本田圭佑「不要論」は間違っていない
555

テーマ

本田圭佑「不要論」は間違っていない

エゴイスト。6年前、サッカーW杯南アフリカ大会で輝きを放った本田圭佑は、誰よりもこの言葉が似合う自信に満ち溢れていた。久しく「絶対的エース」の座を譲らなかった彼もまた世代交代の波にもまれ、不要論まで公然と叫ばれるようになった。それは何も間違っていない。彼が今もスターである証なのだから。

エゴイスト。6年前、サッカーW杯南アフリカ大会で輝きを放った本田圭佑は、誰よりもこの言葉が似合う自信に満ち溢れていた。久しく「絶対的エース」の座を譲らなかった彼もまた世代交代の波にもまれ、不要論まで公然と叫ばれるようになった。それは何も間違っていない。彼が今もスターである証なのだから。

心技体は揃うのか

ハリルとの「ズレ」

「絶対的エース」不在に耐えられるか

戻らないゲーム勘

本田「1トップ」は苦肉の策

 こんなに余裕のない、ドタバタした日本代表戦を久々に見た。はっきり言って90分間守ることで精いっぱい。負けたらどうしよう-という腰の引けたサッカーだった。バヒド・ハリルホジッチ監督はFW本田圭佑(ACミラン)を「1トップ」に起用した。奇策? 大抜擢? とんでもない。“苦肉の策”という言葉が一番あてはまる。
豪州戦の前半、原口のゴールを
アシストする本田圭佑=10月11日、
ドックランズスタジアム
(撮影・中井誠)
 オーストラリア代表の平均身長は180センチを超える。日本代表より約10センチ高い。加えて体力的にも強い相手だ。高さと強さでかなわない相手には、ドリブルにたけたスピードのある選手で“崩し”にいくのがサッカーの定石だ。本田を1トップに使うくらいなら、ドリブラーのFW斎藤(横浜)を左サイドで起用する。FW原口(ヘルタ)とポジションがかぶるが、この方が余裕のある戦いができた。
 なぜハリルホジッチ監督は若手の起用にためらうのか。若手に対し信頼がないことと、Jリーグに対する不信感が要因だろう。斎藤は今季8ゴールを決めて結果を出している。にもかかわらず、この試合で攻撃的な布陣の交代で入ったのは海外組のMF清武(セビリア)とFW浅野(シュツットガルト)だった。
 勝てなかったことで、今後もいばらの道が続くと思う。そんなハリルホジッチ監督には、腹をくくらなければいけないことがある。本田、MF香川(ドルトムント)に代表引退を迫るくらいの荒療治に打って出たらどうか。所属チームで出場機会を失い、この日程度の出来の本田、香川なら、代役になれる選手はJリーグにもたくさんいる。(元J1仙台監督・清水秀彦「ガチンコ蹴球録」ZAKZAK 2016.10.13

イラク戦 劇的ゴールの価値

「オマーンはサウジに似ている」

所属チームで「個」を強化しろ

崖っぷちから巻き返すのが日本

強気な発言が「傲慢」に見える理由

 外国人監督…特にヨーロッパ出身の監督は、自画自賛するものだ。それは自身をアピールするためであり、自信の表明であり、プライドでもあるからだ。弱気な発言をする監督は、監督しての資質を疑われる。ヨーロッパでは、選手同士の競争が激しいが、監督同士の競争も激しい。成績不振に陥れば、即座に解任されるし、ビッグクラブの監督になるには、成績や手腕はもとより、意志の強い監督が求められる。たとえ相手が弱小であっても、勝利したときは自身と選手を讃える。それは普通のことだ。
W杯2次予選、本田の代表入りを
発表するハリルホジッチ監督
=3月17日(撮影・斎藤浩一)
 ところが、日本人の選手と監督は、勝ったときでも「反省」を先に口にする。反省することが「美徳」だと思っているからだ。勝ち誇ることは、「傲慢」と思われることを恐れるからだろう。それは日本人のメンタリティだ。
 なぜ勝利した喜びよりも、反省を先にいうのかといえば、次に「失敗(敗戦)」したときに叩かれるのを和らげるためだ。日本人は「失敗」することに厳しく、9勝していても1敗したことを、ことさらに厳しく追及する。勝ったときに偉そうなことをいったり、過剰に喜んだりすると、負けたときに勝利時の発言を引き合いに出してボロクソに叩く。だから、予防線として「反省」を口にする。
 これはスポーツに限った話ではなく、仕事の上でも同様だ。自分を蔑み、謙虚になることで、失敗したときの影響を緩和する。それが処世術でもあるのだが、反面、積極性や大胆さを殺すメンタリティを育むことにもなってしまう。
 サッカーの本場で、自己主張を明確にしないと競争に勝てない環境にいる選手は、強気な発言をする。本田選手がいい例だが、彼のようにズバズバと主張すると、それだけで日本人記者はビッグマウスと叩く。女子代表では、大儀見選手が厳しい発言をするが、やはり叩かれる。ヨーロッパで競争している彼らには、それが普通のことだと思うのだが、日本人のメンタリティとはかけ離れているから、傲慢に見えてしまう。
 空気を読むとか、突出したことは言わない・しない、という同調圧力の中にある日本人には、彼らのような規格外の日本人に違和感を感じてしまう。
 主義主張を抑制し、周囲を気遣って温厚に振る舞い、勝利の喜びよりも自分の至らなさを反省する。それが悪いわけではないが、そうしないと批判される空気は問題だろう。
 ハリルホジッチ監督は「チャレンジ」ということをよくいっているが、日本人選手の積極性のなさを問題視しているのだと思う。積極性のなさは、失敗を恐れる日本人のメンタリティが背景にある。常にマイナス査定される環境では、チャンスがあってもチャレンジすることよりも、失敗が自分の責任にならない方向の選択をしてしまう。そのため、シュートが打てるのにバスを選択することが多い傾向にもなっている。テクニック以前に、気持ちがネガティブになっているように思う。(「諫山裕の仕事部屋」2016.03.28

精神的支柱であり続けられるか

本田圭佑「不要論」は間違っていない

みんなの投票

サッカー日本代表に本田圭佑は必要だと思いますか?

  • 思う

    189

  • 思わない

    329

  • どちらでもない

    37