なぜ李登輝は日本を愛するのか
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なぜ李登輝は日本を愛するのか

「尖閣は日本固有の領土である」。いま国際社会でこう公言できる指導者がどれだけいるだろうか。親日家として知られる元台湾総統、李登輝氏は、中国の覇権が拡大し、わが国を取り巻く危機的情勢を誰よりも憂慮する一人である。なぜ李登輝は日本をこれほど愛するのか。その素顔に迫る。

「尖閣は日本固有の領土である」。いま国際社会でこう公言できる指導者がどれだけいるだろうか。親日家として知られる元台湾総統、李登輝氏は、中国の覇権が拡大し、わが国を取り巻く危機的情勢を誰よりも憂慮する一人である。なぜ李登輝は日本をこれほど愛するのか。その素顔に迫る。

わが友、日本人へ

日本人が忘れた絆

変わらぬ求心力

親日の原点「同窓の誼」

 台北高等学校(旧制)の同窓会は、東京と台北にある。2012年10月、日台双方の卒業生ら約80人が台北に集まり、台北高の創立90周年を祝う記念大会が行われた。(中略)
 李登輝にとって、台北高での学生生活は「厳しくとも愛情に満ちた時間」であった。
 多くの旧制高校の生徒がそうであったように、猛烈な勢いで古今東西の古典を読破し、先哲との対話によって思索にふけり自分の内面と向き合った。「死」とは何か、「人生」とは、「李登輝」とは…。
 中でも、人生において大きな影響を受けた本が3つある。トマス・カーライルの『衣裳(いしょう)哲学』、ゲーテの『ファウスト』、倉田百三の『出家とその弟子』。そしてその先には、新渡戸稲造の『武士道-日本の魂』との出合いがあった。新渡戸に強く惹(ひ)かれた李登輝は、やがて、彼と同じく農業経済学を志すことになる。
 「高等学校では他ではできない勉強ができたように思う。自分の内面と向き合い、自分の心を客観的に取り出す。それは、その後のボクの人生の糧になるような『人間を作り上げる』最初の時間だったんだ。先生方も一流ぞろいだったね」
(台湾師範大提供)
 こうした濃厚な時間を共に過ごした台北高の恩師や仲間たちは李登輝にとって特別な存在だ。平成19年に来日し東京都内で歓迎の会が開かれたときには、東京の同窓会「蕉葉(しょうよう)会」のメンバーが壇上で歌う『獅子山頭に雲みだれ』の輪に突然、李登輝が加わるハプニングがあった。「仲間意識は強いね。会うとたちまち“昔のまま”に戻ってしまうんだよ」
 90周年の記念大会ではこんなことも語っている。台北高時代には日台のクラスメートの間に民族的な微妙な心理が存在していたものの自由、自治の学風によって、こうした矛盾を超越して学校生活を送ったこと。「あの時に確立した誼(よしみ)はその後も絶えることなく続き、今日の台湾と日本の交流の懸け橋になっております」と。
 旧制高校のように人間形成を重視した教育や武士道精神に基づく道徳心…。李登輝は、かつて身をもって体験した「日本の教育」や「日本の精神」を高く評価している。それは今も変わっていないのだろうか。
 「東日本大震災の日本人の態度には、世界中の人々が頭を下げました。混乱の中でも秩序を守り、互いに思いやる心を忘れなかった。今の若い人たちの中にもこうした『日本精神』を持っている人たちがいる。ただね、今の日本には『リーダー』がいない。20年近くもデフレが続き、その間に10人以上の首相が代わった。安倍さん(晋三首相)も古い自民党の体質に縛られてしまうとダメですよ」
 李登輝は、国のリーダーは2つのことだけを考えていればいい、と思う。『国家』と『国民』のために奮闘することだ。「個」の利益ではなく「公」の利益のために行動し、高い精神性と大局観を持った人物だ。
 「戦争が終わって、アメリカは日本の軍閥を潰し、財閥を潰し、そして学閥を潰した。つまり、旧制高校-帝国大学というリーダーを養成する制度です。リーダーを養成する教育システムは、アメリカにもイギリスにもある。1つ2つでいい。国のリーダー養成を専門に行う学校を作っておくべきだろう」
 李登輝は、かつての旧制高校を復活させよ、と主張しているのではない。その精神を生かしながら別な形でリーダーを作り上げる学校を設ける。一般の学校ではやらないようなカリキュラム、たとえば軍事関係を勉強したり訓練を課したり。もちろん幅広い教養やスポーツも身に付けさせる学校だ。
 台湾ではいま、日本の旧制高校の教育や精神を見直す機運が出てきている。それは李登輝にとってもうれしいことだ。日本から修学旅行の高校生が来ると、「日本の良さ」や「かつて台湾で日本がやった仕事」について教えることにしている。日本の学校では、ほとんど教えないことだから、高校生たちはビックリするという。
 「今の日本の教育は、自虐的で日本の良さを教えていない。歴史は歴史、ありのままでいい。いい悪いではないんだよ」=文中敬称略(産経新聞文化部編集委員・喜多由浩、2013.01.06)

