小林信也(作家、スポーツライター)

 サッカーW杯ロシア大会で、日本代表が決勝トーナメント進出を決めた。だが、ポーランド戦の最後の数分間を見た筆者に感動は全くない。

 ポーランド戦を除けば、今大会の日本代表の戦いぶりはすばらしかった。特に2試合目のセネガル戦は、1点を先制されたが、前半34分にMF乾貴士のシュートで同点。後半26分にはセネガルDFワゲのゴールで再び突き放されたが、6分後の後半33分にMF本田圭佑のシュートでまた追いつく粘りを見せた。

 この試合を通して、日本代表のたくましさに心が動いた。セネガルの前評判を考慮すれば、たとえ「穴がある」とは言っても、あの攻撃力をはねのけて日本代表が勝つのは、かなり厳しいと感じていた。正直、引き分けでさえ想定しておらず、悲観的な思いの方が強かっただけに貴重な勝ち点「1」を得たことは、勝ちに等しい引き分けだったと素直に喜んだ。

 スポーツを見る者が、選手やチームを応援したいと心動かされる瞬間は、こういう体験を共有したときに訪れるのではないだろうか。熱い思いが自然に芽生え、その選手やチームに対する「愛」が育っていく。

 当然のことながら、日本代表を応援するのは、そのほとんどが日本で生まれ育った人たちである。とはいえ、誰もがサッカー好き、代表チームが好きとは限らない。彼らがひたむきに戦う姿に感動があり、敬意があってこそ応援にも熱がこもる。

 これは私見だが、サッカーを応援する人には「サポーター」と「ファン」の区別が必要だと思っている。サポーターというのは、既にサッカー日本代表との長い時間を共有し、虜(とりこ)になった人たちだ。だが、ファンは全然違う。サッカーを語るとき、ファンを自称すると笑われるかもしれないが、自らをサポーターと呼ぶほど、熱烈な支持者ではない人たちのことを指す。
ポーランド戦の後半、時間稼ぎでパスを回す長谷部誠選手(右端)ら日本イレブンを見るサポーター=2018年6月28日、ボルゴグラード
ポーランド戦の後半、時間稼ぎでパスを回す長谷部誠選手(右端)ら日本イレブンを見るサポーター=2018年6月28日、ボルゴグラード
 そのファンにしてみれば、決勝トーナメント進出がかかっていたとはいえ、チームが敗北を選択して最後の数分間、時間稼ぎのパス回しをピッチ上で繰り広げた光景をどう受け止めただろうか。

 後半37分、3人目の交代枠にMF長谷部誠が投入された。この瞬間、MF本田圭佑の出場は消え、一部のファンはガッカリしたかもしれない。「本田投入で同点に追いつく」という淡い期待さえも幻に終わったのである。

 しかし、ファンは同時に行われていたコロンビア対セネガル戦で、後半29分にコロンビアが先制し「このまま敗戦しても、日本が決勝トーナメントに行ける可能性が出てきた」と、大いに戸惑ったことだろう。

 もし、そのままコロンビアが逃げ切れば、一次リーグH組はコロンビアが1位、日本が2位で決勝トーナメントに進出が決まる。セネガルと日本は勝ち点4、得失点差も0で並ぶが、次の基準となる警告や退場を数値化した「フェアプレーポイント」で上回る日本が2位となる状況になった。