少年Aは本当に更生したのか

少年Aは本当に更生したのか

神戸連続児童殺傷事件の被疑者だった元少年Aの手記『絶歌』の出版をめぐり、賛否が渦巻いている。「被害遺族への配慮を欠く」「出版の自由は守られるべき」…。ベストセラーとなった本書は、本当に彼自身の「自己救済」が目的だったのか。またも社会を揺るがせた元少年Aと出版騒動について考える。

少年Aが書いたこと

  • 篠田博之が考察 『絶歌』への反発はなぜこれほど広がったのか

    篠田博之が考察 『絶歌』への反発はなぜこれほど広がったのか

    殺人を犯した者が本を著すことは少なくない。ではなぜ元少年Aの手記『絶歌』への反発が大きいのか。また『絶歌』という本の本質は何かを、死刑囚との交流を長きに渡り持ち続けてきた篠田博之が考察した。

見出された事実の意味

  • 『絶歌』に猟奇的犯罪を見た 猛毒にもなればワクチンにもなりうる

    『絶歌』に猟奇的犯罪を見た 猛毒にもなればワクチンにもなりうる

    『絶歌』は、猛毒にもなれば、ワクチンにもなりうる―。出版に反対だった長谷川博一にあえて『絶歌』を読んでもらい、臨床犯罪心理の視点から、あの猟奇的犯罪の謎の一端に迫ってもらった。

太田出版が出版継続

小6男児の殺害現場となった神戸市
の通称「タンク山」
 平成9年に起きた神戸市須磨区の連続児童殺傷事件の加害男性(32)が「元少年A」の作者名で出した手記「絶歌」。被害者の土師(はせ)淳君=当時(11)=の父、守さん(59)と代理人弁護士が、販売元の太田出版に抗議する申入書を送付し、速やかに手記を回収するよう求めている。
 太田出版は、ホームページ上に「『絶歌』の出版について」と題して見解を掲載。「彼の起こした事件は前例のない残虐な猟奇的事件でしたが、それがいかに突出したものであろうと、その根底には社会が抱える共通する問題点が潜んでいるはずです。社会は、彼のような犯罪を起こさないため、起こさせないため、そこで何があったのか、たとえそれが醜悪なものであったとしても見つめ考える必要がある」などと、出版の意義を強調している。土師守さんが、遺族の承諾を得るべきだなどと抗議していることについても、多くの批判を受けていることを明らかにしたうえで、今後については「ご遺族にも出版の意義をご理解していただけるよう努力していくつもりです」としている。
 日本図書館協会は6月29日、「『図書館の自由に関する宣言』は、収集の制限を首肯しない」との見解を公表し、外部からの干渉によって本購入についての判断を左右されることがないよう全国の図書館に呼び掛けた。批判が多い「絶歌」を購入するかどうか迷っている図書館が多いことから、あらためて基本的な考え方を示したという。

広がる波紋

  • 元少年A 仕事を始めても「酒鬼薔薇らしい」と噂立ち職を転々

    元少年A 仕事を始めても「酒鬼薔薇らしい」と噂立ち職を転々

    著者として公の立場に身を置くことが、世間の大きな注目や批判を浴び、自らの生活を脅かす危険があることも当然理解していたはずだ。それなのになぜ今、元少年Aはこの手記を発表したのか。

  • もう匿名「元少年A」のままでは許されないのではないか?

    もう匿名「元少年A」のままでは許されないのではないか?

    加害男性の非常識に手を貸す行為と思われても仕方がありません―。「絶歌」の出版について弁護士、紀藤正樹は出版社が事前に遺族に何ら連絡をしていなかったことを指弾する。

  • 『絶歌』を批判する人に決定的に欠けている視点

    『絶歌』を批判する人に決定的に欠けている視点

    実際に『絶歌』読んだ長谷川豊は、考えていた内容と違ったと感じ、批判を覚悟で出版に踏みきったのかも少し理解できた気がしたという。

少年Aの『絶歌』なんて読む気にならない

 『絶歌』(太田出版)。問題の書だ。
 産経新聞の「週刊誌ウォッチング」にも書いたが、ぼくはこの本、どうしても読む気になれない。この本から漂ってくる瘴気のようなものがどうしても嫌なのだ。読みたくないのだ。
 表現の自由と言う。出版の自由と言う。連続ピストル射殺魔の永山則夫、パリ人肉事件の佐川一政、連続少女殺害事件の宮崎勤、英国人女性殺害の市橋達也、秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大……。
彼らだって本を出したではないか。彼らにも表現の自由はある、と主張する人たちがいる。禁止することはできない、と。
 たしかに、作家というものはどんなハレンチなことでも、自らの恥でも殺人でも書くことは許される。それが作品として優れたものであれば、という考え方もある。
小6男児殺害事件から1年後。中学校の校門に立ち寄り、手を合わせて冥福を祈る男性=1998年05月24日、神戸市須磨区
 しかし、だ。
 永山則夫も佐川一政も宮崎勤も、みんな実名をさらして書いている。ところが、この「元少年A」は、既に事件から18年、32歳にもなっているのに、相変わらず「元少年A」なのだ。
 そして被害者だけは実名で書く。
 父親が「改めて二次被害を被る結果になり、精神的苦痛ははなはだしい」と語っているが、そのとおりだろう。
 最初にこの「元少年A」の相談に乗ったという幻冬舎の見城徹社長も、『週刊文春』のインタビューで「手記の出版には三つのクリアすべきハードルがある」と言っている。
 1、本当の贖罪意識。2、実名で書くこと。3、許可は難しいだろうが、事前に遺族に挨拶すること。
 そして結局、見城さんは自分の社ではこの本を出版しなかった。さすがの見識と言うべきだ。少年Aがこんな本を書いて出版したこと自体が、まだ更生してない証拠だろう。
 余談だが、『週刊文春』の編集長をしていた時、「デーブ・スペクターのTOKYO裁判」という連続対談に佐川一政氏に出てもらったことがある。猟奇事件の当事者が詳細を語るのだからそれなりに面白かった。極端に小さな人で、やや病的な感じがした。すると、それから時々、佐川氏から電話がかかってくるようになった。生活が苦しいことを訴え、「原稿を書いたので、読んでほしい。掲載してほしい」というのだ。
 それなりに小説にはなっていたけれど、とても掲載する気にはならなかった。いつしか、連絡も途絶えてしまったが、今頃、どうしているのだろうか。
 話を『絶歌』に戻す。
 編集部でいちばんの読書家梶原麻衣子は早速読んだという。「猫を殺すところなんて、ハナダさん絶対読めませんよ」
 で彼女の感想。「自分がこれから生きていくために書いたという割には肝心なことを書いていない。昔のまま止まっている感じ。弁解と繰り返しが多い。特に事件当時のことは思春期特有のハナにつく文章で、自らが映画の主人公にでもなったみたい。親へのメッセージも多い。そんなことは親に直接言えばいいようなことまで書いている」
 『絶歌』、やはり、読む気になれない。(『WiLL』編集長)
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