「戦後」の脱却は歴史観から
957

テーマ

「戦後」の脱却は歴史観から

「村山談話を政権として継承しているか」と問われれば、嫌でも「継承している」と答えざるを得ないのが、日本の現状だ。歴史問題で日本を貶め、アジアの覇権奪取に利する中国に歴史観を支配されているような異常な状況から抜け出すには、まずは歴史を政治から分離させることが必要だ。

「村山談話を政権として継承しているか」と問われれば、嫌でも「継承している」と答えざるを得ないのが、日本の現状だ。歴史問題で日本を貶め、アジアの覇権奪取に利する中国に歴史観を支配されているような異常な状況から抜け出すには、まずは歴史を政治から分離させることが必要だ。

小島新一のズバリ正論

中国には共産主義の罪を問え

 安倍晋三首相の「戦後70年談話」をめぐる喧噪が、発表日の8月14日が近づくにつれて増すばかりだ。8月6日、70年談話に関する有識者会議「21世紀構想懇談会」が、わが国が「満州事変以降、大陸への侵略を拡大させた」と明記した報告書を公表すると、多くのメディアが談話に「侵略」を明記せよと注文をつけ始めた。戦後50年の「村山談話」を継承して「侵略」や「お詫び」の文言が盛り込まれるかどうかの事前報道が相次ぎ、中国や韓国もその内容を「注目している」などと圧力をかけている。
 安倍首相が、日本の過去を一方的に断罪するいわゆる自虐史観に縛られ、国家としての在りようを見失った戦後日本の変革を目指してきたことは周知の通りだ。首相による70年談話が、その自虐史観の払拭への大きな一歩になってほしいという期待も大きい(このところの事前報道は、その期待をしぼませるようなものが多いが、実際はどうなるのだろう)。ただ残念なことに、たとえ談話に「侵略」や「おわび」の文言が入っていなくても、安倍政権として自虐史観の象徴である村山談話と一線を画したとは言えないということを、ここでは指摘しておきたい。
 安倍首相はこれまで、「安倍内閣として村山談話を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいるし、今後も引き継いでいく」と繰り返し語ってきた。一方で、村山談話のように先の戦争を直接的に「侵略戦争」と位置づけ、謝罪の言葉を述べるのは慎重に避けている。今年4月22日、ジャカルタで開かれた「アジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議」での演説の次のくだりがいい例だろう。
≪『侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない』『国際紛争は平和的手段によって解決する』。バンドン(アジア・アフリカ会議)で確認されたこの原則を、日本は、先の大戦の深い反省と共に、いかなる時でも守り抜く国であろう、と誓いました≫
(注:バンドン会議は、西欧諸国の植民地支配から独立を果たした国々を中心に、日本を含むアジアとアフリカの29カ国が参加して1955年に開催された。安倍首相が言及した「原則」は、そのときに定められた「平和10原則」に盛り込まれている。なお、8月10日付産経新聞は、安倍談話は、このときの演説を参考にした「侵略」への言及が検討されていると報じている)
*  *
 ここまでの表現が可能であるならば、果たして村山談話を継承しなければならないのか、なぜ「継承しない」と表明できないのかと考える向きもあろう。そこで、かつての安倍首相の弊誌上での発言を紹介したい。1度目の首相の座を退き、衆院議員だった当時の「正論」平成21(2009)年2月号での山谷えり子・参院議員(現国家公安委員長・拉致問題担当相)との対談でのものだ。
≪村山談話以降、政権が代わるたびにその継承を迫られるようになる。まさに踏み絵です。だから私は村山談話に換わる安倍談話を出そうとした≫
≪村山さんの個人的な歴史観に日本がいつまでも縛られることはない。その時々の首相が必要に応じて独自の談話をだせるようにすればいいと考えたのです。むろん、村山談話があまりにも一方的なので、もう少しバランスのとれたものにしたいという思いもありました。ところが、とんでもない落とし穴が待っていた。平成10年、中国の江沢民国家主席が訪日した際の日中共同宣言に『(日本側は)1995年8月15日の内閣総理大臣談話(村山談話)を遵守し、過去の一時期の中国への侵略によって中国国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し…』という文言が盛り込まれていたのです。この共同宣言は、昭和47年の日中共同声明、53年の日中平和友好条約に次いで中国が重視していますから、日本が一方的に反古にすることは国際信義上出来なかった。…結局、私は総理大臣として、村山談話の継承を表明しなくてはなりませんでした≫
 平成10年の日中共同宣言とは、当時の小渕恵三首相が来日した江沢民国家主席との間でまとめた「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」である。この共同宣言は現在も有効であり、安倍首相が今回の談話で先の戦争への言及の仕方をどれだけ工夫しても、村山談話を継承するという中国との約束からは逃れられないということである(詳しくは、榊原智・産経新聞論説委員「安倍首相が村山談話を『全体として引き継ぐ』のは何故か」=iRONNA掲載=を参照)。
 「村山談話を政権として継承しているか」と問われれば、嫌でも「継承している」と答えざるを得ないのが、日本の現状なのである。

