検索ワード:EURO2016特集/22件ヒットしました

  • Thumbnail

    テーマ

    ポルトガル「欧州王者」では終わらない

    EURO 2016はポルトガルの初優勝で幕を閉じた。ポルトガルは、ロナウドを序盤の負傷で欠いたもののクアレスマ、ペペら30代のベテランと若きU-23代表ら新黄金世代が一丸となった堂々のパフォーマンス。最優秀若手選手賞にMFサンチェスが輝くなど、新欧州王者の未来は明るい?

  • Thumbnail

    記事

    「超新星」レナト・サンチェス!ポルトガル新世代のとんでもない才能

    河治良幸(サッカージャーナリスト)【決勝】ポルトガル1-0フランス EURO2016の決勝は開催国フランスとポルトガルの対戦となった。下馬評では圧倒的にフランス有利と見られる中で、ポルトガルはエースでキャプテンのクリスティアーノ・ロナウドを前半早々の負傷で欠きながら、チーム一丸と言える戦いぶりで延長後半に決勝ゴールを決め、フランスの“聖地”サンドニで優勝トロフィーを掲げることとなった。 大会における攻守の主役はクリスティアーノ・ロナウドとペペだろう。また再三にわたる好セーブでピンチを防ぐと同時にチームをもり立てたGKのルイ・パトリシオ、中盤の底で幅広く相手の起点を封じたウィリアム・カルバーリョ、前線で精力的にパスを引き出して少ないビッグチャンスの大半に絡んだナニ、ファイナルで殊勲のゴールを決めたエデルの名前も挙げないわけにはいかない。それでもチームにおける最大の「発見」が18歳のレナト・サンチェスであることに異論を唱える人は少なくないのではないか。【準々決勝 ポルトガル―ポーランド】 大会史上3番目の年少記録となる同点ゴールを決めたポルトガルの18歳、レナト・サンチェス(ロイター) 「発見」と言っても今年3月26日に行われたブルガリア戦でA代表デビューを飾ったティーンエージャーの才能はすでに大きな話題になっていたし、大会を前にポルトガルの名門ベンフィカからドイツのバイエルン・ミュンヘンに5400万ユーロで移籍した事実が評価の高さを物語っている。しかしながら、多くの若きタレントが候補にあがりながら最終メンバーから外れたチームで抜擢されたMFは大舞台にひるむことなくフィールドを駆け、母国の優勝に大きく貢献したのだ。 決勝トーナメントがかかったグループリーグ3試合目のハンガリー戦では後半開始と同時にジョアン・モウチーニョとの交代で出場すると、停滞気味だった攻撃を活性させ、ロナウドによる2ゴールを呼び込んだ。ラウンド16のクロアチア戦では後半10分から出場し、素早いボール運びでナニのクロスにつなげ、リカルド・クアレスマのゴールを演出した。 そして大会初先発となったポーランド戦でナニとのワンツーから左足を振り抜き同点ゴール。そのまま引き分けて迎えたPK戦では2番手できっちりと決め、勝ち上がりにつなげた。さらに準決勝のウェールズ戦、決勝のフランス戦と3試合連続でスタメン起用されるわけだが、高度な個人技や機動力もさることながら、目を見張るのが戦術的な役割をこなせるビジョンと意識だ。新たな“黄金世代” 現在のU-23世代はポルトガルの新たな“黄金世代”と評価する声もあり、8月に行われるリオ五輪でも優勝候補の一つだ。実際にA代表のフェルナンド・サントス監督も予選突破後の親善試合で多くの選手をテストしたが、残ったのはMFジョアン・マリオ、アドリアン・シウバ、アンドレ・ゴメス、DFラファエリ・ゲレイロ、そしてレナト・サンチェスの5人だった。全員に共通するのは戦術的な実行力の高さ。その中でもレナト・サンチェスはロナウド、ナニに次ぐ打開力を発揮したが、ボールを持っていないところでの動きも周囲に負けず劣らずのクオリティーを見せたのだ。 守備では4-3-1-2の右インサイドハーフとして時に厳しくマークし、また時にサイドまでカバーした。決勝ではロナウドの負傷交代により、前半25分にシステムが4-3-1-2から4-1-4-1に変更された状況で柔軟にポジションを取り、対面のMFブレーズ・マテュイディはもちろん、ウィングから中に流れてくるFWディミトリ・パイェのケアもこなした。【決勝 ポルトガル―フランス】競り合うポルトガルMFレナト・サンチェス(左) 攻撃面のオフ・ザ・ボールでレナト・サンチェスの高度なビジョンを象徴的に示していたのがフランス戦の前半4分のシーンだ。ポゼッションから自陣左に引いてきたアドリアン・シウバのサイドチェンジを起点に、右サイドバックのセドリックが左足のロングパスでナニの惜しいシュートにつなげた形だが、レナト・サンチェスの動きが興味深かった。ボールよりやや高めの位置からパイェの背後を通って中のスペースに流れた。 ボール保持者のアドリアン・シウバがレナト・サンチェスにパスを通すことは難しくなかったはずだが、マティディが遅れ気味にアプローチしてきたことでフランスの守備が全体的にずれ、セドリックとナニの縦ラインが見事につながる状況を生み出したのだ。レナト・サンチェスは自分のところにパスを引き出し起点になろうとしていたのかもしれないが、相手にとって嫌なところにすっと顔を出せるレナト・サンチェスの動きは着実にフランスのディフェンスを苦しめていたのだ。 今回のポルトガルは常に守備のバランスを意識するため、攻撃時もポジションチェンジや流動的なコンビネーションはかなり限定的で、レナト・サンチェスも縦横無尽に走り回っていたわけではないが、機を心得たポジション移動が時にフランスのポジションを下げさせ、同時にリズムを崩す要因になっていた。79分にエデルとの交代で退いたが、早々にエースを欠いたポルトガルにとって理想的な試合の流れを作った一人であることは間違いない。 ポルトガルの優勝に大きく貢献したレナト・サンチェスは大会の最優秀ヤングプレーヤーに選ばれたが、ここで得た経験をきっかけに新天地のバイエルン・ミュンヘンで飛躍していくかもしれない。EURO2016はレナト・サンチェスをはじめ多くのニューフェースが輝きを見せた大会でもある。彼らがクラブで大きな成長をとげ、ロシアW杯でより強い存在感を発揮してくれるのか。また彼らの活躍を刺激に、今回は出場しなかった中から次代のスターが台頭してくるかもしれない。そうした楽しみを今後につないで締めとしたい。

  • Thumbnail

    記事

    フランス黄金時代再来のキーマン!グリーズマンがCロナを超える時

    仲野博文(ジャーナリスト)第十一回 【決勝戦 Match51 ポルトガル対フランス】今大会でついにブレイクしたグリーズマンテロ事件ではあわや姉が犠牲になりかけたことも 10日の午後9時にパリ郊外のサンドニで行われるユーロ2016の決勝戦。最後に残った2チームはホスト国のフランスと、一時はグループリーグ敗退の瀬戸際まで追い詰められたポルトガルだ。出場国数が24に増えたことでクオリティーの低下を懸念する声も存在したが、ウェールズやアイルランドの躍進は多くのフットボールファンの共感を呼び、一発勝負の面白さと怖さにファンは一喜一憂した。その大会もいよいよ終了するが、決勝戦が行われるサンドニは、フランス社会を震撼させたテロ事件の舞台にもなった場所だ。 フランスの首都パリで昨年11月に発生した同時テロ事件は記憶に新しい。11月13日夜、市内中心部の6か所で爆弾や銃撃による無差別殺傷がほぼ同時に発生。容疑者を含む137人が死亡し、360人以上が重軽傷を負った。 パリ市内でほぼ同時刻に発生したテロ。テロは6か所で発生したが、その中で最も大きな被害を受けたのがパリ市内中心部にあるライブハウス「バタクラン」だった。1500人収容のライブハウスでは、事件当時アメリカのバンドの演奏が行われており、そこで発生した無差別発砲によって80人以上が殺害されている。130人の犠牲者の国籍は21カ国にも及び、少なくとも6人のイスラム教徒も含まれていた。グリーズマン(ロイター) パリ検察のフランソワ・モラン検事は事件直後に行われた記者会見で、フットボールのフランス代表対ドイツ代表の親善試合が行われていたスタット・ドゥ・フランス周辺で発生した爆発についても言及。入場券を持った男がスタジアムに入ろうとした際、ボディーチェックで不審に感じた警備員が男に対し、入場口の近くで再度身体検査を試みようとした。その矢先、男は少し後退し、そのまま着ていた爆弾付きのベストを起爆させたのだという。 その3分後にはスタジアムの外にいた別の男も自爆し、さらにその近くにあるファストフード店の前で3人目の男も自爆している。フランスの警察当局は自爆犯が当初はスタジアム内部で自爆テロを計画していたと断定。もし試合中のスタジアムで自爆テロが決行されていた場合、パニックになった観客の将棋倒しなどで、犠牲者の数が激増した可能性を示唆した。フランスのオランド大統領とドイツのシュタインマイアー外相も観戦に訪れていたこの試合では、試合終了後に2000人以上の観客がピッチに入って、スマートフォンなどで状況を確認する様子が各国のニュースで大きく取り上げられた。 この試合に先発出場したフランス代表のアントワーヌ・グリーズマンには28歳の姉がいるが、兄がサンドニでドイツ代表と対戦していた同時刻、姉のマウドさんはパリ市内で好きなバンドのライブにボーイフレンドと一緒に足を運んでいた。彼女がライブのために訪れたのはバタクランで、テロリストの襲撃によって多くの観客が命を奪われたが、彼女は襲撃から逃れ無事だった。場所は異なるものの、姉弟が同じ時刻にテロに遭遇したことは話題を呼んだ。マウドさんは今年1月からグリーズマンの広報担当として働き始めており、サンドニで今夜行われる決勝も観戦するのだという。 テロ事件が発生した際、「将来のフランス代表をリードするかもしれない若手注目株の1人」であったグリーズマンは、今大会を通じて最も活躍した選手の1人であり、大会中にフランス代表のエースとして認識されるようになった。すでに6ゴールを記録しており、得点王はほぼ確実と言われている。2-0で勝利した準決勝のドイツ戦も、全てのゴールがグリーズマンによるものであった。クラブレベルではリーガエスパニョーラのアトレティコ・マドリッドですでに主力選手としての地位を確立しているグリーズマンだが、代表のユニフォームを着て戦う国際大会でついにブレイクした。 フランスが優勝すれば、グリーズマンは代表の中心選手として、これからのフランスを引っ張る存在になるだろう。そのためには、決勝で何としてもポルトガルに勝利する必要がある。ポルトガルのエースは、誰もが知るクリスティアーノ・ロナウドだ。同じ町にある別々のクラブ(レアルとアトレティコ)でそれぞれ7番を着けてチームの主力としてプレーするロナウドとグリーズマンは、代表でも7番でプレーしている。二人ともウイングという点も共通しているが、実績としてはロナウドの方がはるかに上だ。2014年にフランク・リベリから代表でのポジションを奪い取ったグリーズマンだが、さらに名を上げるためには、新旧7番対決にも、試合そのものにも勝利する必要がある。新しいチームの顔は誕生するかジダン引退後には暗黒時代も経験新しいチームの顔は誕生するか 1998年に自国開催されたワールドカップでフランスは初めて優勝を果たし、決勝のブラジル戦で2ゴールをあげたジネディーヌ・ジダンは、フットボールの勢力図が新しく青色に塗り替えられたこと象徴する選手となった。予選落ちの危機もあった2000年の欧州選手権では、大会が始まると予選の不振が嘘のような勢いでフランスは勝ち続け、2年前に行われたワールドカップに引き続き優勝カップを手にした。ジダンは大会MVPに選ばれ、ティエリ・アンリやダビド・トレゼゲといった若手選手の活躍も評価され、フットボール王国フランスの地位はしばらく安泰だろうという見方が強まっていく。 2002年の日韓ワールドカップでは、フランスの大会連覇が期待されていた。大会直前にシーズンを終えたヨーロッパ各国のフットボールリーグではフランス人選手の活躍が目立ち、代表に選出されたアンリ、トレゼゲ、ジブリル・シセの3選手はそれぞれイングランド、イタリア、フランスのトップリーグで得点王に輝いていた。98年のチームよりも高い攻撃力で臨んだ2002年大会は、大会直前にジダンが負傷してしまい、司令塔不在で挑んだグループリーグ初戦のセネガル戦を0-1で落とし、2戦目のウルグアイ戦をスコアレスドローで終えた。 背水の陣で挑んだデンマーク戦では、ジダンがテーピングを巻いて強行出場したが、終わってみれば0-2で敗戦。全ての試合でフランスのシュートがゴールポストをたたくシーンが何度も見られ、運のなさやコンディション不足も囁かれたが、歴代最高の攻撃力と期待されたフランス代表はノーゴールで大会を去った。 2004年にポルトガルで行われた欧州選手権では、グループリーグ3試合で7ゴールをあげ、ジダンもチーム最多となる3ゴールを記録。しかし、準々決勝でギリシャにまさかの敗戦。大会前にはアンダードッグという位置づけだったギリシャは、フランス戦の勝利で勢いをつけ、そのまま優勝してしまった。決勝の相手はホスト国のポルトガルで、当時19歳だったクリスティアーノ・ロナウドにとっては初の国際大会であったが、ロナウドは準決勝のオランダ戦でもゴールをあげ、ポルトガルの決勝進出に大きく貢献している。大会終了後、ジダンは代表引退を表明。1つの時代が終わったかのように思えた。【2004欧州選手権準々決勝 ギリシャーフランス】 初の準決勝進出に狂喜するギリシャイレブンの前を通り過ぎるフランスのジネディーヌ・ジダン(右から2人目) 欧州選手権終了後の2004年7月、新たなフランス代表監督にレイモン・ドメネクが就任した。のちにフランス代表における歴代ワースト監督と呼ばれるドメネクの監督就任に多くのサポーターが驚きを隠せなかったが、「ドメネクは個人的な好き嫌いで選手を選考しているのでは」という批判も巻き起こるほど、選手のセレクションには一貫性が無かった。不可解な選手選考も原因となって、フランスはワールドカップ予選で大苦戦。予選突破を危ぶむ声が日増しに高まるなか、ジダンや、守備の要であったリリアン・テュラムといったベテラン選手が代表復帰を決断。ベテランの復帰によってチームにも結束が戻り、フランスは2006年大会出場を無事に決めたのだ。 ドイツで開催された2006年ワールドカップ。グループリーグを苦戦しながら突破したフランスは試合を重ねるごとにチーム力が高まり、ラウンド16ではスペインを、準々決勝ではブラジルを破り、準決勝のポルトガル戦もジダンのペナルティキックによる1点を守り切って勝利した。チーム内にも「ジダンに最高の花道を」というムードが漂い、決勝のイタリア戦もジダンが先制点を奪ったが、1-1のまま試合は延長戦に突入。延長後半5分にイタリアのマルコ・マテラッツィがジダンに対して暴言を吐くと、これに激高したジダンがマテラッツィの胸に頭突きを食らわし一発退場。試合はPK戦にまでもつれ込んだが、精神的支柱を失ったフランスはPK戦でイタリアに敗れた。ジダンの存在によって結束力を保っていたチームは、最後の最後にジダンの自滅で優勝を逃した。頭突き事件が起こったのは10年前の7月9日。マテラッツィは現在、頭突き事件の真相も含めた自叙伝を執筆中だ。【2006ドイツW杯決勝 イタリアーフランス】延長後半、暴言を吐いたイタリアのマルコ・マテラッツィに頭突きし、レッドカードを受け一発退場となったフランス主将のジネディーヌ・ジダン。左はW杯トロフィー=ベルリンの五輪スタジアム(共同) フランス代表からジダンが去った一方、求心力の無さを批判されてきたドメネク監督は続投が決まり、フランス代表の中に大きな混乱をもたらす。2010年のワールドカップ・南アフリカ大会では、監督の采配に不満を抱えていたフォワードのニコラ・アネルカがグループリーグ2戦目のメキシコ戦で、ハーフタイム中に監督に暴言を吐いたペナルティとして強制帰国を命じられた。これに憤慨した選手らが、3戦目を前にしてチーム練習をボイコット。試合のボイコットを叫ぶ選手も出たため、当時のサルコジ大統領が介入する騒動にまで発展。結局、フランスはグループリーグ最下位で南アフリカを去った。 選手時代にはジダンとともに代表の黄金期を支えたディディエ・デシャンは、代表監督としても個性の強い選手達をまとめ、結果を出してきた(ポジションは全く異なるが、デシャンが選手時代に代表でつけていた背番号も7だった)。ジダンのような求心力のあるスター選手が登場すれば、フランス代表は再び黄金期を迎える可能性があるが、グリーズマンはどのような答えを出すのだろう。勝利の祝い方はアイスランド式で勝利の祝い方はアイスランド式で?再び「ヴァイキングクラッピング」を披露できるか ドイツ戦を2-0で制し、決勝に進んだフランス代表。試合終了後、ベテラン選手のパトリス・エブラに率いられてスタンド前に集合したチームは、ファンと一緒にアイスランド式の「ヴァイキングクラッピング」を楽しんだ。この様子にアイスランドサッカー協会は、「我々のチャントを今夜見ることができて光栄です。でも、アイスランド人より上手くできる人はいないと思いますよ」と、ジョークを交えてフランスの勝利をツイッターで祝福した。こういったやりとりもユーロの魅力だ。 Nice to see @FFF honour our chant in #FRA tonight! No one does it better than #ISL though :) https://t.co/xVAHbYYH4l— Knattspyrnusambandið (@footballiceland) 2016年7月7日  フットボールがイングランドから世界中に広まり、それぞれの国で独自のスタイルが形成されていったように、ヴァイキングクラッピングがフランスやその他の国で、フットボール文化の一部として新たに組み込まれていくのかも興味深い。フランスもポルトガルも今大会でアイスランドと対戦しているが、決勝戦後にどちらかのチームがヴァイキングクラッピングを行うのだろうか。 フランスでは毎年7月14日が共和国成立を祝うパリ祭で、パリだけではなく全土で様々な祝賀行事が行われる。世界でもっとも有名な「7番」と台頭著しい「7番」の対決はどのような結末を迎えるのか。グリーズマンらの活躍によってフランスが16年ぶりとなる欧州選手権優勝を決めた際には、フランス国民は例年よりも長い祝賀ムードを謳歌するのだろう。

