松田聖子に勝てない平成のB級アイドル
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松田聖子に勝てない平成のB級アイドル

昭和、平成と時代が移り変わっても、日本人はアイドルの存在に憧れ、心をときめかせる。今や時代は、AKB48や嵐といった平成のアイドルたちが活躍する黄金期。彼らが昭和を代表する松田聖子の存在をも超える日は来るのか。独断と偏見との批判は覚悟の上で日本のアイドル論を考えたい。

昭和、平成と時代が移り変わっても、日本人はアイドルの存在に憧れ、心をときめかせる。今や時代は、AKB48や嵐といった平成のアイドルたちが活躍する黄金期。彼らが昭和を代表する松田聖子の存在をも超える日は来るのか。独断と偏見との批判は覚悟の上で日本のアイドル論を考えたい。

「生みの親」都倉俊一寄稿

恋愛してもママになっても

成長過程そのものが「商品」に

アイドルの恋愛の是非

 アイドルの恋愛が発覚して、スキャンダルになる事例は多いが、裁判沙汰になった例は珍しい。その判決には賛否あるようだ。

 判決で児島章朋裁判官は、アイドルとは芸能プロダクションが初期投資をして媒体に露出させ、人気を上昇させてチケットやグッズなどの売り上げを伸ばし、投資を回収するビジネスモデルと位置付けた。
 その上でアイドルである以上、ファン獲得には交際禁止の規約は必要で、交際が発覚すればイメージが悪化するとした。会社がグループの解散を決めたのも合理的で、少女に65万円の支払いを命じた。(中略)
 そもそも恋愛の自由を縛っていいのか。芸能関係の法律問題に詳しい太田純弁護士は「『24時間どんな指示にも従う』とか、一見して公序良俗に反する規約なら無効だが、『恋愛禁止』の規約そのものは即無効ではない」と指摘する。私生活を縛る必要性や本人が得られる対価、事務所と本人が対等な関係かなど総合的に判断されるという。

 ここでいうアイドルは、おもに女性を対象としている。男性アイドルもいるわけだが、男性の場合はあまり問題視されていないように思う。
 最近は、アイドルの敷居が低くなったというか、ローカルな活動をしている人たちでもアイドルと呼ばれる。なんだが、アイドルの安売りみたいな気もする。
(昭和59年7月3日撮影)
▼小泉今日子の懐かしい歌「なんてったってアイドル」

なんてったってアイドル なんてったってアイドル(中略)
恋をするにはするけど

スキャンダルならノー サンキュー
イメージが大切よ 清く 正しく 美しく
なんてったってアイドル 私はアイドル
[You are an idol]
なんてったってアイドル ステキなアイドル
[You are an idol] アイドルはやめられない

 この歌詞は秋元康氏なんだよね(^_^) 「アイドルは恋愛禁止」のルーツはこのへんにあるのかな?
 判決では「ファン獲得には交際禁止の規約は必要」と、合理性を説いているが、問題なのは「発覚」することだよね。恋愛するなら、バレないようにしろ……ということだともいえる。写真が流出するなんて、誰がリークしたんだよ?
 アイドル本人が流出させたのか、相手の男性が流したのかはわからないが、写真とか動画とか撮らなきゃいいのに。事務所は、バレない恋愛の仕方をレクチャーした方がいいんじゃね?そのことは「劣化するアイドル」でも書いた。
 アイドルは、自分自身のイメージを商品として売ることだからね。自分で自分の商品価値を傷物にしてはだめだろう。アイドルになりたいのか、恋愛をしたいのか、それともアイドルになって恋愛をしたいのか。アイドルになるために、恋愛を自制してもいいと考えるか。そのへんの意識というか覚悟の問題かな。
 自由に恋愛したいのなら、アイドルなんかやらなければいい……ともいえる。
 ただ、アイドルになったから恋愛対象が見つかったという経緯もあるのだろう。普通の女の子だったら、彼氏と出会うことはなかったかもしれない。芸能界に入って、芸能人と恋愛・結婚したいといった願望や下心があるアイドルもいるとは思う。
 ようするに、「バレないように恋愛しろ」に尽きるね(^_^) そのためのリスクマネージメントを、ちゃんと教育することだよ。(諌山裕の部屋、2015.09.30

