「人類の試練」救いなき難民危機

難民受け入れの旗振り役であるドイツのメルケル首相が、難民政策の「失敗」を認めた。今も中東などの紛争地域から押し寄せる難民の波。欧州各国は喫緊の対応を迫られ、混乱が広がる。「人道主義」が招いた出口なき難民問題。いま欧州で何が起こっているのか。

私が見た「難民」の現実

 この夏、リオ五輪でシリアや南スーダンなどの難民によって結成された「難民選手団」が話題になりました。水泳や陸上などに出場した彼らはメダルに届かなかったものの、五輪選手として遜色のない成績を残し、「難民」の一言で片付けられてしまう人々にもさまざまな個性や能力があるということを改めて証明したのです。
 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の最新のデータによると、全世界で「難民」と呼ばれる人は6530万人。前年より580万人も増えているそうです。数字をみれば、日本の人口の半分以上が故郷を追われていることになりますが、平和なわが国にあって、この現実を想像するのはとても難しいことでもあります。
 昨年末、私はトルコとの国境に近いギリシアのレスボス島を訪れました。早朝、ボートで沖に出た私は、波のかなたに小さな何かを見つけました。双眼鏡を借りて目を凝らすと、50人は乗っているであろう、ぎゅう詰めのゴムボートだったことが分かりました。故郷を追われ、生きていくために国を捨てるしかなかった人々。その中には老人や小さな子供も含まれていました。
 一歩間違えば簡単に命を落としてしまう旅。運良く海を渡った彼らは、ギリシア、マケドニア、セルビア、クロアチア、スロベニア、オーストリア、そしてドイツへと続く2千キロの「バルカンルート」を通り、ヨーロッパへと向かって行きました。私は彼らの旅路を追いかけ、欧州難民の現実を少しでも伝えようと取材しました。
 バルカンルートの途中で話を聞いた人たちは教師だったり、ボディビルダーだったり、あるいは先にヨーロッパに渡った家族との再会を待ちわびていたり、一人ひとりがまったく違う「物語」を抱えていました。屈託なく取材に応じてくれる人もいれば、カメラを避ける人もいます。彼らはいったい、どのような街で暮らしていたのでしょうか。(春香クリスティーン)

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移民・難民の移動と「国際テロ」

 第71回国連総会の幕が開いたが、各国の首脳が集まって「一般討論」を行う前日の9月19日、難民や移民の移動に関するサミット会合が開催され、ニューヨーク宣言が採択された。と同時期に、ニューヨークのマンハッタンや隣のニュージャージー州で、アフガニスタン出身の米国人若者が一連の爆破事件を起こし、警察官との銃撃戦で負傷して逮捕される事件が起きた。
 ミネソタ州でも、ソマリア系移民の大学生によるナイフ切り付け事件があり、「イスラム国」が自らの関与を表明した。大量かつ無秩序な難民や移民の移動が国際問題化し、新たな国際的指針を形成しようとする努力がなされている一方、難民や移民の流入に反発する排他的言動が、ヨーロッパ各国や米国で高まっている。
難民や移民対策を討議する国連サミットで演説する安倍首相(左奥)=9月19日、米ニューヨークの国連本部(代表撮影・共同)
 難民や移民の移動に関するニューヨーク宣言では、昨年2億4千万人を超えた移民対策と、6千5百万に上った難民、亡命希望者や国内避難民への対処から生じた様々な問題に対処する必要性を強調し、難民や移民の人権と基本的自由を確保するために、ホスト国への支援や負担の共有、難民や移民を大量に出している問題への対処、さらに、長期的解決策の形成を呼び掛けている。
 また、アネックスで包括的難民対応枠組を採択し、さらに、2018年には、難民に関するグローバル・コンパクトや、「安全で、整然とした、通常の」移民対策に向けたグローバル・コンパクトを成立させることを謳った。
 難民や移民へのコミットメントとして、国際法に基づき、「人を中心とし、個人のニーズに応じた、人道的、威厳を尊重し、ジェンダーに配慮する」対応策を取るとし、難民や移民に対する搾取や暴力行為などに対しては、必要な措置を取ることを決意している。
 しかし、大量かつ無秩序な難民や移民の移動は、最近また盛り返しており、移動の原因となっているシリアやイラク、アフガニスタンなどでの紛争は、一向に解決の目途が立っていない。また、エリトリアや他のアフリカ諸国からの、リビアを通じた移民の移動も続いており、国境の管理などは全く出来ていない状況である。
 多くの難民や移民が目指すドイツでは、大幅な受け入れを表明しているアンゲラ・メルケル首相率いるキリスト教民主連合(CDU)が、最近のベルリンの地方選挙で敗北し、移民受け入れに反対する右翼政党が躍進するケースが出てきている。来年の総選挙で敗れるのではないかとの憶測が強まっている。国内でテロ事件に揺れるフランスでも、来年の総選挙で、移民排他主義を唱えるナショナル・フロントの躍進が懸念されている。Brexitの英国では、ポーランド系の移民などに対する排斥的言動や暴力行為が伝えられている。
 米国でも、共和党大統領候補のドナルド・トランプが、違法移民の追放やメキシコとの国境での「壁」の建設などを主張して、リベラル派から強い反発を受けているが、今回の米国でのテロ事件を受けて、イスラム教徒に対して「思想的踏み絵」や「人種プロファイリング(選別)」を行うべきだと、極めて差別的な発言をしている。
 これに対して、民主党大統領候補のヒラリー・クリントンは、入国審査の厳格化やイスラム教徒コミュニティーへのアウトリーチ活動の強化を提案しているが、テロの続発は排他主義を高揚させる可能性があり、大きな懸念材料になっている。(上智大学総合グローバル学部教授・植木安弘 Japan In-depth、2016.09.22

