ニッポンを変えた戦後犯罪史

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ニッポンを変えた戦後犯罪史

あの敗戦から奇跡の復興を遂げた戦後日本の70年は、日本人の価値観を変えた数々の凶悪犯罪を抜きには語れない。時代を色濃く映した重大事件は、ニッポンに何をもたらし、何を変えたのか。戦後犯罪史に残るあの事件を当事者や目撃者が振り返り、その深層に迫った。

あの敗戦から奇跡の復興を遂げた戦後日本の70年は、日本人の価値観を変えた数々の凶悪犯罪を抜きには語れない。時代を色濃く映した重大事件は、ニッポンに何をもたらし、何を変えたのか。戦後犯罪史に残るあの事件を当事者や目撃者が振り返り、その深層に迫った。

キツネ目の男と間違われた男

残ったままの課題

忘れられない30年前

グリコ森永事件、”終結宣言”後、犯人グループから食品メーカーやスーパー、報道機関におくられてきた脅迫・挑戦状
グリコ森永事件、”終結宣言”後、犯人グループから食品メーカーやスーパー、報道機関におくられてきた脅迫・挑戦状
 30年前の昭和60(1985)年8月12日は忘れられない一日である。520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故が起きたが、その朝、グリコ・森永事件の「かい人21面相」から産経新聞大阪本社などに“終結宣言”が届いた。「くいもんの 会社 いびるの もお やめや」
 前年3月の江崎グリコ社長誘拐に端を発し、次々と食品会社を脅迫した事件は「劇場型犯罪」と呼ばれる。青酸入り菓子のばらまきを予告したり、警察をあざ笑う“挑戦状”をマスコミに送りつけたからだ。社会部の内勤だった小欄は、指紋をつけないよう手袋をして郵便物を仕分けするのが朝一番の仕事だった。
 唐突な“終結宣言”には誰もが半信半疑だったが、その日を境に犯行はピタリと止まった。代わって夏休み返上で、わが国航空史上最悪の日航機事故の取材に追われた。犠牲者に脅迫対象にされたハウス食品工業(当時)の社長も含まれていた。数奇な巡り合わせというしかない。(鹿間孝一、産経ニュース2015.08.12)

「われわれは明日のジョーである」

警視庁100事件 未解決上位に

 警視庁は創立140周年を記念して同庁がかかわった100の重大事件を選び、全職員の投票でランキングした。圧倒的な得票を集めた1位は、平成7年に国内外を震撼させたオウム真理教事件だった。それ以外にも明治、大正、昭和、平成と変遷した世相を反映した事件が並んでいる。ランキングは事前に選んだ100の事件・事故、災害から、全職員約5万人が3つずつ選んで投票した。1位のオウム事件は、全職員の約4割にあたる2万999票を集めた。地下鉄サリン事件など一連の事件で死者29人、負傷者6500人超の被害を出しており、17年後の24年1月と6月には特別手配中の平田信(48)と菊地直子(42)、高橋克也(55)の3被告を逮捕。この逮捕劇も6位に入った。昭和を象徴するあさま山荘事件は3位、3億円事件は4位に。二・二六事件(18位)など歴史的な事件や、小説やテレビドラマにもなった吉展ちゃん誘拐殺人事件(20位)、連続企業爆破事件(30位)なども上位に。警視庁警備1課長などを務めた初代内閣安全保障室長、佐々淳行さんは「オウム真理教事件や東日本大震災、あさま山荘事件のトップ3は予想通りだが、3億円事件や世田谷一家殺害事件、八王子スーパー強盗殺人事件など未解決の刑事事件が上位に入っているのが特徴的だ。検挙できないでいる事件に対する悔しさの表れだろう。5位の大喪の礼、即位の礼・大嘗祭は『何もなかった』のではなく、万全の警備で『何もないようにした』ということ。西南の役が9位に入ったのは参加9500人のうち約1割もの戦死者を出すという被害が甚大だったからではないか。よど号ハイジャック事件(34位)や東大安田講堂事件・神田解放区闘争(40位)といった政治・イデオロギー事件が上位に入っていないのをみると、改めて警備・公安の時代が終わったとの印象を受ける」と話す。

日本を変えた事件史

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