いま、なぜ憲法改正が必要なのか
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いま、なぜ憲法改正が必要なのか

きょうは69回目の「憲法記念日」である。戦後長く改憲派と護憲派による観念論争が繰り広げられたが、国民の多くはいまだ「憲法」への理解に乏しく、国民的議論とはほど遠いのも現実である。どうすれば不毛な憲法論争から脱却できるのか。そして、いまなぜ憲法改正が必要なのか。その是非を考えたい。

きょうは69回目の「憲法記念日」である。戦後長く改憲派と護憲派による観念論争が繰り広げられたが、国民の多くはいまだ「憲法」への理解に乏しく、国民的議論とはほど遠いのも現実である。どうすれば不毛な憲法論争から脱却できるのか。そして、いまなぜ憲法改正が必要なのか。その是非を考えたい。

願いは9条だが、現実は

 安倍晋三首相が憲法改正を今夏参院選の争点に掲げると表明して憲法議論が活発化するなか、月刊正論は識者・論客58人に憲法改正についてアンケートを行った。質問は次の3問である。

問1 日本国憲法で、これだけはなんとしても改正すべき、あるいは創設すべきだとお考えの条項や条文を1つだけ挙げてください。改正・創設すべき条項・条文はないとお考えの場合は、その旨をお示し下さい。

問2 近く憲法改正に着手する場合、どのような方法で改正への手続きを進めていくべきとお考えですか。次の4つの中からお選び下さい。

 A 緊急事態条項の創設だけを先行させるべき。

 B 緊急事態条項創設と同時に、たとえば9条など、その他の改正を一緒に図る(具体的に条項・条文もお答えください)

 C その他の方法で現行の憲法体制を改める(「9条のみで正面突破」「全面改正」など)

 D 現時点では憲法を改めることに反対

問3 自由記述


 まず、保守派の念願である初めての改正が実現する場合、どの条文から手をつけるべきかを尋ねたのが問1。
 左の表の通り、約半数の27人が「9条(2項)」を挙げて最多だった。「全面改正」など一つの条文だけを選べないとの回答者も15人いた。
 安倍首相は現時点で具体的な改正の目標を明らかにしていないが、一部では「緊急事態条項の創設」を念頭に置いていると報じられている。
 野党の賛成も得られやすく、現実的とされるこの「緊急事態条項の優先」戦略について問2で尋ねたところ、他の条文とのセットでの改正も含め、約半数の28人が賛意を示した。ただ「9条から」など他の戦略に期待する回答者もほぼ同数いて、意見は割れている。
 参院選まで残された時間は少ない。憲法改正派の多くが一致して納得できる戦略が早期に打ち出され、改正機運がさらに高まるよう願っている。(月刊「正論」編集部)

私はこう考える

「やらねばならぬこと」と「できること」

憲法解釈を決めるのは国民だ

護憲派デモ大暴れ

偽りの立憲主義に過ぎない

 憲法の前文には、「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と書かれている。どう考えてみても、おかしな日本語だ。「諸国民の公正と信義に」ではなく、「諸国民の公正と信義を」でなければ、日本語としておかしい。
 そもそも、この憲法は、日本語で書かれたものではなく、翻訳からスタートしたものだからかもしれないが、こんなおかしな日本語で出来ている憲法を「平和憲法」と有難がっているのは異常なことだ。
東京都江東区で開かれた護憲派の集会で
メッセージを掲げる参加者=5月3日
東京都江東区で開かれた護憲派の集会で
メッセージを掲げる参加者=5月3日
 日本国憲法の問題点は、その制定過程にある。日本人が作った「憲法草案」を否定し、占領軍が作った草案を、日本の政府草案として偽装して、作りあげたのがこの憲法だ。最近メルマガで、憲法制定権力の問題を論じているが、どうみても憲法制定権力がアメリカにあったのは明らかなのに、日本人の提案が採用されている部分があるから、日本製だなどと主張する説もあるが、これは、憲法制定権力の問題を無視した、あるいは理解できない、レベルの低い議論だ。主権回復後、速やかに憲法を改正すべきだったのだ。
 さて、「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と謳い、第九条で、「戦力」の不保持と、「交戦権」を否定しているのだから、本来、憲法の精神を守り抜き、立憲主義を貫徹するためには、非武装でなければならない。当初、吉田茂は国会で自衛のための戦いすら放棄すると答弁していた。
 しかし、マッカーサーが急に年頭所感で憲法九条は「自衛を否定するものではない」と解釈を変更したためにおかしなことになった。
 「立憲主義を守れ!」と大騒ぎするなら、このときの解釈改憲を問題視し、自衛隊の存在すら否定すべきだ。多くの憲法学者、社会党はそう主張してきた。現実的には嘲笑されるレベルの安全保障観だが、憲法解釈としては筋が通っている。
 だが、マッカーサー、吉田茂の解釈改憲によって成立した自衛隊の存在を認めながら、集団的自衛権の行使だけを問題視するのは「偽りの立憲主義」だ。
 偽りの立憲主義者たちはPKOのときにも、「憲法九条が死ぬ」「立憲主義が否定される」と騒いでいた。彼らの主張が事実なら、既に憲法は死んでいるはずだ。それなのに、「集団的自衛権の限定的行使容認によって、憲法が死ぬ」とはどういうことなのか。
 既にPKOで死んだと主張していた憲法は生きていたのか?それなら、彼らの主張が誤りであったことになる。
 PKOで死んでいるなら、憲法は死体だ。まさか、憲法はゾンビのように徘徊するものなのだろうか。(「岩田温の備忘録」2016.4.23

現実的な改憲論とは

違憲派の押せ押せムードに変化

憲法を時代に合わせるのは当たり前

菅氏「ヒットラーのやり方と似ている」

 今日5月3日は、安倍総理の改憲志向が強まっている中での憲法記念日だ。安倍総理の改憲論は単なる改憲論ではない。総理大臣をはじめとする為政者を拘束する立憲主義に基づく憲法を無くしたいとする改憲論で、その意味ではワイマール憲法を無力化したヒットラーのやり方と似ている。
 その上安倍総理の下で、小選挙区制が予想しなかった副作用を生んでいる。
 中選挙区制では自民党候補者同士が同じ選挙区で争うので、政策でなく利権ばらまき競争になるという弊害をなくしたいという事で、小選挙区中心の選挙制度に変えたはず。しかし実際には小選挙区での公認権を握った自民党の総理・総裁が強大な権力を握り、自民党内での異論を封殺し、自民党内民主主義が機能しなくなるという予想しなかった副作用が現れている。
 安倍総理は二度目の総理に就任してから、一度目の時とは大きく変わった。党内でも野党に対しても権力を露骨に使い、強引にことを進め始めた。その背景には総理辞任後の不遇時代に支えてもらった日本会議といった右翼集団への恩義がある。自民党先輩議員の良識的な声よりも、国民の声よりも、日本会議への忠誠心の方が強いということだ。
 安倍総理は衆参ダブル選挙をあきらめていない。一挙に立憲主義を覆す憲法改正に走ろうとしている。安倍政権に危険性を感じている多くの市民と野党は協力して安倍政権を倒さなくてはならない。菅直人オフィシャルブログ 2016.5.3

夏の参院選で争点に

いま、なぜ憲法改正が必要なのか

みんなの投票

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