すべてはそこにあるのだ。W杯ロシア大会が開幕する5日前の6月9日には、旧ユーゴに属したコソボサッカー協会のヴォークリ会長が急逝したとニュースが飛び込んできた。彼もまたオシムの教え子であった。ユーゴ内で被差別の対象とされていたアルバニア人でありながら、「その選手がすぐれていたら、私はコソボのアルバニアで11人を選ぶ」というオシムの抜擢によってユーゴ代表で活躍し、才能を開花させた男である。

 コソボも紛争を経てナショナリズムの台頭は激しいが、それでもオシムを慕うサッカー関係者がほとんどなのは、この振る舞いからである。属性から言えば、敵性にあたるボスニアのセルビア人であるサボ・ミロシェビッチ(現セルビアサッカー協会副会長)にも4月に会ったが、彼もパルチザン・ベオグラード時代に薫陶を受けたオシムへの感謝を何度も口にした(そのインタビューを文庫本に収録した)。

 戦争で殺し合いをさせられた旧ユーゴのすべての民族の選手から今でもオシムがリスペクトを集めるのは、偏見や先入観で一切の排除をせず明確に態度で示し続けたことが大きい。そして1991年にユーゴ紛争が始まって現在に至るまで27年間一切ぶれていない長年の信頼の力である。

 W杯初戦で日本代表はコロンビアに勝利した。とたんに西野監督を名将扱いし始めたマスコミにも驚く。コロンビア戦での勝因はハリルホジッチが提起していたデュエル(1対1)の数値が向上していることをあげて、ハリルの遺産でもあることをエビデンスから検証したメディアもある一方で、かような分析もせず、結果オーライでほんの2か月前のことをもはや記憶の彼方に葬ってしまったかのような報道には違和感を禁じえない。

 なぜ、日本サッカー協会はハリルホジッチを突然解任したのか。信頼を失っていたと言うならば、なぜそれを回復させるような仲介の努力をしなかったのか。田嶋会長が言った「我々はもう前を向いている」は検証と自省の放棄、「これからはオールジャパンで」という言葉は責任を外国人であることに押しつける仕打ち。デットマール・クラマーからオシムに至るまで日本サッカーのために貢献してくれた外国人指導者に対する侮辱であろう。例えこのままグループリーグを突破したとしても、またしてもこの監督交代劇の説明責任がうやむやにされるのは堪らない。

2018年4月、解任後初めて来日し、
会見に臨むサッカー日本代表の
ハリルホジッチ前監督(中井誠撮影)
 結果による瞬間風速的な求心力は結果が出なくなると衰退する。それよりも信頼を得るのは、不義を働かずに来たプロセスにある。そんな思いも込めて「オシム 終わりなき闘い」を加筆した。

【プロフィール】木村元彦(きむら・ゆきひこ)/ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト。1962年愛知県生まれ。中央大学文学部卒。スポーツ人物論、民族問題の取材を続けている。主な著書に『悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記』『オシムの言葉』『争うは本意ならねど』『徳は孤ならず 日本サッカーの育将 今西和男』『爆走社長の天国と地獄 大分トリニータv.s.溝畑宏』など。6月24日(日)、大阪隆祥刊書店にて『オシム 終わりなき闘い』発刊記念トークイベントを開催予定。http:/atta2.weblogs.jp/ryushokan/

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