核のごみ、小泉純一郎の放言はここがおかしい
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核のごみ、小泉純一郎の放言はここがおかしい

「原発は再稼働させれば核のごみが増える。最終処分場が見つからないなら、すぐゼロにした方がいい」。今や「脱原発」の急先鋒となった小泉純一郎元首相。原発は善か悪か。お得意の二元論で物議を醸し、反対派からは拍手喝さいを浴びるが、では小泉さんにお尋ねしたい。行き場を失った核のごみはどう処分すればいいのですか?

「原発は再稼働させれば核のごみが増える。最終処分場が見つからないなら、すぐゼロにした方がいい」。今や「脱原発」の急先鋒となった小泉純一郎元首相。原発は善か悪か。お得意の二元論で物議を醸し、反対派からは拍手喝さいを浴びるが、では小泉さんにお尋ねしたい。行き場を失った核のごみはどう処分すればいいのですか?

小泉さん、核のごみはどう処分すればいいのですか?

 今や「脱原発」の急先鋒(せんぽう)となった小泉純一郎元首相の主張はいたって単純明快である。「原発は再稼働させれば核のごみが増える。最終処分場が見つからないなら、すぐゼロにした方がいい」
 原発は善か悪か。お得意の二元論で問いかける小泉氏らしい手法だが、この極端な二者択一は人の思考を単純化する。むろん、わが国のエネルギー政策は二元論で語り尽くせるほど単純な話ではない。小泉氏の発言の裏には、残念ながら重要な部分も抜け落ちている。それは、既に存在する核のごみをどう処分するのかという問題である。
 核のごみとは、原発の使用済み核燃料からウランとプルトニウムを取り出す再処理を施した後に残る廃液の通称。日本ではガラスと混ぜて固化処理し、地下300メートル以深に埋設する方針が決まっている。現在、ガラス固化体は既に再処理された分も合わせると約2万5千本。当然ながら、原発が稼働し続ける限り、この量はどんどん増え続ける。
 しかも、人体に有害な放射線を出す核のごみが「無害化」されるまでにかかる時間はおよそ10万年。言うまでもなく、人類史上、これほどの歳月に耐えられる構造物が存在した例はない。地震大国の日本で、そんな危険なごみを安全に埋める場所がどこにあるというのか。小泉氏の懸念は、そこに集約される。(iRONNA編集長、白岩賢太)

信頼を得るために必要なもの

解決の糸口は北方領土にあり

「正しい処し方」を考えるために

どうしても核燃料サイクルをやりたい経産省

 どーしても核燃料サイクルをやりたい経産省は、次々と奇妙な資料を作る。「再処理したら新しい燃料が一割、二割」に続いて、今度は、再処理したら廃棄物の有害度が低減する! 使用済み核燃料を直接処分すると潜在的有害度が天然ウラン並みになるまで10万年かかるところ、再処理すれば8千年に短くなり、体積比でも四分の一に減容化できるという資料を、経産省がせっせと配る。
経済産業省総合庁舎(荻窪佳撮影)
 私がギャンギャンと、いい加減なことを言うなと自民党の会議で噛みつくものだから、最新の資料にはとうとう注釈が付いた。「再処理後のガラス固化体からは、ウラン、プルトニウムが除かれるため、放射能による有害度が低減される」。
 翻訳すると、「ミカンの皮をむくと、ミカンの実が取り除かれるので、ミカンをそのまま捨てるより、皮だけ捨てる方がゴミは小さい」。そりゃそうだが、ミカンの実はどうするんだ!?
 経産省を呼んで説明させると、また、例のプルトニウムと回収ウランで新しい燃料が...だから、できないって。回収ウランは貯蔵しておくだけだし、プルトニウムは高速増殖炉がないから使えない。コスト高のMOX燃料でお茶を濁すのが関の山。
 とりあえずウランとプルトニウムを使用済み核燃料から取り出して、使い道がないから溜めておく。いずれそれも捨てなきゃならなくなるが、とりあえず、それを取り除いた高レベル放射性廃棄物は、使用済み核燃料そのものよりも放射能による有害度は低く、体積も小さいって、それじゃ子供相手の詐欺だろう。
 つまり、ミカンと比べてミカンの皮だけを捨てるならば、そりゃそっちの方が小さいが、食べられないミカンの実はどうするんだ? つまり、ごみの収集日にきちんとごみを全部出す家庭よりも、これは資源だからといってごみをため込むごみ屋敷の方が、ゴミの収集に出すゴミの量が少ないからよいと経産省は言っているわけだ。
 分離されたプルトニウムは使用済み核燃料の中に入っているプルトニウムよりも扱いやすく、テロリストフレンドリーだし、核不拡散にも逆行する。いずれ捨てなければいけないミカンの実をとりあえず外して、ミカン全体よりもミカンの皮だけの方がゴミの量が小さくなるでしょという資料になんか意味があるのか。世耕さん、たぶん部下もごみ屋敷は嫌だと思ってますよ!(河野太郎ブログ「ごまめの歯ぎしり」2016.11.29

