捻じ曲げられたポツダム宣言

捻じ曲げられたポツダム宣言

日本に戦争終結を促したポツダム宣言は全13カ条から成る。日本がこの宣言を受諾し、第二次世界大戦は終結した。しかし、その裏側には大国の駆け引きやトルーマン大統領の思惑も交錯する。アメリカの戦争犯罪の側面も見え隠れするのだが……。

前田守人の視線

 ポツダム宣言の草案の第12条には「平和政策を遂行する芽が植え付けられたと確信するならば、これは現在の皇室のもとでの立憲君主制を含むこととする」とある。駐日アメリカ大使を長く務め、知日派として知られたジョゼフ・グルーは草案作成を腹心ユージン・ドゥーマンに命じる。グルーは天皇の地位を保証すれば日本は講和に応じることを知っており、原子爆弾を使うことなく日本が降伏すると考えていた。皇室の存続が約束されれば、日本は草案の内容でポツダム宣言を受諾しただろう。
 しかし、トルーマン大統領は草案にあった天皇の地位保全の部分を削除するのである。日本がポツダム宣言を受諾できないようにするためで、原爆投下前に日本を降伏させたくなかったともいわれる。
 最終的にポツダム宣言は7月26日に発表され、8月6日と9日には広島と長崎に原爆が投下されたのである。8日にはソ連が日ソ中立条約を一方的に侵犯し対日宣戦を布告。14日には御前会議でポツダム宣言受諾を決定。15日に玉音放送で「戦争終結」が放送された。歴史に「たら・れば」は禁句だとしても、もしポツダム宣言から皇室維持の文言が削除されなければ……と、つい考えてしまうのである。

原爆投下の口実づくりに利用された

  • 「碧い眼の天皇崇拝者」が皇室を残すために

    「碧い眼の天皇崇拝者」が皇室を残すために

    5月の国会で安倍首相と志位共産党委員長の党首討論で話題となったポツダム宣言。早大教授の有馬哲夫はこの宣言が、日本を開戦に追い込んだローズヴェルトの仕打ちを批判し続けた男が、皇室を残すために考え出したものだと指摘する。

「降伏文書」法的には「休戦協定」

 1945年4月、ルーズベルト大統領が急死したのち大統領に昇格したトルーマンは、日本政府には無条件降伏の意思のないこと、そして日本の本土決戦となると、アメリカ軍は500万人の兵力を要し、アメリカ軍の死傷者は100万人以上に達するだろうという予測に鑑み、日本に不名誉ならざる終戦の機会を与えるべく、ポツダム宣言を起草させました。この内容については、ソ連のスターリンは不満でしたが、「条件付き終戦でも、日本を非武装化した後では、実質的に無条件降伏にすることができよう」と述べたといいます。
米戦艦ミズーリ上で連合国の降伏文書に
調印する日本側全権、重光葵
(中央、Wikimedia Commons)
 このポツダム宣言を受けた日本政府は、御前会議の後で連合国側に「宣言に挙げられた条件を、同宣言は天皇の国家統治の大権を変更する要求を包含しおらざることの了解のもとに受諾す」と公式通告文として送り、連合国側はこれに対して否定の回答をしませんでした。
 同年9月2日に東京湾に浮かぶ戦艦ミズーリ艦上で調印された「降伏文書」は、こうしたポツダム宣言の内容を条約化したもので、これにより、連合国も日本も共にこの宣言の内容を遵守すべき義務を負ったわけです。「降伏文書」という名前も、連合国側の意識的なネーミングで、法的には「休戦協定」というのが正しいのです。ですから、その後日本にはポツダム宣言に明記された条件を除き、連合国側の恣意的な命令に服する義務は全くありませんでした。
 ところがマッカーサーは、占領開始後の9月6日、本国政府からの通達に従って、先述した狡猾なすり替えを策し、自分の命令が至上絶対であることを日本側に強引に認めさせていったのです。
 当時、国会で外務省条約局長が、「日本は国として無条件降伏をしていない」と説明しましたが、マッカーサーはこの言葉に激怒して、条約局長を左遷させました。(青山学院大学名誉教授、元植草学園短期大学学長・佐藤和男)
■国際法の観点から考える東京裁判の正しい理解(《PDF》『法律文化』2005年11月号)

「軍隊の無条件降伏を宣言せよ」

  • 日米戦後史の始点 ポツダム宣言で何を受け入れたのか

    日米戦後史の始点 ポツダム宣言で何を受け入れたのか

    誰もが知っていながら、これを読んだことのある人はごくわずかかもしれないポツダム宣言。日本の戦後を考える上で決定的に重要な文書には何が書かれているのか、京大名誉教授の佐伯啓思が読み解く。

