共産主義の戦争責任を問う

共産主義の戦争責任を問う

戦後70年を迎え、改めて注目される日本の「戦争責任」。本当に日本だけが悪かったのか。日本は侵略国家だったのか。この問題を考える一助として、近年保守論壇を中心に注目されている「共産主義の戦争責任」についてシリーズで論じたい。

小島新一のズバリ正論

 戦後70年を迎え、日本の「戦争責任」が改めて注目されています。日本が侵略国家だったから、あるいは軍国主義国家だったから、日本は大陸で戦争を始め、遂には米英をはじめとする連合国との無謀な戦争を始めた――。戦後は、そんな「日本悪玉論」、あるいは東京裁判史観が幅を利かせてきました。それに異を唱えようものなら「軍国主義者」「右翼」呼ばわりされ、あろうことか最近では「歴史修正主義者」のレッテルを貼られてユダヤ人を大虐殺した(ホロコースト)ナチス・ドイツと同等視される有様です(ちなみに、東京裁判でホロコーストと同じ「人道に対する罪」で有罪となった人はいません)。
 本当に、日本だけが悪かったのか。日本は侵略国家だったのか。この問題を考える一助として、近年保守論壇を中心に注目されている「共産主義の戦争責任」論について紹介したいと思います。
 20世紀は「革命の世紀」とも言われるほど、共産主義・社会主義が世界中を席巻した時代でした。1917年のロシア革命で世界初の共産党独裁国家となったソ連は、世界中の共産化を目標として掲げていました(ロシア革命を主導したレーニンの後継者スターリンは世界革命を考えていなかったという説もありますが、そんなことはありません)。そして、共産主義者たちの活動は、戦前の日本にも中国大陸にもアメリカにも及んでいました。
 彼らの「世界共産化」という目標が、第二次世界大戦に大きく影響していたと考えるのが、「共産主義の戦争責任」論です。そもそも戦争と革命は、第一次世界大戦の混乱がロシア革命を成功させたように切っても切れない関係にあります。その成功体験と世界共産化の目標が結びついていたとしたら――。
 指摘されている「共産主義の戦争責任」は多岐にわたり、日本とのかかわりだけでいっても大きく三つの局面があります。

(1)日米戦争の背景には、日本を敗北させその混乱に乗じて革命を起こそうという目論見があった。

(2)日米戦争の引き金となった日本軍の南進(昭和16年)には、ドイツに攻め込まれていたソ連を日本軍の攻撃(北進)から守るとともに、日本を南進させて対米戦に向かわせるという目論見があった。

(3)日中戦争(シナ事変)の背景には、日本軍と中国国民党を戦わせることで両者を疲弊させ、国民党に追い詰められていた中国共産党を生き延びさせるとともに、日本軍の北進を妨げてソ連を防衛するという目論見があった――。


 これから、シリーズでこの「共産主義の戦争責任」論を紹介していきたいと考えています。第二次世界大戦、あるいは大東亜戦争を、共産主義という補助線を引いて眺めたとき、東京裁判史観とはまったく違った構図が現われてきます。なぜこれまで、20世紀の世界を大きく揺り動かした「共産主義」という要素をみずに戦争責任が議論されてきたのかも含めて、あの戦争を改めて考える機会としていただければ幸いです。
 ではまず、(1)に関連した論文から…。

秘められた「敗戦革命」

  • 「日米を戦わせよ」1920年のレーニン演説とスターリンの謀略

    「日米を戦わせよ」1920年のレーニン演説とスターリンの謀略

    「ロシア革命の父」レーニンの“遺言”は、後継者スターリンによって実現した。「妄想史観」批判へのとどめの一撃!

昭和16年4月、日ソ中立条約調印

 昭和16年4月13日。1カ月余りに及んだ訪欧を終え、モスクワ近郊のヤロスラブリ駅で列車の出発を待っていた外相、松岡洋右(ようすけ)にサプライズが用意されていた。近づいてきたのはソ連最高指導者、スターリン。賓客を見送るのは前代未聞で、2人はロシア式の熊のような抱擁を交わした。
 --我々(われわれ)は両国民族を新しい友好の道に向かわせた
 シベリア鉄道の車中からソ連側に電報を打ち、松岡は電撃締結された日ソ中立条約の余韻に浸る。
 わずか1週間の交渉で締結した背景には東欧の勢力範囲をめぐり衝突が続いてきた独ソ関係の悪化がある。松岡がベルリンでヒトラーとの会談を4月4日に終え、7日にモスクワ入りするまでの間、ソ連はユーゴスラビアと不可侵条約を締結、ドイツは対抗しユーゴに進駐を開始する。日ソ中立条約締結はソ連が軍を西方に集中でき、後に「クレムリン(ソ連)が漁夫の利を得る巧妙の芸当」と評される。独ソの思惑をよそに条約締結で松岡は外交問題を一挙に片づける大構想の実現に近づいたと上機嫌だった。
 --日独伊三国同盟にソ連を加えた4国の連携で、米国を威嚇した上でルーズベルトに斡旋(あっせん)を依頼し、松岡・蒋介石会談を実現。満州国承認と支那撤兵で中国問題に決着をつけ、日米、日中不可侵条約を結ぶ。
 スターリン宛ての電報には「生涯における最も幸せな瞬間」ともあったが、松岡に独ソ開戦の現実が突きつけられるのは、2カ月後の話だ。(「『日米開戦 70年目の検証』近衛首相 妥協の二重外交」産経新聞、2011.04.02)

スターリンの戦略か

砕氷船理論

 スターリンが実行したと一部の論者が主張している戦略。第二次世界大戦におけるドイツと日本の侵略を「砕氷船」として利用し、その対象となって疲弊した地域を共産主義陣営に取り込む戦略のこと。転じて、他者の行動をてこにして自分の利益を図る戦略を「砕氷船理論」と呼ぶこともある。


明らかになるソ連のスパイ

  • アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略

    アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略

    第二次世界大戦前後の時期に、アメリカ政府内に多数のソ連のスパイが潜入したことを暴いた「ヴェノナ文書」の公開以降、同国内では「ルーズヴェルト政権はソ連や中国共産党と通じていたのではないか」という古くからの疑念が、確信へと変わりつつある。

同じDNAを引き継ぐ

  • 歴史で解き明かす中国とロシアの「正体」

    歴史で解き明かす中国とロシアの「正体」

    2014年2月、ウクライナのヤヌコーヴィッチ政権が倒れて以降、西方の国際政治はロシアの動向を基軸として、大きな転換のさなかにある。ロシアはクリミアを編入し東部の諸州でも内乱状態を助長。欧米はロシアの行動を強く非難したがロシアは決して孤立していない。明確な支持を打ち出した国があるからだ。

共産主義の戦争責任を問う

「日本悪玉論」についてどう思いますか?

  • 138

    かつての日本は侵略国家であり、批判は当然である

  • 2536

    戦争責任は共産主義にもあり、一方的な批判はおかしい

  • 70

    よく分からない

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