融資に役立てるどころか、外から借金して外準のこれ以上の縮小に歯止めをかけようと躍起となっているのが実情だ。世界最大の外準は見せ金にしか過ぎず、惜しみなく対外信用供与に回すはずはない。中国は「債務大国」 以下はかなり専門的な話になるが大事なポイントなので、知っておいてもらいたい。 対外資産から対外負債を差し引いたものが「対外純資産」である。純資産が多ければ、それだけ外部からの借金に頼らず、外部により大きな債権を持つのだから「債権大国」と呼ばれる。第1位は日本、第2位が中国、第3位がドイツである。中国の対外純資産は14年9月末時で1・8兆ドルの対外純債権を持ち、日本に次ぐが、外準を除くと負債は資産を2・4兆ドルも上回る。 外準も資産には違いないが、融資や証券のような他の金融資産と同列に扱うことはできない。金融用語では、すぐに現金化できない資産のことを「流動性に乏しい」というが、外準はその類いである。おいそれとは動かせないのだ。つまり実質的な中身からすれば、中国は「債権大国」どころか債務大国なのである。 ロンドンなど国際金融市場にとってみれば、資本逃避に悩む中国は国際金融界にとって発展途上国のなかで最大の融資先、お得意先になっている。国際決済銀行(BIS、本部スイス・バーゼル)によると、中国の海外の銀行からの借入残高は14年9月末、1兆700億ドルで、前年比2800億ドル増えた。世界全体での国際銀行融資2700億ドル増を凌ぐ。 英国の参加はロンドンが取り仕切る国際金融界が中国の野心のあとを押し、その上がりで儲けようという強欲主義そのものだ。それは戦前、ナチスにカネを流した国際金融界の姿とダブる。英国はお得意さん中国のAIIB参加要請に応えたのだろうが、国際金融界はリスクに応じて高い金利を要求するだろう。 巨額のインフラ・プロジェクト融資が北京主導でできるはずはない。アジアのインフラ建設資金需要は、アジア開発銀行研究所が2009年9月にまとめた見積もりが唯一の参考資料である。それによると、2010年から2020年の11年間で総額8・3兆ドル、年間平均では約7500億ドルに上る。資金調達ができるのか? この巨額インフラ投資の経済効果に関して、報告書は、2010年以降、アジア開発途上国の実質所得が13兆ドルも増加する、と見込んでいる。具体的には中国が3兆5500億ドル、インドが3兆1400億ドルと突出しているが、インドネシア1兆2800億ドル、タイ1兆2400億ドル、マレーシア8300億ドル、ベトナム4000億ドルなどの実質所得押し上げ効果を持つという。 7500億ドルの資金調達と言ってもピンと来ないが、世銀、アジア開銀などの国際金融機関は、主として国際金融市場で債券を発行して調達した資金を融資する。その場合、各国政府および政府機関が債務返済保証をする。国際金融機関はメンバー国の政府が共同出資しているという信用があり、貸出先は政府が保証するのだから、国際金融機関が発行する債券はトリプルAの格付けが与えられる。 AIIBは当然、世銀やアジア開銀並みの格付けを狙うわけだが、ちょっと待ってほしい。そもそも、年間7500億ドルの資金を市場から調達できるのか。 そこでBIS統計から、国際金融市場でどのくらい債券による資金調達がなされているのか、調べてみた。 2013年は全世界で5130億ドル、2014年は6740億ドルである。このうち、世銀、アジア開銀など国際金融機関の調達分は13年が1140億ドル、14年が1387億ドルである。 最近の二年間をみる限り、年間7500億ドルもの資金を市場調達できるはずはない。 金利を高くするなど、よほど好条件で投資家を引きつけないことには資金調達できない。つまり、資金需要が一挙に高まるのだから金利が高騰してしまう。資金調達コストが上がれば、借り入れ国もたまったものではない。7500億ドルと言わないまでも、AIIBが巨額の資金を調達するのは市場の状況からみて不可能のように思える。 しかも、中国の債務証券発行額は増加の一途で、途上国全体の5割近いシェア(2014年)を占め、国際金融機関の発行額を上回っている。そんな情勢のもとで、AIIBという新しい国際金融機関が巨額の資金調達を行えるとは信じがたい。 4兆ドル近い中国の外貨準備はそもそも見せ金に過ぎないのだが、それを取り崩してAIIB融資の原資とするならよかろう。参加国は大いに結束して、中国に外準を吐き出せと迫るべきだ。が、北京はそれも合点承知、各国が徒党を組んで北京に迫る場になりかねない理事会を常設しないのだ。 真相はどうやら、中国は世界を巻き込む形で資金を調達し、行き詰まった経済成長モデルを建て直そうと狙っていることだ。甘い対中幻想をただせ甘い対中幻想をただせ AIIB加盟国のなかでもっとも多くのインフラ資金を必要としているのは中国であり、その規模は他国を圧倒している。その事実を明らかにしたのは、他ならぬ習近平党総書記・国家主席である。 3月下旬に海南省博鰲で開かれた国際会合で習氏は、「新シルクロード経済圏」構想の詳細を発表した。その付属文書で、「中国国内での建設中または建設予定のインフラ投資規模は1兆400億元(約1673億ドル、約20兆928億円)、中国以外では約524億ドル(約6兆2707億円)に上る」という。 AIIBは同経済圏に必要な資金を提供することになっているが、当面の資金需要の76%は中国発である。習政権は、自国単独では限界にきた国際金融市場からの資金調達を多国間機関名義にしようとするのである。 日本という世界最大のカネの出し手、債権国と、米国というドルの総元締めの参加抜きに、AIIBは世銀やアジア開銀のようにトリプルAの債券格付けを取得できず、せいぜい中国国債並みのシングルAが関の山だと債券の専門家はみる。要するに、低い金利での資金調達には難がある。 だとすれば前述したように、中国自身が人民元を発行してAIIBに貸し付ける手がある。それには、人民元が広く借入先に受け入れられることが条件になる。そのためには人民元が国際通貨である必要がある。だからこそ前述したように、IMFによるSDR構成通貨の認定を北京は渇望するわけだ。 中国がAIIBを創立し、アジア地域全体でインフラ投資ブームを演出する背景は、自身の窮状を打開するためだ。鉄道、港湾、道路などで需要を創出し、中国の過剰生産能力、余剰労働力を動員する。そのために必要な資金は、AIIBの名義で国際金融市場から調達する。人民元を受け入れてくれれば、外貨による調達を補える。 そして、中国主導の経済圏が拡大するにつれて、人民元が流通する領域を拡大させ、ゆくゆくは人民元を基軸とする経済圏を構築する。各国が人民元に頼るようになれば、外交面での中国の影響力が格段に強化される。AIIBは行き詰まりを見せている中国経済成長モデルの再構築と、党支配体制維持・強化のための先兵なのである。日本がそんな北京の思う壺にはまりこんでよいはずはない。 アジアでの中国の外交・軍事戦略を助長するという側面には、米国も無関心ではいられないはずだ。中国関連のビジネス利権に米国の目がくらまされないよう、日本はしっかりとワシントンに対し、日本やアジア各国が受ける脅威の大きさを説明し、AIIBや人民元帝国問題では日本が米国をリードする機会にすべきだろう。これまでのように対米追随であとは無思考というのでは、中国の人民元帝国膨張戦略に対抗できそうにない。 安倍政権は集団的自衛権など安全保障法制の整備などで日米同盟強化をめざすが、それだけでは人民元帝国の台頭には対応できそうにない。米国の対中外交をぐらつかせてはならない。日本は対米従属型と決別し、米国をリードする決意が必要だ。そのためには、国内の甘い対中幻想を厳しくただす必要があるのだ。関連記事■ 中国AIIBと対峙する日米の「剣」■ 中国、この腐肉に群がるハイエナ■ アジアインフラ銀は必ず失敗する

