「憲法9条にノーベル平和賞」の胡散臭さ
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「憲法9条にノーベル平和賞」の胡散臭さ

相次ぐ日本人受賞者に沸く今年のノーベル賞。戦後70年の今年は、自然科学三賞や文学賞の他に平和賞の選考にも注目が集まっている。とりわけ日本では憲法9条の受賞に期待が集まっているが、この妙な期待にはいかんともしがたい政治的な臭いがぷんぷんする。そう、護憲派と呼ばれる人々の思惑です。

相次ぐ日本人受賞者に沸く今年のノーベル賞。戦後70年の今年は、自然科学三賞や文学賞の他に平和賞の選考にも注目が集まっている。とりわけ日本では憲法9条の受賞に期待が集まっているが、この妙な期待にはいかんともしがたい政治的な臭いがぷんぷんする。そう、護憲派と呼ばれる人々の思惑です。

何が平和を守ってきたか

戦争放棄は9条の前から

憲法改正に反対したいだけ

安倍政権打倒へ、千載一遇の好機と捉える朝日

 今年のノーベル平和賞が9日にノルウェーの首都オスロで発表される。今年は世界中から推薦された205人、68団体の計273候補の中から選ばれるが、日本で特に注目されているのが、神奈川県相模原市に事務局を置く市民団体「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会が推薦した「憲法9条を保持する日本国民」が受賞するかどうかだ。
記者会見する「憲法9条にノーベル
平和賞を」実行委員会の石垣義昭
共同代表(左から2人目)ら=
2015年6月10日午後、相模原市役所
 朝日新聞によると、受賞予測を毎年発表している民間研究機関「オスロ国際平和研究所」(PRIO)のハープウィケン所長は今年、憲法9条の改正に反対する日本の「九条の会」を五つの有力候補の4番目に挙げたという。
 ノーベル平和賞は1901年に創設された歴史ある賞だが、ノルウェー国会によって選ばれたノーベル委員会委員が選考し、日本人では1974年にいわゆる「非核三原則」を世界に訴えた佐藤栄作元首相が受賞している。ただ、平和賞の選考過程は分かりにくく、これまでも「政治的な配慮が過ぎる」という批判が多かった。
 今回、憲法9条を推薦した市民団体は、護憲派団体「九条の会」を母体とする一部のメンバーが発起人となって活動を広げ、候補としてノミネートしたのは昨年に続き2度目。今年は戦後70年という節目の年であり、9月には護憲派団体や左派メディアが猛反対した安全保障関連法が成立するなど、彼らにとっては格好のネタが集まったこともあり、平和賞受賞には昨年以上の期待がかかっている。
 前述の朝日記事によれば、ハープウィケン所長は、安倍政権の憲法解釈の変更や安保関連法制定を念頭に、「国家間の緊張が高まり困難が増す東アジアで、9条の不侵略や平和主義の理念が再認識されるべきだ」と述べたとしており、安保法制を「戦争法案」などとレッテルを貼り続けた左派メディアにとっては、憲法9条の受賞が安倍政権に打撃を与える千載一遇のチャンスと捉えているのかもしれない。(iRONNA編集部)
ノーベル平和賞予想、9条・反核運動を有力視 9日発表(朝日新聞2015.10.05)
ノーベル賞:「今年こそ平和賞を」…9条・市民団体(毎日新聞2015.10.06)

このままでいいわけない

政治的配慮に賛否

ノーベル平和賞に客観的基準なし

 ノーベル賞には、文学賞と平和賞はいらない。
 物理学や医学という自然科学の分野におけるノーベル賞は、業績が客観的に判断できる。しかし、文学と平和は、客観的な判断基準はない。だから、この分野に、ノーベル賞は不適切である。文学賞には、例えば我が国の芥川賞や直木賞がある。つまり、日本語世界の文学賞である。これでいい。
 しかし、スウェーデンあたりで、世界中の諸民族の文学作品の中からノーベル賞を選ぶなど、できるものか。できるのは、せいぜい、読者数の競争であろう。しかしこれは、文学を競うこととは別次元である。この度も、書店に受賞候補の作家の本が積み上げられており、受賞と同時に売り出されようとしていた。この現象をニュースで見て、ノーベル賞に文学賞は必要ではないと即断できた。そもそも、既に文学賞を受賞した左翼作家の言動を思うだけでも、ノーベル文学賞は不必要、むしろ迷惑である。「永遠の0」や「海賊とよばれた男」を書いた百田尚樹氏が受賞者だったら、もうすこし考えてもいいが。
 次ぎに、ノーベル平和賞。この度の受賞者に関していうわけではない。しかし、かつて金大中韓国元大統領がノーベル平和賞を受賞したとき、私は「犬も笑う」と書いた。また、近年ではアメリカのオバマ大統領の受賞、これは、猫も笑うではないか。馬鹿馬鹿しい例はこれだけにするが。この度、我が国に「『憲法九条にノーベル平和賞を』実行委員会」という会があるらしいが、
それが、スウェーデンにあるノーベル賞決定の委員長に「憲法九条にノーベル賞を」と、「勝手に」要請活動をした結果、こともあろうに「憲法九条」がノーベル平和賞の候補に上げられたと伝わってきた。
 これは、「憲法九条」を書いたGHQの民政局次長のチャールズ・ケイディス大佐自身が、九条を書いた目的を、「日本を永久に武装解除されたままにしておくためです」と語ったその目的を、まさにノーベル賞によって実現し固定しようとする政治的な動きそのものではないか。これら一連の平和賞の政治的利用の動きをみれば、ますます、客観的基準のないノーベル平和賞は必要がないと思う。
 そもそも、この度受賞した少女や地道な活動家と、金大中やオバマや憲法九条を書いたケーディスは、全く次元が違う。このような次元が全く違うものに、同じ賞を贈らないほうがいい。本来の受賞者の名誉が汚される。彼らには、政治利用のない他の賞を創設すべきである。
「西村眞悟の時事通信」2014.10.15)

中韓が取れない理由

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