橋下徹よ、責任を取れ
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橋下徹よ、責任を取れ

「橋下さんについて語るのは、この原稿で最後にします」。前衆院議員、上西小百合氏がiRONNAに独占手記を寄せた。政治家を志すきっかけをつくってくれた前大阪市長、橋下徹氏への感謝と訣別宣言。政界引退を決めた彼女がどうしても橋下氏に伝えたかったラストメッセージとは。

「橋下さんについて語るのは、この原稿で最後にします」。前衆院議員、上西小百合氏がiRONNAに独占手記を寄せた。政治家を志すきっかけをつくってくれた前大阪市長、橋下徹氏への感謝と訣別宣言。政界引退を決めた彼女がどうしても橋下氏に伝えたかったラストメッセージとは。

私こそ本当の「橋下ベイビー」

維新の手口は見破られている

「希望」の元祖は維新

円熟した政治家になってきた

「孫子の兵法」の皮肉

孫子の兵法書(Wikimedia)
 古代中国の軍略家、孫武の兵法書「孫子」に、次のような一節がある。
 《善く戦う者は、之を勢に求め、人に責めず。勢に任ずる者の、其の人を戦わしむるや、木石を転ずるが如し。故に善く人を戦わしむるの勢、円石を千仭の山に転ずるが如き者は、勢なり》
 これを現代語訳すれば、戦上手とは戦争の趨勢に勢いを求めることをよく知り、決して個人の力だけに頼ろうとしない。その用兵たるや、まるで木や石が転がるようである。だからこそ、戦上手がひとたび軍を率いれば、その勢いは丸い石を山から転がすように変わる。これが勢いというものである。
 孫子の兵法と言えば、「戦わずして勝つ」「兵は詭道なり」などの格言で知られ、現代人にもおなじみの兵法指南書だが、今回の総選挙で時の人となった小池百合子東京都知事も愛読しているらしい。
 その小池氏が率いる新党「希望の党」も、結党当初は世間の耳目を集めて勢いに乗ったが、民進党の分裂騒動を経て、自身の衆院選出馬を固辞した辺りから一気にトーンダウンした。一連の流れを見ていると、いかにも孫子を愛読する小池氏らしい手法が随所に垣間見えたが、その孫子が戦争を遂行する上で最も重要と説く「勢い」を自らの手で止めてしまったのだから皮肉としか言いようがない。
 自民党やその他政党の勢いが弱まる中で、小池氏が出馬していれば、大きな波に乗れるチャンスは確実にあった。土壇場で尻込みした小池氏にしてみれば、孫子の言う「利するにあらざれば動かず」を実践したのかもしれないが、この決断が新党の勢いに水を差したことは間違いない。(iRONNA編集長、白岩賢太)

どっちが国会議員?

【ユーザー投稿】選挙の争点、私はこう読む

「退路を断つ」のはいつ?

連合の神津里季生会長と会談後、取材に応じる希望の党代表の小池百合子都知事と民進党の前原誠司代表=10月6日午前、東京都千代田区(飯田英男撮影)
 それはさておき、小池劇場の迷走ぶりを端から見ていると、維新の党を立ち上げた元大阪市長、橋下徹氏のことを思い出さずにはいられない。小池氏の手法も、かつての「橋下流」をかなり意識しているはずだが、二人とも自身の「国政待望論」には最後まで首を縦に振らなかった。
 今の維新に国政政党としての存在感のなさを感じるのは、何も筆者だけではないと思うが、この維新の失速も本をただせば、橋下氏が最後まで国政に転身せず、「二足のわらじ」を履き続けたことに起因するのは言を俟たないだろう。
 孫子の兵法には「死地」という考え方がある。文字通り、死中に活路を求めて戦い抜く意味だが、言い換えれば退路を断つ、つまり背水の陣で臨むという意味である。小池氏は東京都知事選に出馬した際、「退路を断つのが私の生き様」と堂々と語り、組織の支援が少ない中で圧勝した。橋下氏も在任中は何度もこの言葉を繰り返し、政治家として大阪府民の圧倒的な支持を得た。いかにも壮士風を好む日本人に受けそうな言葉だが、希代のポピュリストがこの言葉を使えば、それは熱狂を生む原動力になる。
 では、今回の総選挙はどうだったか。小池氏にしても橋下氏にしても、要するに退路を断つ「覚悟」はなかったのである。天下分け目の大合戦を前にして大将が覚悟を示さなければ、配下の士気は当然下がり勝機も失う。選挙の結果はまだ分からないが、希望・維新への支持がどこまで広がるのか、今は甚だ疑問である。ただ、二人にとっては今が勝負時ではなく、機をうかがっているという見方もできる。そう考えると、小池氏らの戦略にまんまとはまった民進党の前原誠司代表だけが哀れに思えてならない。(iRONNA編集長、白岩賢太)
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