インターネットが普及する前、音響カプラーに黒電話をつないでパソコン通信をやっていた時代から、本名よりもユーザーIDとハンドルネームで個体認識をするのが当たり前だったのが、サイバー空間にある人間の絆であり、絆が織りなすネット社会です。普通の人には理解のし難い、変人たちが集まる不思議な社交場に見えているのでしょうか。

 そんなサイバー社会は、どんどん大きくなりました。それまでのパソコン通信は、バカ高い電話代をモノともせず、しょぼい性能のパソコンでチャットをしたり、つまらないゲームをしている物好きの集まり。そこからインターネットが発達し、無料掲示板、SNS、ブログにTwitter、Facebookなど、いろんなサービスが立ち上がりました。自分の好みのサービスを、友人たちとの交流に使えるようになって、すごく一般的になっていった。ネットとリアルの融合と言うけれど、実際には世の中には元からリアルしかなかったのです。

 ネットの向こうにいる人も、生の人間です。ネットでもアプリでもリアルでも言葉を交わしながら、人は関係を築き絆を紡ぐ。心を通わせる言葉もあれば、「回線切って首吊って死ね」という罵倒も飛び交う、人間の生のコミュニティーが工作する雑踏がネットでした。

 そんなネットを愛していたのがHagexさんです。ネットでやらかす人たちが好きだった。また、偉そうなきれい事をネットで言いながら、実際には全然違う行動をする、ダブルスタンダード野郎が大嫌いでもあった。そんなHagexさんが私に相談してきたことは「Hagexと実名を切り分けて活動を広げていきたいと思っているんです」というものでした。

 私が結婚や出産を契機にネットでしか通用しない、それでいて居心地の良い「切込隊長」という名前を捨て、ありふれているけど逃れようのない実名「山本一郎」で論述したり研究をしたりしているさまを見て、Hagexさんはその20年近く慣れ親しんだ「Hagex」とは別の活動を始めようと思っていたのです。

 そして、私なんかよりよっぽど、家族、所属企業などプロフィールを知られないよう、慎重に対応していたのがHagexさんだったと私は思います。というか、仲良くさせていただいてきたのに、友人一同「えっ、Hagexさん、そうだったの?」っていう情報がいくつもありました。先に言ってよ。それだけ気を遣っていたのに、まさかこんな事件になってしまうなんて悲運としか言いようがない。

 下手をすると、殺されているのは私だったかもしれません。というより、脅迫も差出人不明の怪文書も今までの人生たくさん受け取ってきて、裁判も多数やり、拉致されそうになり、恨んでいる人の数で言えば私の方がはるかに多いのです。そんな私より若いHagexさんが死ぬなんて、世の中の不条理を深く感じます。これから何かを為そうとしている男の門出に、出合い頭の不幸な事故だったと、私は無念に思うのです。
2018年6月24日、岡本顕一郎さんが刺され死亡する事件のあった福岡市中央区の現場付近
2018年6月24日、岡本顕一郎さんが刺され死亡する事件のあった福岡市中央区の現場付近
 また、今回殺害に及んだとされる容疑者の「低能先生」。全然、低能じゃないHagexさんを殺したこの人の罪は擁護しようもなく、悔い改めて償ってほしいと思う一方、容疑者の魂の平安はどこにあるのか、残された人たちで考えていかなければなりません。

 どれだけ嘆いても気持ちの収まらない事件で、何より「これって、どうすれば、何をもって解決なのか?」と考えがグルグルしてまとまりません。緊密に会ったことがない人との関係でも、人間はぽっかりと心に穴が開くことがあるのだ、ということを改めて気づかせる事件だったと思っています。