  • Thumbnail

    記事

    リベンジの時は来た!ポルトガルを決勝に導いたロナウド強烈ヘッド

    河治良幸(スポーツジャーナリスト)【準決勝】ポルトガル2-0ウェールズ 勝負を決めたのはポルトガルが誇るキャプテンにしてエースの一撃だった。後半5分、左サイドで得たCKをジョアン・マリオがちょこんと手前に叩くと、ラファエル・ゲレイロが左足で浮き球のボールをゴール前に送る。ニアとセンターで3人の選手が相手ディフェンスを引きずる間に、その手前に構えていたクリスティアーノ・ロナウドが変則的な動きで落下地点に入ると自慢のハイジャンプから豪快なヘッドでゴールネットに突き刺した。あまりにタイミングが良く打点の高いフィニッシュに競りかける相手はいなかった。 フランスのミシェル・プラティニに並ぶEURO通算9得点目。ゴールを決めた勢いで右のコーナーフラッグ方面に向かったロナウドが地面に寝転がると、アップをしていた控え選手、さらにフィールドの味方選手たちがキャプテンを下敷きにした。その輪が解 かれるとお決まりのジャンプから両足着地で下方向にガッツポーズ。メインから見て左ゴール裏を埋めるポルトガルのサポーターはゴールアナウンスと共に、エースの名前を連呼した。【ポルトガル―ウェールズ】後半、ポルトガルはエースのロナルド(左)がヘディングで先制点を奪う(AP) この先制ゴールが決まるまで両チームはほぼ互角の攻防を展開していた。ポルトガルは中盤のアンカーを担うウィリアム・カルバーリョが出場停止で、守備の要であるペペを負傷で欠いていた。一方のウェールズは対人戦に強いDFベン・デイビスと攻守に目覚 ましい奮闘を見せてきたアーロン・ラムジーが累積警告で出場停止という厳しい状況。 ポルトガルのフェルナンド・サントス監督はウィリアム・カルバーリョに代わりダニー ロを起用し、センターバックはベテランのブルーノ・アウベスとジョゼ・フォンテが組 んだ。ベルギーはアンディー・キングがFWのガレス・ベイルと2シャドーを形成する[ 3-4-2-1]でポルトガルを迎え撃った。 前半のボール支配率こそウェールズが52%でわずかに上回ったものの、ポルトガルはウェールズに引かれた状態から左右にボールを散らしてクロスをクリスティアーノ・ロナウドに合わせる形からゴールを狙う。一方のウェールズはボールを持ったら素早く縦に持ち出し、前線のハル・ロブソン=カヌが相手ディフェンスを背負う手前のスペースをベイルやキングが使って速攻に持ち込む。セットプレーからの先制ゴール ポルトガルにとって前半で最も大きなチャンスは16分にクリスティアーノ・ロナウドのポストプレーからジョアン・マリオが危険なグラウンダーのミドルシュートを放ったが、惜しくもゴール左に外れた。ウェールズは前半の23分には中盤のボール奪取を起点にベイルが右から仕掛け、カットインから左足で強烈なシュートを放つもGKルイ・パトリシオの正面に飛んだ。しかし、お互いにゴール前の守備が堅く、いい形でシュートチャンスを作れない状況が続いていただけに、セットプレーからの先制ゴールは大きかった。 そのポルトガルに追加点がもたらされるのは3分後。今度はエースの絶妙なアシストか ら生まれた。クリスティアーノ・ロナウドが左で起点を作り中央に流れると、ラファエル・ゲレイロのクロスをナニとDFアシュリー・ウィリアムズが競って手前にこぼれた ボールを再びクリスティアーノ・ロナウドが拾う。そこから右足でシュート性のボール をゴール前に蹴り入れると、ナニが右足をいっぱいに伸ばして触り、ボールの軌道を変 えたのだ。これには幾多の好セーブでウェールズを救ってきたGKウェイン・ヘネシー もどうすることもできなかった。 唐突に訪れた2点のビハインドを何とか挽回しようとするウェールズ。クリス・コール マン監督は58分、中盤で奮闘していたMFジョー・リドリーに代えて前線に屈強なFWサム・ボークスを投入。その5分後にロブソン・カヌを下げて機動力の高いFWサイモン・ チャーチ、66分には3バックの一角を担っていたDFジェームズ・コリンズを下げ4バックに変更。攻撃的MFジョナサン・ウィリアムズを入れて攻勢を強めた。 しかし、フェルナンド・サントス監督に堅守の意識を植え付けられたポルトガルの選手たちはしっかりとブロックを形成しながら、広いスペースを生かしたカウンターでクリスティアーノ・ロナウドやナニを走らせる。85分には一気に裏へ抜け出したクリスティアーノ・ロナウドがGKヘネシーを右にかわしながら角度の無いところからシュートを放ったが、サイドネットを揺らした。決勝進出を決め歓喜のロナウド(AP) ウェールズは攻撃が手詰まりになる中で結局はエースのベイルに頼らざるをえない状況 になるが、アンカーで抜群の強さを見せるダニーロやペペに代わり奮闘するフォンテに 行く手を阻まれ、ペナルティエリア内までボールを持ち込むことができない。結局、81分に遠目からゴールを襲い、惜しくもGKルイ・パトリシオに弾かれた無回転のミド ルシュートが最大のチャンスだった。後半アディショナルタイムには終盤に出場したポ ルトガルのFWリカルド・クアレスマが得意のドリブルでファウルを誘う。クリスティア ーノ・ロナウドの直接FKが壁に当たったが、同時に勝利が確定した瞬間となった。 グループリーグは3引き分けに終わり3位で決勝トーナメントに進出。その後もクロアチアを相手に延長戦で何とか勝利し、ポーランドとは1-1の同点で、PK戦を制して準決勝に駒を進めてきた。この日もウェールズに対して後半の立ち上がりまで優勢に試合を進めていたわけではなかったが、エースの一撃で流れをつかみ終わってみれば2-0の快勝となった。大会の中で一体感が強まってきたチームはギリシャに敗れ準優勝に終わった2004年の“リベンジ”を果たすことができるのか。7月11日、開催国フランスとブラジルW杯王者ドイツの勝者とサン・ドニで激突する。

  • Thumbnail

    記事

    ベルギーも打ち砕いた「赤い竜」 ウェールズはなぜこれほど強いのか

    仲野博文(ジャーナリスト) 第十回 【準決勝 Match49 ポルトガル対ウェールズ】 優勝候補ベルギーに勝利したウェールズポゼッション率が48パーセントという偶然も ユーロ2016では英国から3チームが出場している。イングランドとウェールズ、そして北アイルランドの3チームだ。準決勝に進出したウェールズは1958年のワールドカップが唯一出場した国際大会で、欧州選手権への出場は今大会が初となる。北アイルランドはワールドカップに3大会出場しているが、これまで欧州選手権に出場する機会はなかった。スウェーデンで行われた1958年大会にはスコットランドも出場しており、イギリスの4チームが全て出場した唯一の大会となっている。 今大会ではイングランド、北アイルランド、ウェールズの全ての英国系チームがラウンド16に進出したが、イングランドと北アイルランドは準々決勝に進むことはできず、すでにフランスを離れている。「三匹のライオン」の愛称で知られるイングランド代表だが、グループリーグのウェールズ戦を2-1で制した際にはエンジンがかかることを期待されたものの、ラウンド16でアイスランドに敗れ、不可解な采配がメディアから批判されていたホジソン監督は逃げるような形で辞任を発表している。結局、サポーターがフランスで目にしたのはいつものイングランドで、眠れる獅子は今大会でも目を覚ますことはなかった。【ウェールズ―ベルギー】勝ち越しのゴールを決めたウェールズのロブソンカヌ(右)=ロイター グループリーグを3位で終えた北アイルランドだが、得失点差が幸いして、ラウンド16に進出(今大会からグループリーグを3位で終えた6チームのうち、4チームが勝ち点や得失点差でラウンド16に進出できるようになった)。ラウンド16ではウェールズとぶつかり、英国系チーム同士の試合となったが、後半にオウンゴールを献上してしまい、試合はそのまま終了。スペインやフランスのようなスタイリッシュなプレーとは無縁の北アイルランドだったが、その奮闘ぶりは多くのサポーターから称賛された。初出場チームとしては上々の出来ではなかっただろうか。 北アイルランドに勝利したウェールズは、準々決勝でベルギーと対戦した。グループリーグ初戦でイタリアに敗れたベルギーは、2戦目と3戦目に勝利し、ラウンド16に進出。ラウンド16ではハンガリーを4-0で完膚なきまでに叩きのめし、最高のチーム状態で準々決勝に進出していた。ベルギーの爆発的な攻撃力でハンガリーを撃破した試合では、スタジアムで試合を観戦していたベルギー代表サポーターズクラブの創設者の男性が、試合直後に心臓発作で亡くなっている。 ベルギーとウェールズは欧州選手権の予選リーグで同組に入り、ベルギーが首位。ウェールズが2位という形で本大会出場を決めている。準々決勝で両国が対戦する前、ベルギーが圧倒的に有利だという見方が大勢を占めていた。しかし、予選リーグはウェールズの1勝1分けに終わっており、ウェールズにとってベルギーは比較的相性のいい対戦相手でもあったのだ。 試合は前半13分、インドネシアにルーツを持つラジャ・ナインゴランの弾丸ミドルでベルギーが先制。ベルギーはさらにウェールズに襲いかかるが、31分にキャプテンのアシュリー・ウイリアムズのゴールで同点としたウェールズは、ベルギーの猛攻に体を張ったディフェンスで対応し、後半に2点を追加。終わってみれば、ウェールズが3-1で優勝候補の一角と期待されたベルギーを下し、ジャイアントキリングを達成していた。UEFA(欧州サッカー連盟)のマッチレポートによると、試合全体のボールポゼッション率はベルギーの52パーセントに対し、ウェールズは48パーセントだった。 6月23日にイギリスで実施されたEUからの離脱を問う国民投票。ウェールズでは52パーセントで離脱派が勝利した。国民投票とフットボールは全くの別物だが、奇妙なことにユーロ2016では48パーセントのボール保持率に終わったウェールズが「残留」を決めている。献身的な働き者が支えるドラゴンズの魅力ユニークな趣味を持つ選手も献身的な働き者達が支えるドラゴンズの魅力 国際大会にあまり縁が無かったウェールズだが、クラブレベルでは優れたアタッカーを何人も輩出している。イアン・ラッシュやマーク・ヒューズ、最近まで現役を続けたライアン・ギグスもウェールズ代表のユニフォームを着てプレーした。現在のウェールズ代表を攻撃面で牽引するのは、ガレス・ベイル(レアル・マドリッド)とアーロン・ラムジー(アーセナル)の2人だろう。 もともとはサイドバックとしてプレーしていたベイルは、プレミアリーグのトッテナム時代にアタッカーにコンバートされ、持っていた才能が大きく開花した。2013年にレアル・マドリッドに移籍してからも、ベイルの活躍がストップすることはなく、26歳のベイルはすでに世界で最も収入が高いフットボール選手のトップ5に入っている。【ウェールズ―ベルギー】準々決勝でベルギーを破り喜ぶウェールズの選手たち ベルギー戦で同点弾を決めたキャプテンのアシュリー・ウイリアムズは、泥臭いプレーと強烈なキャプテンシーでチームを引っ張る闘将だ。ラウンド16の北アイルランド戦で味方選手と交錯して左肩を負傷したウイリアムズは腕が上がらない状態になり、肩の負傷具合を心配したクリス・コールマン監督は選手交代を準備し始めたが、ウイリアムズはベンチに向かってそのままプレーを続行すると叫び続け、その気迫に根負けしたコールマン監督がウイリアムズのプレー続行を認めるシーンも話題を呼んだ。 ピッチの中では対戦相手に強烈なタックルを食らわせ、後方からチームの精神的支柱としてチームを支えるウイリアムズだが、ピッチ外では夫人と一緒に子供のためのチャリティ活動に精を出す別の顔も持つ。17歳で地域リーグの主力選手として活躍するようになるが、フットボールだけでは食べて行けず、19歳に3部リーグのストックポートに移籍するまでは、幾つもの仕事をしながらフットボールを続けた。ガソリンスタンドやファストフード店に加えて、テーマパークでキャラクターのアルバイトをしていた経験もある苦労人だ。 ピッチ外で別の顔を持つ選手では、試合では献身的にピッチ中を走り続けてウェールズ代表の攻撃を支えるミッドフィルダーのジョー・アレンのプライベートも面白い。以前から動物福祉に興味をもっていたアレンは、夫人とともに卵を産めなくなった雌鶏を引き取って飼うことを決意。現在、アレンは自宅で16羽の鶏を飼っており、そのうちの14羽が雌鶏だ。動物福祉を推進する慈善団体が発行する冊子にも取り上げられたことのあるアレンは、インタビューの中で飼っている鶏全てに名前を付けており、家族の一員としてみんなで暮らしていると語っている。 世界で最も稼ぐ選手からバイトで食いつないだ苦労人まで、ウェールズ代表でプレーする選手のバックグラウンドは様々だ。しかし、他のチームに存在するような「王様と労働者」というヒエラルキーはあまり見られず、チームが一丸となって対戦相手にぶつかるスタイルは、同じように今大会で躍進を見せたアイスランドに近いものがある。ウェールズ代表の愛称は竜の集まりを意味する「ザ・ドラゴンズ」だが、ポルトガル戦でも竜は暴れるのだろうか。EU離脱派が過半数を占めたウェールズEUからの離脱派が過半数を占めたウェールズユーロではまだしばらく残留の夢を見られるか? 英国の3チームがフランスで戦いを続けていた6月23日、イギリスではEUからの離脱を問う国民投票が行われた。イギリス全体では離脱派の勝利となったが、各地域に目を向けると、様相は少し異なる。スコットランドでは「残留」に投票した有権者が62パーセントに達していた。北アイルランドも、55.8パーセントが「残留に投票」。一方、ウェールズは52パーセントで離脱派の勝利。残留派が過半数を超えたスコットランドとアイルランドでは、イギリスからの独立を求める国民投票を行い、その後EUに再加盟すべきとの声が上がっている。 52パーセントで離脱派が勝利したウェールズでは、地域政党「プライド・カムリ」のリアン・ウッド党首がウェールズ独立に関する議論を住民の間で行う時が来たと発言。プライド・カムリはウェールズ独立を目指す政党で、欧州統合の賛成派でもあるが、ウェールズ議会では約4分の1の議席を獲得している。ウェールズの独立を求める声は、2014年に行われたスコットランド国民投票で独立派が敗北した直後に僅か3パーセントにまで低下したが、イギリスのEU離脱によって経済的な打撃を受けるのは必至とされる中で、今後の動きが注目される。【ウェールズ―ベルギー】準々決勝でベルギーを破り、ファンとともに喜ぶウェールズの選手たち 2日にはウェールズのカーディフを含む2都市で、数百人が集まる集会が行われた。ウェールズは52パーセントを獲得した離脱派が勝利したが、「イギリスとしてどうなるのかといった話は散々聞かされたが、ウェールズがどう変わるのかといった情報がどこまで与えられていたのかは不明だ」と憤る市民が、ウェールズの独立とEUへの再加盟を目標にした国民投票の実施を呼びかけた。 ウェールズが実際に国民投票実施に向けて動くのかは微妙だが、イングランドとウェールズの間には歴史的なしこりも存在する。ウェールズではもともとケルト語から派生したとされるウェールズ語が使われていたが、13世紀にイングランドによる支配がスタートし、16世紀にイングランドに併合された。これを機にウェールズでは、母国語であるウェールズ語を話すことが禁じられ、ウェールズ人は英語の使用を強いられたのだ。18世紀から19世紀にかけて、ウェールズの学校では、ウェールズ語を使った生徒に見せしめとして「ウェールズ語禁止」と書かれた木版を首にかけ、教師による体罰が日常的に行われていたという記録も残っている。 そういった歴史的背景が存在したためか、ラウンド16でアイスランドがイングランドに勝利した瞬間、試合をテレビ観戦していたウェールズ代表のメンバーは試合結果に歓喜。宿舎でイングランドの敗退を喜ぶウェールズ人選手の姿はSNSで拡散され、のちにウェールズ代表の選手が記者会見で釈明に追われている。 EU離脱を選択したウェールズでは、非現実的とはいえ英国からの独立とEUへの再加盟を求める声も少なくないが、フットボールではユーロにあと数日は残留できるかもしれない。ウェールズのおとぎ話は7月10日まで続くのだろうか?

  • Thumbnail

    記事

    欧州屈指の「移民国家」ドイツ  代表の結束力が排外主義を黙らせる

    仲野博文(ジャーナリスト)【第九回 準々決勝 Match47 ドイツ対イタリア】  ラウンド16でスペインを破ったイタリアが準々決勝でドイツとぶつかる。2試合続けて決勝戦のような組み合わせに直面するイタリアの不運にも同情するが、対戦相手のドイツはスペイン同様に、相撲で例えるならば様々な国際大会で実績を出し続ける「横綱」だ。ゴールキーパーから前線の選手まで、各ポジションにワールドクラスの選手が揃い、チームの士気も高い。 常にどの時代もサッカー大国として君臨し続けてきたイメージが強いドイツだが、90年代半ばには主力選手の高齢化が指摘され、代表チーム内の若返りに苦労した時期も存在する。1996年にイングランドで行われた欧州選手権では、東ドイツ出身で超攻撃的リベロとして知られたマティアス・ザマーや、その年の2月に代表でデビューしたばかりのオリバー・ビアホフといった選手の活躍もあって、見事に優勝している。 しかし、ザマーの負傷によって当時すでに37歳だったローター・マテウスが代表に復帰した1998年のワールドカップでは、準々決勝でクロアチアに0-3で完封負け。39歳になったマテウスが招集された2000年の欧州選手権では、グループリーグで1勝もあげることができず、3試合でわずか1得点。グループリーグ最下位で大会を去っている。 2000年の欧州選手権に出場したミヒャエル・バラックは、2010年までドイツ代表の中心選手として活躍した中盤の名手だ。ある時期からバラックは伝説的名手ベッケンバウアーのニックネームをもじって、「小皇帝」という愛称で呼ばれるようになったが、皇帝ではなく小皇帝だったためか、国際大会で優勝することは一度もなかった。口の悪いサポーターはバラックをシルバーコレクターと揶揄するが、バラックが代表の中心であった時期に、ドイツ代表が再び国際大会で準決勝や決勝の常連に返り咲いたのも事実だ。【欧州選手権準々決勝 ドイツ―ポルトガル】積極的に攻撃参加したドイツMFミヒャエル・バラックは後半16分、ヘッドでダメ押しの3点目を決めた。ドイツは3-2で勝利しベスト4へ進出した=2008年 バラック抜きで挑んだ2010年のワールドカップでは3位。2012年の欧州選手権では準決勝進出。そして、2014年のワールドカップでは準決勝でホスト国のブラジルを7-1というスコアで粉砕し、決勝戦では途中出場したマリオ・ゲッツェの決勝ゴールでアルゼンチンに勝利。24年ぶり4回目の優勝を飾った。余談になるが、当初バラックは2010年のワールドカップ出場が確実視されていたが、当時プレーしていたイングランド・プレミアリーグの試合で、後述するケビン・プリンス・ボアテングに足を踏みつけられた際の負傷が原因となって南アフリカ行きを断念したというエピソードが残っている。 シルバーコレクターで終わったバラックには申し訳ない話だが、バラックが代表から離れてからのドイツ代表は、世代交代も上手く行われ、選手層も充実したチームになった。もちろん、これは決してバラック個人の責任ではない。2010年のワールドカップに出場したドイツ代表チームのメンバー23人のうち、実に11人がドイツ以外の国にルーツを持つ選手だったのだ。 以前からドイツ代表には、ドイツ以外の地域にルーツを持つ選手が何人もいた。日本でもプレーしたピエール・リトバルスキーはロシア系で、90年代にバイエルン・ミュンヘンと代表で活躍したメーメット・ショルはトルコ系だった。ベルギーやフランスのリーグで得点王に輝き、1974年にドイツ初の黒人選手(当時は西ドイツ)として代表に召集されたエルヴィン・コステデは、ドイツ駐留米軍兵士の父とドイツ人の母との間に生まれた選手であった。 ドイツといえば、労働目的で一時的にドイツに滞在する「ガストアルバイター」制度のイメージが強いが、実際には数多くの移民を受け入れている国だ。各国からドイツにやってきた移民の子供たちがドイツでサッカーを始め、才能のある若手はやがてプロの世界に入っていく。ほぼドイツ人の両親のもとで生まれた選手のみで構成されていた代表チームは、ドイツ以外の地域にルーツを持つ選手の活躍が顕著になったこともあり、新しい戦力を代表に加えることが可能になった。これにより、選手層も厚くなり、世代交代での悩みが大きく解消されたのだ。 ドイツが移民大国であることはデータでも証明されている。国連が2015年に発表した各国の移民の数に関する調査結果によると、ドイツには現在900万人以上の移民が暮らしており、国民全体の約12パーセントがドイツ国外にルーツを持つとされている。これには難民としてドイツにやってきた人たちも含まれているが、ドイツよりも多い移民を抱える国はアメリカとロシアだけだ。現在のドイツ代表にも移民の息子は多いが、ヨーロッパ中で問題となっている難民流入問題やテロ事件も影響して、異なるルーツを持つ選手への嫌がらせが右翼政党関係者から出始めている。ボアテングに対する発言にドイツ中から非難の嵐ボアテングに対する発言にドイツ中から非難の嵐 今回の欧州選手権でも活躍が期待されるドイツ代表で、長年にわたってディフェンスの要として活躍しているジェローム・ボアテング選手はベルリン生まれだが、アフリカのガーナにルーツを持つ選手だ。ファンからの人気も高いボアテングに対し、ドイツの右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」のアレクサンダー・ガウランド副党首が5月29日にドイツメディアのインタビューの中で、「ドイツ人は選手としてのボアテングを称賛するが、隣人としては迎え入れたくないはずだ」と発言。この発言に対して、ドイツ中から非難の声が湧き上がり、メルケル首相の広報官も「品性のない発言だ」との声明を発表。間もなくして、フラウケ・ペトリー党首は謝罪に追い込まれた。 ガウランド氏の発言がメディアによって伝えられた5月29日、ドイツ代表は南部アウグスブルグにスロバキア代表を迎え親善試合を行ったが、スタジアムに集まった多くのファンが「ボアテング、ぜひ我々のお隣さんになってください」と書かれた横断幕を持ち、ボアテング選手を支持した。決勝トーナメント1回戦スロバキア戦で代表初ゴールを決めたDFジェローム・ボアテング ボアテングの兄で、現在はイタリアのACミランでプレーするケビン・プリンス・ボアテングも数年前に差別的なチャントに直面している。2013年1月、ACミランはミラノ近郊のブストアルシチョを拠点とする4部リーグのクラブと練習試合を行った。試合開始直後から、地元の観客がボアテングや他の黒人選手に対して差別的なチャントを続け、前半25分に止まないチャントに憤慨したボアテングがボールを観客席に向かって蹴り入れ、そのままピッチを後にした。ミランのチームメイトもボアテングの行動を支持し、ピッチから引き揚げ、練習試合はわずか25分で終了している。 この事件から間もなくして、マンチェスター・シティでプレーするベルギー代表のヴァンサン・コンパニは、「ああいった人種差別主義者には、選手側も非寛容な態度でのぞむべきではないか? あいつらに知らしめる必要があると思う。ミランの行動に敬意を表したい」とツイートし、ボアテング選手らの行動を支持したが、試合中のファンによる差別的な行為がヨーロッパサッカーにおいて日常茶飯事となっているのも事実だ。 スタジアムやピッチから人種差別をなくそうという動きは、ヨーロッパ各国で現在も取り組まれており、ブンデスリーガのクラブチームの中にはウルトラと呼ばれる熱狂的なサポーター集団が主体となって、反ユダヤ主義や黒人差別をなくすことを目的とした勉強会を行うケースもある。しかし、差別撤廃の動きは完全に機能しているわけではない。 景気の停滞や難民問題に直面したヨーロッパで、右派勢力の台頭が著しい国では、前述のジェローム・ボアテングのように外国にルーツをもつ選手の肌の色や信仰が標的にされる傾向が強い。欧州選手権のメンバーにも入っているメスト・エジルはトルコにルーツを持つ移民3世だが、イスラム教徒として5月中旬にメッカ巡礼をした際に、その様子をインスタグラムに投稿。これに噛みついたのが前述のAfD関係者で、エジルのメッカ巡礼の写真を「反愛国的なシグナル」と非難して、物議を醸した。AfDは5月に行われた党大会で、イスラム教を「ドイツ社会の一部ではない」として、反イスラム政策を採択したばかりだった。移民国家の象徴となったドイツ代表移民国家の象徴となったドイツ代表が右傾化が危惧される社会に寛容性の大切さを訴える 繰り返されるテロ事件なども影響して、ドイツでもイスラモフォビアと呼ばれるイスラム教徒の排除を求める動きが目立つようになった。ドレスデンに本部を置き、ドイツ各地でイスラム教徒の移民受け入れに反対するデモを繰り返す反イスラム団体「ペギーダ」は、パリの事件後にSNSを中心にメルケル政権の移民・難民政策を刺激し避難。2014年には、ペギーダ主催の反イスラム集会の参加者はわずか数百人であったが、最近では1万人を超える集会も珍しくなくなった。決勝トーナメント1回戦スロバキア戦で空中戦を繰り広げたドイツ・MFトーマス・ミュラー(左) ペギーダほど差別的な主張は控えているものの、AfDの支持率も上昇している。難民受け入れをめぐる議論が続くなかで支持率を伸ばしていたこの政党は、フランスのパリで昨年11月に発生したテロ事件の数日後にドイツ国内で行われた世論調査で、支持率が初めて二ケタ台に到達した。 ケルン在住のジャーナリストで、ドイツの公共放送でラジオニュースを担当するニコラス・フィッシャー氏は、難民問題が深刻さを増した今年2月、ドイツ国内で台頭する右派勢力の存在について語ってくれた。残念ながら、AfD支持者はまだまだ増える様子だ。 「難民問題を抱えるヨーロッパ諸国で極右政党の台頭が目立つようになっているが、残念ながらその傾向はドイツにも存在する。保守政党の『ドイツのための選択肢』は議会で約12%の議席を確保しており、極右政党NPD(ドイツ国家民主党)の支持者も一定数いる。メルケル政権の難民政策が生活に直接影響する考えたNPD支持者の一部は、AfDに鞍替えを始めている」 国内の右傾化が懸念されるなか、「移民国家ドイツ」の象徴でもある現代表チームを応援するドイツ人は多い。今大会に出場する選手のルーツも様々だ。ポーランド、ガーナ、トルコ、アルバニア、チュニジア、コートジボワール、セネガル、ロシア…。右派政党の挑発など軽く跳ね返すチーム内の団結力と、社会の多様化に賛同する多くのサポーターの後押しで、ドイツ代表はユーロの対戦相手だけではなく国内に台頭し始めた排外主義も蹴散らすだろう。

