60年安保の呪いを見た
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60年安保の呪いを見た

集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法案が16日午後、自民・公明両党などの賛成多数で可決され、衆院を通過した。国会周辺では「アンポ反対」のデモが続くが、一部メディアは岸信介内閣を打倒した60年安保闘争の記憶と重ねて火に油をそそぐ。55年の時を経て、安保の「呪い」が再び蘇る。

集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法案が16日午後、自民・公明両党などの賛成多数で可決され、衆院を通過した。国会周辺では「アンポ反対」のデモが続くが、一部メディアは岸信介内閣を打倒した60年安保闘争の記憶と重ねて火に油をそそぐ。55年の時を経て、安保の「呪い」が再び蘇る。

ナショナリズムを問う

中国が嗤っている

真に平和を守るのは

 目からうろこが落ちた。評論家の八幡和郎さんが僚紙・夕刊フジの連載に書いていた。「戦後日本については、憲法第9条の世界史的な意義はいまのところ認めがたい。それがいかに素晴らしい理想であっても、70年近くたっても一国たりとも追随する国がないからだ」。そうなのだ。

 戦争に巻き込まれずにすんだのは憲法9条のおかげという主張がある。「ノーベル平和賞を」という運動もあった。それほど価値のあるものなら、憲法を改正して「戦争の放棄」を盛り込む国があっていいはずだ。世界はそうは考えない。いや、日本人の多くもそんな幻想からとっくに醒めている。

 安全保障関連法案に反対する集会やデモを「60年安保に似てきた」と書く新聞がある。昭和35(1960)年6月、国会は連日「アンポ反対」のデモに包囲された。あの時も「戦争に巻き込まれる」と声高に叫ばれた。しかし、改定された日米安保が平和の支えになったのは揺るぎない事実だ。
(産経新聞特別記者兼論説委員・鹿間孝一、2015.06.10)

闘争後変わった空気感

「安保」デモ 今昔

 60年安保の時、ぼくは高校生で、同級生たちが、授業をサボって国会前のデモに出かけて行くのを冷ややかな目で見ていた。
 「あいつら、何もわかっちゃいないくせに」
 余談だが、同級生の中にあの山口二矢の親友がいた。そうなのだ、60年のあの時、国会前のデモに参加していた田原総一朗さんも、全学連の闘士だった西部邁さんでさえ、「あの時、安保条約なんか条文を読んだことさえなかった」と後年、告白している。
 今、国会周辺で大騒ぎしている連中も、時が経てば「あの騒ぎは何だったのか」と思うに違いない。(月刊WiLL編集長、花田紀凱 yahoo!ニュース個人
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60年安保闘争で国会周辺に集まったデモ隊=昭和35年
衆院本会議で安保関連法案が採決される前に、国会周辺で行われた抗議活動=7月16日午後、東京都千代田区

60年安保の真実

安保闘争とは何だったのか

60年安保の呪いを見た

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