「朝ドラ歴史観」からの脱却を
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「朝ドラ歴史観」からの脱却を

現代の日本人がイメージできる戦争はやはり先の大戦です。ただ、そのイメージも「ドラマで観たもの」に引きずられているように思えます。野党や一部マスコミの言う「戦争法案」が可決されれば、私たちはモンペをはいたり、竹やりを持ったりしなければならないのでしょうか。

現代の日本人がイメージできる戦争はやはり先の大戦です。ただ、そのイメージも「ドラマで観たもの」に引きずられているように思えます。野党や一部マスコミの言う「戦争法案」が可決されれば、私たちはモンペをはいたり、竹やりを持ったりしなければならないのでしょうか。

「トラウマ」になっている日本人

 「あまちゃん」や今放送中の「まれ」などを除けば、NHK朝の連続テレビ小説の定番は「戦前戦後を生き抜いた女性の一代記」です。当然、戦時下のエピソードはヒロインの人生の中で大きな転換期になります。夫が戦死したり、息子が赤紙で召集されたりして泣き崩れる。憲兵に足蹴にされたり、町内会で村八分にされたりして、全体主義の怖さがしのびよる。そして、空襲警報の鳴る中、火の海を逃げ回り、最後は命からがら生き延びて、戦後の平和な世の中のありがたみを感じる…。
 この手のお話は、ほぼ1、2年に一度の割合で朝のお茶の間に流され続けてきたわけで、日本人の頭の中では、かなりの「トラウマ」になっているのではないでしょうか。別に批判しているわけではありません。これが「戦争」というものであれば、もちろんだれが観ても絶対に反対ですし、二度と起きてほしくありません。先人の苦労を知ると言う意味でも必要なドラマだと思いますが、気になるのは、日本人の「戦争」のイメージが、まさに、この朝ドラの定番シーンとまったくかぶっているのではないかということです。
6月14日、国会周辺で
安倍政権の安保法制に
対するデモが行われ、
「戦争法案、絶対反対」
などとシュプレヒコールを
上げた(宮崎瑞穂撮影)
 繰り返しますが、この手のドラマが悪いわけではありません。「あの戦争は自衛のための側面もあって…」などと根本的な議論をするつもりもありません。問題なのは、集団的自衛権をめぐる安全保障関連法案を「戦争法案」と呼ぶ野党や一部マスコミです。今回の法案が決して「戦争をするための法案」ではないことぐらい心ある国民ならわかっていると思いますが、それでも「戦争する国になる」「徴兵制になる」などの情緒的な批判は、「朝ドラ歴史観」にはまった日本人をぞっとさせるのには効果絶大なのです。
 ハイテク化、高性能化が進んだ現代の戦争と70年前の戦争はまったく性質が違います。それこそ、戦国時代の「われこそは○○なり~」と言っていたころの戦争と同じくらいに違います。大国同士が一度でも本格的な戦争に突入したら取り返しがつかないのです。だからこそ、戦争を起こさないように外交努力をしているわけですし、仮に海上で小競り合いのようなものがあっても、その時点で早期収拾をはかるために各国が動くわけです。日本本土に空襲なんて、そんな悠長に相手の攻撃を待っていることなどありえません。
 徴兵制にしても、現代の日本の若者なんて使い物になりませんし、どうやって高性能兵器を使いこなすのでしょう。足手まといにもほどがあります。この程度のことは、国会議員やマスコミに籍を置く者なら常識ですし、知っていて知らないふりをしているならアジテーターであり、本当に知らないなら勉強不足です。
 「戦争にならないように準備しておく」ことと「戦争する国になる」の意味は180度違います。同様に、「残念ながら他国と武力衝突してしまう」ことと、「モンペをはいたり、竹やりを持ったり、赤紙がきたりすること」も全く違います。幸いにして70年間も戦争とは無縁で来られた日本人にとって「戦争」をイメージすることは、良くも悪くもなかなか難しいことなのかもしれません。先日も、あるニュース番組で、「もうあんな戦争は二度と御免。今の若い人は戦争を知らないから」という老婦人の街声を流していましたが、この方の年齢は68歳でした。まあ、目くじらを立てるほどのことではありませんが。(皆川豪志)