  • Thumbnail

    記事

    英EU離脱で激化 「憎悪犯罪」の標的にされるポーランド人移民

    仲野博文(ジャーナリスト)【第八回 準々決勝 Match45 ポーランド対ポルトガル】 準決勝進出をかけて、30日にマルセイユで対戦するポーランドとポルトガル。ともにカトリック社会として知られているが、ローマ・カトリック教会の総本山であるバチカン市国にもフットボールの代表チームはある。バチカンがワールドカップや欧州選手権に出場する可能性は、ジブダルタルやフェロー諸島よりもはるかに低く、今後もまず無いだろう。しかし、各国からやってきた神学生で構成されたチームによってフットボールの国別対抗戦も行われるほど、バチカンにもフットボール好きは少なくない。 バチカンではヨハネ・パウロ2世が教皇だった2000年、「スポーツを通じてキリスト教コミュニティに活力を授ける」という目的でスポーツ省が設立された。クリケットを中心とした幾つかのチームが精力的に活動を行っているが、その中心はやはりフットボールだ。 人口わずか830人のバチカンだが、フットボールのバチカン代表はすでに何度か国際試合も行っている。FIFA(国際サッカー連盟)には加盟していないものの、これまでに公式戦を3度行い(相手は全て同じFIFA非加盟国のモナコだった)、1分け2敗という成績に終わっている。職務期間のみ居住権が与えられるという特殊な事情があるため、長年にわたってバチカン代表を引っ張る選手はスカウトできず、スイス傭兵とバチカン美術館の警備員がチームの「主力選手」となっている。 2010年にはイタリアサッカー屈指の名将として知られるジョバンニ・トラパットーニ氏を1試合限定でバチカン代表の監督に招聘。バチカン内部のフットボール熱は高く、過去には「ローマに留学中のブラジル人神学生を集めて代表チームを作れば、戦力は格段にアップする」といった議論がバチカン内部で真剣に行われたという報道もあったほどだ。 バチカン代表の創設に大きな役割を果たしたポーランド出身のヨハネ・パウロ2世は、少年時代にフットボールの虜になり、ゴールキーパーとしてプレーしていたというエピソードが残っている。1938年の夏、当時18歳だったカロル・ヴォイティワ(ヨハネ・パウロ2世の出生時の名前)は、大学に進学するためにポーランド南部のクラクフに移り住む。 同じ時期、ポーランドはフットボールの強豪国となるチャンスをつかもうとしていた。1938年にフランスで開催されたワールドカップに出場したポーランドは、初戦でブラジルと対戦。ブラジルは4得点を挙げたが、ポーランドも試合終了間際に4点目となる同点弾を決め、試合は延長戦へ。当時「黒いダイヤモンド」と呼ばれたストライカーのレオニダスの2ゴールで、ブラジルが6-5で試合を制したが、ポーランドの底力とこれからの可能性を如実に物語った試合内容であった。しかし、翌年にドイツ軍がポーランドに侵攻し、ポーランドはフットボールどころではない状態に直面してしまったのだ。大国に翻弄され続けたポーランド大国に翻弄され続けたポーランド 現在のウクライナと似ているが、地理的にドイツやロシアといった大国に挟まれたポーランドは、常に大国の思惑に翻弄され続けてきた歴史を持つ。10世紀にはすでに王国として認知されていたポーランドは、17世紀にポーランド・リトアニア共和国として繁栄期を迎えたが、18世紀にはドイツ(プロイセン)、オーストリア、ロシアによって国土が分割という形で奪われて消滅。 19世紀初頭、プロイセンに勝利したフランスの皇帝ナポレオンは、割譲された領土にワルシャワ公国を作ったが、1815年には再びロシアとプロイセンに分割された。第2次世界大戦勃発直後には、ドイツとソ連との間でポーランドを分割して占領する取り決めが交わされ、20世紀に入ってもポーランドは周辺国の政治的な駆け引きに翻弄されていたのだ。 国土の分割や消滅を何度も経験したポーランド人の中には、生まれ育った土地を離れて国外に新天地を求める者も少なくなかった。ポーランドにおけるディアスポラ(民族の離散)は非常に規模が大きく、ポーランドにルーツを持つ人の数は世界中で2000万人を超える。母国を離れたポーランド人の多くは、ヨーロッパの他の国に移住したが、珍しいものとしてはポーランド系ハイチ人のケースがある。1802年にカリブ海の島国ハイチで、宗主国フランスに対して地元住民が反乱を起こした。反乱を鎮圧する目的でナポレオンは5000人のポーランド人で構成された部隊をハイチに送ったが、ハイチ人に共感したポーランド人兵士の中には地元住民の側につき、そのうちの数百人はそのままハイチに定住した。英国民投票の結果判明後、ロンドンの路上で離脱派(左)とすれ違う残留派の女性=6月24日 19世紀後半には、移民の受け入れに積極的だったアメリカやカナダを目指すポーランド人が激増。現在、ポーランド系アメリカ人は1000万人以上いるとされており、シカゴはポーランド国外で最大のポーランド人コミュニティとなっている。ポーランド系アメリカ人協会が2000年に行った調査では、シカゴだけでポーランド語を話す人(バイリンガルも含む)が18万人以上いたことが判明している。また、第二次世界大戦の戦火を逃れたポーランド人の中には、パキスタンや南アフリカ、イスラエルなどに移住した人も多い。 21世紀に入ると、戦争以外の理由でポーランドを離れる人が急増する。2004年にポーランドはEUに加盟した。加盟国間における労働の自由が保障されていたため、若者を中心とした多くのポーランド人が西ヨーロッパを目指した。また、安価な労働力を求めていたイギリスやドイツ、アイルランドといった国はポーランド人労働者を積極的に受け入れ、2004年以降に他国に渡ったポーランド人は200万人を超えている。最も多くのポーランド人が移り住んだのがイギリスで、ワシントンポスト紙は28日、イギリス国内で暮らすポーランド人は推定85万人になると報じている。イギリス経済に貢献してきたポーランド人だが、EU離脱を問う国民投票を境に、イギリス国内で嫌がらせを受けるケースが急増している。ポーランド系移民がヘイトの標的にポーランド系移民がヘイトの標的に 残留派と離脱派が最後まで拮抗した状態で23日に行われたイギリスのEU離脱を問う国民投票。開票直後は残留派のリードが伝えらえたが、離脱派が徐々に勢いを見つけ、最終的に離脱派が約1741万票、残留派が約1614万票という結果に。120万票以上の差をつけて離脱派が勝利し、イギリスはEUからの離脱を選択した。国民投票の結果はイギリス国内にも社会的な分断状態を生み出し、欧州各国にくすぶる反EU気運が高まる可能性も懸念されている。 離脱派が国民投票で勝利を収めた直後から、イギリス国内ではポーランド系を中心とする東欧出身者に対するヘイトクライムが前月比で50パーセント以上増加。ロンドン西部ハマースミスにあるポーランド社会文化協会の建物では、壁に書かれた差別的な落書きが26日に発見され、地元の警察当局はヘイトクライムとして捜査を開始している。また、イングランド東部のハンティントンという町でも国民投票後に英語とポーランド語で「ポーランド人はいらない」と書かれ、ラミネート加工まで施されたカードが多数ばらまかれる事件も発生した。「雇用を奪われた」と憤るイギリス人には申し訳ないが、勤勉なことで知られるポーランド人を諸手を挙げて歓迎したのはイギリス社会ではなかっただろうか?ユーロ2016 ポーランド-ウクライナ。先制ゴールを決めて喜ぶヤクブ・ブワシュチコフスキらポーランドの選手=6月21日 ポーランドは決して安価な労働力の供給源だけではない。前述のヨハネ・パウロ二世だけではなく、様々な分野でポーランドは世界に名を残す人材を輩出してきた。科学の分野ではコペルニクスやマリー・キュリー。音楽ではショパン、映画ではワイダやポランスキーといった名監督がポーランド出身だ。フットボールの世界でも、過去には俊足ウイングのラトーや司令塔のデイナ、80年代前半にイタリアのユベントスで活躍したドリブルの名手ボニエクといった面々が多くのフットボールファンを魅了した。攻撃陣に世界的名手の多いポーランド代表のDNAを継ぐのは、フォワードのロベルト・レヴァンドフスキだろう。 ワルシャワ生まれの27歳のストライカーは、2010年にドイツのボルシア・ドルトムントに移籍して以来、ブンデスリーガで数多くのゴールを記録してきたが、2014年に加入したバイエルン・ミュンヘンで得点力がさらに覚醒。2015/2016年シーズンには、32試合のリーグ戦出場で30ゴールを挙げている。昨年9月22日に行われた対ヴォルフスブルグ戦では、途中出場にもかかわらず、8分59秒の間に5ゴールを叩きだした。最初の3ゴールにかかった時間はわずか4分。これはブンデスリーガの最短ハットトリック記録となっており、同様に途中出場の選手による5ゴールもブンデスリーガ史上初となるものであった。 大国に挟まれていなければ、ポーランドはもっと発展していたかもしれない。それはフットボールも同じだ。1938年のワールドカップと同じく、今回の欧州選手権もフランスで開催されている。ポーランドの粘り強さと攻撃力をポルトガル戦で目の当たりにすることを、世界中の「ポーランド人」が期待している。

  • Thumbnail

    記事

    個を凌駕する結束力! 小国が成し遂げた必然のジャイアントキリング

    河治良幸(スポーツジャーナリスト)【決勝トーナメント1回戦】イングランド1-2アイスランド 大会前の下馬評から考えれば“ジャイアントキリング”。しかし、試合内容としてはアイスランドの必然の勝利だった。とはいえ開始4分にFWウェイン・ルーニーのPKでイングランドに先制ゴールがもたらされた時には多くの人が「アイスランドの勝利は難しい」と思ったかもしれない。同点ゴールを決めて喜ぶアイスランドDFのラグナル・シグルドソン(右端)ら 昨日のドイツ×スロバキアやハンガリー×ベルギーの結果からも分かる通り、“強者側”がリードするというのは“弱者側”にとって厳しい状況を意味する。しかし、ピッチに立つアイスランドの選手たちは違っていたのかもしれない。すぐに意識を切り替え、優位に立ったイングランドの隙を逃さなかったからだ。イングランドの先制シーンからアイスランドの同点までを少し詳しく振り返りたい。 立ち上がりからボールを保持してチャンスをうかがうイングランドに対し、アイスランドはコンパクトなブロックを押し上げてプレッシャーをかけるが、右サイドの引いた位置でFWダニエル・スターリッジがボールを持つと、逆サイドのFWラヒム・スターリングが斜めに走り、アイスランドDFラインの合間を突いた。DFビルキル・サエバルソンの裏に抜け出したスターリングを前に出たGKハネス・ハルドルソンが倒してしまいPKに。これをイングランド主将のMFウェイン・ルーニーが右足で冷静に決めた。 歓喜に沸くイングランドの選手とスタンドのサポーター。しかし、その直後にアイスランドは高い集中力を発揮する。ロングフィードから敵陣右でのスローインを獲得すると、オーストリア戦で同点ゴールを演出した主将のアロン・グンナルソンがタッチラインに駆け寄り、素早くロングスローを投じた。通常より短い距離でニアサイドに落下したボールをDFカーリ・アルナソンが待ってましたとばかりに頭でゴール方向にすらす。するとタイミング良く飛び込んだDFラグナル・シグルドソンがスライディングの右足ボレーで同点ゴールを叩き込んだ。 具体的な要因としてはグンナルソンのロングスローに対してアイスランドの選手たちがしっかりイメージを共有して、ゴール前の局面でイングランドの守備を上回ったことだが、明暗を分けたのはイングランドのゴールが決まった直後の集中力だろう。イングランドの選手たちはオーソドックスに持ち回りのエリアにポジションを取ってはいたが、ロングボールの競り合いにしても、タッチラインを割った直後のロングスローの対応にしても動きに緩みが生じてしまっているように見えた。ニアサイドでアルナソンに先に触られてしまったルーニーしかり、ラグナル・シグルドソンの飛び出しに反応が遅れたDFカイル・ウォーカーしかりだ。何よりアイスランドがそこを逃さず同点ゴールに持ち込んだことが決定的だった。必然のジャイアントキリング 最高の入りになったはずが、最も悪いタイミングで追い付かれ、試合の波を逃してしまったイングランドに追い打ちをかけるアイスランドの逆転ゴールは12分後に生まれた。常にボールサイドに対して数的優位を作り、球際でタイトなコンタクトを実行するアイスランドは自陣左からのグンナルソンのロングスローをDFガリー・ケーヒルがクリアすると、こぼれ球を起点にダイナミックなパスワークでイングランドのゴールに襲いかかった。 DFラグナル・シグルドソンのサイドチェンジから、左サイドで受けたFWコルバイン・シグトルドソンがMFビルキル・ビャルナソンとのパス交換で中央に流れてグンナルソンにボールを戻す。そこから右サイドに大きく展開すると、サエバルソンがスターリングを引き付けてMFヨハン・グドムンドソンにリターンパス。そこから前に出て来たDFダニー・ローズのタックルをかわし、左足でバイタルエリアのMFギルフィ・シグルドソンにパスが通る。試合に敗れ仲間を励ますルーニー(AP) そこからFWヨン・ダディ・ボドファルソン、シグトルソンとつなぎ、ケーヒルのタックルをかわして右足でミドルシュート。グラウンダーの鋭い弾道はGKジョー・ハートの伸ばした手を弾き、ゴールに吸い込まれた。この時点で残り時間は70分以上あったが、ここからアイスランドが鉄壁の守備を見せ、逆にイングランドは連動性を欠いてしまい、単独の仕掛けなど強引な攻撃が目立つようになる。しかも、アイスランドは自陣に引いて守るだけでなく、ボールを持てば効率よくサイドでボールを運び、時にイングランドを上回るチャンスメークで相手の攻勢をそいだ。 イングランドのロイ・ホジソン監督は後半の立ち上がりから中盤にMFジャック・ウィルシャーを投入して効果的な縦パスの起点を増やそうとするが、ギルフィ・シグルドソンとグンナルソンのプロテクトするアイスランドのディフェンスはなかなか崩れない。60分にはレスターのプレミアリーグ優勝を牽引したFWジェイミー・ヴァーディーを入れて前線のターゲットを増やすものの、ラグナル・シグルドソンを中心としたアイスランドの守備は堅固さを強め、強引に枠内を襲ったシュートも守護神ハルドルソンに阻まれた。 最後はついにルーニーを下げて18歳の新鋭ラッシュフォードに望みが託されるが、イングランドが怒濤のパワープレーを見せた後半アディショナルタイムもアイスランドのゴールは破られることがなく試合終了した。走行距離でもイングランドを4キロも上回ったアイスランド。大会前の下馬評から見れば“番狂わせ”の結果だが、チームとしての高い結束力と戦術クオリティーで勝ち上がってきた“北の小国”による必然のジャイアントキリングだった。