  • Thumbnail

    記事

    「米中冷戦時代」の到来か 対立も辞さない習近平

     [チャイナ・ウォッチャーの視点]石 平 (中国問題・日中問題評論家) 先月末から今月中旬までの日米中露の4カ国による一連の外交上の動きは、アジア太平洋地域における「新しい冷戦時代」の幕開けを予感させるものとなった。 まず注目すべきなのは、先月26日からの安倍晋三首相の米国訪問である。この訪問において、自衛隊と米軍との軍事連携の全面強化を意味するガイドラインの歴史的再改定が実現され、日米主導のアジア太平洋経済圏構築を目指すTPPの早期締結の合意がなされた。政治・経済・軍事の多方面における日米一体化はこれで一段と進むこととなろう。 オバマ大統領の安倍首相に対する歓待も、日米の親密ぶりを強く印象付けた。そして5月1日掲載の拙稿で指摘しているように、アメリカとの歴史的和解と未来志向を強く訴えた安倍首相の米国議会演説は、アメリカの議員たちの心を強く打った。この一連の外交日程を通じて、まさに安倍演説の訴えた通り、両国関係は未来に向けた「希望の同盟関係」の佳境に入った。 もちろんその際、日米同盟の強化に尽力した両国首脳の視線の先にあるのは、太平洋の向こうの中国という国である。ある意味で、日米関係強化の「裏の立役者」は習近平国家主席その人なのである。「アメリカとの対立も辞さない」という中国のメッセージ(画像:istock) 2012年11月の発足以来、習政権は鄧小平時代以来の「韬光養晦戦略」(能在る鷹は爪隠す)を放棄して、アジアにおける中国の覇権樹立を目指して本格的に動き出した。13年11月の防空識別圏設定はその第一歩であったが、それ以来、南シナ海の島々での埋め立てや軍事基地の建設を着々と進めるなど、中国はアジアの平和と秩序を根底から脅かすような冒険的行動を次から次へと起こしてきた。 習主席はまた、「アジアの安全はアジア人自身が守る」という意味合いの「アジア新安全観」を唱え始めたが、それはどう考えても、「アジア人」ではないアメリカの軍事的影響力をアジアから閉め出そうとするための理論武装である。「米国排除」を露骨に訴えたこのようなスローガンを掲げることによって、習政権はアメリカとの対立姿勢を明確にしている。 その一方、習主席はアメリカに対して、「太平洋は広いから米中両国を十分に収容できる」という趣旨のセリフを盛んに繰り返している。上述の「アジア新安全観」と照らし合わせてみると、中国の戦略的考えは明々白々である。要するに、太平洋を東側と西側にわけてその東側をアメリカの勢力範囲として容認する一方、太平洋の西側、すなわちアジア地域の南シナ海や東シナ海からアメリカの軍事力を閉め出し、中国の支配地域にする考えだ。 つまり、「太平洋における両国の覇権の棲み分けによって中国はアメリカと共存共栄できる用意がある」というのが、習主席がアメリカに持ちかけた「太平洋は広いから」という言葉の真意であるが、逆に、もしアメリカがアジア地域における中国の覇権を容認してくれなければ、中国はアメリカとの対立も辞さない、というのがこのセリフに隠されているもう一つのメッセージである。習近平は明確に、アジア太平洋地域における覇権を中国に明け渡すよう迫ったわけである。 もちろんアメリカにしてみれば、それはとてもできない相談であろう。アジア太平洋地域におけるアメリカのヘゲモニーは、世界大国としてのアメリカの国際的地位の最後の砦であり、死守しなければならない最後の一線である。近代以降の歴史において、まさにそれを守るがために、太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争という3つの対外戦争を戦い、夥しい若者たちの血が流れた。そうやって確保してきたアジア覇権を、今さら中国に易々と明け渡すわけにはいかない。 実際、オバマ政権になってからアメリカが「アジアへの回帰」を唱え始めたのも、2020年までに米海軍と空軍力の60%をアジア地域に配備する計画を立てたのも、まさに中国に対抗してこの地域におけるアメリカのヘゲモニーを守るためである。そういう意味では、アジア地域から米国を閉め出して中国の覇権を確立しようとする習近平戦略は宿命的に、アメリカとの対立を招くこととなろう。経済面でもアジア支配の確立を目指す経済面でもアジア支配の確立を目指す さらに、習政権は経済面での「アメリカ追い出し作戦」に取りかかっている。2015年の春から、アメリカにとって重要な国であるイギリスを含めた57カ国を巻き込んでアジアインフラ投資銀行(AIIB)設立の構想を一気に展開し始めた。これは明らかに、日米主導のアジア経済秩序を打ち壊して中国によるアジアの経済支配を確立するための戦略であるが、アメリカの経済的ヘゲモニーにまで触手を伸ばすことによって、習政権は米国との対立をいっそう深めたと言える。 