「ポツダム宣言」現代語訳では

一、米国大統領、中華民国国民政府主席、英帝国首相は数億の国民を代表して協議を重ね、日本国に対し、この戦争を終結する機会を与えることに合意した。
二、欧州方面の陸海空軍によって数倍にも増加された米英中の驚くべき兵力は、日本本土に対し最後の打撃を加えようとしている。この軍事力は、日本国が抵抗をやめるまで日本国に対して戦争を遂行しようとする全連合国の決意によって、鼓舞され持続されている。
三、自由を希求して奮起する世界の諸国民の力に対し、ドイツが重ねてきた無益で無意義な抵抗の結末は、日本国の国民にとって極めて分かりやすいひとつの見せしめとなるだろう。現在、日本国に向かって集結しつつある力は、抵抗を続けるナチスに対して発動され、全ドイツ国民の国土と産業、生活様式を荒廃させた軍事力よりも強大なものである。われわれの決議によって支持されたわが軍事力の全面的な発動は、日本国軍の不可避にして完全な破壊と、日本本土の、同じく不可避にして完全な焦土化を意味する。
四、日本国は、無分別な算段で日本帝国を滅亡の淵に陥れている強情な軍事助言者たちに支配されたままこの戦争を続けるか、あるいは道理に従うか、決断するときがきた。
五、以下は、われわれの条項である。
 われわれは譲歩しない。ほかに選択の余地はない。いかなる遅延も受け入れない。
六、われわれは、無責任な軍国主義者が世界から駆逐されるまで、平和、安全、公正の新秩序を形成することは不可能であると確信するものであり、日本国の国民を欺き世界征服の誤った道へ導いてきた者の権力と影響力は、永久に除去されなければならない。
七、右のような新秩序が形成され、日本国の戦争遂行勢力が破砕されたという確証が得られるまで、連合国が指定する日本国内の諸地点は、連合国進駐の根本目的の達成のために占領下におかれるべきである。
八、カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、日本国の主権は本州と北海道、九州、四国、われわれが規定する諸離島に限る。
九、日本国の軍隊は、完全に武装解除されたあと、それぞれの故郷に戻って平和で生産的な生活を営む機会を得ることを許される。
十、われわれは日本人を民族として奴隷化したり、国家を滅亡させることは意図していないが、われわれの捕虜に対して虐待行為をした者を含む、全ての戦争犯罪者は厳正な裁判が加えられるべきである。日本国政府は、日本国民の間にある民主的な傾向を再生し強化するために、あらゆる障害を除去しなくてはならない。言論、信教、信条の自由とともに、基本的人権の尊重を確立すべきである。
十一、日本国は、その経済を持続し、物による正常な賠償可能程度の産業を維持することは許されるが、日本国を戦争への再軍備に向かわせる産業は許されない。この目的のために、管理は別として、原料の入手は許される。日本国は将来、世界貿易関係に従事することも許される。
十二、以上の目的が達成され、日本国民の自由に表現された意思に従って平和的性向の責任ある政府が樹立されると同時に、連合国占領軍は速やかに日本から撤収する。
十三、われわれは、日本国政府が全ての日本軍隊の無条件降伏を直ちに宣言し、そのための適正かつ十分な保障を心からの誠意を持って準備するよう要求する。これ以外の日本国の選択は、迅速かつ完全な破壊あるのみである。
(『月刊正論』2003年9月号より)
■ポツダム宣言 / 英文(国立国会図書館『日本国憲法の誕生』憲法条文・重要文書)

対日戦争「狂人1人に責任」

  • 原爆投下ではない 「ポツダム宣言」で降伏を決意した日本

    原爆投下ではない 「ポツダム宣言」で降伏を決意した日本

    フーバーは強く非難し、アイゼンハワーは不必要だと信じていた。大統領経験者や陸軍首脳など米側でも否定的見解のあった原爆投下。「原爆が投下されたから日本が降伏した」という虚説を外交評論家の加瀬英明が正す。

「ご聖断の場」公開

地下防空壕だった御文庫付属室の
会議室=皇居・吹上御苑(宮内庁提供)
 宮内庁は戦後70年にあたり、玉音放送の原盤、終戦を決める御前会議を開いた御文庫付属室の写真や資料を公開した。御文庫付属室は皇居・吹上御苑内の防空施設で、昭和20年8月10日、昭和天皇がポツダム宣言受諾の聖断を下した御前会議や、同14日に戦争終結を決定した御前会議が行われた。

■聖断の大御心

 鈴木貫太郎内閣の内閣書記官長で、御前会議に陪席していた迫水久常によると、昭和天皇は次のように発言されたという。

 大東亜戦争が初まってから陸海軍のして来たことを見ると、どうも予定と結果が大変に違う場合が多い。今陸軍、海軍では先程も大臣、総長が申したように本土決戦の準備をして居り、勝つ自信があると申して居るが、自分はその点について心配している。先日参謀総長から九十九里浜の防備について話を聞いたが、実はその後侍従武官が実地に見て来ての話では、総長の話とは非常に違っていて、防備は殆んど出来ていないようである。又先日編成を終った或る師団の装備については、参謀総長から完了の旨の話を聞いたが、実は兵士に銃剣さえ行き渡って居らない有様である事が判った。このような状態で本土決戦に突入したらどうなるか、自分は非常に心配である。或は日本民族は皆死んでしまわなければならなくなるのではなかろうかと思う。そうなったらどうしてこの日本という国を子孫に伝えることが出来るか。自分の任務は祖先から受けついだこの日本を子孫に伝えることである。今日となっては一人でも多くの日本人に生き残っていて貰って、その人達が将来再び起ち上って貰う外に、この日本を子孫に伝える方法はないと思う。それにこのまゝ戦を続けることは世界人類にとっても不幸なことである。自分は明治天皇の三国干渉の時のお心持も考え、自分のことはどうなっても構わない。堪え難きこと忍び難きことであるが、この戦争をやめる決心をした次第である。

君主の使命と困難

  • 昭和天皇実録 国の舵取りしなければならぬ元首の立場を示す

    昭和天皇実録 国の舵取りしなければならぬ元首の立場を示す

    『昭和天皇実録』が宮内庁により昨年9月9日に公開された。『実録』は同時に、現代に続く国民と皇室の在り方を考えるうえでも重要な記録となる。文芸評論家の富岡幸一郎氏が今上陛下へ受け継がれたものを読み解く。

  • 「若い世代や、海外の人々にも観てもらいたい」原田眞人監督

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捻じ曲げられたポツダム宣言

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