「共謀罪」があってもテロは防げない?
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「共謀罪」があってもテロは防げない?

共謀罪の構成要件を厳格化した「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法が成立した。与党が委員会採決を省略する異例の中間報告に踏み切ったことに、野党は「究極の強行採決」と非難したが、そもそも共謀罪はテロ対策になり得るのか。海外の先行事例も踏まえ、この問いについて考えたい。

共謀罪の構成要件を厳格化した「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法が成立した。与党が委員会採決を省略する異例の中間報告に踏み切ったことに、野党は「究極の強行採決」と非難したが、そもそも共謀罪はテロ対策になり得るのか。海外の先行事例も踏まえ、この問いについて考えたい。

諜報活動もトップレベル

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「共謀罪」は何が問題なのか?

 5月18日、ジョセフ・ケナタッチ氏がいわゆる「共謀罪法案」について、プライバシーや表現の自由を制約する強い恐れがある、という書簡を安倍首相宛に送った。ケナタッチ氏は、国連のプライバシー権に関する特別報告者である。それに対して日本側は、22日、約1ページの反論文を送っている。だが、それに対してケナタッチ氏は、「私の懸念にはまったく答えてない」と怒っているという。そして、その後、日本側はケナタッチ氏を無視している。
 しかしながら、そもそも政府は、国連の国際組織犯罪防止条約に加わるために、「共謀罪」が必要だとしてきた。国連の事務総長は、特別報告者と国連の総意は別であると発言しているという。去年の秋、国連の非常任理事国に日本が立候補した際、「特別報告者との有意義かつ建設的な対話の実現のため、今後もしっかりと協力していく」という誓約書を書いている。国連特別報告者であるケナタッチ氏の懸案を無視していい、というのはまったくの間違いであろう。
治安維持法違反容疑で逮捕されるなどした杉浦正男さん(左端)。記者会見で「共謀罪」法案の廃案を訴えた=5月22日、国会内
 5月26日の「朝まで生テレビ!」では、「共謀罪」について激論を交わした。「共謀罪」でテロが防げるのか、僕は疑問に思っている。昨年はパリでテロが起きた。先日はイギリスのマンチェスターでテロが起きた。そのフランスやイギリスには、すでに「共謀罪」と同等の内容の法律もある。盗聴などもできるはずだったのに、だ。それでもテロは防げていないのである。
 この日、番組に出演してくれた民進党の国会議員、長妻昭さんは、共謀罪に含まれる罪として、著作権法の侵害や、偽りにより消費税を免れる行為、国内希少動物の捕獲など、テロと無関係のものが多い、と指摘した。さらに長妻さんは、「どんな法律にもメリット、デメリットがある。それなのに共謀罪について質問すると、自民党は『大丈夫、デメリットはない』と、話をシャットアウトしてしまう」と語った。
 こんな証言を聞くと、「あの戦争」を知るものとして、やはり僕は治安維持法を想起せざるを得ない。一方で、「治安維持法ができた昭和初期と現代では、民主主義の成熟度が違う。心配のしすぎだ」という声も聞く。しかし、昭和初期の日本というのは、大正デモクラシーを経て、きわめて自由な時代だったのだ。それが治安維持法ができたことで、不自由な時代へと変わっていった。そして、ついには、あの戦争へと突入してしまったのだ。
 現在、政府は共謀罪については、「一般国民には関係ない、大丈夫」と言う。だが、治安維持法が成立した際、時の政府は、「無辜(むこ)の民にまで及ぼすというごときことのないように十分研究考慮を致しました」と答弁したのだ。ところが戦争が始まると、少しでも戦争や政府への批判を口にすると拘束され、ひどい場合は拷問の末、殺されるようになる。
 「朝生」での、こうした激論のさなか、僕はむしょうに腹が立ってきた。肝心の国会で、なぜこうした議論ができないのだろうか。衆議院の法務委員会で30時間超、議論したという。けれど、民進党は金田勝年法務大臣を叩いてばかりで、論議ができていない。むしろ、安倍首相は戦略として、「無能」な金田さんを法務大臣に起用したのか、と考えてしまうほどだ。
 長妻さんの言うように、法律には必ず「メリット、デメリット」がある。自民党は、もっときちんと「デメリット」の部分も説明すべきだ。僕は共謀罪について、むやみに反対しているわけではない。ただ「歯止め」がほしいのだ。治安維持法は「歯止め」がないばかりに暴走し、多くの「無辜の民」を苦しめた。その教訓を忘れてはならない。(「田原総一朗公式サイト」2017.06.05

