DeNA大炎上、キュレーションを疑え
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DeNA大炎上、キュレーションを疑え

パクり、デタラメ、何でもあり。DeNAが運営する10ものキュレーションサイトが閉鎖に追い込まれた。ネットメディアに潜む病巣を浮き彫りにしたともいえるが、この問題は決して他人事ではない。iRONNAでも自戒を込めて、今回の炎上騒動の意味を考えてみたい。

パクり、デタラメ、何でもあり。DeNAが運営する10ものキュレーションサイトが閉鎖に追い込まれた。ネットメディアに潜む病巣を浮き彫りにしたともいえるが、この問題は決して他人事ではない。iRONNAでも自戒を込めて、今回の炎上騒動の意味を考えてみたい。

人のふんどしで相撲を取る愚

まさに現代の『蟹工船』

タコツボ化した組織

ユーザーの怒りは限界レベル

認めて欲しさに金欲しさ

 米国でフェイスブックがウソ記事を配信していたことが波紋を呼んでいます。一方、国内ではDeNAが運営するヘルスケア分野のキュレーション・サイト「WELQ」が、他サイトのコピーや信頼性の薄い記事が多いと批判にさらされています。ネット上のメディアは従来のメディアよりも信頼性が低いのでしょうか。
 日本ではそれほどでもありませんが、米国ではフェイスブック経由でニュースを見る人が多く、同サイトに流れるニュースは世論を左右するともいわれています。今回の大統領選挙では、真偽のはっきりしないサイトのニュースがたくさん配信されたことから、同社は厳しい批判にさらされています。
 現在、フェイスブックはニュースの選別を自動化しており、編集者は介在していません。しかし以前のフェイスブックは専門の編集者を雇い、人の目でニュースを選んでいました。配信されるニュースがリベラル系に偏り過ぎていると批判されたことから、同社はニュース編集の組織を廃止。すべてシステムが自動で選別する仕組みに切り替え、現在に至っています。
 ところが、今回はシステムによる選別が逆効果となってしまいました。システムによる選別では、人名や地名の間違いといった判断は容易ですが、微妙な記事内容の真偽を判定することは困難です。結果としてローマ法王がトランプ氏を支持したといったような、一見、事実か虚偽か分からない記事を掲載するサイトから多くのニュースが配信される結果となりました。
 こうしたサイトの中には、政治的主張とは関係なく、純粋に広告料収入を目的として、読者が好みそうなニュースを数多く捏造し、意図的に大量のアクセスを集めているところも少なくありません。フェイスブックではシステムによるチェック機能を強化するそうですが、どこまで効果があるかは微妙なところでしょう。
 一方、日本では最近、DeNAが運営するキュレーション・サイト「WELQ」の記事に批判が集まっています。医療関係の情報を集めたサイトですが、記事の内容が他のサイトと酷似していたり、医学的に間違った内容の記事が多数掲載されているとの指摘が出ています。批判を受けて同社は25日、記事の内容について外部の専門家に監修を依頼すると発表しました。しかし、その4日後の29日には全記事を非公開化し広告商品の販売も停止することとなりました。
 ネット・ニュースは、ほとんどが広告に依存した事業モデルとなっており、収益の絶対値が小さいという特徴があります。このためコンテンツの作成にコストをかけることができず、場合によっては、質の悪い記事を大量生産するという事態に陥ってしまいます。
 本来であれば、こうした偽情報はネット上で指摘され、順次駆逐されていくはずですが、現実はまったく逆で、ネットの方がむしろ意見の多様性が見られないとの指摘もあります。ネットの利用者がリテラシーを高めていく以外に、抜本的な解決策はないのかもしれません。(The Capital Tribune Japan THE PAGE、2016.12.02

深刻な品質問題

「まるで奴隷労働」

かつての「リクルート」に似た文化

メディアの「志」はどこへいった

 もう、メディアというのは「残念な仕事」になってしまったのだろうか。電通のデジタル不正からDeNAの今回の事件で、デジタル分野は大きなダメージを受けたけれども、マスメディアの信頼が上がったり、接触が回復したという感じもしない。たまたま、事件がデジタルで目立ったけれど、朝日新聞の一件などはまだ重くのしかかっていると思う。
 感じるのは、「志」が低いなあ、というか「志」という概念自体が、もうないんだろうなということだ。何でかな? と思うと、メディア産業がいろんな意味で「立派」になり過ぎたような気がする。そして、「これからはメディアだ」という時代の気分が、もうバックミラーの彼方になっていることと関係しているようにも思う。
 「脱工業化」という言葉が、あった。「あった」というのは、もうそういう感覚でもないし、いまも工業だってちゃんと存在している。だから、ある時期の流行り言葉であったとは思う。でも、その頃のメディア関係者は「本当にそういう時代になったら、どうすればいいいんだろ」とビビッていたようなところもあったと思う。
 その辺りの感覚を知るには、梅棹忠夫の「情報の文明学」という一冊がいいと思う。この本にある「情報産業論」という一文は、1962年のものだ。その後の情報論も多く所収されて、最も新しくても1980年代後半だからある意味「昔の話」といえばそれまでだ。しかし、そういった情報産業の歴史を知ることは、本質的な「志」を確認することでもある。
 新しい文化は、過去の否定に成り立つという面もある。「面もある」と書いたのは、多くの「新しい何か」は過去の無形資産の上に成立していて、すべてが否定されていることはない。それはメディアでも同じだ。少なくてもモラルや倫理などの「精神」については、ある種の普遍性があると思う。
 ネットの文化には、マスメディアへのアンチテーゼや対抗意識が強くあって、それがエネルギーになっていたとも感じるけれど、気がついたら量を追求して志が感じられなくなって、ダークサイドに堕ちてしまったんだろうか。
 昔のことを「古い」で済ませてしまって本質を見なければ、同じことは繰り返されるかもしれない。(山本直人公式ブログ 2016.12.08

