鬱陵島に渡航し、竹島行きの航路を調べること2日、私はあっさり、竹島行きの定期観光航路のフェリーチケットを買うことが出来た。心配していた警察の監視も、私が日本人であることも一切、バレなかった。案外、きっちりしているようで抜けているのが韓国警察である。

 それどころか、竹島行きの埠頭の桟橋で、統治時代の日本語を流暢に操る老人に話しかけられ、日韓友好の重要性を説かれたりもした。竹島行きの方法を、現地の韓国人に聞き込みしたが、皆熱心になって調べてくれた。実は、現地の人も、竹島行きのフェリーの詳細について、具体的にはそんなに知っているわけではない。航路は完全に観光客用で、地元の人間は乗らないから、知識がないのだ。ともあれ、みんな親切な人ばかりだった。

 そうこうして、鬱陵島から約1時間半、とんでもなく揺れる小型高速船にのって、私は竹島に向かった。人生で、あんなにも上下に揺れる船に乗った経験はない。私も、周りの韓国人も、三半規管がイカれてゲーゲー吐瀉していた。運転が荒いのか、その海域がそういう波なのか、よくわからなかったが、晴れて静かに見える日本海は、とにかくとんでも無い船酔いの地獄だった。

 いよいよ竹島に上陸(東島)すると、現地の警備員が定期船の観光客らを出迎えてくれる。いちおう「竹島を不法占領している韓国警察」であったが、ここでは完全に観光客用の出迎え要員で、島の観光案内を代理しているというような格好だ。

 竹島には韓国政府が1990年代に整備した大型船の埠頭があり、私達はそこに接岸して上陸したのだ。とはいっても、ほとんど平地のないような狭い空間で、上陸はできるものの、東島の遥か頂に存在する韓国による構造物(警備員宿舎、展望台、ヘリポートなど)は地上から眺めるだけで上っていけるわけではない。滞在時間もせいぜい小一時間というものであったが、竹島の今を知るには十分だった。「日本固有の領土」であるはずの竹島は、完全に韓国に併合され、韓国化されていた。よく、「竹島は韓国に不法占拠されている」という。「不法占拠」という言葉のニュアンスには、デモ隊のバリケードとか、成田空港の滑走路に取り残された反対派の家屋とか、道路に放置された廃車とか、そういう「今は占有しているが、遠くない将来出て行く事を前提にしている」というニュアンスが含まれている。
 しかし実際に竹島に行くと、韓国による「不法占拠」は、そんな生易しいものではないことが分かる。前述した構造物を始め、民間の寄宿舎、ロープウェイ、太陽光発電施設、観光客用の案内掲示板、住所表記、飲水ろ過装置etc…。ありとあらゆるものが整備され、完全に「韓国化」された竹島は、「不法占拠」などではなく、「併合」という表現が正しいと思う。

 日本がどんなに「固有の領土」と訴えても、韓国の積み上げた既成事実を崩すことには至っていない。加えて、本日の「竹島の日」に関する式典がいまだに政府主催で開催されず、島根県という関係自治体の手によってほそぼそと実施されているという意識の低さは、韓国とは雲泥の差だ。韓国に行ってみれば分かるが、韓国の天気予報には必ず竹島の最低・最高気温、降水確率などなど諸々が表示される。韓国地下鉄のソウル市役所駅前の広場には、「”独島”」の特大ジオラマが展示されている。
 韓国人一般に、言われるほどの強烈な「”独島”に関する愛着」があるかどうかは分からない。「”独島”」問題よりも生活や給料といった経済問題のほうが重要だ、と考える韓国人は少なくなかもしれない。ただし、それにしても、余りにも日韓で、竹島をめぐる意識の差は歴然としている。