日本国憲法、私はこう考える

日本国憲法、私はこう考える

68年前のきょう、日本国憲法が施行された。先の大戦で敗戦した日本が新たな時代へ歩み出した記念すべき日でもある。そしていま、現行憲法の在り方をめぐり活発な議論が繰り広げられている。時代遅れの「代物」なのか、それとも普遍の価値を称えるのか。日本国憲法について考えたい。

なぜ自由や公正が「当たり前」なのか

  • 木村草太が考える 日本国憲法とは何か?

    木村草太が考える 日本国憲法とは何か?

    いま、日本国憲法に強い関心が集まっている。しかし、そもそも、日本国憲法とは何なのか。気鋭の憲法学者、木村草太が、定められた目的、制定の経緯、大日本帝国憲法との比較という三つの観点から考える。

生き方を強制されないための存在

  • 政治学者が考える憲法論議 政争の具ではいけない

    政治学者が考える憲法論議 政争の具ではいけない

    憲法をめぐる問題は、戦後日本の政治対立を象徴する論点である。改憲、護憲、加憲、創憲などの政治的立場に色分けされた戦後日本ほど、憲法が政治対立の中心にあって国民を分断し続けてきた国はないかもしれない。

現行憲法は8日間の「代物」

 民主党の岡田克也代表がこのところ、繰り返し表明している憲法観がよく分からない。岡田氏は、「安倍晋三首相が首相である間は憲法改正の議論はしたくない」と述べており、その理由について2月6日の記者会見でこう説明した。
 「首相は憲法を素人のGHQ(連合国軍総司令部)が8日間で作り上げた代物だと発言している。今の憲法を非常に悪く、低く見ている。さげすんでいるというと言い過ぎかもしれないが、そういう首相の下での憲法論議は非常に危ない」
衆院予算委員会で民主党の逢坂誠二氏の質問に対し、現行憲法に関する見解を撤回しなかった安倍晋三首相=3月6日(酒巻俊介撮影)
 「一国の首相が自国の憲法を8日間で作られた代物だというのは、民主主義国では考えられない」
 また、1月14日の集会ではやはりこの「8日間」を強調してこう語っている。
 「自国の憲法をそこまで足蹴にする首相は珍しい」
 首相の考え方が気に入らないから議論しないというのも、言論の府たる国会の野党第一党の党首としてどうか。最高法規である憲法について論じるかどうかを、属人的に判断するというのも理解し難い発想だ。
 そして、なぜ「8日間」と言うのはダメで、民主主義国では考えられないのかさっぱり解せない。
 現行憲法の原案は占領下の昭和21年2月4日、GHQ民政局のスタッフが作成作業を始め、10日に完成して12日にはマッカーサー最高司令官に提出されたものであることは、もはや常識の範囲だろう。8日間どころか実質的に6~7日間で出来上がったとも言える。
 しかも、この民政局スタッフに憲法の専門家は一人もいなかったのだから「素人」とみるのは何も間違っていない。岡田氏はいったい、何が「足蹴」で「危ない」と言うのだろうか。(阿比留瑠比の極言御免 産経ニュース2015.2.12)
安倍首相インタビュー 安保環境激変 対応できる憲法を(2013.4.27)
なぜ安倍政権は憲法改正を目指すのか-船田元・自民党憲法改正推進本部長(PRESIDENT online2015.4.16)

手続きは整った

  • 与野党は真の日本示す新憲法を示せ 作成は国民の責務だ

    与野党は真の日本示す新憲法を示せ 作成は国民の責務だ

    昨年6月の改正国民投票法の施行で憲法改正の手続きは整った。にもかかわらず各党から憲法改正に付すべき項目が提出され、審議される動きが見られないことを駒沢大学名誉教授、西修が嘆く。

  • 安易な先送り避け憲法改正急げ 沖縄の人々に改正権の行使を

    安易な先送り避け憲法改正急げ 沖縄の人々に改正権の行使を

    憲法改正の発議とその賛否を問う国民投票の時期は果たして来年夏の参院選後でいいのか。再来年春には消費増税が控えている時に国民投票など無謀過ぎないかと日本大学教授、百地章は懸念する。

改憲も護憲もキャラの応酬?

 自民党は4月28日、憲法改正推進本部(船田元本部長)が憲法改正の意義を若者らに分かりやすく説明するために作成した漫画「ほのぼの一家の憲法改正ってなあに?」を発表した。所属議員の街頭演説や、都道府県連などを介して希望者に配布する。
 漫画は4世代家族の会話を通じて、GHQ(連合国軍総司令部)が現行憲法の原案を短期間で作成した制定過程などを紹介。また、大規模自然災害などに対応する緊急事態条項を憲法に新たに盛り込む必要性も強調している。
 一方、共産党は2013年の参院選に立ち上げた「カクサン部!」で、「日本国憲法を愛する日本国拳法の達人」だという憲法担当のキャラ、ポーケン師匠が改憲反対を訴えている。
第5講 平和を脅かす憲法改悪を許すな!(日本共産党カクサン部!『3分でわかる!?政策講座』)

いま、私が日本国憲法に思うこと

  • 国家と憲法と私たち

    国家と憲法と私たち

    著者 一大学生(東京都) 「憲法」は英語で”Constitution”であり、これは「国体」をも意味する。憲法はその国の最高法規であるとともに、国柄を表すものでもある。

  • 憲法改正は次世代のために

    憲法改正は次世代のために

    著者 Tohgou(静岡県) GHQ主導で制定された憲法だから改正する。という観点から、論を展開する改憲派の主張は、至極真っ当である。私は、ごく普通の一般人だが、改憲派の主張に賛同している。

国の形としての憲法

9条で戦争放棄を定めた日本国憲法
(国立公文書館蔵)
 保守の論客らが早くから論じていることだが、憲法を示すコンスティテューションという語は、組織や構造などの意味も持つ。憲法は国の体、あるいは国の形であるとも理解されるべきなのだ。アメリカ人が原型を作った憲法が日本という国の体、形を表すとはいえず、かつ、戦後の日本人自身がこの占領憲法を懸命に護持するさまは、常識に照らせば倒錯的ですらある。
 国の形としての憲法の原型を日本は、西から成ったこの国の成り立ちの早い段階において持っている。驚くべきことだ。戦争の時期をまたいで活動した倫理学者の和辻哲郎は、聖徳太子の十七条憲法は私ではなく公に関心を向け、国家の倫理的意義を説いていると解釈した(「日本倫理思想史」)。ことさらに話をややこしくするのはやめよう。家族や地域の一員であることによって、たとえば親は親らしくといわれるように、人間にはすでに倫理が働いている。それら共同体にそれぞれの場を与えて統一するのが、公そのものである国家ということになる。このような和辻の立場から十七条憲法は、「国家が人倫の道の実現であるという思想」とみなされる。
 こう考えると、すっきり見えてくるものがある。現行憲法は13条に「個人の尊重」を定めても、私に倫理を与えるはずの公は等閑視されている。前文に「その(国政の)権威は国民に由来し」と主権在民をうたうが、太古から連綿と続いてきた日本という国の形が何なのかは書かれない。国家への健全な視線が、現行憲法には欠落しているといわざるをえない。
 偏った戦後を脱し、国の形を素直に見ることから始めたい。(「西論」大阪正論室長・河村直哉 産経新聞 2014.5.18

日本国憲法、私はこう考える

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