  • Thumbnail

    記事

    怒濤の4発!ハンガリーを一蹴したタレント軍団ベルギーの「個の力」

    河治良幸(スポーツジャーナリスト)【決勝トーナメント1回戦】ハンガリー0-4ベルギー F組を1勝2分の1位で突破し、グループリーグ最大の驚きを提供したハンガリーとFIFAランキング2位で優勝候補の一角におされるベルギーの対戦は終わってみれば0-4という大差が付いた。結果を見れば「ベルギーの圧勝」だが、内容的にはハンガリーが健闘したと言える。言い換えるなら、ベルギーが難しい相手に対して持ち前の“決定力”を発揮した形だ。 “決定力”を簡単に表現するならばチャンスに高い確率で決めるか決めないか。トータルで25本のシュートを記録し、そのうち14本が枠内だった。40歳のハンガリー守護神ガボル・キラーイに阻止されたシーンも多かったが、チャンスに正確なシュートを放っている証拠だ。ハンガリー戦で得点を生んだのはセットプレーとカウンターだ。【ベルギー-ハンガリー】ベルギーのMFフェライニとFWミララス、バチュアイ(左から) 1点目はFK。左サイドのボール回しからMFケビン・デ・ブライネが仕掛けようとしたところでDFアダム・ラングのファウルを受けた。ペナルティボックスの左斜め後ろからのFKをデ・ブライネが自ら右足で蹴ると、ファーサイドから飛び込んだDFトビー・アルデルヴァイレルドが豪快にヘッドで合わせてGKキラーイの反応を破った。10分という早い時間帯の先制点のベースにはデ・ブライネの正確なキックに加えて、一人ひとりの対人能力がある。 ペナルティエリア内でFKのターゲットになった選手は186cmのMFアクセル・ヴィッツフェル、190cmのDFトマ・ムニエ、189cmのDFヤン・フェルトンゲン、190cmのFWロメル・ルカク、そして186cmのアルデルヴァイレルドだった。5人とも長身であり、コンタクトプレーに滅法強い選手たちだ。ハンガリーは横一列のラインDFで対応しようとしたが、直接ボールを競らない選手の動き出しに引っ張られて、ボールの落下地点に飛び込んだアルデルヴァイレルドをフリーにしてしまっている。“個の力”の圧力 “個の力”には色々な要素があるが、ベルギーはテクニック、スピード、パワー、高さといったあらゆる要素がEURO参加国でもハイレベルにある。結果的には直接ボールに触らない選手も含めた“個の力”の圧力が局面で相手選手にのしかかっているということだ。この早い時間のゴールからベルギーが前半のうちに爆発する展開も予想できたが、徐々にベルギーの圧力に慣れたハンガリーがボールをサイドに散らしてチャンスにつなげ、しばらく一進一退の攻防が続いた。後半の途中まではハンガリーの惜しいチャンスが続く時間帯もあったが、そのムードを打ち砕いたのが76分に投入されたFWミッチー・バチュアイだった。 相手のゴールキックをMFラジャ・ナインゴランが拾い、横パスを受けたヴィッツェルが前方のFWエデン・アザールに縦パスを付けると、DFラインの背後に走る途中出場のFWヤニック・カラスコに正確な縦パスが通る。そこからカラスコがシュートに持ち込もうとしたところでDFタマシュ・カダルにクリアされ、ベルギーがCKのチャンスを得た。再びキッカーはデ・ブライネ。右のコーナーからボールを蹴ると、ニアサイドの相手MFネマニャ・ニコリッチがヘッドで当てたボールはファーサイドの後方に流れる。 そのボールを拾ったアザールが同サイドにいたヴィッツェルとフェルトンゲンの動きに釣られたDFの裏へボールを蹴り出し、自ら追い付くと間髪入れずに左足でグラウンダーのクロスを中に入れる。そこにタイミング良く出たバチュアイがフリーで右足に合わせ、待望の追加点を奪った。セットプレーの二次攻撃からアザールのアイディアをフィニッシャーのバチュアイが共有した形だが、CKを獲得したカラスコといい、ベンチの選手層を見せ付けた形でもある。【ベルギー-ハンガリー】3点目を決め喜ぶエデン・アザール(左)=AP そして2分後にもたらされた3点目は鮮やかなカウンターから。ハンガリーの左からの仕掛けを跳ね返すと、後方から素早くボールをつないで中央のカラスコが受け、さらにデ・ブライネを経由して左のオープンスペースを走るアザールにボールが渡ると、ベルギーの10番は中に鋭く仕掛けて戻りながら対応する相手DFとMFの間を破り、右足の強烈なシュートをゴール右隅に叩き込んだ。相手に引かれた状況ではやや打開に苦しんでいたアザールだが、お膳立てが揃うとワールドクラスの能力を発揮する。そこに正確なパスでつなげた味方の展開も見事だった。 後半アディショナルタイム1分にあげた“ダメ押し”の4点目はハンガリーが最後まで諦めずに得点を取りにきたところで、前掛かりになった背後を再びカウンターで突いたもの。デ・ブライネのスルーパスをDF裏に加速しながら受けたカラスコのフィニッシュは見事だった。ただ、FWのバチュアイと攻撃的MFのデ・ブライネがボール保持者にプレッシャーをかけ、ミスパスをアンカーのヴィッツェルが奪って効果的な攻撃につなげる形はベルギーが常に狙っているもので、終盤にこうしたゴールが生まれたことは今後の戦いに向けても大きいだろう。 ベルギーの戦い方のベースにあるのは4-3-3のバランスを重視したオーソドックスなシステムを維持しながら“個の力”を最大限に発揮するスタイルだが、そこでパスの出し手と受け手のイメージやタイミングなど、ほどよいコンビネーションが合わさることで大きな推進力が加わる。そして目を見張るほど豪華なベンチを“闘将”ヴィルモッツ監督がどう生かしていくのか。まだまだ底知れない“不気味さ”を残しつつ、気鋭のタレント軍団はラウンド16で北アイルランドとの“バトル・オブ・ブリテン”を制したウェールズとの準々決勝に挑む。

  • Thumbnail

    記事

    イタリアを蝕む縁故主義 「アズーリ」のリアリズムが若者を救う

    仲野博文(ジャーナリスト) 第七回【ラウンド16 Match43 イタリア対スペイン】 4年前の決勝戦はスペインの圧勝ラウンド16で早くも実現した因縁の対決  欧州選手権も決勝ラウンドに入り、26日終了時点でポーランド、ポルトガル、ウェールズ、ベルギー、ドイツ、フランスの6カ国が準々決勝進出を決めている。いくつものサプライズが一方のサポーターを歓喜させ、同時に相手サポーターを落胆させた今大会。グループリーグ3戦目のクロアチア戦でまさかの逆転負けを喫したスペイン代表は、勝ち点6でグループリーグを2位で通過。その結果、ラウンド16でイタリアと対戦することになった。【EURO2008準々決勝】イタリアのMFデロッシのキックを横っ飛びでスーパーセーブするスペイン・GKカシージャス。スペインが4-2でPK戦を制し、24年ぶりの準決勝進出を決めた(ロイター)  「生ハムとフットボールは間違いなくスペインの方が上だ。イタリアが汚い手を使わなければ、スペインはいつでも試合に勝っていたと思うよ」  スペイン北東部のサラゴサ出身で、現在はカナリア諸島で暮らす医師のフランシスコ・サンチェスさんは、イタリアとのライバル関係を尊重していると前置きした上で、タレント揃いのスペイン代表の選手がイタリアの汚いプレーに潰されないか不安だと語る。  ハモンセラーノとプロシュットに甲乙付け難いのと同じように、スペインとイタリアのフットボールも、代表チーム間では互角の成績を残している。スペインとイタリアの代表チームによる対戦の歴史は古く、初めての試合は1920年に行われている。その後の96年間で両国は親善試合を含めて34回対戦し、10勝10敗14引き分け。27日にパリ近郊サンドニにあるスタット・ド・フランスで行われるイタリア対スペインの試合は、両国にとって35回目の顔合わせとなるが、最後に笑っているのはどちらのチームなのだろうか。  決勝や準決勝で実現してもおかしくない好カードだが、実際にイタリアとスペインは4年前にウクライナのキエフで行われた欧州選手権の決勝で対戦しており、試合はスペインが4ゴールでイタリアを粉砕している。「アメリカでの恨みを晴らせた気がして、スカッとした」と、サンチェスさんは試合後に1994年のアメリカ大会の事件を思い出したのだという。  1994年にアメリカで行われたワールドカップの準々決勝でイタリアはスペインと激突。87分にエースのロベルト・バッジョがゴールを決めてスコアを2-1にしたイタリア代表は残り時間を鉄壁の守備で逃げ切ろうとしたが、準決勝進出をあきらめないスペイン代表は最後の力を振り絞って猛攻を開始。ゴール前に侵入したルイス・エンリケ(現バルセロナ監督)は右サイドから放り込まれたクロスに反応したが、当時ACミランでプレーしていたディフェンダーのマウロ・タソッティがエンリケの顔面に肘打ちを食らわせ、エンリケはその場に倒れこんだ。顔面から流血したエンリケやスペイン代表の選手達は主審に猛抗議したが、ファールは認められず、PKを得ることのできなかったスペイン代表は後味の悪い形で大会を去った。  顔面から流血していたエンリケだが、試合後に鼻を骨折していたことが判明。試合が米東部ボストン近郊で行われたためか、スタジアムに集まった5万人以上の観客のほとんどがイタリア系アメリカ人やイタリア人で(マサチューセッツ州やロードアイランド州、ニューヨーク州、ニュージャージー州にはイタリア系アメリカ人が多く住む)、事実上イタリアのホームゲームとなった会場の雰囲気に主審が飲み込まれてしまったという説もあるが、真相は現在も不明だ。タソッティは試合後にFIFAから8試合の出場停止処分を下されている。  エンリケはその後、イタリアで監督としてASローマを指揮した。2014年にバルセロナの監督に就任し、2シーズン連続でクラブをリーグ優勝させている。エンリケが肘打ちを食らった試合では、イタリア代表の中盤の選手としてアントニオ・コンテが出場していたが、イタリア代表監督として27日のスペイン戦に挑む。タソッティはラウンド16でイタリアがスペインと対戦することについて、「スペインのクラブチームの活躍は華々しいが、代表チームは下り坂に来ていると思う」と地元メディアにコメントしているが、35回目の「因縁の対決」はどちらに軍配が上がるのだろうか。新興政党「五つ星運動」を若者が支持する理由 ローマに誕生した初の女性市長新興政党「五つ星運動」を若者が支持する理由  イタリア代表が欧州選手権で順調に勝ち星を重ねていた頃、本国では政治に大きな動きがあった。19日にイタリアで行われた統一地方選挙。首都のローマでは、反EUの姿勢を明確に打ち出した弁護士で前ローマ市議会議員のビルジニア・ラッジ氏が市長選に当選し、ローマ初となる女性市長が誕生した。ラッジ氏は2009年に誕生した新興政党「五つ星運動」に所属しており、北部の工業都市トリノでも同党所属の女性候補が市長選挙で勝利を収めている。  ツイッターで200万人以上のフォロワーを持つコメディアンのベッペ・グリッロ氏によって作られた「五つ星運動」は、イタリア社会に現在も深く根付く汚職や縁故主義を一掃することを政策に掲げているが、同時にヨーロッパ統合に反対する「ユーロスケプティシズム(欧州懐疑主義)」のイタリアにおける旗手的存在でもある。ローマ市長選で当選し、記者会見に臨むビルジニア・ラッジ氏=6月20日、伊ローマ  ローマでは2014年に地元政界関係者とマフィアの癒着をめぐるスキャンダルが明るみになり、前市長も公費流用疑惑で辞任に追い込まれた。イタリアの伝統ともいえる縁故主義やそれにリンクした汚職に憤る市民の声を代弁する形で、「五つ星運動」は着々と支持基盤を拡大しており、2018年に行われる総選挙で台風の目となる公算が強まっている。仮に五つ星運動による政権が誕生した場合、イタリア国内でもEUと距離を取るべきとの声が強まる可能性があり、今後の動向にも注目が集まっている。  「五つ星運動」が多くの有権者の支持を得た理由は、長年にわたってイタリア社会を蝕む病巣とされてきた縁故主義(ネポティズモ)や汚職の一掃を指針として明確に打ち出し、実行しようとしているからだ。イタリアのネポティズム文化はフットボールよりもはるかに長い歴史を持っており、社会に深く根付いてしまった慣習を一掃するのは無理だという声の方が多いのも事実だが、ネポティズムをはっきりと否定する政党が急速に支持を得るところに、イタリア社会に充満するフラストレーションを垣間見ることができる。  ネポティズモの語源は、ラテン語で「甥っ子」を意味するネポだ。中世ヨーロッパのカトリック社会では、上級の聖職者はかなりの権力を持っていたものの、教義上の理由から結婚や子作りは禁止されていた。自身が手にした権力を残したいと考えた当時のカトリック教会の有力者の間で、甥っ子を実質的な後継者に仕立て上げる習慣が定着し、そこからネポティズモという言葉も世間に広まったと伝えられている。中世にカトリック教会内部で始まった縁故主義は、やがてイタリア社会に広く定着するようになり、現代のイタリアでは若者の就職難を引き起こす原因の1つとされているのだ。若い才能の国外流出を引き起こしたネポティズモ 若い才能の国外流出を引き起こしたネポティズモ30万人以上の若者がイタリアを離れた年も  イタリアでは若者の就職難が長年にわたって大きな社会問題となっている。欧州委員会内で様々な統計を担当する部局「ユーロスタット」が2012年秋に発表したデータでは、若年層(15歳から24歳まで)の失業率でイタリアが約35パーセントに達していたことが判明した。EU加盟国の中で、若年層の失業率がイタリアより高かったのはギリシャとスペインのみで、ドイツにいたっては10パーセントを下回る結果となった。若者が仕事を見つけられない理由は各国によって異なるが、イタリアの場合は景気後退に加えて、ネポティズモが壁となって、高等教育を受けた若者でもコネなしでは希望する仕事に就くことが非常に困難な社会事情がある。英ガーディアン紙は2011年7月、母国に見切りをつけて、職を求めて国外に出たイタリアの若年成人が30万人程度と推定されると報じている。  ローマで建築士として働くクリスティアーノ・リッパさんも、先日の市長選挙でラッジ氏に投票したひとりだ。イタリアMFダニエル・デ・ロッシの入れ墨 「数年の政治経験しかない人物が、ローマという町をうまくコントロールできるかは分かりません。ただ、汚職や縁故主義に対してはっきりと戦う姿勢を見せてくれたことに、有権者はわずかな希望を抱いたのだと思います。汚職や縁故主義はイタリア社会の隅々にまで蔓延しているので」  2008年3月にイタリア最高裁はネポティズモを違法とする判決を下したが、現実世界では「ラッコマンダツィオーネ」と呼ばれる友人や知人の紹介・推薦が無ければ、希望する職に就くことは極めて難しい。フットボールの方がよっぽどフェアではないかという問いに、リッパさんは「そう思います」と答えた。  フットボールの世界は単純だ。才能のある選手はプロの道に進み、さらに才能の高い選手は活躍次第でスター選手に変わってゆく。イタリアを含めた多くのヨーロッパリーグは、ネポティズモが成功を約束してくれるほど甘くはない。カダフィ大佐の息子で、リビア代表でフォワードとしてプレーしたアル・サーディは2003年にセリエAに「挑戦」し、親の威光や財力を背景に2007年までペルージャやサンプドリアといったクラブに所属していた。しかし、4年間で出場した試合はたったの2試合で、大恥をかいてリビアに戻っている。  ネポティズモの存在を一瞬でも忘れることのできる代表の存在は、若いイタリア人サポーターにとっては大きなものだ。因縁の対決に一喜一憂しながら、多くのサポーターがアズーリに声援を送り続ける。

  • Thumbnail

    記事

    アイスランドとアイルランド「死の山」を崩した2つの奇跡的な勝利

    河治良幸(スポーツジャーナリスト)【グループF】アイスランド2-1オーストリア【グループE】イタリア0−1アイルランド グループリーグの最終日はE組とF組の4試合が行われた。E組はすでに勝ち点6を獲得したイタリアはE組1位での突破を決めていたが、4試合が始まる前の時点でトーナメント表の右ブロックにドイツ、スペイン、フランス、イングランドと優勝候補が出そろい、イタリアはラウンド16で大会二連覇中のスペインとの対戦が確定していた。 戦前の予想で優勝候補の一角にあげられていたベルギーとクリスティアーノ・ロナウドを擁するポルトガルも3試合目の結果によっては右ブロックに入る可能性を残しており、そうなれば史上稀に見る“死の山”が形成される。その流れを崩したのがアイスランドとアイルランドだ。チームワークを強みとする両国は大会におけるダークホース的な存在ではあったが、持ち前のチームワークに加えて確かな攻守のビジョン、そして最後まで諦めないスピリットでグループリーグ突破を決めたのだ。 先に試合が行われたF組ではハンガリーとポルトガルが壮絶な打ち合いで3-3と引き分け、ハンガリーが首位に。クリスティアーノ・ロナウドが2得点1アシストと活躍したポルトガルは何とか3位の上位でラウンド16に滑り込む形となったが、裏のカードではアイスランドが後半アディショナルタイム4分の劇的なゴールを決め、難敵オーストリアに2-1で勝利。この結果、アイスランドは2位となり、ラウンド16でB組2位のイングランドと対戦することになった。 4-4-2のフォーメーションをベースとするアイスランドはタレント力に勝るオーストリアに70%のボールポゼッションを許したものの、セントラルMFのギルフィ・シグルドソンとキャプテンのアロン・グンナルソンを中心に粘り強く自陣をププロテクとし、バイタルエリアから決定的なフィニッシュをさせず、攻めては素早いサイドアタックで屈強なセンターバック陣が構えるオーストリア陣内に攻め込んだ。アイスランドに先制ゴールがもたらされたのは18分。グンナルソンのロングスローからだった。右のタッチラインから思い切り良く両腕を振り抜くと、大きく弧を描いたボールがペナルティエリア内に落下する。ターゲットマンである190cmのDFカウリ・アルナソンが助走を取りながらタイミング良くジャンプして194cmのDFセバスティアン・プレードルに競り勝ち、左にボールを落とすと、FWヨン・ダディ・ボドファルソンがファーストタッチから大型MFユリアン・バウムガルトリンガーのタックルを制してゴールに流し込んだ。【アイスランド-オーストリア】スタンドのファンらと歴史的勝利を祝うアイルランドの選手たち 理想的な形でリードを奪ったアイスランドはオーストリアの迫力ある攻撃に耐えながら、時に鋭いカウンターで応戦する。しかし、後半スタートと同時に長身FWのマルク・ヤンコ、高い個人技を誇るMFアレッサンドロ・ショプフを投入する“二枚替え”を敢行したオーストリアにロングカウンターからショプフにドリブルで中央を破られ、最後はスライディングしながらの左足シュートを右隅に決められた。これで流れはオーストリアに傾いたが、アイスランドの守護神ハネス・ハルドルソンがMFマルコ・アルナウトビッチの強烈なシュートをスーパーセーブで防ぐなど、時に11人がペナルティエリア付近を固める全員守備で逆転ゴールを許さない。 このまま1-1で幕切れを迎えるかと思われた後半アディショナルタイムの4分。オーストリアの最後のパワープレーをしのいだ直後にドラマは待っていた。GKロベルト・アルマーが放り込んだロングボールをアルナソンがヘッドでクリアすると、右方向へのこぼれ球をMFビルキル・ビャルナソンが大きく前方のスペースに蹴り出す。そこからFWエルマル・ビャルナソンがボールを運び、グラウンダーのクロスに並走したFWアルノル・イングヴィ・トラウスタソンが滑り込みながら左足で合わせ、GKアルマーの伸ばした手を弾いてゴールネットを揺らした。2つの小国が成し遂げた快挙 人口33万人ほどの小国から大挙詰めかけた青いサポーターが一斉に歓喜の声をあげ、オーストリアの赤いサポーターは静まり返る。そのコントラストが両者の明暗を表していた。殊勲のゴールをもたらしたエルマル・ビャルナソンとトラウスタソンは終盤に投入された2人だ。その意味では経験豊富なラーシュ・ラガーベック監督の采配が的中した格好だが、何より全員でつかみ取ったゴール、そして勝利と言えるだろう。 最後に残されたE組では優勝候補のベルギーが今大会をもっての代表引退を表明したFWズラタン・イブラヒモビッチを擁するスウェーデンと対戦し、MFラジャ・ナインゴランの見事なミドルシュートで1-0と勝利。イタリアに次ぐ2位でのグループリーグ突破を決めた。しかし、多くのファンに驚きを提供したのはここまで2連勝のイタリアに挑んだアイルランドだ。【イタリア−アイルランド】イタリアから22年ぶりに金星を挙げて、初の決勝トーナメント進出を決めたアイルランド 先の戦いを見据えて大幅に先発メンバーを変更したイタリアに対し、名将マーティン・オニール監督が率いるアイルランドは相手のカウンターにも怯まず、サイドを起点として攻勢をかける。再三のチャンスになかなかゴールを割ることができなかったが、終盤の85分に右サイドでボールを持った技巧的なMFウェズ・フーラハンがゴール前に長めのクロスを送ると俊速のMFロビー・ブレイディがタイミング良く走り込んで、飛び出してきたGKサルバトーレ・シリグより一瞬早く頭で合わせた。これが決勝点となり、アイルランドはイタリアから実に22年ぶりの勝利を飾り、3位の上位として3度目のEURO出場で初の決勝トーナメントを決めた。 アイスランドとアイルランド。二つの誇り高き“小国”が成し遂げた快挙はすでに未来まで語り継がれる価値のあるものだが、彼らの戦いはまだ終わらない。アイスランドはイングランド、アイルランドは開催国フランスに対して奇跡的な“ジャイアントキリング”を果たすことができるのか。結果がどうなっても、この2カードの勝者が準々決勝で激突することになる。

