「下流老人」にふるえる日本人

「下流老人」にふるえる日本人

71歳の男性による新幹線車内での焼身自殺は低年金による生活苦が背景にあったとされる。この男性は年金受給額が生活保護基準を下回る「下流老人」の典型であり、平均的な給与所得がある場合も下流老人になる可能性があるという指摘もある。低年金時代をどう生き抜くべきか、すぐそばにある貧困を考える。

篠田博之の視点

 ワーキングプアと呼ばれる新たな貧困層が社会問題になって約10年、このところ大きな話題になりつつあるのは高齢者の貧困問題だ。週刊誌などでもこのところ、毎週のようにその問題が取り上げられている。
 生活困窮者支援のNPO法人「ほっとプラス」代表理事の藤田孝典さんが上梓した新書「下流老人」は13万部のベストセラーになっている。また「ワーキングプア」から「無縁社会」、さらに「老後破産」と、格差と貧困を追い続けているNHKスペシャルが「老人漂流社会」と銘打ってこの8月30日に放送した番組は、上半期のNHKスペシャルで最高の視聴率11・2%をはじき出した。昨年の番組を書籍化した「老後破産」も10万部に迫る勢いでベストセラーになりつつある。
 どうして急にこの問題が関心を呼ぶようになったかというと、老後の貧困が一部の特殊な人でなく、平均的なサラリーマン生活を送って来た人にも近い将来現実になりつつあることがわかってきたからだ。
 そこで思い出されるのが、6月30日に起きた71歳の老人による新幹線車内での自殺事件だ。ガソリンをかぶって焼身自殺を図った老人のために巻き添えで一人の女性が亡くなるという悲惨な結果を招いた。
 事件後の取材で、彼がちょうど6月から年金だけの生活になり、生活が苦しいことや年金受給額の少なさについて不満を漏らし、自殺をほのめかしていたことが明らかになった。
 その老人の年金受給額は月12万円。居住していた杉並区の生活保護基準は14万4430円だ。年金受給額が生活保護基準を下回っているそういう老人を前出の藤田さんは「下流老人」と名付けた。
 その老人は以前、清掃業の仕事をしていたのだが、仕事がなくなって年金だけの生活になった。例えば生活費がもっと少なければ生活保護を申請するケースが多いのだが、12万余というのは、生活保護基準を下回るが、極端にひどくはない。普通のサラリーマン生活を送ってきた人が、年金暮らしになり、しかも夫婦でなく単身生活を送ることになった場合の標準的なケースだという。
 自殺した老人は、自分の将来を悲観してしまったのだろうが、こうして見ると決して特殊なケースではない。つまりかなり多くの高齢者が、将来、この自殺した老人と同じような生活に至る可能性が高いのだ。高齢化社会が進むことで多くの人がそういう日本社会の問題に目を向け始め、自分の老後について深刻に考えるようになった。それが、このところ高齢者の貧困が関心を集めている理由だろう。
 市場原理主義などと批判された小泉構造改革から10年余を経て、格差はますます拡大しつつある。アベノミクスなるものの恩恵を受けて景気が回復しつつあるなどという指摘がある一方で、多くの人がますます生活が大変になりつつあると実感している。年金システムの崩壊が叫ばれる今、高齢者の不安はどうすれば解消されるのか。若い人たちを含めたワーキングプアの存在はどうやって解決されるのか。「下流老人」の著者・藤田さんと、一貫して格差と貧困の問題を追い続けているNHKの板垣淑子プロデューサーに話を聞いた。(月刊「創」編集長・篠田博之)

増加する自殺と犯罪

  • 「下流老人」名付け親が警告 新幹線自殺老人のケースは特殊ではない

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    6月に新幹線で焼身自殺した老人は年金受給額が生活保護基準を下回っていた。貧困高齢者を「下流老人」と名付けた藤田孝典氏によると、それは特殊なケースでなく、独居老人の大半がいまや「下流老人」になりつつあるのだという。

弱者が弱者を支える

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    老人だけでなく、下の世代も生きていけない社会になっている。2005年の「ワーキングプア」から11年間、社会の貧困を追い続けているNHKの板垣淑子プロデューサーが「親子共倒れ」の現実を語った。

