こんなにもいた世界の独裁者大図鑑

1940年に公開された米映画『独裁者』は、主演を務めたチャールズ・チャップリンの代表作の一つである。あれから70年余り。いま、世界は再び「独裁者」の幻影を思い起こし、すがりつつある。人はなぜ独裁者に熱狂し、求めるのか。極右化する世界の今を考えたい。

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人はなぜ独裁者に熱狂するのか

 人はなぜ独裁者に熱狂し、独裁者を求めるのか。2015年2月27日、ロシア大統領府クレムリン近郊で、プーチン政権批判の急先鋒で知られた野党指導者、ボリス・ネムツォフ氏が4発の凶弾に倒れた。自身が主催する「反プーチン」大規模デモの2日前のことだった。ネムツォフ氏射殺の一報は瞬く間に世界を駆け巡り、各国から非難の声が上がった。
 捜査当局は、ロシア南部チェチェン共和国のカディロフ首長の私兵組織幹部ら5人を実行犯として逮捕、起訴した。だが、殺害を指示したとされる「黒幕」の存在はいまだ分かっておらず、野党支持者の間ではカディロフ首長や、同氏を支えるプーチン政権の関与を疑う声が今も渦巻く。ただ、プーチン氏を批判した人物の不可解な死は今に始まったことではない。
 2004年の大統領選中に何者かに猛毒のダイオキシンを盛られ、今も後遺症に苦しむウクライナ前大統領、ヴィクトル・ユシチェンコ氏の事件も忘れらない。他にも、毒殺されたFSB職員、アレクサンドル・リトビネンコ氏や射殺された下院議員、セルゲイ・ユシェンコフ氏など、プーチン政権の利害に絡んだ事件に巻き込まれた人物の名前を挙げればきりがない。世界を震撼させる事件がこれだけ相次いでも、当のロシア国民は動揺するどころか、依然プーチン氏を高く支持しているのだから不思議である。
 他国に目を転じてみると、強権的なリーダシップを発揮して国民から高い支持を得ている指導者の姿が目立つ。昨年、トランプ米大統領に次いでメディアを賑わせた指導者といえば、フィリピンのドゥテルテ大統領であろう。現地メディアなどによれば、既に麻薬関係者4千人を殺害したとも伝えられており、公約とはいえ、極端すぎる麻薬撲滅政策を国際社会が必ずしも賛同しているわけではない。にもかかわらず、ドゥテルテ氏を支持する国内世論は圧倒的である。そう、プーチン氏やドゥテルテ氏ら独裁的なリーダーに共通するのは、別の角度から見れば「英雄」としてもてはやされる一面を持っているのである。
 善と悪という単純化された二元論の世界では、たった一人の人間が「英雄」と「独裁者」の二つの顔を持ち、人々から崇められたり罵倒されたりする。麻薬撲滅を掲げるドゥテルテ氏の姿は、それを絶対悪と見なす人々からは英雄視され、反面迫害される側から見れば独裁者そのものである(なお、ポピュリストと独裁者の混同には注意が必要である)。
 では、世界はなぜ独裁者を求めるのか。それは第一に時代性が影響しているように思われる。たとえば、ヒトラーを生んだドイツの場合、第一次世界大戦で決定的な敗北を喫し、ヴェルサイユ条約で多額の賠償金を課せられ、経済的に再起不能な状態に陥った。人々は絶望の淵に追い詰められ、自国を苦境に陥れている国際体制に対して不満を抱き、経済的な喪失感から解放されようと強力なリーダーを求めた。
 さらに欧州で最もファシズム運動が盛んであった1930年代は、世界恐慌の煽りで失業者が各国で急増した。資本主義への憎悪と移民から職を奪われているという疑懼の念とが人々の間に満ちあふれ、その行き着く先に反ユダヤ主義が社会に根を下ろし、あの悲劇は起こった。
 かの有名な心理学者、エーリッヒ・フロムは、ナチス政権下のドイツから逃れアメリカで帰化したユダヤ人であった。亡命後、フロムはドイツ国民がナチスに熱狂した光景を目の当たりにした経験から、ナチズムに傾倒していったドイツ人の心理を冷静に考察し、名著『自由からの逃走』を書き遺している。フロムによれば、資本主義の発展は人間を伝統的な束縛から解放し人間を自由にしたのだが、その代償としてそれまで個人に安定感をあたえていた絆が断ち切られた。すると、人間は耐えがたい無力感と孤独感に襲われ、この状態に打ち勝つ方法を探り、ある一つの道にたどり着いた。それが「自由」からの逃走である。自らの力で考え、行動するという苦痛な世界よりも、すべてが与えられる世界で生きる方が彼らにとって遥かに楽だったのである。
 人が独裁者を求めたり、思想を先鋭化させることは、決してその時代の政治や経済状況のみによって説明がつくわけではない。個人の政治体験や人格形成の過程などさまざまな角度から切り込んでいく必要があるだろう。時代性と人間性という二つの要素がまるで自転車の両輪のように組み合わさったとき、人間は理性を失い、狂気性をも帯びた強烈な「何か」に向かって突き進むのかもしれない。過去の悪夢が再び目の前に現れることに漠然とでも不安を抱くのであれば、自己のうちに潜む無力感や孤独感と向き合い、耐えて自ら思考する強さを磨いていかねばならない。(山本みずき)

