ろくでなし子裁判の顛末がバカバカしい
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ろくでなし子裁判の顛末がバカバカしい

自分の女性器をかたどった作品や3Dデータは「芸術」か、それとも「わいせつ」なのか。iRONNAで好評連載中のろくでなし子が性表現の在り方を問いかけた注目の一審判決は「一部無罪」だった。彼女自身も「バカバカしい」と嘆く法廷闘争の行方は今後どうなるのか。

自分の女性器をかたどった作品や3Dデータは「芸術」か、それとも「わいせつ」なのか。iRONNAで好評連載中のろくでなし子が性表現の在り方を問いかけた注目の一審判決は「一部無罪」だった。彼女自身も「バカバカしい」と嘆く法廷闘争の行方は今後どうなるのか。

「得たものの方が大きかった」

iRONNA編集部が単独インタビュー


わいせつとは何なのか

弁護団長の主張

『愛のコリーダ』事件以来の画期的判決?

 「ひょっとしたら、『愛のコリーダ』事件以来の非常に歴史的価値の高い判決ではないか」。自分の女性器をかたどった作品や3Dデータが、芸術か、わいせつかを争った漫画家、ろくでなし子さんの裁判。判決後に会見した弁護団の山口貴士弁護士は判決内容を吟味し、こう評価した。
一審判決後の説明会を終えて、「一部無罪」を掲げるろくでなし子さんと弁護団=5月9日、東京・千代田区
 弁護団によると、「デコまん」と呼ばれる作品展示について、判決は「女性器をかたどったものとしても、一見して人体の一部といえるものではなく、ただちに女性器を連想させるとはいえない」とした上で、「ポップアートの一種として捉えることができる」「見るものを楽しませたり、女性器に対する否定的イメージを茶化したり制作意図を読み取れる」としてわいせつ性を否定した。
 一方で、女性器を3Dスキャンしたデータを延べ11人にメールで送信したり、CD-Rに焼き付けて郵送したりしたデータ頒布については「女性器の形状を立体的、忠実に再現している」として有罪認定した。
 これについて、山口弁護士は「裁判所が細かい所まで再現できているということを重要視していて、女性器をかたどった作品は3Dデータほど精密ではないことで無罪となっていることから、写真で撮った作品と同じような感じで考えているのではないか」と指摘し、女性器を使ってスキャンするという新しい表現技法のために、有罪と判断されたことで萎縮効果が生まれてしまうことを危惧した。
 また、主任弁護人の須見健矢弁護士も「裁判所に対しては、なし子さんの活動がいわゆる『プロジェクトアート』という概念を用いていて、3Dデータの頒布自体を切り取って見るのではなく、データの過程がアートなんだということで、有識者の意見書を提出したが、理解してもらえなくて非常に残念」と批判。「プロジェクトアートの活動をしている人にとって萎縮的な効果を生む」と述べ、今後の控訴審でも争う姿勢を示した。
 ろくでなし子さんは「女性器をかたどった作品が無罪だったことは当然だと思っていたが、3Dデータ配布を有罪とした判決の説明が『性器だからわいせつ』という観念から逃れていない」と疑問を呈し、「『性器には見えないから』という例えだったので、見えないように作るのではなく、女性器の概念を変えたいと思っていたので、今後活動するのに気を使いながら制作することがものすごくバカバカしい」と率直に語った。(iRONNA編集部)

日本の裁判は何でもありか

海外ではとうに決着

ろくでなし子さんの判決に思うこと

 あれは何回か前の横浜トリエンナーレだったと思うのだけれども、組織委員会から出た100万円くらいのお金を、たしか九州の銀行口座にそのまま預けて、なんらかの理由があって使いたい人は、その理由と金額を送ってくれ、という貼り紙一枚の「作品」があったように記憶する。
 現代アートは、つまりは「なんでもあり」で、アーティスト本人の意図と、それから文脈によって、通常ならばアートとは考えられないようなものも、アートとなる。もちろんそれがどう受容、評価されるかは、別の問題になるわけだが。
 ろくでなし子さんの裁判で、「データ配布」の部分だけが有罪になった、という判決結果に対する私の違和感は、以上のような認識にもとづいている。データ配布もまた、アーティストの意図や、文脈によっては、アート表現の一部分になり得るからだ。
 今回の判決で、具体的な「ブツ」のあり方を通して芸術性を論じたのは、結局、モノ=「ブツ」が芸術であるという古典的な(しかしもはや時代遅れの)認識にもとづいているように私には思える。
 もっとも、法律というのは、もともと保守的なものであり、時代の流れで言えば、最後尾をついてくるものだから、今回の判決は、司法関係者にとってはさほど違和感がないのかもしれない。アーティストにとっては、違和感おおありだろうが。
 もちろん、アート表現であるということが、万能の免罪符になるわけではないが、チンポムの岡本太郎さんの『明日の神話』への「付加物」の添付の件を思い出しても、日本の司法関係者は、もう少しアートについてのリテラシーを現代化しないと、すでに実社会から乖離し始めているように危惧する。
 問題は、法律や司法関係者だけでなく、日本社会全体の問題かもしれない。バンクシーのようなアーティストが日本で活動したらどのような扱いを受けるか。メディアを含め、リテラシーの高い反応が来るとは、どうも予感できない。(茂木健一郎フェイスブック2016.05.10
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