ここまで追い詰められ、流石にオバマ政権は反転攻勢に出た。そうしなければ、アジア太平洋地域におけるアメリカのヘゲモニーは完全に崩壊してしまうからだ。前述の日米関係の空前の強化はまさにその反転戦略の一環であろうが、日米両国による軍事協力体制の強化とTPP経済圏の推進はすべて、「習近平戦略」に対する対抗手段の意味合いを持っている。 そして、4月下旬の日米首脳会談を受け、日本が先頭に立って中国のAIIB構想に対する対抗の措置を次から次へと打ち出した。 まずは5月4日、アジア開発銀行(ADB)は、アジアでのインフラ整備に民間企業が投資しやすくするための信託基金を設立したと発表した。その中で、日本は4000万ドル(約48億円)を拠出。カナダ、オーストラリアの各政府とADBからの拠出分を足して計7400万ドル(約90億円)を集めた。 さらに5月21日、安倍晋三首相は第21回国際交流会議「アジアの未来」の晩さん会で演説した。「質の高いインフラをアジアに広げていきたい」としてADBと連携し、アジアのインフラ整備に今後5年間で約1100億ドル(約13兆2000億円)を投じると表明した。それは明らかに、中国主導のAIIBへの対抗措置であると理解すべきであろう。このように、経済面での日米同盟の対中国反撃は着々と始まっているようだ。 それを受け、中国は今度、ロシアとのいっそうの関係強化に乗り出した。5月初旬に「主賓」としてロシアで行われた戦勝記念日の軍事パレードに参加し、プーチン大統領との親密ぶりを演じてみせる一方、地中海におけるロシア軍との合同軍事演習にも踏み切った。また、経済面においても、中露両国がそれぞれ主導する新シルクロード経済圏構想と、「ユーラシア経済連合」の2つを連携させることで一致したという。 おそらく習主席からすれば、日米同盟に対抗するためには、軍事と経済の両面におけるロシアとの「共闘体制」を作るしかないのだろうが、それによって、1950年代の日米VS中ソの冷戦構造が習主席の手により複製されたと言えるだろう。日本は、迷うことはない その数日後、米軍は南シナ海での中国の軍事的拡張に対し、海軍の航空機と艦船を使っての具体的な対抗措置を検討し始めたことが判明した。アメリカはようやく本気になってきたようである。このままでは、南シナ海での米中軍事対立は目の前の現実となる公算である。 こうした中で、ケリー米国務長官は今月16日から訪中し、南シナ海での盲動を中止するよう中国指導部に強く求めた。それに対し、中国の王毅外相は「中国の決意は強固で揺らぎないものだ」ときっぱりと拒否した。中国はもはやアメリカとの対立を隠そうともしない。自らの覇権戦略を進めていくためには、アメリカを敵に回しても構わないという強硬姿勢を示した。一方でケリー国務長官と会談した習主席は相変わらず「広い太平洋は米中両国を収容できる空間がある」とのセリフを持ち出して、アメリカに対して太平洋の西側の覇権を中国に明け渡すよう再び迫った。 そして21日、米国防総省のウォーレン報道部長は記者会見の中で、中国が岩礁埋め立てを進める南シナ海で航行の自由を確保するため、中国が人工島の「領海」と主張する12カイリ(約22キロ)内に米軍の航空機や艦船を進入させるのが「次の段階」となると明言した。 このような攻防からも、アジア太平洋地域における経済・軍事両面においての米中覇権争いがもはや決定的なものとなった感がある。対立構造が鮮明になり、新たな「米中冷戦」の時代がいよいよ幕を開けようとしている。今月20日、アメリカのCNNテレビが、南シナ海で人工島の建設を進める中国に対して偵察飛行を行うアメリカ軍機に中国海軍が8回も警告を発したという生々しい映像を放映したが、それはまさに、来るべき「米中冷戦」を象徴するような場面であると言えよう。 ベルリンの壁の崩壊をもってかつての冷戦時代が終焉してから26年、世界は再び、新しい冷戦時代に入ろうとしている。以前の冷戦構造の一方の主役はすでに消滅した旧ソ連であったが、今やそれに取って代わって、中国がその主役を買って出たのだ。 米中の対立構造がより鮮明になれば、日本にとってはむしろ分かりやすい状況である。戦後の日本はまさに冷戦構造の中で長い平和と繁栄を享受してきた歴史からすれば、「新しい冷戦」の始まりは別に悪いことでもない。その中で日本は、政治・経済・軍事などの多方面において、同じ価値観を持つ同盟国のアメリカと徹頭徹尾に連携して、アジア太平洋地域の既成秩序を守り抜けばそれで良い。ここまできたら、迷うことはもはや何もないのである。関連記事■ 中国AIIBと対峙する日米の「剣」■ 中国、この腐肉に群がるハイエナ■ アジアインフラ銀は必ず失敗する

