共産党に食われる民進党
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共産党に食われる民進党

「自公vs民共」の構図がハッキリしていた今回の参院選。争点はアベノミクスや安全保障関連法、憲法改正などだが、野党は選挙戦を通じて攻めあぐねていた。批判だけで対案がなければ、浮動票も流れない。果たして、野党共闘は吉と出たか、凶と出たか。

「自公vs民共」の構図がハッキリしていた今回の参院選。争点はアベノミクスや安全保障関連法、憲法改正などだが、野党は選挙戦を通じて攻めあぐねていた。批判だけで対案がなければ、浮動票も流れない。果たして、野党共闘は吉と出たか、凶と出たか。

前田守人の視線

 選挙戦の最中、共産党の議員がテレビ番組で「防衛費は人を殺すための予算」と発言し、物議を醸した。以前も民主党(当時)の幹部(官房長官)が「自衛隊は暴力装置」と国会で発言し、自衛隊員をガッカリさせた。安全保障に関して、両党はどこか似ている。
 国民の生命や財産、安全をいったい誰が守ってくれるのか。警察官や自衛官ではないのか。今年に入ってからも世界ではテロが横行し、先ごろバングラデシュのダッカでは7人もの日本人が犠牲になった。
 民進党や共産党は、理不尽で無慈悲に「人を殺す」テロリストにどう対処すればいいと考えているのか。こうしたことに答えられなければ、政権担当能力があるとは到底思えない。昨今の日本を取り巻く国際情勢のなか、憲法前文にあるように「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」すれば、日本の安全保障は担保されると本気で考えているのか。
 野党は「自衛隊は違憲であるが当面認める。防衛出動もさせる。しかし、安保法は違憲であるから認めない」という立場かもしれないが、机上の空論で現実から目を背けているとしか思えない。
 安全保障だけでなく、経済政策や社会保障の面でも現実的な視点からの議論をしなければ、健全な野党は育たない。

共産党に乗っ取られる恐怖

求められる出会い

国際常識とかけ離れた政策

民進党と共産党は一つの政党に

 共産党の「自衛隊は人殺し」発言がきっかけとなり、民進党が共産党と野党統一戦線を組んだことへの批判が強まっています。しかし、私は今回の選挙において民進党や社民党が共産党と連携したことを大いに評価しています。
 共産党も社民党も民進党も基本的には共産主義者が仕切る政党です。ただ、その中で一応正統派の位置づけにいる日本共産党は、宮本独裁体制(1958~1997年)の間にソ連、中国、北朝鮮の工作員をことごとく排除していきました。こうして日本共産党を除名された人達の遺棄場所が日本社会党でした。非同盟中立という政治学的に承認されており多少は現実的な共産党の国防政策に対して、外国に侵略されることを望むかのごとき非武装中立が社会党の党是だったのも、工作員の捨て場所と考えると腑に落ちます。
 ところが、月日が経つ間に日本社会党にも日本国内での名誉欲が出たのでしょう。今までの党是を全て捨てて、自民党の御神輿になり(自さ社政権)、国民から見放されてしまいます。そこで、次の選挙のためにできたのが民主党と社民党ですが、実態は旧社会党そのものですから、基本的に工作員政党です。
 一方、極左保守本流の日本共産党は、不破独裁体制(1998年~)になった途端に中国共産党と仲直りをしてしまいます。ソ連はなくなっているし、この時はまだ北朝鮮は中国の忠実な子分ですから、早い話が日本共産党ごと中国共産党の工作員政党になった訳です。
 どちらも中国共産党の工作員の巣窟です。本当は、共産党、社民党、民進党などに分かれている必要はこの時から無かったのです。でも、人の感情の問題とか、民進党の本質を理解しない傀儡系の人達(民進党の中で保守系と自称している方々です)の存在とか、いろいろ障害があったので、元の鞘に収まるまで20年近い歳月を費やしてしまいました。
 もうずっと離れないでくださいね。何なら、一つの政党になってもいいと思います。その方が選ぶ方の国民も悩まずに済みますから。今度の選挙は、自衛隊は国防のために必要と考える人グループVS自衛隊は人殺しと考えるグループの戦いになりました。争点なき参議院選挙と思っていましたが、素晴らしい争点ができましたね。(森口朗公式ブログ 2016.6.30

野党連合批判は的はずれ

共産党はきれいごとばかり

「批判よりも代案を」では民主主義は機能しない

 いつの頃か、「批判だけでなくて、代案を」というようなことが言われるようになった。誰がどう言い出したのかわからないけれども、おかしな話だと思う。批判と代案は独立であり、批判は批判で大切にきまっているからである。
 諸国の議会の様子を見ていると、与党に対する野党の役割は、何よりも「批判」である。しかも、容赦ない、過酷なまでの批判である。英国でも、アメリカでも、その他の国でも、野党は与党の政策を徹底的に批判する。それが野党の存在意義だからだ。
 批判は、カトリック教会における「悪魔の代理人」に似ている。提案されたある政策に、どのような欠陥があるのか、矛盾があるのか、岡目八目で検討し、批判する。そのために野党があるのであって、批判のない野党はない。
 そもそも、野党に相当する英語は、oppositionである。最初から、与党に対立するものとしてそれが前提とされ、期待されているのである。そうでなければ、野党の存在意義がないと言えるだろう。野党に対して、「批判よりも代案を」というのは、議会制民主主義の本質を知らない人だ。
 「批判だけでなくて、代案を」という一見もっともらしいスローガンの矛盾は、野党の代案が通る確率がそもそも低い、ということからもわかる。むろん、与党との話し合いで代案の一部が反映されることはあるかもしれない。その場合も、十分な批判がなければ、そもそも議会が機能しない。
 諸外国に比べて、日本の野党による与党の批判は、むしろ、まだまだ生ぬるい方だと私は感じる。これは、日本人気質によるところが大きいのかもしれない。日本の政治に必要なのは、代案よりも、むしろ、より本質をとらえた、容赦ない批判の方だろう。(茂木健一郎フェイスブック2016.07.08

やっぱり失敗した「民共合作」

共産党に食われる民進党

みんなの投票

民進党は「野党共闘」を今後も模索すべきだと思いますか?

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