藤井靖(明星大心理学部准教授、臨床心理士)

 6月24日、東京都のインターネットセキュリティー関連会社社員の岡本顕一郎さんが、福岡県で開催されたネット関連のセミナーにおいて講師を務めた後、首や胸など複数箇所をナイフで刺され、出血性ショックで死亡するという事件が起きた。

 42歳の無職の容疑者は、事件から約3時間後に血のついたナイフを入れたバッグを持って交番に出頭し、その後「ネット上で恨んでいた。死なせてやろうと思った」と容疑を認める供述をしている。

 岡本さんは、ネット上のハンドルネーム「Hagex」として活動していた。セミナーの告知では、講師としてハンドルネームで紹介されていたことから、それを見た容疑者は、自らの感情の赴くままに、ネット世界の恨みを現実世界で晴らすべく殺害計画を画策したのであろう。

 今回の事件は、ネット世界が存在しなければもしかしたら生涯出会うことのなかったかもしれない2人がネット上で言論を交錯させたことに起因している。

 言うまでもなく、インターネットは、人間が発明した革命的な文明の利器である。時間や場所、関係性を超え、人と人との間につながりを生じさせる。殊に、ネット言論は現実の人間関係で必要なさまざまな前提を無秩序に省略してコミュニケーションを生み出し、世の中の歴史の一部を作り出してゆく。

 厄介なのは、われわれはネット社会と現実社会を自由に行き来できることである。というのは、現実の人間関係とネット上の人間関係は、それぞれ異なる特性を持つにもかかわらず、両立し、かつ互いに影響し合っているからである。

 しかし、このような「相互乗り入れ」は、実はそんなに簡単なことではない。ネットと現実では、人同士の距離の近さであったり、即時性であったり、匿名性であったり、率直性、コントロール性の面で異なる。ということは、異なる人間関係スキルや表現・言論スタイルが必要であるにもかかわらず、それを行使する主体は、一人の生身の人間でしかないのだ。

 もちろん、二つの世界を器用に使い分けられる人が大部分だ。しかし時に、二つの世界のはざまで、人がさまざまな欲求を言動や態度として表出する過程で、アサーティブな(自分や他人を傷つけない)解消ができないことがある。そのとき、心理的なひずみが深められていく背景になるのである。
2018年6月26日、送検される松本英光容疑者=福岡・中央署
2018年6月26日、送検される松本英光容疑者=福岡・中央署
 つまり、ネット不適応に至る場合、人とコミュニケーションを取るスキル(技術)の問題が表面的にはある。だが、実際には、スキルよりももっと心理的には深層の、個人のさまざまな欲求や思考が「ネット言論」という場と化学反応を起こすことによって、それがある人の現実生活や人生までも変えてしまう原因になるということが、今回の事件で象徴的に示されたのではないだろうか。

 容疑者はネット上で「低能先生」と呼ばれ、200回以上もIDを変えて、他人の罵倒を繰り返していたという。彼の原動力として、そこに存在していたのは、他ならぬ「自己顕示欲」であろう。