連合艦隊はなぜロシアに勝てたのか
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連合艦隊はなぜロシアに勝てたのか

「有色人種が白色人種に勝利した人類史上初の近代戦争」と世界を驚かせた日露戦争。その勝利を決定づけたのが今から110年前、東郷平八郎率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を撃破した日本海海戦である。空前絶後の大勝利は、奇跡だったのか、それとも必然だったのか。連合艦隊の強さを検証する。

「有色人種が白色人種に勝利した人類史上初の近代戦争」と世界を驚かせた日露戦争。その勝利を決定づけたのが今から110年前、東郷平八郎率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を撃破した日本海海戦である。空前絶後の大勝利は、奇跡だったのか、それとも必然だったのか。連合艦隊の強さを検証する。

勝利は必然だった

寡黙な海将の決意

東郷平八郎(Wikimedia)
 5月27日は明治38年、日本海海戦が行われた日本人にとり忘れてはならない日である。連合艦隊司令長官、東郷平八郎がバルチック艦隊を打ち破り、空前絶後の大勝を遂げたことにより、ロシアは戦争継続を断念、講和に応じ日露戦争は日本の勝利に終わった。
 海戦に先立ち明治天皇のご下問に対して東郷は「誓って敵艦隊を撃滅し、もって宸襟(しんきん)(御心)を安んじて奉ります」とお答えした。
 敵艦隊を全滅させない限り、ロシアは戦争をやめず、そうなれば国力の劣る日本は最終的に力負けする恐れがあるから、必ず全滅させ、日露戦争の勝利を導くとの意味がこめられている。寡黙で決して大言壮語しない東郷がきっぱり断言したことに、そばにいた山本権兵衛海相が「東郷さん、もしできなかったら切腹しても申し訳は立ちませんよ」と言ったほどである。
 東郷はまわりからあまりにも大胆にすぎ乱暴とさえ見えた敵前回頭により、敵艦隊を全滅させた。この勝利に対して欧米人は信じがたい思いがし、全世界が震撼(しんかん)し驚嘆した。欧米の有色民族支配が頂点に達した時代、日本が強大国ロシアを打ち下したことは世界史を一変する奇蹟の中の奇蹟であった。
 類なき胆勇と慎重さを合わせ持つ東郷はネルソンを凌ぐ古今随一の海将としていまなお全世界の尊敬の的である。東郷の明治天皇への奉答こそわが国史に刻まれる不滅の一言である。(日本政策研究センター主任研究員・岡田幹彦 産経新聞、2009.05.27)
(Wikimedia)

「日本海海戦」

 明治38(1905)年5月27日から28日にかけて対馬沖で展開され、東郷平八郎大将率いる日本の連合艦隊がロジェストウェンスキー中将率いるロシアのバルチック艦隊を壊滅させた。バルチック艦隊がバルト海の軍港から極東へ向かったのは前年の10月15日。38隻が地球を半周する空前の大遠征だったが、日本の同盟国であった英国の支配地には寄港できず、良質な石炭などの補給が不可能だったことも日本に味方した。ロシア側の損失は、戦艦6隻を含めて撃沈21隻、戦死者約5000人。日本側は水雷艇3隻を失っただけで、戦死者は約120人だった。

敵を翻弄した「逆情報」

影の功労者たち

“義の海”国境の対馬

 日本海海戦の45年ほど前の幕末の文久元年(1861)。ロシアの軍艦ポサドニック号の乗員らが、対馬中心部の浅茅湾に面する芋崎一帯を占拠した。対馬藩番兵を射殺したうえ、兵舎を建造して、家畜を略奪するなどの蛮行を尽くした。江戸幕府の抗議は無視され、占拠は半年も続いた。
日本海海戦から100年を迎え、海上慰霊祭で隊列を組んで進む、自衛隊の掃海艇と漁船=2005年5月27日、長崎県対馬沖(本社ヘリから)
 当時のロシアは南下政策で不凍港を求め、日本へ触手を伸ばす拠点を対馬に求めた。列強同士でしのぎを削っていた英国海軍の圧力で撤退したが、占拠が続いたら、歴史は変わっていただろう。ポサドニック号事件の苦い教訓から、前述した万関瀬戸も浅茅湾に通じて開削され、同湾周囲は巨大な砲台などで要塞化された。
 警戒強化はまさに慧眼(けいがん)だった。日露戦争が勃発し、対馬沖で日本海海戦となる。海戦で撃沈された敵巡洋艦ウラジーミル・モノマフの水兵143人がボートに分乗し、上陸。島民らに救助され、手厚く保護された話が伝わる。海戦を指揮した東郷平八郎・連合艦隊司令長官(元帥)はこの話を聞き、心動かされたという。上対馬町殿崎にある海戦記念石碑には東郷元帥の揮毫(きごう)で、「恩海義嶠(めぐみのうみ ぎはたかし)」と刻されている。
 時はさらに流れ、昭和となって先の大戦が始まる。ロシアはソ連となり、終戦直前になって日ソ中立条約を一方的に破棄し、侵攻を開始。北方領土を奪い、シベリア抑留で多くの日本兵たちを強制労働に使いその命を奪った。恩は仇で返されるようだった。今年は、日本海海戦から110年である。海戦記念石碑のある地は今では「日露友好の丘」と呼ばれ、日露合同慰霊式が毎年挙行される。
 対馬からは、海原の先に韓国・釜山の街並みが見える。韓国人観光客らが今も大挙して訪れている。海峡に漂う「歴史の澱み」はここでは薄まっているかのようにすら見える。だが、国境の地のありようには、絶えず思いをはせ続けなくてはならない。(産経新聞大阪特派員・近藤豊和、2015.04.21
女子急増で「三笠」44年ぶり入艦者20万人超え…「艦これ」効果でコスプレ艦娘の姿も(産経ニュース 2015.05.06)
連合艦隊はなぜロシアに勝てたのか

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  • 指揮、戦術の勝利

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  • 艦艇の装甲、技術力の勝利

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  • 海兵の練度、士気の勝利

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