日本人に原子力を扱う資格はない
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日本人に原子力を扱う資格はない

4年3カ月ぶりに再稼働した九州電力川内原発1号機が、原子炉内で発生する熱出力を100%に保つ「フル出力運転」を始めた。これほど歳月を要した原因は、過剰で不合理な「世界一厳しい規制」にある。私たち日本人に、原子力のような複雑で高度な科学技術を扱う資格はあるのか。

4年3カ月ぶりに再稼働した九州電力川内原発1号機が、原子炉内で発生する熱出力を100%に保つ「フル出力運転」を始めた。これほど歳月を要した原因は、過剰で不合理な「世界一厳しい規制」にある。私たち日本人に、原子力のような複雑で高度な科学技術を扱う資格はあるのか。

大江紀洋の視線

 読者のみなさんは九州電力・川内原子力発電所の再稼働をどう受け止めただろうか。
 8月11日に再稼働した同1号機は、31日昼頃にフル出力に至った。来月10日には原子力規制委の最終的な検査を受け、営業運転に入る予定となっている。
 2012年6月に野田佳彦首相(当時)が「国民生活を守るため、再稼働すべきだというのが私の判断だ」とわざわざ会見まで行って再稼働した関西電力・大飯原発3、4号機(その後、13年9月に定期検査入りで停止)のときに比べれば、反対運動は弱まっているように見える。しかし、世論の分断や相克は、より深刻になっているのではないだろうか。
 筆者の周囲では、再稼働は当然だとする人々もいたが、「なぜ電気が余っているこの夏に再稼働なのか」と言う人も多かった。
 筆者は、雑誌制作にあたり、サイレントマジョリティーの「普通の感覚」に心を寄せることを身上としている(まだまだ修業が足りませんが……)。メディアに取り上げられやすい、政治色の強い主張に目を奪われることなく、日々、自分のため家族のために懸命に働く人々が何を考え、どう感じているかを意識したいと考えている。
 原子力やエネルギーの問題は、仕事に追われる市井の人々にとって専門的過ぎて難しい。そんなことを考える暇はないので、専門家や政治家が適切に判断して良きようにやってくれればいいというテーマだった。あの3・11までは。エネルギーは、社会が危機に瀕した時、突如としてひとりひとりの市民の生活に直結するテーマとなる。それがかつては、石油ショックであり、太平洋戦争だった。東日本大震災と東京電力・福島第一原発事故によって、専門家や政治家、そして電力会社や規制官庁の信頼は地に堕ち、ひとりひとりの市民が、何らかの考えを抱かざるを得ない状況に追い込まれた。
 筆者は、原子力は必要だと考えている。その理由については、山本隆三氏(常葉大学経営学部教授)が記事「川内原発の再稼働が必要な4つの理由」に簡潔にまとめてくれている。要するに、電気料金という経済性の問題、日本がどんな国際環境に追い込まれても安定的にエネルギーを調達できるかというエネルギー安全保障の問題、そして地球温暖化問題。これらを考えると、もちろん原子力には事故とその影響の甚大さというリスクがあるものの、再稼働のベネフィットのほうが大きいという内容だ。
川内原発の再稼働を報じる新聞。見出しには自社の主張が踊った
 戦後70年の今年、振り返る機会が多かった「あの戦争」とエネルギーの窮乏は切っても切れない関係にある。資源のないこの国で生きる子孫のことを考えれば、原子力技術というオプションは失うのは賢明でないと考える。もっと短期的に考えると経済性である。電力各社は電気料金の値上げを実施しているが、原子力の再稼働をある程度織り込んだ値上げ幅に抑え込まれている。原発はイニシャルコスト(初期費用、主に建設費)が高く、ランニングコスト(運転費用、主に燃料費)が火力発電に比べ圧倒的に安い。償却が進んでいる原発は、電力会社にとって金のなる木だ。だからこそ電力会社は業界全体で2.5兆円とも3兆円ともいわれる膨大な追加対策を施しても、原子力を使いたいと考えている。再稼働を否定し、電力会社の経済合理性を否定するなら、国民はもっともっと高い電気料金を引き受けなければならない。
 「原発が安いというのは事故コストを織り込んでいないのではないか」「最終処分を考えていないのではないか」という意見も根強い。しかし、脱原発を志向した民主党政権が設置した専門家委員会「コスト等検証委員会」の報告書において、それらのコストを織り込んでも、原発は火力より安いという結果が出ている。償却の始まっていない、これから新設するプラントとしてコスト計算しても安いのである。もちろん、この試算で想定されている事故確率を大幅に引き上げれば結果は変わってくるが、先述の膨大な追加対策を無視することに合理性はあるだろうか。
 むしろ、新しい安全規制は、ハードウェア的な対策を施しすぎており、現場力や事業者の安全文化構築に対するモチベーションを下げている危険性がある。この論点については、石井孝明氏(経済・環境ジャーナリスト)の寄稿「川内原発遅すぎる再稼働 安全規制はここがおかしい」を参照してほしい。「規制委がもっと時間をかけて厳しく審査すべきだ」「あらゆるリスクをゼロにするような対策を施すべきだ」といった感覚は市民感覚としては理解できなくはないが、それに寄り添うばかりのメディアが目立つのはいかがなものか。不合理な安全規制を続ければ、長期的に見れば事故確率を上げてしまう可能性すらある。
 どんな科学技術にもリスクがある。火力や再生可能エネルギーにはリスクがないように見えるが、それは原料採掘時のリスクを日本人が引き受けていないからだ。人類にとって完全に都合のよいエネルギー源は存在しない。これからも世界の人口が急増していくことを考えれば、日本には原子力の技術を磨き上げていく責務があるように思う。6月に経産省が2030年段階の望ましい電力構成(ベストミックス)として、原子力20~22%という数字を発表したが、これを単に「原発ムラ」と揶揄するのは間違っている。原子力にこの程度の役割を持たせなければ、経済性やら環境性やらの辻褄を合わせることができないのだ。直截に言えば、地球温暖化対策として世界に通用する目標値を掲げることができない。
 平和で豊かな生活を送る市民が、エネルギー安全保障や温暖化問題を喫緊の課題として認識することは難しい。サイレントマジョリティーが原子力は必要ない、と考えるのならば、どのような目標を掲げようと現実に原子力は衰退していくだろう。私たち日本人に、原子力のような複雑で高度な科学技術を扱う資格はないということなのかもしれない。(Wedge編集長)
   

