将軍の気づき

「軍人は戦争なんかしたくないんですよ」田母神(元航空幕僚長)さんからよく聞かされたセリフがこれ──大なるもののために生命を投げ出す覚悟はあるものの、フツーの人が思うほど軍人は戦争好きではないのだ。

立林昭彦の視点

 マッカーサーは臆病者だったといわれている。目立ちたがり屋だったとも。リーダーは常に人の目にさらされるから毀誉褒貶(きよほうへん)は仕方がない。
 でも、これだけは言えるというのがある。囲碁・将棋でもスポーツでも、戦っていると相手のことがだんだんわかってくるという。
 何故日本人はあれほど勇戦敢闘をつづけることができるのか。天皇のため? 大東亜共栄圏のため? はたまた世界制覇のため?
 太平洋で干戈(かんか)を交え、ついで朝鮮戦争を経験したマックは、日本が大陸で闘っていた怪物の正体に気づいたのだ。共産主義という怪物に。同時に死を賭した日本軍の絶望的な戦いぶりの背景を理解したのだろう。
 底の『アサイ新聞』などに踊らされて靖國神社を戦争神社などとさげすむ人士がこの国にいることを残念に思う。(「歴史通」編集長 立林昭彦)

写真に映った股間のシミは?

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彼こそ歴史修正主義者だった

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石原慎太郎が斬る

 国会周辺で騒いでいた連中はみんなセンチメント(感情)ですよ。どこまで安全保障関連法を理解していたのかね。朝日新聞、毎日新聞、東京新聞がたきつけたんだ。「これをやったら戦争が来るぞ」と。センチメントでいえば、1960(昭和35)年の安保騒動の時もそうだった。
国会前に多くの若者らが集まった
SEALDs(シールズ)の抗議集会
=7月17日
 僕は日米安全保障条約の改定そのものに反対ではなかった。こういう重大な案件を与党が単独採決するのはおかしいし、もっと議論すべきだと思っていた。当時、(作家の)江藤淳たちと気の合う仲間で「若い日本の会」というのを作った。議会の民主的運営を要求して作った会だったが、「安保反対」という簡単な言葉でくくられ、いつのまにか安保反対の勢力に組み込まれちゃったんだな。話が違うから、私も江藤も脱会したよ。
 日本というのは米国の隷属国家だった。今でも実質的にそうだ。それを象徴するものが東京裁判だ。当時、どういうわけか父が傍聴券を手に入れてきてくれて、裁判を見に行ったんだ。やっぱり支配者と被支配者というような、口では言い表せないが、非常に一方的な感じだった。国民全体も被告みたいな立場だったんだろう。
 父は汽船会社に勤めていたので、いろんな情報を持っていた。戦争の最後のころには原爆投下を知っていて、「日本は降伏するぞ」と言うんだ。僕は勤労動員に駆り出されていたけど、父が「危ないから行かなくていい」と言うから、最後の4日間ぐらいは行かなかったのを覚えているな。
 日本を侵略国家と決めつけた東京裁判の主宰者は、連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官だったマッカーサーだ。だが、そのマッカーサーですら、1951年5月、米上院軍事外交合同委員会の公聴会で「彼ら(日本)が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだった」と述べている。つまり日本が引き起こした大東亜戦争は自衛のための戦争に他ならなかったということだ。
 こんなことも日本人のほとんどが知らないんだ。ジャーナリストを名乗る外国人も自らの無知を棚上げして日本を非難している。
 この間も、外国人記者クラブで講演した際に、マッカーサーが日本の戦争は自衛の戦争だったと言ったのを知っているかと尋ねたら、手を挙げたのは(元ニューヨーク・タイムズ東京支局長の)ヘンリー・S・ストークスだけだった。
 中世が終わり、近世から近代、現代までの世界の歴史というのは白人の有色人種支配の歴史だ。その中で、日本のような有色人種が軍事力を備えた近代国家をつくったということは、白人にとって許せないことだった。白人による世界支配。それが東京裁判の原点だ。
 その長い歴史が今でも余韻として残り、若い人たちが洗脳されてしまっている。それを解くには、歴史を知ることだ。歴史は何よりの現実なんだから。もっと歴史を勉強したらいい。
 GHQの占領下で制定された憲法の前文には助詞の間違いがある。助詞というのは本当に大事なんだ。ガラッと意味が変わってくるんだから。
 憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義『に』信頼して…」とあるが、正しくは「信義『を』信頼…」だ。「あなたに信頼して金を貸します」ではなく、「あなたを信頼して金を貸します」でしょ。
 2014年10月の衆院予算委員会で、間違っているんだから、せめて「に」の一字だけでも変えましょうと質問したら、安倍晋三首相は「一字であっても変えるには憲法改正が伴う。『に』の一字だが、どうか『忍』の一字で…」と、うまいことを言ってね(笑)。
 一面突破、全面拡大ですよ。とにかく「文法的に間違っているんだ」と言って変えたらいい。それがアリの一穴になって、崖が崩れてくるんだから。それが自主憲法の制定につながるんだ。でたらめな英文和訳は直さなくてはなりませんよ。(石原慎太郎 産経新聞 2015年9月21日)

