今さら聞けない憲法改正の核心
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今さら聞けない憲法改正の核心

日本国憲法は公布から70年を迎えた。衆参の改憲勢力は3分の2を超え、安倍晋三首相の下で議論はにわかに活気づく。ただ、「改正」と一言で表現してもそのポイントは何か、きちんと理解している人がどれほどいるだろうか。本日は「今さら聞けない憲法改正の核心」と題して、この議論の本質を読み解く。

日本国憲法は公布から70年を迎えた。衆参の改憲勢力は3分の2を超え、安倍晋三首相の下で議論はにわかに活気づく。ただ、「改正」と一言で表現してもそのポイントは何か、きちんと理解している人がどれほどいるだろうか。本日は「今さら聞けない憲法改正の核心」と題して、この議論の本質を読み解く。

詐術に騙されるな

志位氏の主張は虚構に過ぎない

権力を統制する文書としては不十分

機が熟せば自ずと結果も出る

 11月1日、自由民主党憲法改正推進本部が開催された。本日は、有識者からのヒアリング。講師は大石眞・京都大学大学院教授で、演題は「憲法改正問題の展望」であった。講師は、そもそも、「新憲法制定論」と「憲法改正論」には大きな認識の差があるとする。
自民党本部の正面玄関に掲げられた「憲法改正推進本部」の看板
自民党本部の正面玄関に
掲げられた「憲法改正推
進本部」の看板
 「新憲法制定論」は、現行憲法の成立過程に法的に瑕疵があった事実から、現行憲法を「無効」とし、新しく憲法を制定しようとする立場である。一方、憲法改正論は、現行憲法を「有効」とし、必要な部分を改めようとする立場である。
 大石教授からは、現行憲法の制定は法的に瑕疵がある行為であったことを素直に認めた上で、平和条約発効後(すなわち、主権回復後)、日本政府と国民の自発的な憲法実践によって、そうした瑕疵は完全に「治癒」されたと考え、現行憲法の有効性を大前提とした議論を展開すべきだとの見解が示された。
 次に、現代憲法の比較法的な傾向についての言及があった。教授によれば、第二次世界大戦後に制定された憲法でも、諸外国では頻繁に改正が行われている。例えば、イタリアは16回、フランスは24回、ドイツに至っては59回である。
 ただ、大石教授は「他国が頻繁に憲法を改正しているから、日本も同様に憲法を改正しても問題ないのだ」とする主張に対し、警笛も鳴らした。実際、他国が憲法改正をしたのは、統治機構に関する部分がほとんど、とのこと。つまり、時代に適合するように改正されたに過ぎない。換言すれば、環境権などの権利保障分野も含め、時代や情勢が変化し、見直すべき部分が生じたならば、その部分は改正すべきだ、ということである。
 大石教授がもう一つ強調した点がある。それは、「憲法改正議論は、広い視野の下に大きな制度構想を固めながら展開すべきこと」という点である。例えば、政治と裁判、国政と財政、中央と地方というような統治機構改革に関する問題であったり、言論の自由などの権利保障の有り方などである。憲法改正に関する議論は、決して、第9条のあり方のみに焦点を当てるというような矮小化されたものにしてはいけない、という趣旨の指摘は重要である。
 今や日常的に見聞きするようになった「憲法改正」。本部長が述べたとおり、熟れた柿が落ちるがごとく、機が熟せば自ずと結果も出るであろう。大切なのは、機が熟すまでのアプローチである。日本国と国民の未来に係るものである以上、然るべきルールと、透明性を保ちつつ、冷静で、深みのある議論をしていかねばならない。(参院議員・佐藤正久「守るべき人がいる」2016.11.01

真の独立国になる機会を逃すな

「前進」の時は来た

矮小化された改憲論議をやめよ

日本国憲法は「毒の樹」

 昭和22年に施行された、いわゆる「日本国憲法」の改正論議に接するとき、何時も思い浮かぶ言葉がある。やはり、その言葉を記しておこう。それは「毒の樹の果実」。この言葉が表す論理は、刑事訴訟における証拠能力の有無を判断する際に使われる。即ち、違法な捜査によって得た物もしくは供述に、証拠能力を認めるのか認めないのか(証拠として使えるのか否か)を決するときの論理を喩えた言葉である。違法な捜査とは、捜索差押令状なしに民家に押し入ってナイフを持ち出すことや、供述させるために拷問することである。
  裁判において、この違法な捜査(毒の樹・邪悪な所為)によって獲得したナイフや供述(果実)に証拠能力があるとして事実を認定する(食べる)ならば、捜査における拷問などの人権侵害をなくすことはできない。つまり、毒の樹の「果実」を食べれば、毒の樹はますます成長してゆく。従って、違法な捜査を許さず、それをなくすためには、その捜査から生まれた果実、即ち、「毒の樹の果実」を食べてはいけない。これは当然のことであり、この当然のことが法の論理である。そこで、何故、「日本国憲法」の改正論議に接するときに、この「毒の樹の果実」を思い浮かべるのか。それは、「日本国憲法」が「毒の樹」であるからだ。そして、「毒の樹」の改正は、「毒の樹」を認め育てることになるからである。
昭和21年11月に皇居前広場で開かれた日本国憲法公布記念祝賀都民大会
昭和21年11月に皇居前広場で開かれた
日本国憲法公布記念祝賀都民大会
  周知の通り、「日本国憲法」は、終戦直後の昭和21年2月4日から12日までのわずか9日間に連合軍総司令部(GHQ)民政局の25人のメンバーによって書かれた。ポツダム宣言とそれを受諾した我が国の降伏文書(昭和20年9月2日)で明らかなように、「日本国憲法」が書かれた昭和21年2月4日から12日までの9日間、及び、公布された昭和21年11月3日、さらに、施行された昭和22年5月3日は何れも我が国はGHQの占領下におかれ、我が国に主権はない。また、「日本国憲法」を書いたGHQの25人は、全てアメリカ人である。
  この「日本国憲法」をその時我が国を占領し統治していたGHQが、日本国民が書いた民定憲法として「我が国の憲法」として植え付けたのだ。これは、文明に対する裏切りではないか。このような所為は、その時、我が国が独立国家ならば、到底、容認できるものではない。しかし、まさに、独立国ならば容認できないものが、植え付けられた。これ、「毒の樹」そのものではないか。しかるに、今の改正論とは、この「毒の樹」を認め、その「果実」を食べようとするものである。特に、「改正」ではなく、「毒の樹」に何か付け加える「加憲」に至っては、そもそも国家の憲法を何と心得ているのか訳が分からん。
 このように、「我が国の憲法」としては無効な「日本国憲法」と題する文書の本質に目を閉ざして打ちすぎることは、我が国が、文明に反する「毒の樹」を掲げ続けることである。(西村眞悟公式ブログ 2016.10.30

改憲派も護憲派もウソばっかり?

今さら聞けない憲法改正の核心

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