  • Thumbnail

    記事

    反・国債亡国論

    著者 daponte(東京都) この国の存立・発展にとって必須の要素はなにか。しばしば主張されることのひとつに「教育の改革、人材の育成」がある。そのとおりではないかと思われる。国の存立・発展のためには、各層・各分野における「人材の育成」が根本であろう。ただそのためには、あるべき教育についての確固たる理念、実行へ向けての強い意欲・覚悟が必要である。また財源(資金・予算)も大切で欠かせない要素であろう。 2020年に予定されるオリンピックの東京開催など短期的なテーマで毎日喧しいが、今こそ長期を展望した喫緊のテーマ、すなわち「教育」について徹底した議論を早急に行い具体的な施策を決定・実行すべきである。その重要な当事者は、中央政府、なかんずく総理大臣であろう。またそれを支える官僚・教育の現場の人たちであろう。 しかし、お金を握っている財務官僚が「国は貧乏で金はない。破産状態だ。教育なんぞに気前よく金を出せと言われても簡単には出せない」と考えているようだ。 今春、消費税が3%引き上げられた。それをもっとも喜んでいるのは財務官僚であろう。財政再建の第一歩が踏み出されたように見えるからである。財務官僚は、「消費税の8%、10%は当然、将来は15~20%への引き上げも視野に入れるべき」と考えている。そして「日本の政治家はもっと日本の財政の現状に留意すべきであろう」と述べている。はたしてそうだろうか。 財務官僚OBの榊原英資氏は、2013年10月2日の産経新聞「正論」で過去の数字をあげて「財務官僚としては新しい結論」を導いているように思われる。すなわち、「日本政府が大幅な財政赤字を出し続けていられたのも、日本の家計や企業の資産が増加し続け、それでファイナンスできたからだ。国債の発行を外国に依存する必要がなかったからだ」と書いている。そのとおりだ。 以下の式とデータをしばらく眺めていると、上記のことが納得できる。 経常収支=(民間貯蓄-民間国内投資)+(政府収入-政府支出)・・・ISバランス式 ここで民間貯蓄とは国民所得から民間消費と政府収入(税金等)を差し引いたものである。右辺の第1項が民間部門の貯蓄投資差額、第2項が政府部門の貯蓄投資差額と呼ばれる。そしてわが国の国債の所有はほとんど国内で占められている。 ただ、榊原氏がこんなことを言うのは初めて聞いた。 彼らは今まではこう言ってきた。「高額の国債を発行し続けると、金融マーケットは政府の償還能力に疑問を抱き、その結果国債の金利の高騰が避けられない。国債の支払い金利は激増し財政は破綻する。政府予算は組めなくなり、その機能は停止せざるをえない」と。しかし、上記の彼らの「新しい結論」が言っているように家計・企業の黒字が国債の原資となり、国債金利は暴騰しなかった。彼らが今まで主張してきたことは、嘘八百だったのだと言わざるをえない。 榊原氏はさらに「経常収支が黒字を維持している間に財政再建をしなくてはならない。再建のために残された時間はそれほど長くは残されていない」「経常収支黒字は急速に減少し、貿易収支は2011年から赤字に転じている」と主張している。本当にそうなのだろうか。 最近のdataを要約すると以下のようになる。国際収支一覧(財務省HP)本邦対外資産負債残高(同)政府(中央政府のみ)の資産・負債バランス          資産     負債    バランス 2009年末    647兆円  1,019兆円  -372兆円 2012年末    628      1,088      -459個人保有の金融資産残高 2012年末   1,570兆円 榊原氏も言うように、わが国の対外純資産・負債バランスは世界ナンバーワンである。すなわち稼ぎ過ぎなのである。かりに経常収支が恒常的に赤字になり、たとえば毎年10兆円の赤字が続いたと仮定しても、わが国の対外純資産・負債バランスがマイナスになるには30年以上の年月が必要である。わが国は、当分PIGS※にはならない。※編集部注 PIGSは、自力での財政・金融再建が不可能になったとみられる国を指す英造語。1990年代から使用例があり、2008年の世界金融危機以降に多用された。当初は欧州のポルトガル(P)、イタリアまたはアイルランド(I)、ギリシャ(G)、スペイン(S)を指した。 また、1992年に比較して2013年の輸出は25兆円(年間)も増加しており、貿易立国は健在である。ただし最近になって原子力発電が停止されたため原油・LNGの輸入が急増している。またその価格高騰も輸入金額増加の大きな要因である。そのため貿易収支は赤字に転じた。ただ経常収支は激減したものの黒字を続けている。そして経常収支が黒字ということは対外純資産・負債バランスは増加を続けていくことを意味している。 さらに付け加えるならば、所得収支はこの20年間に4.5兆円から15兆円へと、約10兆円(年間)増加している。これはわが国の企業や個人が外国で所有・運用する資産の増加によるものである。そして所得収支は今後とも増加を続けるであろう。 以上を総合してみると、この国の対外純資産・負債バランスがマイナスになることは当分の間、想像すらできない。そしてその間国債市場が破綻することはない。 また、榊原氏らは「国の借金が膨大だ」「国が破産する」と言っている。ただし榊原氏らが言う国というのは「中央政府」のことであり、国全体を指している訳ではない。「国」と言うならば企業も個人(家計)も地方政府もすべて含めて考えなければならない。また中央政府の借金は1,000兆円というのは嘘で、資産を差し引けば、約450兆円である。この額は個人保有の金融資産残高の3分の1にも満たない。 さらに最終的に重要なことは国全体の借金が多いかどうかである。つまり国の対外債務の残高である。対外債務は「民間企業」「個人」「政府」の3部門の総負債から総資産を差引いた額である。かりにある国の対外債務が膨大になった場合を考えてみると、外国に対する借金の元本の返済と利息の支払に追われて、その国が必要とする食料やエネルギーを買うことができなくなる。つまりは国が成り立たなくなる。ところがわが国においては 3部門の合計でみると対外純債務は存在していない。それどころか事実は逆であって、わが国は膨大な対外純資産を有している。その額は世界一である。外国から持ちすぎだと非難されているくらいなのである。 また国債残高が累積すると、将来の世代に借財を残すという議論がある。これもまやかしの議論である。確かに将来において国債を償還するためには、政府は増税によってその分の償還資金を調達しなければならない。したがってその点のみに注目すると将来 世代にとっては大きな負担ということになる。国民一人当たりに換算すると、約8百万円という巨額の負担になる。かりに10年賦にするとしても到底負担できる額ではないだろう。しかし 国債を償還するということはそれと同じ金額が国債保有者(わが国の場合はほとんど民間企業と個人=増税の負担者)に支払われるのである。全体ではプラスとマイナスで合計はゼロである。 償還資金を受け取るのは国債保有者のみであり、不公平ではないかという意見が出そうである。それも間違いである。国債保有者はもともとその金額に相当する資産を費消せずに国債を保有したのであって正当な権利の履行を将来に延ばしたのである。国債を保有しなかった民間企業なり個人はその時点でその資産を別の形で所有するかあるいは費消したのである。 最後に一般の金利水準が高騰した場合、国債の金利も上昇しそのため財政が破綻し、大幅な増税が不可避になるという考えがある。これも誤りである。金利が高騰するのはどういう時かというと、経済が過熱して生産手段が払底したり、遊休資金が不足した場合である。すなわちバブルなりインフレになった場合である。今わが国経済はこれと反対の状況に置かれているのであって、どうしたらデフレから脱却できるかが課題になっている。またわが国には1,500兆円もの個人金融資産が蓄積されていることに加えて民間企業にはかつてのような巨大な資金不足は存在していない。民間企業の設備投資資金はほとんど 自己金融でまかなっている状況にある。つまりわが国は構造的な資金過剰経済に変容したのである。金利が高騰する理由はどこにも見当たらない。 それでも国債残高(中央政府の借金)が多いのは問題だというならば、簡単で合理的な解決策がある。国債の日銀引受けである。中央政府の概念に日本銀行を含めて考えるとこの解決策はまったく意味をなしていないという批判を受けるであろう。そのとおりである。借りる相手が個人や企業から日本銀行に変わっただけのことだからである。しかし、それでなにか問題があるのだろうか。かつて通貨は兌換券であったが、ある時日銀券に変わった。そしてなんら問題は起きなかった。それと異なる話であるが、それよりは問題がないと言えると思われる。つめて言えば国債というものは、民間企業や個人の借金と異なり、最終的には返済を要しない(その資金の源泉が国内であるかぎり)ものだという直感的には受け入れがたい実に奇妙な事実なのである。 以上を要するに、国債の累積によってわが国が潰れることはない。そして国の存立にとって重要なことは、中央政府の借金の多寡などでは決してない。重要なことは、有能な人材の数とモラールであり、優れた技術の開発と伝承であり、確固たるインフラの構築・整備であり、国の安全保障が常に確保されていることである。強いて付け加えるならば、対外純資産・負債バランスがプラスであることである。 国債亡国論によって、わが国の持っている巨大なポテンシャルが圧縮され続けてきた。ここ数十年にわたってのその損害は想像を絶する大きさである。国債残高の累増を懸念するあまり、この国の将来にとって必要不可欠な投資や諸施策の実行が先送りされ、あるいは防衛力の涵養が控えられてきたのである。 教育・人材開発のためにもどしどしお金を使うべきである。子孫に借財を残さないことが大事だというならば、増税をして国債残高を減らすことに血道を上げるのではなく、立派な人材を各方面で育てることの方がずっと重要である。

