福島の被ばく報道はデマだらけ
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福島の被ばく報道はデマだらけ

福島の低線量被ばくをめぐる報道は、実に嘆かわしい。日本社会の知的劣化と言わざるを得ない状況だ。活動家が、自らの存在価値を守るために、意図的に倒錯して騒ぎ立てるのはある意味で仕方がない。問題は、専門家を称する人たちや、報道を名乗る者たちがそれに乗っかって、拡散させることだ。

福島の低線量被ばくをめぐる報道は、実に嘆かわしい。日本社会の知的劣化と言わざるを得ない状況だ。活動家が、自らの存在価値を守るために、意図的に倒錯して騒ぎ立てるのはある意味で仕方がない。問題は、専門家を称する人たちや、報道を名乗る者たちがそれに乗っかって、拡散させることだ。

無理なロジック

大江紀洋の視線

 福島の低線量被ばくをめぐる報道は、実に嘆かわしい。日本社会の知的劣化と言わざるを得ない状況だ。
 10月、福島県の沿岸部、浜通り地区では、縦断する国道6号のゴミを拾う清掃活動が開催された。週刊誌はそれを、「子どもがセシウムを吸い込む“被ばくイベント”」(光文社「女性自身」)、「放射能に汚された福島“6国”清掃活動」(集英社「週刊プレイボーイ」)と書いた。
 浜通り地区と言っても、避難指示が出されている区域ばかりではない。国道6号が通るいわき、広野、楢葉、南相馬、相馬、新地には現に人が住んでいる。我が町の我が生活道路のゴミを拾おうという活動なのだが、主催者事務局を務めたNPO団体には、膨大な数のクレームが寄せられた。
 「若者を殺して賠償を減らす殺人行為」「直ちにやめろ。殺す気か!」「こんな企画をするなんて悪魔のよう」「美談にすり替えた子どもへの虐待」……福島浜通りに住んではいけないと思い込んでいるかのようなクレームを寄せる人たちは、データを無視あるいは曲解する報道に影響を受けてしまっているのだろう。原発作業員の白血病や、福島の子供たちの甲状腺がんの問題については、信頼がありそうな大手報道機関まで、酷い記事を出している。
 原発事故から5年が経過し、多くの実測データが集まってきている。外部被ばく量も内部被ばく量も問題がないことが次々と明らかになってきている。熱心に記事を書く人たちが、その事実を知らないはずはないだろう。しかし、哀しいことに、彼らはこの喜ばしい現実を受け入れることができない。自らが信じ、活動を捧げてきた「反原発イデオロギー」を守るためには、福島が安全であるという事実が「あってはならない」と倒錯してしまっているのだ。別に、福島の低線量被ばくに問題はないと考えるが、原発政策に対しては反原発である、というスタンスがあっても構わないし、その方がリーズナブルだと思うのだが。
 しかし、そうもいかないのだ。「福島の被ばくは大変なことになる、将来、必ず健康影響が出る、だから遠くへ避難した方がいい」そんな言説をとってきた人たちにとって、「問題ありませんでした」と言うことは自己否定につながる。福島を支援するふりをして、実は自らの利益やイデオロギーのために福島を利用する人がたくさんいる。危ないと言って健康食品を売った人、EM菌で除染できると言った人、先天的異常の新生児を「スクープ」と言ってのけたジャーナリスト、鼻血の描写で物議を醸した漫画家……。
 不幸なこととも言えるのだが、福島の人たち、特に浜通りの人たちは、放射線に関して世界で最も詳しくなっている。外部被ばくも内部被ばくも、事故直後に心配したほどの問題はないことをよく知っている。そんな地元の人たちは、県外から投げつけられる無知・無理解な報道と、お節介を超えてただただ迷惑な声に、疲れ切ってしまっている。
 活動家が、自らの存在価値を守るために、意図的に倒錯して騒ぎ立てるのはある意味で仕方がない。問題は、専門家を称する人たちや、報道を名乗る者たちがそれに乗っかって、拡散させることだ。読む側がリテラシーをつけて、これらの記事を排除していくしかない。これは、日本社会の「integrity(品格)の問題」(澤昭裕・国際環境経済研究所所長)なのだ。(Wedge編集長)

