それでも海と生きる
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それでも海と生きる

1万5891人が亡くなり、今も2584人の行方が分からない東日本大震災は11日、発生から4年を迎えた。津波や原発事故で故郷を失っても、多くの人が「それでも海と生きる」と決めた。「復興」の二文字だけが独り歩きする現実。複雑に交錯した人々の思いが被災地を包んだ。

1万5891人が亡くなり、今も2584人の行方が分からない東日本大震災は11日、発生から4年を迎えた。津波や原発事故で故郷を失っても、多くの人が「それでも海と生きる」と決めた。「復興」の二文字だけが独り歩きする現実。複雑に交錯した人々の思いが被災地を包んだ。

心をひとつに


今泉天満宮(岩手県陸前高田市)の境内で営まれた慰霊祭
 午後2時46分、追悼のサイレンが鳴り響く中、そっと目を閉じた。辺りを包む1分間の静けさ。すすり泣く声も聞こえる。被災した人々は今、何を思っているのだろう。この間、取材で出会った被災者の顔と言葉が次々と思い浮かんだ。あの日から4年を迎えた11日、御神木の一本杉だけを残して流失した、岩手県陸前高田市の今泉天満宮で営まれた慰霊祭に参列した。
 境内には被災した6県の神職も集まり、犠牲者に祈りを捧げた。4年前、神社を支える多くの氏子が津波で被災し、再建は今も困難を極める。それでも今泉天満宮の荒木真幸宮司は「心をひとつにすることは復興の大きな力になる」と地域の絆の重要性を説く。「その土地の歴史を繋いでいく存在としても、神社はなくてはならない」。

宮古市田老地区にある 震災遺構「たろう観光ホテル」
 前日は岩手県宮古市の田老地区を取材した。スーパー堤防にほど近い、被災した22の商店が集まる共同仮設店舗を訪れ、近くにある仮設住宅に住む人々らの交流の場でもある1階のカフェスペースで被災した人々の声を拾った。
 「これは○○さんの家だ」「○○さんが映っているよ」。テレビの前に集まり、わが街が津波に呑み込まれる記録映像を食い入るように見つめていた。
 「この時は生きているだけで幸せだと思ったけれど、そうもいかなくなってきたね…」
 一人の女性のつぶやきが耳に飛び込んできた。声には出さないが、他の被災者も同じ思いを抱いているのではないか。ほんの小さなつぶやきだったが、心の叫びのように聞こえ、しばらく耳から離れなかった。
 通りに出ると、資材を積んだダンプカーが行き交う喧騒に思わず耳をふさいだ。復旧工事は急ピッチに進むが、被災者の心の叫びは本当に届いているのだろうか。「復興」とはいったい何なのか。たった二文字で表すことなんてできない難しさも、この地を訪れれば痛感する。被災した人々がそれぞれ失ったものは異なり、境遇だって違う。 だからこそ「心をひとつにする」。それが被災者の生きる力となり、真の「復興」への力に変わるのだと感じた。(文・写真、iRONNA編集部 川畑希望)

女川町からの報告

沈黙の被災者

教訓は生かされるか

安倍首相、高台移転の加速を明言

10日、会見した安倍首相(代表撮影)
 安倍晋三首相は10日の記者会見で、被災地の住宅再建策について、今後1年で災害公営住宅をさらに1万戸完成させ、また、高台移転のための宅地を来年3月までに1万戸分整備する方針を明らかにした。
 震災から4年がたった今も被災3県では約23万人が仮設住宅などでの避難生活を余儀なくされており、政府は生活再建の土台となる住宅建設を加速させ、復興を後押ししたい考えだ。ただ、災害公営住宅の建設は計画の20%程度にとどまり、高台への防災集団移転のための宅地造成も計画の40%足らずと事業計画全体に遅れが目立つ。
 安倍首相は、国の復興事業の財源を確保する集中復興期間が来年3月末で終わるのを踏まえ、次の5年間の新たな枠組みとなる計画を今夏までにつくると表明したが、被災者の暮らし再建をどう加速させるかが大きな課題となっている。
6割が住まい確保=津波被害の沿岸部-高台移転になお時間・東日本大震災4年(時事ドットコム2015.3.7)
<震災4年>首相「居住の安定確保に全力」(河北新報オンライン2015.3.11)

カメラで収めた人々の思い

人に優しくなれぬつらさ

 執刀に当たった担当医が手術前に「これからお友達の分まで元気になって生きていこうね」と声をかけると、女児は「うん」とうなずいたのだという。今年1月、肺の移植手術を受けた女児は、8歳だった。
 特発性間質性肺炎を病み、生まれてからほとんどの期間を人工呼吸器につながれて生活してきた。手術は成功した。
 「お友達」は、6歳未満の女児だった。昨年、心臓のポンプ機能が衰える拡張型心筋症と判明し、補助人工心臓を装着した。心臓移植の待機患者として登録するとともに、海外での移植に向け渡航の準備中だったが、心臓でできた血栓が脳の血管を詰まらせる心原性脳梗塞を発症し、脳死と判定された。
 ご両親のコメントを、一部だが、再掲する。
 「娘がほぼ脳死状態にあると分かった時、心臓移植待機中のことを思い出しました。国内では臓器移植が少ない現状を強く感じていましたので、迷わず娘の臓器を移植待機されているお子さまやご家族のために提供したいと申し出ました。私たちは娘が発病してからの3カ月間、暗闇の中にいました。同じようなお気持ちの方に少しでも光がともせたらと思っています」
岩手県陸前高田市の旧道の駅高田松原前で開催されたイベント「3・11夢あかり-陸前高田の慰霊と復興-」(大西史朗撮影)
 これほどに心揺さぶられた文書があったか。つらい思いをしながら、いや苦しい思いをしたからか。どうして人は他人を、ここまで思いやることができるのだろう。粛然とし、立ちすくむ思いだった。
 3・11、東日本大震災から4年。
 1月17日には阪神大震災から20年の節目を迎え、東北でも鎮魂の鐘が鳴った。4年前には神戸から、多くのボランティアが東北を目指した。つらい目に遭えば遭うほど、人は優しくなれるようにみえる。なぜだろう。東北の被災地で聞いた。
 「本当につらい思いをした者にしか分かってもらえない。そんな諦めの裏返しなのかもしれないね」
 ずしりと重い言葉だった。(産経新聞論説副委員長 別府育郎)

妬みを生む「お金の話」

震災の深い爪痕

自己完結型の活動

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