辺野古和解にみた翁長氏「敗北」への道
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辺野古和解にみた翁長氏「敗北」への道

米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐる訴訟で国と沖縄県の和解が成立した。ただ、安倍首相は「辺野古が唯一の選択肢」との姿勢を崩しておらず、双方がどこまで歩み寄れるのか不透明だ。政府側の「譲歩」に込められた思惑とは何だったのか。勘ぐれば勘繰るほど、翁長氏「敗北」のシナリオが見えてくる。

米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐる訴訟で国と沖縄県の和解が成立した。ただ、安倍首相は「辺野古が唯一の選択肢」との姿勢を崩しておらず、双方がどこまで歩み寄れるのか不透明だ。政府側の「譲歩」に込められた思惑とは何だったのか。勘ぐれば勘繰るほど、翁長氏「敗北」のシナリオが見えてくる。

決定的になった辺野古黙認

すでに工作は始まっている

過酷な現実は目の前にある

アメリカはいつも押し付ける

 定数削減、一票の格差解消等、衆議院選挙制度改革の合意形成に向け、3月中に結論を出すべく、大島議長が精力的に動きはじめていると報じられている。国民から選ばれた国会議員が集う立法府の議長としてリーダーシップを発揮するのは当然であるが、大島議長は安倍首相の国会での答弁を踏まえ、更には伊吹元衆院議長の敷いたレールをしっかり受け継ぎ、大島議長の見事な舵取りを期待してやまない。
沖縄県の翁長雄志知事を迎える中谷元・防衛大臣(右)
=3月4日、防衛省(古厩正樹撮影)
沖縄県の翁長雄志知事を迎える
中谷元・防衛大臣(右)
=3月4日、防衛省(古厩正樹撮影)
 沖縄米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設をめぐる代執行訴訟で国が、裁判所が示した和解案を受け入れる事で小休止したが、問題はこれからである。
 振り返れば1996年(平成8年)、時の橋本龍太郎総理がモンデール駐日米大使と普天間返還合意してから20年になる。どうして時間がかかったのか冷静に考えるべきである。
 1997年(平成9年)に比嘉鉄也(ひがてつや)当時の名護市長が、市長辞任と引き換えに普天間の名護受け入れを表明し、次期市長の岸本氏も引き継いだ。沖縄県知事も大田昌秀革新知事から、1998年(平成10年)、稲嶺恵一(いなみねけいいち)知事に変わった。
 この時、稲嶺知事は使用年数を15年と時間をきってきた。ここでアメリカが時限措置に反対してきた。極東の平和と安全を守るには時限的では駄目(だめ)だというアメリカの強い意見だった。
 民主党政権時代、防衛相を務めた北沢俊美氏は、テレビ番組に出演し「防衛相在任中にヘリコプター部隊の拠点と訓練場の距離を65カイリ(約120キロメートル)以内とする米軍の内規について説明を受けていたことを明かした。民主党政権では鳩山首相が米軍普天間飛行場の県外移設を目指したが、米政府はこの内規を理由に日本側に反対を伝えたとされる。
 北沢氏は、番組で『(内規は)外務省が盛んに言っていた。私も説明を受けた。防衛省の役人もペンタゴン(国防総省)で内規を見ている』と述べた。(読売新聞朝刊4面)」と出ている。
 鳩山首相は、移設は海外、少なくとも県外と述べたが、結局はアメリカに潰されてしまった。鳩山氏自身がアメリカの意見を汲(く)んだ外務、防衛の官僚に負けたのである。
 アメリカは、いつもアメリカの価値観を日本に押し付けてきたのだ。こうした経緯をしっかり検証しながら沖縄の声、思いをきちんと受け止めて、次のステップに移ってほしいと、この問題に関わってきた者として願うものである。(新党大地代表・鈴木宗男「ムネオ日記」 2016.3.6

沖縄で街頭演説を

条項にこめられた政治的意図

「オール沖縄」は幻想に過ぎず

 米軍普天間飛行場を抱える沖縄県宜野湾市の市長選(今年1月)では、「オール沖縄」が支持し、普天間飛行場の名護市辺野古への移設に反対した新人候補が、自民、公明両党が推薦した現職の佐喜真淳市長に大差で敗北した。「オール沖縄」など、幻想に過ぎなかったということだ。日本共産党の山下芳生書記局長は直後、「政府は、この選挙結果をもって(辺野古への)移設を民意とすべきではない」と語ったと報じられた。これでは議会制民主主義を語る資格もない。
沖縄県宜野湾市長選で落選し、翁長雄志知事ら
支援者に頭を下げる志村恵一郎氏(右)=1月24日
沖縄県宜野湾市長選で落選し、
翁長雄志知事ら 支援者に頭を下げる
志村恵一郎氏(右)=1月24日
 なぜ、「オール沖縄」が負けたのか。
 宜野湾市民は何よりも、危険な普天間飛行場が固定化されることを避けたかったのである。何の展望もない辺野古移転反対派の「県外移設」方針では、事実上、普天間飛行場の固定化につながることを見抜いていたということである。
 反対派陣営は「普天間飛行場の即時閉鎖返還(あるいは無条件の閉鎖撤去)」「日米安保条約を日米平和友好条約へ」などを掲げていた。日米安保条約廃棄というのは、共産党と同じ主張である。選挙活動の主力を担ったとされる、共産党の意のままに動いたことにも敗因があったのではないか。
 沖縄県石垣市の行政区域には尖閣諸島が含まれている。ここに中国公船の領海侵入が繰り返されている。だが、共産党をはじめとする移転反対派は、米海兵隊は「抑止力ではない」とか、「尖閣問題は平和外交で解決を」などと、非現実的な主張を繰り返していた。
 尖閣諸島が日本固有の領土であることは、共産党も認めているように、歴史的にも国際法上も疑問の余地がない。それを資源目当てや軍事的膨張主義によって、力ずくで奪い取ろうとしているのが中国である。話し合う余地などない。
 米軍がフィリピンから撤退(1992年)した直後、中国は南シナ海のスプラトリー(中国名・南沙)諸島のミスチーフ(同・美済)礁に建造物を構築するなど、強奪を開始した。米軍の存在が抑止力であることは明白である。宜野湾市長選で移転反対派の候補が惨敗したのは、安全保障への危機感が欠如していたことも要因の1つだろう。
 そもそも、沖縄県民の感情は「オール沖縄」で一括(くく)りできるほど、単純ではない。辺野古がある名護市ですら、これまで何度も移転容認の市長が誕生してきた。市議会議員選挙でも、賛成派と反対派が拮抗(きっこう)してきた。
 私自身も昨年、辺野古の住民の方々と懇談してきた。彼らは「基地がない方がいいに決まっている。しかし、国の安全保障を考えれば受け入れもやむを得ない」と語っていた。
 「オール沖縄」などというのは、こうした辺野古の住民や沖縄県民の感情を無視したものと言わざるを得ない。(政治評論家・筆坂秀世 夕刊フジ 2016.3.5

国防感覚が欠如している翁長知事

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