  • Thumbnail

    記事

    アベノミクス「第二の矢」でデフレ不況を打ち抜け

    藤井聡(京都大学教授・内閣官房参与)――戦略的な財政政策こそが「最先端」の学説である周回遅れの正統派経済学 本稿は、財政政策、いわゆるアベノミクス「第二の矢」の重要性をあらためて論ずるものである。 筆者はこの主張を、「デフレ脱却のためには、財政政策が不可欠である」という趣旨にて、デフレが深刻化したリーマン・ショック以降、さまざまなデータに基づく客観的な理論実証結果を踏まえつつ、繰り返し主張し続けてきた。そうした研究、言論活動の延長として現在、第二次安倍内閣にて防災減災「ニューディール」を担当する内閣官房参与を仰せつかっている。 「ニューディール」とは、1929年に起こった世界大恐慌下で、ルーズベルト大統領が断行したケインズ理論の考え方に沿った「公共投資」を主軸とする経済政策である。当方がいま、「ニューディール」の言葉を冠した担当参与を仰せつかっているという事実は、「公共投資を主軸としたデフレ脱却策」の重要性が政治的に認識されたことを意味している。 ただし、日本の多くの方々は、「財政政策による経済対策なんて――昭和時代でもあるまいし、何を古くさい」と感じているのではないかと思う。 実際、筆者が主張する「財政政策・必要論」は、国会やメディア上でしばしば取り上げられてきたが、そのなかで、藤井は財政出動をすればそれで景気が良くなると主張しているにすぎず、かつその主張は「一世代前のもの」にすぎない、という趣旨で政治家、エコノミストに「揶揄」されることは少なくない。客観性を重んじるべきはずの学界ですら、「主流派経済学者」たちによって、公共投資の有効性は低いと繰り返し主張され続けている。 こうした状況のなか、「公共投資が日本を救う」というような筆者の主張は、「トンデモ論」として扱われることが一般的となりつつある。 しかし、こうした一般のメディアそして主流派経済学者たちの認識は、何重もの意味で間違っている。 そもそも、筆者も含めた多くの財政政策・必要論者は、景気対策では財政出動をやりさえすればよいなどと考えていない。デフレ不況下では国内の需要が少なく、かつ人びとの投資や消費が伸びないがゆえに、政府支出の拡大をせざるをえないと考えているにすぎない。したがって、デフレが「本当に」脱却できたのなら、財政の拡大は(少なくとも景気対策という意味においては)必要ない、というのが筆者らの平均的な見解だ。 ただし何よりも重要な誤りは、「財政政策・必要論は、一世代前の説だ」という説それ自体がすでに「一世代前」の説だ、という点にある。たしかにリーマン・ショックまでは、財政政策や公共投資の不要論は日本のみならず、世界の経済学者のあいだでも広く共有されていた。しかし、リーマン・ショックによって世界各国がデフレに陥ったあとは、多くの経済学者が前言を翻し、筆者と同様の「財政政策・必要論」を主張し始めている。 たとえば、ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツは、2010年の『Real Time Economics』誌上にて、リーマン・ショック以後アメリカの景気が改善しない「最大の問題」は、財政の「規模が小さすぎること」だと主張している。2013年6月に来日した折には安倍総理と会談し、「金融緩和のみならず、政府の拡張的な財政政策を連携させるべきであり、とくに長期的な成長の基礎(教育、技術、研究、インフラ強化)や社会問題の解決のために政府支出を拡大すべきだ」と総理に進言した旨が報道されている。 あるいは、同じくノーベル経済学賞を取ったクルーグマンは、2013年1月『ニューヨーク・タイムズ』紙上にて、安倍総理が断行したアベノミクスの「第二の矢」として決定した10兆円超の財政出動を高く評価しつつ、「長期不況からの脱却が非常に困難であることは確かであるが、それは主として、為政者に大胆な政策の必要性を理解させるのが難しいからだ」と述べている。まさに、国会で財政政策や公共投資の必要論を主張する筆者等を「揶揄」するような発言を繰り返す政治家たちこそが、「長期不況からの脱却」を妨げている諸悪の根源だと指摘しているのである。 しかもクルーグマンは同コラムにて、そうした政治家や経済学界の多くの学者たちが信じ込んでいる経済学を、「悪しき正統派経済学」と断じている。そして「世界の先進各国の経済政策は麻痺したままだ。これは皆、正統派経済学のくだらない思い込みのせいなのだ」と述べ、そんな悪しき正統派経済学と「決別」することこそが、デフレ脱却において必要なのだと論じている。 こうしたリーマン・ショック以後の米国経済学界を中心とした劇的な変化を受け、経済学者スキデルスキーは『なにがケインズを復活させたのか?』(日本経済新聞出版社)という書籍を取りまとめ、いままさに、その本が全世界の多数の経済学者たちに読み込まれている。実際米国では、こうした経済学者たちのケインズ政策への「転向」を受けて、景気対策としての公共投資が大きく注目されており、オバマ大統領はリーマン・ショック後、72兆円という、昨年度のアベノミクスの「第二の矢」のじつに「7倍」もの水準の超大型財政政策を断行した。それ以後も、年始の一般教書演説で、「毎年、インフラの老朽化対策や高速鉄道整備等のための公共投資の拡大を通して、雇用拡大、景気浮揚をめざす」と主張し続けている。 