「東京目線」で福島を語るなかれ
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「東京目線」で福島を語るなかれ

福島市在住の詩人、和合亮一は言う。「私たちの間には『東京目線』っていう合言葉があるんです」。福島の詩人がこの言葉に込めた意味とは何だったのか。東日本大震災から5年。メディアは日本を襲った未曽有の大災害とどう向き合い、何を伝えたのか。

福島市在住の詩人、和合亮一は言う。「私たちの間には『東京目線』っていう合言葉があるんです」。福島の詩人がこの言葉に込めた意味とは何だったのか。東日本大震災から5年。メディアは日本を襲った未曽有の大災害とどう向き合い、何を伝えたのか。

詩人、和合亮一と福島の5年

被災者は静かに過ごしたい

忘れずに伝え続けるために

「サンモニ」で見た生中継が面白くない理由

 3月6日のTBS『サンデーモーニング』のオープニングは、岸井成格氏らジャーナリスト6人が、高市早苗総務相の「電波停止」発言に対して、記者会見で「発言は憲法、放送法の精神に反している」としたことに意見を求めるところから始まった。岸井さんはこの事態が問題だと怒っている。では、それを問うた関口宏さんはどう思っているのだろう。そこに発言はなかった。
 その後は、人気の「喝」のスポーツコーナーを早々とやっつけて、「東日本大震災」の特集になった。震災コーナーでは、離れ離れに暮らす福島の避難区域の家族が生中継で出演。場所は一時集合した家。
 ところで、素人さんの生中継というのは非常に難しいと言われる。素人さんはスタジオの意のままには動かないからだ。以前、筆者はこの「素人さんの生中継は難しい、スタジオの意のままには動かない」と言う経験を逆手にとって、笑いの中継をシリーズでやったことがある。
 スタジオには安住紳一郎アナウンサー、中継リポーターはサクラダさんという素人のおじさん。自分勝手キャラである。北海道の中継では勝手に事前取材をやって、「安住紳アナは地元を捨てた人として嫌われています」とリポートしたりする。
 他にも、フリップの使い方が下手で「野焼き」の中継説明をしている最中に、自分が迫る火の真っ只中にいて危険な状態だと勘違いして逃げてしまった。いづれも予定調和でないから笑えるのだ。
 しかし、報道の中継はそうはいかない。そもそも笑ってはいけないからだ。
 さて、冒頭に挙げた『サンデーモーニング』ではこうなった。

関口「お父さん今困っていることはないですか」

Aさん「とくにありません」

関口「奥さんはどうですか」

Aさんの妻「夫が(働くために)家族と離れてひとり暮らしをしているので、年も年もですし健康のことなどが一番心配です」

関口「そうですか」

 以上で中継引き取り、スタジオへ。生中継の趣旨は「避難区域の人は大変なんだなあ」と感じてもらうことだったのに・・・。
 報道番組の場合は、綿密にやりとりを打ち合わせして中継するのが普通だが、それをやらなかったのだろうか?
 筆者は別に「もっと綿密な打ち合わせをやれ」と言っているのではない。コトが狙い通りに進まなくても、そこは「そういうものだ」と認識して、中継を引き取ったスタジオの側で「なんとかする」のがテレビ屋の仕事だと考えているのだ。断っておくが、中継の素人さんは全く悪くない。テレビで生中継されるようなことは、普通は一生に一度のことだろう。そんな非日常の場面で緊張しない人はいない。
 で、こう言う中継の仕切りは「啖呵売」や「テキ屋」や「デモンストレーター」を自分の師であると認ずる、みのもんたさんはうまい。それから共和党の大統領候補トランプさんもうまいような気がする。(高橋秀樹[日本放送作家協会・常務理事]メディアゴン 2016.3.11

巨額賠償金の明暗

戻るべきか離れるべきか

「東電は許せないが、あなたがたは信用できる」

 2016年3月1日、僕は東北に行った。目的地は福島第一原子力発電所である。常磐線の特急「ひたち」に乗り、JRいわき駅で僕は降りた。いわき駅からバスに乗り換えて「Jビレッジ」に向かう。
 Jビレッジは広野町と楢葉町にまたがっている。ここはかつて、日本サッカー界初のナショナルトレーニングセンターだった。出資したのは東京電力だ。だが、あの事故以来、スポーツ施設ではなくなった。原発事故の対応拠点となったのだ。
朝日を浴びる除染廃棄物の仮置き場。奥は東京電力福島第2原発の排気筒=11日午前6時42分、福島県富岡町
 Jビレッジからは、東電が用意したマイクロバスに乗り換え、国道6号線を福島第一原発に向かう。楢葉町から富岡町への国道沿いには、コンビニやラーメン屋、ファストフードの店が並び、一見ごく日常的な風景がつづく。だが、どの店も扉は閉められている。そこには人影がまったくない。ただ建物だけがある。あの事故が奪った暮らしを思う。
 人口7000人の楢葉町。そのうち、町に戻ったのが400人。多くの住民は避難したままだ。いったいいつになったら、彼らは元の生活を取り戻せるのか。
 現地に着いて、僕が最初に感じたのは、「ここは、戦場だ」ということだ。福島第一原発では事故処理のために、7000人以上が働いているという。そのほとんどが単純労働で、雇用形態も、2次や3次といった下請けである。
 積み重なった疲れが彼らを押しつぶそうとしているだろう。ところが、彼らは非常に前向きだ。実に生き生きと働いていた。彼らがやりがいを持って働けるように、東電の社員たちが仕事の必要性をきちんと説明したりして、相当な心遣いをしていることがわかる。
 事故処理は、まだまだ先が見えない。汚染水はいまも1日160トン出る。浄化処理装置「アルプス」でも、トリチウムという放射性物質だけはどうしても取り除けない。しかも、しっかり浄化した水でも海に流すのには、いわき市漁協の許可が必要である。もちろん許可されるわけがないので、貯水タンクは増えるばかりだ。
 事故を起こした1~4号機だが、最終的には、炉心にある燃料棒を取り出し、廃炉にしなければならない。だが燃料棒がどのような状態か、いまだに確認できていない。そのためのロボット開発も進められている。それでも、早くて30年かかるそうだ。気が遠くなるような時間の長さに、僕はただ呆然とした。
 ただし救いもあった。現在、1800人の東電の社員が、福島第一原発または福島県内に駐在している。原発事故で避難を余儀なくされた住民らを、社員が足しげく訪れている。訪問は延べ22万回になったという。社員は総数3万8000人なので、単純計算で1人で5回から6回は住民のもとを直接訪ねたことになる。
 ある社員は、住民の方から、「東電は許せないが、あなたがたは信用できる」と言われたそうだ。東電に事故の責任があることは間違いない。批判もされるべきだ。しかし、こうした東電社員の姿も、もっと報じられてよいのではないか。現地を訪ねて、僕はそう感じた。(「田原総一朗 公式ブログ」2016.03.10

語られる「安全」を受け入れる

人間関係こそが最良のライフライン

復興は終わらない

「東京目線」で福島を語るなかれ

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