高齢者を襲う孤独と貧困

 走行中の東海道新幹線で70代の男が焼身自殺し、巻き添えになった乗客1人が死亡した。この事件は赤の他人を道連れにした「拡大自殺」であり、乗客が巻き添えで死んでも構わないという未必の故意があったのではと思われる点では、無差別殺人ともいえる。
 無差別殺人を引き起こす要因として、アメリカの犯罪学者、ジャック・レヴィンとジェームズ・アラン・フォックスは「孤独」「欲求不満」「他責的傾向」「破滅的な喪失」「大量破壊のための武器の入手」「コピーキャット(模倣犯)」の6つを挙げている。
 まず、この男は、岩手県から上京して独りで暮らしていたため、「孤独」だったはずだ。また、「年金が少ない」と不満をもらしていたらしいので、「欲求不満」を抱いていたことは間違いない。
 しかも、「年金事務所で首でもつろうか」と話していたということなので、自分の生活が苦しいのは年金事務所のせいだというふうに受け止めていた可能性が高く、「他責的傾向」も認められる。年金受給額が少ないと不満や怒りを抱く方は少なくないだろうが、だからといって当てつけに年金事務所で自殺しようなどと考えるのは、やはり「他責的傾向」が強いからだろう。
 さらに、事件当日は6月分の家賃の支払日だったが、入金されていなかったようなので、家賃も払えないほどの困窮に陥ったことを「破滅的な喪失」と受け止めたのかもしれない。「仕事を辞めて生活が苦しい」と話していたところを見ると、高齢を理由に清掃会社を辞めたという喪失体験が事件の引き金として重要なように思われる。
 自殺の手段として、この男はガソリンをかぶってライターで火をつけることを選んだ。ガソリンは誰でも購入でき、「大量破壊のための武器の入手」が案外簡単なことに戦慄を覚える。
 無差別殺人を引き起こす要因として、やたらにまねる「コピーキャット」現象も重要である。この男は一体どんな事件を模倣したのだろうかと考えていて、一つ脳裏に浮かんだ。昨年6月に新宿駅南口付近で1人の男性が焼身自殺を図った事件である。 
 平成20年の秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大(ともひろ)死刑囚は犯行前、「土浦の何人か刺した奴を思い出した」と茨城県土浦市の連続殺傷事件のことを掲示板に書き込んでおり、秋葉原事件の後も模倣犯が続出した。今回の事件に触発された模倣犯が出ないことを祈るばかりである。(片田珠美 産経新聞 2015年7月11日
下流老人の新幹線焼身自殺は、生活保護で防げたか(ダイヤモンド・オンライン 2015年7月17日)
<年金受給160万世帯の「老いと貧困」>語られない「新幹線自殺放火事件」の原因を考える。(メディアゴン 2015年7月12日)

女性が背負う老いの苦難

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ドヤ街のいま

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高齢者に厳しい社会

 昨年(2014年)は「老後破産」という用語、今年(2015年)は「下流老人」という言葉が象徴するように、高齢者を取り巻く貧困や格差が取り上げられる機会は増えている。
 テレビやラジオ、新聞や週刊誌など各メディアでは、連日のようにこの問題を取り上げ続けている。なぜメディアを中心にこれほどまで、高齢者の貧困や格差の問題が取り上げられるのかと言えば、高齢者の貧困が今でも深刻だからに他ならない。現在の高齢者の貧困は、次の高齢期を迎える私たちの姿を端的に表すものでもある。
 高齢者の相対的貧困率は約20%であり、5人に1人が苦しんでいる。高度経済成長を経験し、「一億総中流社会」だと言われた世代が苦しんでいる。さらに、これからは高齢者の生活を支える年金も経済マクロスライドで実質的に減額されていく。高額年金受給者の一部分ではなく、国民年金や低年金受給者も例外なく減額される異常事態だ。年金が少ないが、働く場所が整備されていない。高齢者も非正規雇用で厳しい労働環境にある場合も少なくない。老後も働き続けなければ暮らせない。病気を抱え、身体がボロボロになっても働いている。
 核家族化が進み、高齢者を支える家族も縮小している。子や孫世代は自分たちの生活に精一杯で面倒を見切れる状況にない。現役世代の賃金が上がらず、雇用も崩壊している。親を扶養できないことを責められる環境にない。
 1人暮らし高齢者も急増しており、孤独死が全国で多発している。誰にも看取られず「人間らしい死」と程遠い死が身近にある。もはや珍しくなくなったし、亡くなった後の片づけビジネスまで横行する。孤独死も起こったら警察が物のように遺体を片付けて何事もなかったように忘れ去られる。(中略)
 貧困に至っても「現役の頃に貯蓄をするべきだ。老後に困るなんて自己責任だ。」と批判される。子育てに尽力し、教育費が高騰するなかでも苦労して社会の担い手を養成してくれたにも関わらず。予想すら不可能な劇的な社会構造の変化があるにも関わらず。
そしてこれらの貧困に対応する気すらない社会の状況が未だに続いている。
あげていけばキリがないほど、日本経済を支えた高齢者に対して「敬老」などしない。冷酷なほどである。
 曖昧に敬老の意思を示すために、今年も高齢者にプレゼントを贈る、長寿を表彰する自治体の取り組みがあるだろう。
電車で席を譲る、感謝の言葉をかける若者もいるかもしれない、おじいちゃん・おばあちゃんの身を案じる人もいるだろう。
これらは否定しない。しかし、高齢者に対して、「敬老」の意思を示すこととは何だろうか。これほど、貧困と格差が広がっているなかで、高齢者が求めているものはなんだろうか。贅沢な暮らしではなく、普通に安心して送れる老後の暮らしではないだろうか。
「シルバーウィーク」「敬老の日」をきっかけに、私たちの未来である高齢者の姿を正確に捉えていただきたいと思っている。(藤田孝典 Yahoo!個人 2015年9月19日

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