続発の兆候が見える欧州

「共謀罪」採決で見えた違和感

 共謀罪が、可決成立した。ここまでの経緯については、多くの人が指摘しているように随分と乱暴で、齟齬があったし、また、立法論としても欠陥だらけの法律で、果たして日本がどのような方向に行くのか、私も強く懸念している。
 さて、今日考えてみたいのはこの経緯に見られる日本人の「従順さ」である。今の日本で、格差の是正や、イノベーションをうながす規制緩和、教育の抜本的見直しといった重要課題に比べて、共謀罪に政治的なリソースを割く意味は、私には全くわからない。
大勢の報道陣が見守る中で行われた「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法案の参院本会議採決=6月15日午前7時17分
 ただ、人間の認識、思考は多様だから、共謀罪の成立に政治的リソースを割くことに価値がある、と考える人がいる、ということはあるだろう。問題なのは、その周辺の人たちの「従順さ」である。共謀罪を新たに設けることに意味がある、と考える人たち自身には、今回の法案のような精緻な条文をつくりあげる能力があるとは思えない(というか、おそらくない)。つまり、実際の条文を書く人たちは、官僚などのテクノクラートであろう。
 彼らは、大学で法学教育を受けてきたわけだから、今回の共謀罪が、日本の刑法体系を根本から変えるものだということを当然知っている。法案として出来が悪い、ということくらいわかっている。それでも、「上から」指示されたら淡々と法案を書く。この従順さは、世界どこでも、組織の中で生きる人間の共通の性質と見ることもできるだろうが、日本の場合、その従順さに磨きがかかっている。
 一方、以前から指摘している、議員一人ひとりの資質の問題である。議員の中には、法学教育を受けた人たちもいるだろうし、弁護士もいるだろう。また、法秩序と市民の自由について見識を持った人たちもいるだろう。その彼らが、所属政党の今の執行部が方針を決めたからと言って、その方針通りに投票するという「従順さ」を示すことに私は以前から違和感を表明し、代議制の本質に反すると指摘してきた。与党からも法案に反対する人が出るし、場合によっては野党からも法案に賛成する人が出るのが普通だと思う。特に、今回の共謀罪のように、刑法の体系を根本から書き換える法案については。
 実際の条文を書くテクノクラートたちも、議員たちも、皆「従順」に動いている。テクノクラートたちはそのようにして職責を果たしているのだろうし、議員たちはそのようにして自分たちの地位を確保しているのだろう。このような「従順さ」の文化は、破壊的イノベーションに必要なdisobedience(不服従)の文化と大いに異なる。そして、私は、この「従順さ」こそが、日本の陥った最大の罠だと考えている。
 なぜならば、従順さは部分最適をもたらしても、全体最適に向かう摂動を消してしまい、社会の発展を妨げるからである。この従順さは、結局、日本の教育に起因するものだけに、その是正には長い時間がかかる。一つはっきりしていることは、この従順さと、イノベーションを起こせない、それを社会に定着できない現状は、表裏一体ということだ。現政権が経済成長の「第三の矢」を結局打ち出せないでいるのも当然だ。従順さと、経済成長に必要な自由競争やイノベーションとは、真逆である。後者を特徴づけるのは「不服従」だからだ。
 与党と野党が常に拮抗して政権交代の現実的可能性がある国に共通しているのは、「不服従」の文化があることである。それがない日本が、また、政権交代の現実的可能性のない疑似民主主義に後退していくこと(そしてそのような現状を肯定する「民意」があるということ)は、仕方がない動きなのだろう。(茂木健一郎「脳科学者のひとりごと 日々書生」 2017.06.15

決して対岸の火事ではない

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