日本的感覚は通用せず

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マッカーサーと東京裁判

歴史の深い闇

 実に不思議!? 世界を旅しても日本ほど自分の国を悪く言う国民に会うことはない。多くの国民は自分の国に誇りを持ち、祖先を敬い、国旗や国歌に尊敬の念を示す。
 それに対して、日本では日本のことを悪く言う人、日本の歴史をことさら学びたくないと思っている人、国旗や国歌を軽蔑している人が多い。なぜだろうか? 明らかに異常でもあるし、「正しい歴史認識」にはこの問題を解決しておかなければ正しい認識に到達することはできない。
第二次世界大戦終戦直後、
厚木飛行場に 降立つ
マッカーサー元師
 これほど深い先入観があるのだから、ちょっとでも「日本人が日本からみた見方」をすると批判されるが、それにもめげず、真実を目指したい。まず、もっとも中心的なところから踏みこんで見たい。それはほとんどの反日日本人が「大東亜戦争を開戦したのは悪だ!」と叫ぶ理由はどこにあるかということだ。
 反日日本人は、「日本が大東亜戦争を始めたのは悪だ」と言い、「アメリカの真珠湾攻撃やイギリス東洋艦隊への攻撃は不当だ」、「軍部の暴走だった」と強調する。しかし、敵将でアメリカ軍の司令長官で日本占領軍のトップだったマッカーサー将軍は、後にアメリカ議会で証言している。
 「日本は絹産業以外には固有の天然資源はほとんど何もない。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い。錫が無い、ゴムが無い。それら一切のものがアジアの海域にあった。もし、これらの原料の供給を断ち切られたら1000万から1200万の失業者が発生するであろうことを日本人は恐れていた。したがって、彼らは戦争を始めた動機は大部分が安全保障に迫られてのことだ」(下はマッカーサーが話した英語)

"There is practically nothing indigenous to Japan except the silkworm. They lack cotton, they lack wool, they lack petroleum products, they lack tin, they lack rubber, they lack great many other things, all of which was in the Asiatic basin.

They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore in going to war was largely dictated by security."

(昭和26年5月3日米国議会上院・軍事外交合同委員会)

 マッカーサーの証言そのものを示したが、日本が「侵略」を目的として戦争をしたのではなく、「自衛(安全保障)」だったと言っている。日本と戦った敵の司令官が「日本の開戦はやむを得なかった」と言っているのに、日本人が「侵略戦争を始めた」と言って日本を非難するのは実に奇妙だ。さらに、マッカーサーはアメリカ人だから失業というのを重視しているが、日本人の私には「日本が破滅するのを防いだ」のではないかと思う。それは、当時の日本にとってアメリカが石油を禁輸したのがもっとも衝撃的だったからだ。
 アジア・アフリカ諸国の中で完全な独立を保っていたのは当時は日本だけだったが、もし石油が入らなくなったら、7ヶ月以内に日本は実質的に軍艦も戦闘機も使えなくなる。そうなると他のアジア諸国と同じく植民地になる可能性が高かった。
 植民地になると、女性は乱暴されるのを防ぐことはできないし(ポルトガルの支配例)、優れた人は両手首を切り落とされる(イギリスの統治)。それは日本人にとって耐えがたいことだったに相違ない。
 もちろん、アメリカは日本に対して石油を禁輸することによって日本が戦争をせざるを得なかったことを知っていた。マッカーサーはアメリカ議会でそこまでは言わず、日本が「自衛のために戦争をせざるを得なかった」という理由だけを述べている。
 反日日本人はなぜ、大東亜戦争を「侵略戦争」と呼ぶのだろうか? そこには深い歴史の闇がある。(中部大学特任教授、武田邦彦 2013年6月14日)

日本で為そうとした「復讐」

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