  • Thumbnail

    記事

    王者スペイン不覚! ジャイアントキリングはなぜ起きた

    河治良幸(スポーツジャーナリスト)【グループD】クロアチア2―1スペイン クロアチアの“結束力”がスペインの“支配力”を打ち破った、そんな試合だった。 チェコ戦の終盤にゴール裏から複数の発煙筒が投じられ、中断後に同点ゴールを許したクロアチア。さらに“過激派サポーターグループ”から再犯の予告がされ、ものものしい状況で行われた試合はスペインが開始7分にモラタのゴールで先制した。中盤の組み立てから相手がクリアしそこねたボールを拾うと、ボールを受けたダビド・シルバが中央に流れながら左足でスルーパス。そこに二列目から右斜めに走るセスクがセンターバックのギャップを突いて抜け出し、最後は厳しい角度から飛び出してきたGKダビド・デ・ヘアの脇を破るボールを送ると、ゴール前に詰めたFWアルバロ・モラタが左足で鮮やかにネットを揺らした。 ボールポゼッションに優れるスペインが早い時間帯に理想的な先制ゴールをあげたことで、試合は一方的な展開になるかとも思われたが、ここからクロアチアの粘り強さと攻撃のクオリティが発揮される。追加点を狙うスペインに対して守備をプロテクトしながら、奪ったボールを素早く縦に運んでスペインのディフェンスに襲いかかる。14分にはデ・ヘアがバックパスを処理しようとしたところにFWニコラ・カリニッチがチェックしてボールロストを誘い、こぼれ球を拾ったMFイバン・ラキティッチがダイレクトでループシュートを放つが、GKの頭上を大きく越えたボールは惜しくもクロスバーを直撃した。【クロアチア―スペイン】後半、決勝のゴールを決めて喜ぶクロアチアのペリシッチ=ボルドー(AP) これまでのチェコやトルコより正確で幅広い組み立てから、ことごとく高い位置に起点を作るクロアチアはスペインに攻守の上下動を強いる。ポゼッションこそスペインが上回るものの、攻撃から守備の切り替わりで間延びする状況が生まれていた。クロアチアの攻撃が実ったのは前半もアディショナルタイムに差し掛かろうかという45分。モラタへのスルーパスをDFベドラン・チョルルカがカットしたところからスタートした。 自陣の深くまで守備に戻っていたMFミラン・バデリがMFセスク・ファブレガスのプレッシャーをかわして前のMFマルコ・ログに通すと、中盤までボールを運んで左にパス。駆け上がりながらボールを受けた左サイドバックのシメ・ブルサリコは外で待つイバン・ペリシッチを尻目にドリブルを仕掛ける。この試みはDFジェラール・ピケの勇猛なスライディングタックルに阻まれたが、セカンドボールは攻撃人数をかけるクロアチアの側に渡った。 そこから再びボールを持ったログは相手の守備を引き付けて左ライン際のペリシッチに展開。ここから縦に仕掛けるペリシッチを左サイドッバックのファンフランが阻止しにかかるが、ペリシッチは強引にクロスを入れる素振りから鋭く反転し、右足でゴール前に浮き球のクロスボールを入れた。大型MFのラキティッチがニアサイドで合わせようとすると、中盤から付いてきたセルヒオ・ブスケッツが競りかかるが、ボールは彼らのわずかに上を越え、落下したところにカリニッチが走り込んで後ろ回し蹴りのような右足のキックでゴールを決めた。 このシーンで秀逸だったのが、ゴールを決めたカリニッチの動きだ。左でチャンスが作られる間にわざと左センターバックのセルヒオ・ラモスと左サイドバックのジョルディ・アルバの間にポジションを取っておいて、手前のスペースからラキティッチがブスケッツと競りに行いった瞬間を見計らって、セルヒオ・ラモスの背後から手前に顔を出したのだ。この絶妙な動き出しによってGKのデ・ヘアも飛び出せず、屈強なセルヒオ・ラモスも対応が遅れた。自陣からの見事な組み立てとFWの見事なフィニッシュワークが噛み合うことで生まれた同点ゴールだった。ラウンド16でいきなり前回決勝カード 後半も細かいパスワークでクロアチア守備陣の隙間を突きにかかるスペインと、シンプルだが正確でダイナミックな展開を駆使して効率よくチャンスに持ち込もうとするクロアチアの攻防が繰り広げられた。スペインのデル・ボスケ監督は60分にMFブルーノ・ソリアーノ、67分には前線に高い決定力を誇るFWアンツ・アドゥリスを投入して打開をはかる。スペインにとって勝ち越しの大きなチャンスは72分に訪れた。MFアンドレス・イニエスタの浮き球のパスに飛び出したダビド・シルバがDFのブルサリコに倒されPKを獲得したのだ。 その数分前にはFWマルコ・ピアッツァがペナルティエリア内で倒されたが、ノーファウルで流されてしまったクロアチアとしては納得できない形のPKだったのだろう。ファウルしたブルサリコに加えて、主審にクレームを付けたキャプテンのDFダリヨ・スルナまでイエローカードを提示されてしまった。しかし、クロアチアにとって絶体絶命の危機を守護神が救う。GKダニエル・スパシッチはスペインのサポーターが占めるゴール裏からのプレッシャーを背負いながら、キッカーのセルヒオ・ラモスが蹴る瞬間に状態を右に倒し、両手でボールを弾き返したのだ。健闘を称えあうクロアチアのラキティッチ(左)とスペインのイニエスタ=ボルドー(ロイター) 仲間に抱擁されながら握りこぶしを作ったスバシッチ。このスーパーセーブがクロアチアの選手たちにさらなる勇気を与えたことは間違いない。終盤に差し掛かる82分にアンテ・チャチッチ監督は最初の交替カードを切り、若きテクニシャンのMFマテオ・コバチッチを投入する。対するスペインのデル・ボスケ監督もセスク・ファブレガスに代えMFチアゴ・アルカンタラを送り出すが、決勝ゴールに結び付けたのはクロアチアだった。 87分にアドゥリスのシュートをスルナが体を投げ出すブロックでしのいだクロアチアは裏のロングカウンターからピアッツァが素早く縦につなぎ、ハーフウェーでボールを受けたカリニッチがタイミング良く左に流すと、外を追い越すペリシッチがファーストタッチから前に持ち出し、ピケのタックルにひるむことなく左足を振り抜く。すると角度のあるシュートはデ・ヘアの横を鋭く破り、ゴールに突き刺さった。 残り時間を耐え抜いたクロアチアは三連覇を目指す欧州王者を見事に逆転しての勝利。主力のMFルカ・モドリッチやFWマリオ・マンジュキッチをベンチに置いた状況で、チャンスを得た選手たちが一丸になっての“ジャイアントキリング”となった。何よりも無事にピッチ内で90分間を全うできたことがクロアチアにとって大きいだろう。これでクロアチアは順位も逆転して1位で突破。4大会連続得点の新記録を達成したFWクリスティアーノ・ロナウドを擁するポルトガルとラウンド16で対戦する。 一方のスペインは2位となり、ラウンド16でいきなりE組1位が確定しているイタリアとの対戦が決まった。ここで前回の決勝カードが実現するのはもったいない気もするが、間違いなくラウンド16で最も世界の注目を集める試合になりそうだ。

  • Thumbnail

    記事

    人口わずか33万人 小国アイスランドが体現する「現代のおとぎ話」

    仲野博文(ジャーナリスト)第六回【グループリーグ Match35 オーストリア対アイスランド】 初の欧州選手権出場を現地で観戦国民の8%がアイスランドを離れた 欧州選手権ではグループリーグが終盤を迎えており、すでに9チームが決勝ラウンド進出を決めている。グループFの3試合目が22日に行われるが、大会前に圧倒的な優勢が伝えられていたポルトガルは、0勝2分けでまさかの勝ち点2。同じく勝ち点2で、グループリーグ最終戦を迎えるのがアイスランドだ。これまで国際大会とは無縁だったアイスランドが欧州選手権に出場したことは多くのフットボールファンを驚かせたが、決勝ラウンドに進出する可能性を残した状態でグループリーグ最終戦に挑むことに、なによりもアイスランド人自身が驚きを隠せないようだ。 アイスランドの人口はわずか33万人。日本で例えるならば、秋田県秋田市や滋賀県大津市、東京都北区の人口とほぼ同じだ。夏は白夜が続くものの、逆に冬は日照時間が4時間程度しかない時期もあり、人口と気象条件だけを考えると、欧州選手権に出場したことだけでも夢のような話だ。アイスランドよりも人口の少ないUEFA加盟国はある。人口5万人足らずのフェロー諸島や、3万2000人ほどのサンマリノもワールドカップや欧州選手権の予選には出場しているが、他の国との実力差は一目瞭然だ。サンマリノの10倍以上の人口とはいえ、33万人しかいないアイスランドの代表チームがオランダやトルコ、チェコといった強豪国の入った予選リーグを2位で通過し、本大会出場を決めたのは「現代のおとぎ話」のようだ。【アイスランド―ポルトガル】ポルトガルに引き分け勝ち点1を挙げ喜ぶアイスランドの選手ら。左から3人目はポルトガルのクリスティアーノ・ロナウド=仏サンテティエンヌ フランスで開催されている欧州選手権でアイスランド代表の勇姿を見届けようと、観戦チケットと航空券を購入したアイスランド人は2万7000人に達したと地元メディアは伝えており、全国民の約8%が大会期間中に約2500キロ離れたフランスに滞在する。日本で考えた場合、約960万人が一斉に国外に出るのと同じで、今年のアイスランドは例年以上に静かな夏を迎えるのかと思いきや、どうもそうではないらしい。 「ユーロに出場するだけでも、夢のような話ですが、決勝ラウンドに進める可能性がまだ残っているため、アイスランド国内もお祭りのようなムードです。フランスに行かなかったアイスランド人も、ものすごく興奮していますよ。フットボールは夏の数カ月だけ行うスポーツでした。それ以外の季節はハンドボールかバスケットボールをプレーする人が多かったのですが、国内にインドアの施設がいくつも造られたおかげで、一年を通してフットボールをする子供が増えたのです。アイスランドのフットボールが強くなったのは、こういった草の根の取り組みがあったからなんです」 レイキャビク在住の気象予報士エイナー・エイナルションさんは、アイスランド代表の奮闘に嬉しさを隠さない。決勝トーナメント進出を信じて疑わないエイナルションさんは21日、アイスランド代表にとって天王山ともいえる22日のオーストリア戦の勝敗を天気予報に例えて占った。 「明日は快晴。降水確率は限りなくゼロに近く、フランスのアイスランド人はきれいな晴れ空を目の当たりにするでしょうね」若者のアルコール消費量まで変えた若者の飲酒率を激減させたフットボール代表の躍進はアイスランド国民の希望に 近年、アイスランド発の世界的なニュースといえば、通貨危機や火山の噴火による灰雲でヨーロッパじゅうの航空便に大規模なキャンセルが発生したことなど、ハッピーな話はあまり多くなかった。さらに、4月にはグンロイグソン首相夫妻が2008年の金融危機直前に、英領バージン諸島のオフショア法人に資産を移していたことが発覚。首相がこの事実を公表していなかったため、資産隠しの疑いも浮上。首都のレイキャビクでは、アイスランド史上最大となる2万2000人が参加するデモが行われ、のちにグンロイグソン首相は辞任に追い込まれている。 デモに参加したレイキャビク在住のブリンヒルダ・イングファルスドッティルさんもグンロイグソン首相の背信行為に憤りを覚えた一人だ。4月に国内のデモについて話を聞いた際、彼女はアイスランドの対外的なイメージが悪化するだけではなく、通貨危機のショックから立ち直りつつあった国民が再び意気消沈するかもしれないと危惧していた。 「金融危機を経験したアイスランドでは、とにかく信用の回復が大切なのです。私自身が小さな会社の経営者でもあるので、海外との取引や信用にはものすごく敏感で、今回の一件でビジネスへの影響を心配しています。グンロイグソン首相の倫理観がアイスランド国民全体を象徴しているとは、決して思ってほしくはありません」 人口33万の小国アイスランドの奮闘は、ユーロ2016のビッグ・サプライズの一つとなり、守備的と批判されながらも、チーム一丸となって最後まであきらめずに泥臭く戦い続けるプレースタイルは、多くのフットボールファンの心を動かした。イングファルスドッティルさんが懸念するような、通貨危機やパナマ文書が原因で国に対するイメージ低下が存在したとしても、アイスランド代表のフランスにおける戦いぶりはポジティブな印象を世界に発信している。【アイスランド―ハンガリー】アイスランドはギルフィ・シグルドソンのPKで先制するも、味方のオウンゴールで勝利を逃す(ロイター) フットボールはアイスランドの対外的なイメージを向上させただけではなく、アイスランド国内で長年にわたって大きな社会問題として存在した、未成年の飲酒やドラッグ使用に歯止めをかけるツールにもなった。アイスランド国内にインドアサッカー施設や人工芝のピッチが次々に作られ、それにともなってフットボールの競技人口や増加し、競技力も向上したことは前述した。一年中いつでもスポーツを楽しめる施設が増え、アイスランド政府によるスポーツに対する支援もあり、多くの若者が冬場でもスポーツに打ち込めるようになった結果、若年層のアルコール摂取率もそれに比例して激減したのだ。 レイキャビク大学が4月27日に発表した調査結果によると、1998年にはヨーロッパの中で最も高かったアイスランドにおける未成年者の飲酒率が、2016年の最新の調査では最も低いレベルにまで減少していたのだ。15歳と16歳の高校生を対象に、ヨーロッパの30カ所で行われてきたこの調査では、1998年にアイスランド人回答者の42%が「過去一カ月の間に飲酒をした」と答えていたが、2016年の調査では5%に激減した。喫煙率も23%から3%に減少している。 逆に未成年のスポーツへの参加は23%から42%に増加した。家から出ないことが未成年の飲酒といった問題を引き起こす要因と考えたアイスランド政府は、子供が毎日一定の時間を屋外で過ごすためのルールを設けたが、同時に助成金を出して各地に子供がいつでも使えるインドアのスポーツ施設を建設した。スポーツに打ち込める環境が整備されたことで、アイスランドではフットボールやハンドボール、バスケットボールの競技人口が増加。アルコール依存にまで発展するケースも少なくなかった未成年の飲酒問題も、スポーツの競技人口の増加とともにヨーロッパで最も低いレベルにまで改善された。 アイスランド国内のほとんどの各学校やスポーツクラブには人工芝のグランドが設置され、各所にはインドアフットボールのできる施設やアリーナも建設された。これらの施設は市民に開放されており、誰でも利用することが可能だ。加えて、UEFAから各国に分配されるテレビ放映権料を使って、アイスランドサッカー協会はコーチの数を増やすことに努めた。アイスランドにはUEFAのB級コーチライセンス取得者が約400人おり、単純計算で820人に1人のコーチが付くことになる。イングランドではこの比率が、1万1000対1となり、アイスランドの子供たちがライセンスを持ったコーチに指導を受けられる環境が充実していることは明白だ。 決勝ラウンド進出をかけてオーストリアと対戦するアイスランド。アイスランドの社会環境を変えるツールの一つとなったフットボールは、フランスでアイスランド人の質実さを物語る最高のPR材料として多くのファンを魅了している。決勝トーナメントに進出した場合、おとぎ話の続きを求めてさらに多くのアイスランド人が島を離れてフランスに向かうかもしれないが、全人口のさらに数%が国外に出たとしても、今年のレイキャビクは静けさとは無縁だ。

  • Thumbnail

    記事

    チェコ戦乱闘騒ぎの真相は? ユーゴ紛争から続くクロアチアの闇

    仲野博文(ジャーナリスト)第五回【グループリーグ Match32 クロアチア対スペイン】 ユーゴ紛争に泣いた92年大会と強烈なインパクトを残した96年大会 EUからの離脱を問う国民投票がイギリスで23日に実施されるが、25年前の同じ時期に、それまでユーゴスラビア社会主義連邦共和国を構成する国の1つであったクロアチアでユーゴスラビアからの離脱の是非を問う国民投票が行われた。ユーゴスラビア内には6つの共和国と2つの自治州が存在したが、ソ連と比べて構成国の自治権が強く、住民投票の行われる何年も前からクロアチアでは本格的な独立を求める声が日増しに強まっていた。 300万人以上が実際に参加した住民投票では、ユーゴスラビアから離脱して独立を求める声が約93パーセントに達し、独立派の圧勝に終わった。この結果を受けて、クロアチアは1991年6月25日にユーゴスラビアからの分離と独立を一方的に宣言する。クロアチアとオーストリアに挟まれた人口200万のスロベニアも、同じ日に独立を宣言した。一方的な独立宣言に憤慨したユーゴスラビアは、セルビア人が主体のユーゴスラビア人民軍を使って独立を阻止しようとし、独立から数日後にはスロベニアとクロアチアで本格的な武力衝突が発生した。 スロベニアとユーゴ人民軍との戦闘はわずか10日間で終了したが、セルビアに隣接し、国内で暮らすセルビア系住民が少なくなかったクロアチアではさらに戦闘が激化し、クロアチア紛争は1995年まで続いた。「政治とスポーツは別」という言葉がしょせん綺麗事でしかないことを実際に証明したのが、クロアチアを含む旧ユーゴ諸国だ。 1992年の欧州選手権は北欧のスウェーデンで開催された。1990年5月から1991年12月にかけて行われた予選は7つのグループに分けられ、各グループの首位チームが本大会出場権を獲得。ホスト国のスウェーデンを加えた8カ国で大会は行われた。イビチャ・オシムの采配によって90年のワールドカップ・イタリア大会で好成績を残したユーゴスラビアは、その勢いを落とすことなく7勝1分けという成績で予選リーグを制し、欧州選手権出場を決めた。 クロアチアやスロベニアが独立宣言を行う直前まで、代表チームにはクロアチア人選手やスロベニア人選手がおり、7-0で大勝した1991年5月16日の対フェロー諸島戦では、ズヴォ二ミール・ボバンやダボル・シューケルら4人のクロアチア人選手もゴールを決めている。しかし、この試合を境にセルビア人とモンテネグロ人以外の選手はユーゴスラビア代表を辞退するようになり、1992年5月22日には故郷のサラエボがユーゴ人民軍に包囲されていたオシム監督も辞任を表明。 監督まで去るという非常事態の中で、ユーゴスラビア代表は5月28日に開催地のスウェーデンに向かうが、30日に内戦の激化を危惧する国連安全保障理事会が対ユーゴスラビア制裁の決議を採択。スポーツを含むユーゴスラビアの全ての国際交流活動が禁止された。ユーゴスラビア代表チームは開催地のスウェーデンで大会に出場できなくなったことを知らされ、予選で2位だったデンマークが代替出場した(皮肉にも、そのデンマークがドイツを破って優勝している)。国際政治にアスリートが翻弄される悪しき例となってしまった。 その4年後、クロアチアは独立国として、1996年の欧州選手権に初めて出場する。グループリーグではポルトガルに敗れはしたものの、初戦のトルコ戦と2戦目のデンマーク戦に勝利し、決勝トーナメントに進出。3-0で勝利したデンマーク戦では、後半に各選手が個人技で格の違いを見せつけ、試合終了間際にエースストライカーのシューケルが放ったループシュートがデンマークの守護神シュマイケルの頭上を越えた瞬間、シュマイケルがピッチに膝を落としたシーンはクロアチアの攻撃力を象徴するものであった。クロアチアは準々決勝でドイツに敗れるが、世界中のフットボールファンにその力を見せつけた。義勇兵として戦地に向かったサポーターフットボールとナショナリズム義勇兵として戦地に向かったサポーター クロアチアは1998年のワールドカップにも出場。グループリーグで日本と対戦し、その際もシューケルのゴールで勝利している。アルゼンチンと共にグループリーグを突破したクロアチアは、準々決勝の相手は2年前の欧州選手権と同じドイツであったが、今度はクロアチアが3-0で勝利した。準決勝でフランスに惜敗するものの、シューケルはこの大会で得点王に輝いている。 クロアチアの躍進はフットボールファンに新たな喜びを与えたが、同時にナショナリズムを遠慮することなく煽る選手やファンに対して、ヨーロッパのメディアは批判的であった。フットボールに多少のナショナリズムはつきものだが、クロアチアの場合は別格だ。ユーゴからの独立を求める声が高まる象徴的な事件も、クロアチア紛争の初期の戦闘にも、少なからずフットボールが関わっているのだから。 1990年5月13日、当時まだ存在していたユーゴスラビアリーグの試合がクロアチアのザグレブにあるスタディオン・マクシミールで行われた。ホームのディナモ・ザグレブがレッドスター・ベオグラードと対戦するリーグ随一のビッグマッチであったが、試合開始前にディナモとレッドスターのサポーター集団が乱闘騒ぎを起こした。乱闘はエスカレートし、スタジアムの看板なども破壊され、ピッチへ流れ込んできた多くのサポーターを鎮圧するために機動隊と放水車が投入された。この試合の警備にあたっていた警察官のほとんどがセルビア人で、ディナモのファンだけが警察に狙われていると感じた若き日のズヴォ二ミール・ボバンは、機動隊員に対して飛び蹴りを見舞い、その様子はテレビでも中継された。 飛び蹴り事件によって、ボバンは9か月の出場停止処分を受け、活躍が期待されていたワールドカップ・イタリア大会にも出場できなくなってしまった。しかし、以前から自らを「クロアチアの愛国者」と公言していたボバンは、独立への機運が高まっていた当時の国内情勢も影響して、クロアチアの英雄として称賛されるようになる。 ディナモ・ザグレブにはBBB(バッド・ブルー・ボーイズ)という名のサポーター集団があり、1990年の乱闘事件もBBBによるものであった。BBBはクロアチアの独立という政治的姿勢も明確に打ち出し、初代大統領となるフラニョ・ツジマンを組織的に支援した。1991年から始まったクロアチア独立戦争の初期には、十分な兵力を確保できなかったクロアチア軍をサポートするため、BBBのサポーターが義勇兵として戦闘に参加。彼らが着ていた戦闘服にはクロアチア軍の紋章に加えて、ディナモのバッジがつけられていたのだという。スタディオン・マクシミールには独立戦争で命を落としたディナモ・サポーターの慰霊碑があり、現在でも献花などに訪れる市民は少なくない。チェコ戦で乱闘騒ぎを起こしたサポーターチェコ戦で乱闘騒ぎを起こしたサポーター発煙筒は自国のサッカー協会に対する抗議だった? クロアチアの独立から25年。フットボールの代表チームは国際大会の常連となったものの、タイトルとは無縁で、中堅国の殻を破れていないのが実情だ。今大会のグループリーグでは2試合を終えて、勝ち点4の2位。ルカ・モドリッチやマリオ・マンジュキッチ、イバン・ラキティッチ擁する中盤から前線にかけてのタレントは他国もうらやむ顔ぶれだが、スペイン戦の結果次第ではグループ3位に転落する可能性もある。選手個々のレベルでは強豪国に匹敵するクロアチアが伸び悩む理由が、代表の強化に本腰を入れないサッカー連盟の消極性と、連盟関係者が関与する汚職体質にあるとの指摘も。四半世紀前に戦争や国際政治に翻弄され、現在は連盟の体質に選手やチームが犠牲になっているというのだ。 クロアチア・フットボール連盟の現在の会長は前出のシューケル氏だが、彼は副会長のズドラブコ・マミッチと事務局長のダミル・ブルバノヴィッチの操り人形だと、クロアチアの国内メディアは批判している。マミッチはディナモ・ザグレブの最高経営責任者時代に横領や賄賂、脱税の容疑で捜査対象となり、ブルバノビッチと共に横領罪で起訴されている。当局の介入によってディナモでの職務は停止に追い込まれたが、フットボール連盟には留まることができた。サッカー連盟がマミッチらによってシロアリのように食い荒らされることを懸念した市民は、マミッチらの解任を求めるキャンペーンを繰り返したが、成功することはなかった。 17日に行われたチェコ戦で、クロアチアがリードしていたにもかかわらず、試合中に突如クロアチアのサポーターがピッチに向かって発煙筒を投げ込み、同じチームを応援するサポーター同士で殴り合いに発展する一幕があった。当初、多くの人がクロアチア・サポーターの行動に首をかしげたが、真相はVIP席に陣取るマミッチらを見つけたサポーターが抗議の意味合いで発煙筒を投げ、その行動を止めようとした別のサポーターとの間で喧嘩になったのだという。 筆者は2013年にボバンの生まれたイモツキという町を訪れ、ボバンと幼少期からの友人だという地元のクラブ関係者にクロアチア・フットボールの将来について聞いたことがある。彼はクロアチアの若いタレントがこれからもビッグクラブで活躍すると自信ありげに語ったあと、表情を少し曇らせてつぶやいた。 「この国のフットボール協会にわずかでも透明性があれば、世界チャンピオンになる日も遠くないだろうね…」

