清原和博はなぜシャブに溺れたのか

清原和博はなぜシャブに溺れたのか

元プロ野球選手の清原和博容疑者が自宅で覚醒剤を所持していたとして警視庁に逮捕された。球界のスーパースターはなぜ覚醒剤に溺れ、転げ落ちてしまったのか。iRONNA編集部が満を持して総力特集でお届けする。

友人だけに見せた涙

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球界のスターでも「末端の人間」

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こんな悲劇 あってはならない

  • 「ニンニク注射」から始まった清原和博の依存症

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    現役時代から、ニンニク注射を常用していた清原和博。スポーツライターの小林信也がスポーツ界に蔓延する依存体質を斬る。

弱かった「番長」

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    清原和博容疑者はなぜ薬物に手を染めたのか。 元暴走族中野ブラックエンぺラーのリーダーの中野ジローが薬物疑惑を斬る。

「番長」清原を使ってきたマスコミの非常識

 あの清原が逮捕されました。驚きというよりは、やはりねという感想しかありません。東京の街頭インタビューで「驚いた」という声がテレビに流れていましたが、「驚いた」というほうが、びっくりポンです。刺青は入れるわ、Vシネマのようなスーツは、あの筋の世界そのもの。週刊文春にも一昨年春に「清原和博緊急入院薬物でボロボロ」と報じられ、あるタニマチがクスリを断たせるために軟禁していたという噂も風の便りに聞こえていました。清原は野球で番を張ることでしか生きていけない、そういう人でしょうが、問題は、なぜ真っ黒に限りなく近く、灰色の疑惑を抱え、警察も行動を追跡していた清原を広告でつかったり、マスコミが安易に復帰させたのでしょう。
1月11日、名球会ベース
ボールフェスティバルの
試合に出場した清原和博
容疑者=福岡市のヤフオ
クドーム
 文春が取り上げた以降も薬物を使った症状ともとれる、さまざまな奇行があったことはネットを検索すればすぐにでてくるほどです。
非難されるべきは、清原だけでないでしょう。疑惑を抱えた「アンタッチャブルな存在」だった清原のめんどうを見たのが芸能プロダクション。そして、芸能プロダクションが仕掛けて、突然テレビへの出演が増えたようですが、どんな経緯があったのか、不思議に思って検索すると、昨年12月末にサイゾーウーマンが詳しく書いていました。
 “薬物疑惑”清原和博、アメブロ成金へ! バーニングに行き着き「月100万円荒稼ぎ」|サイゾーウーマン
 SMAP問題と同じ景色が見えてきます。ジャニーズ事務所の場合は大韓航空のナッツ姫のような傲慢さを感じさせましたが、まるで任侠道の世界を彷彿させる芸能事務所がテレビの世界に大きな影響力を持っているのでしょう。
 芸能プロダクションがどうのこうのとは言いたくありませんが、少なくとも、公共の電波を、携帯やスマホと違って、格安というか、まるでタダ同然で独占しているメディアが、そんな疑惑を抱えた清原を使ってはいくらなんでも駄目でしょう。
 いやそれほど、番組のキャスティングに口が出せないほど、テレビは空洞化してしまっているということでしょうか。いずれにしても、清原をめぐっても、放送局が世の中の感覚とずれてしまっていることを感じます。(大西宏のマーケティング・エッセンス2015.02.04

マーシーが語る「薬物依存」

孤独の元スター

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    清原和博容疑者 消えたブログにあった「不安定な文面」

    清原和博容疑者が逮捕されて以来、同容疑者が綴っていた公式ブログの内容が話題になっている。現在は削除され閲覧できないが、マスコミは彼の最近の様子や不安定さをにおわせる記述を報じている。

  • 清原和博容疑者逮捕の現場 TBSスクープの裏側

    清原和博容疑者逮捕の現場 TBSスクープの裏側

    2月2日の夜、元プロ野球選手でタレントの清原和博容疑者が覚せい剤所持の疑いで現行犯逮捕された。このとき、TBSだけが警察官に伴われて任意同行される場面を撮影していた。

「あの日」に戻りたい、清原もそう思っている

 昭和60(1985)年だった。夏の高校野球大阪大会の決勝戦は、今はもう撤去されてしまった森ノ宮日生球場で行われた。
 清原和博、桑田真澄のKKコンビのPL学園と…対戦相手がどこだったか思い出せない。ただ、清原が放ったホームランは鮮烈に記憶に残っている。
 日生球場は狭い。両翼が90・4メートルで、左・右中間の最もふくらんだところでも107メートルしかない。ために場外にボールが出ないように外野席の後方には高いフェンスが設けられていた。
 清原の打球は快音を残して、その左中間に向かって舞い上がった。打った瞬間にホームランとわかった。スタンド後方のフェンスも越えて場外へ、と見えたのだが、さてどうだったか。
 野球評論家の豊田泰光さんに「野球人生を“頂点”から始めてしまった不幸」という一文がある。豊田さんは高校出新人の本塁打記録27本を持っていた。鳴り物入りで西武ライオンズに入団した清原は、豊田さんを上回るペースでホームランを量産した。豊田さんは清原とカケをした。
 「オレの時は120試合制だった。120試合目までにオレの記録を抜いたらおごってやる」
 「ホンマですか。絶対抜いてみせます」
 清原は115試合で27本に追いついた。豊田さんはこう書く。
 「ルーキーイヤー、清原は最終的に31ホーマーまで数字を伸ばした。考えてみると、彼の不幸はあまりに早熟なところにあった。プロ生活をいきなりその野球人生の頂点から始めてしまった男の不幸だったのかもしれない」
第67回全国高校野球 ”最後の甲子園”
でも2本の本塁打を放ったPL学園の
清原和博内野手=1985年8月21日
 記録より記憶に残る。その代表は長嶋茂雄さんだが、清原もそうだ。一番印象深いのは昭和62(1987)年の日本シリーズ。相手は清原が入団を熱望しながら、ドラフト会議で大学進学が確実とされた桑田投手を1位指名した因縁の巨人である。日本一目前の9回ツーアウト、一塁の守備についていた清原の涙が止まらなくなり、試合が一時中断された。
 マウンドにいた工藤公康投手(現福岡ソフトバンクホークス監督)は「(あと1アウトで胴上げ投手なので)どんなガッツポーズをしようかと考えていたら、アイツが泣きやがって、それどころじゃなくなった」と言いながらも、「あの涙は本当に美しかった」と試合後のインタビューで語った。
 西武、巨人、オリックスを渡り歩いた22年間で、2122安打、525本塁打、1530打点。どれも誇っていい数字だが、ついにタイトルには無縁だった。だが、プロ野球最多記録がある。196死球と1955三振である。前述の豊田さんは、プロ野球史上初めて通算1000三振に到達して「千振会」を立ち上げた。
 「清原など無冠の帝王といわれているが、立派なタイトルがあるではないか。三振が多かろうが、監督が使わずにはいられない選手だった。そう思えば、胸を張っていい数字だ」
 冒頭の夏の高校野球大阪大会決勝戦。2万人の観衆で埋まったスタンドの拍手と歓声を浴びて、悠々とベースを一周する清原の姿が目に焼きついている。清原もきっと、「あの日」に戻りたいと思っているだろう。(産経新聞論説委員、鹿間孝一 産経ニュースwest2015.02.04
清原和博はなぜシャブに溺れたのか

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