SEALDsの「仮面」を剥ぐ

SEALDsの「仮面」を剥ぐ

参院で審議中の安保法案への抗議活動を続ける学生団体「SEALDs」。デモの参加者を水増ししたり、現政権を口汚く罵ったりする彼らは、権力と対峙し、反体制を謳う「反骨」な自分に酔いしれているだけではないのか。SEALDsの「仮面」を剥ぐ。

時流に沿った勢い

  • SEALDsの歴史的意味を過小評価するな

    SEALDsの歴史的意味を過小評価するな

    SEALDsに集った学生たちは千差万別、先天的に政治性をおびていたわけではなかった。参議院議員の有田芳生はSEALDsが戦後の日本で続いてきた社会運動の文化を確実に変えていると評価する。

開いた口が塞がらない

  • 学生たちに理性と良心の放擲をそそのかすサヨクな大人ども

    学生たちに理性と良心の放擲をそそのかすサヨクな大人ども

    国会前デモは未来を担う学生たちに注意を払って来なかった我々大人たちに対する異議申し立てだ―。サヨクウオッチャー、中宮崇が学生たちをたぶらかすサヨクな大人を一刀両断する。

15人の「副司令官」

「SEALDs」が
開いた集会で、安全
保障関連法案に反対
する人たち=8月
28日夜、国会前
 8月31日、テレビ朝日系「ビートたけしのTVタックル」(月曜後11:15)ではSEALDsに密着取材。代表は置かず「副司令官」と呼ばれる15人のサブリーダーがいること、無償で提供するためのプラカードを作る「デザイン班」や、集会を円滑に進行する「デモ班」など7班に分かれて活動していることなど組織運営の裏側を紹介した。スピーチでは悲壮感が出ないように泣くことを禁止することをメンバーに徹底する戦略も明らかにされた。
 また安保法制の撤回を主張するSEALDsの目的が達成されたらどうするのか問われると、メンバーの一人は自由で民主主義的な社会の構築を目指すために段階を踏んだ活動を続けると答え、廃案や安倍首相の退陣が目的ではないことを強調した。

嘘付きは泥棒の始まり

  • SEALDs大規模デモ 主催者に利用され続けたメディア

    SEALDs大規模デモ 主催者に利用され続けたメディア

    8月30日に行われた国会前での大規模な反政府デモでは、報道のあり方に大きな疑問符が付けられるものであった。主催者に利用され、悪質な宣伝活動に加担したメディアの責任を渡邉哲也が問う。

「8.30国会前」多くても3万人

 国会議事堂周辺で2015年8月30日に行われた抗議行動は、安全保障関連法案に反対する運動としては過去最大規模になった。「最大規模」なのは確かだが、参加者数を見出しに取った新聞は皆無だ。主催者発表と警察の調べとで大きな差があるためだ。
 ネット上では、早くも「検証」を試みる画像も出回り始めている。デモを主催した「戦争させない・9条壊すな!総がかり運動実行委員会」は、参加者数を約12万人と発表した。警視庁は警備の人員配置の参考にするために参加人数を集計・把握しているが、発表はしていない。各社は「警察関係者によると、国会周辺だけで参加者は約3万3000人」(朝日新聞)といった具合に、警視庁調べの参加者数を3万〜3万3000人程度だと報じている。それ以外に、都内の大学生らでつくる団体「SEALDs(シールズ)」は、ツイッターのアカウントで「今日の国会前抗議、のべ人数35万人だそうです!!!!!」と「35万人説」を唱えた。(J-CASTニュース 2015.8.31
安保法案に反対する集会で、国会正門前を埋め尽くす人たち。警察車両に機動隊員が15名並んでいることからその正方形(矢印部分)を約225人と試算。白枠の正方形はその16倍となり約3600人。白枠で囲った部分全てが埋め尽くされても、国会前に集まった集会参加者は約3万2千4百人となった=8月30日午後、東京都千代田区