  • Thumbnail

    記事

    「闘う豚」率いるベルギー代表は多民族共存の象徴となるか

    仲野博文(ジャーナリスト)第四回【グループリーグ Match22 ベルギー対アイルランド】 昨年11月、なんとも奇妙なニュースが世界中のフットボールファンを驚かせた。ベルギーがFIFAランキングで1位となったのだ。FIFAランキングを決定するポイントの算出方法が2006年に改定されたため、結果的にベルギーがその恩恵を受けたのだが、これまでのランキングで首位に輝いたのは7カ国。ブラジル、アルゼンチン、スペイン、ドイツ、イタリア、フランス、オランダで、オランダ以外の国々はワールドカップを制しており、3大会で決勝戦まで進みながら優勝を逃したオランダも、1988年の欧州選手権ではルート・フリットとマルコ・ファンバステンのゴールで優勝を達成している。(編集部注:6月18日現在、ベルギーはFIFAランキング2位)ヴィルモッツ監督とR.ルカク選手=6月16日 これら7カ国の成績と比較すると、国際大会におけるベルギー代表はどうしても見劣りしてしまう。ワールドカップでは1930年の第一回ウルグアイ大会から出場しており、2014年のブラジル大会では若手選手の活躍もあり準々決勝まで進出。イタリア系の司令塔エンッオ・シーフォが活躍した1986年のメキシコ大会では準決勝まで進んだものの、当時だれも止めることができなかったディエゴ・マラドーナに2ゴールで敗退している。 欧州選手権では1980年大会の準優勝がベスト記録で、1988年から1996年までの3大会は予選を通過できずに大会出場を逃している。2000年はオランダとの共催でホスト国として参加したものの、まさかのグループリーグ敗退で大恥をかいた。その後、2004年から2012年までの3大会は予選敗退で出場できず、今大会が16年ぶりの欧州選手権出場となる。13日にリヨンで行われた初戦でイタリアに敗れたベルギーは、18日のアイルランド戦に是が非でも勝利しなければならない状況に追い込まれたが、それでもベルギーの躍進を期待する声は少なくない。 優勝候補にベルギー代表を推す声が多い理由は、謎だらけのFIFAランキングではなく、現在の代表チームが同国史上最高といっても過言ではない才能あふれる選手達で構成されているからだ。代表の主力となる選手はヨーロッパのビッグクラブで活躍し、年齢も20代半ばから後半が多く、選手として一番脂がのっている時期だ。ワールドカップのブラジル大会で躍進した勢いをそのままに、予選を首位で通過して本大会の出場権を手にした。 「黄金世代」と称される現在のベルギー代表に対する期待は高い。今大会に出場しているベルギー代表の顔ぶれを見ても、イングランドやスペインのビッグクラブでプレーする選手が多く、黄金よりもむしろベルギーが世界に誇るダイヤモンドという表現の方がマッチしている。世界一の取引量を誇るアントワープから各国に輸出されるダイヤモンドのように(ダイヤ産業はベルギーの輸出品の約7パーセントを占める主要産業なのだ)、ベルギー生まれのフットボーラーは若くしてヨーロッパのビッグクラブに移籍し、そこで世界中から集まったトッププレイヤーとの激しい競争にさらされることによって、より輝きが増すよう「研磨」されている。 このチームを率いるのが、現役時代に泥臭いプレースタイルで「闘う豚」と呼ばれファンから愛された、フォワード出身のマルク・ビルモッツ監督だ。現役時代はベルギー代表でも活躍しており、2002年のワールドカップ日韓大会では、初戦の日本戦でゴールも決めている。ブリュッセル爆弾テロ事件で露呈した複雑な文化事情 選手個人のタレント性に大きな期待が集まるベルギーだが、国が一つにまとまらないという問題が長年にわたって存在する。それを象徴したのが、今年3月に首都ブリュッセルで発生した爆弾テロをめぐる警察当局の動きであった。 ブリュッセルで発生した同時テロ事件をめぐって、「ベルギー当局の対応が後手に回った」という指摘や、反対に「どの国であっても、このようなテロを全て未然に防ぐことは不可能だ」という意見が飛び交い、ベルギー当局の対応については賛否両論あった。しかし、昨年11月にフランスのパリで発生した同時テロ事件後、アメリカ政府が欧州各国の治安担当者らとテロ対策で協議を進めていたものの、各国間の情報共有が上手く行われていなかったとする報道も。空港の爆発現場から避難する人々 =3月22日、ブリュッセル国際空港 ニューヨーク・タイムズ紙は4月、ブリュッセルでテロ事件が発生する約1か月前に、アメリカ政府のテロ対策特別チームがベルギー側のカウンターパートと、情報の効率的な共有や国境管理の強化について協議を行ったものの、アメリカ側の要請は結局受け入れられなかったと伝えている。どこの組織にもありがちなセクショナリズムの弊害だが、ベルギーの場合はこの組織内の排他主義が地域ナショナリズムに起因しているとされており、他国のケースとは一線を画している。  長きに渡って異なる言語や文化をめぐって国内で対立が続いている、ベルギー独特の国内事情が事件を未然に防ぐことのできなかった原因の一つだという指摘も存在する。ベルギーは文化的に、北部のフラマン語圏と南部のワロン語圏に二分され、前者はオランダ文化圏で後者はフランス文化圏となる。首都ブリュッセルでは公用語としてフランス語とオランダ語の両方が使われ、交通標識なども複数の言葉で書かれたものが珍しくない。 多言語国家であるベルギーでは、他にもドイツ語が話される地域も存在するが、言葉によって警察の管轄が大きく分かれ、互いをライバル視し、情報共有に消極的になる傾向が1980年代から続いている。地域ナショナリズムの沸騰が行政に影響を与え始めた時期と、ベルギー代表の凋落が始まった時期がほぼ同じなのは単なる偶然なのだろうか。「国のために本気で戦おうとしている者がいない」 数字だけを見れば、ブリュッセル周辺ではフランス語を使う市民の数が圧倒的に多いものの、ブリュッセルは地理的に南部のフランス文化圏の最北端に位置しており、ブリュッセルから少し離れると完全なオランダ文化圏に入る。ベルギーでは2010年6月に行われた総選挙後、フランス語圏とオランダ語圏の議員の間で対立が深刻化。2011年暮れまでの約1年半、内閣不在の状態が続くという異常事態も発生している。北部のオランダ語圏が経済的により恵まれているといいう背景もあり、イタリアの南北問題に似た事情も見え隠れする。ブリュッセルだけで10を超える異なる警察組織が存在し、組織間の情報共有の欠如は以前から指摘されていたのだ。ベルギー代表とサポーター フットボールがベルギーの地域ナショナリズムに利用された例は実在する。フラマン語圏を拠点とする極右政党フラームス・ベラングのフィリップ・デビンター党首は2007年、翌年の欧州選手権出場を逃したベルギー代表を、「国のために本気で戦おうとしている者がいない」と批判。ベルギー代表チームを解体し、フラマン語圏とワロン語圏でそれぞれ代表チームを結成すべきと発言し、物議を醸した。デビンター党首は、「政治的な理由で、フランス語圏とオランダ語圏から選手がバランスよく選出されており、逆差別だ」と過去に発言しているが、現在のベルギー社会は移民の影響もあり、二つの文化圏で簡単に区切ることはできないくらいに多様化している。 今大会でベルギー代表が活躍することによって、ベルギー人がベルギーを「1つの国」として認識する機会が増えることを期待する声も少なくないが、全てはビルモッツ監督の手腕にかかっている。現役時代に「闘う豚」の愛称で親しまれたビルモッツ監督は、ベルギーの3つの公用語全てを流暢に話し、現役引退後はワロン語圏のリベラル政党に所属して国会議員を務めた経験もある。1996年に結婚した妻がフラマン語圏出身の弁護士ということもあり、両地域の特性やナショナリズムを熟知しているビルモッツ監督は、政治家時代に実現できなかった地域ナショナリズムの解消を代表監督の立場で実現させるかもしれない。

  • Thumbnail

    記事

    途中出場2人が決めた!逆転勝利呼んだイングランド老将の妙手 

    河治良幸(スポーツジャーナリスト)【グループB】イングランド2-1ウェールズ 後半ロスタイムの劇的な逆転ゴールでイングランドがウェールズとの「英国ダービー」を制し勝ち点4でグループBの首位に躍り出た。  試合展開はイングランドにとって非常に難しいものとなった。基本システムは3-5-2ながら自陣寄りで5バック気味の守備陣形を強いてくるウェールズに対し、イングランドは中盤を任されるMFウェイン・ルーニーを起点に迫力あるサイド攻撃を仕掛け、ウェールズのゴールに襲いかかる。 開始7分にはうまくボールを受けた長身FWハリー・ケインのポストプレーから右サイドのMFアダム・ララーナが縦に仕掛けると、付いて来た左ウィングバックのニール・テイラーを破りながら速いクロスを入れる。リベロのアシュリー・ウィリアムズがケインの対応に出ていたことで薄くなったゴール前に左ウィングのラヒム・スターリングが飛び込んでフリーで合わせるが、左足のシュートは惜しくもクロスバーの上に外れた。 対するウェールズも最前線に張るFWハル・ロブソン=カヌのボールキープから、素早く追い越したエースのFWガレス・ベイルがパスを受けた勢いでエリア内の左に進出してシュートに持ち込むが、イングランドのディフェンス・リーダーであるガリー・ケイヒルの体を張ったブロックに阻まれた。その後もMFアーロン・ラムジーら中盤のハードワークとディフェンスの粘り強い守備でイングランドの半ば強引な攻撃を跳ね返すが、効果的なカウンターを仕掛けられないまま時間が経過していく。 ウェールズにとって前半の最大のピンチは32分に訪れた。左サイドからのクロスにゴール前でウィリアムズを制したケインがヘッドで合わせると、横で競り合いに参加しようとしたDFベン・デイヴィスの手に当たったのが。一瞬でそれと分かる様なハンドだったが、ドイツ人ブライヒ主審の笛は鳴らなかった。まさに“命拾い”したウェールズに対し、イングランドはめげることなく攻勢をかけ、ルーニーのCKから長身DFクリス・スモーリングのヘッドは惜しくもゴールをそれた。 攻める側になかなかゴールが入らない場合に怖いのは相手のセットプレーだ。しかも、ウェールズにはベイルの直接FKという必殺の飛び道具がある。それが炸裂したのはハーフタイムも気になりかけた42分だった。ロブソン=カヌが倒されて得た遠目の位置にボールをセットしたベイルが左足を振り抜くと、MFデル・アリ、スモーリング、ケインが作る壁3枚の頭上を越えたボールが鋭く曲がり落ち、GKジョー・ハートが横っ跳びで飛ばす手先をかすめてゴール右隅に突き刺さったのだ。先制点となるフリーキックを決め喜ぶウェールズ代表のベール=リヨン(ロイター) 後世まで語り継がれてもおかしくないスーパーゴールはクリス・コールマン監督が率いるウェールズに理想的な流れをもたらした様に思われた。ジェイミー・ヴァーディーとダニエル・スターリッジというストライカーが投入されるまでは。演出家はイングランドのロイ・ホジソン監督だ。68歳の老将は後半に向け、ためらうことなく“2枚替え”を敢行した。この決定に対して交代を命じられたケインとスターリングがどういう態度をしたかは分からない。しかし、彼らも納得せざるをえない結果が投入された2人のストライカーによってもたらされる。4チーム全てに突破の可能性 さらに攻撃のギアを上げるイングランドは55分、左サイドを突いたスターリッジがクロスを上げると、ゴール前の競り合いから裏に抜けたボールをヴァーディーが右足で蹴り込む。ヴァーディーのポジションは明らかなオフサイドの位置だったが、競り合いに背後に出たのはイングランド側が触ったボールではなく、ウェールズのDFウィリアムズがヘッドでクリアしようとした形だったのだ。前半はハンドを見逃した主審や副審も今回は良く見ていたと言えるだろう。 思わぬ形から同点に追い付かれてしまったウェールズにとって痛いアクシデントが起こる。中盤でラムジー、ジョー・アレンと共に奮闘していたMFジョー・レドリーの左足ふくらはぎにスターリッジの膝が入り、強度の打撲で交替を強いられたのだ。代わりに入ったデイヴィッド・エドワーズも豊富な運動量で攻守に参加するものの、中盤で後手に回るシーンが増大した。コールマン監督は前線で奮闘が光ったロブソン=カヌを下げてスピードのある22歳のFWジョナサン・エドワーズを投入するが、最初の飛び出しが止められると試合から消えてしまい、ベイルの孤立が目立つようになってしまう。 ラムジーの仕掛けやテイラーのアーリークロスなど、自陣から何とかゴール方向を目指すウェールズだが、新鋭のFWマーカス・ラッシュフォードを前線に加えたイングランドの圧力に押される形で、ほとんど防戦一方になった。それでも粘り強い守りで逆転ゴールだけは許さずに90分が経過。後半もアディショナルタイムが啓示された直後に最大のドラマが待っていた。ゴール前の左方向でボールを受けたスターリッジがヴァーディーに左足の縦パスを通すと、手前でパスを受けたアリが倒れながらもつないだボールをゴール前に運び、最後はDFクリス・ガンターのチャージを弾き飛ばしてゴールに流し込んだ。【イングランド―ウェールズ】 後半終了間際に決勝点を決め、大喜びのイングランドのFWダニエル・スタリッジ(中央)=6月16日、仏ランス    初戦はロシアに最後の最後で追い付かれて引き分けに終わってしまったイングランドにとって待望の勝利。しかも、途中出場のFWが結果を出す理想的な形の勝利はチームを勢いに乗せる可能性がある。しかし、そのロシアを破ったスロバキアはMFマレク・ハムシクを中心とした組織的なショートカウンターが機能しており、イングランドにとっても危険な相手だ。そのスロバキアに初戦で勝利しているウェールズにも勝ち抜けのチャンスは残されるが、ロシアに敗れれば逆転での敗退が濃厚になる。戦前からハイレベルな戦いが予想されたグループBは4チーム全てに突破の可能性が残されたまま3試合目を迎えることとなった。