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リベラリズムに疲れた米国人

 オバマ大統領が8年間で作り上げたリベラリズム。そこでは人の自由が保障され、制約されていた人を解放する大きな流れを作り出しました。「アラブの春」はオバマ大統領が作り上げた自由解放運動における重要な一歩だったと思っています。2010年から12年ごろに多くの北アフリカ諸国での政権打倒運動は搾取されたと感じた国民がSNSを使い、自分たちは解放されるべきだと考えたのであります。
 しかし、それは大きな代償を伴うことになったのです。政権打倒ができたチュニジアやエジプトはその後、どうなったのでしょうか?うまくいっていません。それは新たなる政権のピクチャーが描けないまま、多くの人が自分の思い描く新しい社会を目指し、意見が合わず、統一化できなくなったのです。その中でも最大の問題はシリアでありました。2011年3月に起きたシリア騒乱は反政府派との武力衝突を招き、挙句の果てにイスラム過激派によるイスラム国との戦いを余儀なくさせられる複雑な構図を作ってしまいました。つまり、言いたい放題、やりたい放題にすると収拾がつかなくなるという典型なのであります。
 藤原正彦氏の「国家の品格」の中にこんなフレーズがあります。精神分析学者、フロム氏の「自由からの逃走」をまず引き合いにします。「自由とは面倒なものである。終始あれこれ自分で考え、多くの選択肢の中から一つを選ぶという作業をしなければならないからである。これが嵩ずると次第に誰かに物事を決めてもらいたくなる。これが独裁者につながる。」としたうえで藤原氏は「ヒットラーは独走したというより、国民をうまく扇動して、その圧倒的支持のもとに行動したのです。民主主義、すなわち主権在民を見事に手玉に取った稀有の手品師でした。」とあります。
 考え、行動することはなかなか骨が折れることです。しかし、今まで抑圧されていたならば初めはその反動もあり、大いに行動を起こすでしょう。しかし、大概の場合、脱落者が生まれます。そして、再び不満が出てくるのです。
 アメリカの大統領選を通じて国が分断したのではないかとされています。トランプ氏の就任式もオバマ氏の200万人に対してその半分以下の予想だけでなく、多くのデモが当日、予定されています。これは高度な民主化が作り上げた一つの副作用かもしれません。私はトランプ次期大統領が一定の支持を得る可能性はあると思っています。理由は8年間のリベラリズムの時代に疲れた人々があのトランプ政権がうまくいくことで「やっぱりついていこうかな」と気持ちが変わる人が必ず出てくるからです。ヒットラーの時もそう、東条英機の時もそう、ルーズベルトの時もそう、プーチンだってそうです。日本でも民主党政権の反動は大きく、今の安倍政権は「俺についてこい」型です。そして今でも高い支持率を維持しているのは「導いてくれる」と信じているからでありましょう。
 学者や一部の扇動運動をされている人には自由=純白のキャンバスを手に入れる権利を基準に考えるかもしれません。しかし、人間、生まれながらにして法律やルール、社会道徳に縛られ続けています。もしも子供が「小学校に行かなくてもいい自由があるから登校しない」といったらどうでしょうか?誰もそんな論理、相手にしないでしょう。節度をもった制限ある自由、そして一定の指針がそこにあることが多くの民にとってもっとも心地よい社会ではないでしょうか?オバマさんからトランプさんへのバトンタッチはこの流れの変化だと私は思っています。(岡本裕明「外から見る日本、見られる日本人」2017.01.18

市民は彼らを選んだのか

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