つまり――「景気対策として財政政策、公共投資を」という説こそが、デフレ不況が世界的に蔓延した今日においては「最先端」の説であり、わが国で幅を利かせる「悪しき正統派経済学」者たちが主張する「財政政策、公共投資なんて一世代古い」という説こそが、「周回遅れの一世代古い」考え方なのである。公共投資削減がデフレ不況を深刻化させた 以上、財政政策、公共投資の有効性を論ずる議論を紹介したが、これらは客観データでももちろん裏付けられている。 たとえばそれは、リーマン・ショックによって不況に陥った国のいずれが早く回復したのかについての国際比較分析からも、明らかにされている。この分析では、金融政策の程度(マネタリーベースの拡大率)や「公共投資額の拡大率」に加えて、産業構造や貿易状態、財政状態などの28個のマクロ指標と、OECD加盟の34の先進諸国のデータを用いて分析されている。 結果、「名目GDP、実質GDPと失業率」の3尺度すべてと統計的に意味のある関係をもっていたのは、28指標中、ただ1つ「公共投資額の拡大率」のみであった。図1は、そのなかの1つ、名目GDPの回復率と公共投資の拡大(変化)率との関係を示したグラフである。ご覧のように、公共投資を大きく拡大した国ほどGDPの回復率が高いことを示している。つまりリーマン・ショック後、いち早く公共投資の拡大を図った国がいち早くショックから立ち直り、その政治決断ができなかった国はショックから立ち直ることに失敗する傾向が明確に存在していたのである。 一方、わが国において公共投資は効果をもっていたのか。この点について、筆者らはバブル崩壊後の景気に対する公共投資の効果を分析した。 この景気に影響を及ぼす変数には多様なものが考えられる。そこではとくに、日本のマクロ経済に大きな影響を及ぼす政府系の建設投資額(以下、公共投資額と呼称)と総輸出額の2変数に着目し、これらが景気動向(名目GDPとデフレータ=物価)にどのように影響を及ぼしたのかを統計分析した。 その結果、図2、図3に示したような「関係式」(一般に、回帰式といわれる)が導かれたが、これらが示しているのは、「1兆円の公共投資が、2.43兆~4.55兆円の名目GDPの拡大と、0.002~0.008のデフレータの改善につながっている」ということであった。そしてこれらの「効果」は、「総輸出の拡大」に伴う効果よりも、格段に大きなものである。 ここで重要なのは、この「関係式」を用いると、図2、図3に示したように、実際の名目GDPやデフレータ(物価)の変動をほとんど綺麗に再現できる点である。つまり、「1兆円の公共投資が2兆~4兆円程度のGDPと0.002~0.008のデフレータの改善につながる」という数値は、それなりに高い再現性をもつ一定の信頼性のある数値と解釈できる。 これらの結果は、91年以降のバブル崩壊後の日本において公共投資は、物価下落というデフレ化を止め、名目GDPを改善させる巨大な景気浮揚効果を持ち続けていることを明確に示している。つまり、90年代前半ならびに、小渕政権下で行なった大型の公共投資の拡大がなければ、デフレはより一層深刻化し、物価も名目GDPもさらに下落していたこと、そして橋本政権、小泉政権以降に行なった公共投資の過激な削減が、日本のデフレ不況を深刻化させていたことが示されたのである。 クルーグマンは、先に紹介した『ニューヨーク・タイムズ』のコラムで、「(バブル崩壊後の日本で)公的事業への多額の支出が行なわれたが、政府は、負債増大への懸念から、順調な回復が確立する『前』に引き返してしまった。そしてその結果、1990年代の後半にはデフレが定着してしまった」と論じていたが、上記の分析は、このクルーグマンの指摘を実証的に裏付けるものである。「下駄」を履かされている実質GDP ところで、少々専門的な議論となるが、きわめて重要な論点であるので、1つ付記しておきたい。前記のように筆者は、デフレ脱却効果を「実質」GDPよりも「名目」GDPを重視して分析しているが、これはそもそも、実質GDPとは、名目GDPをデフレータの変化率(物価変動率)で除したうえで得られる「加工指標」だからである。したがって、ある政策を行なった場合、名目GDPとデフレータを「悪化」させても、デフレータに対する悪影響のほうが強い場合、見かけ上、実質GDPは「改善」するというきわめてトリッキーな効果が得られる。この「加工指標ゆえのトリッキーな特徴」ゆえに、デフレ下では、実質GDPのみに基づいて政策判断を行なうことは正当化しえないのである。 図4をじっくりご覧いただきたい。名目GDPはデフレに突入した1998年以降、途端に伸びなくなったものの、実質GDPは相変わらず伸び続けている(!)。これは、デフレになれば物価が下がり、それによって「下駄」が履かされていくからである。だから、この図からも明らかなように、実質GDPでは、デフレになったのかどうかが判別できず、デフレ脱却のための政策を実質GDP「のみ」で判断しては、日本経済をとんでもない方向に導くことにもなりかねない(ただしいうまでもなく、非デフレ下では、実質での評価は必須である)。 ところで、そうした「トリッキーな効果」は実際に観測されている。たとえば、デフレに突入した1998年以降、金融政策の規模を意味するMB(マネタリーベース)は、名目GDPとデフレータの双方に対して、(じつに驚くべきことにリフレ派が主張する方向とは真逆の)「マイナス相関」をもっていた。ところが、名目GDPとのマイナス相関の程度よりも、デフレータに対するマイナスの程度のほうが大きかったため、「見かけ上」MBの増加によって実質GDPが増えているように「見える」結果となった。