南場会長「WELQ検索しがくぜん」

ブログだってハイリスク

DeNAにメディアをつくる「覚悟」はあったか

 メディアにかかわる一人として、いつも思うのはそこに「覚悟」はあるか、この一言に尽きる。言葉に置き換えればたやすいが、これを実践することがいかに悩ましく困難なことか。iRONNAというメディアの責任者として、自問自答を繰り返す毎日である。
 DeNAが運営するキュレーション(まとめ)サイトで根拠が不明確な記事が相次ぎ、記事が非公開にされた問題も、決して他人事とは思っていない。メディアにかかわる人間のモラルとネットメディアが抱える脆弱性を露呈した、あまりに根が深い問題であると言わざるを得ない。
 ただ、謝罪会見で姿を見せた守安功社長と創業者である南場智子会長の言葉からは、メディアにかかわることへの「覚悟」は感じられなかった。とても残念である。
まとめサイトの無断転用等の問題を受け会見したディー・エヌ・エーの
守安功社長と南場智子会長(右)。記者からは多くの質問が挙がった
=7日午後、東京都渋谷区(桐山弘太撮影)
 会見で守安氏は「質の担保や著作権者への配慮など、本来メディアとして行わなければいけなった点が不足していた」と振り返ったが、その一方で「サービスの成長を追い求める過程で記事の引用などを不適切に助長するような体制になっていたことを反省している」と述べ、問題の背景に情報の質や正確性より利益優先の企業体質があったことを認めた。
 残念だったのはこれだけではない。この会見の2日前に長い看病の末、最愛の夫を亡くした南場氏の一言もそうである。「家族の闘病が始まったときからインターネットの情報を徹底的に調べていたが、『ガンに効くキノコ』とかネットの情報がそれほど役に立たない、信頼できないと思った」
 南場会長は、夫の介護を理由に社長職を退いた経緯がある。その後、介護の経験を生かしてヘルスケア事業を立ち上げ、今回の騒動の発端となった「WELQ」の前身である医療情報サイト「Medエッジ」をオープン。だが、思ったようにユーザー数が伸びず、しばらくしてWELQに統合された。この経緯について、南場氏はこうも述べている。
 「非常に難しい学術論文を一般の患者さんの家族であるとか、健康に多少関心のある人に分かりやすく届けるということを目的にしたもので、医療関連のプロの者がやっておりました。ただ、専門的な情報を普通の素人に届ける時の解釈のサポートというのを事業として、ビジネスとして続けられる解を見つけることができなかった」
 つまり、南場氏が自ら手掛けた「Medエッジ」は、医療のプロが監修し、記事の作成に相応のカネもかけていたが、課金ユーザーが驚くほど増えず、閉鎖に追い込まれたというのである。そう、DeNAがメディア事業に求めたのは、他でもない「収益性」のみだったということになる。むろん営利企業である以上、綺麗事なのは百も承知だが、メディアは公益性や公共性が第一に求められる。彼らにはメディアの使命に挑戦する覚悟がどれほどあったのだろうか。
 約3時間に及んだ会見は、記者からの質問がなくなるまで続けられた。登壇した守安氏や南場氏ら3人は、どんな質問にもできる限り真摯に答えようとする姿勢が印象に残った。それだけに一番残念だったのは、キュレーション事業の統括責任者でDeNA執行役員の村田マリ氏が最後まで姿を見せなかったことである。
 守安氏は会見で「ここまで大きな問題になったので、会社のトップである私が説明するのが筋だろうと判断した」とかばったが、一連の不祥事について統括責任者が何も語らないのはいささか不誠実だったと言わざるを得ない。
 そんな彼女について、過去の言動をネットで調べたところ、下記のようなインタビュー記事の一節があった。
 「たぶん、今後残るキュレーション、バイラルメディアは2つか3つじゃないかな。皆が我々みたいにメディアに背骨を通さなきゃダメだなと学習して、ちゃんと作れば別ですけど。今のままなら、あらかた消滅すると思う。だって、魂を感じないですもん」
 キュレーションという手法が生み出す情報の価値は何も全否定されるものではない。ただ、村田氏が過去にこう語ったように「魂を感じない」メディアであれば、話は別である。彼女が自信満々に語った言葉は、今まさにブーメランとなって跳ね返って来ているのだから皮肉としか言いようがない。ただただ残念である。(iRONNA編集長、白岩賢太)
DeNAのWELQ問題、最大の原因とされている責任者「村田マリ」とは何者なのか?(Gigazine 2016.12.08)
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