いまの自民党がつまらなくなった

いまの自民党がつまらなくなった

戦後70年の今年、自民党にとっては結党60年の節目である。戦後日本の政治史をひも解けば、それは自民党政治の歴史と言っても過言ではない。この60年、自民党は何が変わり、これからどんな未来が待っているのか。

論争なき自民党に未来はない

  • 田原総一朗がひも解く自民党60年の政治史

    田原総一朗がひも解く自民党60年の政治史

    戦後日本の政治は自民党政治そのものだったといっても過言ではない―。政治を見続けてきた田原総一朗が自民党60年の歴史を語る。

「反主流派」はなぜ弱体化したのか

 西川公也農水大臣が辞任した。またも政治とカネが原因だ。いま、日本の農業は、たいへんな岐路に立っている。農業規制改革は、アベノミクスの第三の矢、成長戦略における目玉のひとつだ。衰退する日本の農業を、国際競争力を持つ「産業」に変えることは重要課題なのだ。
自民党60年の政治史に
ついて語る田原総一朗氏
(瀧誠四郎撮影)
 農業改革を進めるため、安倍政権は、全国農業協同組合中央会、つまり全中に大ナタをふるった。これまで全中は、農協法に基づき、全国各地域の農協に対して会計監査・業務監査の権限を持っていた。いわば「中央集権」だったのだ。
 安倍政権は、その権限を廃した。全中の支配から解放された農協は、自由な発想で、これまでできなかった改革をおこなうことができるようになった。「中央集権」から「地方自治」へ変わったのである。とはいえ、企業の農業参入や農地についての規制緩和は、いまだに進んでいない。中途半端だとする批判もある。
 しかし、政府は兵庫県養父市を国家戦略特区に指定した。この地で大幅な規制緩和を実現し、企業の参入などを可能にしたのだ。まさに、未来の農業モデルといえよう。これは大いなる前進だと、僕は思うのだ。
 アメリカのケリー国務長官が、来月、来日する。この来日は、TPP協定を妥結へと大きく前進させるだろうといわれている。日本の農業は、まったなしの状況なのだ。ところが、こんな大事なときに、農水大臣の辞任である。安倍首相は、林芳正さんを復帰させたのだ。
 だが、西川農水大臣の問題について、党外から指摘されるまで、自民党のなかでは何ら問題になっていなかった。かつての自民党であれば、主流派に対し、反主流派、つまりは「党内野党」が存在した。だから、問題があれば、内部から厳しい批判が出たものだ。
 いま、自民党は党内のチェック機能が働かなくなってしまっている。この理由は、小選挙区制の影響が大きいと僕は思っている。小選挙区では、ひとつの選挙区から当選者は1名しか出ない。「反主流」では当選できなくなっている。反主流派が声を出せなくなっているのだ。

憲法9条に唯一反対した党

  • わが国の平和と安全を真面目に考えられなくなった日本共産党

    わが国の平和と安全を真面目に考えられなくなった日本共産党

    日本共産党ほど、自己を持ち上げる政党はあるまい。絶対的権威を持つ政党に孕む政策の矛盾をかつて日本共産党ナンバー4だった筆坂秀世が突く。

消えたヤルタ密約緊急電

  • インテリジェンスなき国家が辿った運命

    インテリジェンスなき国家が辿った運命

    第二次世界大戦時、インテリジェンスを役立てようとしなかった日本の統帥部の姿を手嶋龍一がひとりの外交官から浮かび上がらせる。

安保成立で遠のく改憲

 昭和30年、旧日本民主、自由党の「保守合同」で誕生した自民党は、党の基本姿勢である「綱領」に「自主独立の完成」を掲げた。政策の基本方針を示す「政綱」には「現行憲法の自主的改正」を明記し、以後、「自主憲法制定が自民党の党是」といわれるようになる。いわば憲法改正は自民党の「一丁目一番地」だ。
 これには、時代背景も大きく影響している。現行憲法は形式的には明治憲法の改正手続きがとられたが、連合国軍総司令部(GHQ)が短期間で作成した原案がベースになっている。そのため、27年4月28日に日本が独立を回復した際には「独自の憲法を改めて制定すべきだ」と考える国民も多かった。だが、戦後の荒廃からの経済復興を重視した首相の吉田茂は、自主防衛や前提となる憲法改正には消極的だった。こうした吉田に対する不満が、後に首相を務める鳩山一郎や岸信介らを突き動かし、保守合同を推し進める原動力となった。
 鳩山の孫で元総務相の鳩山邦夫は「一郎には自前の憲法を持たなくては、真の独立国家ではないという思想があった」と語る。鳩山を支え、自身も首相時代に憲法改正を目指した岸は、35年の日米安全保障条約改定と引き換えに退陣、その後はしばらく憲法改正の機運が後退した。
 岸の孫である安倍にとっても、憲法改正は悲願だ。第1次政権下の平成19年5月には、憲法改正の具体的な手続きを定めた国民投票法を成立させ、第2次政権下の26年6月には同法を改正し、投票年齢を4年後に「18歳以上」に引き下げ、憲法改正への法的な環境を整えた
 ただ、安倍自身に憲法改正の具体的な道筋が描けているとは言い難い。
 24年9月の党総裁選で憲法改正を目指すことを明言し、再登板を果たした安倍は当初、改正の発議要件を定めた96条の改正に意欲を示していた。「他国よりも厳しい」とされる要件を緩和することで、9条の改正に弾みをつける狙いだったが、連立政権を組む公明党が「96条改正が9条改正にストレートに結びつくと心配する声もある」(代表の山口那津男)と反発。安倍は方針を転換した。
 その後は、集団的自衛権の行使を容認する安全保障法制の整備に軸足を移す。今年9月には安保関連法を成立させたが、それが一時的にせよ、憲法改正への機運をしぼませることにもなっている。
 外相の岸田文雄は10月5日、山梨県富士吉田市で開いた岸田派研修会で、すかさず「当面、9条の改正は考えない」と主張。山口も同月28日、BS11の番組収録で「すぐに憲法改正をする必要は遠のいた」と指摘した。安倍は11月10日の衆院予算委員会で「21世紀において国民の命と平和な暮らしを守っていくうえでは、9条の改正を行うことが必要であろう」と強調したが、「現段階においては、国民的な議論を深めていくことが大切ではないか」と憲法改正については慎重な言い回しにとどめた。(産経新聞 2015年11月13日)

弱体化した派閥

  • 解散で勝てた首相たち  解散できなかった首相たち

    解散で勝てた首相たち 解散できなかった首相たち

    なぜ安倍晋三首相はアベノミクス解散で鮮やかに「伝家の宝刀」を抜くことができたのか。自民党歴代首相の「解散史」から読み解く。

  • かつての“自民党政治”を否定するための政治改革がもたらした一強状態

    かつての“自民党政治”を否定するための政治改革がもたらした一強状態

    自民党の「一強多弱」の状況を生み出した原因は何なのだろうか。選挙制度や政治改革の経緯といった視点から中北浩爾・一橋大教授が解説する。

  • 特殊な集合体「自民党派閥」の変遷と実体

    特殊な集合体「自民党派閥」の変遷と実体

    中選挙区時代は一つの政党に匹敵するぐらいの力を持っていた自民党の派閥の移り変わりと実体を坂東太郎が解説する。

いまの自民党がつまらなくなった

いまの自民党がつまらなくなったと感じることはありますか?

  • 143

    よくある

  • 42

    時々ある

  • 408

    感じたことはない

返信を入力