  • Thumbnail

    記事

    EU離脱もユーロ次第? イングランドとウェールズ注目の因縁対決

    仲野博文(ジャーナリスト)第三回【グループリーグ Match16 イングランド対ウェールズ】ドイツをからかうチャントにも空虚感が漂う現在の英国 ユーロ2016では英国から3チームが出場している。イングランドとウェールズ、そして北アイルランドの3チームだ。ウェールズは1958年のワールドカップが唯一の出場大会で、欧州選手権への出場は今大会が初となる。北アイルランドはワールドカップに3大会出場しているが、これまで欧州選手権に出場する機会はなかった。スウェーデンで行われた1958年大会にはスコットランドも出場しており、イギリスの4チームが全て出場した唯一の大会となっている。 それぞれの時代に名選手を輩出してきたウェールズと北アイルランド。ウェールズにはクラブレベルで名を残したアタッカーが多く、イアン・ラッシュやマーク・ヒューズ、最近まで現役を続けたライアン・ギグスもウェールズ代表のユニフォームを着てプレーした。北アイルランドにもマンチェスター・ユナイテッドの伝説的ウイングであったジョージ・ベストや41歳まで現役を続けたゴールキーパーのパット・ジェニングスがいる。代表レベルになると選手層の薄さで、国際舞台では涙を飲み続けた両代表チームだが、個人レベルでは長きに渡って多くのファンを魅了してきた。 イングランド代表は国際大会への出場経験が多く、ワールドカップに過去に13大会出場し、欧州選手権にも9大会の出場を誇る。国際大会の常連国ではあるものの、ワールドカップで優勝したのは自国開催の1966年大会のみ。同じく自国開催のユーロ1996では、準決勝のドイツ戦でPK戦の末に敗退している。 1966年大会の決勝で、イングランドは当時の西ドイツと対戦したが、試合は2対2のまま、延長戦に突入。延長前半にウェストハム・ユナイテッドでプレーしていたジェフ・ハーストの放ったシュートがクロスバーを直撃し、ボールはそのまま真下に落下。これがゴールと判定され、意気消沈する西ドイツに対してハーストが追加点を決め、イングランドが西ドイツに4対2で勝利した。ハーストはワールドカップ史上唯一の決勝戦でハットトリックを決めた選手となったが、クロスバーを直撃したゴールは西ドイツ側から「盗まれたゴール」と批判が噴出。【イングランド―ロシア】相手と競り合うルーニー(右) のちにこの「盗まれたゴール」はオックスフォード大学でコンピューター解析され、ゴールではなかったという判断が出されている。イングランドは皮肉にも1986年大会の準々決勝で、アルゼンチンのディエゴ・マラドーナの「神の手」によってゴールを盗まれる屈辱を味わうことになる。 20世紀の2度の世界大戦から、イギリスのEU離脱の可能性の原因となったヨーロッパ経済の主導権争いまで、イギリスとドイツの間には、ある時には敵であったり、ある時にはライバルであったりと、微妙な関係が続いている。その関係はフットボールにも当てはまる。 1966年大会の疑惑のゴールを未だに認めていないドイツ人は多いが、ドイツ人サポーターやドイツ代表チームを苛立たせるのが、イングランド・サポーターがドイツ戦の際にスタジアムで大合唱する「2度の世界大戦と、1つのワールドカップ」というチャントだ。1966年以降に使われるようになったこのチャントは現在でも使われることがあるが、政治的正しさの観点からあまり好ましくないという風潮も強くなっている。2006年のドイツ大会の際には、地元のドイツ人サポーターを刺激しないようにと、デービッド・ベッカムやウェイン・ルーニーといったイングランド代表のスター選手がこのチャントの自粛を求めるビデオに出演している。しかし、フットボールにおけるドイツの実力は抜きんでており、西ドイツ時代も含めるとワールドカップで4度、欧州選手権で3度の優勝を達成している。 イングランド・サポーターのチャントにはユーモアにあふれるものも少なくないが、ことドイツに関しては、コンプレックスの裏返しにしか思えないチャントも目立つ。しかし、フットボールを含めた様々なパワーバランスを考えると、そのうちドイツ側から「4度のワールドカップと欧州連合」というチャントが出ても驚きはしない。チャントはイングランド・サポーターのアイデンティティとも呼べるものだが、今大会では現在のイギリスを象徴するチャントを合唱するイングランド・サポーターの存在が確認されている。ユーロ期間中に行われる英のEU離脱を問う国民投票ユーロ期間中に行われる英のEU離脱を問う国民投票 11日にフランス南部マルセイユで行われたイングランド-ロシア戦では、双方のサポーターがスタジアム内で衝突。ロシアのサポーター集団が人種差別的なチャントを繰り返し、発煙筒の投げ込みなどを行ったのが発端とされる。双方のサポーターは試合前にもマルセイユ市内で乱闘を展開しており、少なくとも35人が負傷したと地元警察は発表した。大会を主催する欧州サッカー連盟(UEFA)は12日、イングランドとロシアに対して、それぞれのサポーターが新たな暴動を起こした場合には代表チームの失格処分もありうると警告。14日にはロシアサッカー協会に対し、15万ユーロの罰金を科している。 イングランド・サポーターの動きを警戒する英政府は16日にイングランド-ウェールズ戦が行われるフランス北部のランスに英警察を増援部隊として送る計画を示していたが、15日にはランスからわずか数十キロしか離れていないリールでイングランドとロシアのサポーターが再び乱闘騒ぎを起こした。チケットのないイングランド・サポーターが16日の試合をパブなどで観戦するためにリールに移動したところ、スロバキア戦後に町の中心部に戻ってきたロシア・サポーターと遭遇し、一部で乱闘が始まった。 話をマルセイユの乱闘に戻そう。英メディアはロシアやイングランドのサポーターで暴力行為に加担した者を、「フーリガン2.0」と呼び、スマートフォンを使って指定された場所に集まり、暴力行為をウエアラブルカメラで撮影し、SNSに投稿する新種のフーリガンの登場に警鐘を鳴らしている。タブロイド紙デイリー・エクスプレスは、マルセイユでの乱闘騒ぎでフランス警察と対峙したイングランド・サポーターの集団が、「ヨーロッパなんぞクソくらえ。こっちから出て行ってやる」というチャントを繰り返していたと伝えている。 マルセイユでイングランド・サポーターが連呼したEU離脱を支持するチャントがイギリス国民全体の思いをどれだけ代弁しているのかは不明だが、この数日の間にイギリス国内で行われた複数の世論調査では、「離脱派」のリードが続いており、英タイムズ紙が14日に発表したデータでは、離脱派が46パーセントで残留派が39パーセントという結果だった。ロシアに土壇場で失点、あと一歩で勝利を逃したイングランド イギリスのEU離脱をめぐっては、実際に投票が始まるまで展開が読めないという指摘もある。興味深いことに、イギリス政治史の中でフットボールの試合結果が有権者の意識を瞬時に変えてしまったかもしれないという逸話が残っている。1970年6月18日に行われた総選挙では、人気の高かったハロルド・ウィルソン首相率いる与党労働党の勝利が確実視されていたが、僅差で保守党が勝利し、ウィルソン政権は終焉を迎えた。 実は投票日の4日前に、メキシコで開催されていたワールドカップの準々決勝で、イングランドは西ドイツと対戦し、延長戦でゴールを許し敗北している。4年前の大会で優勝していたイングランドが、4年前の決勝と同じような形で西ドイツに敗れたことに、イギリスでは多くの人がショックを受けたのだという。「現状維持ではなく、何かを変えなくてはいけない」という集団心理が突如発生し、ウィルソン首相が退陣に追い込まれる要因になったという指摘もある。1970年の政権交代後、保守党のエドワード・ヒース首相は欧州経済共同体(EEC)への加入を実現させたが、ユーロ2016でもフットボールが世論を変えてしまう可能性はあるのだろうか? イギリスのEUからの離脱を問う国民投票は23日に実施され、遅くても24日には投票の結果が発表される見通しだ。ユーロ2016のグループリーグは22日に終了し、25日からは決勝トーナメントがスタートするが、大会前半のクライマックスともいえるグループリーグの結果がはっきり出る時期に、ドーバー海峡を超えたイギリスでは共同体としての象徴であるEUから離脱する可能性があるのだ。前述したように、ここにきて離脱支持派が勢いを伸ばしていることも気になる部分である。 英ガーディアン紙でコラムニストをつとめるマリーナ・ハイドは「フットボール界からのEngxitとEUからのBrexitの両方が実現してしまうのか」というタイトルのコラムを11日に寄稿している。「Brexit」はイギリスのEU離脱を意味し、ブリテンとエグジットの造語だ。ハイドがコラムで紹介した「Engxit」は、イングランドとエクジットの造語だが、これはEU離脱ではなく、フーリガン問題などで国際大会からつまみ出される可能性に少なからず直面するイングランド代表を意味している。UEFAはロシアに対して厳しいペナルティを与えたが、一部のイングランド・サポーターの行動はロシア・サポーターのものとあまり大差がなかったことはより認識されるべきだ。 イングランドもウェールズも北アイルランドも、やがては敗北という形で大会から離脱するだろう。そして、今大会のパフォーマンスを見る限り、少なくともイングランドと北アイルランドは本国で国民投票が行われる前に、荷物をまとめて本国に帰還しそうだ。離脱という意味では、今大会からの敗北による離脱が、最も現実的で最も早く実現するだろう。

  • Thumbnail

    記事

    これぞイタリア!コンテが復活させたカテナチオの機能美

    河治良幸(スポーツライター)【グループE】ベルギー0−2イタリア 前回準優勝の“アズーリ”ことイタリアが優勝候補の一角にもあげられるベルギーの攻撃を封じ込め、攻めてはMFエマヌエレ・ジャッケリーニとFWグラツィイアーノ・ペッレのゴールで2−0と勝利。前評判は決して高くなかったイタリアだが、コンテ監督が復活させた伝統的な堅守と絵に描いたようなカウンターを融合した“カテナチオの国”らしい戦いぶりで大会屈指のタレント軍団を凌駕した。 立ち上がりから目を見張ったのが“機能美”という表現がふさわしいほどの統率された守備組織だ。最終ラインの背後に百戦錬磨の守護神ジャンルイジ・ブッフォンが構える3−5−2の布陣はマッテオ・ダルミアンとアントニオ・カンドレーバという左右のウィングバックが全体の高さ、ボールの位置に応じて上下動することにより、3−3−4にも5−3−2にも可変する陣形で、エデン・アザールとケビン・デ・ブライネを左右のウィングに配するベルギーのワイドアタックに立ちはだかった。【イタリア-ベルギー】前半、先制ゴールを決めるイタリアのジャッケリーニ(右から2人目)=リヨン(AP) 高い個人能力を押し出してイタリア陣内に攻めかかるベルギーに対し、1人が突破されかけても周囲の選手が素早いカバーリングでチェックし、強引に入れてくるクロスや合間を狙ったスルーパスはアンドレア・バルザーリ、レオナルド・ボヌッチ、ジョルジョ・キエッリーニの3バックが熟練したポジショニングと読みでカットした。前半10分にはFWロメル・ルカクとMFマルアン・フェライニの巨漢コンビによるヘッドのつなぎから、イタリア・セリエAのローマでプレーするMFラジャ・ナインゴランが強烈な右足のミドルシュートを放つも、GKブッフォンが見事にセーブした。 ボールを保持しながら進路をふさがれ、なかなかチャンスを作り出せないベルギーに対し、イタリアは前半30分にロングパスを起点として右サイドからカンドレーバが惜しいクロスを上げると、直後の流れから待望の先制ゴールをあげる。後方から隙を見て攻め上がったキエッリーニが敵陣中央でルカクに倒されると、リスタートからワイドにボールを回し、DFボヌッチが右足のロングパスをベルギーDFラインの裏に送る。タイミング良く飛び出したMFエマヌエレ・ジャッケリーニが左足のトラップから、若き名手として知られるGKティボー・クルトワの右を破るシュートでゴールネットを揺らした。理想的な時間の理想的な先制点 “ウノ・ゼロ(イタリア語で1−0)”の美学を持つイタリア代表にとっては理想的な時間の理想的な先制点。その後も鉄壁の守備組織を維持しながら、アザールのドリブルやフェライニの飛び出しを封じ続けた。ベルギーは後半8分に速攻からデ・ブライネのパスにルカクが合わせて惜しいループシュートを放つなど、高い個人技と後半にやや改善されたコンビネーションで散発的にチャンスを迎えるものの、イタリアの守備を崩すにはいたらない。 終盤に差し掛かる時間帯からイタリア守備陣の脅威となったのが後半30分に投入されたMFのヤニック・カラスコ。チャンピオンズリーグで準優勝したアトレティコ・マドリーの新鋭は独特のリズムでマークをはがし、同じく途中出場のディボック・オリギ、アザール、デ・ブライネと厚みのある仕掛けにつなげる。何度かイタリアのカウンターに肝を冷やしながらも、タレント軍団らしい迫力ある攻撃でゴールに迫った。 そのベルギーにとって最大の同点チャンスは後半45分。右サイドを突いたデ・ブライネが正確なクロスを上げるとゴール前にオリギが飛び込むがギリギリで合わせることができず、ファーサイドのフェライニも決め切ることができなかった。思わず天をあおぐベルギーの選手たち。その直後に生じた隙をイタリアは逃さなかった。カンドレーバがペナルティエリア内の右に飛び出し、GKクルトワをあざ笑うようなクロスをファーサイドに上げると、そこにタイミング良く巨体を走らせてきたグラツィアーノ・ペッレが右足のダイレクトボレーを豪快に突き刺したのだ。 ベルギーを下し、喜ぶイタリアの選手たち=リヨン(AP=共同) この試合を象徴するようなゴールでイタリアが最高のスタートを切った。過去のEUROやW杯においても前評判が高くない時ほどチームが結束し、伝統的な堅守を築いて勝ち進んできた歴史を持つ“アズーリ”は今大会をもって退任が決まっているコンテ監督のもとで一つになっている感がある。次はズラタン・イブラヒモビッチを擁するスウェーデンが相手となるが、2連勝で波に乗れるか注目される。 一方でイタリアの堅守と効率の良い攻撃の前に屈したベルギーもタレント力の高さは示しており、さらに連携が上がってくれば攻撃面は本来の破壊力を発揮できる期待もある。しかしながら、本来のキャプテンであるバンサン・コンパニを欠く守備陣は、相手のシンプルな攻撃に対してもやや隙を見せてしまう傾向が見られた。守護神クルトワを後ろ盾に、トビー・アルデルワイレルドとトーマス・ベルメーレンのセンターバック・コンビが守備陣を引き締め、堅守速攻を誇るアイルランド戦に向けて結束していけるかどうか注目だ。

  • Thumbnail

    記事

    「伏兵」に薄氷2-0勝利 守備の不安が露呈した王者ドイツ

    河治良幸(スポーツライター)【グループC】ドイツ2−0ウクライナ 大会3日目を迎えたEURO2016は優勝候補のドイツが登場。C組の初戦はフランス北部のリールでウクライナと対戦した。ここまでフランス×ルーマニアの開幕戦から6試合が全て1点差と接戦が続くが、ドイツも“伏兵”のウクライナに苦しい試合を強いられることとなったが、手に汗握る攻防に“決着”を付けたのはベテランの一振りだった。 ともに4−2−3−1というシステムで向かい合う両者。ドイツが中盤でボールを持つが、ウクライナはタイトな守備ブロックで行く手を阻み、ボールを奪うと素早いサイドの展開からグラウンダーのクロスにアタッカーが飛び出して合わせに行く。最初に大きなチャンスを得たのはウクライナ。中央から右への展開を起点にサイドバックのフェデツキが縦パスをMFコバレンコに出すと、一度はドイツの左サイドバックであるヘクトルがカットしたボールをスライディングで奪い返し、倒れながらも中央にグラウンダーのクロスを送る。ボールをクリアーする独GK・ノイアー(右)=AP ペナルティエリアのすぐ手前を転がってきたボールに中央で合わせたのはコノプリャンカ。ヨーロッパリーグを制したセビージャに所属する右利きの左ウィングは対面するドイツ右サイドバックのヘーベデスより一瞬早くポイントに入ると右足を一閃。鋭い弾道がゴールを襲ったが、世界最高峰の名手として知られるGKノイアーが横っ跳びからパンチングでボールを弾き出した。 早すぎる失点をまぬがれたドイツは入り替わりが激しい攻防の中でもアタッカーが積極的に打開をはかる。そして相手のスローインを奪った流れから右サイドでトマス・ミュラーが仕掛けるとセンターバックのラキツキが荒々しいタックルで倒し、ドイツがFKのチャンスを得た。左利きのエジルと右利きのトニ・クロースがボールの前に立つが、蹴ったのはトニ・クロース。奇麗な放物線を描いてゴール前に落下してきたボールに長身センターバックのムスタフィが頭で合わせると、GKピアトフが一歩も動けないスピードでゴールに突き刺さった。 実力で勝るチームが前半の早い時間帯にセットプレーなどから先制点をあげた場合、リードした側が試合の主導権を握るのはサッカーの普遍的なセオリーだ。しかし、そこからより相手ゴールを脅かしたのはウクライナだった。ドイツは引き続き中盤でボールを回しながら慎重に追加点を狙ったが、ウクライナがボールを奪うと素早くドイツ陣内まで攻め上がる。前半29分にはトニ・クロースのロングパスに大型ボランチのサミ・ケディラが飛び出し、GKピアトフと1対1のシーンを作ったが、左足のシュートはウクライナ守護神の勇敢なセービングに阻まれた。勝負を決めたベテランの一撃 厳しい局面をしのいだウクライナは右のヤルモレンコ、左のコノプリャンカという“二本の矢”を武器に同点ゴールを目指して進撃する。攻撃時間はドイツより短いものの、高い位置からクロスを上げれば3人、4人とゴール前に飛び込む攻撃は迫力がある。30分を過ぎた時点でパス成功率はドイツが88%でウクライナが68%と前者が大きく上回ったが、ウクライナの縦パスは1つ通れば決定機という危険なものであり、ドイツの守備陣もかなりスリリングな状況での対応を強いられていた。 ウクライナにとって最大のチャンス、言い換えるとドイツにとって最大のピンチは前半36分に訪れた。GKピアトフからコノプリャンカを経由して左サイドにつなぐと、シェフチュクが前方の左ワイドに流れたMFコバレンコを目掛けてロングフィードを送る。その流れに対応したセンターバックのボアテングがクリアしようとしたが、ボールがコバレンコの体に当たり、ウクライナのボールに。そこからコバレンコが中に切れ込んで右のヤルモレンコに通すと、ドリブル突破を狙う素振りから放った左足のショートクロスにファーサイドを突いたコノプリャンカが左足で合わせた。 この展開にはさすがのドイツ守護神ノイアーも逆を取られたが、咄嗟にカバーしたボアテングが上体に当て、体勢を崩しながらも右足でボールを蹴り上げ、ゴールラインを割るのを防いだ。その直後に巨体がゴールネットに吸い込まれてしまうほどギリギリの対応であり、ゴールラインテクノロジー(ゴールラインを割ったかどうかを判定するために設置されている計測機器)によりゴールライン上でクリアしたことが示された。抱き合う独MF・シュバインシュタイガー(右)とGK・ノイアー=AP 3分後にはロングボールに右サイドのヤルモレンコが飛び出し、カバーに走るヘクトルとのコンタクトプレーでCKを得ると、コノプリャンカのキックがファーサイドに流れたセカンドボールからDFシェフチュクがつなぎ、左からMFシドルチェクが低く速いクロスを上げると、混線からウクライナがボールを押し込む形になったが、オフサイドの判定でノーゴールとなった。 ハーフタイムには全体をコンパクトにしてウクライナにスペースを与えないことを確認したドイツだが、厳しい場面が断続的に訪れたが、ドイツ守備陣がノイアーを中心に何とかリードを維持する。後半途中にはウクライナのフォメンコ監督はスピード型のFWゾズリャに代え188cmの大型FWセレズニョフを投入し、ロングボールからシュートに持ち込む意識をさらに高めた。 ドイツもFWゲッツェのパスからFWトマス・ミュラーが鋭いミドルシュートを放つなど追加点のチャンスを作るが、局面で体を張るウクライナの守備陣を敗れない。緊張感が張りつめた状態のまま後半ロスタイムに入るところで、ドイツのレーブ監督はブラジルW杯の優勝メンバーでもあるベテランMFのシュバインシュタイガーを投入する。すると2分後、この采配がズバリ的中する形でドイツの2点目が生まれた。 ウクライナCKの二次攻撃をDFムスタフィがクリアしたところから、ルーズボールを拾った途中出場のシュールレが縦に持ち運び、斜めに飛び出すエジルに縦パスを送ると、シュバインシュタイガーが右のスペースを疾走。スピードに乗ったまま、左足の正確なクロスに右足で合わせてゴールネットを揺らした。そのままドイツのベンチに駆け寄って監督やチームメートとハイタッチをかわしたベテランの一撃が勝負を完全に決めることとなった。 終わってみれば2−0と大会初めて2点以上の差が付いたが、これぞEUROと言えるほど優勝候補のドイツにとっても苦しい試合展開だった。ドイツは初戦で北アイルランドに勝利したポーランドと、惜しくも敗れたウクライナは北アイルランドと2試合目を戦うが、さらなる激闘を予感させる好ゲームだったことは間違いない。