戦後に終止符を

冷戦思考の何が悪い

会談する小渕恵三首相(左)と中国の江沢民国家主席=1998年11月26日
 歴史問題で日本を貶め、国際社会におけるわが国の地位や信用を低下させ、日米同盟をも分断してアジアにおける覇権奪取に利する対日「歴史戦争」「歴史戦」を仕掛けている中国が、この日中共同宣言をなかったことにしたり、村山談話への関心をなくしたりすることは考えられない。
 といって、日本側から共同宣言を反故にするためには、相当大きな情勢の変化が必要だろう。結局、中国にわが国の歴史観を支配されているような異常な状況から抜け出すには、わが国自身で村山談話を無効化・無力化するよう努めるしかあるまい。
 安倍首相は上記の対談で、村山談話への〝抵抗策〟として≪「政治が歴史認識を確定させてはならない。歴史の分析は歴史家の役割だ」と国会で答弁した≫と語っている。その通りで、まずは歴史を政治から分離させ、実証主義に基づいて語ることが必要だ。日本では当たり前の感覚だが、そのうえで、自虐史観・東京裁判史観に縛られない自由な立場での歴史の学術研究を促進し、内外世論の理解を広く得なければならない。
 村山談話の無力化のもう一つの道は、「戦後」という議論の枠組みから脱することである。詳しくは、今回紹介する西岡力・島田洋一・江崎道朗の3氏による鼎談「歴史の大転換 『戦後70年』から『100年冷戦』へ」を参照していただきたいが、「戦後」というだけで、第二次世界大戦・大東亜戦争を起点とする議論の枠組みに閉じ込められてしまう。人類が経験したそれよりも新しい世界規模の戦争、つまり「冷戦」の検証に歴史の議論の枠組みを移すべきだ、ということである。核・ミサイル開発を続ける北朝鮮、横暴な領土拡張の試みを止めようとしない中国によって、東アジアでは現在も「冷戦」が続いていることを考えれば、まさに現在進行形の課題でもある。共産主義陣営がおかした侵略や人民虐殺の罪を問うのである。
 中国は近年、異常な軍拡を批判されるたびに、「(中国を敵視する)古い冷戦思考だ」と逆ギレしてきた。「貴国はそれより古い第二次大戦思考でものを言うのだから、冷戦思考の何が悪い」と言い返したときの中国の反応を見てみたいものである。(月刊『正論』編集長 小島新一)
■「21世紀構想懇談会」第2回会合 議事要旨(《PDF》、首相官邸ホームページ)
■「侵略の定義」とは何か(日本政策研究センター、2013.06.05)

