澤穂希という生き方
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澤穂希という生き方

レジェンドが帰ってきた。サッカー女子日本代表、なでしこジャパンの大黒柱、澤穂希が6大会連続となるW杯メンバー入りを果たした。なでしこにとっては連覇がかかる今大会。36歳の澤にとってもサッカー人生の集大成となる。なでしこの背番号「10」はなぜ輝き続けるのか。

レジェンドが帰ってきた。サッカー女子日本代表、なでしこジャパンの大黒柱、澤穂希が6大会連続となるW杯メンバー入りを果たした。なでしこにとっては連覇がかかる今大会。36歳の澤にとってもサッカー人生の集大成となる。なでしこの背番号「10」はなぜ輝き続けるのか。

夢はかなえるもの 

6大会連続のW杯へ

日本代表に6大会連続で
選ばれ、笑顔を見せる
澤穂希選手=5月1日、
神戸市
 サッカー選手としての最高峰の舞台へ、男女通じて最多となる6度目の代表入り。15歳から日の丸をつけて世界と渡り合ってきた女子の第一人者は、代表発表を「内心はドキドキ」という心境で待っていた。選出が伝わり、同じく代表に選ばれたINAC神戸の仲間たちから抱きしめられると「正直少し泣きそうになった」という。
 主将を務めた前回W杯ドイツ大会では初優勝の立役者となり、日本中に「なでしこブーム」を巻き起こした。しかし、その後は不調に悩まされ続けた。銀メダルを獲得した2012年ロンドン五輪では、開幕約4カ月前に「良性(りょうせい)発作(ほっさ)性頭位(せいとうい)めまい症」を発症。昨年末には右膝を負傷した。
 衰えを指摘されることもあり、代表の座から1年も遠ざかった。それでもW杯を見据え、決して下は向かなかった。「また青のユニホームを着たいと思い、サッカーをやれることに感謝しながら、地道に練習してきた」と苦しかった日々を振り返る。
 今季は国内のなでしこリーグ全5試合にフル出場し、2得点と好調を誇る。ヘディングシュートを狙って相手と接触して倒れる場面もあったが、「そこで怖がっていたら何もできない」。日本代表の佐々木則夫監督は発表会見で「惜しみなく体を張って戦う澤の姿勢は、なでしこの姿勢そのもの。まだまだ彼女の背中を見て学ぶことがある」とたたえた。
 日本女子サッカーを引っ張ってきた「レジェンド」は「W杯で優勝することは、女子サッカーの発展に意味のある大会になる」。連覇へ向けて力強く語った。(吉原知也 産経新聞 2015年5月2日 )

最高のお手本

無駄な1年ではなかった

--1年間代表から離れていた。試合は見ていたか
 「3月のアルガルベ・カップを何試合か(テレビで)見た。自分がチームに入っていたら、どういうプレーを心がけていたのかということも考えながら見ていた」
--代表から離れている期間に、復帰できないのではという声もあった。どういう心情だった?
 「今思うと、入る入らないで悔しい思いもあったが、結果論としてその1年があったからこそ、自分の気持ちを奮い立たせることができた。改めて日の丸を背負いたいという気持ちにもなれた。だから無駄な1年ではなかった。選出されたとき、諦めずにやってきてよかったと感じた」
--今回のW杯のポイントは
 「連覇とみんな言うけど、そう簡単なことではない。チーム数も増え、日程も厳しい。チームの団結力、結束力が絶対に必要。(優勝した)前回は試合をする度にチームがひとつになっていった。その中でも、みんなどこかリラックスしていた。笑顔もあって、不思議とチームの雰囲気が良かった」

 サッカー女子W杯カナダ大会(6月6日=日本時間7日開幕)で2連覇に挑む日本代表「なでしこジャパン」。5月2日、1年ぶり復帰の澤を含む23人が代表に選出された。1次リーグC組に入った日本は日本時間9日のスイス戦を皮切りに、カメルーン戦(同12日)、エクアドル(同17日)と顔を合わせる。

■なでしこジャパン 女子W杯2015日程(SANSPO.COM)

W杯にかける思い

レジェンドの原点

1年ぶりの代表戦、NZ相手に先制ゴールを
決めた澤=2015年5月24日(岡田亮二撮影)
 1995年6月、スウェーデンで行われた女子サッカー世界選手権で8強入り、日本女子は男子に先駆けて“五輪切符”を手にした。
 歓喜の涙を流す先輩たち。ただ一人の高校生(都立南野高)で17歳の澤穂希=読売西友ベレーザ=も、この時ばかりは、つられて泣きそうになった。
 「ほんとうは、試合中は暴れん坊って感じです。テクニックはなくて、パワーで突っ込んでいくのが好きなんです」
 主に左MFとして活躍しているが、五輪出場を決めた世界選手権では3試合しか出場できなかった。ゴール前のクロスボールをGKと競り合った際、太ももにひざが入り、救急車で運ばれてしまったためだ。
 こんな“むちゃ”な性格は、幼いころから変わっていない。体には3カ所の縫い傷がある。幼稚園のころ、さくを乗り越えようとして落下、頭を2針縫った。小学1年のときは、男の子が割れたビンを持って騒いでいたのを止めに入って手を切った。そして、ひざには駐車場で板を飛び越えようとして切った傷…。どれも周囲の制止を振り切った結果であった。
 幼稚園時代、1歳上の兄、典郷さんの後を追って始めたサッカー。初めてけったボールがゴールに入った感触をいまも覚えている。「野球は打順が回ってこないと自分を出せないけど、サッカーは欲しいときにボールがもらえる。自由なところが好きなんです」
 50メートル7秒台前半の快足も大きな武器になり、中学3年で初の代表入り。以来、常に代表に名を連ねている。「今度は4年に1回のチャンス。絶対、アトランタに行きたい」(産経新聞、1996.02.02)

連覇に挑む

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