天皇譲位「一代限り」のジレンマ
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天皇譲位「一代限り」のジレンマ

天皇陛下の譲位をめぐる有識者会議が、論点整理の結果を公表した。「一代限り」の退位が望ましいのか、皇室典範改正を伴う恒久的な退位制度が望ましいのか。議論は分かれるが、いずれにせよ多くの国民が納得できる結論を導く必要がある。陛下が強く望まれる譲位実現の「論点」をiRONNAでも整理してみた。

天皇陛下の譲位をめぐる有識者会議が、論点整理の結果を公表した。「一代限り」の退位が望ましいのか、皇室典範改正を伴う恒久的な退位制度が望ましいのか。議論は分かれるが、いずれにせよ多くの国民が納得できる結論を導く必要がある。陛下が強く望まれる譲位実現の「論点」をiRONNAでも整理してみた。

竹田恒泰が論点整理を読む

院政、政争の心配なし

ロボットでも神でもない象徴

 天皇ロボット論なる憲法学説があったということを最近知った。まさか憲法の学者が天皇をロボットだなどと極め付けるような物言いなどするはずもない、と思っていたのだが、法律の議論をとことん突き詰めるとそういう物言いをするような偉い学者の先生方が現れるようだ。
天皇、皇后両陛下、皇族方が
出席されて行われた「歌会始の儀」
=1月13日、皇居・宮殿「松の間」
(代表撮影)
 あくまで天皇の果たす機能なり役割を考えると天皇に期待されているのはその程度の役割で、自分で自由に動き回ることが出来ない存在だ、ということを特別の意味を付与しないで端的に表現するとロボットだ、ということなのだろう。まあ、天皇機関説の変形みたいなものである。
 天皇は憲法が定める国事行為しか出来ない、天皇は存在するだけでいい、天皇が憲法に定める国事行為を遂行できない状況になったら摂政を置けばいい、その場合、天皇は何もしなくていい、それが天皇という存在だ、ぐらいの、実に血が通わない、冷徹な考えである。
 天皇が神ではないことは周りの人には分かり切ったことだったろうが、しかし戦前は天皇が神格化されており、天皇の人間宣言がないと多くの日本国民は天皇を神のように崇めたままだったろう。しかし、天皇が神でないことは天皇ご本人がよく知っていた。皇室の人たちも当然知っていた。時の政権に天皇を神のように扱う人たちがいたから、天皇は神のように振舞い、一般に神に期待される役割を演じてきたということだろう。
 天皇の譲位(生前退位)問題は、憲法の改正と同じ程度に重要な問題だろうと思っている。議論すればするほど深みに入っていくような難しい問題である。扱い方を間違えれば百家争鳴、いつまでも議論が収束せず、事態が収拾できなくなることは必至である。ここは、有識者会議の皆さんがバッサリと議論を収束させる時である。天皇ロボット論のような議論を展開される専門家の議論は、この際無視されることだ。
 天皇は、ロボットでも神でもない。天皇は日本の象徴であるが、しかし生身の人間だ、ということをよくよく考えて結論を出されることである。そういうことを一番考えておられるのが今上天皇だということが段々分かってきた。
 今上天皇のご希望やお考えを無視してしまうのも日本の制度としてはあり、と言わざるを得ないが、どうやら日本における象徴天皇の在り方を長年、深く考えてこられた第一人者は今上天皇なのだから、今上天皇のご意向を端から無視してしまうのはもったいないことだ。
 先日お亡くなりになった三笠宮も日本の象徴天皇制の在り方について深く思索されていたことが明らかになった。
 ブロゴスに掲載されている成城大学文芸学部マスコミュニケーション学科准教授の森 暢平氏の一文(文藝春秋に掲載された論稿を転載したもの)を読んで、ようやく象徴天皇制の下での天皇の譲位(生前退位)問題の解決の糸口が見えてきたような気がしている。
 改めて申し上げておく。天皇は、ロボットではない。勿論、神でもない。天皇には人権がない、などという議論はこの際、無視されることだ。天皇は、天皇という人間である。もっと自由な存在であっていい。(「早川忠孝一念発起・日々新たなり」2016.12.03

危惧が当たってしまった

日本人なら知っておくべき

「譲位」は国民の総意で

 天皇陛下の「お言葉」は、憲法に規定された象徴としての立場を踏まえつつ、人間天皇の心の内面を個人として率直に語られた。天皇の憲法上の地位について、第4条の「国政に関する権能を有しない」点を根拠に、現行の皇室制度に具体的に触れることを控えながら、個人的な感想を述べられたのである。他方、陛下は平成28年8月8日。に「戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には平成30年を迎えます」と、ある種の歴史区分に踏み込む発言をされている。そして、平成30年は「明治150年」に当たるのだ。それは日本史において近現代を未来につなぐ画期となる年になるかもしれない。
 陛下による個人的な歴史的区分の試みと、「明治150年」との時間的暗合に何を読み解くべきかは、国民各自の個性や考え方によって違いもあるだろう。いずれにせよ、天皇は国民統合の象徴であり、国民の総意としての象徴天皇という地位にあるが、この「総意」とは、総体としての国民の意思、一般的な国民の意思に他ならない。陛下の公務負担を軽減するには、天皇を象徴たらしめている国民の「総意」、総体としての国民の意思に沿った解決を模索しなくてはならない。有識者会議は、ひとまずあらゆる選択肢について虚心に、予断を交えずに検討することが不可欠なのである。
 そこで会議での専門家ヒアリングの重要論点は、ご高齢の陛下の公務負担を軽減するには、具体的にいかなる道筋や方策が考えられるか、ということになる。それは天皇の国事行為と公的行為をどう理解するのか、公的行為は軽減可能と考えるのかという点と不可分の問いになる。大きく言えば2つの論点に収斂するのではないか。
 第1に、現在の法的根拠に従ってご在位のままだとすれば、公務の一部を見直すのか、「国事行為の臨時代行」を設けるのか、摂政を置くのか。いずれの道筋を可とするのかということだ。第2は、現行法では不可能であるが、譲位を可能にする道を開くという点にある。これには、特別法の制定と皇室典範の改正による2つの道筋がある。前者なら現在の天皇一代限り、後者なら恒久法になるので今後全ての天皇制度に適用されることになるだろう。第2の問題は最大の難点といってよい。産経・FNNの調査でも「譲位」を今の陛下に限るとした人は24・5%であり、今後全ての天皇にも可能だと答えた人は69・6%になっている。スピード感に重点をおけば前者、慎重さを強調するなら後者に近づく。国民に満遍なく理解が得られ国会でも円満に合意が形成される政府への提言はなかなかに難しい。
 法の裏付けでもいろいろな知恵を必要とする。たとえば最近、横畠裕介法制局長官は皇位の継承について、皇室典範で定めると規定されていると、改めて確認しながらも、ある法律の特例や特則を別の法律で規定することは、法制上、可能だという解釈を示している(平成28年9月30日の衆院予算委員会)。一般に、憲法第2条に規定する皇室典範とは、特定の制定法である皇室典範のみならず、皇室典範の特例や特則を定める別法もそこに含まれるというのだ。これは政府による法解釈の例であるが、有識者会議は、この種のスピード感と慎重さの平衡の上で、多彩な専門家の意見がヒアリングで出てくることを期待している。(産経ニュース『正論』東京大学名誉教授、山内昌之 2016.10.21

皇位の安定性は揺らぐのか

天皇譲位「一代限り」のジレンマ

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