「天下り」は言うほど悪くない
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「天下り」は言うほど悪くない

文部科学省による組織的な再就職あっせん問題を契機に、「天下り」が久しぶりに世間の耳目を集めた。官民癒着の温床となる天下りはもちろん論外だが、メディアの報じ方はどれも批判一色である。キャリア官僚を高度人材として受け入れるのは、日本だけではないはずだが、なぜこうも叩かれるのか。

文部科学省による組織的な再就職あっせん問題を契機に、「天下り」が久しぶりに世間の耳目を集めた。官民癒着の温床となる天下りはもちろん論外だが、メディアの報じ方はどれも批判一色である。キャリア官僚を高度人材として受け入れるのは、日本だけではないはずだが、なぜこうも叩かれるのか。

厳罰化では解決できない

民主党政権の天下り根絶は看板倒れ

大学に蔓延「文科省OB依存症」

 文部科学省からの大学への天下り問題は、大学が文科省OB依存症に陥っていたと教えられた。この症状は、大学に身を置くため、よく理解できる。コンプライアンスの問題があって、容易に転職しがたい文科省OBたちだが、大学側からの要請も強烈だった。
 文科省からの補助金獲得。新設学部・学科などの増設や改組手続き。文科行政の情報入手。専門知識を持つ教員の補完。これらが常在戦場化した大学にとって、死活問題であるゆえ、文科省との太いパイプを求める。
 文科省は、どの省庁よりも再就職先が少ない。相思相愛の仲になるのは自然の成り行きで、批判できぬ一面も多々あることも知っておく必要もあろう。
 例えば、「教育行政学」「教育管理学」「文化行政学」「体育・スポーツ行政学」など、文科省出身の教授でなければ、つまらない講義となろう。旧科学技術庁系の職員が持つ専門知識も捨てがたい。リアリティーがあり、学生を刺激するにちがいない。
 大学の教員採用は、おおむね公募である。応募者の書類を資格審査委員会がチェックする。業績と学歴(学位)がうるさい。論文、著書、学会発表、その他と続くが、「その他」に記入された文科省の役職や実績はビッグポイントとして加算される。
 数人の候補者の書類は、人事委員会に送られ、面接および模擬講義の試験が実施される。より専門的で深い知識を披露できる文科省OBのすごさが際立つ。そこで合格すれば、教授会に諮られる。最後は理事会だ。教授会の意向が参酌されるため、理事会はよほどのことがない限り「OK」を出す。ここでは、文科省OBだから教員として迎える、と決定しているわけではない。また、外部の圧力が影響を与えることもない。
 准教授、教授の職位は、キャリアや年齢によって決められる。職位と年齢で給料が決まるが、文科省OBだからといって厚遇されることはない。
 採用は、官僚の転職ルールに従っていれば、職業選択の自由の観点から認められるだろうが、問題は省庁からの押しつけ、斡旋(あっせん)だ。早大に採用された元高等教育局長の場合、文科省退職後、わずか2カ月で教授に就任していた。しかも研究所の教授で授業を担当しない。大型の補助金のつく「スーパーグローバル大学創成支援事業」の選考時期での転職だっただけに注目された。
 日体大にも、数人の文科省OBが在籍する。厳密にいえば、文部科学副大臣を務めた私もOBらしい。が、斡旋や紹介で採用した覚えはないし、採用にタッチしていない。所定の手続きを踏み、正規の採用であるが、疑問をもたれた場合、グレーと判断されるかもしれない。
 大学の設立、学部や学科の設置を請け負う専門会社が幾つもある。多くの私立大は、これらの会社に依頼して改組に走る。費用はかかるが、大学職員の能力ではおぼつかなく、その面の人材を有する大学は珍しい。相当な経験と知識が必要で、文科省との交渉能力も問われる。
 日体大には、幸い経験豊かな幹部がいるので助かっているが、普通は専門会社に依頼する。そこで、実力者たる文科省OBを身内にしようと、天下りを要請する大学が出現する。費用対効果を考えた上での策だ。
 官学癒着が大問題となり、大学の自主独立路線が脅かされる事態を招いた背景には、大学の生き残り戦略がある。少子化でブランド力を強化したい大学の焦りだ。経営が厳しく新事業に支出する余裕がなく、補助金を得る安直な発想として天下りを懇願する大学の姿勢も見え隠れする。
 ただ、学問として専門を講ずる人材は得がたく、ルール通りの採用は認められて当然だろう。
 コンプライアンスを厳守せず、教職員の押し売りを文科省自身がしていたとしたなら、猛省すべきである。(日体大理事長・松浪健四郎、フジサンケイビジネスアイ「高論卓説」 2017.02.24

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フランスよりは信頼できる

天下り官僚はビジネスに不向き

 文部科学省の大規模で組織ぐるみの天下りが問題になっている。同省幹部もこの事情を知り、また口裏合わせに協力していた大学まであるなど、底無しの様相だ。もっとも、今のところ最大の驚きは、違法行為に関わり、さらに口裏合わせに協力までしていた早稲田大学の鎌田薫総長が、まだ辞任表明していないことだ。一体、どういう責任感覚なのか。文科省の天下りは、天下りを受け入れる側に明らかなメリットがあり、構造が分かりやすい。
 一方、天下りをアレンジすることは、官庁側にあっても、将来も含めて生活の面倒を見ることがメンバーが組織に尽くす求心力になっているので、「悪いことだけれども、組織にとっては合理的」であることが分かる。どちらを需要側と呼ぶか迷うが、需要側・供給側の双方に経済合理的な理由があるので、この種の天下りを根絶することは容易ではなさそうだ。
2月21日、文部科学省の天下りあっせん
問題について、中間報告となる記者会見を
行う松野文科相(荻窪佳撮影)
 さて、ビジネスパーソンの読者として興味があるのは、天下りの官僚さんが、どのくらい仕事ができるのかであろう。網羅的に調べたわけではないので、印象論になることをご勘弁いただきたいが、多くの天下り官僚は、「教師としてはまあまあ優秀」だが「ビジネスマンには向いていない」という感触を持っている。官僚の多くは、東京大学をはじめとする試験偏差値の高い大学の卒業生であり、公務員試験に合格している。自分自身が勉強の方法を知っており、勉強の結果を成功体験として持っているので、学生に勉強を教えることにはまずまず向いている。
 また、若手時代に海外の大学院に派遣された経験を持つ官僚も多く、これから研究業績を期待する「学者」ではなく、「教師」としてなら、能力・知識・経験は足りている人が少なくない。学生の評判も悪くない場合が多い。もっとも、筆者が知っているのは、いずれも率直に言って、文科省に行くよりも高い学業成績が要求される官庁の出身者だ。形式的に違法でないとしても、大学は文科省の出身者を採るのを止めておく方がよさそうにも思える。
 悩ましいのは、大企業の幹部として天下る官僚さんと働く人たちだろう。直接天下った形にならないように、人事的にワンクッション置いてからやって来る場合が多いが、「幹部で当然だ」という顔をして入社してくるので、他の社員の士気が下がることは避けがたい。また、人間関係の結び方など、ビジネスの世界の流儀になじんでいないので、政府方面とのパイプ役以外でビジネスの役に立つケースは少ない。近年は、社外取締役(一人で複数社の場合もある)で天下りを受け入れるケースもあるが、急にビジネスが分かるようにはならないので、足手まといの場合があると聞く。(「経済快説」経済評論家・山崎元 ZAKZAK 2017.02.16

衰退の元凶はほかにある

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