許すまじ 驕れる中国

「中露はファシスト」

 3月、豪紙シドニー・モーニング・ヘラルドが「イスラム国」とロシア、中国を全てファシスト政権だとする論考を掲載。同紙はファシストの特徴として権威主義的であり、中央集権的であり、国家を人民の上に位置付けると定義した。
 また米歴史学者、ロバート・パクストンが『ファシズムの解剖学』で、ファシズムとは民主的自由を放棄し、倫理や法に縛られずに暴力を追求し、内部粛清と外部拡張という野心的な目標を掲げる体制だと指摘したことを挙げ、中国、ロシアとイスラム国は政治体制に違いはあるが、これらの特徴にすべて当てはまり、自由の敵だと断じた。
■IS, Russia, China: all fascist states(シドニー・モーニング・ヘラルド、2015.03.03)

もうこだわらなくてよい

田原総一朗が戦後レジームを総括する理由

 今年は、戦後70年目の年だ。僕は11歳で終戦を迎えた。だから、その後、70年間を「戦後」とともに生きてきたことになる。僕は戦後を見続けてきたのだ。
 先日、ある若き研究者が書いた本を読んだ。政治学者の白井聡さんの『永続敗戦論』だ。
 「私には疑うことのできない確信がある。それは『戦後』というあまりに長く続いてきた歴史の区切り、ひとつの時代が確かに終わった、という確信である。別のいい方をするならば、あの地震、津波と事故は『パンドラの箱』を開けてしまった。『戦後』という箱を。それは直接的には、『平和と繁栄』の時代が完全に終わったことを意味し、その逆の『戦争と衰退』の時代の幕開けを意味せざるを得ないであろう」
東日本大震災から4年
の朝を迎えた「奇跡の
一本松」=2015年
3月11日、岩手県陸
前高田市
 白井さんの記す「事故」とは、東電の福島第一原発の事故のことだ。そして、この事故によって、「現存の体制は戦前、戦中さながらの≪無責任の体系≫以外の何物でもなく、腐敗しきったものと成り果てていた」ことが、誰の目にも明らかになったと述べる。この書は全編、白井さんの憤りで埋め尽くされているのだ。
 安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を謳う。いわゆる「東京裁判史観」からの脱却、憲法改正、安全保障の見直し、教育基本法の改正ということだろう。一方、白井さんは安倍首相とは真逆の立場だ。
 白井さんは、「戦後レジーム」を痛烈に批判する。37歳の白井さんには、「戦後」に対する責任はない。そして、「戦後」をつくった大人たちに憤りをぶちまける。白井さんは、戦後日本のあり様は「偽制」だったというのだ。
 80歳の僕は、昭和の戦争に対しては「憤り」をぶつける側だ。だが、「戦後」に関していい逃れはできないだろう。戦後日本の、この「平和と繁栄」を打ち立てたのは、政治家でいえば岸信介さん、池田勇人さん、田中角栄さん、中曽根康弘さんだ。経営者では、松下幸之助さん、盛田昭夫さん、本田宗一郎さん、土光敏夫さんらだ。みな僕よりも一世代、上の人たちである。
 僕は、彼らとそれぞれ長い時間、話をしたことがある。彼らの言葉の表も裏も知っている。もしも白井さんが、彼らの打ち立てた「戦後体制」を、「偽制」だと批判するのならば、僕は意識するしないにかかわらず、「偽制」に加担していたことになる。さらにいえば、ジャーナリストになってから、白井さんが「民主主義の虚構が暴かれた」と指摘する現在まで共犯関係にあったといえるだろう。
 正直にいえば、触れたくない事柄、忘れておきたい出来事が僕にも少なからずある。だが、戦後を歩んできた者として、度胸を決めて、渾身の力で、「戦後レジーム」なるものを総括しようと僕は決めたのである。

迫られる「戦後」の克服

「戦後」の脱却は歴史観から

みんなの投票

「戦後70年談話」でおわびするとしたらどの国ですか?

  • アメリカ

    45

  • 中国

    109

  • おわびは不要

    803