独善的な暴走だ

「軍事的合理性」であり得ない

 「あの日から、パパは帰ってこなかった」。集団的自衛権の行使容認に反対を訴える社民党のポスター。路上にしゃがみ込んでうつむく男児の写真に、メッセージが添えられている。集団的自衛権の行使容認により自衛隊の任務が拡大することをことさら誇張し、自衛官の“死”を連想させる典型的なプロパガンダ(宣伝)だ。
 陸上自衛隊OBは「こういうときだけ自衛官の心配をしたふりをするのか。殉職自衛官の遺族がどう思うか」と憤慨する。
 安倍晋三政権が2014年7月1日に閣議決定した集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈見直しの狙いは、一方的に軍事的緊張を高める中国や北朝鮮の動向をにらみ、軍事衝突に巻き込まれないための「抑止力」の強化だ。
 同盟国の米国をはじめオーストラリアやインド、フィリピンなど安全保障上の利害を共有する友好国と軍事的関係を強化し、アジア太平洋地域の平和と安定を高めることを目指している。
 それにもかかわらず、社民党を含め行使容認に反対する野党に一部マスコミが加担する形で、レッテル貼りが横行している。事実の「歪曲(わいきょく)」にすぎない。(中略)
 安倍首相は徴兵制を導入しない理由の一つに「政策選択肢としてあり得ない」ことも挙げる。軍事的合理性を考慮すれば、徴兵制はそぐわないからだ。先進国などで徴兵制を廃止・停止するのは国際的な潮流となっている。
 陸自OBは「自衛隊に徴兵制はマッチングしない。プロ集団じゃないと(現代戦に必要な)兵器を使えないからだ」と説明する。自衛隊を含め先進国の軍隊は兵器や通信機器が高度化され、徴兵制を導入したとしても短期間で習熟するのは不可能なのだ。(産経新聞『集団的自衛権 5つの歪曲』、2014.08.02

当たり前だから書かれてないこと

徴兵制と祖国を守ることの違い

 世界各国の憲法は、それぞれの国民が自分たちの祖国を守る義務を定めているのが普通です。各国の憲法は、必ずしも「兵役の義務」(徴兵制)を定めているわけではありませんが、何らかの形で国民に「祖国を防衛する責務・義務」があることを定めています。
 欧州連合(EU)に加盟しているオーストリア、ポーランド、デンマーク、フィンランド、ギリシャのほか、ロシア、スイス、エジプト、マレーシア、中国、韓国などは、憲法の明文で男子の国民に兵役の義務があることを定めています。ただし、多くの国では、良心上の理由から武器を持ってする兵役を拒否する者に対しては、社会福祉、環境保護、難民支援、文化財保護などの非軍事的な代替役務に従事することが定められています。
 例えば、永世中立を掲げるオーストリア憲法は、「すべての男性の国民は、兵役義務を負う。女性の国民は、任意に連邦軍において軍人として役務を行うことができ、また、当該役務を止める権利を有する」(第9a条(3))。「兵役義務の履行を良心的理由により拒否し、これを免除される者は、代替役務(文民役務)を行う義務を負う」(同条(4))と定めています。また、ロシアの憲法(1993年)は、「祖国の防衛は、ロシア連邦市民の責任であり、義務である」。「ロシア連邦の市民は、連邦法律にしたがって兵役に服する」と定め、「ロシア連邦の市民は、その信条または信仰が兵役に服することと矛盾する場合、または連邦法律の定めるその他の場合に、それを市民的職務で代替するよう求める権利を有する」(第59条)と定めています。
 一方、アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガル、オランダ、ベルギーなどでは徴兵制を廃止しましたが、国民の祖国防衛の義務については、しっかりと憲法で明記しています。例えば、イタリア憲法は「祖国の防衛は、市民の神聖な義務である」(第52条)と定め、「すべての市民は共和国に忠誠をつくし、その憲法および法律を遵守(じゅんしゅ)する義務を負う」(第54条)と規定しています。ドイツ基本法は「男子に対しては、満18歳から軍隊、連邦国境警備隊または民間防衛団における役務に従事する義務を課すことができる」(第12a条)と定めています。
 わが国の場合はどう考えればよいのでしょう。今日の自衛隊は高度な専門集団であり、徴兵制度には合理性はないと思われます。しかし、国民はそれぞれの立場で祖国を守ることを意識し、協力することは当然の責務ではないでしょうか。(平成国際大学名誉教授・高乗正臣 産経新聞『中高生のための国民の憲法講座』、2015.04.26

根拠と脈絡はあるのか

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