いとうせいこうの視点

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新たな人道危機

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押し付け合う欧州の現実

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もう制御できない

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日本も他人事ではない

目をそむけないでほしい

 日本のメディアで報じられることはあまりありませんが、インターネット上ではシリアの町で起きている悲劇が映像や写真に毎日のようにアップされ、世界中に伝えられています。瓦礫の中から掘り出された子供たちは埃で真っ白になり、衣服には真っ赤な血を滲ませています。昨年、海岸に横たわった男の子の遺体写真が世界に衝撃を与えましたが、このような悲劇が毎日にように繰り返されているのです。
ギリシャ・アテネ郊外の難民キャンプの少女=9月12日(AP=共同)
 一方、受け入れる側の欧州各国にとって難民の奔流は自分たちの生活に直結する大問題です。テレビの向こうで苦しむシリア人に同情はしても、いざ自分の町にやってきた時に受け入れることができるのか? これはヨーロッパに突きつけられた重大な命題です。
文化も言葉も異なる人々、もっと言ってしまえば、時に粗暴で欧州のマナーに反することもある人々と付き合っていけるのか? 昨年、ハンガリー国境に駆け込む難民親子に足をかけた女性カメラマンが非難を浴びましたが、同じように難民に反感を持つ人は決して少なくありません。
 今年1月、ドイツ・ミュンヘンで街頭インタビューしたところ、ほぼ100%の人が難民受け入れについて「賛成」だと言っていました。それは決してメディア向けのリップサービスではなく、彼らの本心だったと思います。しかしその後、欧州各地で難民申請者や難民によるものとされる事件が相次ぎました。難民排斥を訴える右派政党はドイツ国内で勢力を広げており、難民問題は今や政権を揺るがす事態となっているのです。
 私が生まれ育ったスイスはEU加盟国ではありませんが、それでも子供のころ、「ヨーロッパは一つになる」という空気の中で育ちました。しかし今回、久しぶりに戻った故郷で感じたことは「ヨーロッパがバラバラになっていく」という感覚でした。
 わずか1週間ほどの旅でしたが、私が見たものはテレビだけでなく、雑誌やウェブメディアでも取り上げられ、多くの方に見てもらうことができました。いま、世界を混乱させる難民問題ですが、同行したディレクターは「日本でこの問題を伝えることは難しい。日本の生活と直接の関係がないから、どうしても後回しになってしまう」と話していました。とても重い言葉でしたが、これは紛れもない事実でもあります。
 中東に目を向けてみると、シリアでは政府軍や反政府勢力、過激派組織イスラム国(IS)に加えてロシアも戦線に加わり、たくさんの民間人が命の危険にさらされ続けています。欧州に流入する難民の数が減ったとはいえ、彼らはギリシアやトルコに足止めとなっているだけで、状況は悪化の一途をたどっています。
 他方、欧州各国では「右傾化」が進み、難民たちの受け入れ先はどんどん閉ざされています。「難民問題」とは遠いところにある日本ですが、この問題がヨーロッパだけでなく、世界の形を少しずつ変えようとしていることを真剣に受け止めて理解する必要があるのではないでしょうか。(春香クリスティーン)