新聞はどう報じた

指導者の見識を問う

 低線量被曝で病気になるかどうかは、「確定的」ではなく、「確率的」であることが知られていて、それを前提に私たちは放射性物質を扱ったり、治療を受けたり、原発を運転したりしている。
 「確定的」というのは「火の中に手を入れると火傷をする」というようなもので、「ほとんどの人がある条件になると発病する」という場合で、「確率的」というのは弱い打撃を10万人の人が受けるとどのぐらいの人が病気になるかというもので、1年1ミリシーベルトの場合、10万人あたり6.6人が「致命的発がん、重篤な遺伝性疾患」になるとされている(国立がんセンター見解)。
福島県伊達市霊山町の下小国地区では今も週1回、放射線量測定を行っている
福島県伊達市霊山町の下小国地区
では今も週1回、放射線量測定を
行っている
 だから、10万人の人が被曝しても、そのうち99993人の人には異常がなく、わずか7人の人が病気になるということだ。「そんなに少ないの?」と驚くかも知れないが、10万人で6.6人ということは、日本人全体では8000人を超える犠牲者がでるということだ。
交通事故が1万人を超えた時、「交通戦争」と言われたぐらいだから、8000人の犠牲者はかなり多い。「原発の事故というのは電力会社のミスだから、それで犠牲になる人は日本人全体で8000人以下に止めたい」というのが1年1ミリシーベルトという規制の趣旨である。
 子どもを持つお母さんとしては、いつも子どもに「車に注意しなさい!」と言っているのだから、それが2倍になるというのはギリギリだろう。それ以上になるなら原発は止めてくれと言うのではないか?原発事故の後、「もっと犠牲者が出ても構わないじゃないか」という人はい無いが、「1年1ミリシーベルトは厳しすぎる」という人はいる。その人に「それじゃ、何人ぐらいの犠牲者なら良いのですか?」と聞いても答えない。
 低線量被曝で鼻血がでる線量はハッキリしないが、“1年1ミリシーベルト並み”とすると、鼻血が出た人はそれほど多くない。たとえば重篤な病気より10倍から100倍多いとしても、10万人あたり60人から600人ぐらいだから、その他の99940人から99400人は鼻血を出していない。つまり1660人から166人に一人が鼻血がでたということになるので、「俺は出なかった」とか、「100人の記者を調べたら、だれも出たと言わなかった」などと言っても、それは何の意味も無い。「俺は交通事故で死んでいないよ。だから交通事故で死んだ人がいるなんてウソだ」とか、「俺の職場で交通事故に遭った人はいない。東京で交通事故があるなんて風評を立てるな」など言う人はどういう人なのだろうか??!
 また、国会議員が10回か数回、福島に行っても時間が短いので被曝量は格段に少ない。
 このことで判ると思うが、「鼻血が出たと言って騒ぐな。俺は出ない」とか、「職場の人に聞いたら鼻血が出たという人はいなかった」などというのはまったくナンセンスだ。特に、議員さんが数回、福島に行っても、被曝量は(時間×線量率)だから、そこに住んでいる人とは全く違う。たとえば3ヶ月福島にいた人と、3日間(24時間ずっと)福島にいた人では30倍違う。
 そうなると3日間フルに福島に行った議員さんが鼻血を出す可能性は、さらに低く5万人に一人から、5000人に一人というレベルになるので、まずちょっと福島に行ったぐらいでは鼻血が出ないことが多いということになる。
 でも確率的というのは「ちょっと行っても鼻血が出る人もいる」ということだから、簡単に言うことはできない。面倒なようだが、「有識者、指導者」ともなれば、このぐらいのことを知らないで原発を云々することはできないのは当然である。
 指導者は指導者らしく、高い見識と慎重な配慮が必要である。日本の将来を議論していくためには、「こう言った方が得だから」と言うことを止めて欲しいものだ。(武田邦彦 平成26年5月21日

見捨てられる健康被害

科学は過去を覆す

福島は安全である

 福島第一原発の放射能に関しては、科学者の判断こそ尊重されるべきであり、それを求めて札幌医科大学を訪ねた次第である。そして、高田教授のデーターに基づく判断に、我が意を得た。
 素人の私と科学者の判断が一致していた訳だ。危険か安全かの基準設定でテレビカメラの前で泣いた東大教授がいたが、あれは東大にはアホ教授がいるんだという事実を示した意義はあるが、科学者の会見でも何でもないマンガ画像で、放射能には素人の田母神俊雄元航空幕僚長のほうが正しかった。彼は空軍出身者らしく言った。「福島原発の上を飛ぶカラスが墜ちないので安全だ」と。
東日本大震災から4年8カ月 修復工事が完了した「みちのく鹿島球場」では東日本大震災前に行われていた野球大会が復活。選手たちは慣れ親しんだ球場でプレーできる喜びをかみしめながら白球を追う=2015年11月7日、福島県南相馬市(野田佑介撮影)
東日本大震災から4年8カ月 修復工事が完了した「みちのく鹿島球場」では東日本大震災前に行われていた野球大会が復活。選手たちは慣れ親しんだ球場でプレーできる喜びをかみしめながら白球を追う=2015年11月7日、福島県南相馬市(野田佑介撮影)
 その通りではないか。私は、二年前の七月、避難させられた福島原発のある双葉町の九百人の人々が身を寄せる猪苗代のホテルで、「双葉町避難民自治会会長(七十歳代後半)」に尋ねた。「皆さんのなかで、放射能に起因する健康障害を訴える方がおられますか」と。
 会長が即座に答えた。「誰もいません。私も含めて皆むしろ元気になりました。だから女房が困っています。」
 福島は安全である。安全な郷里の家から国民を追い出す菅直人の政治は犯罪そのものである。
 安倍総理は、高田純教授を筆頭に、放射線防御学や放射線医学の専門家からなる放射能担当総理大臣顧問団を結成するべきだ。そうすれば、例えば先日のように、総理が福島第一原発構内に入るときには、事前に高田教授が念のためそこを計測し科学的根拠に基づいて「総理、平服で視察されたし」と適切な指導ができたはずだ。
 つまり、数日前のように、総理が月面に着陸したような服を着て福島原発構内を歩き廻ることによって、世界にそこが危険だという先入観を垂れ流して国益を損ねることを回避できたはずだ。さらに、総理は、顧問団の決定に基づき双葉町や浪江町の人々が郷里に帰れるかどうか、速やかに的確に決定できる。人々が郷里に戻れるということは非常に大切なことである。安倍総理は、何時までも菅直人が設定した基準に盲従していては、菅と同罪になる。人道上の措置は速やかにすべきではないか。(「西村眞悟の時事通信」2015.10.1

エセ科学に騙されない

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