記者はなぜ働きすぎるのか
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記者はなぜ働きすぎるのか

記者の現場にも「働き方改革」が押し寄せている。NHK女性記者の過労死は痛ましいが、世の中で起きる事象やネタは待ってくれない。そもそも相手があってこその取材記者。ライバル社を出し抜こうと思えば時間など気にしていられないのも事実である。はたして記者の働き方に正解はあるのか。

記者の現場にも「働き方改革」が押し寄せている。NHK女性記者の過労死は痛ましいが、世の中で起きる事象やネタは待ってくれない。そもそも相手があってこその取材記者。ライバル社を出し抜こうと思えば時間など気にしていられないのも事実である。はたして記者の働き方に正解はあるのか。

記者の「働き方」に正解はあるか

 かくいう筆者も社会部出身だが、最近は記者稼業が随分やりづらくなったと、つくづく思う。「働き方改革」などという錦の御旗の下、仕事の量を極力セーブするようお達しが回り、やれ働きすぎだの、働かせすぎだの、上の管理職からは現場の事情などお構いなしに、むしろ「ただの保身ではないのか?」と疑いたくなるような綺麗事が飛び交う。
座間事件で容疑者を乗せた車両を取材する報道陣=2017年11月、警視庁高尾署
 正直、あなたたちに言われなくても、誰だって好き好んで働きたくなんかない。それでも、記者は誰よりも早くスクープを世に出したいし、ましてや他社に出し抜かれることだけは絶対にしたくない。記事を書くときだって、細部まで表現にこだわり、限られた行数の中にファクトをできるだけ盛り込むよう四苦八苦する。原稿を書き終えたときには、それこそもう明け方だったということは日常茶飯事である。それでも、自分の書いた記事が新聞に載ったとき、これまでの苦労が吹き飛ぶような高揚感に包まれる。この瞬間がたまらない。筆者にとっては、この刺激があるから記者という仕事が何よりも好きなんだと思う。
 「記者の使命感」などという言葉を使う人もいるが、そんな高尚な思いで記者をやっている人に、恥ずかしながら筆者は出会ったことがない。少なくとも筆者が知っている限り、記者の多くは自己満足に酔いしれ、ひたすら自分の書いた記事を誇りに思っている。言葉は悪いが、この独り善がりな記者の情熱こそが結果的にジャーナリズムの追求という、私たちの仕事の本分につながっていることだけは確かである。
 にもかかわらず、「長時間労働=悪」という今の風潮は、職業記者にとって、いやジャーナリズムにとって確実に足かせになっている気がしてならない。もちろん、本人の意に沿わない長時間労働の押し付けは論外だが、やりがいを持って取材に専念する記者の業務量を半ば強制的に抑制する必要が本当にあるのか。そもそも記者の「働き方」に正解なんてあるのか。いや、正解を求めることに何の意味があるのか。
 昨年、NHK記者の佐戸未和さんが31歳の若さで過労死したという事実が発覚し、記者の働き方に注目が集まった。むろん過労死するまで働くことは絶対にあってはならない。とはいえ、感情論だけが先走り、ジャーナリズムの一端を担う記者の働き方のすべてを否定するのは危険と言わざるを得ない。
 本日のテーマは、記者の働き方はどうあるべきなのか、これを題材にした。いずれも報道現場に携わった元NHKアナウンサーの堀潤さん、元NHK社会部記者の小俣一平さん、週刊誌記者の経験を持つ作家、向谷匡史さんの御三方にそれぞれ寄稿をいただいたが、読者の皆さんにはぜひご一読いただき、この議論の是非について少しでも考えるきっかけになれば幸いである。(iRONNA編集長、白岩賢太)

元NHKアナ、堀潤の回想録

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