 参院で審議中の安全保障関連法案に反対する市民団体が8月30日に開いた集会への参加者数が、国会正門前は多くても3万2千人程度だったことが産経新聞の試算で分かった。国会周辺にも参加者がいたとはいえ、主催者の「戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会」が発表した12万人にはほど遠い。警察当局は約3万3千人と発表している。試算は上空から撮影した正門前=写真=で警備にあたっていた警察車両の前に機動隊員が15人並んでいたことを基準とし、そこに面した正方形部分(矢印)の人数を約225人と計算。白枠の正方形はその16倍で約3600人とした。9つの白枠全てが参加者で埋まっても国会前は約3万2400人となる。(2015.9.2 産経新聞)

■参加人数論争に結論 「8・30国会前デモ」は12万人だった(日刊ゲンダイWeb 2015.9.3)

日本の「リベラル」は死んだ

 8月30日、国会議事堂前での安保法案抗議集会で、山口二郎法政大教授は安倍晋三首相に対し「お前は人間じゃない」との暴言を吐いた。時代劇の決めぜりふからの借用らしいが、現代の人権感覚からすれば、それは明らかに、安倍晋三という一個人に対する言葉の暴力である。
 反安保法案運動が始まって以来、映画監督の宮崎駿氏は安倍首相のことを「愚劣」と罵倒し、日本学術会議前会長で専修大教授の広渡清吾氏は7月末に安倍首相のことについて「バカか嘘つきか」と二者択一の手法でののしった。そして学生団体「SEALDs(シールズ)」の中核メンバーの奥田愛基氏に至っては、8月の連合主催の国会前での安保集会で「バカか、お前は」と罵声を安倍首相に堂々と浴びせた。
北京の天安門広場で警備する武装警察隊員(共同)
北京の天安門広場で警備する
武装警察隊員(共同)
 こうした中で反安保法案運動はそのしかるべき趣旨から逸脱して理性と節度を失い、単なる安倍首相に対する「怨念の個人攻撃」へと変質した。このような「平和運動」はもはやその名に値しない。言葉の暴力を平気で振るうような人間たちに、「平和」を語る資格はどこにあるのか。
 さらに問題なのは、前述のような発言に対し、反安保法案運動の陣営から内部批判も自己反省もいっさい聞こえてこないことだ。日本の「保守」とは対極の「リベラル」を代表するような新聞などもそれをいっさい問題視していない。このような異様な事態はむしろ、日本のリベラル全体において基本的な人権感覚がまひしていることを示している。言葉の暴力を容認するような「リベラル」はリベラリズムと言えるのか。
 奥田氏や山口氏の暴言が吐かれたその日、そしてそれを容認してしまった時、日本の「リベラル」はすでに死んだ。
 今から26年前、私の世代の多くの中国人青年が北京の天安門広場でそれこそ命がけの民主化運動を展開した。しかしわれわれは、本物の独裁者のトウ(登におおざと)小平に対しても「お前は人間じゃない」といった暴言を吐いたことはない。われわれはただ、民主化の理念を訴えただけだった。だから、民主化運動がトウ小平の解放軍に鎮圧されたとしても、われわれには誇りが残った。
 民主主義社会の中で「鎮圧」される心配のない日本の反安保法案運動に参加している皆さんも、このような誇りを持ってしかるべきではないだろうか。(評論家・石平 2015.9.1産経新聞)

いまどきのデモとは

  • 大新聞 安保法制反対デモは報じるが世界の賛成の声は報じず

    大新聞 安保法制反対デモは報じるが世界の賛成の声は報じず

    政府が9月中旬までの法案成立を目指し、参議院で大詰めの審議を迎えている安全保障法案に関する報道では、朝日の8月の世論調査では30%、読売調査では31%いるはずの「賛成」派の声は、ほとんど聞こえてこない。

  • 3万人も12万も同じ ネット時代のデモを考える

    3万人も12万も同じ ネット時代のデモを考える

    現代では実は3万人だろうが12万人だろうが、運動の盛り上がりを示す指標には必ずしもならない―。関東学院大教授の新井克弥が、「いまどきのデモ」がどういう意味を持っているか冷静に考察する。

僭越ながら「苦言」を少し

 まずは下記のスピーチ文をご覧いただきたい。

 今日はどうしても言いたいことがあって、この場でスピーチさせていただきます。「戦争法案」は絶対に廃案にしなければなりません。こんな政権に日本を任せるわけにはいきません。(中略)