古を脱し、新しく改めよ

「我是不是我的我」

まざまざと受け継がれる「日本」

 「いまこそ日本人は自信と誇りを取り戻さなくてはなりません」。2014年9月20日に大阪で行われた李登輝・元台湾総統の講演は、日本への愛情、そして励ましに貫かれていた。
 会場のグランキューブ大阪には1600人を超える聴衆が詰めかけた。20代とおぼしき若い人たちの姿も見られ、李元総統が世代を超えて日本人から支持されていることをうかがわせた。(中略)
 「日本のみなさんにエールを送りたいと思います。いまこそ日本人は自信と誇りを取り戻さなくてはいけません」
 今の日本、特に若い人がかわいそうなのは、むかしの日本がアジアを侵略した悪い国だったと一方的な教育を受けていることだ--そう李元総統はいった。日本の学校教育では、日本は台湾を植民地にして人民を搾取し苦しめてきたと教えられているようだが、それは真っ赤な嘘だ。多くの能力ある日本人が台湾のために働いた。そのおかげで現在の台湾がある――。
 「戦後の日本人が価値観を180度変えてしまったことを、非常に残念に思っています。日本のみなさんは一刻も早く、戦後の自虐的価値観から解放されなければなりません」
 「そのためには、日本人がもっと自信を持ち、かつて武士道という不文律を築き上げてきた民族の血を引いていることを誇るべきです。日本人としてのアイデンティティを持つことで初めて、日本は国際社会における役割を担うことができるのです」
 かつての日本の精神が台湾で受け継がれていることを、まざまざと見る。講演で語られたのは、まぎれもない日本精神だった。左傾した思潮、自虐的な風潮に長らく支配されてきた戦後の果てに、くっきりと現れてきたこの日本精神は、力強く美しかった。
 講演のさなか、何度も聴衆の間から拍手が起こった。講演が終わるとスタンディング・オベーションとなり、拍手はしばらく鳴り止まなかった。筆者も、講演から自信と誇りをもらった1人である。お礼申し上げたい。(河村直哉・産経新聞大阪正論室長 2014.10.15)

李登輝と司馬遼太郎

学者総統の脱帽

 「こんどは、どこへゆく?」と司馬遼太郎氏に向かって、李登輝総統が尋ねる。台湾の東海岸に山地人を訪ねたい、と答える司馬氏に総統は「じゃ、ボクが案内する」と言ってきかない。閉口する司馬氏に総統は追い打ちをかける。「山地へゆくったって、歴史、知らないじゃないか」と。
インタビューに答える作家の司馬遼太郎
=1985年(昭和60年)10月12日、
東大阪市の自宅(山岸貞造撮影)
 こういう裏話が『台湾紀行』(110-111ページ)に出てくる。1993年1月、初めて台湾を訪問した司馬遼太郎氏が台北で李登輝総統と顔を合わせた場面である。3カ月後の4月、司馬氏は再訪した。なんと李登輝総統は家族を連れて、東海岸の花蓮に滞在中の司馬氏に会いにきたのである。本当に案内したくて仕方がなかったらしい。しかし、「こんなえらい人に案内されては…」とこのときも司馬氏は丁重に申し出を断った。
 その後7月2日号の「週刊朝日」で連載が始まり、今年3月25日号で終わるまで李登輝総統は『台湾紀行』の熱心な読者であり続けた。連載後の3月、司馬氏は3回目の訪台をする。李登輝総統と対談するためであった。このとき総統は司馬氏にこう語りかけた。「司馬さん、あんたはボクより台湾のこと、詳しいね」と。前年司馬氏に歴史を教えましょう、と案内役を買って出た学者総統が全文を読み終えて、司馬氏に脱帽したのである。
 右の微笑ましいエピソードは当時産経新聞台北支局長だった私の目撃談であるが、あの博学にして見識の高い総統が口にした台詞ほど、本書の価値を的確に表現した書評は外にあるまい。
 22年前の1972年に、「中国か台湾か」の二者択一を迫られて、日本が中国を選択して以来、台湾は日本の視野から消えかかったも同然であった。大物とされる政治家であっても台湾に接近すれば中国から排除されるのではないかと恐れて、敬して遠ざける風潮が今なお強い。敢えて火中の台湾を温かく拾い上げた司馬氏の勇気をなんと称えればいいのだろうか。この本は日本人の誇りでもあると思う。
(吉田信行・産経新聞論説委員長 1994.11.20 ※肩書など掲載時のまま)

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