歴代アイドル誕生の瞬間

やっぱりアイドルはピンがいい

 老若男女を問わず、誰もが一度は「アイドル」という存在に憧れ、心ときめいた経験があるのではなかろうか。かくいう筆者も少年時代、松田聖子や小泉今日子といった昭和のアイドルにしびれた一人である。
 それはさておき、現在はまさに平成のアイドル黄金期とでも言うべき時代である。AKB48や嵐といったグループは言うに及ばず、韓国人ユニットや「地下アイドル」なるコアなファンたちイチ押しの少女グループまで無数に存在し、文字通り「百花繚乱」の様相をみせる。
 いま、テレビなどで活躍するアイドルに詳しいわけではないが、筆者は以前、AKB48の高橋みなみさんと、NMB48の山本彩さんの2人に取材する機会があった。さすがテレビや舞台などで活躍するだけあって、2人ともどんな質問をぶつけても笑顔を絶やさず、丁寧に答えてくれた記憶がある。
 ただ、取材を終えてふと気になったのが、2人ともあまりに「普通の子」だったという印象が強かったことである。日本のトップアイドルという「肩書」の割りには、個性を前面に押し出すわけでもなく、さほどアクが強いわけでもない。取材中、どこか優等生にも似た対応と発言ばかりが気になり、彼女たちには申し訳ないが「どこにでもいそうな子」と言われれば、まさしくその通りだと思った。
キャンディーズ(左から)ラン(伊藤蘭)、
ミキ(藤村美樹)、スー(田中好子)=
昭和50年10月6日
 それは自分が歳を重ねたせいなのかもしれないが、アイドルという存在は自分にとって何だったのか、その後もこの「違和感」が消えることはなかった。だが、石破茂・地方創生相が文藝春秋8月号に寄稿した「キャンディーズでアイドルは終わった」と題する論文を読んで、その違和感の意味を自分なりに理解した。
 《今日、人気を誇っているAKB48も、ビジネス化の発展した先にあるような気がする。「会いに行けるアイドル」というコンセプトは、つまるところ、お金を出してアイドルと会って握手することができるということだ。男の子は一人で何十枚、何百枚と同じCDを買う。「クラスで三番目に可愛い子」というコンセプトも、女の子たちが自分の分身として熱狂するのにちょうどいい。(中略)
 もはや私の目には、「巨大ビジネス」としての仕組みしか見えなくなってしまう。何十億、何百億というお金が動き、それを維持するために、どんどん新しい「商品としてのアイドル」が投入され、それが飽きられると、さらに新しいアイドルが投入される》
 石破氏の指摘は、筆者にとってはまさに我が意を得たりだった。アイドルという憧れの存在が、ファンのカネ目当てという穿った見方に変わったとき、少なくとも自分の中では何かが違うと思えたのだろう。
 むろん、筆者も少年時代、聖子ちゃんやキョンキョンのCDやブロマイドをなけなしの小遣いで買った記憶はある。いま思えば、ちょっと無理して背伸びしただけなのに、雲の上の存在のアイドルに近づくことができた「錯覚」が何よりも幸せだったのかもしれない。こんな淡い記憶が今となっては、かけがえのない思い出に変わっているのだから、つくづくオッサンになったとも思う。
 ただ、石破氏の論考の中で一つだけ気になった下りもあった。それは、《ビジネス化と女性ファンの増加によって、私の知っていた「アイドル」は消えた》という表現である。石破氏によれば、松田聖子と小泉今日子の登場がきっかけだったとのことだが、僭越ながらここだけは突っ込ませてほしい。彼女たちは「商品化したアイドル」の走りだったかもしれないが、2人ともグループではなく、ピンで活躍し時代をつくった伝説のアイドルでもあったということを。(iRONNA編集長、白岩賢太)

松田聖子に勝てない平成のB級アイドル

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