独占激白! 猪瀬直樹は何を語る
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独占激白! 猪瀬直樹は何を語る

前東京都知事、猪瀬直樹氏が「政治とカネ」をめぐる問題で辞任を表明したのは、ちょうど1年前の12月19日だった。史上最多得票、東京五輪招致の成功…。絶頂だった人生は、たった一度の過ちと最愛の妻を失ったことで一変した。失脚から1年。公の場から姿を消した猪瀬氏がiRONNA編集部に独占激白した。

前東京都知事、猪瀬直樹氏が「政治とカネ」をめぐる問題で辞任を表明したのは、ちょうど1年前の12月19日だった。史上最多得票、東京五輪招致の成功…。絶頂だった人生は、たった一度の過ちと最愛の妻を失ったことで一変した。失脚から1年。公の場から姿を消した猪瀬氏がiRONNA編集部に独占激白した。

謹慎生活から1年

石原氏語る

 ──石原氏は(前東京都知事の)猪瀬直樹氏に副知事を経験させ、後継に指名したが、(医療法人徳洲会グループから)5千万円の提供を受けて問題になった。誤算だったか。
 「それはわからないが、私は彼を評価している。物書きのくせにあんなに数字に精通して、数字の虚構を見破ることができる男を私は知らなかった。それから役人が体裁の上でつく嘘を見破るのも非常にうまい。彼は日本でも一流のノンフィクション作家だったから、そういうリサーチ能力は非常にあった。非常に惜しい人を失ったと思う。東京のためにも大きな損失だった」
 ──その5千万円をいただいた相手は(「徳洲会」前理事長の)徳田虎雄氏だった。徳田氏はもともと石原さんのファンであり支持者だったが、違和感はなかったか。
 「むしろ私が徳田さんのファンだ。彼は本当に日本のシュバイツァーといっていいのか、見事な志を持った大事業家だと思う。日本の医師会が彼に反発し、自民党が彼をボイコットしたのは間違いだと思う。彼だけの自己犠牲を踏まえて病院の経営で人を助けた人がいますか」
 ──猪瀬氏から石原氏に相談はなかったのか。
 「ない。個人の金融の問題ですから」

やまもといちろうの目

わが友、猪瀬直樹へ

彼は何者なのか

失意の底でいま何を思う

 猪瀬氏とお会いしたのは12月3日、東京・西麻布の彼の事務所だった。玄関をくぐり階段を下りると、昨年7月に他界した妻、ゆり子さんの遺影が置かれた祭壇が目に入った。「ここで、お線香をあげていただけますか」。事務所スタッフの方の案内で線香に火をともし、遺影の前で静かに手を合わせた。
 ゆり子さんの遺影は、ご子息の披露宴の際に猪瀬氏と2人並んで撮影した写真を切り取ったものだという。元の写真は猪瀬氏の肩に手を添えて2人が寄り添う、なんとも仲睦まじい写真だった。
(瀧誠四郎撮影)
 「お仏壇の代わりだよね。自宅には小さな仏壇があるんですけど、ここはお客さんもよく来るし、みなさんにはお墓参りの代わりに線香を立ててもらってるんですよ…」。47年間連れ添った妻に最期まで「さよなら」と言えなかった夫としてのせめてもの償いなのだろうか。少し遠い目をしながら、か細い語り口で教えてくれたのが印象的だった。
 ベストセラー作家から政治家に転身し、歯に衣着せぬ発言でどんな相手だろうと切って捨てた強烈な個性。画面に映る彼の姿は、いつも自信に満ち溢れ、時折行き過ぎとも思える傲岸な態度を不快に思うこともしばしばあった。気難しい人。そんなイメージばかりが先行していたが、今回初めて会った猪瀬氏の印象は、画面を通して知る姿とはまるで別人だった。
 有名作家としての地位を確立し、小泉純一郎元首相の「聖域なき構造改革」の立役者、そして東京五輪招致を成功させた最大の功労者でもある。434万票という史上最多の得票で都民の支持を得た彼は、まさに人生の絶頂期にあったといっても、過言ではなかっただろう。それでも、たった一度の過ちと、最愛のパートナーを失った悲運が重なり、彼の人生はたった1年で「天国」から「地獄」へと転げ落ちた。
 「僕はプランナーだから」「政治家としては素人だった」。取材中、猪瀬氏は繰り返しこの言葉を選んで使った。2020年の東京五輪を誘致するという彼のプランは見事に成功した。だが、6年後も知事として大会を成功させるというグランドプランも彼の中にはきっとあっただろう。それが「素人」だったがゆえに志半ばで終わったことへの後悔は本当になかったのか。取材の最後にぶつけた質問に、彼はひと呼吸ついて答えた。
 「期待してくれた人たちには本当に申し訳ないんだけど、僕は失敗しちゃったからね。もうちょっとやっぱり…」。未練があるのか、ないのか。真意を引き出せなかったのは残念だが、「猪瀬直樹」という人物への興味はなぜかふつふつと湧いてきた。
(iRONNA編集長 白岩賢太)
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