西野監督は、いろいろうまくいかなかったこの試合を損切りした。自分のチームが失点も警告も避けながらゴールして追いつく可能性よりも、コロンビアがセネガルを防ぎ切る可能性の方が高いと見極めたのである。

 是も非もない。今はそれだけの実力しかない、ということ。それは認めるしかない。

 一方で、この決断がもたらした効果は大きかった。日本は半分の選手を休ませることができた。次はベルギー戦。次がある。何より、それが大事だ。

 この選択を批判したい人は、批判すればいい。美しさだけを頑固に求める人は、美術館に行けばいい。

 だが、これは勝負の世界だ。美しさだけでは語れない。人は美しく、同時に醜いものだ。サッカーは人間の匂いが強いスポーツであり、そこには美しさも、醜さも、汚さも、すべてがある。

 以前、WOWOWで放送されたアーセナル監督だったアーセン・ベンゲルと、当時日本代表監督のバイド・ハリルホジッチの対談で、「ずる賢さ」とは、定められたルールを最大限に自分寄りに生かすことだと、語られていた。そして、それが日本に足りない要素だと。今回の件も、その一つだろう。そのずる賢さを、ハリルホジッチの後任であり、日本人の西野監督が見せるとは皮肉なものだ。

 もちろん、スタジアムを訪れたファンやサポーターには、ブーイングする権利がある。ファンにとっても、グループリーグ3戦目のチケットを買うのは、ある意味ではバクチだ。とんでもなく緊張感のあるシーソーゲームが見られるかもしれないし、談合ゲームになるかもしれない。
決勝トーナメント進出が決まり、サポーターへあいさつに向かう長谷部(中央)ら日本イレブン=ボルゴグラード(共同)
決勝トーナメント進出が決まり、サポーターへあいさつに向かう長谷部(中央)ら日本イレブン=ボルゴグラード(共同)
 「3戦目」とは、そういう言葉だ。もし、3戦目だけを目当てに観戦に来た人がいたとすれば、私は「勝負師だね!」と茶化すだろう。そんな解釈の複雑さを含めた、サッカーの面白さなのである。

 もし、その価値観が、時代が求めるものに合わなくなれば、根本的な改革が行われるだろう。リーグ戦をやめて、全てトーナメントにすればいいだけだ。対処自体は簡単なことだ。しかし、今はこの複雑さを楽しんでいる。