推進論者も役人もガラっと変わる

語られていないことがある

脱原発のリスクを語らない人たち

「小泉流」は国民的議論を遅らせる

 そもそも首相在任中は原発推進の立場だった小泉氏が、「脱原発」に180度方向転換するきっかけになったのは、北欧フィンランドで間もなく稼働する核のごみの最終処分場「オンカロ」の視察だった。
フィンランドの施設「オンカロ」の内部。
立て坑に使用済み核燃料の容器を入れて埋設する
=2013年1月(日本記者クラブ取材団・共同)
 実は筆者も昨秋、オンカロを取材で訪れたが、小泉氏のように原発の是非と核のごみの最終処分を混同して考えるつもりはない。むしろ、現地で取材したフィンランド人の多くが原発稼働の賛否にかかわらず、最終処分の受け入れを「現世代の責任」と考え、将来世代への先送りに否定的だったことに驚かされた。
 フィンランドでは、世界に先駆けて、原発から出た核のごみを原発敷地内の地下深くに埋設することが決まった。もちろん、国民の合意形成を得るまでには40年以上の歳月を要したが、それでも最後は国や電力事業者を信頼し、最終処分の受け入れを決断した。
 ただ、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故を同時に経験した今の日本人が核に対して悲観的になるのも無理はない。フィンランドと同じようなプロセスをたどって合意形成にこぎつけるのは、現状では困難と言わざるを得ない。だからといって、これから先も原発の「負の遺産」から目を背けてもいいのか。結論を急ぐ必要はないかもしれないが、わが国では核のごみの処分をめぐり、議論のテーブルにすらつけない状態が続いている。
 国の基本方針は、いったん核のごみを地中に埋めても、その後の政策変更や技術の進歩に応じて処分地や処分方法を見直せる「可逆性」も明記し、将来世代への選択肢も残した。後は処分地をどこにするか、その道筋を政治決断で示すほかない。
 むろん、原発や核への不安を払拭するのは容易ではない。原発にかかわる数々の事故やトラブル、それを隠蔽(いんぺい)しようとした政府や電力事業者への不信感もいまだ大きい。こうした不誠実な対応が国民感情を逆なでしてきた事実を真摯(しんし)に受け止め、誠実に向き合うことがすべての大前提である。
 ただ、私たちも国の安全保障やエネルギー政策といった国論を二分するテーマを感情論だけで語るべきではない。ポピュリズムでは決して解決できないこともある。悲しいかな、小泉氏のメッセージは国民の冷静な判断をにぶらせる材料にしかなっていない。この問題の解決にいま最も必要なのは国民的議論である。議論の本質から目をそらし、二項対立で煽(あお)る小泉流にはやはり違和感しかない。(iRONNA編集長、白岩賢太)
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