インサイドハーフとして先発した柴崎だったが、後半開始早々に世界の洗礼を浴びる。トラップミスしたわずかな隙(すき)を突かれてボールを奪われ、電光石火のカウンターを仕掛けられ、FWネイマールにゴールを決められた。最終的にネイマールはハットトリックを達成している。

 「ああいう選手がいるチームと対峙し、上回ることを常に目指していかないといけない。並大抵の成長速度では僕の現役時代の中では対応できないと思うので、自分のトップフォームの期間の中で成長速度を上げながらやっていく必要があると思う」

 試合後に残した柴崎の言葉をあらためて読み返しても、26歳で迎えるワールドカップ・ロシア大会へ向けた意気込みが伝わってくる。クリスティアーノ・ロナウドとネイマール。くしくも今大会で活躍している2人のスーパースターが、柴崎のターニングポイントに関わっている。

 そして、当時の日本代表を率いていた、選手および監督としてメキシコ代表を経験しているハビエル・アギーレ氏は柴崎の輝く未来を確信していた。

 「柴崎はワールドクラスだ。まるで20年も経験を積んだかのようなプレーを見せてくれる。彼はかなり遠いステージまで行き着くことができるだろう」

 しかし、ハリルジャパンが発足して半年ほどが過ぎると、アギーレジャパンが発足してから順調に刻まれてきた、日本代表における柴崎の軌跡に2年近くものブランクが生じてしまう。

 復帰を果たしたのは6大会連続6度目のワールドカップ出場がかかった、昨年8月のオーストラリア代表とのアジア最終予選第9節の直前。その間に所属チームをアントラーズからテネリフェ、そしてラ・リーガ1部のヘタフェに変えていた柴崎は、泰然自若としていた。

 「運命というか、ベストを尽くして自分なりのサッカー人生を歩んでいれば縁のある場所だと思っていました。ただ、選ばれたいと思ってもコントロールできることでもない。こうして選ばれたということはやってきたことが認められた証拠ですし、選ばれたからには果たすべき責任もあるので」

 自らの強い意志で切り開き、歩んできた道に絶対の自信を持っていたからこそ、柴崎は「運命」あるいは「縁のある」という言葉を用いたのだろう。実際、9月に入ると、今度はFCバルセロナ相手に目の覚めるようなスーパーボレーを決めている。

 そのバルセロナ戦で左足中足骨を骨折。長期離脱を強いられた柴崎は、ヘタフェがトップ下を置かないシステムに変更したこともあって、復帰後は出場機会をなかなか得られなくなった。
アラベス戦の後半、競り合うヘタフェの柴崎(右)=ビトリア(共同)
アラベス戦の後半、競り合うヘタフェの柴崎(右)=ビトリア(共同)
 結果としてハリルジャパンの最後の活動となった3月下旬のベルギー遠征でも、大きなインパクトを残せなかった。4月に慌ただしく船出した西野ジャパンでも、長谷部誠(ドイツ、アイントラハト・フランクフルト)と組むボランチの序列で大島僚太(川崎フロンターレ)よりも下だった。

 それでも、柴崎はいい意味でひょうひょうとしていた。千葉県内で代表合宿が行われていた先月28日に、26歳の誕生日を迎えた。ロシア大会が行われる年という意味で、以前から2018年を強く意識してきた柴崎は抑揚のないトーンながら、胸中に脈打つ熱き血潮を垣間見せている。

 「高校を卒業して8年ですか。プロに入ってから時間が流れるのがすごく早い。もしかすると引退するまでに、こういった気持ちをまた抱くかもしれない。だからこそ悔いのないように、これからも自分らしくサッカー人生を歩んでいきたい」

 西野ジャパンで初先発を果たした、今月12日のパラグアイ代表とのテストマッチ(オーストリア・インスブルック)でフル出場。一発回答で大島との序列を逆転させた柴崎が、ロシアの地で見せてきたパフォーマンスの数々に、国際サッカー連盟(FIFA)の公式サイトも驚きを隠せない。

 「柴崎の正確無比なパスは、すべて称賛に値するものだった」

 パスセンスだけではない。球際の激しい攻防も厭(いと)わない闘争心。試合終盤になっても運動量が落ちない驚異的なスタミナは、西野ジャパンの快進撃を導く源泉になっている、やや華奢(きゃしゃ)に映る175センチ、62キロの体に搭載された柴崎の無限の可能性に世界中が注目している。