  • Thumbnail

    記事

    因縁のドイツ戦再び ウクライナ「死の試合」をめぐる論争

    仲野博文(ジャーナリスト)第二回【グループリーグ Match7 ドイツ対ウクライナ】 4年前に欧州選手権が開催されたドネツクの現在  2012年はウクライナのサッカー界にとって、様々な意味でマイルストーン的な年であった。この年、ウクライナとポーランドがホスト国になってユーロ2012が開催され、欧州選手権初出場となったウクライナはグループリーグでスウェーデン、フランス、イングランドと対戦した。  キエフのオリンピックスタジアムに約6万5000人の観客を集めて行われた初戦。ウクライナはキャプテンで国民的英雄でもあるアンドリー・シェフチェンコの2ゴールでスウェーデンに勝利。オリンピックスタジアムはウクライナの名門クラブとして知られるディナモ・キエフのホームとしても使われており、1994年からの5シーズンと2009年からの3シーズンをディナモ・キエフでプレーしたシェフチェンコにとっては戦い慣れた環境だったのかもしれない。シェフチェンコがディナモ・キエフのトップチームでデビューを飾ったのは18歳の時であったが、6歳ですでに同クラブが運営するサッカースクールに入団しており、ディナモ・キエフはシェフチェンコにとって「家」のような存在でもあった。2006年ドイツW杯準々決勝でイタリアに敗れてキャプテンマークをはずすアンドリー・シェフチェンコ(AP) 2戦目と3戦目はキエフを離れ、ウクライナ東部ドネツクのドンバス・アリーナでフランスとイングランドを迎えて行われたが、それぞれ0-2と0-1で敗北。ホスト国のウクライナはグループリーグの最終成績を3位で終え、決勝トーナメントに進むことはできなかった。同じくホスト国として、チェコ、ギリシャ、ロシアと対戦したポーランドにいたっては1勝もできずに、グループリーグを最下位で終えて大恥をかいている。結局、大会を通じてウクライナの全得点となった2ゴールを挙げたシェフチェンコは、それから間もなくして現役引退を正式に表明した。  シェフチェンコは文句なしにウクライナ・サッカー界の英雄だった。ウクライナ代表で111試合に出場したシェフチェンコは、代表最年少と最年長の両方でのゴール記録を持っており、クラブチームでもディナモ・キエフからイタリアのACミランに移籍してからも素晴らしい活躍を見せ、ウクライナ人の自尊心を大いに高めた。  ソ連軍戦車部隊の一員として東ドイツに10年近く駐留した父親は、息子を軍に入れることを望んでいたが、サッカー選手としてのキャリアを選んだシェフチェンコはやがてウクライナの英雄として崇められる存在に大化けしたのである。代表チームの大黒柱であったシェフチェンコの引退によって、ユーロ2012以降のウクライナは若返りを含めた新しいチーム作りに挑んでいる。  2012年に欧州選手権が行われ、翌年の冬には政権交代を求める動きがキエフを中心に見られるようになったウクライナ。2014年には実際に政権が交代し、その後ロシアが事実上の軍事介入を行い、クリミア半島はロシアに併合された。シェフチェンコが最後にプレーしたウクライナ東部ドネツクのドンバス・アリーナはウクライナ軍と親ロシア派武装勢力との戦闘で一部が破壊され、ユーロ2012の開幕に合わせてリニューアルされたドネツク国際空港にいたっては連日の砲撃で空港機能はほぼ全て破壊され、現在も復旧の目途はたっていない。シェフチェンコの引退から4年足らずで、ウクライナはサッカーだけではなく、国家そのものが大きな変化に直面してしまったのだ。ウクライナ東部における戦闘は現在も続いており、ウクライナメディアは11日、親ロシア派武装勢力による攻撃でウクライナ人兵士2名が死亡したと伝えている。武力衝突はまだまだ終わりそうにない。スタローン主演映画のモデルにもなった「死の試合」とは? シルベスタ・スタローン主演映画のモデルにもなった「死の試合」とは?  2014年のワールドカップは予選後のプレーオフでフランスに僅差で敗れ出場できなかったため、新生ウクライナ代表が大きな国際大会に出場するのは、実質的に今回のユーロ2016が初となる。初戦の相手はドイツ。選手層の厚さから考えて、ウクライナの苦戦が予想される。ウクライナは2002年のワールドカップ予選でプレーオフに進出し、ドイツとホーム・アンド・アウェー方式で対戦したが、キエフで行われた初戦は先制したものの追いつかれて引き分けに。ドルトムントで行われた2戦目はドイツのゴールラッシュで完敗した。  全く同じような形でウクライナのサッカーファンを落胆させた試合が1999年4月にあった。UEFAチャンピオンズリーグで準決勝まで勝ち進んだディナモ・キエフがバイエルン・ミュンヘンと対戦したのだ。それぞれがウクライナとドイツを代表する名門同士であり、躍進著しいディナモ・キエフは「下剋上」を狙ってホームで行われた1戦目で猛攻を仕掛けた。後半残り12分の時点で、ディナモ・キエフがシェフチェンコの2ゴールなどで3-1のリード。しかし、敗色濃厚のバイエルンが78分にゲームメーカーのエッフェンベルグが神がかり的なフリーキックを決め3対2にすると、88分にもフォワードのヤンカーが同点弾を決め、わずか12分間で試合の流れを完全に変えてしまったのだ。バイエルンはホームで行われた2試合目にきっちりと勝利し、決勝に進出している。ウクライナのここぞという時の勝負弱さと、ドイツの執念深さが垣間見えた試合であった。  サッカーにおけるドイツとウクライナの関係には因縁に近いものがあるが、1942年にはサッカーの試合が絡んだ悲劇も発生している。1981年にシルベスタ・スタローン主演で公開されたスポーツ映画「勝利への脱出」の制作のヒントにもなったとされる事件である。  「勝利への脱出」は第二次世界大戦中に連合国軍の捕虜の中から選抜されたチームが、フランスのパリでドイツ代表と親善試合を行い、試合終了後に脱走を図るというストーリーだ。連合国チームにはゴールキーパーのアメリカ人兵士がシルベスタ・スタローン。チームで主将をつとめるイギリス人はマイケル・ケインで、ペレやボビー・ムーアといった名選手も捕虜選抜でプレーしている。サッカーの親善試合を国威発揚の機会と考えたナチスは、占領下のパリで連合国の捕虜選抜と試合を開催するのだが、現実世界で同様の試合が組まれた場所はパリではなく、ウクライナのキエフだったのだ。ウクライナMFコノプリャンカ(右)=AP  1942年8月9日、ナチス占領下のキエフでウクライナ人チームとドイツ人チームがサッカーの試合を行い、ウクライナ人チームが5対3で勝利した。ウクライナ人チームの主力は地元のパン屋で働く面々で、彼らは「FCスタート」というクラブを作りプレーしていた。彼らの多くは過去にディナモ・キエフの元選手や、戦争がなければサッカー選手としての将来を嘱望されていた若者であった。  この年の6月、キエフでサッカーのトーナメントが行われた。ウクライナ国内の2チームに加えて、占領部隊から出身地別にドイツ、ハンガリー、ルーマニアの代表チームが作られ、大会に参加した。負け知らずのFCスタートは8月6日にドイツ人チームを5対1で下すが、すぐにドイツ側から再試合の要請があったのだという。  ドイツチームは陸軍と空軍からサッカーが得意な兵士を「増強」し、8月9日の試合に臨んだ。しかし、試合は再びウクライナチームの勝利という結果に。ここまでは資料が現存する事実なのだが、試合後のウクライナ人選手の扱いを巡って、戦後のソ連では様々な逸話が作られた。ドイツ側が試合前にFCスタートの選手に負けることを強要し、八百長試合を拒否したウクライナ人選手が試合後に銃殺されたという話が第二次世界大戦後のソ連や東欧諸国に広がったのだ。試合後すぐに殺害されたという話や、収容所に送られて、そこで見せしめのために殺されたという話も存在した。   ウクライナ人の間でもこれらの話は真実として信じ込まれてきたが、近年多くの学者やジャーナリストの調査によって、FCスタートの選手がみな殺害されたという話には信ぴょう性がないという見方が主流になってきた。ナチスの戦争犯罪を追求してきたハンブルグの検察局も、「確固たる証拠を発見することはできなかった」として2005年に捜査を終了している。ディナモ・キエフが設立時から警察によって支援を受けていたため(東欧には軍や警察が母体のクラブチームは珍しくない)、ディナモ出身の選手がスパイ容疑などで取り調べや拷問を受けていたケースはあるものの、「ドイツに最後まで抵抗して、八百長に手を染めることはなく死んでいった」という話はソ連によるプロパガンダであった可能性が高い。事実、ソ連時代にはリーダーの交代とともに、FCスタートに関する話の内容も変化していた。  俗に「死の試合」と呼ばれてきた1942年の2試合について、キエフ国立博物館の歴史学者マリナ・シェフチェンコさんは2012年6月に、ニューヨークタイムズの取材に対して「みな英雄を求めています。ロビン・フッドのような英雄を」と語り、ソ連が対独・対西側向けに作り出したプロパガンダが結果的にウクライナ人の愛国心を保つ要因になったと語っている。地政学上、常に大国に翻弄されてきたウクライナ。今夜フランスで、再度ドイツと対戦する。

  • Thumbnail

    記事

    「鎖国」から解かれたアンダードッグ アルバニアが新風を起こす

    仲野博文(ジャーナリスト)第一回【グループリーグ Match2 アルバニア対スイス】 鎖国政策に翻弄されたアルバニア国民  フランスとルーマニアの開幕戦でユーロ2016が始まった。今大会では出場国が従来の16から24に増え、その影響もあってか、5チームが大会初出場となる。初出場のアルバニアは、現地時間11日の午後3時に、ベルギーとの国境に近い仏北部ランスでスイスと対戦する。ワールドカップに10大会出場し、今大会が欧州選手権における4度目の出場となるスイスは、国際大会では常連国のひとつであり、イングランドやドイツ、イタリアのクラブチームで活躍する選手が代表に名を連ねている。  一方のアルバニアは、正真正銘のダークホースだ。ワールドカップには一度も出場したことがなく、欧州選手権も今大会が初出場となる。アルバニアが主要な国際大会に出場できなかった理由は、そのほとんどが他国同様、予選で敗退したからである。しかし、1970年代から80年代にかけては予選そのものに参加しなかった時期もあり、当時の独裁政権が事実上の鎖国政策を実施したことが、スポーツにも大きな影響を与えていた。前日練習を行うアルバニア代表=6月10日、ランス(ロイター) アルバニアでは第2次世界大戦末期の1944年11月、国内のレジスタンス活動を主導していたエンヴァル・ホッジャがソ連の支援を受けてアルバニア共産党による臨時政府を樹立。1946年にはアルバニア人民共和国が設立され、ホッジャは引き続き首相の座に就いた。ホッジャは1954年に首相の座から退くが、アルバニア労働党(1948年にアルバニア共産党から改名)の第一書記として、1985年に死去するまでの間、権力を掌握し続けていた。  40年以上にわたってアルバニアを支配したホッジャはスターリン主義の熱烈な支持者であったが、フルシチョフによるスターリン批判を機にソ連と断交。その後、中国との関係を強化するものの、70年代にアメリカと中国の外交関係が改善されたことで、中国とも距離を置いた。その結果、欧米はおろか、共産圏の国でもアルバニアと付き合いのある国はほぼ皆無となり、アルバニアの「鎖国政策」はホッジャが死去するまで続いたのだ。  余談になるが、ホッジャの死後に市場経済を導入したアルバニアではネズミ講が大流行した。しかし、1997年にネズミ講が破たんすると、国民の3分の1が一夜にして全財産を失い、アルバニア国内では連日暴動が発生した。アルバニア各地で発生した暴動では、1300か所に及ぶ軍の武器庫も襲われ、その際に略奪された銃器類は最大で150万丁に及ぶ。  近年、アルバニアや旧ユーゴ諸国から西ヨーロッパに流れた自動小銃などが、テロや犯罪で多用されることが大きな問題となっているが、アルバニアはヨーロッパにおける銃の密輸で最大の供給国という顔を持つ。ユーロ2016の開幕戦が行われたパリ近郊のスタッド・ド・フランスでは、昨年11月にサッカーの試合中にスタジアムの外でテロ事件が発生したが、その際に使用された自動小銃にはアルバニアから密輸されたものも含まれていたことが後に判明している。アヤックス会長も激怒したホッジャ時代の奇妙なルール アヤックス会長も激怒したホッジャ時代の奇妙なルール  話をホッジャ時代に戻そう。ホッジャは宗教や外国文化が自国民に与える影響を長年にわたって懸念していたとされる。オランダリーグで王者に輝いたアヤックスは1970年9月にヨーロピアン・カップ(UEFAチャンピオンズリーグの前身)でアルバニアを代表するクラブチーム「17ヌントリ(現KFティラナ)」と対戦した。ホーム・アンド・アウェー方式の初戦はアルバニアの首都ティラナで行われたが、アルバニアの政府系旅行代理店からアヤックス側に送られたリクエストに当時のアヤックスの会長が激怒したというエピソードも残っている。前日練習を行うアルバニア代表のMFカナ=6月10日、ランス(ロイター) アルバニア政府側から出されたリクエストは、「髪の長さが1.5センチを超えた場合、ひげを伸ばしているのが確認された場合は、選手やスタッフの入国を許可することはできない。同行する女性スタッフは、ひざ上2.5インチ以上のスカートを着用してはいけない」といった内容だった。ティラナでの試合は2-2の引き分けという結果に終わったが、ホームに戻ったアヤックスは2-0で勝利している。  その後、アルバニア政府は鎖国政策を強化し、サッカーのアルバニア代表はワールドカップや欧州選手権といった国際大会への不参加を繰り返すようになる。1970年代には、7年間の間に行われた代表の試合が一試合のみという時期も存在した。これらの大会の予選に再び参加するようになったのは1982年以降。英紙ガーディアンによると、UEFAは80年代に参加クラブ数の削減や予選ラウンドの廃止を検討した時期があり、真っ先にアルバニアのクラブチームがその対象になったのだという。しかし、同じ時期にフーリガンによる暴力事件が相次いだことで、イングランドのクラブに出場停止処分が科せられ、アルバニアは首の皮一枚でヨーロッパに残留したのだ。  しかし、アルバニアのクラブチームの蛮行が1987年に大きく報じられた。ポルトガルのリスボンでベンフィカと対戦したパルティザニ・ティラナは、ベンフィカでストライカーとしてプレーしていたルイ・アグアスのファールに激怒。ハーフタイム直前にパルティザニの2人の選手がアグアスの腹部を蹴り上げる暴挙に。その後も激しいファウルや審判への暴言で、後半だけでさらに3人が退場する大荒れの試合に発展した。また、市場経済導入後のアルバニアでは代表に選出されるためには数十万円の賄賂を監督に渡さなければいけないという都市伝説も広まったが、これは決して出鱈目な話というわけではないようだ。否定できない経済格差 否定できない経済格差サッカーのレベルではそこまで大差はないはず  ヨーロッパの上流階級に属するスイスと、下流社会でもがいていると言わざるをえないアルバニア。それぞれの所得水準に目を向けると、スイスとアルバニアが同じ「ヨーロッパ」に属しているとは考えられないほど、両国の経済格差は顕著だ。世界銀行が公開する最新のデータによれば、スイスの2014年の所得水準が国民一人あたりでは世界トップクラスとなる8万4720ドルなのに対し(日本は4万2000ドル)、アルバニアは4450ドル。北アフリカのアルジェリアやカリブ海のドミニカ共和国の方が、アルバニアよりも所得水準は高い。  アルバニアでは1980年代の終わりから、共産主義政権や国内の混乱に嫌気のさした国民が、新天地を求めてギリシャやイタリアに向かうケースが後を絶たず、現在でもギリシャとイタリアにはそれぞれ50万人を超えるアルバニア人が住んでいるという指摘も。最盛期にはギリシャに滞在する経済移民の半数以上がアルバニア人であったとされるが、2011年の経済危機以降にギリシャを去ったアルバニア人も少なくないようだ。しかし、現在でも国外で働くアルバニア人による家族への仕送りは絶えることはない。  大会初出場となるアルバニアは、各国でプレーする選手を寄せ集めたようにも思える未知のチームだ。アルバニアの国内リーグでプレーする二人のゴールキーパーを除くと、残りの選手は12か国に散らばってプレーしており、リヒテンシュタインやアゼルバイジャン、イタリアなど多岐にわたる。経済では大きな格差が存在するアルバニアとスイスだが、FIFAランキング42位のアルバニアと15位のスイスの間には経済ほど大きな格差はない。  アルバニア系の修道女として活動し、1979年にはノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサは「あなたは、あなたであればいい」という名言を生前残している。鎖国政策も消滅し、自由にプレーできるようになったアルバニア代表。アンダードッグの意地を見せて、今大会でとことん成り上がってほしいと切に思う。

  • Thumbnail

    記事

    欧州最強国、大会屈指のタレント軍団ベルギーが「台風の目」になる!

    河治良幸(スポーツジャーナリスト) EURO2016が6月10日(日本時間の11日未明)にフランスで開幕する。今大会から出場数が24カ国に増え、4×6組に分かれてグループリーグを戦い、そこから決勝トーナメント、さらに優勝を目指す流れになるが、グループリーグから好カードが目白押しとなっており、サッカーファンには眠れない夜が続きそうだ。 優勝争いはブラジルW杯優勝のドイツをはじめ大会2連覇中のスペイン、開催国フランス、急速に成長してきたベルギーあたりか。もちろんクリスティアーノ・ロナウドを擁するポルトガル、若手の台頭が著しいイングランド、タレント集団のクロアチア、伝統的な堅守を誇るイタリアあたりにも流れが向けばチャンスはありそうだが、大会の行方を占う意味でも初戦は重要なカギを握る。相手と激しく競り合うベルギーのエデン・アザール(左) 開催国フランスは“聖地”サン・ドニでルーマニアとの開幕戦を行う。本来エースのFWカリム・ベンゼマをピッチ外の問題で、守備陣の主力として期待されたDFラファエル・バランとMFラサナ・ディアラが怪我で選外となったが、スペインのアトレティコ・マドリーでリーグ22得点を記録したアントワーヌ・グリーズマン、若手選手の中でも期待を集めるMFポール・ポグバなど戦力は充実しており、98年W杯でキャプテンとして母国の優勝に貢献したディディエ・デシャン監督がチームをどうまとめていくか注目される。 対するルーマニアは攻撃陣に目立ったタレントはいないものの、イタリアのセリエAでも屈指の実力者として知られるGKチプリアン・タタルシャヌを中心とした手堅い守りから、MFオビディウ・ホバンを起点に繰り出すサイド攻撃はなかなかの迫力がある。おそらくボール保持率はフランスが60%以上を握ると予想できるが、90分の中ではフランスが押し込まれる時間帯もあるはず。そこでフランスがどうしのいで次の攻勢につなげるか。大会の開幕戦は堅いゲームになりがちだが、フランスにはディミトリ・パイェというFKの名手がおり、大会最初のゴールが彼の右足からもたらされれば、世界中で話題を集めるだろう。 グループリーグは各国が3試合を戦うが、その1試合目からB組のイングランド×ロシア、D組のスペイン×チェコなど興味深いカードが続くが、特に注目を集めそうなのがE組のベルギー×イタリアだ。チェルシー所属のエデン・アザールを筆頭に大会屈指のタレント力を誇るベルギーがイタリアの堅守をこじ開けることができるのか。中盤から多くのチャンスを演出し、正確なシュートを放つケビン・デ・ブルイネの仕掛けもイタリアの守備を破るための強力な武器になる。 守護神ジャンルイジ・ブッフォンが後方を支えるイタリアはベルギーと対照的に攻撃陣がタレント不足とも言われるが、こうした大会にかける集中力の高さは優勝経験の豊富な伝統国にしかないものがあるはず。その中で復活にかける快足FWステファン・エル・シャーラウィやロングシュートのゴールが話題を集めたMFアレッサンドロ・フロレンツィあたりがラッキーボーイ的な活躍を見せられれば、攻守が噛み合う形で躍進を遂げる可能性がある。 その意味でも優勝候補の一角と見られるベルギーを叩けばチームは流れに乗れるだろう。ただ、グループリーグは3試合あるので、0‐0のまま後半まで試合が進んだ場合、無理せず勝ち点1を取りに行くプランも悪い選択ではない。今大会をもって退任することが決まっているコンテ監督の采配次第だ。スーパースターだけではない注目の選手たち 今大会のMVP候補としてはポルトガルのクリスティアーノ・ロナウド、スウェーデンのズラタン・イブラヒモビッチ、イングランドのウェイン・ルーニー、スペインのアンドレス・イニエスタなど超の付く世界的なスーパースターの名前をあげないわけにはいかないが、ここで大ブレイクを果たしてスーパースターへの階段を駆け上る選手が出て来る期待も高まるところだ。 先ほど名前をあげたフランスのグリーズマンやポグバ、ベルギーのデ・ブライネはまさしくそうだが、イングランドの新エースとして期待されるFWハリー・ケインやオーストリアで攻守の要として奮闘するMFダビド・アラバ、超絶のFKを誇るトルコのハカン・チャルハノールなど、チームの躍進とともに注目が高まる可能性は十分にある。またクラブレベルではすでに国際的なビッグネームであるウェールズのMFガレス・ベイルやポーランドのFWロベルト・レバンドフスキは代表でも栄光を掴めれば、スーパースターとしての価値がさらに確立されることは間違いない。開幕戦に備え汗を流すフランス代表の選手たち またEUROは知られざる新鋭が大活躍を見せて一気に名前を売る格好の舞台でもある。特に今大会は20歳前後の選手が多く、その中から次代のフットボール界を担うヤングスターが出現する可能性は高い。イングランドの18歳FWマーカス・ラッシュフォードは恐れ知らずのストライカーであり、大舞台でセンセーショナルなゴールを決めるポテンシャルは十分だ。 ポルトガルの18歳MFレナト・サンチェスは圧巻の機動力と意外性に富むプレーで攻撃にダイナミズムをもたらす。大会中に20歳の誕生日を迎えるフランスのFWキングスレイ・コマンはドリブルのセンスが魅力だが、ドイツ王者のバイエルン・ミュンヘンでプレーの幅を広げており、グリーズマンらとの共演で大きな仕事をやってのけるかもしれない。ドイツの20歳MFレロイ・ザネは世界王者のドイツでも主力級の輝きを見せており、大会中にレギュラーの座を射止め、ブラジルW杯に続く主要大会の連覇に導く推進力になるだけの能力を秘める。 色々な視点から楽しめるのがEUROの醍醐味だ。開幕戦からそれぞれの目線でハイレベルなフットボールを堪能してほしい。