 僕は周りに政治のおかしさを訴えていきます。戦争を起こして何になりますか。誰が得をしますか。僕ら国民には犠牲しかもたらしません。

 そんなに中国が戦争を仕掛けてくるというのであれば、そんなに韓国と外交がうまくいかないのであれば、アジアの玄関口に住む僕が韓国人や中国人と話して、遊んで、酒を飲み交わし、もっともっと仲良くなってやります。

 僕自身が抑止力になってやります。抑止力に武力なんて必要ない。絆が抑止力なんだって証明してやります。

 何とも威勢の良いスピーチの主は、福岡県の大学に通う22歳の学生、後藤宏基さんである。8月28日、学生団体「SEALDs」が主催する毎週金曜日恒例の安保法案反対デモに参加し、聴衆を前にマイクで高らかに訴えた。
 どこかの左派メディアのように彼らの活動を諸手を挙げて持ち上げるつもりはないが、自分たちの信念を持って活動を続ける彼らの行動力には脱帽する。
 とはいえ、彼のスピーチの中身にはいささか首をかしげたくなる部分もあるので、僭越ながら少しだけ苦言を呈したい。
国会正門前に押しかけた「安保反対」のデモ隊。岸政権への批判も強まり、異様な「盛り上がり」となった=昭和35年6月17日
国会正門前に押しかけた「安保反対」のデモ隊。岸政権への
批判も強まり、異様な「盛り上がり」となった
=昭和35年6月17日
 そもそも「戦争法案」などというレッテルを貼り、一方的に批判するのはいかがなものか。安保法案は、他国との戦争を目的にしているわけではない。首相も断言した通り、わが国が他国と「二度と戦争をしない」ための法案である。「徴兵制の復活」などというデマや誤解まで広がっているが、彼らの主張の多くは偏見に満ちている。
 それともう一つ、「絆が抑止力」という言葉。中国や韓国といった隣国と交流を深めて、対話による緊張関係の平和的解消を目指すという志は立派だが、自国の利益を最優先に考える外交の世界で、そういう綺麗事だけが罷り通ると本気で思っているのか。ましてや、言葉も文化も価値観もすべて異なり、公然と敵意をむき出しにする相手であっても、気安く対話できる関係を築ける自信がそんなにおありなら、ぜひ今すぐにでもわが国の外交官としてその手腕を発揮してほしい。
 これは乱暴な比喩かもしれないが、もし強盗犯が自宅に押し入り、自分の財産を奪い、家人を傷つけるような場面に出くわしても、犯人に自首を促すような冷静な対応が取れる人なんているのだろうか。独り善がりな理想と信念が通用しないのも外交の本質であり、交渉とは相手と同等以上の立場になって、初めて双方が聞く耳を持つ関係が成り立つ。彼の主張は「理想」ではあっても、現実はそんなに甘くはない。
 これまた失礼な言い方かもしれないが、後藤さんに限らず、SEALDsという学生団体の活動を見て思うのは、彼らは権力と対峙し、反体制を謳う「反骨」な自分に酔いしれているだけではないのか。彼らが言うように日本と平和を本気で愛しているのであらば、いま現実に起こっている脅威に目を背けず、きちんと向き合って冷静に解決する術を考えるべきではないのか。感情論や精神論ばかりが先立つ主張は、はっきり言って無意味である。デモの参加者が、口汚く現政権を罵っているさまを見ていると、ただただ興ざめするばかりで、彼らの訴えは何一つ心に響いてこない。
 それでも、SEALDsの運動をかつての「60年安保闘争」と重ねる向きもある。だが、国会突入を図って警官隊と激しく衝突した当時の勢いとは比べものにならない。主催者がデモの参加者を水増ししたり、仰々しく報道するメディアもあるが、多くの国民は今回の安保法案の成り行きを冷静に見守っている。
 60年安保の真っただ中、当時の岸信介首相と対峙し、デモを主導した元全学連のリーダーは、昭和62年に岸元首相が亡くなった際、次のような弔文を書いて、その死を悼んだという。
 「あなたは正しかった」
 (iRONNA編集長、白岩賢太)
SEALDsの「仮面」を剥ぐ

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