しかし、これをして、「MBの拡大にデフレ脱却効果あり!」と主張することはできぬことは、愚か者でもないかぎり誰もが理解できるだろう。そもそもリフレ理論は、MB拡大が物価に影響を及ぼし、結果として消費・投資、そしてGDPの拡大を促すと主張するものであり、それ以前に、物価「低下」をもたらしたものにデフレ脱却効果があるといえぬのは、言葉の定義からして明白だ。 筆者はこの論点も含め、Voice誌上の「ついに暴かれたエコノミストの『虚偽』」(2014年5月号)にて、リフレ派論者が自説を正当化するために持ち出しているデータの多くが、科学的に正当化できない虚偽的主張だということを、実証的に「告発」し、反論を募集した。その後、本誌上も含めていくつかの反論を目にしたものの、残念ながら、当方の告発に対する有効な反論は文字どおり皆無であった(しかも、それらの反論の大半は事前に公表した想定反論に沿ったものであった)。紙面の都合上、それら反論の検証の詳細は当方の公表資料(たとえば、『統計的「裁判」としてのデータサイエンス』〔行動計量学会〕、『「政治のウソ」を暴くデータ・サイエンス』〔新日本経済新聞〕ならびに、それらで引用した諸文献を参照されたい。いずれも、藤井聡のホームページよりアクセス可能である)に譲るが、ここではその資料(データサイエンスについての学術原稿)のなかで述べた言葉をそのまま掲載する。すなわち、「リフレ論が『偽』であると申し立てた当方の『統計的裁判』において、もしも、データサイエンスを知悉した見識ある裁判長が存在するとすれば、少なくとも現状ではリフレ論の『有罪』は確定した状況にあるといって差し支えない」。「問題はこれからの第二の矢だ」 最後に、第二次安倍内閣が発足し、アベノミクスを展開した2013年のデータに着目し、財政政策の効果を確認してみよう。 2013年の名目GDPは、+0.9%、「4.6兆円」の成長を遂げているが、それが何によってもたらされたのかを確認したところ、「4.3兆円」が、財政政策によるものであることがGDP統計より明らかとなっている。 つまり、アベノミクスによって株や為替が大きく改善したものの、「実体経済」の景気回復のほとんど9割以上が「第二の矢」、財政政策によってもたらされていたのが実態だったのである(「第一の矢」は円安をもたらしたが、原発停止のあおりを受けて石油・ガスの輸入量が大幅に増えたことによって、貿易収支がかえって悪化した。これによって、株価増進による資産効果等が結果的に相殺され、「第一の矢」の景気浮揚効果は、2013年では残念ながら明確には検出されなかった)。 以上、いかがだろうか。国際比較データ、日本のバブル崩壊後のマクロデータ、そして昨年のアベノミクス効果データを見ても、いずれも「財政政策がデフレ脱却効果を強くもつ」ことを示している。 もちろん、財政政策を考えるのなら、日本の国益にかなう項目により効果的な支出を考えることが重要であり、したがって「戦略的な財政政策」が不可欠だ。たとえば、国会のデフレ脱却委員会にて参考人として当方が主張したのは、「防災・強靭化・老朽化対策」、「インフラ投資」、「研究・教育投資」、「民間投資を誘発するための投資・補助金」、「中小企業支援」などである。こうした主張は、スティグリッツ教授が安倍総理に「長期的な成長の基礎(教育、技術、研究、インフラ強化)」に投資すべきだと進言した内容に、奇しくも一致している。 デフレ脱却を確実なものにするために「第二の矢」を打ち抜くのなら、成長戦略を見据えたより効果的な財政出動が求められていることは論をまたない。折しも、岩田規久男日銀副総裁(6月3日『ロイター』参照)が主張したように「第三の矢の規制緩和にはデフレ促進の効果がある」ことが懸念されている以上、こうした戦略的な財政政策はいま、日本のデフレ脱却のために是が非でも求められている。 そしていま、デフレ脱却が進んでいるとはいえ、いまだ勤労者世帯の収入は下がり続け(消費税増税前で駆け込み需要があった3月でもマイナス3.3%、増税後の4月はじつにマイナス7.1%であった)、2013年のデフレータ(物価)は前年比マイナス0.6%の「デフレ」水準であった。非正規も含めた有効求人倍率は1を超えたものの、正社員の有効求人倍率は5月時点で0.67と1からは程遠い状況である。しかもこの状況下で、日本は消費税増税を行ない、補正予算額も昨年度から今年度にかけて4.5兆円規模で縮小されている。 スティグリッツ教授が「アベノミクスの第一の矢は成功したが、問題はこれからの第二の矢だ」と今年のダボス会議で発言したように、「第一の矢」である金融政策が果敢に進められているなか、この「第二の矢」をデフレ脱却が確実なものとなるまで果敢に打ち抜いていくことの必要不可欠性の吟味が、日本経済の最重要課題である。 何といっても、「第二の矢」は「第一の矢」と異なり、毎年毎年の是々非々の政治決断が必要なのだ。それができなければ――増税の影響も相まって、日本が再び、本格的なデフレ不況のどん底へと叩き落とされてしまうリスクは避けえない、と筆者は心の底から強く、科学的かつ冷静に懸念しているのである。藤井 聡(ふじい・さとし) 京都大学教授・内閣官房参与1968年、奈良県生まれ。京都大学大学院工学研究科修了後、同助教授、東京工業大学教授などを経て、現職。専門は国土計画論、公共政策論、土木工学。社会的ジレンマ研究にて、日本学術振興会賞など受賞多数。近著に、『巨大地震【メガクエイク】Ⅹデー』(光文社)がなどある。