首をかしげる内実

なぜ今やるのか

知恵出し無駄なくせば

 九州電力川内原発が再稼働し各紙が取り上げている。
 読売新聞社説に「電力安定供給へ重要な一歩だ」という見出しで次のような記事がある。
 「燃料費増大で電気料金は震災前より家庭向けが25%、企業向けは38%も値上がりした」とある。
 電力料金値上げの最大の要因は円安でないのか。1ドル70円代から現在1ドル120円台にまで変化している。これと原発は関係ないことではないか。また、次のような記述もある「原発は燃料費が安く安定して発電できる重要なベースロード電源だ」とある。原発は本当に安いのかどうか、立地を決め、地元の了解を得るまでのコスト、更には、様々な補助金等、何かあった時の保障はとんでもなく高いものになるのは東京電力福島原発事故で明らかでないか。
 何よりも自分が総理の時、原発を輸出するなど原発を進めてきた小泉純一郎元首相は現在「原発は危険だ。止めなければならない」と明言し、原発がいかに危険なものかを行動・発信している。
 今、電気は間に合っている。まだまだ知恵を出せば、無駄を無くせば、余裕ができる。再稼働ありきでなく、冷静にかつ、将来を考えた議論をしてほしいものである。
 新聞論調も安保法制賛成の新聞社は原発再稼働賛成である。一方、安保法制に慎重な立ち位置の新聞社は、原発再稼働慎重論である。面白い構図である。
 竹を割ったように真っ二つに割れる議論では分かれないと思うのだが、一国家一言語一国民の日本人は、右だ左だ、タカ派・ハト派、上だ下だと、何かにつけ分けたがる傾向がある。だからと言ってマスコミもそうなることはいかがなものか。
 一方的な思い込みの情報伝達は危険である。(鈴木宗男「ムネオの日記」2015.08.12より

完璧はない

現時点の最善策は

再稼働にモノ申す

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