煙草は「人殺しの悪魔」なのか
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煙草は「人殺しの悪魔」なのか

かつて、世界保健機関(WHO)の事務局長に就任したノルウェー元首相が「煙草は人殺しである」との持論を展開したことがあります。そのWHOが今度は映画の喫煙シーンにまでいちゃもんをつけてきました。みなさんにお尋ねします。煙草はやっぱり「悪」なんでしょうか?

かつて、世界保健機関(WHO)の事務局長に就任したノルウェー元首相が「煙草は人殺しである」との持論を展開したことがあります。そのWHOが今度は映画の喫煙シーンにまでいちゃもんをつけてきました。みなさんにお尋ねします。煙草はやっぱり「悪」なんでしょうか?

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喫煙シーンの規制は「ナチズム」と同じ?

 つい先日、世界保健機関(WHO)が、喫煙シーンのある映画が未成年者の喫煙を助長しているとの報告書を公表し、年齢制限を設けるなどの措置を取るよう各国に勧告したことが物議を醸しました。
 この勧告を受け、わが国でもさっそく映画やドラマの「成人指定」を検討する動きが出ているようですが、「禁煙ファシズム」もここまで来ると、もはや異常としか思えないのは筆者だけでしょうか。
 俳優の伊勢谷友介さんも自身のツイッターで「喫煙シーンだけじゃないよ。血が出るとダメってのもある。時代劇で人が切られても血が出ないんだ、恐ろしい」とつぶやき、喫煙シーンなんかで騒ぎ立てるエンタメ作品の将来を憂いていましたが、まさに「正論」です。
「MOZU」の喫煙シーン問題視に反論した伊勢谷友介さんのツイッター
 伊勢谷さんといえば、昨年11月に公開され、自身も出演した「劇場版MOZU」で、喫煙シーンが問題視されたことに「反論」したことがちょっとした話題になりました。このときのツイッターでの発言を改めてみると、彼の言い分はやはり真っ当に思えてなりません。
 「映画の空気や、キャラクターのバックグラウンドを作る小道具捕まえて社会的な是非とか、本当に無駄だと思う。悪役の言葉使いが悪いとかと同じ範疇の話」「論点が違うのよ。映画の小道具責めてもしょうがない。タバコが嫌いなのを映画に当てつけている」
 今や、わが国でも嫌煙家たちによる禁煙運動は幅広く支持され、国は「健康増進法」という法律までつくって、喫煙者の「権利」をどんどん奪っています。筆者は愛煙家ですが、それでもことさら喫煙権を主張するつもりはありません。たばこはあくまで「嗜好品」の一つとして、嗜むものだと考えているからです。
 分煙社会が定着し、喫煙者の多くは限られた場所での喫煙を余儀なくされても、それを受け入れています。ところが、嫌煙家の人たちはそれでも許してはくれません。「この世から一人残らず排除したいのか」と思えるくらいに、嫌煙家の「権利」だけを押し付けようとします。
タレントの鳥居みゆきさんが投稿した写真
 本日のテーマで公開した漫画家、黒鉄ヒロシさんの原稿でも触れていましたが、実は歴史上、禁煙を国策として最初に行ったのはナチス・ドイツです。ナチスの指導者、ヒトラーは国民の健康を理由に禁煙を徹底しましたが、彼の政策は後に精神病患者や知的障害者の安楽死、さらにはユダヤ人の大量虐殺という暴挙にまでエスカレートしました。
 禁煙を優生学へとつなげたナチスの思想は、アーリア人を最良の人種とした人種政策へと変わり、そしてあの「ホロコースト」の悲劇は起こりました。この歴史的事実を嫌煙家の人たちはどう思っているのでしょうか。
 筆者は必ずしも喫煙が正しいとは思ってはいません。ただ、喫煙をある程度許容する余地を社会に残しておくことも、息苦しくない世の中にするためには必要だと考えています。前述のWHOの勧告が物議を醸したように、たばこに関わる全てを否定してしまう発想は、はっきり言って「ナチズム」そのものです。
 そういえば、ちょっと前にタレントの鳥居みゆきさんが自身のインスタグラムに、自分が喫煙する写真を投稿し、大きな反響を呼びました。
 このときは「美しすぎる」「タバコ吸っている女性を初めてかっこいいと思った」といった好意的な意見も多かったようですが、映画やドラマの喫煙シーンまで規制しようとする嫌煙家の人たちにとっては、彼女の行動もやっぱり許せないのでしょうか。(iRONNA編集長、白岩賢太)

嫌とは言わせない?

愛と哀しみの煙草

 煙草を愛したことなどは一度もないから、筆者は喫煙家であっても、「愛煙家」ではない。むしろこんなものは吸いたくもないと思いながら、吸いつづけている。そういう意味では、「憎煙家」である。
 そんな事情もあって、禁煙の書物をせっせと買いつづけた。最近ではアレン・カー氏の『禁煙セラピー』や、山村修氏の『禁煙の愉しみ』(同右)なども読んだ。世界的な禁煙活動家で知られるカー氏はヘビースモーカーであったが、50歳まえに禁煙。名書評家でもある山村氏は27年間にわたって煙草を吸い続け、平成9年に禁煙したという。
 影響力でいったら、カー氏の方が大きいだろう。なにしろ『禁煙セラピー』などによって、全世界で2500万人もの喫煙家を禁煙に導いたといわれる。
 だが筆者などは、禁煙にまつわる文学、故事来歴なども紹介した山村氏の作品にひかれた。ひかれて、愉(たの)しみながら禁煙しようと頑張ったこともあった。
 この両書を並べたのは理由がある。山村氏は今年8月14日、56歳の若さで死亡した。カー氏は先月29日、スペインにある自宅で死亡した。72歳だった。
 問題は病名である。死亡記事には、両氏とも「肺がん」とあった。これには考えさせられた。
 すでに筆者の喫煙期間は、両氏を大きく上まわっている。もう絶望的なんだろうと思うと、煙草への憎しみがいよいよつのった。
 憎しみは愛情の裏返しという格言がある。憎みつづけることによって、そのうち筆者も一人前の「愛煙家」になるのかもしれない。
 (福嶋敏雄  産経新聞 2006.12.13)

追い詰められる愛煙家

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