  • Thumbnail

    記事

    好調だったマンション市況に異変!

     都心はもちろん郊外もダメ  弱るマンション需要。年収1000万円以上のアッパー層が狙う湾岸マンションにも500万~600万円の中堅層が流れる郊外マンションにも価格高騰の波が押し寄せ、需要を減退させはじめている。 好調なはずのマンション市況に異変が生じ始めている。不動産経済研究所(東京都新宿区)が5万6000戸と予想していた2014年の首都圏のマンション供給戸数をここに来て一気に引き下げたのだ。マンション市場調査が年初の予想をたった半年で下方修正するのは極めて異例。08年のリーマン・ショック前のミニバブル再燃かと沸き立っていたマンション市場だが、いったいどうなる。GETTYIMAGES  今年春以降、奇妙な現象が不動産業界で話題になっている。「池袋」や「上野」、「新宿」などのエリアのマンションの売れ行きが好調なのだという。だが、本来マンション立地として人気なのは表参道や広尾、自由が丘など地位(じぐらい)の高いエリア。池袋や上野、新宿などは、エリアは都心とはいっても環境は必ずしもいいとはいえず居住地としては人気が高くないエリアだったのだ。 では、なぜ今、こういったエリアのマンションが人気なのか。理由は「名前」にある。居住地としては人気のないエリアでも世界、とりわけアジアでは名前が通る。こういったエリアのマンションを「よく知られたエリア」の物件として台湾やシンガポールの富裕層が買いあさっているのだ。 昨年の後半から今年にかけてマンション市場の好調さを支えてきたのは、実はこうした海外の顧客たちだ。 例えば昨年、三菱地所が東京・千代田区で手掛けた「ザ・パークハウス グラン 千鳥ヶ淵」(最多販売価格帯2億7000万円)も発売した日に売り切れる即日完売となり業界で話題となったが、これも「中国や台湾などアジアの富裕層が購入者のかなりの割合を占めた」(不動産業界関係者)という。三菱地所の担当者によると「企業経営者や医師、弁護士といった富裕層に人気で、申し込みの平均倍率は5倍超」で、無理に外国人に売る必要はない状況だったというが、実態は「3割から5割が外国人だった」(同)。 不動産サービス会社のジョーンズ・ラング・ラサールなどマンション売買の仲介を手掛ける会社はわざわざシンガポールや台湾、香港などに出向き、大手不動産会社の物件を紹介する商談会を相次ぎ開催している。100人以上の商談会もあるといい、「日本の不動産市場への投資熱はかなりのもの」(大手不動産会社)だという。 ただし、リーマン・ショック前のように闇雲にマネーが流入しているわけではない。リーマン・ショック前は海外の投資ファンドが電話1本で「物件を見もしないでマンションを1棟単位で丸ごと買い取っていった」(中堅の不動産業者)が、今回は様相が異なる。投資先をかなり厳選しているという。 そんな中、投資ファンドが照準を合わせるのが湾岸エリアだ。20年の夏季五輪の開催地が東京に決まり、湾岸エリアでは今、急ピッチでインフラ整備が進む。五輪招致委員会は東京圏にある33競技会場のうち28会場を選手村から半径8キロ圏内に確保、ここに3500億円以上の資金を投じることにしており、これまで課題だった道路や鉄道などのインフラも拡充される見通しだ。そうなればマンションの価値も上がることが予想され、これを見込んで投資しているのだという。 とはいえ、こうした動きもそろそろ打ち止めになりつつある。 価格の高騰だ。リーマン・ショック以降、落ち込んでいたマンション価格も昨年から上昇、とりわけ人気が集中する東京・中央、港、江東3区の湾岸マンション価格は坪(3.3平方メートル)あたり300万円にまで上昇している。ここ3年で1~2割上昇した計算だが、もともと首都圏では割高なエリアだっただけに、これ以上の高値にはついていけない状況にある。中堅サラリーマンには郊外でも手が出せない となれば、どうなるか。不動産経済研究所が今年、首都圏のマンション供給戸数を5万6000戸と予想した時には都心の好立地物件がけん引すると見立てていた。しかし、そのけん引役が失速、達成は一気に難しくなりつつある。 もちろん、都心がダメでも郊外が堅調なら望みはある。だが、「郊外は都心とは比べようもないほど惨憺たる状況」(トータルブレイン)にあるのだという。 理由は簡単だ。建築費の高騰が郊外物件を直撃、湾岸エリア同様、郊外物件の場合、土地代の割合が低く、その分、上物であるマンションの価格が占める割合が高い。ものによっては全体の6~7割にもなる。この上物に含まれる建築費が上昇するため、郊外で建築費が高騰すると物件の販売価格を引き上げることになる。都心の物件に比べて、上昇の変化率が大きいわけだ。 もともと、郊外物件には投資ファンドはもちろん、年収1000万円を超えるアッパーサラリーマンは手を出さない。一方で主力の購買層である年収500万~600万円の中堅サラリーマンでは物件価格の上昇に対する許容度が低く、とてもついて行けない。このため建築費の高騰でマンション価格が上がると郊外では買い手が全くいなくなる現象が発生する。 最近、郊外ではデベロッパーがマンションを建設しようと1~2年前に土地を仕込み、「さあ、建設だ」という段になって着工をあきらめるケースも急増しているという。土地を買った時点に比べ建築費が10~20%も上がったため、とても利益がでる状況ではなくなったからだ。景気は回復、給与や賞与が上がってきたというものの、その恩恵をこうむる優良企業のサラリーマンは郊外には少なく、価格の上昇は受け入れられない。かくして、マンション市況は今、再び曲がり角にさしかかりつつある。